不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

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いつもよりちょっと長いです。
あと二次設定マシマシでお送りしています。


エピローグ:不死人と蓬莱人
うさぎうさぎ何見て笑う


 私は何をしているのだろう。

 

 紫が決めた弾幕ごっこは、どこから見ていたのかも分からない烏天狗によって幻想郷中に広まった。八房が弾幕ごっこを出来ないことから、決着は一ヶ月になって、それまで私と八房は会わないようにされた。八房は紅魔館へ連れて行かれたらしい。

 

 八房はあんなこと言わないと信じていたのだ。最後まで人間で居てくれると、彼自身がそれを望んでいると。あいつは自分で決めたと言っていたけど、蓬莱人になるなんて馬鹿げた決断を一人でするはずがない。誰かが唆したに違いない。

 

「アンタが、八房に吹き込んだの?」

「さあねぇ。私には何のことだか分からないわ」

「ふざけないで」

「ふざけてなんか無いわよ。突然吹き込んだの何のって分かるはずないじゃないの」

 

 本当に何度会ってもどれだけ話しても嫌な奴だ。父上を辱めた、そんなのはもうどうでも良くなるくらいに長く生きてきたけど、こいつは好きになれそうもない。元々好きになる気なんか無いけど。

 

「蓬莱人になるなんて、八房を焚き付けたのはアンタなのかって聞いてんだよ」

「わざわざ私の部屋までやってきて、そんなことが聞きたかったの?」

「そんなことだって?」

「ばっかじゃないの。そんなことどうだって良いじゃない。せいぜい数十年の慰みが永遠になるのよ。少しくらい喜びなさいよ」

 

 怒りが頭のてっぺんを抜けてって、むしろ視界が開けた気がした。爆発しないまま、最高潮に留まったままの感情が口を動かす。すました顔の胸ぐらを掴む。輝夜の顔よりも、後ろの障子のほうがはっきりと見えた。

 

「喜べ、って何よ。喜べるわけがないじゃない。アンタが唆したんだろうが、八房は人間で居られたのに」

「人間で居たから何よ。あのクソ野郎自身のことならともかく、アンタには全く関係のないことでしょ」

「そうね、アンタには分からないのよね。永く生きることの辛さが。だって月のお姫様だもの。何一つ不自由なく好き勝手に暮らしてた箱入り娘には理解なんて出来やしないわよね」

「理解したくもないわ。弱虫の泣き言なんて。アンタが自分の理想を押し付けてるだけじゃない。どうせ、あいつが死んだら後悔するんでしょ。薬を飲ませときゃ良かったって」

「そんなこと……っ!」

 

 破裂しそうになった瞬間、輝夜の手が私の首に触れた。絞め殺す気か。こいつの力なら簡単だろう。それなのに、振り切ろうとしたらすぐに離れた。力なくその手が地面を叩く。睨みつけても、輝夜はもう私を見ていなかった。うわ言のように口を動かすだけ。

 

「言うわ。言うに決まってるのよ。絶対に。間違いなく。だってそうじゃなきゃおかしいじゃない。だって、だってだってだって!」

 

 彼女は泣いていた。私を見て、私ではない誰かを見て、否定するように。

 何も言えなかった。私にとってこいつはいつもいけ好かない奴で、人を馬鹿にしたような態度で。まさかこんなに取り乱すことがあるなんて思わなくて。

 いつか、八房に聞かれたことを思い出す。なんで私は輝夜に嫌われてるのかって。分からない。そん時は適当に答えた気がする。

 

「好きな人と永遠に一緒に居たい。そう思うのが普通でしょ! 愛しているなら離れたくない、自分が死ぬまで、死なないならいつまでも、愛し合っていたいに決まってるじゃない! そうじゃなきゃ……おかしいじゃないのよ……」

 

 子供みたいに泣きじゃくる彼女に、私の中にあった火は消されてしまった気がした。こんなに隙だらけで、弱々しい相手に、どうして自分の怒りをぶつけられるだろう。

 八房は自分で選んだと言った。それを私は信じなかった。輝夜なら私を苦しめるためにその程度のことはすると。なんで私にそんなことをする必要があるのか、考えもせずに。

 輝夜じゃない。それが分かってしまった。だけど私には彼女が分からない。なんで泣いてるのか分からない。ずっと私が怨んできた相手は、私のことをどうして呪っていたのか。

 

「そろそろかなー、って思ってたけど。うん、良いタイミングかな」

 

 がらりと障子が開かれて、信用ならない兎が顔を出す。いつもみたいにへらへら笑った顔で、輝夜の存在を無視して。輝夜もてゐに意識を向ける余裕は無さそうだった。ここに居るのは私とあの兎だけみたいだ。

 

「妹紅、師匠があんたをお呼びだよ。私も焼き兎にはされたくないからね、さっさと行ってちょうだい」

「てゐ、輝夜はいったい」

「お姫様はワガママなのさ。さあさあ、早く行かないと薬の実験台にするよ。質問なら私なんかよりよっぽど頭の良い師匠にでも聞くんだね」

 

 さっきまであいつの胸ぐらを掴んでいた手は、てゐに引っ張られた。廊下までむりやり押し出され、永琳の私室まで行くように注射器片手に脅される。

 

「知りたいことは聞くもんだ。だけど、聞く相手を間違えちゃいけないよ。私に聞く前に、もっと彼女に詳しい従者サマがいらっしゃるんだから」

「それはどういう」

「じゃ、私は姫様のご機嫌取りしなきゃならないから」

 

 バタンと障子を閉められ、私一人だけが取り残される。永琳の私室なんて案内されなくても分かる。この廊下の突き当りだ。行かなければならない、だけど足が踏み出せない。棒になったみたいに床にへばりついて、ここから動くことを邪魔する。それでも、壁を支えにして一歩ずつ廊下を進んでいく。薬品でもこぼしたのか、ところどころシミのある床に体重を乗せて、死に体のような足取りでようやく、彼女の部屋まで辿り着いた。

 

「永琳」

「入ってちょうだい」

 

 声を掛けると、間髪入れずに返事が返ってきた。唯一引き戸ではない部屋のドアを開けると、薬品やら何やらは全く置いてなかった。ツンとした臭いは残っているから、おそらくちょっと前にでも片付けたのだろう。代わりに座布団が一つ。彼女自身は普通に椅子に座っているので、私に座れ、ということだろう。

 

「まあ掛けなさいな」

「それよりも聞きたいことが」

「分かってるわ。だから、座ってちょうだい。立ち話もなんでしょう?」

 

 長い話になるかもしれないから、と永琳は、私の方を一切見ないまま言った。

 

 私が座ると、湯呑みを一つくれた。中身は緑茶ではないようだけど、なんだろう。訝しみながら一口飲んでみると、何処かで飲んだ覚えのある味だった。

 

「これって」

「八房から貰ったものよ。本人の何のハーブティーかは知らないと言っていたわね」

 

 そう、一時期八房がよく作っていた味だ。どこで手に入れたのか聞くのはぐらかされた代物。永琳に分けていたなんて知らなかった。

 

「あんたは八房のこと嫌わないのね」

「嫌う理由が無いもの」

 

 永琳はあっさりと、そしてきっぱりと言った。

 

「理由も無く誰かを嫌いになるなんて有り得ないわ。それは偏見よ。好き嫌いじゃない」

「それは、そうだけど」

「姫様だって、理由無く貴女を毛嫌いしているわけじゃない。貴女がそうであるようにね」

 

 言葉を返すことが出来なかった。永琳は視線をこちらに向ける。どんな表情をしているのか、自分でも分からなかったけど、彼女の期待する顔ではなかったようだ。

 

「ちょっと昔話をしましょう」

 

 手が震えていた。

 

「あるお姫様は、愛する人と引き離されてしまった。だけど、その時に姫様は彼に贈り物をしたの。それさえあればまたいつか会える。そう願って。言葉に出す事はできなかったけれど深く深く信じていたの」

 

 嫌だ、聞きたくない。

 

「だけど、実際にはそうならなかった。彼女は待ち続けたわ。愛する人が来るまでずっと。どれだけ日が昇っても、どれだけ月が昇っても。それでも、彼は来なかったわ。代わりにある女がやってきた」

 

 知りたくなかった。気付きたくなかった。

 

「その女は約束の品を持っていた。愛する人が持っているはずの贈り物を。

 さて、それを見たお姫様は何を思うでしょうね」

「私があいつを傷つけていたって言うの……?」

「そうね」

 

 彼女はこんな時でも淡白だ。

 

「貴女にとっては八つ当たりも良いところでしょう。私は会ったことがないけれど、蓬莱の薬を捨てたのは彼本人の意志。たとえ貴女が使わなくたって、彼女の前に姿を現すことは有り得ない。だから、貴女が気にする必要なんて何処にもない」

 

 だけど、と彼女は付け加えた。

 

「彼女が一方的に悪者なわけじゃないわ。人が人を嫌いになるのには、少なくとも当人にとってれっきとしてした理由があるということ。身勝手なことだけど、それだけは分かっていてほしいの」

「私は、どうすればいいんだろう」

「どうしようもないし、どうにでも出来る。貴女がどうしたいのか分からないから、私は何も言えない。ただ、貴方達の関係はフェアではなかったとだけ言える」

「私はさ、ずっとあいつを傷付けていたのかな」

「同じ質問をさっきもしたわ」

 

 湯呑みの中身は最初の一口から全然減っていなかった。

 

「姫様の視点で言うならそうなのでしょうね」

 

 

「ちょっとは落ち着いたかな?」

 

 てゐの声が聞こえて我に返る。喉がからからになっていて返事は出来ない。

 今の私はきっとみっともない姿をしているだろう。目も赤く泣き腫らして、髪もぐしゃぐしゃになっていて。何よりも妹紅の前でこんな醜態を晒してしまったのだ。あいつは私のことを馬鹿にするだろう。

 いっそ死んでしまいたい。何百年ぶりにそんなことを思った。

 

「妹紅もずるいっちゃずるいけど、姫様も大概だよね」

「……黙っててよ」

「相手の都合も考えず、自分の都合で敵だと決めつけたり。片や自分の都合を話さずに、知らないくせにって悲劇のヒロイン気取り。どっちが正しいのか分かりゃしない」

 

 てゐは意地の悪い性格だ。そんなこと分かってる。黙ってと言ったって聞いてくれないことも、分かってる。

 

「ま、一番の被害者はあの八房とかいう人間だよねぇ。何も知らないまま一方的に嫌われるんだから。あいつが気の良い通り越してお人好しな人間で良かったね。あいつに何か本気で言われたら、あんた立ち直れないだろう」

「何よそれ……」

「あんたがあの人間に惚れてるって話?」

「そんなこと絶対にない!」

 

 よりにもよって何を言っているのだこの兎は。怒鳴っても、今の自分には彼女を黙らせるだけの力は無かった。てゐは呆れたように首を振って、手慣れたニヤケ顔で話を続ける。

 

「惚れている。まあ、あいつにじゃなくてあいつを通して帝にってとこかね。妹紅とあいつの関係を、自分と例の帝に重ねてたんだろう? だから八房という人間が死ぬ程気に入らなかった。藤原妹紅が気に入らなかった。自分が手に入れられなかったものを、奪っていったような気がするから」

 

 てゐが私の背中に手を回す。小さな体が、暖かかった。私をあやすように、何度か背中をさする。 

 

「あんたが辛かったのは知ってる。私だって、あんたの塞ぎ込んでた頃を見ているからね。妹紅が嫌いなのも分かる。だけどそろそろ、そこから一歩踏み出しなよ」

「……無理よ」

「無理じゃない。あの異変の後だって、あんたは一歩踏み出せたじゃないの。外の世界を見る事ができたじゃない。自分の物語を進めることができた」

「もの、がたり?」

「そう、物語。他の誰でもないあんたの人生。不老不死だからって、止まってるわけじゃないんだ。失恋したところで止まってるから、憎んだその場所で止まってるからあんたは辛いのさ」

「じゃあどうしろって言うのよ! あいつを許せっての? 私が悪かったって、謝ればいいの!?」

「はいはい、論点がずれてるよ」

 

 強く抱きしめてしまったせいか、てゐはちょっと苦しそうだった。

 

「許す許さないの話じゃないのさ。妹紅が気に入らないなら気に入らないで良いの。好き嫌いなんて幾らでもある話だしね。

 でも、あいつに自分を重ねちゃいけないよ。同じ蓬莱人だからって、あんたとあいつは違う人間だ。そして、八房もあんたが好きだった人とは何の関係もない。だから、そこには別々の物語があるし、考え方だって千篇一律じゃない。あの二人にあんたの理想を押し付けちゃいけないんだ。あんたは自分の理想を話しもしないで、あの二人に理想を見て、こうじゃないって喚いてる。はっきり言うよ。今のあんたはずるい。自分の八つ当たりにあの二人を使ってるだけなんだから」

「だったら、どうすれば良いのよ……」

「そうねぇ」

 

 力の抜けた体をてゐが支えてくれる。自分より小さい体なのに、押し潰されそうになってるのに、ちゃんと抱き締めてくれている。

 

「妹紅と一回腹を割って話しなさい」

「それだけ?」

「うん、それだけ。でも簡単なことじゃない。今、あの二人だってそれが出来なかったから弾幕ごっこにまで発展したんだから」

 

 あの、腹が立つほど仲の良さそうな二人でも出来なかったことを、私が出来るのだろうか。すぐに喧嘩になってしまいそう。

 

「喧嘩になったっていいのさ。お互い殴り合ったって、罵りあったって。もしくは泣き喚いたって構わない。ただ、腹の底全部ぶちまけて、隠し事無しにすればいい。そこまで来て初めて本当に好きか嫌いか解るってもんさ。その結果やっぱり嫌いだったらそれでもいい。私はあんたの味方になる。だけど、もし分かり合えたなら……」

「分かり合えたなら?」

「あんた達は、離れることのない、本当の意味での親友になれる。……分かったかい? 妹紅」

 

 はっとして、後ろを振り返る。障子に仄かに浮かぶ影は、確かに妹紅のものだった。

 

「それじゃ、ここはお暇しようかね。竹林に埋めてた鈴仙の様子も見に行かなくちゃならないし」

「あ、待って……」

 

 てゐはするりと私の手を躱して部屋の外へ出ていってしまう。残されたのは私一人だけ。妹紅はまだ入ってこようとしない。

 

「入って来なさいよ」

「……ああ、入るぞ」

 

 浮かない顔をした彼女は私の前に座った。何かを抑えているような、苦しそうな表情だった。

 しばらくの沈黙の後、切り出したのは彼女からだった。

 

「永琳から聞いたよ。お前がどうして私のことを嫌うのか」

「そう、なのね。馬鹿げているでしょ。私もさっき、てゐに怒られちゃったもの」

「思わないよ。というより思えない。だって私だって同じような理由だもの」

 

 妹紅は頭を振った。張り詰めていたものを切らさないようにしているのだとすぐに分かった。

 

「父様は結局、自分の意志で挑んで、負けて。馬鹿にされたのだって自業自得だ。それを私はお前のせいにしたんだ。ただの八つ当たりだよ」

「私も、ただの八つ当たりだった。いえ、嫉妬ね。あの人の代わりに不死になった貴女が妬ましかった。私は報われなかったのに、彼を連れてきている貴女が憎かった」

「…………」

「一つ教えてあげる。以前、彼だけをここに呼んだ時、私は彼に()()()()()()()()()()聞いたわ。その答えは貴女のためだった」

「私のため?」

「ええ、そのとき私は聞いたの。蓬莱の薬を使えば永遠に彼女と一緒に居られるけどって。だけど彼は首を縦には振らなかったわ。妹紅が望まないなら自分はやらないって」

「それなのに」

「彼は死ぬまで貴女と一緒に居られればそれでいいって。だからね、彼が蓬莱人になると決めたのは彼の意志で、彼の理由で、だと思うわ」

「でも私は」

「私はそれをとても羨ましく思う」

 

 妹紅が一瞬カッとなったのが分かった。だけど、彼女は抑えた。ここで切れても、話はまだ最初からになってしまうから。

 

「私は、嫌なんだ。人間として、寿命よりも長く生きるのは、誰が思っていることよりもずっと辛いから」

「……そう」

「輝夜。お願いがあるの」

 

 妹紅は神妙な顔だった。

 

「私に力を貸して。あいつに、人間を辞めさせたくないの。たとえあいつが望んでいなくても、私のワガママで」

 

 真剣だった。私に頭を下げるなんて、今までの彼女なら絶対にあり得なかった。昨日までの私なら鼻で笑い飛ばしていただろう。でも、今は、私と彼女は違うと分かったから。

 

「一つだけ条件があるわ。けして後悔しないこと。後で、ああすれば良かったなんて思わないこと」

「……うん」

 

 その答えが聞ければそれでいい。

 

「良いわ。永遠亭総出で貴女の力になりましょう。絶対に勝つ。分かったわね」

 

 私達は、思っていたよりも近い存在なのかもしれない。泣いてもいないのに、笑っても怒っても、憎んでもいないのに押し込めていたものを全て吐き出せたのだから。

 




優しいよてゐかーさん!←
最初からてゐが姫様を慰めるシーンは想定してましたがまさか、ここまで母性あふれる(当社比)とは

次回は八房サイドのお話です
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