避ける、避ける、避ける。四方八方から迫りくる弾幕を死にものぐるいで避け続ける。一度に見られるのは頑張ってもせいぜい二方面か三方面。それ以外の部分は美鈴に鍛えられた勘で乗り切るしか無い。
捉えきれなかった弾が背中に当たる。じゅうっ、と服を容易く溶かした熱に肉を焼かれ、激痛が走った。うずくまってしまいたいという感情を舌を噛んで黙らせる。これは弾幕ごっこじゃない。一回当たってハイおしまい、なんていう甘いルールじゃない。終わるのは俺が避け切った時のみで、死んだら最初からやり直し。セーブ出来ないクソゲーの世界に入った気分だ。
虹色の綺麗な螺旋が目の前に立ち塞がる。これはおそらく美鈴の弾幕だろう。背後を見れば赤く禍々しい弾が、下には魔法陣、上にも魔法陣。四面楚歌って奴か。これら全てを避けるのは無理と言っていいだろう。そんなことが出来るのは霊夢くらいのものだ。
だからこそ、避けきらなくちゃならない。
「……ふぅ」
一旦止まる。呼吸を整え、目を瞑る。視覚はむしろ邪魔になる。全神経を勘に、死に対する危機感知能力に回す。途端に脳裏に浮かぶ網の目のような世界。
大丈夫、イライラ棒みたいなものだ。当たらなければいいだけの話。言うは易し、行うは難し。それが一番難しいのだが。
網は捉えた獲物を逃さないようにじわじわと、しかし考えるよりも早く近付いてくる。細かいことをごちゃごちゃと考えている暇はない。探せ、網の目を。ここから抜け出せる僅かでもいい、確かな隙間を。
自然と体は動いていた。網の目は不規則に形を変えるが、実際はどうなっているのやら。目を閉じたまま動いていてはおちおち確認もできやしない。目で見るよりも感じた方が早く、正確であるはずだから問題はないのだけれど、やはり気にならないではいられない。開いてしまいたくなるのをぐっと堪えて、体はひたすらに頭の中の網の目をくぐり抜けていく。まるで自分以外の誰かが動かしているようで、どんな動きをしているかが手に取るように分かった。
これだ、この感覚だ。経験で劣る俺が妹紅に勝つにはこれを磨くしかない。強い弾幕よりも、先ず倒されないこと。負けないことを意識しなければ互角どころか勝負にすらなりはしないだろう。逆に言えば、この感覚を完全に自分の物に出来たのならば妹紅にだって勝て────
「がっ……」
しまった。気が逸れてしまった。
一度動きが止まってしまったらあとは蜂の巣になるしかない。ほんの少しばかりの抵抗として気を固めて防御に回すも、焼け石に水だ。穴ボコになった体は到底生きてはいられないだろう。
「終わりね」
聞き慣れた、それでいてここで聞くはずのない声が聞こえて目を開けてしまった。緑色の髪に少しだけ爬虫類っぽい目、いつも来ている赤い服にトレードマークの日傘。
「なんで」
なんで幽香が
その疑問は日傘の先端から放たれたビームで俺ごとかき消された。
*
「花の噂で聞いたのよ。あの蓬莱人と貴方が弾幕ごっこをするだなんて、面白そうじゃない。私も一枚噛ませてもらおうと思ったの」
「面白そうとか言っちゃってるし俺で遊ぶ気満々じゃねえか」
「ほら遠慮なく殺せるし」
「ダイレクトに言いやがったな」
お土産だと持ってきた自前のハーブティーを咲夜に淹れさせて、自分は優雅に椅子に座っている花の大妖怪は悪びれる様子もなく言い放った。俺とこいつ、それから影狼と咲夜以外は別室に戻ってしまっている。というかここ自体いつかに俺が寝泊まりしていた部屋だ。それなのに幽香はここが自分の部屋だと言わんばかりの態度である。まあ、こいつらしいと言えばこいつらしいが。空気も読めるし頭も切れる。カッとなるような短絡的な性格でもない。それでも凶悪で凶暴なのが風見幽香という妖怪だ。俺も何回か会ってその事をよく思い知った。普通にしてれば良い人(妖怪?)なんだがなあ。
「それで、こっちは?」
「せっかくだから連れてきたわ」
「よく分からないまま連れてこられたわ」
これまたらしいと言えばらしい。咲夜をちらりと横目で見る度に「ひっ」と縮こまってしまっている影狼はもう苦労の星にでも生まれついているのだろう。主に風見幽香と友人になってしまったという点について。紅魔館に連れてこられたのもそのせいだし。
この二人が具体的にどういう関係なのか未だ分かっていない。それどころか一緒にいるのも初めて見たのだが、余りにも想像通りで笑いそうになってしまう。影狼には睨まれたが気付かなかったことにして。
「それに美鈴が良く入れてくれたな。止められたりしなかったのか?」
「ああ、彼女? 花の手入れを褒めたらあっさり入れてくれたわよ。だって私、貴方が金髪の方に引きちぎられて遊ばれてるの見てたもの」
「見てたなら助けてくれ。というか美鈴ざる警備過ぎないか」
「一重に私の優しさが成せる技ね」
「
「二人揃って酷いわね」
反射的なものだ。気にするな。
「大体アンタはいつも自分の思い通りになるように全部ぶち壊してるじゃない。あの門番だってそうなるのが嫌だったんでしょ」
「そんなにはしたないことはしないわ。ドアが開かなかったらもうちょっと強くノックするだけよ」
「それだけでドアは粉微塵よ」
「弱いドアね」
「アンタが力入れ過ぎなんでしょうが」
やれやれと首を振る幽香にこめかみをひくつかせる影狼。幻想郷の少女(?)達らしいやり取りだ。
対等な相手だったんだな、とそれだけは少し意外だった。影狼のことだから半ば舎弟扱いされているかもしれないと失礼ながら思っていたのだが、ここまで悪口、もとい軽口が言える仲だったとは。振り回されてるのは予想通りだが影狼も実は大妖怪とタメはるほど強いのか? 影狼と幽香それぞれの性格から考えても、そうでもないとこんな関係にはなりようが無いと思うのだが。
それにしては影狼には大妖怪らしいオーラが感じられないんだよなあ。強大さというか、一目見ただけで分かるような威厳が彼女には無い。それを言ったらレミリアだって、普段の行動の中にカリスマを感じることは出来ないけれど、あっちの場合はオンオフを切り替えてるみたいに思える。
と、そんなことを考えても埒が明かない。
「で、結局手伝いに来てくれたってことで良いのか?」
「別にそれでも良いんだけどね」
幽香は何故かはぐらかし、ことんと置かれたカップに口をつける。
「あら美味しい」
「自分で作ったもんだろ」
「淹れ方の問題よ。私じゃこうはいかないもの。習ってみようかしら」
「レミリアの心労がやばいからやめてやれ」
「本当に酷いわね。でも……」
まだ飲み切っていないのにカップを置く。そして、何故か屋内にまで持ち込んだ日傘を手にとって、振り上げた。
「覗き見している方が数万倍腹が立つわ」
ぴしり、と空中にヒビが入る。どういった仕掛けなのか、何も無いはずの空間がべりべりと破れ、暗闇が顔を出した。紫のスキマではない。学んだからなんとなく分かるが、これは魔法だ。
幽香が日傘の先から妖力を魔理沙のマスタースパークのように撃ち込んだ。耳障りな音がして、真っ黒な異空間が広がっていく。最後には硝子のように崩れ去り、隠れていた誰かさんが姿を現した。
────なんでだ
白い髪に一箇所だけ赤いゴムで留めた、林檎みたいに真っ赤な服の女。ああ、そうだ。間違いない。間違えようがないし、忘れようもない。実際に会うのは初めてのことだろうが、一度植え付けられた恐怖はそう簡単に言えば無くなるものではない。
■■■■■■を殺した、アリスの母親だ。
「あらあら、こうして会うのは久しぶりかしら。風見幽香。まさかこのまま気付いてもらえないんじゃないかと思ったわ」
「ただの覗き見なら知らない振りをしていようと思ったのだけれどね。
今、物騒な単語が聞こえたような。じゃない、大事なのはあの女と幽香がどうやら知り合いらしいということだ。それも、一気に空気が重苦しくなるような険悪な仲で、まさに一触即発の雰囲気。ここ、紅魔館で合ってたよな。どう見ても地獄絵図なんだが。
「貴女……いつからここに」
「最初からよ、瀟洒なメイドさん。門番さんと主さんは気付いていた上で無視していたみたいね」
「……っ何が目的ですか」
「ああ! その反応夢子みたいで可愛らしいわ。せっかくなら連れて帰っちゃいたいくらい」
「……!?」
咲夜の姿が消える。おそらく自分で能力を使って、レミリア達を呼びに行ったのだろう。驚いた様子もなく肩をすくめる白髪の女と、殺意がどんどん高まっている幽香。口元そんな緩めるんじゃない。サイコパスかよこえーよ。
「貴女を今度こそ殺せる機会が来るなんてね、神綺。ここの吸血鬼の言う運命とやらを信じたくなったわ」
「たかが妖怪ごときが学ばないものね。もう一度その日傘へし折ってあげましょうか」
どちらも好戦的で困る。影狼は戸惑った顔して二人の様子をうかがっているし、俺なんかじゃこの化物共を止められるわけがない。これはいよいよ紅魔館崩壊の危機か。今までフランの悪戯で何度か危ないことはあったが、まさか第三者に内部からぶち壊されるとはレミリアも予想していなかっただろう。
ぎちぎちと引き絞った弓のように、二人の殺気とか妖力神通力が膨れ上がっていく。そろそろ逃げるか。紅魔館から出たくらいで生き残れるとも思えんが。
そして限界を迎えた二人の力が、弾ける。
「あまり館の中で暴れないでもらえませんか。お嬢様に怒られるのは私なんですよ?」
間延びした声が割って入った。肌を刺す感覚的な痛みが鳴りを潜め、静かな時間が流れる。ぶつかりかけた幽香の日傘と、神綺とやらの翼を美鈴が素手で受け止めていた。その隙に影狼が幽香の襟を引っ張り、レミリアがスピアザグングニルを神綺の喉元に突き付けている。どの動きも俺には全く見えなくて、把握するのにも若干時間が必要だったのだが、どうやらこの一瞬での衝突は避けられたようだ。間に入った美鈴大丈夫か。大妖怪と神様クラスの一撃を同時に受け流すって人間業じゃないだろう。妖怪でも頭おかしいレベルだ。
「招いてもない客人が私の館で好き勝手するんじゃないわ」
いつになく本気モードのレミリアは、まさにカリスマといった感じだった。それでも霞んでしまうほどに二人の存在感は大き過ぎる。一度目は防いでも、二度目はやばいんじゃないか。
そんな俺の危惧は、神綺が殺気を抑えたことで杞憂に終わった。
「そんなに怖い顔しないでよ吸血鬼さん。私も争いに来たわけじゃないんだから」
「こそこそ隠れてる輩を信用できるとでも?」
「あらまあ、信用されるために隠れてたのよ。潰すだけなら正面から来ればいいだけの話じゃない」
「魔界神様は余裕たっぷりってことかしらね」
「私のことを知ってるのねえ。そんなちっぽけな体で凄むなんて馬鹿かと思ったら、もっと馬鹿だったわ」
「挑発のつもりかしら」
「ちょっと待てなんでそっちで険悪になってんだよ」
仲裁しに来たんじゃなかったのかよ。
「幻想郷は血の気の多い子ばかりで困るわあ。さっさと用だけ済ませて帰らせてもらお」
神綺の指が俺の額に触れた。ちょうど輝夜に撃ち抜かれたことのある場所で、突然の動きに俺以外が一気に臨戦態勢に入る。俺は避ける事すらできなかった。あの時と同じだ。全く感じることができなかった。
力が漲る。殺されそうになって火事場の馬鹿力が目覚めたとかそんなもんではない。全身に渡る魔力は、今までに感じたことない量だ。俺のものではない、と本能が警告を発している。
「これは……」
「私の方からプレゼント。貴方にはだんまくごっことやらに勝ってもらわないといけないもの」
「赤の他人に何の利益があるんだか」
「決まってるじゃない。あの忌々しい不死鳥風情を永遠に殺すためよ。貴方が死ななければまたわざわざ殺しに行く手間が省けるもの」
「何のことだかわかりゃしねえな」
「そのしらを切る態度は見ていて腹が立つわね。でもまあ許してあげるわ。私の目的は達成したことだし、こんな居心地悪いとこに長居してもしょうがないもの」
幽香とレミリア、じゃない美鈴の方をちらりと見て、彼女は初めと同じような魔法を使ってこの場から去った。嵐のような出来事に、まだ帰ったのかどうか怯えてしまいそうだ。
「八房、貴方大丈夫なの?」
やっと落ち着いたレミリアの質問には首をひねる事しかできない。俺自身、魔力を与えられたことくらいしか分かっていない。パチュリーか、或いはフランに調べてもらわなきゃな。
「どうしよう、追いかけようかしら」
「私の首を絞めながら言うのはやめて巻き込まれちゃたまんながががが」
「どうしましょうかねえ」
影狼は幽香にヘッドロックを極められてもがもが足掻いている。何気にあの速さに反応していたんだよな。やっぱり化け物ばっかじゃないか、と妖怪の巣窟に言っても仕方がないか。
変なとこから応援を頂いたものだ。絶対に勝たなきゃ、なんてスポ根めいた考えはしちゃいないが、大事になってしまった以上、不甲斐ないことはできないだろうな。なんだかとても他人事のように感じられた。
具体的にはこれ含めてあと四話(四日)