「これで役者は揃ったわね」
最終確認として紫が聞いてくる。俺も、妹紅もそれに頷いた。周りにはござを敷いて呑む気満々の野次馬達。烏天狗の新聞は存外集客力もあるらしい。
「随分とギャラリーが多いんだな」
「それだけ、貴方達が気に入られている、ということよ」
紅魔館の連中は分かる。それから永遠亭の蓬莱人達も来るの当たり前だろう。それからアリス、茨歌仙。予想外ではあったが幽香と影狼、ついでにルーミア。ここまでは来るかもしれないと思っていた。
しかしなあ、まさか、命蓮寺や守矢神社から来るとは思わなかった。それから青い仙人と親しそうに話すどっかで見たことのあるヘッドホン付けた狐耳っぽい少女。そのお付きらしい青い烏帽子と大根足幽霊。果ては絶対来ないだろうとたかをくくっていた霊夢まで酒かっくらってる始末だ。
「こんな大事にするつもりなんて欠片も無かったんだけどな」
「本当にね。私が八房をぶん殴って、それで終わりだったのに」
「それで終わらないからこんな事態になったのよ」
終わらなくしたのはお前だろうが、と悪態をつきたくなるが、すんでの所で我慢する。実際あのままだったらどうなるのか、全く予想がつかなかった。諦めたのはどちらなのか。そもそも諦めることができるのか。そういう意味では紫の提案は渡りに船だったとも言える。誰もが納得できる方法で、決着を付けることができるのだから。
「まあいいや、さっさと始めちまおう」
「ええ、私からとやかく言うことはもう無いわ。閻魔様じゃないけれど、白黒はっきり付けてしまいなさい」
「存在が曖昧なやつが言う台詞じゃないね」
だけどそれが合図になったのは明らかで、どちらが何か口にするまでもなく、唐突に
「外界『二十一世紀の幻想』」
読み合いも何もかも無視して一枚目のスペルカードを切る。今回使えるスペルカードは五枚。レミリア達と話し合って決めた戦法は短期決戦。妹紅が慣れない弾幕に手間取っている間にゴリ押しで叩き落としてしまおう、というものだ。地力でも、経験で言ってもあいつの方が数段上。こちらが勝っている点は情報量だ。何十回と見たから、俺は妹紅のスペルカードを、ある一つを除いて知っている。そしてそのカードは基本的に無視していい手札の筈だ。だから、彼女の弾幕は目を瞑っていても避けられる。
対して妹紅は俺に関する情報を何一つとして知らない。あいつにとって俺は非力な人間でしかなかったから。そもそも今使ってる弾幕もスペルカード合わせて紅魔館で作った急ごしらえだ。知っている筈がない。
だが、適応されたらこちらには打つ手が無い。既存の弾幕が全て避けられたとて、即席の弾幕ならば条件は五分と五分だ。さらに言えば、こちらの弾幕に慣れられたら当たる見込みはない。
「悪いが、速攻で終わらせてもらう」
左手に青、右手に赤。少し遅れて真ん中から黄色。信号機をモチーフにした弾幕で妹紅を追い込む。何故だが知らんが、外の世界を聞かれたときに信号機が最も記憶に残っていたのだ。
赤はゆっくりと、相手の動きを止めるように。青は速い軌道で急かすように。身動きを止めてから黄色で仕留める。妹紅は最初こそ素直に避けようとしていたが、どうにも袋小路になり、彼女もスペルカードをかざした。
時効『月のいはかさの呪い』
自分の弾幕の基になったスペルカードだ。正面から来る青と、ぐるぐる回る緑。それと遠回りして背後から襲ってくる赤の弾。前者はこちらの弾幕で相殺できるとして、後者の方はどうにかしなければならない。もちろん背後に気を取られたままでは正面から殴られるので、結局二方面を気にしなくてはならない。
どう避けるか。輝夜と妹紅の弾幕ごっこを見ていた限りでは、緑弾に沿って回って避けるか、
大きく息を吸い込む。意識を集中させるのに最早目を瞑る必要はない。空を
そろそろ最初のスペルカードも効果が切れるころか。手始めだったから容赦無く撃破される可能性も考えていたのだが、結構残った。想定していた分を全部撃ち切るなんて。
だが、まだ妹紅は沈んじゃいない。沈んでいないのなら攻撃の手を緩めるわけにはいかない。すかさず二枚目を切る。
紐符『猫の揺り籠』
フランと作った作品だ。一人で作ったさっきの弾幕とは完成度が違う。さあ、さっきよりも激しく行くぞ。
*
おかしい。そう思い始めたのは四枚目のスペルカードを使った時だった。初めから引っかかってはいたのだ。妹紅の動きが普段よりも鈍い。最初は俺が強くなったせいかと思ったがそうではない。俺にはまだまだ余裕があるというのに、あいつは既に肩で息をしている。
何故だ。やはり逃げ道だらけの弾幕を潜り抜けながら考える。直前で誰かと戦っていたからか。だとすれば誰と。何のために。
いや、そうじゃない。少なくとも始まった当初に疲れは見えなかった。それにこの一戦を前にして誰かと戦うことなど有り得ない。
だったら、わざと手を抜いているのか。それは無い。それだけは絶対に無い。そんなことをするくらいなら、さっさと認めてしまえば良かったのだ。わざわざ弾幕ごっこに手心加えることなどせずとも「やっぱり良いよ」とさえ言ってくれれば済む話のはずだ。だけど、もし。
もし、彼女が
視界が赤く染まったような気がした。ぐつぐつと腸の中で音を立てているようだ。怒りが脳天まで突き抜けて、自分から乖離してしまったような気さえした。
分かってる。理不尽だ。身勝手だ。俺は自分が人間であると、証明するためだけに妹紅を利用していたのだから。蓬莱人になることを彼女が受け入れたのなら、綺麗さっぱり人間であることを諦められた。彼女が人間であってくれと望むのなら、どちらが正しいのかぶつかって、与えられた答えで満足するつもりだった。
そうであれば、俺は最初から妹紅に負けるつもりだったのかもしれない。勝ちたいと思いながら、負けたいと願っていたのかもしれない。ただ、選択権を自分の手から捨ててしまっただけで。
だけど、彼女が迷っていたら前提が崩れてしまう。どちらにせよ茶番だが、人間であること、蓬莱人になること、その衝突は消え失せてしまう。俺にとっては、それは紛れもなく裏切りだった。
勝手に期待しておいて、裏切りとは。お前は最低だな。
何処か冷静な俺の声がする。本当は俺ではなく■■■■■■の声なのだろうか。分からない。自分で自分が分からなくなる。
嫌な気分だった。反吐の出るようなそんな心だった。妹紅だけは、俺が人間であると信じてくれる。疑わずにいてくれる。人間を辞めようとしたら抑えてくれる。そう信じていたのだ。最低だ。本当に俺は最低だ。あいつの心なんて、俺がどうにかして良いものじゃないというのに。
彼女を許せない気持ちを捨てるつもりが欠片もない。
もう終わらせてしまおうか。あいつは、俺が人間であることを信じてくれなくなったんだ。俺の勝手な言い分だと分かってはいるけれど、心が、火が消えてしまった。さっきまでは何処かにあったような気がする感情が、蝋燭が溶けるようになくなっていってしまったんだ。
「なあ妹紅」
「な、によ」
「もう終わりにしよう」
彼女も四枚目のスペルカードを使っていた。だけど、その勢いは変わらない。気分が気分なら鼻歌歌いながらでも避け切ってしまいそうだ。
俺は最後のカードを取り出す。自分の全てを込めた、最も複雑で、あの幽香からも褒められた弾幕。全力である筈なのに、虚しさは埋まらない。
「『アウターオブ……」
宣言しようとする声が止まる。何かされたわけじゃない。俺の感情は動いていない。それなら何故止まったのか。
妹紅が吹き飛ばされていた。俺は何もやってない。下から飛んできた何かがぶつかったのだ。なんだありゃ。金色の、板?
「ふざけんじゃないわよ!」
この声はあのいけ好かないかぐや姫のものだ。どうして彼女が割って入ったんだ。俺と妹紅の関係なんかどうなろうと、いつも通りの不機嫌で気にしなさそうな奴なのに。何をふざけるなと。
「アンタ、人間辞めてほしくないから戦ってるんじゃないの!?」
叫ぶ、というよりは喝を入れてるような声は、何故か俺にも強く刺さった。
*
前から時々夢に見ていた。八房がいつまでも私の隣にいる夢。私は嬉しかったけど、八房の表情はいつも分からなかった。写真に墨を塗りたくったかのように真っ黒だった。だから、それが良いことだったのか。目が覚めると不安になる。今生きている、現実だってそうだ。私は八房に人間でいて欲しいなんて言ったけれど、彼がどう思ってるのかなんて分からない。苦しいだとか何だとか理由をつけて自分の都合を押し付けているだけだ。彼が望まなくても? 本当にそう思えるの?
「ふざけんじゃないわよ!」
輝夜の声が響く。弾幕ごっこの最中なのに一枚天井をぶつけてきたあいつは何を叫んでるのだろう。私は真面目なのに。
「アンタ、人間辞めてほしくないから戦ってるんじゃないの!?」
辞めてほしくないから。そうだ。私は八房に人間でいて欲しいと思ってる。迷ってるけど、正しいかどうかなんて分からないけど、私自身がそう思ってるのだ。
後悔するのか。私の決断を。そんなわけがない。八房が蓬莱人になる。嫌だ、絶対にさせたくない。
ああ、そんなことなんだ。自分で言ったじゃないか。私が八房に人間でいてほしいのは私の我儘だ。だったら我儘を押し通せばいい。
そう思うだけで視界が一気に開けた。輝夜には感謝しなければ。あいつが活を入れてくれなかったら、私はこのままズルズルと押し切られて、負けて、そして後悔していた。
「八房」
「なんだ」
八房は途中で弾幕を止めていた。輝夜に気を取られたのも理由だろうけど、私の準備ができるのを待ってくれていたのだろう。
「あんたは、たとえ蓬莱人になろうと、不死鳥だかなんだかになろうと、
「……そうか」
表情は変わらないように見えるけれど、私は彼の口元が緩んでいるのを見逃さなかった。そもそも真剣な表情をしている時は怒っているように見えるのだ。普通の顔ってだけで彼の機嫌が良くなったことは分かる。
八房も人間で居たいのだ。だからこんなことになった。あっちも我儘言っていただけだ。それがちょっとだけ嬉しい。八房が駄々をこねている所なんて見たことが無かったから。
「『アウターオブトランスミグレイション』」
八房が最後のスペルカードを宣言する。虹の色をした七種類の弾幕が円を描きながら私に向かってくる。その更に外側からは輪の形をした弾が取り囲むように背後を襲い、正面からは小さな炎が等間隔に並んで放たれた。
虹弾幕は見かけだけ、輪っかは他のスペルカードでも使われた、炸裂して水弾を撒き散らす奴だろう。炎については言うまでもない。あれは私の弾幕にそっくりだ。最高傑作、って奴なんだろう。
私も手を抜くわけにはいかないな。何しろ今までずっと八房と、自分の感情すら裏切り続けてきたんだから。全力で、後悔の残らない選択を。
「『インペリシャブルシューティング』!」
八房には見せたことのないとっておき。意地でも勝つと決めたとき以外には、たとえ輝夜が相手であったとしても使わなかったスペルカード。
何よりも、蓬莱人という存在を最も強く表現しているカード。
水も炎も、或いは魔力で作られた弾幕さえもすり抜ける。魂だけの状態になっている今は、そんなものは届かない。卑怯だとも思わない。勝つためには必要なことだから。
八房の弾幕を押し返す。
「ああ、くそ」
弾幕に閉じ込められた八房が吐き捨てる。言葉に反して表情は穏やかだった。
「綺礼な弾幕だな」
八房のスペルカードの効果が切れたのか、放たれる弾幕はもう無かった。