不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

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狂った子猫のゆりかご

「ヤツフサってチェス弱いよねー」

「言うな。まともに指したのは初めてなんだから」

 定跡も何も知らない初心者狩りして楽しいか。白黒の盤の上には白の駒しか残っていない。わざわざ全部取られた上でチェックメイトされていた。

 フランが俺を壊し飽きて、チェスをやろうと言い始めたのは、だいたい五十回くらい殺されてからだった。チェスの合間には世間話も出来るようになり、愛称で呼ぶことができるくらいの仲にはなった。それで分かったのはフランは別に気が狂っているわけじゃないということ。言ってしまえば彼女は「壊したがり」なだけで、壊していいものとダメなものの区別はちゃんとついているし、力を制御できないわけでもない。ただフランの「遊び相手」というのは壊してもいいと教えられているらしい。あの幼女め、俺が生き返るからって無茶苦茶させやがったな。別に怒るようなことでもないけど。

 駒を最初の位置に並べ、四回目の対局を始める。とりあえず適当にポーンを動かすが、たぶんこれもすぐに俺の負けで終わるだろう。

「美鈴の方がまだ強いよー」

「美鈴って紅魔館の門番だっけか。俺はまだ会ってないんだけど」

 フランはしきりに美鈴を引き合いに出す。傍目からは実の姉よりも懐いている風に見えるけれど、実際のところはどうなのか。レミリアに聞いてみたくある。そんなこと言えば即座に肉塊にされてしまうだろうけど。

「えい」

 ビショップにナイトが倒される。捻くれた動き方をする桂馬とかナイトは好きな駒だけど、トリッキー過ぎて俺には上手く扱えない。すぐに自陣を崩されて詰んでしまう。これで四連敗。フランからここはこうすれば良かったと有難い講義を受けるけど、強くなれる気はしない。パソコンの奴も一番下のレベルに勝てなかったしな。フランもそろそろチェスに飽き始めている。俺みたいな弱者が相手だからつまらないだろうな。

「ヤツフサは何か面白い遊び知らないの?」

「そんな無茶ぶりされてもな」

 子供の頃は室内でゲームやってたか、外を走り回ってたから、家の中で出来る遊びなんてほとんど知らない。ああでもあやとりとかは時々やっていたな。それなら楽しんでくれるだろうか。

「輪になってる紐とかあるか?」

「輪になってる紐? 咲夜に言えば出してくれるかもしれないけど」

「そっか、そりゃそうだよなあ」

 日常生活じゃほとんど使わないものだし、ある方が珍しい。唯一の案も失敗に終わり、どうしようか悩んでいると地下室のドアがノックされる。

「妹様、お茶をお持ちしました」

「あっ、咲夜。グッドタイミング!」

「え? は、はあ」

 咲夜はまず俺を見て驚愕の表情を浮かべ、フランの反応に困惑している。俺が不死身だということは教えられていなかったのか。レミリアも人が悪いっつーか鬼だな。

「丸い紐ってある?」

「丸い?」

「両端が繋がって輪になっているような」

「ああ、あやとりの紐ですか」

「あやとり?」

 フランはあやとりを知らないのか。「出来るよー」なんて言われてたら俺の立つ瀬がないし、幸運なんだけど。

「少々お待ちください」

 言い終わった咲夜の手には既に二組の紐が握られている。少々の定義が乱れるなあ。数秒も経ってないぞ、流石は時を止められるメイド。

「フラン、ちょっと見てみ?」

 最後にやったのも中学生くらいの頃だが、当時はかなり難易度の高い物にも挑戦していたからなんとか出来るはずだ。せっかくだから格好付けたいし、吸血鬼にも関係のあるものに挑戦してみよう。

 まず基本形を作り、そこから紐を取り、指を抜き、地道に下準備を重ねる。フランは興味津々に俺の手の動きを観察していた。吸血鬼の動体視力なら何を作っているのかはすぐに分かるだろうか。しかし、表情を見るに理解は出来ていない様子だ。

「ほれ、太陽」

「凄い! どうやったの?」

 実際には中央が丸くなっているだけで太陽に似ているかと言われればそうでもないけど、れっきとした太陽という技だ。吸血鬼は日光に弱いというから見たことはないだろうけど、俺的にはそれは勿体無い。だったらあやとりで見せてやればいいじゃないかと考えたのだが、どうやら評価は上々のようだ。

「フランもやってみるか?」

 一度太陽を解くと、フランは名残惜しそうな表情でそれを見ていた。もう少し見ていたかったのかもしれない。それは悪いことをしたと思うが、あやとりは人のを見るより自分でやる方が面白い。初心者でもやりやすい物ならフランはすぐに出来るだろう。次に作ったのは箒。あの村で子供の世話をしていたときは、これが出来ればあやとりが出来たと考える子も居てよく笑ったものだ。

「箒だ、いつも魔理沙が乗ってる」

 魔理沙と言われても来たばかりの俺には分からない。いや、聞き覚えはあるから妹紅か紫のどっちかから聞いた話がある筈だ。えーと、そうだ、妹紅の言っていた白黒の泥棒魔法使い。妖怪から本を盗むのが趣味で、紅魔館もよく盗られているとか。それにしてはフランはそれほど嫌悪感を抱いてないようだし、むしろ友達のような言い方をしている。きっとトムとジェリーみたいな関係でもあるのだろう。

「魔理沙はよく箒に乗って遊びに来るのか?」

「うん、でも私と会うとすぐ逃げちゃうの。なんでかなあ?」

 悲しそうな顔をするフラン。そこに狂気は感じられず、遊び相手ではなく友達としてその魔理沙のことを考えているのだとわかる。

 なんというか、これは。

 メイドからの視線が痛い。大事な大事な妹様を傷つけるなよと釘を刺されている。確かに、まだ会ったばかりの、魔理沙と会話したこともない俺が口を挟むべきことではないかもしれないが、曖昧に誤魔化して先延ばしする方が問題があるのではないかと俺は思う。理由は俺でもすぐに当たりが付くほど簡単なのだから、フランに理解できない筈が無いのだ。周りが神経質なせいで、フランも悩んでいる。過保護が過ぎるとはお節介も甚だしい。

「フラン、それはきっと魔理沙が君に怯えているんだ」

「怯えているの、どうして?」

「そりゃまあ、能力のせいだろ」

 だからナイフをちらつかせるのはやめてください咲夜さん。たぶん、これが正解だろうし。フランの「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」は人間なんかいとも容易く殺してみせる。吸血鬼自体のスペックも高いことが自身を犠牲にした検証で証明されているし、本人にその気がなくても、最低限恐れられるのは当たり前だろう。

 そっか、と言って肩を落とす壊したがりで寂しがり屋の女の子。解決法がないわけじゃないけど、こればっかりはたった一つで即解決って訳にもいかない。それに、その方法は本人が一番良くわかっている。ヒントも与えたのだから直すなら自分で考えて直すべきだろう。

「といっても今考えることでもないか」

 箒を崩して、今度は鳥や魚に形を変えて、あやとりでフランを楽しませる。色々やって見せたら顔から暗いものが消えていった。それでいい。俺が帰った後に思い出して、そん時目一杯悩めばいい。

 咲夜は話をむりやり切ったのを見てからレミリアの元へ戻っていった。咲夜は俺のことをなんと主に話すのか。なんと言われてもあの吸血鬼ならそういうこともあると流しそうで面白い。

「できたー!」

 フランが紐で出来た亀を得意げに見せてくる。手先は器用だし、俺なんかすぐに抜かれてしまうな。そしたらチェスと同じようにあやとりもフランに教えてもらおうか。そんなことを考えて笑った。

「ねえねえヤツフサ、他にはどんなのがあるの?」

「んー、そうだな」

 しばらくして、幾つか出来るようになったフランから追加オーダーが来たが、どう答えたらいいものか。教えられる技がないわけではない。まだ半分も教えてないのだから、ストックには余裕がある。しかし、あやとりの楽しみは自分で新しい物を創ることにもあると俺は思う。

「今度は、フランが自分で好きなのを作ってみな?」

 そう言うと、フランは指先を唇に当てて考え込む。羽根の動きがちょっと挙動不審になっているから、咄嗟に思いつかないのか。口先から指を離すと、紐にくぐらせて、形を常に変えさせているが、明確な形にはまだなりそうもない。ああでもないこうでもないと首を捻る姿はとても俺より四百以上年上の吸血鬼には思えない。見た目は十歳前後くらいだし、精神年齢も同じくらいなのかね。そんなわけで愛らしい妹様を見ていたのだが、なかなか進展しない。

「うー、難しいよー」

 どうしようか、このままリタイアしてあやとりに苦手意識を持たれたくはないな。邪魔にならない程度にアドバイスでも送るか。

「フラン、まずはどんなものを作りたいかを考えるんだ」

「どんなもの?」

「そう、例えばこのぬいぐるみを作りたいと決めて、あやとりにするとどんな形になるか思い浮かべる。そしたらどう指を動かしたらその形になるか想像する」

 指をてきぱきと動かす。ぬいぐるみというよりは熊そのものだが、あやとりにしてしまえば違いはない。完成形を見たフランが感嘆の声をあげ、より一層深く取り組み始めた。どんなものが出来るか楽しみだ。四苦八苦するフランを眺めていると、こんこんこん、とドアをノックして咲夜が現れた。

「迎えがお見えになりました」

 妹紅が来たということか。残念ながらフランの作品を見るのはまた今度になってしまうようだ。

「帰っちゃうの?」

 上目遣いで見られると、その手の人でなくとも庇護欲をそそられる。寂しそうなフランの頭を撫でると、くすぐったそうに身をくねらせた。

「また遊びに来るよ。俺とフランは友達、だからな」

 友達という言葉にフランの顔が明るくなる。笑ってみせると、太陽のような笑顔を見せてくれた。名残惜しいと思いながら、手を振りあって地下室を後にする。

 階段を上っている途中、咲夜が急に口を開いた。

「あのように楽しそうな妹様は初めて見ました」

「そうなのか? 何にでも興味津々なんて感じだが」

「確かに妹様は色んなことに興味を持ちますが、友達と遊ぶ、なんて経験をしたことはありませんから」

 その言葉に込められている感情はなんだろう。嫉妬か感謝が両方のようでどちらでもない。本人にも分かってないのかもしれない。だったら俺に分かる筈もないか。特に気にしないことにする。

「それはあんたらが過保護だっただけなんじゃないのか?」

「そうかもしれませんね」

 そんなに悲しそうに笑うな。友達ってのは対等じゃないといけないが、従者が友達になっちゃいけないなんて決まりはない。そう言うと、咲夜はきょとんとした顔で立ち止まった。どうしたんだろうか。

「貴方は不思議な人ですね」

「そうか?」

「従者に友達になればいい、なんて普通は言いませんよ」

「人を雇ったことなんて無いからな。普通なんて分からねえよ」

 そもそも庶民にはメイドなんてメイド喫茶にでも行かなきゃ会えないし、俺的にはあれはメイドの姿をした別の物だと思ってるから元の世界でメイドになんて会ったことがない。だけど本物のメイドである咲夜が言うのならばそうなのかもな。俺には関係ないけど。

「宜しければ、これからも妹様の遊び相手になってあげてください」

「遊び相手じゃあ、命が幾つあっても足りねえな。友達としてなら大歓迎だが」

「ふふ、そうですね。そうと言えば、どうして妹様に壊されなかったんですか?」

 あれ、説明してなかったっけ。そういやレミリアも教えてなかったみたいだしそりゃ気になるよな。しかし、説明しようにも自分でも完全に理解できていないんだが。まあいいや、いつもの一言で事足りるだろう。

「不死身だから、かな。理屈は知らないけど生き返っちゃうんだよ。蓬莱人とも違うみたいだけど」

「なるほど、それで落ちてきたときも無傷だったのですね」

 相槌を打つ咲夜はそれほど驚いていないようだった。流石に能力の予想くらいはつくか。それ以降は会話もなく、ただ案内されるがままに歩を進める。今度辿り着いたのは、初めに予想していたような大きなホール。玄関口の辺りでレミリアと妹紅、そして如何にも魔女といった服装の少女が話し込んでいる。たぶんあれが魔理沙か。妹紅に連れられて空中散歩している時に見たな。弾幕ごっこ(仮)をやっていた金髪の片方だ。思い出せば確かに箒に跨っていたような気もする。声をかけると、三人とも同時に振り向いた。レミリアは相変わらず不遜なドヤ顔、魔理沙は興味深くこっちを見ていて、妹紅は目に見えて分かるほどに安堵している。いつの間にやら随分好かれたものだ。

「お客人、フランの相手をさせて悪かったな」

「自分からしろと言っておいて白々しいなおい」

 そうだったか、とレミリアはとぼけて無視した。妹紅の元へ向かうと怪我はないか痛くないかと散々に心配される。魔理沙は俺を見て興味津々から困惑顔に変わる。大方、フランと遊んで無事でいられる人間がどんなものかと想像していたのと違うのだろう。普通の人で悪かったな。

 紅魔館の主に見送られて門を出ると、寝ている中華服の女性の存在に気付く。この人がフランの言っていた美鈴か。熟睡してるけど門番としてこれはどうなのだろうか。失敗をすることはほとんどないと咲夜は褒めていたから問題はないんだろうけど。

 帰り道、また妹紅に吊るされるのかと思ったが、魔理沙が箒の後ろ側を貸してくれると言ってくれたおかげで格段に気楽になった。日が落ちようとしていてたくさんの星が空に瞬いている。ガスに汚れた外の世界ではこんなものは見られないし、慣れるまでは楽しめそうだ。

「なあ、あんたヤツフサって言うんだろ?」

 魔理沙から俺に話しかけてくるのは初めてだ。正しく言葉を交わしたのが今で初めてだから当たり前か。

「ああ。フルネームは若丘八房だ」

「そうか。私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ。で、八房。フランの遊びに巻き込まれたんだって?」

「巻き込まれたって。一緒に遊びはしたけどさ」

「どっちでもいい。どうやって生き延びたんだ?」

 今日一日でこの質問は三回目か。そろそろ同じ返答を繰り返すのも嫌なので、適当にお茶をにごす。

「たぶんお前らが思ってるほどフランは凶悪じゃねえぞ」

「そうか? 私は見たらすぐに逃げるんだがな」

「フランが一緒に遊びたいのに魔理沙が逃げるって嘆いてた。偶には友達として遊んでやれよ」

「気が向いたらな」

 魔理沙はどうにも乗り気じゃない。当たり前か。俺みたいな残機無限チートじゃないんだ。命は惜しいに決まってる。

「遊んでたらパチュリーに見つかっちまうぜ」 

「そっちが理由かよ」

 俺は行くことがなかったが、紅魔館には膨大な本が収められた図書館があって、本物の魔女が住んでいるのだとか。魔理沙はいつもそこから本を盗んでいるから、見つかったら面倒なことになるのだろう。いや、表からは堂々と入ってくるのにな。

 鬱蒼と生い茂った森の近くで、俺の体はまた妹紅にぶら下がる形になる。魔法の森とかいうここに魔理沙の家があるというのだから、幻想郷ってのは益々不思議なところだ。別れを告げて魔理沙は森の中に消えていく。火傷も既に綺麗さっぱりなくなっているから痛みも特に感じないままぶらり幻想郷の空を行く。

「やっぱり殺されたのか?」

 今までずっと口を閉じていた妹紅は二人きりになってようやく俺に声をかけてきた。さっきからなにか話しかけようと、ちらちらこちらを見ていたから何事かと思えば、ある意味当たり前のことではあるけれど、答えるまでもない質問だ。

「殺されたっていうより壊されたって感じだ。別に不都合は感じてないけど」

「痛くはなかったの?」

「結構壊されたからな。途中で慣れた」

「そっか」

「妹紅。心配してくれてありがとな」

 返事はない。しかし妹紅の耳が真っ赤になっていたのを俺は見逃さなかった。人生の先輩なのにわりと分かり易い性格で面白い。

「明日こそ博麗神社行ってみような」

 竹林に隠されたボロ屋のすぐそばまで近付いている。予想外のことはあったが、幻想郷一日目はそこそこ楽しめたと思う。願わくば明日もそうなりますように。

 




八房の考えていた論理は幻想郷の少女には当てはまらない模様。
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