不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

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博麗神社に参拝したい


巫女と鬼と不死人

 石段は長く、春の陽気に明るく照らされているが、妹紅と俺の二人以外に登っている人は居ない。季節も外れているし、そんなものかと思っていたが、なんでもここは年がら年中閑古鳥が鳴いているらしい。それでも大丈夫なのかと聞いてみたが、巫女も何の神様を祀っているのか知らないしいいんじゃないかと返ってきた。住んでいるのは巫女一人だけで、異変解決を生業にしているくせに妖怪と仲が良い。なるほど妖怪神社と言われるわけだ。

 ちなみに、本当なら昨日のように妹紅にぶら下がって来る予定だったのだが、せっかくなので、俺がこの石段を登ってみたいとお願いしたのだ。反対側には人里があるのだが、そちらにはまだ行ってない。妹紅が仲のいい知り合いも居るというし、後の楽しみにしておこう。

「しかし、長いなー」

「山上の神社よりは参拝しやすいと思うよ」

 そちらは妖怪の住み着く山の上に立ててしまったから、妖怪の信者は居ても人里からの参拝者は殆ど来ないのだとか。確かにその守矢神社とやらに比べればまだマシな方だろう。

 ようやく空から何度か眺めた赤鳥居が見えてきて、神社らしきそれなりに大きな和風の建物が見えてくる。幻想郷なら当たり前の風景だろうが、やってきてここまで妹紅のボロ屋と紅魔館しか見てないもので少し新鮮に感じる。それと同時にかつて住んでいたあの村にも、こんな神社があったなあと懐かしい感じもした。あっちは巫女も神主も居なくて、村からも離れていたから雑草が好き勝手に生えた子供達の秘密基地になっていた。大人たちは皆「あの神社に行くとお化けに食われるぞ」なんて言って脅かしたものだが、誰一人真に受けてなかったな。

 鳥居を抜けると、意外にも手入れが行き届いていることが分かる。紫からはぐうたら巫女だと聞いていたのに、身の回りのことはしっかりしているんだろうか。或いはやってきた妖怪に掃除をやらせているのかもしれない。そんな冗談を妹紅に言ったらそうだなと真顔で返されて、これから会う巫女が少し怖くなった。

「お、久々に参拝客じゃないか。霊夢ー、お客が来たぞ」

 礼儀に習って手水舎に向かおうとすると、どこからともなく声がして、神社の奥の賽銭箱の上に忽然と幼女が現れた。手には瓢箪こめかみからは角が生えていて、酔っ払いみたいにけらけら笑っている。顔も赤いし相当飲んでいるようだ。一気に呷る姿を見てこんな幼いのに酒浸りかと思ったが、幻想郷なら年齢と見た目はそれほど関係ないことは妹紅やフランの時に思い知った。

「参拝客!?」

 酔いどれ幼女の言葉に反応して飛び出してきたのはぱっと見妹紅くらいの歳の少女。お目出度い紅白の衣装は巫女っぽいと言えなくもないが、何故が二の腕の部分だけなかったり、派手だったりと余り神に仕える印象は受けない。というか脇の開いた巫女服ってなんだよ。少女は俺を見て目を輝かせ、次いで妹紅を見てがっくりと肩を落とす。

「なんだまたアンタか」

「客にその態度はないんじゃないの?」

「ヤツフサを探せー、って昨日いきなりやってきて賽銭も払わず逃げてった奴を客とは言わないわ」

 どうやら昨日も妹紅は博麗神社に来ていたらしい。失せもの探しのご利益でもあるんだろうか。失せものが俺だから恋愛的な意味を除いた縁結びかもしれない。角娘はいつの間にか姿を消していて、二人の間には何故か険悪な空気が流れていたので俺は逃げるようにこっそりと手水鉢の水で清めて賽銭箱に向かう。途中で紅白少女に睨まれたが、相手する価値もないと判断されたのか無視された。なんで神社に参拝しに来ただけでこんな心臓に悪い思いをしなければならないのか。

 財布を開いて小銭を適当に取り出す。通貨が違うから幾らでもいいが、げん担ぎに四十五円としておこう。五円玉を九枚取り出して一斉に放り込む。鐘を鳴らして二礼二拍手。詳しくは覚えてないが、確かこれで合ってたはずだ。

「本当に参拝に来たんだ」

 驚かれるようなことじゃないと思う。本人が一番参拝客が来ないと思っているんだからそりゃ来ないわけだ。紫が嘆くのもなんとなく分かる。本人に言っても何処吹く風って感じはするけど。

 あとは作法も分からないが奉納品ってことで、こっちに来る時に持ってきたカップ麺の蕎麦を一つ賽銭箱の手前に置いておく。

「何よこれ」

「外の世界の保存食でね。お湯を入れるだけで蕎麦が出来る」

 訝しげな紅白巫女は納得とは行かないまでも理解はしてくれたようだ。よくよく考えれば瞬間移動と思えるほどの速さでこっちに来ていたが、今まで出会った人も妖怪もだいたい神出鬼没だし、こういうものだろう。

「で、あんたは誰よ。見た覚えのない顔だけど」

 さっき自分でヤツフサって言ってたじゃないか。妹紅のことだから、ひたすらそれだけ言って詳細を教えなかったのか。彼女らしいといえば彼女らしいが。

「昨日探された落とし物だよ」

「落とし物? ああ、ヤツフサってあんたのことなのね。てっきりこいつの飼ってるペットかと思ってた。それともやっぱりペット?」

「ちげーよ。人間のペットてなんだよ」

「人型のペット飼ってる奴は居るわよ」

「なにそれ怖い」

 それなんて鬼畜妖怪だよ。絶対に出会いたくない。幾ら不死身だとはいえ、人間扱いされないことは恐ろしいものだ。それは相手が人間でも妖怪でも変わらない。

 妹紅との間に有った険悪な空気も和らぎ、参拝も済ませた。これで後は帰るだけだが、それでは少し物足りない。

 そんなことを考えていた時だった。巫女相手に世間話でもしようと振り返る瞬間、背には賽銭箱で誰も居ない筈なのに、確かに誰かに押された。せいぜいが子供くらいの軽い力だったが、不意を取られた俺はその場で踏ん張ることが出来ない。となれば、俺が倒れるのは必然のことで、前のめりにつんのめる。普通ならこれで石畳の厚い抱擁を受けて悶絶するところなのだが、何故か転んだ先は柔らかい。その意味を理解すると共に自分の全身から血の気が引いていくのがわかる。

「しっ・・・・・・」

 少女の上ずった声が聞こえる。慌てて起き上がろうとするが、慌てているせいで本来の地面が見つからず、むしろ更にアカンとこばかり触ってしまっているような気がする。

「死ねこの変態ー!」

 ガン、と鈍い音が響いて頭に衝撃が走る。起き上がろうとしたのは失敗だったなと今更にして思うが、焦った状態で正常な判断をするのは難しいと自己弁護した辺りで意識を保つのが危うくなってきた。

 ラッキースケベ? いいえどこぞの誰かの嫌がらせです。最後に考えたのはそんな馬鹿な文句だった。

 

 

 目が覚めるとノーマルな畳の上。覚めたと言っても瞼を開くほどの気力はまだ回復していない。布団も無しで体が痛いが、材質が石でないだけ有難いと思うことにしよう。丸い何かで強かに打ち据えられた頭にはたんこぶが出来ていて、その上に濡れたタオルと思しき物が乗っかっている。冷やされているから頭の痛みは感じないが、これならいっそ死んだ方が良かったかもしれない。こっち来て向こう二日でこんな考え方をするくらいには捻くれてしまった自分が怖い。

「目は覚めたかしら?」

 少女というにはちょっと無理がある胡散臭い声が上からした。そう考えたのがバレたのか脇腹の辺りをつねられたのですぐに訂正する。

「あんたの仕業かよ。他人を弄んで遊ぶとか意地が悪いな」

「第一声が決めつけだなんてそっちの方が酷くありません? 私はやっていませんわ。やったのは神社の裏に住む光の妖精達。妖精のことは説明したでしょう」

 力は弱いがどこにでも居る悪戯好きの自然の化身。自然であるから殺されても一回休みで済むとか、頭も弱いけど悪戯に関してのみ悪知恵が働くとか聞いていた気もする。

「そうだったのか」

「ええ、でも慌てる霊夢も可愛らしかったですわ」

「やっぱりあんたじゃねえか」

 ばれました? と紫は子供っぽく笑う。扇子で口を覆っている姿は容易に想像できた。騙しはしても嘘はめったにつかない妖怪だと思っているから、ただ唆しただけなのだろう。だからこそ質が悪い。

「霊夢にちゃんと謝っとけよ」

「てっきり怒りだすと思ったのに」

「一番被害を受けたのはあの子だろうが」

「そうですわね。やはり貴方は面白い。言ったでしょう、萃香。面白い人間だって」

 俺じゃない誰かに話しかけているらしい。他には誰も居ないように思えるが、萃香とはいったいどこの誰のことだろうか。

「確かに随分なお人好しだねえ」

 聞いた覚えのある声。神社の賽銭箱の上に忽然と現れて霧のように消えたあの角娘の声だ。まだ重い瞼をうっすらと開ければ、突き出した二本角のシルエットが見て取れたから間違いない。

「初めましてと言ったほうがいいのか? 一応さっき会ってるけど」

「そうだねえ、話すのは初めてだし自己紹介くらいはしておこうか」

 角娘はぐいっと瓢箪を掲げ、中身を一気に飲み干した。と思ったのだが、どれだけ入ってるのか酒が尽きることはない。

「私は伊吹萃香、鬼さね」

「鬼って桃太郎とかに出てくる鬼のことか?」

「そうそうそれそれ」

 言われてみれば鬼が角を持っているというのは外来人でも分かることだ。いつも英雄に退治される側の存在だが、目の前の幼女に悪とかそんなものは感じない。妖怪が丸くなったとは紫の言葉だったか。人を攫ったり食ったりすることはもうしていないのかもしれない。なんにせよ、自己紹介されたのだから返さないと失礼か。

「俺は若丘八房。不死身なだけの一般人だ」

 手を差し出されたので握り返す。子供特有の柔らかい手だが、物凄い握力でこっちの手が痛い。見た感じ軽く握っている程度でこれだ。鬼は力自慢の種族らしい。たぶん本気を出せばフランよりも力があるだろう。敵に回したくない相手がまた増えてしまった。そもそも意識的に誰かと敵対するつもりなんてないのだが。

「じゃ、そろそろ霊夢がこちらに向かってくるでしょうから私達はここでお暇させていただきますわね」

「何しに来たんだよあんたら」

 俺のツッコミには答えず、紫は境界を開いて、萃香は体を霧にしてそれぞれ消えていく。居なくなった直後に襖が開けられたことに流石に苦笑いしていると、紅白巫女から変な目で見られた。ついでに酒臭さでも感じ取ったのか鼻を寸と鳴らす。

「誰か居たの?」

「飲兵衛と胡散臭い妖怪」

「ああ、あいつらね」

 やはり胡散臭いのは共通認識なのか。後ろから妹紅が心配そうに入ってきた。死ななかったから心配されるというのもおかしな話だ。

「さっきは悪かったな」

「思い出させるな」

「・・・・・・すいませんでした」

 一応俺もさっきのことを謝ったら、妹紅と初めて会ったときみたいに冷たい声で返された。凄い怒ってるけど、わざわざ手拭いを絞って冷やしてくれる辺り根はいい子なんだろう。

「お、八房が霊夢を押し倒して返り討ちにあったって話は本当なのか」

「誤解を招くような言い方に全力で抗議したい」

 そのまた後ろから魔理沙がひょっこりと顔を出す。魔理沙もこっちに来ていたのか。というかそんな話を誰から聞いたんだ。

「紫が言ってたぜ」

「全てあいつの策略だ」

 微妙に嘘ではないのが腹が立つ。魔理沙はたまたま遊びにやってきただけのようで、どこからかくすねてきた煎餅を齧っている。立ち食いは行儀が悪いと言おうとしたらその前に巫女がスネ蹴りを放っていた。彼女から盗んだのか、命知らずな。魔理沙は軽業師みたいに飛んで避けたが、頭を柱にぶつけていた、自業自得だろう。

「いったい何処から鼠が入り込むのかしらね」

「鼠なんてどこにいるんだ?」

「私の目の前には白黒の大きな鼠が居るわよ」

「そりゃ大変だ。退治は私に任せてくれ」

 お前のことだろうが、本人も分かっててからかっているようだ。巫女のこめかみがぴくぴく震えだして青筋が浮かんでいる。角が生えるのも時間の問題か。

「魔理沙ねえ、もっと大人しく出来ないの?」

 妹紅が魔理沙を窘めるが、本人には何処吹く風。この程度で頭を下げる奴なら、紅魔館の本を盗もうなんて馬鹿なことを考える筈はない。

「私はあんたと違って老い先短いんだ。大人しくなんかしてられないぜ」

 まだ二十歳にも届いてない子供が何を言うか。既に大人になってしまった俺よりも、まだ成長する可能性を秘めているくせに。大人の俺よりも経験を積んでいるくせに。

 妹紅は老い先という言葉に反応して追撃を忘れていた。不老不死にとっては重い言葉だ。慣れているといっても直接言葉にされるのは気分が悪いのかもしれない。その感覚は俺にも分からない。

「ところで、八房達はなんでこんなところに来たんだ?」

「こんなとは何よ」

「だってよ霊夢、行事があるわけでもないのに参拝客が来るなんてこれはもう異変だぜ?」

「よし分かった表でろ」

 お前らお笑い芸人か。魔理沙は言われた通りに外に出ていく。素直に言うことを聞くとも思えないし、外で弾幕ごっことかでもやるんだろう。霊夢もそれ追いかけて行ったので、部屋の中に残ったのは俺と妹紅だけだ。

「慌ただしい奴らだな」

「私が初めて会ったときもあんな感じだったよ。まったく仲が良いんだか悪いんだか」

 精一杯呆れたふりをしてみせているが、妹紅の表情には憧れに似た感情が見え隠れしている。ああやって喧嘩する相手も居なかったのか、話に聞いたかぐや姫とかあの関係に近いんじゃないかと思うが、本人としては違うものなのだろう。出来心で頭を撫でてみた。

「な、何するんだよ!」

「んー、なんとなく」

 妹紅は驚きはするが、逃げようとはしない。さらさらの髪を手で梳いてやる。わざわざ俺がする必要も無いが触り心地がいいのだから仕方がない。

「妹紅にもきっとあんな友達が出来るさ」

「何の話よ?」

 顔を赤くして背けてしまう。惚けようとしているが隠せてないぞ。俺の方が年下だとかとても信じられないな。

 外では結構な爆音が響いている。楽しく宜しくやっているのだろう。弾幕ごっこはまだ見たことがないし、一度見てみたい。妹紅もそれを察して立ち上がった。

「早くしないと終わっちゃうよ?」

「そうだな」

 濡れ手拭いを左手で押さえながら右手で妹紅の手を握ると、やっぱり柔らかかった。

 

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