不死人と蓬莱人【完結】   作:溶けた氷砂糖

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ここらで一息お家の話でも


掃除屋パパラッチ

 相変わらずのボロ屋。時計は墜ちたときに壊れてしまったので正確な時刻は分からないがだいたい朝の七時といったところか。腐り落ちそうな床に俺と妹紅で正座している。さっきから目を合わせようとしないし、下手な口笛を吹いたりとこちらが笑いをこらえるのに必死になりそうだ。別に怒っているわけではないのだが、真面目な顔をしているとそう見られてしまうのは昔からだ。

「別に今日じゃなくたっていいじゃない。今日は人里に行こうよ」

「いや、今日じゃないとダメだ」

 今日と決めなければずるずると長引くことになる。先延ばしは人間の特権だが、今回ばかりはそうもいかない。人里に行く前にやらなければならないことだ。

 部屋の隅に張られた蜘蛛の巣はまだ使われているのだろうか。もしそうだったなら可哀想だが、追い出すしかない。虫も沢山いるだろうが、元の竹林に帰ってもらおう。

「掃除するぞ」

 二日間ここで寝泊まりして思ったことは第一印象を大きく上回るほどの、ここの余りの汚さだ。部屋の中を虫が闊歩しているのは自然豊かな幻想郷だと諦めもつくが、なんとこの家、家具が箪笥しかない。断捨離というレベルを軽く越えている。布団も無いし床もぼろぼろなので必然的に壁に寄っかかって寝るわけだが、これが痛い。だからせめて掃除だけでもしなければならないと俺は心に誓ったのである。出来ることなら後で人里に行って新しく床になる木板でも持ってこよう。

 それよりも、何故妹紅はここまで掃除することを嫌がるのだろうか、単に面倒臭いというわけでもないだろうに。別に何か捨てるわけでもないのだから。他に何か理由があるのか。

「いや、理由があるわけじゃないけどさ」

「なら問題ないじゃないか」

「でも、もう数十年このままなんだよ?」

 そういうことか。要するに掃除して出てくる埃やらなんやらが嫌なんだな。しかしこれで益々先延ばしが出来なくなった。放っておけば悪化することが目に見えている。ここらで年貢を納めないといけない。

 仕方ない。俺一人だけで掃除を敢行しようと立ち上がったときに、ボロ屋の扉がノックされた。妹紅が応対するより先に扉が開かれる。

「どうも清く正しい射命丸です取材に参りました!」

 赤い、帽子? パトカーの上に載ってる赤ランプみたいな何かを被り、立っていたのは黒髪の少女。カメラを首から掛け、メモと鉛筆を持っている姿は、制服みたいな服装のせいで敏腕記者というよりは高校の新聞部のようだ。背中にある黒い翼を除けば。

 レミリアの蝙蝠に似た翼やフランの飛べるかどうかも危うい宝石の羽根とはまるで違う鳥を連想させる黒翼。鴉の濡れ羽色という言葉がよく似合う。その少女はずんずんと妹紅を押しのけて俺の方へ向かってくる。目と鼻の先まで近付かれるといい匂いがしてちょっとやばい。

「外来人がなんと妹紅さんのところに住んでいるという匿名タレコミを受けて来た次第ですさあ取材を受けてください貴方はどこから何故来たのですか妹紅さんとはどういう関係で・・・・・・」

 句点くらい打って話せと言いたくなるくらい、清々しいまでのマシンガントーク。さらに迫って来る相手を上体を反らして避けているが、そろそろ体幹と足腰がやばいと思った辺りで妹紅が少女の首根っこを掴んで引き離してくれた。いろんな意味で危なかった。

「何その変な喋り方。燃やされたいのかしら」

「あやややや、いつにもまして妹紅さんが不機嫌です。愛の営みの邪魔でもしてしまったのでしょうか」

「愛って・・・・・・どうやら本気で焼き鳥にされたいようね」

「すいません私が悪かったですほら謝りますから」

 妹紅が掌から火の玉を作り出すのを見て慌てて謝る焼き鳥さん、じゃなかった鳥少女。いまいち事態を飲み込めないが、彼女の目的は俺へのインタビューってことでいいのだろうか。

「おや、改めて自己紹介をしなければなりませんね。私は射命丸文と言いまして、文々丸新聞を発行している烏天狗の射命丸文と申します。よかったら一部どうぞ」

 そういって無理矢理に手渡された新聞に目を通すと、あっちでもよくあったゴシップ記事に近いものだ。早口言葉も直っているしこっちに反応する暇を与えない取材術の一つだったのだろう。

「で、紫かレミリア辺りから俺のことを聞いて取材しに来たってわけか」

「おお、話が早い。私はレミリアさんから聞きましたが」

「そうかい。じゃあ帰ってくれ」

「そんなご無体な!」

 マスコミというのはどうしても好きになれない。原因は昔呪いの子だなんだと散々に書かれたからだろう。四回も人を巻き込んだ事故で生き残ってしまっているのだからそんな噂が立つのも仕方ないとはいえるが、理解は容易にできても納得することは難しい。三流ゴシップ雑誌だったから広まることもなかったが、まるで悪魔のことでも話すような書き方は今でも軽いトラウマになっている。

 射命丸文はまだ諦める様子がなく、あの手この手の手練手管で取材をしようと試みているが、甘言なら子供の頃にもう聞き飽きた。そもそも購読料半年無料とか言われたってころりと寝返るはずがないだろうが。こっちとしては掃除の邪魔だから早く帰ってほしいのだが。

「嫌だって言ってんだろうが」

「そこをなんとか」

「しつこいよ。ゴシップが書きたいなら捏造記事でも作ってればいいだろうが」

 俺がそう吐き捨てた瞬間、ずっと猫なで声の営業スマイルだったのに、いきなり真面目な顔に変わった。

「それじゃ意味がないでしょう」

「どういうことだ?」

「事実を報道するのがジャーナリストの仕事ってことですよ」

 おちゃらけた雰囲気はもう無い。どうやら俺は彼女の思想の根幹に触れてしまったらしい。普段はまったく感じさせないくせに、大切なところでは年季の違いを見せつけてくる。レミリアも紫も、幻想郷の住民は皆そうなのだろうか。

「自分の望むネタのために誘導する。言葉尻を取る。記者ですからそのくらいはします。マッチポンプじみたことも必要ならやってみせましょう。ですが、それは事実でないといけません。そうでないと意味がありません」

 あんたの報道精神はなんとなく分かった。言質を取れなきゃ新聞にできないとそう言いたいんだろう。字面だけ眺めるなら立派なお題目だ。

「俺が意地でも取材拒否するならどうするつもりなんだ?」

「粘りますよ。こっちは十年間張り込んでたこともあるんですよ?」

 それはおそらく本当なのだろう。天狗にとっての十年が人間換算するとどれくらいになるのか分からないが、これから十年俺の人生に張り付かれるなんてたまったもんじゃない。諦めるしかないか、溜め息を吐いてしまうのはごく自然な反応だと思う。

「分かったよ。俺が折れる」

「おお、では早速」

「だが条件がある」

 営業スマイルに戻って問答無用で取材を始められる前に口を挟む。そもそも俺が今からやりたいのは取材を受けることでもストーキングに遭うことでもない。

「掃除を手伝え」

「掃除、ですか?」

 自慢の営業スマイルがちょっとだけ引きつっていた。

 

 

「まったく、何年放置したらこうなるんですか」

 少し涙目になりながらはたきで天井の埃を落とす。能力で吹き飛ばしたい衝動に駆られるけど、風に煽られただけで崩れそうな小屋だ。せっかくのチャンスをふいにしたくない。

 貧乏くじ引いちゃったかな、と心の中で呟く。ここまで食い下がったのは、自分の信条もあるが、様子を見てこいとの組織の指示があったからだ。昨日紅魔館に行った時に若丘八房という外来人の話を聞いて、天魔様に報告したところ、調査しろとのお達しがあった。どちらにせよ取材はしに行くのだからと軽い気持ちで考えていたが、これがなかなかに手強かった。まさか記者に対してここまで苦手意識を向けられているとは思わないものだ。どうにか漕ぎ着けたものの、その代償がこれでは割に合わないかもしれない。

「妹紅曰く数十年だそうだ。俺よりも先輩だぜ」

 取材対象もスカーフで口元を覆って埃を取り除いている。妹紅さんだけは永遠亭に行くといって逃げてしまった。八房さんも何か言いたそうにその後ろ姿を眺めていたが、皮肉の一つも言わない辺り結構なお人好しなのだろう。

「妹紅さんも随分と貴方を信頼しているのですね」

「取材を受けるのは終わった後だと言った筈だが」

「いいじゃないですか身の上話くらい。ちゃんと言うことは聞いてるんですから」

 天井裏は結構掃除した筈なのに、まだまだ叩けば埃が出て嫌になる。会話も無しにこんなことをやり続けられるなんて余程のマゾヒストか潔癖症くらいだ。八房さんも同じことを考えていたようで、少し悩む素振りをしてこちらの提案に乗ってくれる。

「本当、会ってから数日しか経ってないのに不思議なもんだ」

「まだ数日ですか。そもそもなんで幻想郷に来て妹紅さんと仲良くなったのですか?」

「その手にゃ乗らんぞ」

 やはりバレてましたか。身の上話の延長で色々聞き出そうと思ったのだが失敗してしまった。口が固くて、身内だったら信頼出来る相手だ。

「アンタは俺のことをどこまで知っているんだ?」

「おや、記者が質問されるとは。どこまで、とは?」

「言葉通りの意味だ」

 わざわざこんなことを聞くなんて、秘密の多い人なのかしら。だとするなら私のジャーナリスト魂が疼く。

「外の世界からやってきた珍しい人間、ってところですかね」

「不死身なだけの一般人さ」

 八房さんの口から出たのはちょっと予想外の言葉。今までのやり取りで頭のおかしい人間ではない、むしろ切れ者であることは分かっていたし、冗談を言っているようにも見えない。ということは事実なのだろう。貴重な情報にも思えたが、自分から話すということは別に隠している事柄でもない。むしろ自己紹介で名乗るくらいの気安い情報なのだろう。身の上話には相変わらず付き合ってくれるようだ。私の感じた通りお人好しね。

「不死身とは、貴方も蓬莱人なのですか」

「知らんけどたぶん違う」

「知らないって」

「知らんものは知らん。怪我も病気もするし年も取るから蓬莱人でないことは確かだが」

「曖昧ですね。もしかして真相解明のために幻想郷へ?」

「さあな。あんたはなんでこんな辺鄙なところまで来たんだ?」

 あやややや、これは困った。他人の話を聞くのは得意だが、自分の話をするのは苦手だ。しかし身の上話だと銘打ってしまった以上、聞かれたならこちらもある程度答えないといけない。

「ただでさえ外来人なんて滅多にいないのに居着いた人なんてブン屋の血が騒ぐじゃないですか」

「それだけか?」

「それ以外に何があるんですか?」

 そう答えると、手を止めて考え込んでしまった。また失策、この人が相手だと調子が狂う。普通の相手と変わらないのにこのやりにくさはなんだろうか。

「変に小細工入れてくる意味がない」

「むう、これは盲点でしたね」

 こちらの意図を悟らせないためにまくし立てて、なし崩しに取材しようと考えたのが今になって裏目に出た。知られないに越したことはなかったが、躍起になって隠すメリットもないか。

「天狗ってのは組織社会なんですよ。未確認要素を何よりも嫌うんです」

「うん? どういうことだ?」

「私たちは、貴方が天狗を脅かす存在かもと恐れているんですよ」

「ただの人間を恐れるのか?」

「妖怪退治をするのは人間ですからね」

 あの鬼や土蜘蛛だって人間達に住処を追われたのだ。かつての妖刀使いや陰陽師、幻想郷でも博麗の巫女が居るのだから神経質になって当たり前のこと。それに八房さんは一つ勘違いしている。

「貴方も既に危険人物として数えていますし」

「おいおい、何もしてないのに殺されるのか」

「まさか、手を出しちゃいけない部類ですよ」

 手を振って否定する。藤原妹紅にあれだけ好かれている人間。変に手を出したならば不死鳥に山を燃やされてしまうかもしれない。八房さんは気付いていないようだし、私も腑に落ちないところがあるが、妹紅さんの彼への好意は予想以上である。八房さんもそこまでは辿りついて困り顔で頭を掻いた。

「分からないなあ」

「私にだって分かりませんよ」

 人の好悪とは分からないものだ。自分のことですら満足に分からないのだから他人のことなどなおさら理解出来ない。

 こんもりと溜まった床の埃を箒で外に追い出す。

「さて、これで掃除は終わりでよろしいですか?」

 どうにか小屋の中の埃を全て外にたたき出すことには成功した。性格を窺い知ることの出来る会話は少ししたが、これでようやく本格的な取材に入ることが出来る。

「仕方ない。そこに座れよ」

「では遠慮なく」

 胸ポケットから愛用している手帳と鉛筆を取り出して、八房さんとは向かい合うように座る。

「何から聞きたい」

「そうですね、では妹紅さんとの馴れ初めなんか・・・・・・冗談ですよ、そんな怖い顔しないでください」

「そうだなあ妹紅と初めて会ったのは」

「話すんですか!」

 いや首を傾げられても、貴方完全に怒った顔してたじゃないですか。やっぱりこの人と話すのは苦手だ。リズムが合わない。

 これは取材そのものも難しいかもしれないなあ。私は前途多難だと溜め息を吐いた。

 




あややは特に好きなキャラの一人ですね
ギャグ良しシリアス良しと使いやすく
実力者ともそこそことも取れるわりと曖昧なところが好みです。
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