「気をしっかり持ちたまえマスター!」
慌ただしく扉が開かれる音と焦った男の声が保健室に響く。
ベッドの上で休んでいたライルは何事かと閉ざされていたカーテンを少しだけ開き、外の様子を覗き込んだ。
「すまないが、私のマスターを診てくれないだろうかか」
「は、はい! 一体どうなされたんですか」
そこに居たのは甘栗色の髪をした女の子を抱える赤い外套を纏った男、岸波白野と彼女を抱えているアーチャーであった。
話を盗み聞いてみると、どうやら対戦相手のサーヴァントに毒矢を撃たれてしまいマスターが倒れてしまったらしい。
うなされている岸波さんの事をとても心配そうにアーチャーは見つめていた。
両の手が硬く握られているのは、何も出来ない自分が悔しいからだろうか。
その様子を見てライルは思う。
キャスターも自分を保健室へ運んでくれた時は、あんな風に心配してくれたのだろうか?
今は、霊体化しているのでキャスターの様子を伺う事は出来ない。
キャスターが自分の事をご主人様と呼び従ってくれている理由は、あの夢からおおよそ予想は出来た。
だけど、自分に仕えているキャスターはあの夢で見た少女のように幸せそうには見えない。
理由は分かっている……自分自身が問題なのだ。
自分は、硬い守りがあるから安全なのに、戦うのは耐久のないキャスター。
それだけならまだしも、戦いの指示出しも下手くそときたものだ。
指示のミスを謝った直後にまた同じことを繰り返してしまい。
挙句、怖くて動けなかったあの醜態。
挙げればキリがない。
悪い点が分かっていても改善策が分からないのだ。
「ほんと……しょうもないな……」
それはそれとして
「これはイチイの毒みたいです……でも、自然の物とは思えないほどの毒性……どこまでお力になれるか分かりませんが、手を尽くしてみます!」
「あぁ……マスターを頼む」
ここから、どんな顔をして出れば良いのだろうか。
完全に出て行くタイミングを逃してしまった。
ここで入って来たのが見ず知らずの人だったら、何食わぬ顔で出て行く事が出来たのだけれど、いかんせん知り合いなだけに無視が出来ない。
無視は出来ないが、何か力になれる訳でも無いのだ。
なので仮に出て行ったところで、何しに来たのだと言われるだけ。
取り敢えず、タイミングを見計らって出るしかない……
◇
それから数時間、うなされていた岸波さんの呼吸が落ち着き静かな眠りになってから数分が経った。
そろそろ、こっそりと出て行こうかなと思った、その矢先に保健室の扉が静かに開いた。
何者かが入ってきた気配がするが、その誰かは一言も言葉を発しない。
何かを物色するような音も聞こえず、どうしたのだろうとライルはカーテンの隙間から様子を伺うと緑色の布を纏った男が寝ている岸波さんの前で短剣を振りかざしていた。
「……キャスター、静かに扉の前まで移動して出口を塞いでください」
ライルが自分の口の前に人差し指を立てて言うと。
キャスターは一瞬だけ実体化して頷くと、また霊体化し保健室の扉へと向かった。
「オタクもしぶといな……もう楽になりな」
緑色の男は短剣を岸波さんへと振り下ろすが、その刃が届くことはなかった。
部屋に鳴り響くのは鉄と鉄が打ち付け合う音。
「流石に二度も不意打ちをさせるつもりはない」
緑色の男が振り下ろした短剣はアーチャーの投影した剣によって弾かれたのだ。
失敗を悟った男は部屋から抜け出そうと扉を見るが、そこでは実体化したキャスターが立ち塞がっていた。
「チッ……」
今の騒ぎで目を覚ました岸波さんは"何が起きているの"と消えていくような小さな声で疑問を口にする。
「そうだ、説明して貰おうか。これはいったい、どういうことだアーチャー」
また、別の声が部屋に響く。
その声がするのと同時にキャスターは霊体化し姿を消した。
キャスターがいた扉の後ろには初老の男が立っていた。
どうやら声の主はその男のようだ。
「どういう事も何も、決戦まで待っていらんねぇんで。先に倒しちまおうと思っただけの事っスよ」
初老の男の声に応えたのは緑の男。
暗殺者紛いの行為をしていたので、アサシンかと思ったが、クラスはアーチャーのようだ。
「そんな事を指示した覚えはない。今すぐ彼女にかけた毒を解毒しなさい」
「はぁ!? 正気ですか旦那!」
「この場所に来たのは殺をする為ではない、戦う為に来たのだ。お前は誇りというものが欠落しているのか」
「すまねぇが旦那。あいにく俺はそういったものが苦手でね。わざわざ得た勝利を捨てるなんて勿体無い事は御免なんすよ。だからその命令は聞けないっスね」
「そうか……」
会話の内容を聞くと、どうやら主従で意見の食い違いが発生しているようだ。
(いや、と言うより。不和が生じてるんじゃないか?)
「アーチャーよ。汝がマスター、ダン・ブラックモアが令呪をもって命ずる」
「な!?」
「学園サイドでの敵マスターへの"祈りの弓(イー・バウ)"での攻撃を永久に禁ずる」
「はぁあああ!?」
驚きの声を発したのは、緑のアーチャーだったが、ダン・ブラックモアの言葉に驚いたのはその場にいる本人以外の全員だった。
令呪、それはサーヴァントの契約者たるマスターが持つ契約の証であり、絶対命令権。
それは三画に分かれた入れ墨のような形で体の一部に刻印されていて、その令呪を一画消費する事によりサーヴァントの意志に関係なく命令を強制させることが出来る。
一見手綱のような物に見えるが、命令の強制力はサーヴァントが自力で行えないことまで可能とさせるので、使い方によっては切り札として使える代物だ。
その令呪の三画ある内の一画をダン・ブラックモアという男は自分ではなく対戦相手のために行使したのだ。
令呪は三画あるとはいえ、三画すべてを使い切ってしまうとサーヴァントとの契約は切れ、マスターではなくなるため、その時点で敗退する。
実質使えるのは二画の令呪だけだ。
その命令権の二回のうち一回を使用した事になる。
「これは国と国の戦いではない。人と人の戦いだ」
皆の驚きを物ともせずダン・ブラックモアは言葉を止めない。
「この戦場は公正なルールが敷かれている。それをやぶることは人としての誇りを貶めることだ」
老人の声は凄く真っ直ぐで、厳格でありながらも穏やかだった。
「畜生に落ちる必要は……もうないのだアーチャー」
「……ッ」
緑のアーチャーはバツの悪そうな顔を背けると口を開く。
「旦那、正気かよ……。負けられない戦いじゃなかったのか?」
「無論だ。わしは自身に賭けて負けられぬし、当然のように勝つ。その覚悟だ」
その男の言動を見て聞いて、ライルは単純に凄いと思った。
令呪が勿体無いとか、誇りで勝てるなら最強だとか、そんな不粋な事は一切、頭の中に浮かんでこなかった。
誇りだの信念だの言葉にするだけであれば容易い。
しかし、その矜恃に従じて行動を起こしたダン・ブラックモアという老騎士が、ただただ凄いと思ったのだ。
「……やれやれ。はいはい、わかってますよ、了解ですよ。オーダーには従いますって……ほれ、解毒しましたよっと」
緑のアーチャーが言った通り、岸波さんの顔色が良くなってきているので解毒を行なったようだ。
「こちらの与り知らぬこととはいえ、サーヴァントが無礼な真似をした。君とは決戦場で雌雄を決するつもりだ。どうか、先ほどのことは許してほしい。そして……」
ダン・ブラックモアはライルの方に視線を変えた。
「無関係の者まで巻き込んでしまってすまなかった」
ライルは言葉を発する事なく、首を横に振った。
そこで岸波白野は、その場にライルが居た事に気付き驚きの声をあげた。
「では、失礼する」
保健室から老騎士と緑色の弓使いの姿がなくなると、岸波白野はライルに"いつから居たのか"と質問をした。
「あー、最初から……かな?」
実は、岸波さんが運ばれてくるよりも先にベッドで休んでました、などとは格好が悪くて言えない。
出て行くタイミングが掴めずそのまま部屋に残っていましたとも言えない。
最初という、どこからが最初なのか具体的な事は言わずお茶を濁した答えで誤魔化そうとした。
しかし、最初?と岸波さんが呟いたので誤魔化せなかったのだろう。
深く、聞かれる前に保健室から退散しようと、腰掛けていたベッドからライルは降りた。
「まぁ大した事はしてないし、ほとんど居合わせただけのようなものだ。事情を知ってしまったのは申し訳ないけど……」
強引に話題を変えながら、保健室の扉の前まで移動する。
「彼の覚悟を聞いた後、君だけに加担するのは気が引ける。悪いけど、今回は力になれない。……まぁ戦いに関係ない事だったら、頼って貰っても良いけどね」
頼りになるか分からないけど、と言い残してライルは保健室を去った。
◇
保健室にいた時間が長かったので日を跨いでしまっていないか心配だったが、日付は変わっていなかったのでライルは安心した。
しかし時間は日付が変わる間近で校舎内はシンとしていた。
何かを食べたい気分だったが、この時間では食堂は既に閉まっていると思うので、大人しくこのままマイルームに帰る他ない。
少し消沈しながらライルが廊下を歩いていると……
ガサガサとビニール袋が揺れる音が正面から聞こえてきた。
「ん……お前は、アインツベルンの」
暗い校舎の中から現れたのは、黒い髪に青い瞳の少年。
田中太郎、先日ライルにそう名乗った少年だった。
「君は田中太郎さん」
「フルネーム呼びはやめてくれ」
片手にビニール袋を下げていたその少年は、何も持っていない方の手で頭を掻きながら言った。
「えっと、じゃあ太郎さん」
「ファーストネームは家族以外に呼ばれなれていないんだ……注文が多くて悪いが、田中で呼んでくれ。さんも要らない、と言うか同年代に敬語を使われるのも気が滅入る。素じゃないのならやめてくれ、職場って訳でもあるまいし」
「あ、あぁ……。じゃ、田中と呼ぶけど。俺もアインツベルンと呼ばれるのは好きじゃないから、名前で呼んでほしい」
アインツベルンの代表としてこの聖杯戦争に参加させられたライルだが、ライル自身はアインツベルンとして戦うつもりは全くなかった。
「そうか……えっと……悪い。名前を覚えるのが苦手なんだ、アインツベルンってのは知った名前だったから覚えているんだが」
「まぁ海外の人の名前は覚え難いからしょうもないね。ライルスフィール、ライルと呼んでくれ」
「ライルか、覚えた。……ところで何故こんな時間に廊下を歩いている」
ライルは言葉に詰まる。
理由は、岸波白野との会話と同じ理由だった。
今まで保健室にいたなどとは言えない。
「えっと……何か食べたくなって出てきたものの食堂が閉まってて……」
言葉に詰まったライルを田中は訝しんだが、答えを聞くと警戒を解いて口を開いた。
「なんだ、俺と同じか」
そう言うと田中はビニール袋を持ち上げた。
その袋が何なのだろうかとライルは首を傾げる。
ライルの様子を見て、田中はビニール袋に手を突っ込んで中から何かを取り出した。
「それは?」
「プレミアムロールケーキ」
ロールケーキ、その言葉でライルは前世のコンビニに売っていたスイーツの存在を思い出した。
(そう言えば、そんな洋菓子があったな……食べたことなかったけど)
「さっき……購買で……買った……」
取り出したロールケーキを田中は食べながら話し始めると……。
「これ、マスター! 口に物を入れたまま喋るでないわ」
「……痛い」
桃色の和装の男、セイバーが現れて田中の頭を殴った。
「いちいち殴るな。お前は俺の親父か」
「オヤジと言うほどの年ではないだろうが」
「いや、召喚された見た目が若くても、実際は寿命で死んでたりしたら、親父どころか爺さんレベルの中身だろお前」
「減らず口を……。もう良い早く食べ終わって、ちゃんと喋れ」
「はぁ……悪いな、俺のサーヴァントが邪魔をした」
「ははは……」
何とも言えない状況に、ライルは取り敢えず愛想笑いをした。
田中が手に持っていたロールケーキを食べ終わると、先ほどの話の続きを始めた。
「腹が減っているんだろ。購買ならまだやってたし、食べ物とか、それ以外も大体売ってる」
「こんな時間でもやってるのか……まるでコンビニみたいだな」
「それは言い得て妙だな……コンビニか……」
言葉を止めた田中にライルは再び首を傾げた。
「いや、何でもない。俺は用事も済んだし、もう帰る」
「そうか、ありがとう」
購買の事を教えてくれた田中にライルは感謝の言葉を言って購買へ向かおうとするが、それを田中のサーヴァント、セイバーが呼び止めた。
「まぁ待て、ライル。図々しいが俺もマスターと同じように呼ばせて貰おう」
「えぇと……何か?」
「いやなに、昨日会った時よりも表情が曇っているように思えてな」
「そうか? 俺には変わらないように見えるが。と言うか、もう帰るんだが」
「ええい口を挟むなマスター。……悩んでいるのならこの俺が一つ相談に乗ってやるが」
予想もしていなかったセイバーの提案にライルは驚く。
「理由は一つ、お前達にここで負けられては面白く無いからなぁ」
そう言ってセイバーは不敵に笑った。
エクストラの中で一番好きなコンビを聞かれたら、
レオとガウェインとか
ジナコとカルナさんとか
キアラとアンデルセンとか
色々と良いコンビも居ますけど
ダンとロビンフットが私の答えですかね。
戦いの相性は悪くても、一番良いコンビだったと思います。
まぁこの作品はあくまで岸波白野視点じゃないので、最後の描写はありませんが、と言うかもう出てきませんが