「懐かしいです。この感じ……」
アリーナを歩き始めて少ししてから、キャスターはふと呟いた。
懐かしい。と言うのならば、それは少なくとも以前に一度は似たような体験をしているということだ。
もしかしたら、キャスターはこの聖杯戦争に参加するのが初めてではないのかもしれない。
それを確かめる為にライルは口を開こうとすると、キャスターの声がそれを阻んだ。
「ご主人様、来ました」
エネミーだ。
この聖杯戦争において、マスター同士の力の差を埋める為に運営が用意したデータ。
倒すことによって文字通り経験値を得る事ができる。力のないマスターは、そこで得た経験値を使い教会にいる魔術師に魂の改竄を行ってもらいサーヴァントを強化する。
しかし、ライルのマスターとしてのレベルは最高位にするものである。
故にサーヴァントを強化する為には膨大な経験値を必要とするので、ライルにとってエネミーはただの邪魔ものでしかなかった。
例えるのなら、レベル50を越えた勇者にとっての、最初の村の前に現れるスライムのような存在だ。
戦ったところで何も得られない。
とはいえ、通行の邪魔になるので排除しなくては通れない。
「今度こそ貴女の力を見せて下さい、キャスター」
「はい、御主人様」
聖杯戦争の予選であり、キャスターの初陣の時、何を思ったのかこのサーヴァントは魔術師であるにも関わらず武器も持たずに素手で敵に殴りかかって返り討ちにされたという前科がある。
サーヴァントのような人間から外れた規格外な存在は考え方も規格外なのだろう。
だが、彼女がキャスターのサーヴァントであるならば、その真価は肉弾戦ではなく魔術戦にある筈だ。
もし、この戦いで魔術を使わなかったのなら、彼女の魔術は使用条件が厳しいのではないだろうか。
それならば初戦の失態も納得がいく。
そうだとしたら、力を見せてと言ったが不味いのでは……
「炎天よーー走れ!」
長考の末、不安に至ったライルであったが、いとも簡単に魔術を使ったキャスターを見て、考えることを止めた。
キャスターが魔術を放つと、エネミーは灰(粒子)も残さず消え去ったのだ。
ライルは言葉を発さず、それを見ていた。
何故最初の戦いで使わなかったのかと呆れている訳でもなければ、その威力の強さに驚いている訳でもない。
産まれて初めて見る本物の神秘に対して、ライルは見惚れていたのだ。
自分たち魔術師(ウィザード)が使う、コードキャスト(科学の力)とは比べ物にならない本物を目の前にして余計な考えが消え去った。
(なるほど、あのジジイどもが神秘を取り戻したがる理由も分かるな)
エネミーを倒したキャスターは感動して固まっている自分のマスターを見てどうしたものか、と困惑していた。
(なんか、ご主人様って何を考えているのか分からない人ですね……)
ライルもキャスターもお互いに関する評価は大して変わらなかった。
ペットは飼い主に似ると言うが、マスターが媒体無しに召喚するサーヴァントもマスターに似るものであるようだ。
しばらくして落ち着いたライルが口を開く。
「今のが貴女の魔術ですか……」
「あ、いえ正確に言いますと呪術でございます」
今のがと言うより時間的にもう、さっきでしょと思いながらキャスターはマスターの勘違いを正す。
「呪術?」
「説明いたしましょうか?」
「あぁ……いや、後でお願いしてもいいですか? アリーナの中ですと対戦相手に聞かれてしまったら大変ですし。
それに、またエネミーが来たみたいですから」
キャスターのいう呪術が魔術とどう違うのか今は分からないが、どちらも本物の神秘である事には違いない。
この聖杯戦争に参加するマスターはいかに魔術師(ウィザード)と呼ばれようと、結局は本物の魔術師(メイガス)ではないのだ。
魔術師と呼ばれながら本当は魔術なんて使えない有象無象の手品師(マジシャン)でしかない。
そして、自分もその中の一人だ。
しかし彼女(キャスター)は違う。
ライルは、自分の召喚したサーヴァントがセイバーやランサーではなく、キャスターであって良かったと初めて思ったのであった。
「ばんばん狩っちゃうぞ!」
そう言いながら、キャスターはおそらく宝具であろう鏡をエネミーに叩きつけていた。
(性格には難があるようだが……)
///////////////
アリーナの探索をある程度したが、対戦相手と出会うことはなかった。
相手のサーヴァントのクラスは確認出来ずとも武器くらいは見ておきたかったのだが、いないのならば仕方がないのでライルは探索を終える事にした。
アリーナを出ると視界の端にカソック服を着た男が写るがライルは気に留めぬように過ぎ去る。
その男とは、なんとなく関わらない方が良いと思ったからだ。
「ふむ、私は何か嫌われるような事をしたかね」
「いえ、アリーナ探索で疲れたので急いで自室に行きたいだけですよ」
「ほお。だが、初日からその調子では勝ち残る事は出来ないのではないか」
嫌味ったらしい笑みをしながら、そんな事を言ってくる運営NPC。
その姿がどことなく、保健室の友人に似ているのが癪に障った。
「余計なお世話ですよ……」
そう吐き捨てて、ライルは足早に去っていった。
「アレと仲が良いと小耳に挟んだので、どんなものかと話してみたかったのだがな」
///////////////
ライルがマイルームへ向かって階段を上っていると、その階段の踊り場で眼鏡をかけた褐色の少女と相対した。
(シャツも着ないで素肌に直接カーディガンだと!? なんという、素晴ら……じゃなくて如何わしいファッションなんだ)
「貴方の星は、私に似ている……なるほど、貴方がアインツベルンのホムンクルスですね」
星が似ていると言われても何のことか全く理解できなかったが、ホムンクルスという言葉に繋がったので、褐色の少女が何を言わんとしているのか文脈から何となく分かった。
「……君の発言からして、君はアトラスのホムンクルスかな」
ホムンクルスで似ているという事は、きっとそういう事なのだろう。
「肯定します。私はラニ=Ⅷ。貴方の言う通りアトラス院のホムンクルスです」
どうやら、間違っていなかったようだ。
「僕はライルスフィール・フォン・アインツベルン。君の予想通りアインツベルンのホムンクルスです」
ご丁寧に自己紹介までしてくれたのだから、こちらもする他ない。
「あら、アトラス院とアインツベルンのホムンクルスが真正面から向き合って話しているなんて、なかなか観れる事じゃないわね。っていうか歴史的な事なんじゃない?」
褐色の少女、ラニ=Ⅷへの自己紹介が終わったのを見計らったように第三者が会話に割って入ってきた。
「お前は……遠坂百合ん!?」
「だ、誰が百合んよっ!」
遠坂はライルに向かってガントを放つが、前回同様見えない壁に阻まれてしまう。
「ホントどうなってんのよ、アンタ!」
「ハハハ、百合んよ。いくら撃っても無駄だ無駄」
「百合んっていうな!」
再度、ガントを放つ遠坂であったが、やはり見えない壁に阻まれる。
遠坂凛が、ただ挑発に乗って攻撃している訳ではない事にライルは気付いていた。
遠坂は挑発に乗じて、ライルを守る見えない壁の事を調べているのだ。
しかし、ライルは慌てない。
別にライルを守る術式に弱点がないからという訳ではない。
弱点が絶対にバレない自信がある訳でもない。
ライルは、敢えて余裕があるように振舞っているのだ。
そうする事によって少しでも、弱点がなくこの術式に絶対の自信を持っていると勘違いさせる為であり。
そして何より、遠坂凛を弄ることが出来るからだ。
ライルは、人を弄ることが好きという愉快な性格をしている。
その結果、自身にホモ疑惑が掛けられてしまったが。
基本、人を弄ることに愉悦を感じている。
それ故に先ほどのカソック服の男には関わりたくなかったのだ。
ライルの勘があの男は弄るどころか逆に自分が弄られると告げていたから。
「貴方は私と同じホムンクルスなのに私とは違うのですね……」
それまでライルと遠坂のやり取りを見ているだけだったラニ=Ⅷが言葉を発する。
「貴方はホムンクルスなのに心を持った人のような行動をとれるのですか」
ライルは、ラニ=Ⅷの口から発せられた言葉に耳を疑う。
そして、まるで自分には感情がないと言わんばかりの言動にイラつきを覚えた。
「どうやら、僕は君が嫌いなようだ」
「嫌い……ですか」
ラニ=Ⅷはライルの言葉に困惑を覚えながら答える。
「それは恐らく、貴方がアインツベルンに作られたホムンクルスだからでしょう。アインツベルンがアトラス院を敵視していたのは私も知っています」
そして、その言葉はライルにとって決定的な物になった。
「……俺はお前が嫌いだ」
ライルにとってラニ=Ⅷの言葉は、自分の感情の否定であるからだ。
身体だけではなく、自分の感情までもがアインツベルンのジジイ共に作られた偽物なんだと言われていることと同じだった。
「そう、ですか……」
ラニ=Ⅷはそう言い残すと肩を落としてライルと遠坂凛の前から去っていった。
「意外ね。ラニ=Ⅷの言う通り、想像していたホムンクルス像と貴方って違うもの」
「想像していたホムンクルス像ね……」
遠坂凛の言うホムンクルス像と言うのが、どんな物かは分からないが、少なくとも自分のやったあのゲームの中に出てきたアインツベルンのホムンクルスは感情豊かだった気がする。
「そうね。ラニ=Ⅷの方が貴方よりもホムンクルスって感じがするわ。貴方はなんて言うか……子供っぽい性格」
「………。……お前には言われたくねえよ」
ライルからしてみれば、簡単な挑発ですぐに怒る遠坂凛の方がよほど子供っぽい性格をしているだろう。
「ちょっと、それってどういう意味よ!」
ほらな、とライルは心の中で呟きながら、遠坂に背を向ける。
「……そのままの意味だ」
そう言い残して、ライルはその場を去っていった。
///////////////
「まるでと言うより、まんま教室だな……」
ライルに宛てがわれた聖杯戦争の控え室もといマイルームは、数十もの机と椅子が綺麗に並んだ教室だった。
面積は十分に広いが、机や椅子の所為で狭く感じてしまう。
おまけに睡眠用の布団すらない
「まぁ汚れや埃がないだけマシか」
そう言ってライルは机を教室の後ろに下げ始める。
邪魔な机を退かして過ごしやすくする為に行った何気ない行動だったが、それによってライルは再び前世の記憶に想いを馳せる。
(こうして机を運んでいると掃除の時間を思い出すな……)
ライルは特別、掃除好きという訳ではなかった、寧ろ掃除をすること自体が面倒だと感じていた筈なのに、それを思い出すだけでも感慨深くなった。
些細なことであったがライルはより一層、聖杯戦争を勝ち進む意思がかたくなる。
「お手伝い致します」
机を一列寄せ終えた辺りでキャスターも机運びに加わった。
「ありがとうございます」
机を運ぶ人数が一人増えただけなのに、本当に掃除をしているような雰囲気になり、それが可笑しくてライルは笑みをこぼす。
キャスターからしてみれば、いきなりニヤニヤとしだしたマスターが不気味なだけであった。
///////////////
「大分広くなったのは良いけど……何もないな」
机を運び終えて、スペースがとれたのは良いがそこに置く物なんて端に寄せたばかりの机や椅子しかない。
机を端に寄せたことによって、むしろ無駄に広くなったスペースが虚無感を感じさせる。
休む為の場所なのにベッドどころか布団もない。
(これでどうやって休めと言うんだ)
いくら汚れや埃がないと言っても、床の上でそのまま横になる気にはならない。
椅子に座って机にうつ伏せになって寝ることも考えたが、起きた後に額や頬に赤く跡がついたままマイルームを出たら、とんだ恥晒しになる。
「いかが致しましたか、御主人様?」
「あ、あぁ。どうやって休もうかと思いまして、布団もなければソファーもないですし……
普通のウィザードであれば、ハッキングかなんかして部屋をカスタムするんでしょうけど」
アインツベルンがライルに与えたのは聖杯戦争に勝つための礼装と術式のみ。それ以外の無駄な物は何一つとして与えられなかった。
「まぁそういった技能がない代わりにマスターとしての能力は高いんだけどね。かの大英雄ヘラクレスをバーサーカーのクラスで呼び出しても平気なくらいには。
まぁ完全にオーバースペックな訳だけど。
はぁ……せめて床が畳なら横になれるんだがなぁ」
最後の一言は独り言だったが、キャスターには聞こえていたようだった。
「御主人様がお望みとあらば、不肖この私めが叶えましょう」
「え?」
キャスターの発言がどういう意味なのか疑問に思ったのも束の間の事だった。
教室の床の上に畳が出現したのだ。
「おぉ! これはどうやって?」
「キャスターのクラススキルの陣地作成でございます。あまり得意ではないのですが、これくらいでしたら、私にもできますので、よかれと思いまして」
キャスターがそう言うと今度は畳の上に卓袱台と座布団が出現する。
「いいよ! 凄くいい!」
久しぶりに嗅ぐ畳の匂いに興奮していたライルはキャスターの手をとる。
「最高だ! 最高だよ君は!」
「あ、ありがとうございます……」
掴んだ手を上下に振りながら言うライルに若干引きながらキャスターは答えた。
///////////////
「んっんん……。さて、それじゃあお互いの戦力把握をしませんか」
落ち着きを取り戻してから、少し休むとライルは話を切り出した。
「戦力把握ですか?」
「えぇ。さっきアリーナで言ってた呪術について、教えて貰えますか?」
「かしこまりました御主人様。呪術とは、自身の体を素材に物理現象を起こす術でございます」
「体を素材にって……大丈夫なんですか?」
「はい。体を素材にと言っても体の一部であればうぶ毛一本でも大丈夫ですので」
「なるほど……。
では他に魔術との違いは他に何かあるんですか?」
「魔術は魔力を現象化しているものですが、呪術は文字通り呪いを現象化しているので、そもそもの起源が魔術とは異なります」
「つまり、魔術の一種ではなくて魔術とは完全に別ジャンルって事か……。
という事は三騎士クラスの持つ対魔力の効力はどうなるんですか?」
「魔力を用いた攻撃でないため、対魔力を無視したダメージを与える事が出来ます」
「凄いな……」
自分が召喚したサーヴァントがキャスターだったので、対魔力が高い相手と戦う時はどうしたものかと悩んでいたが、話を聞く限り杞憂だったようだ。
正直な話、ライルは自分が召喚したサーヴァントは完全にハズレだと思っていたが天は自分を見放さなかったようだ。
///////////////
「では、僕の番ですね」
呪術の説明を一通り受け理解すると、今度はライルが自身の力についてキャスターに説明を始める。
「先ほど言った通り僕にはハッカーとしての技能は皆無ですが、聖杯戦争に勝つ為に与えられた術式があります」
「もしかしてエネミーや凛さんの攻撃を防いでいた、あの見えない壁でございますか?」
ライルは黙って頷き、続きを話し出す。
「是、十二の試練(ゴッドフィンガー)それが術式の名前で、僕に対するBランク以下のダメージを完全に遮断しAランク以上のダメージは11回分無効化出来る」
「凄いですね……」
この術式は、とある英霊の聖遺物を元にその英霊の宝具の神秘を再現したものである。それを再現出来たのはムーンセルの中が電子空間だったからであって、例え地上に神秘が残っていたとしてもそれを再現する事は絶対に叶わないだろう。
それに、再現したと言っても完全に再現出来た訳ではないことをライルは知っている。あのゲームではAランク以上の攻撃を受けたら確かにストックは一つ減るが、その攻撃に対して耐性がつくので12回別の方法で殺す必要があり、更に数日休めば減ってしまったストックも回復出来ていた。それに比べライルを守る術式は攻撃に対する耐性も付かなければ、ストックも回復しない。それでも十分に強力な盾であるのは変わらないが。
(爺さんの目論見としてはバーサーカーなどの圧倒的な力を持つサーヴァントに勝てないと判断した相手マスターやアサシンが、マスターである俺を直接狙ってきた時用の保険なんだろうが……まぁ宛が外れたな)
(危なくなったら、御主人様の後ろに隠れるとしましょう……)
///////////////
「さて、今日はこれくらいにして、そろそろ寝ようと思います」
「でしたら、こちらをどうぞ」
そう言ってキャスターが差し出したのは布団だった。
「おぉ! ありがとう、キャスター!」
座布団を枕にして寝ようとしていたライルだったが、キャスターからの思わぬサプライズで、久しぶりに布団で寝れる事を我を忘れて喜んだ。
「キャスターも寝るといいよ。サーヴァントに睡眠は必要ないだろうけど、あくまで肉体的な話しだろ。人間の三大欲求は食事だけじゃなくて睡眠もだし、次の日までずっと起きてても暇だろう」
「えぇと……」
「別に朝が早い訳じゃないけど、俺はもう寝るよ」
「あの私は……」
(久しぶりにいい夢が見れそうだ……)
転生者と言ったら精神的に大人で落ち着いている主人公もいれば、子供っぽい性格の主人公もいますよね。
特に俺TUEEをやってる主人公は後者が多い気がします。
今作の主人公であるライルは完全に後者側ですね。
話したくない相手とは話そうとしない。嫌いな相手にハッキリと嫌いと言ってしまう。感情的になると素が出る。
主人公はラニを嫌って、いますが作者は別にラニが嫌いな訳ではありません。
ただ、ライルとおなじホムンクルスという事でライバルポジにしようかなと思った結果がアレです。
もう一度言います、作者はラニが嫌いではありません。
作者のラニへの印象は本編中でライルが語っています。
正直な話、パンツ履いていない事よりも、裸カーディガンの方がヤバいと思います。裸にカーディガンって紐ビキニよりエロくないですか?