いつものカフェに早めに行くと、既に蓮子が待っていた。
「メリー」
「……またケーキはお預けのようね」
どうしてこうも早いんだろう。
待ち合わせ時間には遅れてないはずなのに。
「ううん、メリーの分も用意してるよ。マスター」
そう蓮子が呼ぶと、マスターは出来たてのケーキを私の前に置いた。
熱々の紅茶と一緒に。
「どういうつもりかしら?」
「どうもこうもないよ。ゆっくり食べてよ」
何か様子がおかしい。
「……蓮子、貴女もしかして……今月ピンチなんじゃない?」
「え? どうして?」
「この前だって、ほら、お金が無かった時よ。その時も私の機嫌をとって、お金を貸してって頼んだじゃない」
「あはは。違うよ。ほら、この前、喧嘩しちゃったからさ……そのお詫びってところかな」
蓮子は照れくさそうに笑った。
なるほど。
でも、私が一方的に怒って泣かせちゃった感じあるし、悪いなぁ。
「まあ、でも、貰えるものはもらっておこうかしら」
「声、出てるよ」
世界街、新大久保。
平成に韓国ブームで有名になった町。
それからは、国のブームに敏感な町となり、○○国ブームが起こる度に、町全体がその国一色に染まった。
今では、その時の名残で各国の人々が住み、一体何をコンセプトにした町なのか分からなくなっている。
「変な町ね。臭いもなんだか気持ちが悪いわ」
「世界中のグルメがここに集結しているからね。ダクトからの空気が混ざって、こんな感じの臭いになってるんでしょ」
所々で音楽が聞こえてくるのだが、ごちゃごちゃしていて不協和音になっている。
「で? 今日はどうしてこの町に?」
「オーパーツの店がここにあるんだ」
「はあ? オーパーツですって?」
「そう。オカルトブームってあったじゃない?」
「そうなの?」
「あったのっ! その時に、この新大久保にも世界から選りすぐったオカルトグッズが集まった。その名残の店が一件だけ存在するんだよね」
「で? そのオーパーツに何の用なの?」
「真怪の石って貰ったでしょ?」
そういうと、蓮子は真怪の石をポケットから出した。
私も同じく。
「えぇ、これね」
「実は、そのオーパーツの店のホームページにあるんだよね。これと同じものが」
「……似たような偽物なんじゃないかしら? これすら怪しいものなのに」
「それがさ、その石の商品名が「真怪の石」なんだよね」
「え?」
「しかも、その店さ、実在しないらしいんだよね」
「どういうこと?」
「ホームページを見た人が住所を調べて尋ねようとしたんだけれど、実在しない住所だし、その近くだと思われる場所に行っても、店なんかなかったらしい」
「……もしかして」
「そう。真怪の石、実在しない住所……これから導き出せるのは……」
その時だった。
私たちの足元で何かが蠢いているのに気が付いた。
「わっ……へぇ?」
「うわっ……へぇ?」
二人とも、間抜けな声を出して足元を眺めていた。
マトリョーシカの一番小さな人形が、何体も集まって蠢いていた。
「……」
「……」
唖然。
開いた口が塞がらない。
どれも、気持ちがいいほど適切な状況。
マトリョーシカ達は、そのままピョンピョンと跳ねながら、列を成して細い道へと進みだした。
「……」
「……」
私たちはお互いに間抜けな顔を見合わせて、返事もせずにマトリョーシカを追った。
道は段々狭くなっていった。
「……昔の映画で、こんなのあったなぁ」
そう、蓮子が言った。
「トトロってやつじゃない?」
「そうだったかも」
「トトロ……」
日本のアニメーション文化を学ぶ際に、トトロという映画を授業で見たことがある。
可愛いとは思ったけれど、どこか不気味なのよね。
あれが子供向けって言うんだから、昔の人の精神って、ちょっとおかしいわ。
蓮子がマトリョーシカの列にトトロを見出したのも、同じように不気味な何かを感じたからだろう。
「ねえ、蓮子。私、不安になってきたわ」
「確かに、この先に巨大なマトリョーシカがいるかもしれないしね。トトロのように」
「……引き返したいわ」
「でも、これが今回の真怪であるならば、もしかして……」
後ろを振り向いて、私たちの顔は青ざめた。
巨大なマトリョーシカ……。
私たちの三、四倍はあろう。
「蓮子!」
「メリー!」
巨大なマトリョーシカは、道を広げながら追ってきた。
本当に広げながら。
壁がゴムのように伸縮するのだ。
明らかに変だけれど、私たちにそんなことを考えられる余裕もなく、走り続けた。
「ど、どうしてまた走る羽目になるのよぉ」
「真怪郷巡りも楽じゃないね。今度、体力錬成の為に山登りでもしない?」
蓮子は余裕そうに見えた。
そういえば、通信空手をやってるんだっけ?
私も始めたら、蓮子みたいに体力つくかしら?
「お姉ちゃんたち!」
女の子の声。
ふと前を見ると、道沿いに人ひとり通れるかどうかの狭い隙間から、小さな女の子が手招きしていた。
「こっち! 早く!」
「れ、蓮子……」
「とにかく、今は頼りにするしかないよ!」
蓮子と私はその隙間に入った。
その横をすぐ、巨大なマトリョーシカが通った。
「うぐ……」
マトリョーシカの体で壁が歪む。
しかし、マトリョーシカが通り過ぎると、何事もなかったかのように、壁は元に戻った。
「はぁ……はぁ……」
「た、助かったぁ……」
「大丈夫?」
「あ、ありがとう……助かったわ……」
「お姉ちゃんたち、人間でしょ?」
「え?」
「人間の匂いはしないけれど、分かるよ」
女の子をよく見ると、耳がエルフのようにとんがっていた。
妖怪だ。
女の子の案内で、私たちはまた、狭い道を歩いていた。
「お姉ちゃんたち、真怪郷に来るのは初めて……な訳ないか。真怪の石を持っているでしょう?」
「え、えぇ……この町は初めてだけれど……」
真怪の石、駄目じゃない。
「そっか。最近の新大久保は、色んな妖怪が移住してきて、知らない人が来るとああいう目にあっちゃうんだ」
谷中で聞いた話が本当ならば、この時間から人影のように薄くない真怪は、力のある妖怪の類だ。
あのマトリョーシカやこの女の子も、相当力があるのだろう。
「ねえ、どうして私たちが真怪の石を持ってるって分かったの? もしかして、真怪の石は真怪の石で持ってるのが分かっちゃうとか?」
「それはね……」
その時、狭い道から開けた場所に出た。
空地のように見えたが、そこに小さな小さなお店のようなものがあった。
「いらっしゃいませ。人間のお客様」
店は、例のオーパーツの店らしかった。
クリスタルの髑髏などが置いてあり、HPにあったように真怪の石も置いてある。
「私はここでオーパーツを売っているの。お姉ちゃんたちが人間だってわかったのは、真怪の石の匂いがしたから」
「やっぱり駄目じゃん、これ」
「あ、そうじゃなくて、これは私にしか出来ない事なの。真怪の石の匂いを見抜けるなんて、私以外には出来ないよ、多分」
最後の多分が気になるところではあるけれど。
「それにしても、まさかオーパーツの店の主人がこんな女の子だったとはね」
「こう見えても、もう500年は生きてるんだよ?」
「ご、500年!?」
「一応、そういうことになってるの」
「どういう事かしら?」
「私たち真怪は、ほとんどが生まれた頃の記憶はあるけれど、その証拠がないの。この記憶も偽りのものかもしれない」
私は、妖怪の存在を知る前に、「妖怪は人間の空想によって生み出される」のだと思っていたことがある。
つまり、空想によって生まれるのだから、その妖怪の記憶も曖昧なはず。
まさに、そんな話を聞いたような気がして、真怪がいかにして生まれるのかが気になった。
「まさか人間が真怪郷に現れるなんてね。そうだ、お姉ちゃんたちに質問なんだけれど……」
「なにかしら?」
「宇佐見菫子を知っている?」
店内にあるオーパーツは、どれも古めかしいものではあったけれど、何一つとしてホコリを被ってはいなかった。
マメに掃除をしているのだろうか。
どちらにせよ、年季の入った店には違いないのだろうけれど、店内の雰囲気以外、それを感じさせるものは何一つなかった。
「宇佐見菫子……」
「その様子だと知っているようだね。私は彼女を追っているの。まだ姿も拝んだことがないのだけれどもね」
宇佐見菫子を追っている。
もしや、彼女は愛さんの言っていた過激教の人間なのだろうか?
いや、そうだとしたら、私たちをここまで招くだろうか。
それとも、宇佐見菫子の情報を聞き出すためにわざと……?
急に少女が怖く感じた。
少女は妖怪なのだ。
幻想郷での狐女と同じ。
そして、昼間なのに実態を持つことが出来るほど、力を持った妖怪なのだ。
「お姉ちゃん?」
少女の瞳は、吸い込まれそうなほど深いものに見えた。
私の姿も映らないほど。
「オーパーツに関係しているかもしれないから?」
そんなことも知らずに、蓮子は暢気にそう言った。
「そうだよ。宇佐見菫子はタイムトラベラーのように時間を移動できる力を持ってる可能性があるの」
「どうしてそう言い切れるのさ? 他の真怪たちはサンジェルマンだって言ってるよ?」
「そこのクリスタルの髑髏の裏を見て。それは古代に作られたオーパーツだと言われているんだけれど」
蓮子がひょいと髑髏を持ち上げ、裏を覗いた。
もうちょっと慎重に扱いなさいよね。
壊したら、一生かかっても払えない金額を請求されそうだわ。
「あ」
蓮子がそう漏らした。
「何があったのよ?」
「これ」
そこには、「すみれこ」と彫られていた。
話を聞く限り、少女が宇佐見菫子を探しているのは、このオーパーツに関係することだけで、過激教との関わりは一切なさそうだ。
しかし、少女が私たちを人間だと見抜いたことで、この真怪の石が信用できなくなった。
愛さんが嘘を言っているとは思えないし、少女のいう事も信用できそうだけれど、私はまだ不安だった。
そんなこと、気にもしていないのか、蓮子は少女との会話に夢中だった。
「つまり、これは宇佐見菫子の持ち物であって、髑髏は古代のものであると鑑定結果が出た……と」
「そういう事。私もオーパーツがオーパーツであるかどうかは長年の経験から分かるの。匂いが違うからね。確かにこれは古代のもの」
「でも、すみれこ、と彫られている……。つまり……どういうこと?」
「宇佐見菫子がタイムスリップした時代……つまり古代にタイムスリップした時に、これを忘れた、もしくはわざと残したか……ってことになる。だから、宇佐見菫子はサンジェルマンじゃなくて、タイムトラベラーだと思ったの」
「なるほどね……」
「古代にこんなものを作れるなんて考えられない。宇佐見菫子がサンジェルマンで、古代から今まで生きてきたとしても、髑髏を作ることは不可能」
流石は500年も生きているだけあって、容姿に似合わない推理力を見せる。
「その様子だと、宇佐見菫子は知っているけれど、会ったことはないようだね」
「うん、私たちは愛さん……井上教の人に聞いたくらいだから」
「愛さんって、雨守愛さん?」
「知ってるの?」
「有名だよ。私も井上教だもん。そっか、じゃあ、お姉ちゃんたちに石を渡したのは愛さんなのかな?」
この事を聞いて、私はほっとした。
同時に、これから真怪郷に幾度となく足を踏み入れることになったとき、今のように緊張して望まないといけない事に気が付いた。
オカルト話で蓮子と少女は盛り上がり、時々私も混ざりながら会話を楽しんだ。
そんなことをしている内に、すっかり日も暮れ始めた。
「もうこんな時間かぁ。楽しい時間はあっという間だね。人間と話す事なんてないから、つい話し込んじゃった。ごめんね」
「ううん。私も楽しかったよ。ね、メリー」
「えぇ」
「また遊びに来てよ。今度はお客さんじゃなくて、私の友人として。井上教の教えに関係なく、歓迎するよ」
そう言うと、少女は床下の板を外した。
「ここから外にトンネルで繋がっているの。いつか宇佐見菫子が来たときように作っておいたんだ」
「じゃあ、次回からはここを通ってくればいいのか」
「それは出来ないんだ。一方通行なんだよね。それがこのトンネルのルールなの」
「ルール?」
「真怪郷と人間界を繋ぐには、定められたルールが必要なの。そのルールの一つに、「人間を通す用に、人間界から真怪郷に繋がる道を作ってはいけない」ってあるの」
そんなルールがあったのか。
でも、私たちは現にこっちの世界に来てしまっている。
「このトンネルのように、一方通行にしてしまえばいいのだけれど、そういう技術がない者がトンネルを作ると、人間には見えないトンネルが出来る。どっちからでも行き来できるトンネルがね。普通の人間には見えないけれど、お姉ちゃんたちみたいな真怪の存在を認識した人間には、その道が見えちゃうの。だから、お姉ちゃんたちはこっちの世界に来れるんだよ」
「そういうこと……」
なるほど、紫が手紙で言っていたのは、こういう事だったのか。
しかし、そうなると疑問がある。
宇佐見菫子だ。
彼女はどうやって真怪郷のトンネルを見つけたのだろうか。
幻想郷を知っているわけでもなさそうだし、きっかけが分からない。
「そろそろ時間だよ。さ、早くトンネルへ」
急かされ、トンネルへ入る。
別れを惜しむ暇もなく、トンネルは物凄い吸引力で私たちを吸い込んだ。
私は人形町を思い出していた。
そうだ、あの時の感覚に似ている。
蓮子と初めて幻想郷へ行った、あの時の感覚だ。
「んー、今回も平和だったね」
「マトリョーシカに殺されそうになったけれどね」
吐き出された先は、あの小さな路地の入口だった。
しかし、もうそこに路地はなかった。
「真怪郷を探すのもほどほどにした方がいいわ」
そういう私に、蓮子はきょとんとした。
「どうして?」
「だって、あの少女は私たちを人間だと見抜いたのよ? 真怪の石、これがまだ本当に機能するのか分からないわ」
「あれはあの少女の力でしょ」
「本当にそうかしら?」
「メリーは疑り深いなぁ」
「だって……」
「大丈夫。その時は私が守ってあげるからさ」
そう言う蓮子の笑顔に、私は少しだけ安心した。
私って、騙されやすい駄目な女なのかもしれない。
「にしても、また出たね、宇佐見菫子」
「えぇ。本当にタイムトラベラーなのかしら?」
「だとしたら、相当未来から来ていると思うんだ。古代にまで行って、一体何をしようとしたんだろう」
蓮子の容姿に似ていて、タイムトラベラーで、超能力者で、一年前に愛さんに会っていて、私も銀座で目撃して……もっとも、あれが本当に宇佐見菫子なのかはわからないけれど。
「あ!」
急に蓮子が叫びだした。
「な、なによ?」
「オーパーツ、買うの忘れた……」
蓮子と駅で別れ、家路につく前に、宇佐見菫子を見たあの場所に寄った。
もしあれが宇佐見菫子であるならば、彼女は何を探していたのだろうか。
確か、あっちの道からこっちにかけて……。
「あ……」
そう言えば、何かを持っていた気がする。
何か、丸い何か。
時々、それに目を落としていたような……。
「ビー!」
「わ!」
車にクラクションを鳴らされて、我に返った。
「ご、ごめんなさい……」
どうやら道の真ん中で突っ立ていたようだ。
「……帰りましょう」
ポストを覗くと、宛名の無い封筒が一通、届いていた。
「なにかしら?」
開けると、蛍の光に似た小さな光が、ぽうっと浮かび上がった。
「な、なに!?」
蛍を入れた悪戯かと思ったが、どうやらそうじゃなさそうだ。
その光は、やがて線状になったかと思うと、「1」という文字を映したっきり、消えてしまった。
「な、何なのよ……全く……」
最近の封筒には小型ホログラムを入れるのが流行っているのかしら?
なんて暢気なことを思いながら、封筒の中身を覗く。
封筒には二枚の切符と地図のようなものが入っているのみだった。
「……?」
地図に記されている場所。
それは、足立区にある「枯れイド公園」、旧名「しょうぶ沼公園」という場所だった。