「ふぅ……やっぱり長野は涼しいなぁ」
長野に帰ってきてしばらく経つ。
東京の篭ったような暑さが恋しく感じる私は、もう江戸っ子ってやつなのかな?
「メリーさんと蓮子さん、元気かな……」
いや、江戸っ子なんかじゃなくて、あの二人が恋しいだけかな。
「早苗、倉庫の掃除、お願いね」
「はーい」
私が小さいころから、この倉庫は開けられたことがない。
特別、気にもしなかったけれど、そう言えばって感じ。
「うわ」
扉を開けると、外からの風で埃が舞った。
「もう……いつから掃除してないのかしら……」
マスクをつけて、中へ入る。
様々な本や焼き物、水晶玉のような変な玉なんかもある。
取っておくのはいいけれど、もう何十年も見ていないんであれば、何のためのものなのかも分からなくなるだろうに。
「先が思いやられるわ……」
「いたたた……腰が……」
そう言えば、最近は運動もせずに家でぼーっとしていた。
東京にいた頃は、どこかに行けば何かがあったけれど、長野には何もない。
特に、諏訪湖周辺は栄えているわけでもないし、殆どがホテルや民宿。
「はあ……もう一度、東京へ行きたいな……」
くたびれて本の上に座り込む。
その時だった。
「ヂュヂュヂュ!」
「きゃっ!? ネズミ!?」
驚く私に驚いたネズミは、そのまま倉庫の外へと出ていった。
「び、びっくりした……もう……どこから入ってきたのよぉ……」
再び座ろうとした時、一冊のノートに目が行った。
「ノート? しかも、普通の……」
こんなノートが何故ここに?
ノートの表紙には、薄れ、見えにくくはあったが、見覚えのある文字列があった。
『秘封倶楽部活動ノート』
枯れイド公園(旧:しょうぶ沼公園)には、雨守愛さんの銅像が立っていた。
その他、彼女の生い立ちなどが書かれた石板や祠などもある。
「哲学堂公園そっくりだわ」
「お墓がない分、こっちの方が公園らしいけどね」
昔は菖蒲が綺麗に咲く公園だったと聞く。
雨守愛さんの書いた「枯れイドに蛙を」の舞台でもあるこの公園を雨守教が買い取り、改修工事をした後には、もう菖蒲の影もなかったらしい。
「で? メリーの元に届いたっていうそれ、なんなのさ?」
「私にも分からないわ。でも、地図だとここを指してるのよ」
「なんかの悪戯なんじゃないの?」
「あら、オカルトにお熱の貴女からそんな言葉が出るなんて」
「いやさ、最初はオカルトチックだと思ったけれど、場所が枯れイド公園って聞いて、もしかしたら宗教の誘いとかじゃと思って」
「雨守教の?」
「うん。調べたらさ、ここにもイベントスペースがあるらしいんだよね。もしかしたら、勧誘イベントのチケットなんじゃないかなって」
「…………」
「ね?」
「怪しくなってきたわね……」
「とにかく、イベントスペース近くまで行ってみようよ。ヤバかったらすぐに帰る! どう?」
「そうね……」
イベントスペースは門が閉まっていて、入れないようになっていた。
「うーん、イベントをやるような雰囲気じゃないね」
「ネットにも今日の情報はないわ。宗教関係じゃなさそうね」
「悪戯?」
「だとしたら、誰よ? まさか、貴女じゃないでしょうね?」
「私だったらもっと凝った悪戯をするよ」
その時だった。
金属の擦れるような音が響く。
門が開いたのだ。
「……凝った演出だね」
自重で開いた感じではないし、開閉させるような仕掛けもない。
「ねえ、蓮子……この感じ……」
「メリーも思った?」
「えぇ……」
きっと、蓮子も同じことを考えている。
この不気味な感じ。
もしかしたら――。
イベントスペースを進むと、観客席に出た。
半円状に広がる観客席の中心にステージがある。
そのステージの中心に、地下へと続くような階段があった。
「あそこへ行けってか」
「今回の真怪は随分と準備がいいのね」
なんて笑いあった。
しかし、それだけに不気味だった。
用意されたこのチケット。
そして、丁寧な案内。
私たちを導いているのは確か。
私たちを知る、誰かの仕業。
――罠。
「メリー?」
気が付くと、足を止めていた。
罠。
誰が?
何の為に?
「蓮子、もしかしたら――」
「罠――かもしれない。でしょ?」
「気が付いていたの? なら……」
「でも、行かないと分からない」
「そうだけど……」
「メリー」
そう言って、蓮子は手を差し伸べてきた。
「メリーと二人で見に行きたいんだ。この先に、何があるのか」
無鉄砲で自分勝手。
そんな印象がずっとあった。
やることなす事、色んなことに巻き込んでくるし、この前の課題だって、ほとんどを私が――。
でも、それは純粋な証拠なんだろう。
したいことをする。
行きたい人と行く。
それ以上でも、それ以下でもない。
そこに悪意だとか、善意だとかもない。
彼女の言葉に、一字一句、嘘はない。
本当に私と見たいって、思っている。
それが分かっているからこそ、私はこの手を掴んでしまう。
「イザとなったら、守ってくれる?」
「もちろん。言ったでしょ? 通信空手をやってるって。……昔の話だけど」
「昔? 昔っていつよ?」
「……小学生の頃?」
「なにが「やってる」よ。「やってた」じゃない」
「細かいことはいいじゃん。大丈夫、守ってあげるからさ」
一気に信用がなくなった。
でも、手を放すことはしなかった。
ステージの階段を降りて、薄暗いトンネルをひたすら進んでゆく。
オイルのような臭いが鼻をつく。
「長いわね」
「もう公園を出たレベルじゃない? 方面的には、北綾瀬駅に向かってるようだけど」
「駅……」
チケットを取りだす。
何も書いてはいないが、1/4が切り取れるようになっている。
コンサートのチケットと同じ大きさだから、イベント系のチケットだと思ってたけれど、もしかして。
「出口っぽいよ」
トンネルを抜けると、そこは地下鉄のホームだった。
「地下鉄なんて、まだあったんだ」
「というか、廃路線なんじゃないの? 北綾瀬って、昔、千代田線だったって聞いているわ」
「いや、北綾瀬は千代田線でも、綾瀬駅とのワンマンで、外を走っていたから、地下鉄なんてないはずだけど」
「詳しいわね」
「母方のひいじいちゃんが、昔、北綾瀬に住んでたらしくて、ずーっとその話をさせられたからね」
駅名を探しても、それらしい標識はなかった。
「それにしても、どうしてイベントスペースからここに出られたんだろう」
「もしかして、雨守教の私鉄なんじゃないかしら? ほら、雨守教って政治家もいるから、イベントの時はこうしてくるとか」
「まさか。そんな事の為にわざわざ電車をつくるかね?」
そんな事を言っていると、線路がギシギシと音を立て始めた。
「な、なに?」
「……電車が来るんじゃない?」
段々と音が大きくなる。
そして、遠く、電車の走る音。
「来るね……」
「だ、大丈夫かしら?」
音は段々と近づいてくる。
汽笛も鳴った。
気が付くと、お互いに手を握り合っていた。
風が強く吹いた。
それと同時に、木製の列車が駅に入ってきた。
目で追う限り、乗客は一人もいない。
いきなりの事だったので、運転手を見ることも出来なかった。
やがて、列車が止まる。
駅のアナウンスはない。
「乗れ……ってことかな?」
「でしょうね……」
手動で木製のドアを開け、向かい席に座る。
椅子も木製。
座り心地はあまり良くない。
長時間座るには、椅子が硬すぎる。
つり革(とはいえ、金属製であり、固定されている)は、どれもこれも錆びている。
「レトロではあるけれど、車両を引っ張っている動力部分はハイテクに見えた。木製の外装ではあったけどね」
「良く見てるのね」
「割と好きなんだよね、電車」
初耳だわ。
しばらくすると、列車は、合図もなく走り出した。
「ずーっとトンネルだね」
「そうね」
数十分経過した。
列車は一度も停車せず、走り続けてる。
途中の駅もなく、ひたすら暗いトンネルを進む。
「なんだか、ちょっとした旅行気分」
「何を暢気なことを……」
「そう言えばさ、メリーと旅行、したことなかったよね」
「まあ、真怪とか幻想とか以外だとね」
「今度、どこか行こうよ。早苗さんに会いに長野に行くのもいいし、とにかく、東京から出て、一泊くらいしてさ」
「旅行……」
久しく忘れていた言葉かもしれない。
東京に来てから、一度も東京から出ていない。
行く相手がいなかったし、一人で行くのも気が引けた。
「旅行……行きたい!」
「お、珍しくメリーが食いついた」
「日本で旅行、いいじゃない! そうよ、たまにはゆっくりと、普通に観光とかしたいわ!」
「じゃあ、決まりだね。どこ行こうか。行ってみたいところとかある?」
「箱根! あ、江の島もいいわね。九州もいいわ! 広島、新潟……もちろん、長野も!」
「プッ」
「な、なに笑ってるのよ?」
「いや、久しぶりに見たなぁって。こんなにワクワクしてるメリー」
「だ、だって……」
「私はメリーとなら何処でもいいよ」
私も、なんて返すほど、余裕がなかった。
嬉しかったけど、ちょっと恥ずかしかったのだもの。
それをよくもまあ、恥ずかしげもなく。
本当、純粋なんだわ。
私は……不純だわ。
その時、窓の外が急に明るくなった。
外に出たようだ。
「わ!」
先に声をあげたのは蓮子だった。
明るさに目がなれ、外を見ると、そこには秋の田舎の風景が広がっていた。
遠くに見える山々。
田園。
枯れた葉を垂らす木。
古風な民家に、吊るされた渋柿。
失われた筈の光景が、そこには広がっていた。
「す、すごい! まるでタイムスリップしたかのよう! こんなの映画か博物館でしか見たことないよ!」
「私もよ。まだこんなのが残っていたのね」
しかし、その希望は無残にも消え去った。
その風景を歩く人影。
真怪だ。
「……真怪郷」
「な、なんだ……」
真怪郷に着いたという事実よりも、この風景が、やはり現代(私たちの世界)のものでなかったという事実の方が、私たちにはよっぽど堪えた。
「うわ!」
車内に視線を戻した蓮子は、変な声をあげた。
「どうしたの?」
瞬間、息を飲んだ。
隣の席に人影が座っている。
それどころではない。
いつのまにか車内には、たくさんの人影であふれていた。
「なるほどね……。真怪郷だ……」
「だ、大丈夫なのかしら?」
「危害を加えてくることはないし、まあ、気持ちは悪いけど……」
人影は私たちを気にするそぶりも見せず、影の新聞を読んだりしている。
顔はないが、ハットをかぶっていたり、コートを着ていたりしている。
影のカバンなどもある。
「なんか、こんな感じをアニメ映画で見たことある気がする」
「ジブリ作品でしょう? 妖怪とかが出てくるやつ。えーっと、タイトルは――」
私たちは会話も忘れて、ただ車窓からの風景を眺めていた。
どんなに時間がたっても、夕方が夜になる事はなかった。
まるで、夕方以外がないかのように。
「見て、赤とんぼじゃない?」
「本当。絶滅したはずなのに」
「凄いね。まるで、私たちの世界で無くなったものが、ここにはあるみたい」
確かに、車窓から見えるものはすべて、私たちの世界から無くなったものだった。
私たちはそれらを体験したことがないのに、どこか懐かしさを感じていた。
「どこまで行くんだろうね」
「なんだか、このまま、何処までも行きそうな感じがするわね」
「うん」
この感じ。
ずーっと、このままがいいというような、そんな感じ。
蓮子と二人、この列車に乗って、どこまでもどこまでも、行けるような気がする。
退屈もしない気がする。
――旅行。
そっか。
旅行の楽しみって、こういう事なんだろうなぁ。
何かを見にいくだとか、美味しいものを食べにいくだとかもあるけれど、本当はこうして、誰かと――永遠と繰り返したくなるような時間を過ごす事、なんだろう。
「私、貴女と旅行に行きたいわ。貴女と二人っきりで、電車に乗って」
「そうだね」
お互いに目を合わせず、ただ車窓を眺めていた。
それでも、気持ちは一緒だって、何故か分かっていた。
やがて列車が止まった。
小さな古びた駅。
人影がぞろぞろと列車を降りてゆく。
私たちもそれに続き降りてゆく。
列車の進行方向には、もう線路は無くて、ここが終点なのだと分かった。
小さな駅舎で人影たちはチケットを渡していた。
駅舎を出ると、人影は消えた。
「このチケットであってるのかしら?」
蓮子の分を渡して、恐る恐るチケットを駅員に渡す。
駅員は切符を切ると、のこりの3/4を返してきた。
この残りは何に使うのかしら?
蓮子も同じように。
駅舎を出ると、如何にも「こっちですよ」というように、一本道が続いている。
その横には、枯れた木々がトンネルのように道の方に垂れていた。
「さっきの人影たちはどこに行ったんだろう?」
「私たちしかいないわね」
「よし、行こう」
自然と手を繋いでいた。
私たちが歩くたびに、空の色は暗くなっていった。
引き返したら、また明るくなりそうな感じがする。
空もすっかり暗くなった頃、洋風な家が一軒、温かな明かりを零しているのが見えた。
幻想郷で見たアリスさんの家に似ている。
家の周りには、腰くらいの高さの柵が建っていて、「welcome」と書かれた木製の門が開いていた。
「ここに、私たちを導いた誰かがいる」
「えぇ……」
緊張が走る。
しかし、それは一瞬にして消え去った。
家のドアが開き、そこにいたのは――。
「お久しぶり」
私によく似た女性――八雲紫がそこにいた。
「よく来たわね。どうぞ」
「ど、どうも」
戸惑いながら、出された紅茶を飲んだ。
家の中はアンティークな品が飾られていて、振り子時計の音と、火が薪を焼く音しかしなかった。
「迷わず良く来れたわね」
「そりゃ、あんな丁寧な案内だったし」
「丁寧過ぎたかしら? でも、ワクワクしたでしょう?」
そう言って笑って見せた。
「どうして貴女が……それに、何故私たちを……」
「ここはね」
私の質問を遮るように、紫は話し始めた。
「ここは、ある人間が住んでいた場所なの。幻想郷と真怪、そして、あなた達の世界。その三つの世界の中心がここ」
「ある人間?」
「もう死んでしまったけれどね。今は私の住処として使わせてもらっているわ」
私は再度、紫に質問をした。
「どうして私たちを?」
「宇佐見菫子を知っているわね?」
この家に住んでいた人間の趣味なのか、はたまた紫の趣味なのか、古びた振り子時計が大きく鳴りだした。
針が無いので、何時を知らせているのか分からない。
「宇佐見菫子って……」
「紫さん、宇佐見菫子を知ってるの?」
「えぇ」
「ど、どうして紫さんが宇佐見菫子を……」
「どこから話したらいいのかしら……」
紫は少し考えた後、ゆっくりと話し始めた。
「まず、あなた達が幻想郷に来た時、東風谷早苗が自分のご先祖様がいると言っていたわね」
「そうだっけ?」
「早苗さんが言ってたじゃない。幻想郷にご先祖様がいて、それが神様で……って」
「あー、あったね。確か、向こうが会う事を拒んでいて、理由が住んでいる時間が違うとか何とかっていうやつでしょ?」
「そう。そのご先祖……現代神とも呼ばれているわ。その神様の名は『東風谷早苗』」
「は?」
「へ?」
急に紫に腹が立ってきた。
馬鹿にしているのか、と。
「彼女は現代に住む人間だったわ。元々は諏訪大社の巫女をやっていて、信仰をより多く集めるため、幻想郷へやってきた」
「ちょちょちょ、待って。えーっと、それは、私たちが知っている早苗さんとは別……って考えていいんだよね?」
「というよりも、冗談じゃなくて?」
「冗談なんかじゃないわ。本当よ。あなた達の知っている東風谷早苗とも関係しているから、もうちょっと私の話を聞いてちょうだい」
紫の顔は真剣だった。
私たちはどういうことかさっぱりだった。
「その東風谷早苗は、神様に変わって信仰を集めるべく、色々と活躍したのだけれど、いつの間にか彼女の方に信仰が集まってしまい、幻想郷の人々は彼女を神として崇めだしたの」
「人間が神様に……」
「普通、仏よね?」
「もちろん、人間が神になる事は出来ない。でも、信仰は根強く、幻想郷は彼女を人間ではなく、本当の神にしてしまったの」
滅茶苦茶な世界だ。
それもまた、幻想郷の法則なのだろうか。
「ここまではいいかしら? 私の言う東風谷早苗の事については」
「う、うん……よく分からないけど、とりあえず最後まで聞くよ」
「その東風谷早苗が、幻想郷へ来る前に友達だった存在がいる。それが宇佐見菫子なのよ」
ここで宇佐見菫子の登場。
なんだか、無理のある作り話を聞かされてる気分になってくる。
「東風谷早苗にとっても、宇佐見菫子にとっても、お互いが親友で、唯一無二の友人だった。そんな東風谷早苗が消えたら、宇佐見菫子はきっと悲しむわ。それに、急に自分が消えたら、現代では騒ぎになるはず。それを避けるために、彼女はある道具を使ったの」
「ある道具?」
「通称、オカルトボール」
「「オカルトボールゥ!?」」
私と蓮子は流石に苦笑い。
オカルトボールって。
もうちょっとマシなネーミングはなかったのだろうか。
「面白い話ね。続けて」
完全にジョークとして受け取る事にした私たち。
紫なりのおもてなし。
そう思っていた。
紫は続ける。
「そのオカルトボールは7つあるのだけれど、その内の一つにドッペルゲンガーの力が込められているの。東風谷早苗はそれで自分の分身をつくり、現代へと送った」
「なるほど、それが私たちの知っている早苗さんて訳だ」
「えぇ……ただ、宇佐見菫子の元には行けなかった」
「どうして?」
「オカルトボールには、結界を破る力があるの。それを使って東風谷早苗も現代へ送った。でもね、彼女は幻想郷がどういうものか理解していなかった」
「幻想郷を?」
「幻想郷について話さないと。ああ、色々話さなきゃいけない事ばかりね」
「いいわ。ゆっくり話して。面白いわ」
「ありがとう。幻想郷には時間軸が存在しないの。例えば、あなた達の住む時代から幻想郷を見ても、100年前、100年後から幻想郷を見ても、幻想郷の時間は変わらず、一定なの。つまり、あなた達の世界のどの時代から幻想郷を見ても、幻想郷の姿は全く変わらないという事」
蓮子の目が輝く。
信じているというよりは、面白い設定! というような目だ。
「オカルトボールは結界を破る力がある。それは、幻想郷から現代へ行く際に、様々な時代への結界を破る事にもつながってしまう。彼女は間違えて、彼女の住む時代より遥か未来にオカルトボールを送ってしまったの」
「幻想郷から私たちの世界へはどの時代にも行けるって事ね!」
蓮子の声がイキイキとしている。
本当、好きねぇ。
「そう。そして、東風谷早苗はあなた達のいるその未来へと送られた。でも、そこに東風谷早苗がいるという事実はない。だから彼女は、新しい生命として誕生することになってしまったの」
「それが私たちの知る東風谷早苗さんで、早苗さんが幻想郷の記憶だとかを知らなかったのは、新しく生まれたからだって事ね」
「えぇ」
「面白いよ紫さん! もしかして、SFとか好き? 私、電気羊とか好きなんだけど、紫さんは読んだことある?」
「話を続けていいかしら?」
「あ、うん! 続けて!」
「取り残された宇佐見菫子の時代では、東風谷早苗が行方不明でちょっとだけ騒ぎになったみたい。でも、すぐに静まって、警察も捜索をやめた。でも、宇佐見菫子は違かった。彼女は東風谷早苗がどうして消えたのか、知っていたのよ」
「へー、どうして?」
「見ていたのよ。東風谷早苗が幻想郷に行くところを」
「なるほどね。それで? もしかして、宇佐見菫子もオカルトボールとやらを持っていたとか? それで、早苗さんを探しに行ったとか?」
「よく分かったわね。そう。でも、ちょっとだけ違う。彼女はオカルトボールを持っていなかった。だから、それと似たようなものを探しに様々な場所へと足を運んだ。彼女は鼻が利く子だったようね。すぐに見つけたわ」
そこはもっと面白く盛ってほしかったわ。
「それを使って幻想郷来た彼女に、東風谷早苗はさぞびっくりしたでしょうね。もちろん、すぐに彼女を元の世界に帰したわ。オカルトボールを持たせてね」
この辺りから、蓮子の表情が変わった。
私も、真顔になった。
「東風谷早苗は幻想郷の仕組みを知らなかった。そして、オカルトボールを持たせて宇佐見菫子を幻想郷から追い出した。もう分かるわよね?」
「宇佐見菫子も早苗さんと同じで、別の時代に飛ばされた……ってこと?」
「そうよ」
「つまり、彼女は生まれ変わって……」
「えぇ……そして、成長した宇佐見菫子には特殊な力が眠っていたわ。真怪郷と幻想郷だけでしか使えない力。彼女は超能力だと呼んでいたわ」
超能力。
真怪郷でも、超能力を使うと聞いていた。
今までの話は作り話ではなくて、本当だったの?
「その力はおそらく、オカルトボールが影響しているものと思われるわ。東風谷早苗も、幻想郷では力を使えたし、彼女も同じ」
「ま、待ってよ。じゃあ、宇佐見菫子がサンジェルマンと呼ばれているのは!?」
蓮子はすっかり紫の話を信じたようだ。
確かに、冗談にしては出来過ぎている。
「それは、彼女がオカルトボールを探して、色んな時代を飛び回っているからよ」
「え?」
「今回、あなた達を呼んだのも、その関係よ。あなた達には、宇佐見菫子を止めて欲しいの」
もう長い時間話していたはずなのに、振り子時計はあれ以来鳴らなかった。
紫の言う、幻想郷は時間軸がないという話を裏付けるかのようだった。
「宇佐見菫子は生まれ変わり、すぐに真怪郷を見つけたわ」
「鼻が利く……って言ってたものね」
「それは生まれ変わっても同じことだったのね。主な活動は真怪郷だった。真怪郷で彼女は、オカルトボールの存在と、幻想郷の存在を知った。そして、幻想郷から色んな時代へ行くことが出来ることも……」
「じゃあ、サンジェルマンの噂は……」
「本当だった……というわけよ。彼女は各時代に散らばっているオカルトボールを集めているわ」
「オカルトボールを?」
「誰かが、オカルトボールを7つ集めると、願いが叶うって吹き込んだらしいの。彼女はオカルトボールを求めて、幻想郷から色んな時代へ行っているみたい」
それが宇佐見菫子の目的。
だとしたら、私が見た彼女も、本当に本当だったのかもしれない。
「問題は……宇佐見菫子が幻想郷へ何度も足を運んでいる事よ」
「それのどこが問題なの?」
「オカルトボールは結界を破る。そう言ったでしょう? 結界は幻想郷を守るもの。それが破られるという事は、幻想郷が危険にさらされるという事よ。時代を行き来するたびに、幻想郷の結界は破られる……」
「だから、彼女を止めるために……」
「あなた達に頼んだのは、唯一、幻想郷、真怪郷、現代を行き来できる人間であるからよ。私が動いたら、幻想郷はまたバランスを崩してしまうから……」
全てが繋がった気がした。
宇佐見菫子の謎。
真怪郷での噂。
全てが。
「貴女の言いたいことは分かったわ。でも、宇佐見菫子は色んな時代へ行き来しているんでしょう? どうやって彼女を?」
「宇佐見菫子は必ず、一つの時代へ帰るの。つまり、その時代が彼女の時代」
「まさか、私たちにその時代へ行けって言うの!?」
「えぇ。向こうでのお金とかはこちらで用意するわ」
「そ、そうじゃなくて……宇佐見菫子が住んでいる時代って……いつ?」
「まだ東京が京都よりも栄えていた時代……」
「平成時代よ」
続く……