東京秘封倶楽部   作:雨守学

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サイキックガール1

 

「秘封倶楽部……」

お二人からその名前を聞いた、あの日。

私はその名前に、強いデジャヴを感じた。

どこか、私の知らない記憶の奥底にあるものを突かれるような感覚。

懐かしくもあり、どこか切ない名前。

ノートは擦り切れ、所々分からないところもあるけれど、はっきりとした事が一つあった。

秘封倶楽部の部員だ。

そこには、二名の名前が書かれている。

1つは、宇佐見菫子という人物。

もう1つは、東風谷早苗という人物。

「……私?」

幼い頃の記憶を引っ張り出してみた。

それでも、宇佐見菫子という人物がいた記憶はない。

ましてや、ここに書かれている文字は、どう見ても子供の字などではなかった。

そう、まるで今の私が書いたような、綺麗な字。

所々の漢字が平仮名だったり、カタカナになっている所を見ると、もうちょっと幼い年齢なのだろうけれど。

「まさか、同姓同名の人物が、東風谷家の系譜にはいたのかしら?」

それにしても、偶然とはあるものだ。

宇佐見菫子。

宇佐見蓮子。

似ている。

パッと見だと、宇佐見蓮子だと思ってしまう。

もしかしたら、蓮子さんの親戚なのかもしれない。

だとしたら、私と蓮子さんは、生まれる前からの友達だったのか。

「面白い偶然があったものだわ。そうだ、蓮子さん達にこの事を知らせよう」

そう思い、携帯電話を取り出そうとした時だった。

傾いた陽が、倉庫を照らした。

その光を反射する紫色の水晶玉のようなものが目に入った。

「わあ、綺麗な玉だわ」

よく見ると、その色は、玉の色ではなかった。

玉の中で、漫画で表現されるような毒ガスのように、何かが渦巻いている。

「……なに、これ」

玉を手に取った時、その玉は光を発した。

「――!」

光は私の見ている世界を真っ白に変えていった。

そして、その向こう側に、私は確かに見たのだ!

この世界の――宇宙の――創世を!

 

平成27年。

その数字が西暦で何年かは分からない。

けれど、そんなに最近の事ではないのだけは確かなはずだった。

「――確かに、ここは平成なんだろうけれど……なんだろう」

蓮子の言わんとしていることは分かる。

この、望郷の念。

上野公園は、私たちの時代、または世界のものと、ほとんど変わりないのだ。

「でも、見て、湯島方向の入口にゲートがないわ。平成27年ではまだ、有料化されてないのね」

「本当だ。という事は、まだ公園と動物園は別なんだろうね」

私たちの声は、至って普通であった。

平成に来た。

もしくは異世界。

どちらにせよ、もっとこう、取り乱すものだと思っていた。

 

不忍池を通って、駅の方へ向かう事にした。

公園の外を物凄い数の車が走っている。

公園内もお祭りがあるのかと言うほど、人であふれていた。

「東京でこんなに人が居るなんて……」

「今日……つまり、この世界で言う時間で、今日は休日なのかしら?」

「そうでもないみたい」

「休日でもないのに、こんなに!」

ベビーカーを押す主婦、絵を描いているおじいさん、ゴミを漁る人、写真を撮る外国人。

とにかく、色んな人が居る。

まさにカオス。

この時代の象徴。

「見て! メリー!」

「なに!?」

蓮子の叫び声に驚いたのもつかの間、鳥が群れを成して頭上を通り過ぎた。

「鳩だよ! あ! カモメもいるよ! アヒルも! スズメもいる!」

「アヒルじゃなくて、カモよ」

絶滅危惧種の鳥たちが、檻を飛び出して生きている。

人の手から零れたパン屑を突っついている。

「凄い! 平成にはまだこんなに鳩がいたんだね!」

足元を横切る鳩は、いくら近づこうと飛び去ろうとはしなかった。

地上を歩きながら、逃げるばかりである。

人に慣れ過ぎて、飛び方を忘れてしまったかのように見えた。

「触ってもいいのかな?」

「止めておきなさい。こんなところでモタモタしている暇はないわよ?」

「おっと、そうか。じゃあね、鳩さん」

 

アヒルだかカモだか分からない乗り物が池にいくつも浮かんでいる。

ボートも同じように。

それらに乗っている人々は何が楽しくて笑っているのか、私にはわからなかった。

「平成の遊びって、なんだか体を動かすものが多いね」

「古典的な遊びって感じね。平成はテレビゲームが流行ったから、インドア派が多いと聞いたのだけれど」

「ここでこうしてボートを漕いでいる人は、この時代でも数少ないんじゃないかな。私たちには十分多く見えるけれどさ」

これが休日だったら、もっと多くの人でごった返すのかもしれない。

しかし、それが東京の人口ゆえの普通なのか、はたまたアウトドア派が多いのかは分からなかった。

 

しばらく歩いていると、不忍之池弁天堂が見えた。

ここは、初めて早苗さんとあった場所。

見慣れた風景に変わりはないが、少しばかり綺麗に感じる。

私たちの時代では、ここはもっと古びている。

「ここも人気のようだね」

カメラを構える人達。

煙を浴びる人もいた。

「へー、あれって、ああやって使うものだったのね」

「香炉だね。身を清める云々とは言われてるよ」

「やったことあるの?」

「昔ね。でも、電子線香と共に消えちゃった。だから、やったことがあるのは、本当に小さい頃だけ」

「ふぅん。臭くなりそうでやぁね」

「臭いから清められるんじゃない? ほら、私たちが悪霊的な存在だったら、臭い相手には近づかないでしょう?」

「そう言う事なのかしら?」

弁天堂の先には屋台が出ていて、強面のお兄さんやお姉さんが色々と焼いていた。

「わぁ、これはまさに平成の文化ね。平成資料館のブースで、こんなのを見たことあるわ」

「心配なのは衛生面だね。車の排気ガスとか、色んなウィルスとか、その辺りはどうなってるのかね。ただでさえ、平成の空気は悪いんだからさ」

「そうかもしれないけれど……。ああん、そう言われると、なんだか食欲が失せてきちゃったわ。とっても美味しそうなのに」

「メリーにはそれが必要だよ」

「きゃっ! もう、つままないでよ!」

「つまめるほどあるお肉をつくったのが悪いよ」

「ぐぬぬ……」

 

上野は私たちに色んな発見を齎せてくれた。

私たちの時代と違うところをあげるとしたら、まず自然が多いところかしら。

360°何処を見ても自然があるのは驚いた。

ヘブンアーティストっていう旗を掲げたパフォーマーも、私たちの時代にはいないわ。

どうやら、公的な許可を取ったアーティスト達のようね。

やってることはそれぞれで、大道芸だったり、ミュージックだったり、水で地面に絵を描く人もいたわね。

本当に色んな人達がいて、まさにカオス。

公園を歩いている人たちの服装や人種もそう。

だけれど、それだけに不安もあった。

カオスだからこそ、この世界の習わしだとか、振る舞い方が分からない。

人々の思想だって、きっとカオスなんだわ。

もしかしたら、この人たちですら、この世界での生き方が分からないでいるのかもしれない。

もし、そうでないのだとしたら、私たちの希望はただ一つ。

紫の言っていた、【生きることを強く願いなさい】【死は快楽をもたらすものではない】【人間は殺人を望んでいる】【殺意は他から向けられるものとは限らない】という教えだ。

私は思う。

このカオスな世界。

敵は他人ではないのだろうと。

カオスだからこそ、この世界には敵はいない。

カオスであると分かっていれば、人々の思想に争いは生まれない。

カオスだから。

そう片付く。

其れゆえに、この世界での敵はただ一人――。

「私自身……」

 

「はー、疲れたね」

「本当。なんだか、色んな事が一気に押し寄せてきた感じで……」

頭の中は色んなことでぐちゃぐちゃになっていた。

私たちはスターバックスというコーヒー屋でコーヒーを飲んでいた。

外でコーヒーを啜るなんて、なかなか乙だわ。

「しかし、先が思いやられるよ。発見に一々反応していたら、宇佐見菫子のところに辿り着くのに何年かかるんだって話」

「今日中に見つけないといけないのかしらね。そもそも、今日見つけられなかったら、宿とかどうなってるのかしら?」

「お金はあるから、ホテルに泊まるんでしょ」

「あまり泊まる事はしたくないわね」

過去の世界(おそらくはね)とはいえ、長居はしたくない。

いくら面白い世界であれ、平成が危険であることには変わりない。

「さっさと行きましょうよ。宇佐見菫子の住んでいる場所へ」

「それもそうだね」

 

足立区の大谷田。

大谷田という地名に聞き覚えはなかった。

けれど、そこへ行くルートをスマートフォンで調べると、思いもかけない駅名が出てきた。

「北綾瀬駅って……」

枯れイド公園のある場所。

私たちが、この時代に来るきっかけになった場所。

 

上野駅は人でごった返していた。

電車は上野駅からJR山手線という列車に乗って、西日暮里という駅でメトロ千代田線に乗ってゆくというルートだった。

「千代田線かぁ。ひいじいちゃんの言っていた電車に乗れるんだね」

「地下鉄なんでしょう? ワクワクするわ。地下鉄」

そんな暢気なことを言っていたのもつかの間。

電車を待つ人々の列が私たちの後ろに出来た。

「凄いね……。こんなにたくさんの人が電車に乗るのかな」

「100%を超えるって言われていたわよね。それって……」

間もなく、私たちはそれを知る事になる。

体が硬直するほど大きな汽笛を鳴らし、JR山手線は駅に入ってきた。

電車が減速するに連れ、私たちは悟った。

「これ……やばいんじゃない?」

「えぇ……やばいわ……」

私たちは無意識に手を握っていた。

電車のドアが開く。

人が津波のように流れてゆく。

それがおさまったのもつかの間、私たちを押し込むように、後ろの列が電車に吸い込まれてゆく。

「うぐ……」

新大久保でマトリョーシカに潰されそうになった時と同じ。

これが、100%を超える乗車率。

無茶苦茶だ。

「メリー、大丈夫?」

「えぇ、なんとか……」

体が固定されて動かせない。

試しに全体重を寝かせてみると、体が浮いた。

「本当、カオスねぇ……」

「まったくだよ。危険な時代だよ。平成は」

 

途中、日暮里という駅と間違えそうになりながらも、西日暮里へと降り立った。

「トンデモナイ目にあったね……」

「えぇ。平成の人たちは毎日こんな目に合ってるのね。そうまでして電車に乗らないといけないのかしら?」

「平成は企業が活発だったらしいからね。経済が回るって事は、それだけ人が回ってるてことでしょ。この山手線みたいにさ」

 

JRからメトロに乗り換える為、階段を下に下にと降りてゆく。

「地下鉄って言うだけあって、結構降りるのね」

「エスカレーターとか無いのかね」

廻り階段なので、どれだけ深い場所に地下鉄があるのかは予想できない。

しかし、降りるにつれ、騒音は消え去り、私たちが階段を踏む音しかしなくなった。

「本当に地下鉄への階段なの?」

「案内にはそう書いてあったんだよ」

「それにしては長すぎるし、なんだか静かよ?」

「もしかして……」

そう言うと、蓮子は振り向き、階段をあがり始めた。

「ちょっと蓮子?」

「あー!」

蓮子の声が、階段に響いた。

「どうしたのよ?」

あがって確認すると、蓮子が壁の前に立ち尽くしていた。

そう、階段を上がった先に待ち構える、壁の前に。

 

真怪郷。

前に、オーパーツ屋の少女が言っていた『真怪郷と人間界を繋ぐトンネル』。

「変な所にトンネル作ってくれたもんだよ、本当に」

「それも、雑なトンネルよね」

平成時代の真怪郷。

「幻想郷には時間軸がないと言っていたけれど、真怪郷にはあるんだね」

「何故そう思うのよ?」

「だってさ、真怪郷での宇佐見菫子の目撃情報は、バラバラだったでしょ? それってつまり、真怪郷にも時間軸が存在しているからなんじゃないの?」

「なるほどね。もし時間軸が無かったら、宇佐見菫子の目撃情報はバラバラにならないものね」

「そう言う事」

私たちは冷静だった。

この先に待ち構えるのが『平成の真怪郷』であろうが何だろうが、この平成時代を彷徨うよりは、安心なものである気がしたから。

私たちは知らない。

真怪郷に潜むであろう恐怖を。

だからこそ、恐れる事はないのだ。

知りえないものを恐れるほど、人間の防衛本能は万能ではない……はず。

或いは、私たちは間抜けなのかだ。

 

階段をある程度降りてゆくと、電灯は蝋燭に変わり、辺りは薄暗くなっていった。

「どこまで降りるんだろう。まさか、このまま永遠にって訳じゃないよね」

「そうなったら、紫に連絡しましょう」

「あー、駄目だ。ここ、圏外だよ。っていうか、真怪郷から紫さんの所に連絡出来るわけないのか。ん? そもそも、どうやって紫さんと連絡取れるんだろう? 紫さんはどうやって電波を受信してるんだろう?」

確かに。

そう思った時、下の方で、明かりが強く光っているのが見えた。

「もしかして……」

お互いに顔を見合わせ、急いで階段を降ってゆく。

「――待って!」

先に階段を降り切った蓮子が、私を止める。

「どうしたのよ?」

蓮子の背中から前を覗くと、そこには真っ白な肌をした女性が、真っ白な服に身を包んで立っていた。

 

人(或いは妖怪)の手で彫られた洞窟。

それが、この部屋(?)を見た第一印象

明かりは、やはり蝋燭だけ。

それが何本も輝いていて、比較的明るく感じる。

そんな中に、まるで幽閉されたお姫様のように、綺麗な女性が一人。

「あら、可愛いのが釣れたわね」

そう言うと、女性は私たちに近づいて来た。

長い髪の中から一角を表している小さな二つの角。

鬼。

鬼だ。

「こんなに幼い妖怪が釣れるなんて、やっぱり西日暮里にトンネルを掘って正解だったわ」

妖怪。

私たちが妖怪。

蓮子が私を見る。

お互いに言わんとしていることは分かった。

真怪の石。

この力は本物!

「どうしたの? もしかして、私が怖いのかしら?」

「――いや、ちょっと驚いただけ」

「そう。あなた達、幼いのに実体を持てるなんて、相当恵まれた妖怪なのね。しかも、人間界にとけこめるなんて」

「貴女が私たちを?」

「えぇ。あなた達のような人間界にとけこめる妖怪を釣るために、西日暮里にトンネルを作ったの。ほら、あの辺りは妖怪が多いじゃない?」

話が見えない。

まず、人間界にとけこめる妖怪が存在しているという事。

つまり――それが平成に限ったことかどうかは置いておいて、そういう存在が人間界に蔓延っているのは、この世界では常識らしい。

そして、一番重要な事が一つ――。

「私たちを釣って、どうする気なの?」

この女性が、敵かどうかという事。

 

蝋燭の火が、風もないのに揺れた。

まるで、私たちの心情をうつすかのように。

「私は人間界と真怪郷を繋ぐトンネルをつくるトンネル師。あなた達のいつも通っているトンネルも、私……もしくは、私たちの一族がつくったものなのよ? 知ってた?」

「……噂には聞いた事あるよ」

妖怪を演じるように、蓮子が言った。

真怪の石を持っているとは言え、真怪の石がどこまで認知されているか分からない以上、妖怪を演じなければならない。

もし、何か間違った答えを言って、真怪の石がバレてしまえば、私たちがどうなるか分かったもんじゃない。

ましてや、この女性。

おそらくは――敵。

「トンネルをつくるには、人間界の情報が必要なの。だから、人間界にとけこめる妖怪が必要というわけ」

「だから、私たちというわけね」

「そう。ここまで話したら分かるわよね? あなた達のどちらかが、どうなるのか」

人間界にとけこめる妖怪が必要。

つまり、協力しろということ。

それは分かる。

しかし、私たちのどちらかというのは?

二人ではいけないという事だろうか。

それとも、どちらかが協力してくれればそれでいいという事だろうか。

どちらにせよ、面倒な事になった。

断りたいけれど、断ったら帰れないような気がする。

後ろをちらりと見ると、階段は無くなっていた。

完全な密室となったこの部屋(?)。

ここを出るには、この女性の力が必要になるという事は確かであった。

つまり、断れば――。

「どちらも可愛いけれど、どちらかと言えば貴女が好みね」

そう言うと、私の顔に手を添えた。

冷たい手だった。

「待って! もし、断ったら……どうなるの?」

女性が笑う。

「断るなんて選択肢はないわ。どちらかが私と結婚してくれるまで、ここからは出さないわ」

「え?」

「へ?」

 

長い沈黙が続いた。

「えーっと……結婚って、結婚?」

「えぇ、それ以外にあったかしら?」

また沈黙。

どういうことかさっぱり分からない。

情報を提供するって事は確かだと思ったのだけれど、結婚とはまた。

「トンネル師は力の強い妖怪……つまり、あなた達のように人間界にとけこめる妖怪と結婚して、トンネルをつくり続けてきた。お互いがお互いの為に生きる。その為にね」

「あ、あー……なんか、そんな事聞いたことある気がする」

蓮子、知ったかぶり下手くそね。

まあ、私が言うよりも上手かもしれないけれど。

「私もついにトンネル師として一族に認められるほどになったわ。後は、独立してトンネルをつくれるように、結婚相手が必要という訳」

なるほど。

と、言いたいけれど……。

「結婚って、私たち女同士じゃ……」

「あら、人間みたいなこと言うのね」

蝋燭の火が揺れた。

「まあ、人間界に染まった妖怪はそう言うわよね。でも、愛があれば関係ないでしょう? お互いがお互いの為に生きますという、契約みたいなものなんだから。人間のように交配も必要ないし」

男女関係なく、交配も必要ない。

つまり、人間と妖怪の間で、結婚の意味に差があるようだ。

人間の結婚とは、社会的に認められたパートナーとなること。

しかも、それにはルールがあって、男女でないといけない。

妖怪の結婚とは、お互いがお互いの為に生きますという契約。

それには男女は関係ない。

「納得したでしょう? あなた達のどちらかは、私と生きなければならない。お互いに愛し合い、お互いの為に生きるしかないの」

蓮子と私は、お互いの顔を見た。

愛し合うかどうかは別としても、この状況で二人無事に逃げる事は出来なそうだと、お互いに分かっていた。

「さあ、どうする? 私は貴女がいいわ」

女性の手が私の首へとまわる。

「――私が貴女と結婚する」

そう、蓮子が言った。

「この子にはもう結婚相手がいるの。だから、私にして……」

「蓮子……」

「ふーん、そうだったの。まあいいわ。なら、早速キスしましょう?」

「え!?」

「今すぐ結婚したいのよ。結婚にはキスと祝いが必要よ。それに」

女性が私を見る。

「貴女を帰すのに、トンネルをつくらなきゃいけない。もし、今つくってしまったら、逃げられるかもしれないでしょう?」

なるほど、考えてる。

「さあ」

「ちょっと待って。最後に、彼女と話したい」

蓮子が言う。

「そう。好きにしなさい」

女性は何かを準備するように、棚の中を漁り始めた。

「蓮子……」

「メリー、聞いて」

蓮子が小さい声で話す。

「私が囮になるから、メリーは紫さんに連絡して」

「でも……」

「私は大丈夫。だから、ね?」

私を安心させるように、手を握る。

「頼むよ、メリー」

蓮子の手が離れる。

それと同時に、蓮子が物凄く遠くに行ってしまったかのように感じた。

離れる目線。

女性に歩み寄る蓮子の背中。

私は、見ていることしか出来なかった。

 

「貴女も良く見ると可愛いわね」

「…………」

「照れてるのね。可愛い。じゃあ、キス、するわよ?」

女性が蓮子の肩を抱く。

意を決したように、蓮子はきゅっと目を瞑った。

女性の顔が近づく。

その光景を前に、私は葛藤していた。

しかし、それは、蓮子を囮にすることに対するものなどではなかった。

そして、その葛藤の先にあるものに、私は薄々感づいていたし、それを認めないといけない日が来ることもまた、感づいていた。

だからこそ、今なんじゃないかって思った。

「なっ!?」

気が付くと、蓮子と女性の間に割って入っていた。

「貴女……何を!」

「メリー……?」

私は、何も言わずに女性の顔を見た。

言わなきゃいけない事があるはずなのに、言葉が出なかった。

「…………」

女性は驚いた顔を見せたが、しばらくすると、私の顔をまっすぐ見た。

「……そう。そうだったのね」

そう言うと、蓮子の方へと顔を向けた。

「貴女には、私よりも愛さなければいけないものがあるのね」

「え?」

蓮子は分からない顔をした。

その時だった。

轟音と共に、洞窟が爆発した。

「なっ……!?」

女性の驚いた声。

この事態は、女性すらも予想していなかったようだ。

砂埃が舞う。

なのに、蝋燭の火は消えていないのか、明るいままだ。

「見つけた! トンネル師の住処!」

女の子の声。

若くて、活発的な声。

その声が響いた瞬間、風もないのに、砂埃が螺旋を描き、中心に集まったかと思うと、小さな石と姿を変えた。

そして、視界が晴れた時、これまた風もないのに羽ばたくマントを纏った、小柄な少女を見た。

大きなハットと赤渕眼鏡。

彼女はまさしく――!

「「「宇佐見菫子!」」」

蓮子、女性、私の声が、洞窟にこだました。

それに答える準備でもするかのように、少女は大きく息を吸った。

「如何にも! 東深見高校一年、宇佐見菫子! 泣く子も黙る本物の超能力者よ!」

 

2へ続く……

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