東京秘封倶楽部   作:雨守学

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正午の夕焼け

「う……ん……」

「あっ……」

目を開けると、蓮子がこちらを見ていた。

「……何しているの?」

「あー……いや、寝顔が可愛いなって思って……」

「顔に落書きとかしてないでしょうね?」

「しないよ。それよりも、見てメリー」

蓮子の指す先にはテレビがあった。

そこに映っているのは、ニュース番組のようだ。

「ニュース番組?」

「国会の報道とかしているよ。この時代のニュースって、そこまで放送できるんだね。凄いや」

平成時代。

ネットワークの発展を始まりに、電子化された情報は、誰もが手に入れられるものとなった。

始まりこそは情報の量と速度が重視されたが、ネットワークの発展が進むにつれて、そんなものは当たり前となっていった。

私たちの時代では、情報の量よりも、その質に注目が集まり、認知度の低い情報ほど価値があるとされている。

「情報で溢れた世界か。そりゃ、カオスにもなるわ」

情報を持てば持つほどに、人々はそれらに踊らされる。

人類が信じていた「真実」と言うものは、自然的ではない。

我々が認識して初めて「真実」となるのだ。

私たちの時代では、それが普通である。

故に、平成以上の統制は取れている。

平成は違う。

超自然的な「真実」を信じている。

言うならば、雲を「掴んでいる」と信じているのだ。

「火の無いところに煙は立たない」という諺を信じている。

蚊柱かもしれないのに。

「この報道は本当なのかな?」

「さぁ。この時代ではそんなものは関係ないのでしょうね。ものを多く言えば、そこに人は集まるわ。そしてまた、多くの人がそれを信じていれば、それが「真実」となる。出る杭は打たれる。まさにこの時代にふさわしい諺ね」

「――そんな諺あるんだ」

これである。

 

ホテルの朝食はバイキング方式であった。

「わぁ、こんなにたくさんの天然ものが!」

「メリー、食べ過ぎないようにね」

「大丈夫よ~」

とは言え、天然ものが食べ放題だなんて。

平成で唯一いいところをあげろと言われれば、それはこういう事だろう。

旅行先唯一の観光地で、満喫しない人はいるかしら?

つまり、そう言う事よ。

「ちょ、メリー! そんなに盛って……。食べきれなくなっても知らないからね?」

 

朝食を済ませ、綾瀬駅へと向かっていた。

「う……蓮子、ちょっとゆっくり歩いてくれないかしら……?」

「だから言ったのに……。これから東京観光するのに、気持ち悪くなるまで食べる人が居るかしら?」

「だってぇ……」

「それに、東京観光していたら、きっと名物の食べ物に巡り合うのは必須……」

「――!」

「フフフ、甘いわねメリー。そう言うところも計算するのが旅の醍醐味と言うもの。ま、メリーさんには早かったかな?」

「ぐぬぬ……」

「さ、急ぎましょう。菫子ちゃんが待てますわよん。メリーさん」

「覚えてなさいよ……」

 

綾瀬駅には既に菫子ちゃんが待っていた。

「お待たせ菫子ちゃん」

「ども……。あれ、相方さんは?」

「メリーはあの調子よ」

「う……気持ち悪い……」

「お酒でも飲んだの?」

「食べ過ぎだよ。朝食バイキングではしゃいじゃってさ」

「……気持ちは分かるけれど、東京観光するんだから、バイキングごときでお腹いっぱいにしたらもったいない気がするけれど」

「だよね」

本当、貴女たち似てるわ。

というよりも、私が馬鹿なだけかしら?

「で、何処に連れていってくれるの?」

「貴女たちの時代とどう違うか分からないけれど、メリーさんは見た感じ外国人だろうから、定番の場所にでも連れて行ってあげようかしらってね」

「定番の場所。日本橋とか?」

「あの場所を差し置いて日本橋が出るって事は、相当違うのね。この時代で定番って言ったら――」

 

「浅草かぁ」

大きな提灯なのは一緒だけれど、ちゃんと「雷門」と漢字で書かれている。

見た感じも日本的で、ケバブ屋なんてなかった。

「なんだか日本橋よりも日本的じゃない?」

「本当。じゃあ、なんで日本橋は日本って名前がついているのかね?」

「貴女たち、本当に何も知らないのね。これだから未来人は……」

「なにその、最近の若い者は……みたいな言い方。年下でしょ?」

「この際はっきりさせておくけれど、貴女たちが大学生だろうが、貴女たちから見たら私は先輩なのよ?」

「急にそんな事言われてもねぇ……」

「そうだよ。そっちが平成人だろうが、私たちは菫子ちゃんよりも長く生きているんだよ? 所詮は高校生でしょ? 青い青い」

「なんですって?」

「なにさー?」

「なに喧嘩してるのよあなた達……」

姉妹の喧嘩を見ているようだわ。

蓮子が姉で、菫子ちゃんが妹って所かしら。

 

雷門を潜ると、そこからは左右に土産屋が道を作るように並んでいた。

カメラを構えている人、何やら棒の先にスマホをつけてポーズをとる者たちを横目に、進んでゆく。

「凄いよ! これぞまさに日本のお土産屋って感じだね!」

「本当ね」

土産屋には富士山やら東京タワーやら、平成の日本をイメージした商品がたくさん置いてあった。

私の知っている日本とは少し古い感じはするけれど、私が東京に求めていたのはこういうものだ。

「見てみて! 日本って彫ってある龍のキーホルダー! プレミアものだよ!」

「そんな胡散臭い物があなた達の時代では貴重なの?」

「この胡散臭さがマニアに人気なんだよ。わー、胡散臭いなー!」

「貴女たちの時代って変わってるわね……」

若干引き気味に、菫子ちゃんは私を見た。

「いや、一緒にしないでくれるかしら? あんなの私たちの時代でも珍獣扱いよ」

「珍獣……」

その時、菫子ちゃんの口が一瞬引き攣った。

それを隠すように、菫子ちゃんは口を押えた。

「どうかした?」

「いや……なんでも……」

それから、蓮子を見るたびに、菫子ちゃんは口を押えた。

 

浅草寺やホッピー通りなど、私たちの時代では無くなってしまったものを見て回った。

本や資料でしか見たことなかったものを実際に見ると、もっと感動するものだと思っていたが、どうも普通だ。

想像以上だったりと、予期せぬ事に遭遇した時、人は感動するものだ。

こうも当然のように存在されると、感動は無いのだろう。

「メリーの場合は、食事にしか目がないからでしょ」

……はい。

 

しばらく回った後、カフェで休憩をとることにした。

レモンスカッシュなど、とても古い飲み物がメニューには並んでいた。

「何にしようかしら? あ、パフェもあるわ」

「お腹がいっぱいとは何だったのかしら?」

「別腹よ。別腹」

窓際の席は、外の観光客から丸見えだった。

私たちの時代では、ここまで丸見えなのも珍しい。

「で、どうかしら? 平成は」

「まず人が多いね。まだ東京が観光地だっていう証拠だ」

「それに、日本的よね。東京と言ったら、もっとぐちゃぐちゃで、多文化的だもの」

「そう」

それから私たちの時代と平成時代の違いを淡々と話し合った。

資料に載ってない情報が続々と出てきて、私たちはそれに夢中になった。

「いやぁ、良い話聞いたね」

「本当ね」

「そりゃよかったわ」

ただ、まだ聞きたいことがあった。

それは――。

「ところで、貴女の事についてまだ知らない事がたくさんあるわ。それについても話してくれるとありがたいのだけれど」

「私の事……?」

「えぇ」

「宇佐見菫子。高校生。オカルトボールを探している」

声の主は菫子ちゃんではなく、隣の席の少女だった。

「にひひ。友達出来たんだ? 菫子ちゃん」

少女は意地悪く笑った。

「誰? 知り合い?」

蓮子の問いに、菫子ちゃんは苦い顔をした。

「こいつは……人間の世界にとけこむことが出来る妖怪よ……」

「妖怪……!?」

しかし、少女の耳は人間のものと同じだった。

「何しに来たのよ……」

「別に? たまたま浅草に遊びに来たら、貴女がいたから。それよりも、そこの二人……何者? 人間でもないし、妖怪っぽくもないけど……」

「関係ないでしょ……」

どうやら、菫子ちゃんはこの妖怪に何かされたことがあるのか、やけに嫌っているように見えた。

「ふぅん……。まあいいけど。菫子ちゃんにも友達が出来たんだ。しかも、私がこんなんでも、変な目で見ないんだ」

「…………」

菫子ちゃんの表情が暗くなった。

「お二人とも、菫子ちゃんの事をあまり知らないようだから言っておくけれど、菫子ちゃんは危険だよ。あなた達の命だって、いくつあっても足りないかもね」

「危険?」

「えぇ、彼女は命を狙われているの。井上過激教にね……ふふふ……」

少女はまた意地悪そうに笑った。

その表情には、何か悪意が立ち込めていて、私たちではなく菫子ちゃんを嘲笑っているかのような、そんなものだった。

それが伝わっているのか、菫子ちゃんも歯を食いしばっているように見えた。

「知ってるよ。ね、メリー」

その空気を一変したのは蓮子だった。

「知ってるって……。あなた達、一体……」

「それに、菫子ちゃんが危険かどうかは知らないけれど、少なくとも、私たちはもっと危ない事を経験して来たんだ。妖怪だか真怪だか、井上過激教だか知らないけれど、そんなの屁でもないよ」

蓮子は分かっている。

この少女が、悪意を持っていることを。

そこに、どんな意図があるかも。

「だからこそ、もっと菫子ちゃんを知りたいんだ」

蓮子が私を見た。

そうよね。

「えぇ、私もそう思うわ」

少女は苦い顔をした。

「あっそ……。つまんない……。じゃあね、菫子ちゃん。お幸せに」

そう言って、少女は去っていった。

「ヤな奴」

「本当ね。妖怪って、みんなあんなのばっかなのかしら」

「菫子ちゃん、大丈夫?」

「…………」

「菫子ちゃん……?」

「え……?」

「大丈夫?」

「あ……うん……」

そうは言っても、そのようには見えなかった。

「さっきの妖怪……」

菫子ちゃんは小さく、ゆっくりと話した。

「人間の弱いところをついてくる妖怪なの……。その反応を見て、ただ喜ぶ……」

「でも、妖怪には見えなかったけれど……」

「真怪の妖怪なんかよりもはるかに強い力を持つ妖怪は、皆、完全なる人間に化けることが出来るのよ……。ああいった妖怪は、真怪なんかに留まらない……。むしろ、人間とのコミュニケーションを取りたがるものなのよ……」

人間と、とてもよく似ている。

力が強ければ強いほど、人は余裕を持つ。

それが例えば、お金だとか、武力だとか……。

そして、それら全ては、生と死に直結するものだ。

生きるためにお金を求める。

死なない為にお金を求める。

生きるために武力を求める。

死なない為に武力を求める。

求めなくてもいい、求める必要がない者こそ、興じるのだ。

生と死を超えた、その先にある何かを。

「私は……子供の頃から……ずっと、ああいった妖怪に付き纏われてきた……」

子供の頃から。

あのような妖怪が、今のように。

「……それは……辛いわね……」

「…………」

より一層、菫子ちゃんの表情は暗くなった。

私には見えていた。

菫子ちゃんの幼少期。

あんな妖怪に付き纏われて、嫌なことを言われ、きっと、友達も――。

――友達。

「――……」

喉まで出かかった言葉を、静かに飲みこんだ。

蓮子も同じだったようで、私を見て小さく頷いた。

「蓮子とメリーはいいよね……。お互いがお互いを理解できる関係で……。偶然、幻想郷で出会って……」

何も言えなかった。

自分が同じ状況だったら、どんな言葉をかけて欲しいのかも、想像できなかった。

「そうだね。私たちは菫子ちゃんとは違う」

蓮子は、そう、はっきりと言った。

なんて強い心を持った奴なんだろう。

「でもさ、それが何さ。他人は他人でしょ。菫子ちゃんは菫子ちゃんなりに、どうすればいいのか考えてるんでしょ? 例えば、オカルトボールを集めてみたりさ」

菫子ちゃんの目が、蓮子を見た。

蓮子が「分かっている」事を、彼女も分かったのだろう。

「私にはメリーがいた、メリーにも私がいた。でも、菫子ちゃんには私もメリーもいるじゃん」

「――!」

「だから、違うよね」

そう笑った蓮子に、私は少しだけ感動した。

本当、私は蓮子に出会えてよかった。

彼女に出会わなければ、私はどうなっていたか分からない。

それほどに、大切な人なんだと、改めて感じた。

「……くっさ」

「な……!?」

「でも……」

菫子ちゃんもそれに返すように。

「ありがとう」

そう言えば、ちゃんとした笑顔を見るのは、これが初めてだった。

 

それからは浅草や合羽橋などを見て回った。

合羽橋なんかは食品サンプルなどはあったけれど、町の感じは全く違っていた。

何よりも、マネキンがない。

普通に人間が歩いている。

「でも、どうして河童が女の子の姿をしているのかしら? にとりを知っているの?」

「なんでも可愛い女の子にしたがる時代なのよ。船やら城やらも、この時代では女の子にされてるわ」

そう言えば、まだ男性がたくさんいた時代か。

これが原因で人口が減少したんじゃないかしら?

春画もそうだけれど、よくもまあ絵に欲情出来るわね。

「可愛いね! 乳もデカいし! おっちゃん興奮して来たよ!」

「蓮子……」

 

空もすっかり夕焼けに染まり、私たちは駅へと歩いていた。

「今日は結構遊んだね。平成の文化、なんとなく分かって来たよ」

「一言でいえば、「自由」ね。情報も飛び交ってるし、なんといっても分かりやすいわ。カオスな時代って聞いてたから警戒していたけれど、悪くないわね」

「そりゃ良かったわね。明日は秋葉原にでも連れて行ってあげるわ」

「本当!? わぁ、楽しみだなぁ」

三人の影が段々と伸びていった。

今にもビル群に沈みそうな夕日を背に、徐々に明るみを増してゆく月の方へと歩いて行く。

 

しばらく歩いていると、周りが静かなことに気が付いた。

「流石にこの時間は人いないのね。あんなに観光客が居たのに、人っ子一人いないわ。車も何も……」

そこまで言うと、皆、足を止めた。

「ねぇ……ちょっと静かすぎない……? 浅草って、いつもこうなの?」

「いや……」

菫子ちゃんは周りを見渡した。

嫌な予感がする。

「あれ……?」

最初にその異変に気が付いたのは蓮子だった。

「影……縮んでない……?」

先ほどまで伸びていた影が、確かに縮んでいる。

空が夕焼けなのは間違いない。

しかし、一つだけ間違いがあった。

「太陽が……真上に来てる……」

 

空も、町全体も、夕焼け色に染まっている。

しかし、太陽は真上にあり、月も火星のように朱色に近い色をしていた。

時計を見ると、何故かお昼頃を指している。

「まさか……」

「真怪郷……」

菫子ちゃんがそう呟いた。

「浅草の真怪郷……!?」

「いや……でも……以前来た感じとは違う……。これは一体……」

「あら、お客さんかしら?」

声の主。

髪の長い、まっさらなお面を被った女性。

一目で分かった。

「妖怪……」

「人間と……ん……? 人間でもないし妖怪でもないのが二人……?」

菫子ちゃんが私たちを後ろに下げる。

危険と判断したのだろう。

「この世界は貴女の仕業……?」

「仕業……と言うよりも、誰かが「切り撮った世界」よ」

「切り取る……?」

「いいえ、切り撮る。写真の「撮る」」

「ど、どういうこと……?」

蓮子が尋ねる。

こういう状況でも、疑問に思ったことを解決しようとする彼女の姿勢には感服する。

「写真って言うのはね、撮った瞬間に、その時間……正確には、時間帯をそこに封じる力があるの。私は、カメラによって切り撮られた世界に巣くう妖怪。ほら、心霊写真とか言われているものがあるでしょう? あれらは私たちが、自分のテリトリーを主張するために写っているの。犬で言うところのマーキングのようなものね」

よく喋る妖怪だ。

「その妖怪が……何故私たちを……?」

「逆よ逆。あなた達が私の巣に迷い込んだのよ。と言っても、この写真は今日のお昼に撮られた出来たてほやほやの世界なのだけれどね。きっと、あなた達も撮られた時に写ってしまったのだと思うわ」

なんとなく状況がつかめてきた。

この世界は写真の中で、そこに巣くう妖怪と出会った。

つまり、私たちはどうなる?

「私たちはどうしたらこの世界から出られるのかしら?」

「簡単よ。出たいと願えばいいの」

私はすぐに出たいと願った。

しかし、何も起きやしない。

「なんでって思ったでしょ。それはね、この世界の支配者じゃないからよ。出たいと願って出れるのは、この世界の支配者のみ。この世界に来たものは、支配権を授かることが出来る。あなた達が来たちょうどその頃、私は支配権を得たわ。だから、この世界は私の物。つまり、あなた達は何もできない」

「ちょっと待って」

蓮子が待ったをかけた。

「それってつまり、支配者である貴女がどうにかすれば、私たちはこの世界を出れるんじゃないの?」

「えぇ、そうね」

その時、妖怪が物凄い勢いで壁に打ち付けられた。

菫子ちゃんの超能力だと、すぐに分かった。

「つまりこう。願って出れると言ったのに出れないのは、貴女がそういう風に仕組んだから。もし貴女に「その気」が無くて、私たちをこの世界から解放するつもりならば、貴女は「願えば出れる」を私たちにも適用するように世界の条件を変えたはず。それをしないという事は……」

「噂通りの強さね……宇佐見菫子……」

「貴女は敵って事……」

 

太陽は相変わらず真上にあった。

この写真が撮られた世界であるならば、何故太陽が真上にあるのに夕焼けなのだろう?

「偶然……本当に偶然だったわ……。貴女がこの世界に迷い込んだのは……。私は井上過激教の信者……貴女を生きて返すわけにはいかないわ……」

壁に叩きつけられたままの妖怪は、ニヤリと笑った。

「早く私たちをこの世界から出しなさい……さもないと……」

菫子ちゃんが力むと、妖怪は更に壁へと食い込んでいった。

「ぐ……! この力……! 何故……この力だけは……支配……出来ない……!?」

今のセリフ。

確かに、あの妖怪がこの世界の支配者ならば、超能力を消す事も可能なはずだ。

妖怪もそう思って、今のセリフが出たのだろう。

「さあ、早く……!」

菫子ちゃんはどこか焦りを見せた。

妖怪はそれを逃さなかった。

北綾瀬でのあの出来事が、脳裏を過る。

「私を倒したところで……あなた達はこの世界を出ることは出来ない……。支配権が私にある限り……私は何度でも蘇る……!」

段々と、妖怪を叩きつけていた力が抜けてゆくのが分かる。

「empty……」

そう蓮子がつぶやく。

「ふふ……やっぱりね……。貴女……その力を完全には使いこなせていないようね……」

妖怪は完全に力の支配を抜け、地面に降り立った。

「クソ……」

瞬間、妖怪は菫子ちゃんの首を掴んで締め付けた。

「憎き人間め……。お前たちのせいで妖怪は住処を追われたのだ……。いずれ支配してやる……お前たちの世界も……!」

「うぅ……」

妖怪に食って掛かろうとした私たちの体は、何かに押さえつけられたかのように動かなかった。

「くっ……! 菫子ちゃん!」

「あなた達はそこで大人しく見てなさい」

私は、どうすればいいか考えていた。

菫子ちゃんを救出する方法。

この世界から出る方法。

この世界は一つの時間帯の世界で、あの妖怪はその支配者。

出るには、彼女を説得するか、支配権を得るしかない。

でも、どうすれば……。

「時間だ……!」

蓮子が叫ぶ。

「菫子ちゃん、時間だよ……! この世界は一つの時間帯の世界! なら、時間を進めれば!」

そうか。

時間帯が進めば、この世界は「一つの時間帯」から脱出し、別の「一つの時間帯」となる。

そうなれば、この世界の支配権は無くなり、新たな世界の支配権を得ることが出来る。

「ふん……馬鹿だね。そんな事出来るわけないでしょう? この世界の時間を進める事なんて不可能よ。仮に出来たとしても、私の世界だもの。そんな事させないわ」

いや、出来る。

「菫子ちゃん、貴女の力ならできるわ! さっきの力だけは、この世界の支配を受けていないもの!」

「フンッ……そうだとしても、時間を動かす事なんて……。ましてや、残りの力はほぼ……」

その時だった。

周りの空気が一変したかのように、ざわざわとし始めた。

菫子ちゃんの服がゆらゆらと揺れる。

集中するかのように、目を閉じた菫子ちゃんの体の周りに、残光のようなものが纏わりついている。

まるでオーラのように。

「な……!」

警戒したのか、妖怪は菫子ちゃんを離し、距離を取った。

菫子ちゃんの頭上に、服の中隠れていたオカルトボールが現れ、オーラのようなものに包まれてゆく。

「これは……」

オカルトボールに触れた時に見えた光景。

猿人が、オカルトボールに力を与えられた時と、似ていた。

菫子ちゃんが目を開けると、その瞳には黄色い光が宿っていた。

オーラのようなものが、オカルトボールと共に、太陽の方へと向かって行き、やがて見えなくなった。

「見て!」

太陽が、ほんの少しだけ動いた。

影も同じように、少しずつ伸びてゆく。

時計を見ると、秒針が異常な速さで回っていた。

「時間が……進んでいる……?」

「馬鹿な……!?」

すると、妖怪から虹色の玉のようなものが飛び出した。

「くっ……!」

妖怪は慌ててそれに手を伸ばした。

しかし、玉は菫子ちゃんの手へと吸い込まれていった。

「支配権が……! か、返せ……!」

食って掛かろうとする妖怪に、菫子ちゃんは虹色の玉を掲げる。

その瞬間、妖怪の背後に黒い空間のようなものが現れ、そこから伸びる無数の手が妖怪を捕らえた。

「な、何だこの手は……! は、放せ……!」

手は、妖怪を徐々に黒い空間へと引きずり込んでゆく。

「た、助けて……! うわあああああああああ――」

断末魔がぷつりと途切れると同時に、妖怪は黒い空間と共に消えた。

同時に、世界が暗くなり、大きな騒音が私たちの体を叩いた。

 

空には、小さな光の星が一粒だけ輝いていた。

太陽はない。

「戻って……来たみたいだよ……」

蓮子の指す先には、騒ぐ酔っ払いが数人いた。

「そのようね……」

私たち二人の頭はパンクしそうだった。

一体何が起こったのか。

とにかく戻っては来れた。

「うぅ……」

足元でうなり声。

菫子ちゃんが倒れていた。

「菫子ちゃん!?」

「あれ……私……一体……」

「覚えてないの……? 菫子ちゃんがあの妖怪を倒してくれたのよ」

「……そう。また……」

また。

以前にも同じようなことがあったのだろうか。

「なんだか……疲れちゃっ……た……」

菫子ちゃんはそのまま眠るように目を閉じた。

「菫子ちゃん!」

「大丈夫、気絶しただけみたい……」

私たちは菫子ちゃんをおぶって、そのままタクシーで綾瀬駅まで向かった。

この時代のタクシーって、凄く捕まりやすいのね。

 

ホテルの受付で事情を話し、もう一人分の料金を支払うことで菫子ちゃんを部屋へと運んだ。

「よく眠ってるね」

「あんな事があったのだもの。明日は休ませてあげないといけないかもしれないわね」

「そうだね」

正直、秋葉原は楽しみだったけれど、仕方がない。

「それにしても、真怪郷以外でも妖怪に襲われることがあるんだね……」

「平成時代特有なのかしら……?」

「どうだろう……。もしかしたら、私たちの時代にもいるんじゃないのかな」

「気が付かないだけで?」

「いや、私が妖怪だったらさ……」

蓮子は真剣な顔をした。

分かる。

こういう顔をするときの蓮子は……。

「東京のような田舎には来ないよねって」

絶対に冗談を言う。

 

菫子ちゃんが熱っぽかったので、コンビニで熱冷まし用の品をいくつか買って来た。

「こんなので聞くのかね」

「効果はあるでしょうね。完全に治りはしないでしょうけれど」

まだ医者と製薬会社が手を組んでいる時代だ。

完全に病気を治すものはないだろう。

「それにしても、一つ疑問なんだ」

「なにかしら?」

「真怪の石の事さ。昨日のトンネル師の妖怪は、私たちを妖怪として認識したでしょ? でも、あの妖怪たちは私たちの事を「人間でも妖怪でもない」と言った。それってどういうことだろうって」

言われてみればそうだ。

「真怪の石は、私たちを妖怪に偽装させる力があると思ってた。でも、そうじゃないのかもしれない」

「どうかしら……あの妖怪たちに共通するのは、真怪郷で出会ってないと言うところじゃない?」

「あ、そうだね。とすると……力の強い妖怪には効果が薄いという事?」

「可能性はあるわ。この石も、あまり信用できなそうね。もっと力の強い妖怪がいたら、見破られるかもしれないわ……」

「妖怪でも人間でもない……。もしかしたら、それに疑問を持って近づいてくる妖怪もいるかもしれないね」

「だからかしら? 菫子ちゃんが真怪の石を拒否したのは」

「なるほどね……。幼い頃から妖怪に絡まれた菫子ちゃんなら、その意味がよく分かってたのかもね」

「もしかしたら、私たちが想像している以上に、菫子ちゃんは……」

そう言って、菫子ちゃんの寝顔を見た。

幼い顔をしているけれど、その経験は私たち以上に過酷なものであったのだろう。

「青いなんて言っちゃって、悪かったかな……」

オカルトボールによる運命なのか、それとも、偶然なのか。

もし私が同じ立場だったら、きっと――。

「私、菫子ちゃんを守りたい。菫子ちゃんが守ってくれたように」

「えぇ、私たちも私たちなりに、彼女に対して出来ることを全力でやりましょう」

「うん」

今日の疲れもあって、私たちはそのまま眠りについた。

 

「ん……」

物音で目が覚める。

時計は深夜を指していた。

「あ……ごめんなさい……」

どうやら菫子ちゃんが目を覚ましたようだった。

「菫子ちゃん……。体は平気?」

「えぇ……。ごめんなさい……連れてきてもらっちゃったみたいで……」

「ううん。私たちの方こそ、守ってもらっちゃって……」

「覚えてないけどね……」

買っておいた水を渡すと、菫子ちゃんは一気に飲み干した。

「ありがとう」

「ゆっくり休んで。なんなら明日も」

「今日寝れば大丈夫。明日は秋葉原に行きましょう」

「大丈夫?」

「えぇ。それに、貴女の相方も楽しみにしてたし」

菫子ちゃんは蓮子の寝顔を見て、そっと頭を撫でた。

「メリーは分かってるんでしょ? 私と蓮子……血がつながってるんじゃないかって」

「!」

「こんなに似てるんだもの。きっと、末裔か何かだわ」

「……かもしれないわね」

「私に相手なんかできるのかな……友達ですら――」

菫子ちゃんはそこで言葉を切った。

「やっぱり、友達って言葉をあまり使いたがらないのね」

「…………」

「友達って……嫌い?」

「……嫌いじゃないよ。でも、友達って……お互いに分かり合える存在だって思うの……。私には……そんな人いないし、私がそう思ったところで、相手はそうは思ってないかもしれない……。だから……」

「オカルトボールで叶えたい願いって……」

「そうだよ……。笑える……?」

「いいえ」

「メリーは優しいね。蓮子がメリーと一緒にいる理由が凄く分かる。私も、あなた達の時代に生まれたかったな……」

そう言うと、再び菫子ちゃんは蓮子を撫でた。

「私の願いは……未来で叶っちゃったか……」

その顔は、とても高校生には見えなかった。

まるで、母親のような。

「きっと、貴女にも見つかるわ。じゃなかったら、蓮子はここにいないんじゃない?」

「蓮子が本当に私の末裔だったらね」

「少なくとも、私は貴女と友達になれるって思ったわ」

「……ありがとう。私も……うん……思う……」

少し恥ずかしそうに、菫子ちゃんは微笑んだ。

「うーん……どうしたの……二人とも……?」

「あら、蓮子。今ね、菫子ちゃんと友達になったのよ」

「えー!? 狡いよ! 菫子ちゃん、私も!」

「考えておくわ」

「な……!?」

「それがいいわ」

「なにさー! 私が寝てる間になにがあったのさー!」

「なんでも。ね、菫子ちゃん」

「ね」

「むぅ……。まあ、菫子ちゃんが楽しそうだからいいけどさ」

そう言うと、蓮子は小さく笑った。

「メリー、蓮子、ありがとう」

「にひひ」

「ふふふ」

私たちは今日、友達になった。

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