スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン
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大切な人の力になりたいと思うお話。


【WARNING】【WARNING】【WARNING】【WARNING】

 【注意】
例えば『黒くて硬いヘスティアナイフ』などのお下品でおバカなネタが嫌いな方は
ご注意下さい。この話にはそんなおバカな成分が含まれております。

【WARNING】【WARNING】【WARNING】【WARNING】



Chapter06『力の貸し方』

 ボロボロのベルが同じくボロボロのスズを背負って帰って来た時、ヘスティアは叫ばずにはいられなかった。

 何があったかは二の次で二人の傷の具合を見る。
 ベルもずいぶん落ち込んでいるのか反応がない。
 スズがアイズから貰ったらしい万能薬(エリクサー)を一口分に小分けして移した試験管を二つ冷蔵庫から取り出し、一つをベルに飲ませ、気を失っているスズにどうやってもう一つを飲ませてあげようか悩む。

 飲むだけではなく体に塗っても効果を及ぼすが、体全体の切り傷や打撲だと飲ませた方が効率がいい。

『……貸して……』
 すると弱々しい声でスクハが試験管を受け取りそれを口に含んだ。
『……何も……聞かないで……』
 それだけを言ってスクハがベッドまでおぼつかない足取りで歩き、そのまま力なくベッドの上で倒れ込んでしまう。

 傷は回復しているように見える。
 疲れか、もしくは精神疲労(マインド・ダウン)だろう。

 一先ず休んでいれば治ってくれそうなことに安堵の息をついて、今度はベルをソファーまで誘導して座らせてあげる。

「スクハ君がかばったんだ。理由は聞かない。怒ってるけど聞かない。でもこれだけは聞かせてくれ。誰かに……襲われたのかい?」
「いえ……僕は……」
「そこから先は言わなくてもいいよ。反省どころか、後悔しているのは顔を見ればわかる。訳を言って怒られたいという気持ちは君の自己満足でしかないからね。ボクは死ぬほど心配したし、今すごく怒っているけど、君達が無事帰って来てくれたことが嬉しいんだ。もう自暴自棄になって無茶なことしないでおくれよ」
 おそらく何らかの理由でベル一人がダンジョンに行くことになり、スズがその後を追っていったのだろう。

 防具もつけず、スズにいたっては武器すら持たずなんて無茶をしたものだ。
「……ごめんなさい……」
「傷は癒えても失った体力までは回復していない。先にシャワーを浴びておいで。その間にボクがスズ君の体を拭いてあげているから」
「……はい、ありがとうございます。スズのこと…よろしくお願いします」
 ベルがおぼつかない足取りでシャワー室まで向かうので、ヘスティアはベルの体を支えながらシャワー室に送ってあげる。

 劣化しはじめた万能薬(エリクサー)一口でも傷やある程度の状態異常は治せるが失った体力……疲れまでは完全には回復しない。
 だから回復薬(ポーション)に頼った不眠不休の探索は出来ず、アイテムの節約という意味合いもあるが、遠征など数日間ダンジョンに籠る時は安全階層(セーフティポイント)でキャンプなどを張り交代制で見張りを立てながら休息をとるのだ。

 ベルがシャワーを浴びている間にスズの衣服を脱がしてお湯で湿らせたタオルで汚れた体を拭いてあげる。
 お出かけ用の普段着どころかキャミソールまで引き裂かれ、いたるところに自分か怪物(モンスター)かもわからない血や泥が付着している。
 万能薬(エリクサー)を先に飲ませていなかったら、自動修復されるコートに覆い隠された痛々しい傷の数々を目にすることになり、今以上にショックを受けてきっと取り乱してしまったことだろう。

 スズの体を綺麗にして寝巻に着替えさせてあげてからしばらく経つとベルがシャワー室から戻ってきた。
 その足取りは相変わらずおぼついておらず、いつ倒れても不思議ではないほど疲労困憊してしまっている。

「今は恥ずかしがらずスズ君と一緒にベッドで休むように。ボクも疲れているから三人一緒だけどいいね?」
「はい……ありがとうございます……」
 よほど疲れているのか、ショックだったのか、そこで力尽きるようにベルは前のめりに倒れた。

 ヘスティアは慌てて崩れ落ちるかのように倒れるベルをその胸で抱き留める。





 ―――――神様。僕、強くなりたいです。





 意識を手放す瞬間にベルはそう言った。
 ベルはぼろぼろになったスズを見てもうこんな目に遭わせないようにもっと強くなろうとしている。
 心身ともに疲労困憊になっているにもかかわらず、自暴自棄になって自分を追い詰めるくらいのショックを受けてもなお、もう二度とそんなことを起こさないように身心共に強くなろうと、心の芯は折れていない。

 とても強いな、とヘスティアは思った。
 もう充分にベルの心は強い。
 それでも今のままだといつか大切なものを取りこぼしてしまうから、もっと強くなって絶対に取りこぼさないために本気で物語に出てくるような英雄を目指している。

 そんな綺麗な夢をヘスティアは手伝ってあげたかった。
 力になってあげたいと思った。
 綺麗な夢を見続けさせてあげるためにも、その夢に一歩でも近づかせてあげたいと思った。

 ベルとスズの為に無力な自分が出来ることを必死に考えると、陳列棚を楽しそうに眺めるベルとスズの姿を思い出した。
 自分に出来ることはこれしかない。
 相変わらず人頼みになってしまうが、どうしてもヘスティアはベルとスズを、綺麗な夢も守りたくて半月ぶりにヘファイストスに頼み込む覚悟をする。

 きっと断られてしまうだろうが、みっともなくても、自分自身のことならどんな対価だって払う覚悟で頼みごとを引き受けてくれるまで頼み込もうと決めた。

 ヘスティアはもう、自分だけ見ているだけなのは、ただ養われているだけなのは嫌だった。
 母らしく子供達を守り、やりたいことを後押しをしてあげたいと思ったのだ。
 ちょうど今日の夜、ガネーシャ主催の神々のどうでもいい雑談会『神の宴』が開かれ、その招待状がヘスティアにも届いている。
 きっと『神の宴』にはヘファイストスも参加するだろう。

 宴に参加するのに徹夜は不味い。
 ヘスティアは自分の胸で眠るベルを頑張って引きずってベッドの上まで運び、自分も少し仮眠をとることにした。


§


 万能薬(エリクサー)のおかげで睡眠時間三時間程度でベルは目を覚ました。
 体のだるさもほとんど感じず、まだ少し気落ちしてしまいそうになってしまうが、自分が元気がないとまたスズやヘスティアに心配を掛けてしまう。

 ベルはそんな自分に活を入れようと体を起こそうとするが、軽い何かが引っかかりその行動を妨害してくる。

 何だろうと目を向けると、またもやスズがベルの胸に顔を埋めて、今度はスズ自身ががっしりとベルの体を抱き枕がわりにするかのように抱きしめていた。
 当然のように背中には殺人兵器級の柔らかく温かい感触が引っ付いていて、ヘスティアもまたベルに抱き着いている。

 嬉しいけどこれは耐えられない。
 兄として男としてとても耐えられる状態ではない。
 自制心は保てても自分の硬くなるモノは自制心なんかでは抑えきれず、そんなモノを大切な妹の体に当てる訳にもいかない。妹を守ろうとする行動実行に対して【英雄願望(アルゴノゥト)】が蓄力(チャージ)を開始する。

 だからそうじゃない、と余計なところで勝手に発動する【英雄願望(アルゴノゥト)】を慌ててキャンセルして、スズとヘスティアを起こしても構わないとベルは緊急離脱を試みた。

 飛び跳ねるように逃げるベルの体からヘスティアの手がするりと抜けおちる。
 が、スズは眠っているにも関わらずその手の力を一切緩めずにベルの体と一緒に飛び上がってしまう。

 これで手を離さないなんて思いもよらず、バランスを崩してベッドから転落してしまう。
 このままではスズを押しつぶしてしまうのでそれは不味いと床に落下する前に体をひねり、ベルはスズをかばって床に背中を打った。

 少し打ち付けられた背中が痛むが、冒険者として向上した肉体はこの程度の高さから落ちたくらいで傷つくほど軟ではない。
 軟ではないのだが、普段軟なのに今は硬い部分にちょうどスズがまたがる形でベルの体に身を任せており、六階層で遭遇した怪物(モンスター)の群れとの戦闘以上の危機にベルは瀕していた。



 『あなたが(リト)か』と謎の電波が天から発せられた気がしたが構っている余裕はない。



 ベルの顔と頭が沸騰してしまう。
 なぜか再び蓄力(チャージ)を開始しようとする【英雄願望(アルゴノゥト)】で正気に戻り、いい加減にしろと慌ててキャンセル。
 スズの手からはもう力が抜けていたので、そこから急いで抜け出し、スズをベッドに寝かしつけてから洗い場に猛ダッシュ。
 服が濡れるのも構わずにベルは頭から冷たい水を被る。

「……ベル?」
 さすがにあれだけどたばたすれば目を覚ましてしまうのは当然だ。
 スズがいつものように軽く目をこすりながら「んー」と軽く背伸びをしてきょろきょろとベルの姿を探し、そして目が合う。

「ベル、おはよう」
 いつものスズの笑顔がそこにはあった。
 その笑顔にほっとして、大切な日常がまたはじまってくれて、いつの間にか頭の熱は冷めてベルは平常心を取り戻していた。

「おはようスズ。体の具合はどう?」
「もう元気いっぱいだよ。朝ごはんの準備ちょっと待っててね」
 エプロン替わりの白いコートを寝巻の上から羽織って、ぱたぱたぱたと小走りに洗面所に向かい、顔を洗って、軽く身だしなみを整えていつものリボンと、プレゼントした首飾りと髪飾りを付け、鏡の前でちょんちょんと髪飾りの位置をいつもの場所に調整し、満足したのか「うんうん」と鈴の音と共に何度か頷く。

 そして綺麗な音が鳴り響くように舞ながらベルの方を振り返り、両手を後ろに組んで「変なところないよね」と愛らしい笑顔を見せてくれた。
「うん、いつも通り可愛いよ」
「ありがとう。朝ごはんはスープとパンと…この卵はそろそろ使っておいた方がいいかな。ベーコンエッグだけでいい? サラダの分のお野菜足りなくて」
「大丈夫だよ。いつも十分すぎるほど食べさせてもらってるし」
 スズのおかげで田舎暮らしの時ではしたことがないほど毎日品目が多い食生活を送らせてもらっている。

 その分食費もかさんでしまっているが、商店街の人からおまけしてもらったりしているし、ダンジョンでの稼ぎも悪くない。

 何よりも毎日美味しいものをご馳走してくれるのだから文句なんてある訳がなかった。
 スズ自身が料理を作るのも食べてもらうのも食べるのも好きなので、ベルやヘスティアも手伝いはしても【ヘスティア・ファミリア】の食事事情は完全にスズが担当している。

 家計簿もつけているようで、生活面では完全にスズに頼りっきりになってしまって申し訳なく思ってしまうが、趣味でやっていることだからそれを取らないでほしいなと苦笑されてしまい、そう言われてしまうとやらせてあげるしかなくなる。

 そんな大好きな日常を、幸せな生活を、大切な人達を守るために頑張り続けたいとベルは思う。

 大切な人が悲しまないように、自分のことを粗末に扱わないように、恋い焦がれるアイズ・ヴァレンシュタインすら守れるくらいに強くなろう。
 そうすればきっと、全部を守れるくらい強くなっているに違いないのだから。


§


「「神様、心配おかけしました」」
「本当に死ぬほど心配したんだから、今後は気を付けておくれよ。スクハ君も君達も本当に心臓に悪いよ。ささ、しっかり反省しているようだし、湿った話は抜きにして朝ごはん食べようぜ。昨日はスズ君が晩ご飯作ってくれなかったから、ボクは今、圧倒的にスズ君成分が足りないんだよっ!!」
 これ以上この話を長引かせても二人のためにならないし、二人とも理解してくれているはずなので、ヘスティアはスズに頬ずりをして撫でまわして場を和ませた。

 いつもどおり「くすぐったいですよっ」と頬を赤めてもスキンシップとしてそれを受け入れてくれるスズが誰かに襲われて事件に巻き込まれたのではないかと心配してしまった分、無事帰って来てくれたことが何よりも嬉しい。

 相手のことを考えて心遣いが出来る二人なので、特に尾を引くこともなく、そのままいつも通り何でもない会話をしながら美味しく食事をして、三人で食器を片付ける。

「さて、今日の夜からしばらく用事で出かけないといけないから、今のうちに【ステイタス】の更新をしておこうぜ」
「もしかしてガネーシャ様の宴に参加するんですか?」
「お、よくわかったねスズ君。ミアハから教えてもらったのかい?」
「いえ、部屋のお掃除で棚の整理してたら【神聖文字(ヒエログリフ)】で書かれた手紙があったもので。招待状はわかりやすいよう封筒の入った戸棚の一番上に置いてありますよ」

 まさか一〇歳という年で【神聖文字(ヒエログリフ)】が読めるとは思わず、どんな英才教育を受けて育ってきたんだとヘスティアの笑顔は思わず引きつってしまった。

 そういえば最近、ずいぶんとこった蜂蜜酒をスクハが造酒しているのも思い出す。
 テストを兼ねて一週間で作られた簡易蜂蜜酒を飲ませてもらったが、ヘスティアは十分市場に流しても大丈夫なものに感じたのに、スクハは全然その味に納得しておらず、造酒技術もかなりのものとうかがえた。

 とにかくスズとスクハは知識面において度が過ぎるほど優秀である。
 実は北西の神々の誰かに改造された『IQ600の改造人間』で、腰のベルトで変身して人知れず悪の秘密結社と戦っていると言われても納得できてしまうほどの優秀だ。
 でもスズのイメージ的には、『みなぎる愛のハート戦士』の方がピッタリか。
 そこまで思ったところでヘスティアは、これじゃ自分も娯楽に飢えた他の神と同じじゃないかと勢いよく首を横に振って変な妄想を振り払う。

「それじゃあまずは、いつも通りベル君から更新いこうか」
 そんな妄想をごまかすためにもベルをベッドに誘導して、いつも通り更新に入ると、スズがベルの背中をじっと見つめている。
 おそらく伸びがいいベルの【基本アビリティ】が気になるのだろう。

「スズ、そんなに見られると恥ずかしいんだけど」
「あ、ごめんね。でも、なんだか今回もすごく伸びてるからちょっと実況させて? わ、力がG、耐久もH、って、すごいよベルッ! 耐久と敏捷以外全部Gで、敏捷はFまで伸びたよ!」
「え゛、いや、さすがにそれは……ないですよね、神様?」
「畑仕事してたからかな。たくましいし、ベルのこと本当にすごいと思ってるよ?」
「そこは実況しなくていいから!!」
 スズの言葉にベルの顔が真っ赤に染まる。

 ヘスティアはその微笑ましいやり取りに頬を緩ませてからどういう風に言ってあげるのが一番いいかを考える。
 今のベルなら一気に強くなったからといって慢心することもないし、何より大切なものを守るために強くなろうとしているのだから、憧憬一途(リアリス・フレーゼ)だけは自覚したらどんな心境の変化を起こすかわからないので伏せておき、ありのままの【基本アビリティ】を教えてあげた方がいいだろう。

「魔力は【魔法】が発現してないから0のままだけど、その他はスズ君が言った通りだよ。何故だか知らないけど、今の君は恐ろしく成長する速度が早い。言っちゃえば成長期だ。聞く限りだとスズ君やアドバイザー君が提案した戦術やコンビネーションをすぐに実行できて、ミノタウロスの『咆哮(ハウル)』にも耐えた。君には才能がある。冒険者としての器量も、素質も、君は兼ね備えていると思うんだ。君は強くなれるよ、ベル君」
 だから無理をしないと信じて背中を押してあげた。

 憧憬一途(リアリス・フレーゼ)の部分だけ消して、共通語に写し変えてあげた【ステイタス】をベルに渡してあげる。

「ただし調子に乗ってまた無茶なことしないでおくれよ。もうわかっているとは思うけどね」
「わかっています。神様やスズを心配させるようなことはもうしません。神様の期待に応えられるよう僕頑張ります!!」
 だけど褒められたのが嬉しくて目をキラキラさせているベルを見てしまうと、ついつい頑張りすぎてしまいそうでやはり心配になってくる。

 少し褒めすぎただろうか。
 でも、「心配させるようなことはもうしません」と真剣に真っ直ぐ目を見て言ってくれたから、しっかりわかってはくれているはずだ。

「さて、スズ君の【ステイタス】も更新させるから、ベル君は少しの間外で待っていておくれ」
「はい。それじゃあまた後で!」
 ベルが出ていくのを二人で見送り、スズに寝間着の上を脱いでもらってベッドで横になってもらう。

 また魔力が下がっていそうで怖いが、下がっていたらまた上げてあげればいいと覚悟を決めて更新作業に取り掛かる。

「それで、調子はどうだい?」
「ケガの方はもう大丈夫です。無茶だってわかってたんですけど、いてもたってもいられなくて……すみません、神様」
 いつも通り釣竿を垂らしてみたのにスクハが出てこなかった。

「そ、そういう【スキル】だから仕方ないさ。無事に帰って来てくれて本当によかったよ。武器くらいはただの外出でも携帯した方がいいんじゃないかな。ダンジョンだけでなく、もめ事に巻き込まれることだってあるんだ。特にスズ君は可愛いんだから、護身用の武器は持っておいてくれるとボクも少しは安心できるよ。口をふさがれてしまっては【魔法】も使えないしね」
「そうですね。携帯用の武器を買うまでは、いつも通り剣と盾くらい背負っておくことにしますよ」
 普通にスズとの会話が続いて行き、弱々しい声で二言だけしか話さなかったスクハのことがだんだん心配になってくる。

「スクハ君」
『……聞こえてるわ……。疲れているのだから……今日は勘弁してもらいたいのだけれど……。『スズ・クラネル』の前で『二度』も私のこと口にするの…やめてもらえないかしら』
 ようやく返事があったがやはり声が弱々しい。

「無事ではなさそうだけど、君がいなくなってなくてボクは安心したよ。何があったんだい?」
『……疲れてるって言っているのに、貴方、弱っている私をいじめてそんなに楽しいの? だとしたら、さすがに軽蔑するのだけれど……』
「それだけ言えれば十分安心できたよ。ごめんよスクハ君。無理をさせてしまって。スズ君を守ってくれたのだろ?」

『……間接的には……ね。主導権がとれなかったから……私が行ったことと言ったら『悪夢』の引き受けと出力調整だけよ。後は『スズ・クラネル』が無茶をして、そのしわ寄せが全部私に来ただけ。ビンはおそらく減ってないわ。怖い思いはしたけど、何も失ってないし、嫌な思いはしてないもの。全部私が持っていったから大丈夫なはずよ』
「それは君が大丈夫じゃないだろ!!」

『だから……疲れてるって、言っているでしょう。お願いだから休ませて。『悪夢』を引き受けてるだけでも大変なんだから……。安定したら、私から声を掛けるわ……。だから『一度目』のようなうっかりは……やめてちょうだい……』
「一度目?」
「……『スズ・クラネル』の前で貴女……堂々と私の名前を呼んだでしょ……」
 一度目とはいつのことだろうとヘスティアは自分の記憶をたどる。

 呼びかけた「調子はどうだい?」ではないはずだ。
 毎回気を使ってヘスティアは最悪出てこなくてもいい言葉で話しかけているのはいつものことである。

『『スクハ君も君達も本当に心臓に悪いよ』……なんて言って。わざわざ私を分けないでもらえないかしら。気にしてはいなさそうだけれど……その言葉素通りさせてしまったわ……』

 言われてみれば最初二人を注意する時に言ってしまった気がして、ヘスティアの血の気が引いてしまった。
 自分のミスもそうだが、あのスクハがとっさに出てこれないほど消耗しきっているのだ。

 大丈夫どころの騒ぎではない。
 明らかに一番の重症者だ。
 これ以上引き止める訳にはいかなかった。

 ヘスティアは深呼吸を一度し、平常心を何とか保つように心掛けてからスズの方に話しかける。

「スズ君。【ステイタス】の更新終わったよ」
「えっと、ずいぶんなりふり構わず戦っていたんですけど、【基本アビリティ】の伸びはどうでしたか?」
「かなり伸びた方なんじゃないかな。流石にベル君と比べることは出来ないけど」



力:i 83⇒95  耐久:h 162⇒180 器用:h148⇒151
敏捷:i 37⇒81 魔力:g229⇒249



 器用があまり上がっておらず、今まで伸びが悪かった敏捷が一気に跳ね上がったのは、よほど急いで階層を降りて行ったのだろう。
 耐久の上りがよく器用の上りが悪い事からただひたすら目的地を目指して力任せに正面突破をし続けたことがうかがえる。
 これも敏捷の伸びに結びついていると思われる。

 少なくとも今まで戦っていた三階層、それと同等程度の四階層ではなく、一気に難易度が上がる五階層辺りまで単独で直進し続けたのが今回の更新結果だ。
 魔力が下がっていないのはスクハが無理をしてくれたおかげなのか、それと『親しい者との関係に不安を抱く』という条件に当てはまらなかっただけなのか。
 いまいちヘスティアには基準がわからないので何とも言えないが、スズが何も言ってこない以上、条件に当てはまらなかったと思っておいた方がいいだろう。

「ベルの更新を見た後だと感覚がマヒしちゃいますけど、無茶なことしちゃった分、すごいことになってますね」
「わざと無茶なことして【経験値(エクセリア)】の荒稼ぎなんてしないでおくれよ」
「しませんって。そんなことをしても多分すぐに伸びが悪くなってしまうと思うので、私はゆっくり術式を作りながら頑張ります。ベルがあの調子で伸びていったら、いつか私は後衛に回ることになると思いますし、これから先【基本アビリティ】が伸び悩んでも、魔力以外はおまけみたいなものだって割り切りますよ。だから神様が心配すること、なるべくしないよう頑張ります」
 スズはそう笑った。

 今後の方針をしっかり見据えて、自分を無理させるであろう【心理破棄(スクラップ・ハート)】のことまで考えて、そう言ったのだ。

 本当に聡い子で、それでいて気遣いのできる優しい子だ。
 そんなスズにしてあげること、愛情を注いであげる以外に出来ること、ヘファイストスに何を作ってもらった方がいいかを考える。
 やはり杖だろうか。
 でも鍛冶屋(スミス)である【ヘファイストス・ファミリア】と杖を扱っている魔法関係専門の魔術師(メイジ)はカテゴリーが全く違うので、杖は取り扱っていないかもしれない。

 それも含めてヘファイストスに相談してみようとヘスティアは思った。




ええ、また光らせてしまいましたとも。
ベル君だって男の子なんだから許してあげてください(笑)

【追記】
致命的な補足不足をご指摘していただいたため、更新シーンに補足が入りました。うっかりだったのはヘスティア様ではなく私だったようです(ゴフ)