スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン
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お祭りに行くお話。


Chapter11『お祭りの仕方』

 ヘスティアが出かけて三日目の朝。
 スクハのおかげでぐっすりと眠れたので、ベルは健全で気持ちのいい朝を迎えられた。

 顔を洗っているといつも通りスズが起きてきたので、洗面所を代わってあげて、待っている間に部屋の掃除をしておく。
 そしてスズが朝食を作りだすと、ベルもその手伝いをして、二人で朝食を食べ、スズが洗濯物を洗っている間にベルが食器を洗う作業に入る。

「今日は神様帰ってくるかな……」
「数日って言っていたから、そろそろ帰って来ると思うんだけど」
「ミアハ様もタワシ様も『神の宴』に参加してなくて神様の行先誰も知らないし……商店街の人も見てないし…神様どこに行ったんだろ……」
「神様はああ見えてしっかりしてるし大丈夫だよ。だって僕達の神様なんだから。用事に時間が掛かっているだけで、必ず僕達の家に帰って来てくれるよ。絶対に」

 ベルもヘスティアのことが心配だったが、スズを安心させてあげる為にも、自分自身に言い聞かせる為にもそう言った。
 不安がっているスズの気を紛らわせる為にも、気分転換にどこか遊びに連れて行ってあげた方がいいかもしれない。

 食器を洗いながらも何かないかと考えていると、ベルは今日が怪物祭(モンスターフィリア)の日だったことを思い出した。

「ところでスズ。今日は怪物祭(モンスターフィリア)だけど、一緒に見に行ってみる?」
「お祭りには興味あるけど、怪物(モンスター)をテイムするところはあまり見たくないかな。朝はいつも通りダンジョンに行って、お昼に祭りで出てる露店を回ってみたいんだけど……ダメ、かな?」
「それでいいよ。お祭りの露店って何があるんだろうね」
「多分だけど、普段あまり見ない食べ物かな。大きな街のお祭りは本でしか見たことがないけど、私の里ではトール様に感謝してソーラマトゥルをお祭りの日に食べてたし。祭り特有の記念物が何かあると思うよ」
「トール様って……神様だよね? 里にいたの?」
「うんん。ちょっと地上に降りてきてるかもわからないかな。少なくとも里が出来た時はまだ地上に降りてきてないってお母さ……んは言ってたよ」

 主神でも地上に降りてきた訳でもないのに信仰するなんて本当に変わった里だ。
 ますますスズの里のことがよくわからなくなってくる。

「今、洗濯物を魔石乾燥機に入れたから、もう少し待っててね」
「こっちも洗い物はもう終わってるよ。どうする、今日も外の手入れしとく?」
「うん。少しずつやっていかないといつまでたってもホームが綺麗にならないもの。補修作業やお庭の手入れは時間がある時に進めておかないと」

 最近スズは廃屋となった教会や雑草が生えて荒れ放題の敷地内の手入れをし始めている。
 教会の地下室は三人で暮らすには十分な広さだが、【ファミリア】に新しい人が入って来たらさすがに狭すぎるし、ボロボロな見た目だと印象が悪くなってしまうと手入れを頑張っているのだ。

 資金の問題もあって本格的な改修作業にはまだ入れていないが、毎日コツコツと頑張っているかいもあって庭の方は大夫マシになっている。
 教会の方はまだ掃除をし始めたばかりで罅割れた壁や穴の開いた天井、割れたステンドグラスなどなど問題は山積みだが、鼻歌交じりに作業を進めているスズの姿を見ている限り、この大がかりになるだろう改装工事も、いつか綺麗な教会になることを夢見て楽しみながら作業をしていることがわかる。

 当然ベルも手伝っているのだが、知識の乏しいベルが出来ることは少ない。
 とりあえず出来ることをやろうと、今日は落ちている瓦礫や廃材の撤去や、割れたタイルの隙間から生えた雑草を抜いたり、タイルをブラシでよく磨いて綺麗にしておいた。

 一方今日のスズはというと、大きなタイルの破片は組み合わせ、ひび割れた部分共々パテで補強していき、色が合わずに歪ながらもしっかり床として見られるようにタイルを補修していた。

「雨降ると台無しだし、次は屋根の補強かな。先に屋根をやっておけばよかったよ」
「しばらく天気は続きそうだし大丈夫だよ。それにしてもすごいねスズ。教会の修復まで出来るなんて」
「職人さんみたいに一から作ることは出来ないけどね。色々なお手伝いをしてたから器用貧乏なだけだよ」

 スズはそう苦笑しているものの、少ない失費でしっかり修理できているのだからかなりすごいとベルは思っている。

「スズはもう少し自分に自信を持っていいと思うんだけど」
「それはベルもだよ。一緒に自信持てるように頑張らないとね。それじゃあ乾燥機止めて冒険の準備をしてくるよ」
 そろそろ魔石乾燥機を動かして30分は経つので洗濯物も乾いている頃だろう。スズは笑顔でそう言い地下室に戻って行く。

 しばらくするとスズが冒険の準備を整えて出てくる。
 洗濯物を洗うスズよりもベルの方が時間的に余裕があったので、教会の手入れ前からベルは鎧を着込んでバックパックもレッグホルスターも装備済みだ。
 そのままバベルを目指してホームである直し掛けの教会を後にした。


§


「おーいっ、待つにゃそこの兎猫兄妹(うさねこきょうだい)!」
 バベルに向かおうと歩き出してすぐに声を掛けられて、ベルとスズがその声のした方向を振り向くと、『豊饒の女主人』の入口から給仕服を着たキャットピープルが大きく手を振っていた。

「おはようございます。確かミアさんとシルさんを呼んでくれた人の一人でしたよね。あの時はありがとうございました」
「おはようございます、アーニャさん。どうかしたんですか?」
「おはようございます、にゃ。礼はいいにゃ。それよりも兎猫兄妹(うさねこきょうだい)はシルのマブダチにゃ。だからコレをあのおっちょこちょいに渡して欲しいにゃ」
 キャットピープルの少女が渡してきたのは紫色のこじんまりして可愛いがま口財布だった。
 ベルは上手く状況が理解できず少し首をかしげてしまう。

「シルさんお財布を忘れて行っちゃったんですか。行先は怪物祭(モンスターフィリア)の会場……東のメインストリートにある円形闘技場(アンフィテアトルム)ですか?」
「クラネルさん……の妹さんの言う通りです。アーニャの説明不足からしっかり状況を推測できるとは、妹さんはずいぶん聡いのですね」
 今度はエルフの店員さんが来てスズの言葉を肯定した。
 するとスズはなぜかぺこりと頭を下げてベルの後ろに隠れてしまう。
 スズの体は震えてはいないので怯えてはいないようだが、突然どうしたのだろうか。

「……すみませんクラネルさん。私が妹さんを怖がらせてしまったようです」
「そんなことないですっ! すみません、よくわからないけど……リューさん良い人なのに……なんでだろ……」

 自分でも何で隠れてしまったのかわからないのかスズも戸惑っていた。
 おそらくなぜだかスクハのセンサーに引っ掛かってしまったのだろう。

「いえ、貴女が感じたものは正しい。私の穢れは綺麗な貴女にとって害悪です。……では、私は仕事に戻らせていただきます」
「そんなことないです!」
 店に戻ろうとするエルフ……リューの手をスズが握りしめると、エルフの習慣のせいか反射的にリューはスズの手を払いのけてしまい尻餅をつかせてしまう。

 リューはそんな自分の手とスズを交互に悲しげに見つめる。
 その後、慌てて尻餅をついたスズに手を差し伸べようとするが、そこでピタリと手が止まった。

 エルフは気を許した相手でないと肌を許さない。
 手も触れられない。
 そんな習慣を持つ種族だ。
 リューが初対面で手を握れた人は今だ二人しかいない。

 自分で手を伸ばしておいて、それをまた自分で払ってしまうのではないか。
 きっとそうしてしまうに違いないと、周りに悟られないようにリューは歯を食いしばる。

「たいへん無礼なことを――――」
「どんなことがあっても、リューさんの手はとても綺麗です」

 スズは笑顔を作って立ち上がり、自分の手を振り払ったリューの手を両手で優しく包み込むように握りしめた。

「リューさんがどんな過ちをしたのか、私にはわかりません。でもリューさんは人のことを見下したりはせず、さっきだって私を助け起こそうとしてくれました。また手を払って私を傷つけてしまわないように、手を伸ばしたくても伸ばせなくて傷つく人が、悪い人なわけないじゃないですか。穢れていたとしても、その優しさはとても綺麗だと思います。だから穢れていたとしても今のリューさんは綺麗です。私の方こそびっくりしてしまってすみませんでした」

 今度は握られた手を振り払わなかった。
 今は無きリューが所属していた【アストレア・ファミリア】の仲間達から感じた、真っ直ぐで綺麗な生き方をスズから感じた。

「心遣い感謝します。その美徳、いつまでも大切にしてください」
 リューは一度振り払ってしまったスズの手を握り返してあげることができた。
 【アストレア・ファミリア】の仲間達を罠にはめて全滅させた【ファミリア】に対して、激情に任せ、復讐対象の【ファミリア】に関係を持つ疑いがあるだけの者さえ殺めてしまったリューのように汚れず、スズにはこのままいつまでも真っ直ぐ綺麗な生き方をしてもらいたいと心の底から思えた。

「クラネルさん。妹さんを傷つけてしまい申し訳ございません」
「い、いえ! 僕に頭なんか下げないでください! スズも大丈夫そうだし、エルフなのにこうやってすぐにスズと仲良くなってくれたの僕も嬉しいですから。これからもスズと仲良くしてあげて下さい」

 兄のベルも真っ直ぐで優しい人間だ。
 スズが尻餅をついたら駆け出そうとしたが、すぐに妹の行動を察してあげたのか踏みとどまり、やりたいことを最後まで見守ってあげていた。
 お互いのことをわかりあって、他人のことを気に掛けてあげられる美徳ある兄妹だ。

「はい。私なんかでよろしければ」
 振り払ってしまった手さえ優しく取ってくれたスズの手が、誰の手も取れなかった自分に手を差し伸べてくれ【ファミリア】に誘ってくれた少女の手のように感じて、自分の手を取ってくれる人達は本当におせっかいで優しい人達ばかりだなと、リューの口元が自然と少し緩むのだった。


§


 シルにサイフを届ける為に、ベルとスズは祭りで賑わい混み合った東のメインストリートを人波に逆らわないで真っ直ぐ進んでいく。
 花やリボンなどで飾り付けられた出店も多く華やかで、獅子と【ガネーシャ・ファミリア】の象徴である象が対峙している旗が雄々しく風で揺れている。

「スズ。はぐれないようにしっかり手を掴んで」
「うん。ありがとうベル。それにしてもすごくたくさんの出店だね。怪物(モンスター)のぬいぐるみなんかもあるよ。お面屋さんは……ガネーシャ様の仮面ばかり。あ、リンゴ飴! 極東では定番なんだって。シルさんにお財布渡したら色々回りたいね」

 スズがきょろきょろと楽しそうに辺りの出店を見回している。
 しばらくそんなスズが転ばないように気を使いながら通りやすい人ごみを選んで進んでいく。


「おーい!! ベールくーんっ!! スーズくーんっ!!」


 すると聞き間違えることなんて決してない久々に聞くヘスティアの声が聞こえてきて、ベルとスズは通行の邪魔にならないように人ごみがない路地裏付近に移動してから声をした方向を振り向くと、ヘスティアがものすごい勢いで二人に飛び込んできた。
 倒れ込まないように二人でそんなテンションの高いヘスティアをしっかりと抱き止めてあげる。
 行方がわからなかった神様がいきなり現れて驚いてしまったが、まず言うべき言葉はこれしかない。

「「おかえりなさい神様」」
「ただいま!! 無理してなかったかい? ケガしてないかい? 変な男や女に声を掛けられなかったかい? もう会いたくて会いたくて仕方なかったよボクはっ!」
「僕もスズも元気です。大丈夫ですよ神様。えっと、神様は今日までどちらに?」
「いやぁ、それにしても素晴らしいね! 会おうと思ったら本当に出くわしちゃうなんて! これが家族の絆ってやつなんだろうね! ふふふっ」

 よほど会えたのが嬉しかったのかベルとの会話が成立していない。

「神様。目の下にクマが出来てますけど大丈夫ですか?」
「スズ君は本当に優しいな! このんこのん」
「神様っ、くすぐったいですよっ。ぁっ……ん……」

 ヘスティアがスズの頭を胸に抱き寄せて撫でまわす。
 同じことをやられたらたまったものではないのでベルはハイテンションのヘスティアに苦笑しながら少し距離を置いた。

「こんな眠気三人でお祭りを楽しめばすぐに吹き飛ぶさっ!! ベル君、スズ君。ボクとデートしようぜっ!」
「神様一度家に帰って寝た方が……」
「ベル君! 仮眠はいつでもできるけど祭りは今しかできないんだ!! それともなにかな、ベル君はボクとデート、嫌なのかい?」
「いいいいいい、嫌じゃないですよ! でもデートなんて恐れ多いと言いますか、そもそもスズもデートに誘っている時点でそれもうデートじゃないですよね!?」

 デートという言葉と、ヘスティアの上目遣いにベルは顔を真っ赤にさせながらも、ヘスティアが徹夜明けのようなテンションになっているので、何とか思考回路を元に戻してあげないとと思いツッコミを入れる。
 しかし、ヘスティアは一切聞く耳を持たずに「ならば行こうじゃないかー!!」とぐいぐいとベルとスズの手を引いて人波に戻っていった。

「神様。実は知り合いの方にお使いを頼まれてて、お財布届けてあげないとシルさんがお祭り楽しめないんです。私は先に円形闘技場(アンフィテアトルム)へ向かいますので、神様とベルはデートをしながらシルさんのことを探してあげててください。シルさんを見つけられても見つけられなくても円形闘技場(アンフィテアトルム)前で待っていますので」
「ああ、スズ君! デートと言ったけど気を利かせる必要は……」
 スズはヘスティアの言葉を聞く前に笑顔を作ってから、手を離して人ごみの奥へ奥へと進んでいってしまった。

「うう、ボクは三人で一緒に回りたかったけど……ベル君と二人きりというのも滅多にないことだしね、スズ君の言葉に甘えよう!」
「ええっ!? 追わないんですか!?」
「大丈夫。スズ君にはスクハ君がついて……あ、スクハ君はあれから出てきてくれたかい!?」
「あ、はい。昨日の夜少し話しに出てきてくれました」
 さすがに、寂しさから一緒に寝ようとするスズを意識しすぎたせいでベルが寝られず、それを見かねてスクハが話しかけてくれたとは言えなかった。

「元気そうだったかい?」
「はい。僕が前あった時よりも表情が豊かになってて嬉しかったです。神様が毎日話してくれたおかげですよね? 神様、ありがとうございます」
「スクハ君もボクにとっては三人目の眷族だからね。当然さ。それにしても最後に話した時は疲れてたみたいで心配してたから、元気になってくれて本当によかったよ」
 うん、よかったよかったとヘスティアは安堵の息をついた後、本当に嬉しそうに笑っていた。

 その様子を見てベルは、いつかスズと同じように、スクハと三人で何でもない普通の会話を楽しめたらいいなと思った。

「という訳でベル君。スクハ君が付いている以上、無防備なスズ君でも、『もしも』ということはありえない! 後で合流してくれるし、ボクとデートしようっ!」
「え゛」
 結局ベルは有無を言わさずヘスティアに連れまわされるのであった。




小出しに話を詰め込みすぎたので、戦闘パートを入れずに分割しました。
戦闘パートも割とあっさりしていますが、ストックも少し溜めたいので明日投稿予定です。