スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン
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心理破棄の唄(スクラップ・ハート・ソング)
新しい防具の説明と初日最後のダンジョンアタックのお話。
少しでも見やすくなるといいなと相変わらず長くなりすぎないよう分割投稿をしております。


Chapter03『心理破棄の唄』

 ヘスティアとエイナから『魔法剣士』として冒険する許可をもらったスズはどこかご機嫌そうだった。

「それで防具なんだけど、ドワーフの女の子用の装備がスズちゃんの体にはピッタリかな。問い合わせてみたら新品同様の中古品が今すぐ安く仕入れられるけどどうする?」
「えっと、物とお値段の方は」
「動きやすさも考えてプレートメイルよ。チェインメイルの上から鉄の胸当、肩当、小手、腰当、ロングブーツを付けるタイプの鎧セットでお値段はなんと三九八〇ヴァリス! 前に出るなら兜も被ってもらいたいところなんだけど、魔法を使うなら視界が狭まるのはあまりよろしくないし、兜のない安いセットを問い合わせたらちょうどいいのがあったのよ」
「中古とはいえものすごく安いですね。その、何かいわくつきのものなんですか、それ」
 ついつい気になって口をはさんだベルが現在装備している軽装が五〇〇〇ヴァリスだ。
 それよりも高いはずのプレートメイルが三九八〇と格安なのは何か不備があるのではないかと世間にうといベルでもさすがに不安になってくる。

「いわくつきというか……名前がね。『鎧式(よろきち)』なんて変な名前のせいで返却されて、それ以来全く売れずに店主も処分に困ってたみたいなの。怪物(モンスター)の素材やレアメタルも使ってない普通の鎧だし、どうせならギルドの支給品として使ってくれって。でも安心して! 性能の方は保障済みよ!」
 性能は良くても酷いネーミングセンスだなぁとベルは思わず苦笑してしまった。

「私はそれで大丈夫ですよ。それに可愛い名前じゃないですか。私それがいいですッ」
「そう。ならすぐに持ってくるから少しだけ待っててね」
 エイナがパタパタと駆け足で相談用の個室から出ていき、すぐに「おまたせ」と防具が入っている段ボール箱を持って戻ってきた。
 おそらくベルとスズがヘスティアと相談している間に取り寄せていたのだろう。

「エイナさん。私が魔法剣士にならなかったりその防具が嫌だって言ったらどうしてたんですか?」
「その時はその時。別の冒険者の為の支給品になるだけだからスズちゃんは気にしなくていいのよ。それに防具をつけるように言いつけたのは私なんだし、私はアドバイザーとして当然のことをやったまでなの」
 少し申し訳なさそうにしているスズの頭をエイナは「だから気にしないの」と優しく撫でてあげる。

「さあ、他の支給品と同じくローン払いで大丈夫だからこの書類にサインしてもらえるかな?」
「ありがとうエイナさん。大切に使いますね!」
 そしてスズは契約書にサインをして箱の中から防具を取り出し、まじまじと手に取ってチェインメイルとそれにつけるパーツを見ていく。

 素人のベルには物の良し悪しは分からないが「あ、丁寧」「オラリオの鍛冶屋さんってやっぱりすごいですね」「鎧下まで入ってとは思いませんでした。使い手のこと考えてくれる良い鍛冶屋さんが作ったんですね」とスズが防具を優しく撫でながら絶賛していることから、きっとすごいものなんだろうなと自分も目を輝かせながらついつい見入ってしまう。

「あ、ちゃんと足首は別パーツなんだ」
「そうでないと走りにくいでしょ? それと回避行動が間に合わなかったり盾や剣で攻撃を受けられなかった時の注意点なんだけど、機動力重視のせいで足回りがチェーンメイルの範囲外で太腿が露出してしまってるから、頭部と太腿への攻撃は特に注意して立ち回ること。後チェーンメイルで防げるのは斬撃だけだから打撃はしっかりプレートで受けるように。わかった?」
「はい。痛いのは嫌なのでケガしないように気を付けますね」
「よろしい。他に何か気になることはあるかな?」
「えっと、チェーンメイルは付属している鎧下の上から着こんで、パーツを革紐で縛るだけでいいんですよね?」
「そうよ。その上から精霊のコートを着込めば一層の相手ならよほどのことがない限り大怪我をさせられることはないと思うけど、ダンジョンは何が起こるか分からない場所だから絶対に油断や慢心なんてしないこと。何度も言うけど頭部の守りがおろそかなんだから不意打ちで頭を狙われたらそれだけで致命傷になりかねないわ。しっかりベル君とフォローしあってダンジョンに挑むように!」
 エイナは今度はベルの方に目を向ける。

「可愛い妹に無理なんてさせたらダメなんだからね、ベル君。わかった?」
「は、はい!」
「うんうん。偉いぞお兄ちゃん。それで、これからまたダンジョンに行くのかな?」
「そうですね。私の防具でローンの返済額も上がったのもありますが、お祝いに神様にも美味しいもの食べてもらいたいです」
「初日はジャガ丸くん二つを三人で分け合ったからね。神様とスズにひもじい思いをさせないように食費ぐらいは稼ぎたいですから」
 そんな予想以上の二人の貧困生活にエイナの表情が引きつった。
 もしかしなくても三九八〇ヴァリスのローンすらかなりの負担だったのではないだろうか。
 アドバイザーとして良かれと思ってしたことが逆にローンというものすごいプレッシャーを与えてしまっているのではないかと思わずにはいられない貧困状態だ。

「「それじゃあ行ってきますエイナさん!」」
「ちょ、ちょっとまったーっ!! む、無理だけは絶対しないでね!? ローンはいつまででも待ってあげられるから絶対に無理したらダメよ!?」
 心優しい兄妹が自分のせいで無理をして死んでしまったら夢見が悪くなるどころか首をくくりたくなる。

 エイナはいったんベルとスズを引き止め、初日だから絶対に無理をせず日が暮れるころには帰ってくるようにと何度も何度も言い聞かせてから二人を心配しながらも見送った。
 仕事仲間からは心配しすぎだよと笑われてしまったが、さすがにジャガ丸くん二つを三人で分け合う生活をおくっていることを知ってしまったら心配するなという方が無理がある。
 お願いだから本当に無理しないでよねと、魔石の換金にベルとスズが帰ってくるまでエイナは心配のあまりずっとそわそわしていたらしい。


§


 スズが怪物(モンスター)を引きつけてベルがヒットアンドアウェイで仕留める。
 この戦法は予想以上にうまくいっていた。

 最初の内はスズがケガしてしまうのではないかと心配で気が気でならなかったベルだが、もう既に十以上の怪物(モンスター)を倒して魔石の欠片を回収しているが一対一においてスズが怪物(モンスター)から攻撃を受けたことは一度もない。
 全ての攻撃を上手く剣や盾で受け流して、攻撃をそらされ体勢が崩れた怪物(モンスター)をベルが仕留める。そんな単調な作業がここしばらく続いていた。

 かといって手を抜ける状況ではなかった。
 スズは相手の攻撃を上手くいなす技量はあるが、体力がまだないのか、それとも神経を集中させているせいなのか一回攻撃をそらすだけで軽く肩で息を切らしている。
 それに加えて一度だけ行った剣での攻撃はゴブリンを吹き飛ばしはしたが、そんな闇雲に放つ一撃は決定打にはならなかった。

 スズの剣は斬るのではなく重量で叩き潰すことに特化している。
 『恩恵』の効果があるとはいえ、力の少ないスズが怪物(モンスター)に致命傷を与える為には頭をかち割るなどの急所への攻撃が要求されてしまうのだ。
 まだ初日で防御するのに必死なスズは剣による反撃まで手が回らないのが現状である。

 だから少しでもベルの攻撃が遅れれば二発三発と怪物(モンスター)の攻撃が続きスズは体力はどんどん消耗されていき、連戦を重ねればいずれ攻撃をそらす体力すらなくなってしまうだろう。
 そういったベルの初動が遅れた時や複数怪物(モンスター)が現れた時にスズは【魔法】を使って今のところ何とか状況を打破していた。
 スズの負担を減らすためにもベルが最速で怪物(モンスター)を仕留めなければならない。

「スズ。大丈夫?」
「大丈夫だよ。ごめんね、さっき一匹漏らしちゃった」
「コボルト一匹くらいなら僕でもどうにでもなるから気にしないで。それよりも疲れてるなら少し休みに地上に戻る?」
「まだ大丈夫かな。今日はもう【ソル】を五発撃ってるけど精神力の方はまだまだ余裕ありそうだし、ちょっと後衛で魔法使いやりながら休ませてもらえば大丈夫だよ」
 少し汗をかいて息を切らせながらもスズにはまだ笑顔を作る余裕はあるようだ。
 スズのことが心配だし、何度も何度も「絶対に無理はしないこと」とエイナに念を押されているが、ベルも今後の為に、スズの為に前に出て戦えるようになりたかったし、何よりも『神の恩恵』で上がった力をまだ試しきれていないので今の自分がどんな動きが出来るのかを試したい気持ちも大きい。

「私も試したいこと『出来た』し、危なそうになったらすぐに私も前に出るから……ベルもやりたいように色々試していいんだよ?」
「え?」
「前に出たくてうずうずしてるって顔に出てるよ?」
 スズの言葉にベルは慌てて自分の顔をぺたぺたと触って確かめるがそんなことで自分が今どんな表情をしているのかわかるはずもなく、スズにクスクスと笑われてしまった恥ずかしさでベルの頬が赤く染まる。

 そうしたやり取りをしている間にもダンジョンは、怪物(モンスター)達は待っていてはくれない。
 奥の方から獲物を見つけたと言わんばかりにコボルトが二体唸り声を上げながら真っ直ぐとベル達の方に向かってくるのが見えた。
「後ろからは…多分きてないかな。正面から追加がくるかもだけど、頼んでも大丈夫?」
「スズのおかげで僕はまだ全然疲れてないから大丈夫だよ。任せて!」
 ベルはスズの期待に応える為に真っ直ぐ正面からコボルトを迎え撃つ。
 最初ゴブリンに感じたような恐怖心はもうない。
 二体くらいまでならまだ何とかなる。




 ――――――――そう思っていた時期が僕にもありましたとも、ええ!




 二匹のコボルトを相手にしてベルが思ったこと、それはいつ攻撃したらいいのかが全く分からないことだった。
 コボルトの爪が、牙が連続してベルの体を引き裂こうと迫ってくる中いつ反撃をすればいい?
 一匹の時は難なく倒せたコボルトが一匹増えただけでこのありさまである。

 基本二対一の状況。
 最悪でも一対一の状況で戦うようにと注意してくれたエイナのアドバイスは的確だったと身をもって思い知らされた。
 気づけばいつの間にかコボルトにはさまれるようなポジションを取られており、スズの放電しながら拡散する電撃魔法【ソル】が撃てない状態にもちこまれていた。
 任せてと意気揚々と飛び込んでおいて結局スズに前に出てもらわなければならない状況を作ってしまった自分が情けない。

「【雷よ。第一の唄ソル】」
 そんな中、コボルトの真後ろに電撃の『閃光』が走った。
 ベルに当たらないように注意して放たれたいわばコボルトの注意を一瞬だけそらすだけの魔法。
 その一瞬の隙をついてベルは正面のコボルトの懐に潜り込み心臓にナイフを突き刺してそのままコボルトの体を蹴り飛ばして強引に突き刺した短刀を引き抜いたところでようやく背後のコボルトが行動を起こした。
 背後からの奇襲が来るかと慌てて振り向くと、コボルトがベルのことを無視して一直線にスズの方めがけて突撃していく光景を目のあたりにしてベルは目を見開く。

「スズ!」
 今までだってコボルトの攻撃をスズはさばいていたが、それは武具をしっかりと装備していたからだ。
 後衛として休もうとしていたスズは剣と盾を背中に背負い直している。
 スズには【魔法】があるから迎撃なら問題なくできるが、短詠唱のスズの【ソル】は威力が低い。
 直撃でゴブリンを瀕死にする程度の能力だ。
 姿勢を低くして駆け回るコボルトは狙いが付きにくく、拡散する電撃がかすめる程度ではダメージを与えても怯ませることすらできずに怪物(モンスター)の一撃を貰ってしまうかもしれない。


 防具があるとはいえスズは女の子だ。
 大事な家族だ。
 ケガなんてさせたくないし、エイナが言ったように『もしも』ということがある。
 頭部が無防備なスズの防御力は完璧ではないのだ。


 ベルは慌ててコボルトを追いかけるが間に合わない。
 間に合わないとわかっていても走る。
 もう家族を失いたくないから無我夢中で走る。
 予想通りコボルトはスズが迎撃で放った【ソル】がかすめる程度では止まらない。
 その鋭い牙がスズの無防備な頭部めがけて無情にも飛びかかった。




「【雷よ。敵を貫け。第二の唄】」


 
 まるで氷のように冷たい声が静かにダンジョンに木霊した。
 スズがコボルトの口に右手を入れた瞬間にコボルトの頭がはじけ飛び、雷の閃光がダンジョンの壁に炸裂してくぼみを作り出す。
 ベルはその光景に唖然となり無意識のうちに足を止めてしまっていた。

 スズは自分の右手についた血を手を軽く振って払った後、冷めきった瞳で頭部のないコボルトの死体を見下ろしている。

 こんな人形のように無表情な少女なんてベルは知らない。
 でもあの場にいたのはスズのはずだ。
 笑顔がよく似合う愛らしい少女だったはずだ。
 ベルは状況が上手く理解できずに混乱してしまう。
 ゴブリンとの初戦闘以上に今目の前にいる少女を本能的に恐ろしく感じてしまう。
 それでもベルはごく自然に『それ』ができた。

「スズ大丈夫!?」
 本心から出た言葉。
 本心からくるスズが無事だったことへの安堵感。
 ベルのその言葉にスズはペタンと地面にへたり込んでしまい、ベルは一瞬抱いてしまった恐怖心なんて置き去りにしてスズを支えに走る。

「手は大丈夫!? ケガしてない!?」
 ベルはスズの右手を手に取ってケガをしていないか確かめてみたが、コボルトの血と唾液、それに加えて焦げた肉片が少しこびりついているだけで傷は見当たらない。
 でも尋常ではないほど、目に見えてスズの体がガタガタと震えている。
「ケガはしてないけど……ちょっと怖くて腰抜かしちゃった。ごめんね心配掛けちゃって」
 そうスズは笑顔を見せた。
 心配掛けないように強がって作る笑顔。
 大丈夫とは思えない状態だがいつもの心優しいスズがそこにはいた。
 きっとさっきのはパニックになっていた自分の見間違いだろうとベルは安堵の息を漏らす。

「謝るのは僕の方だよ。任せてなんて言っておいてこんなことになって本当にごめん。無事で本当によかった」
 スズを安心させてあげたい気持ちはあった。
 でも何よりも家族を失わずにすんだことが嬉しくてぎゅっとスズを正面から抱きしめる。
 掛けてあげられる言葉が思いつかなくて、ベルは無言のままスズの震えが止まるまでその小さな体を抱きしめてあげた。
 そこまではよかったのだが、スズの震えが止まりいざベルも冷静さを取り戻してくると異性を抱きしめているというこの状況が、柔らかくも温かいスズの頬の感触が、さらさらの髪の感触とどこか甘い香りが、強く抱きしめすぎたせいで「ん」「ぁ」と漏れるスズの甘い吐息が、ベルの顔を沸騰させる。

「いいいいいいい、いやこれは違うんだ! 違わないけど違うんだっ! ただスズを安心させてあげたいと思っただけで他に他意はないわけでっ! やましい気持ちとかはぜんぜんなくって! えっと、その、とにかく違うんだっ!」
 慌ててスズを放してベルは脊髄反射のごとく高速で頭を下げた。
「恥ずかしかったけど、ベルが私のこと安心させようとしてくれてたのはわかってたから。や、じゃなかったよ」
 スズの頬を赤めながら出たその言葉に、ベルはまともにスズの顔を見ることもできなくなってしまう。
 毎度のことながらスズは妹なんだ家族なんだまだ幼い子供なんだと必死に心の中で唱え続けて邪念を振り払った。

「ベル。心配してくれてありがとう。ベルのおかげで震えももう止まったから大丈夫だよ」
 その言葉にちらりと目を向けると、頬を赤めているがいつもの人懐っこい笑顔をしているスズの姿がある。
 もうすっかりベルの頭からも人形のようなスズの姿は消えていた。
「でもエイナさんも絶対に無理はしないでって言ってたし、一度換金に戻って落ち着こうか」
「そうだね。私はこっちのコボルトから魔石の欠片を取るからベルは向こうのコボルトをお願い。慎重すぎるくらいの方がちょうどいいって思い知らされたばかりだし」
 二人で魔石の欠片を回収して小休憩の意味も込めて一度換金に戻りエイナに戦果報告をしに行く。

 最初の内は無事に帰ってきたことと安定して怪物(モンスター)を倒せていたことを嬉しそうに聞いていたエイナだが、最後の危なげな一戦の報告をスズから聞くと顔を真っ青にさせた後「キィミィタァチはっ! 私の言ったこと全然わかってないじゃない!!」と怒られダンジョンの知識や危険性、戦闘のノウハウなどなどスパルタに叩き込まれてしまった。



新参者で未熟な私の作品を読んでくださっている皆様、立ち寄って下さるだけではなくお気に入り登録やコメントまでして下さりありがとうございます。
これを励みにスローペースではありますが完走できるよう自分のペースで頑張らせていただきます。

それにしても『鎧式』なんて名前を考えたヴェルなんとか……いったい何者なんだッ