スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン
<< 前の話 次の話 >>

54 / 99
お酒を飲み合うお話。


Chapter12『お酒の飲み方』

 エイナに近況報告をすませてまたダンジョンに潜りなおそうかと思った矢先だった。
 おそらく話が途切れた頃合を見計らっていたのだろう。エイナが封筒を取り出して机の上に置いた。

「えっと……エイナさん、これは?」
「ごめんね、ベル君。最後にあまりよくない知らせをしないといけないんだ」
 ベルの疑問にエイナは眉を顰めて申し訳なさそうにそう答えた。

「それは……【ソーマ・ファミリア】のことですか?」
「正解。リリちゃんの言う通りよ。【ソーマ・ファミリア】の団長が迷惑を掛けたベル君とスズちゃん、それとリリちゃんにも謝罪をしたいらしいわ。おもてなしもしたいから都合のいい時に【ソーマ・ファミリア】のホームまで足を運んでくれって。それの招待状よ。リリちゃんが望むなら【ヘスティア・ファミリア】へのコンバージョンも『考えてくれる』らしいわ」

 ベルが封筒の封を開けて招待状を取り出してスズとリリが一緒に書かれた内容を覗き込んだ。書かれた内容はエイナが要約した通りであり、『リリルカ・アーデがコンバージョンを望み、主神ソーマの許可が下りれば【ヘスティア・ファミリア】へのコンバージョンを許す』と言い逃れがいくらでもできる言い回しである。

「確かにこれはよろしくない知らせですね。これでもしもエイナさんが『いい知らせ』と差し出して来たら、リリはエイナさんにお二人をお任せすることが出来なくなるところでした」
「流石にこれをいい知らせとして伝えるアドバイザーはいないと信じたいかな」
 エイナは苦笑した後に大きな溜息をついた。無意識なのか意図的なのかはわからないが「こんなこと言いたくないな」と小声でつぶやいている。

「これからギルド上層部が会議で決めた指示を伝えるわね。明らかに罠だしスズちゃんが事件に巻き込まれればまた騒ぎが大きくなってしまう。でも、不意に事件が起きるよりもあらかじめ網を張っていた方が対処しやすいし、しっかりペナルティを受けて自重できているかのチェックとして貴方達に行ってもらいたいらしいのよ。少なくとも中立の立場から言わせてもらうと【ソーマ・ファミリア】の謝罪『自体』は筋が通っているし、ベル君とスズちゃんが次の日に顔を出さなかったら緊急任務(ミッション)扱いとして集まれる【ファミリア】総出で【ソーマ・ファミリア】を潰すと釘は刺したらしいわ。少し大げさに聞こえるけど、精霊レスクヴァのことや迷宮都市(オラリオ)のスズちゃん人気を考えると妥当な判断かな。行かせないのが一番だと私は思うんだけど……」

 言い終わるとまたエイナが大きく溜息をついてしまった。 
「それはギルドが依頼した【ヘスティア・ファミリア】への冒険者依頼(クエスト)と見てよろしいのですか?」

「いえ、ただの伝言よ。『レスクヴァの里』の住人なら神ソーマも耳を傾けるんじゃないかとギルド上層部は考えてるみたい。もちろん拒否権はあるわ。それにしてはベル君とスズちゃんの性格を考えると断りにくい内容なのがいやらしいくて私はこんなやり方は嫌かな。アドバイザーとしても私個人としてもこんな危ない橋を貴方達にわたって欲しくはない」

「リリも同意見ですね。団長のザニスさんは…あの男は、カヌゥさんよりも汚い男です。絶対何か仕掛けて来るに決まっていますっ! 謝りたいのならばギルド本部まで謝りに来るのが筋だとこんな招待状は突っぱねるべきですっ! こんなただ働きの面倒事なんて引き受けてもいいことなんて一つもありませんっ!」

 上司から仕事として伝えるように言われていただろうエイナも反対しているしリリも反対している。
 いつも情報面でベルが頼りにしている二人が猛反対しているのだからそれに従うのがきっと正解なのだろう。

 でもこれはチャンスでもある。
 ザニスという男はまだしも、上手く主神であるソーマを説得できればリリを【ヘスティア・ファミリア】にコンバージョン出来るかもしれない。
 たらればの域を超えることは出来ないが何もしないよりは可能性はある。

 しかしエイナやリリの言う通り危険だ。
 【ソーマ・ファミリア】のことを一番知っているリリが言うのだから間違いなく何らかのトラブルに巻き込まれてしまう。

 おそらくギルドが手を出せない何らかの手段を用意しているのだろう。
 【ソーマ・ファミリア】もとい、リリの口から出たザニスがただ単に謝罪をするだけで終わる筈がないことくらいベルにも理解できた。


「エイナさん、ごめんなさい。私はソーマ様とお話したいです」


 それでもスズははっきりとそう言った。
 聡いスズの口からそんな言葉がそんなことを言い出すと思ってもみなかったエイナは目を見開いてしまうが、リリは「そうくるとはおもいましたが、本当にスズ様はお人好し過ぎです」と頭を抱えて溜息をついていた。

「ベル様も言葉に出そうか迷っていたようですが、チャンスかもしれないとか可能性は0ではないとか、そんなことを考えてスズ様が口に出さずとも提案していたんじゃないんですか?」

「うっ……。そんなわかりやすいかな、僕」

「ベル様もものすごいお人好しですからね。スズ様は放っておくと一人でも行きそうですし、ベル様も考えるより先に行動を起こしてしまいそうですし……。一昨日の馬車のギルド職員の報告からベル様とスズ様の人柄を見事に見抜かれましたね。せめて利用するなら利用するで報酬ぐらい用意してくれればいいのに。2億ヴァリスくらい出していただければリリも賛成するんですけどね」

 リリがものすごい額を口にしながら愚痴り始めた。
 そんな大金何に使うんだろうか。
 流石にそんな大金をポンと出されたらベルだったらあまりの額に怖くて受け取れない。ここまで来るとがめついを通り越して逞しいなとベルは思ってしまった。

「はぁ……。もう決めちゃったんならしかたないか。ギルドの提案にもベル君とスズちゃんの人が良過ぎるところも心配でならないよ。でも、アドバイザーとしてこれだけは聞かせて。神ソーマは人の言葉に耳を傾けない趣味神よ。それを説得する方法はあるの?」

 ギルド上層部が判断を下したからにはソーマにも『レスクヴァの里』のネームバリューが効くと見て間違いないが説得出来るかどうかはまた別の話である。
 だからエイナは心配そうにスズを見つめた。

「ソーマ様がお酒が好きなら、お酒で語りたいと思っています。ソーマ様にお母様が作ったお酒を飲んでもらいたいです。話が通じなくてもお酒なら通じると思いますから。もしも通じなかったら…それはもうお酒の神様でもなんでもありません。何を要求されても現状維持を心がけて一先ず撤退しますので、エイナさんは安心して報告を待っていてください」
 そんなエイナを安心させるようにスズは笑顔でそう返した。


§


 エイナから貰った課題をホームに置いて、スズが荷造りをしてから【ソーマ・ファミリア】のホームへ向かう。

 出迎えてくれたのはリリと同じくらいの身長の少女だった。
 パルゥムであるリリと違い見た目通りの年齢であるヒューマンの少女が作り笑いすらせず、何もかもを諦めてしまったかのような色あせた表情のまま淡々と出迎えの言葉と【ソーマ・ファミリア】のホームを案内し始める。

 リリが言うには、この子もまた【ソーマ・ファミリア】の親を持ってしまった子らしい。
 冒険者としての能力も回りを出し抜く知恵もなくただ虐げられるだけの小さな女の子。
 ただ生きるだけの為にダンジョンの低階層で稼いで、その金すらも回りから搾取され続けているらしい。

 こんな子供達は【ソーマ・ファミリア】だと珍しくない。
 『神酒(ソーマ)』を求めて常に誰かが奪い奪われる。
 そこには家族や仲間などという言葉はなく全てが『金蔓』として共にいるだけだ。

 利害が一致して儲けがあるから一緒に行動し、そうでない役立たずな者はただ搾取され続けるだけ。
 スズが何でもない話題を振ってあげても少女は「私の役目は貴方達を案内するだけです」と答えるだけだった。

 それしか言うことを許されていないのだろう。
 触れようとすると怯えてしまう。



「ソーマ様を説得して、もう誰にもいじめることのない普通の幸せを送れる居場所を作ってあげるから。私は貴女をいじめたりしないから」



 スズがそう言うと一瞬だけ少女の表情に喜びの色が見えたが「そんなこと無理です。期待なんかさせないでください」とすぐにまたもとの表情に戻ってしまう。
 言葉で聞くのと実際に自分の目で見るのとでは受ける衝撃の差がここまで違うとは思いもしなかった。
 【ソーマ・ファミリア】の現状をじかに見たベルのショックは大きい。
 何かしてあげたいのに何もしてあげられない。

「僕達は君の味方だよ。時間が掛かるかもしれないけど何とか頑張ってみるから」

 だからせめて少しでも少女の負担を減らしてあげたい一心で少女に目線を合わせて安心させる為にそう言ってあげる。

 これで正しかったのかのかわからない。
 逆に少女の心を傷つけてしまっただけかもしれない。
 それでも何もしないよりも、何かをしてあげたいという本当の気持ちを押さえたくなかった。

 少女は目を逸らしてそれっきり顔を伏せたまま話してはくれなかったが少し表情に色がついてくれた気がして、ほんの少しだけ助けになれてあげたんじゃないかなと思うと立ち止まらず踏み出して正解だったと誇れる。

 でもなぜだかリリの目線が妙に痛く感じたのは気のせいだろうか。
 ベルはザニスの待つ主神ソーマの自室にたどり着くまでなぜかリリにジト目で見られ続けるのだった。


§


「ようこそ【ヘスティア・ファミリア】の諸君。うちの団員がカヌゥ達が迷惑を掛けたようだ。そしてリリルカを助けてくれたことを心から感謝している。リリルカもよくぞ戻って来た。カヌゥがお前を殺そうとしたと聞いて心配したぞ」

 ソーマの自室で待っていたザニスが最初に投げかけた言葉はそんな言葉だった。
 自分を『売り物』にしようとしていたことをザニスが許可していることをカヌゥから聞かされていたリリは、よくもまあいけしゃあしゃあとそんなことが言えたものだとザニスを睨みつける。

「カヌゥから何を吹き込まれたかは知らないが、私はお前のことを必要としている。だがお前がそれを拒むなら無理に手元に置こうとは思わない。ソーマ様に掛け合い許可が下りるようなら【ヘスティア・ファミリア】へのコンバージョンを認めよう。しかしながらソーマ様は見ての通りのご様子だ」

 ザニスが部屋の隅に目を向けるとそこには部屋の隅で膝を抱えているソーマがいた。

 「運営自粛」「趣味(いきがい)が」「罰則(ペナルティ)」と壁に向かってつぶやいておりリリ達の会話は耳に入ってはいない。自室に誰かがいることすら気づいていない。いや興味のないようなそぶりだった。

「どうだろうか。一先ず【ヘスティア・ファミリア】の二人に謝罪と感謝の気持ちとして食事を用意したいのだが。今後のことを話し合うのに立ち話というのも悪いだろう」
「そうやってリリ達に『神酒(ソーマ)』を飲ませるおつもりですか?」
「望むのなら貴重な『神酒(ソーマ)』も振る舞おう。望めば、な」

 間違いなく『神酒(ソーマ)』を飲まなければいけない状況にあの手この手を駆使して持っていこうとしているとリリは確信した。
 『神酒(ソーマ)』の力でスズとベルを手ごまにしようとしている。
 追及されても逃げ道は用意出来る形で『神酒(ソーマ)』を飲むように仕組んで来ようとしているのだろう。

 一口飲んでしまえば酔いが醒めないように『神酒(ソーマ)』を与え続けるだけで口止めから命令に従わせるまで自由自在なのだ。
 一度『神酒(ソーマ)』を飲まされたことがあるリリはそんな『神酒(ソーマ)』の恐ろしさを身に染みて知っていた。

 だからこれ以上話を引き延ばしてはいけない。
 お人好しの二人が、リリの大好きな二人が『神酒(ソーマ)』で変わり果てる姿なんて見たくない。

「いえ、謝罪の言葉だけで結構です。日を改めてリリがソーマ様にお願いいたしますので一度かえらせて―――――――」

「ソーマ様、おじゃましています」
 リリの言葉を遮るようにスズがソーマに話しかけていた。

「……レスクヴァか。いらっしゃい」
「私はお母様ではありません」
「ああ、巫女の方か。似ているから見分けがつかなかった。趣味(いきがい)を奪われた俺を笑いにでも来たのか?」

 ソーマが振り向いてスズを見上げたことにリリとザニスは驚きのあまりに目を見開いた。

「ソーマ様が……動いたっ!? そんな、ありえんっ!!」
 想定外のことだったのだろう。
 ザニスが動揺し始めている。

 おそらくギルド本部はこのことを知っていて『レスクヴァの里』の『巫女』と呼ばれるスズにソーマの更生をさせたかったのだろう。
 だが、なぜ今まで誰の言葉にも耳を傾けなかったソーマが『レスクヴァの里』の言葉なら耳を傾けたのだろうか。
 ソーマは完全なる趣味神で酒造り以外興味がない筈である。

 『レスクヴァの里』を恐れている様子はない。
 むしろ旧友に会うように接しているではないか。

「いえ、【ファミリア】の経営が上手くいっていないと聞き、アドバイスとお願いをしに参りました。量はありませんが里の『詩の蜜酒(ストゥング)』をお土産にお持ちしましたのでどうぞお飲みください」
「モドキをつけろと言っているだろう。レスクヴァは改良を怠っていないだろうな?」

「ソーマ様に邪道扱いされたのが悔しかったみたいで、これでもかってくらい改良したとお母様は言っていました。なので、ぜひソーマ様と会った時はまずこの『詩の蜜酒(ストゥング)』の味をチェックしていただきたいと思っていました」

 スズがそう言うとソーマはお猪口を取り出し、スズは蜂蜜酒のボトルを開けてお猪口に灌ぐ。
 蜜酒をお猪口で飲む行為を気にした素振りもなくソーマはお猪口に注がれた蜂蜜酒を一気に飲み干した。
 それに続いてソーマは新しいお猪口を取り出して『神酒(ソーマ)』を灌ぎ、それをスズに手渡すとリリが止める間もなくスズはそれを一気に飲み干して顔を火照らせる。

「悪くない。が、やはり血を混ぜているのか。精霊の力に頼るのは邪道だと何度言えばわかるんだあのバカは」
「家族になる為のお酒ですから。子供が飲んでも大丈夫なように少量で満足出来て悪影響を出さないようにしています。無理に量を飲めば悪酔いはしますが。それに比べてソーマ様のお酒はずいぶんと子供達のことを配慮していないお酒ですね。お酒は皆で飲んだ方が美味しいですよ?」

「俺は美味い酒を飲むのも好きだが、美味い酒を造るのが趣味(いきがい)なんだ。精霊の力に頼っているもののマシになったとレスクヴァに伝えておけ。後、酒の名前も『詩の蜜酒(レスクヴァ)』に変えろ。これはもう別物だろう。真似事ではなくオリジナルの蜂蜜酒だ。ならば自分の名前をつけろ」

 神酒(ソーマ)を飲んだにも関わらず、スズとソーマの酒トークは普通に続いている。
 LV.2にもなればザニスのように神酒(ソーマ)を飲んでも幸福を感じてもそれに酔いしれることはなくなるが、まだスズはLV.1だ。
 『レスクヴァの里』の住人はどこまでも常識外れだなとリリは安堵の息をついた。

 一方ザニスは頼りの綱だった『神酒(ソーマ)』が『レスクヴァの里』の住人には効果がないことを見せつけられたせいか顔を真っ青にして呆然とたたずんでいた。

 少なくともスズとベルがザニスの思惑で変わることはない。
 どこまでも綺麗な二人でいてくれる。
 それがリリはたまらなく嬉しかった。
 大好きな人が変わらないでくれて本当に嬉しかった。

 ざまあみろ、そうザニスに不敵な笑みを浮かべてると、ザニスが親の仇を見るような鋭い目つきでリリを睨みつける。

「……お母様もソーマ様から太鼓判を押してもらえたなら喜んでくれるでしょう。さて、挨拶も済んだので本題に入らせていただきますがソーマ様は今の【ソーマ・ファミリア】構成員をどうお考えですか?」

「簡単に酒に溺れる子供達のことを、か……。興味はない。頑張ってくれるよう俺は最高の酒を用意してやった。そうしたらどうだ。奴らは酒に溺れ醜く争いはじめおって。そんな愚かな子供達に何を思えと言うのだ。何を求めろと言うのだ。楽しく酒盛りも出来ぬ連中を語る口を俺は持たん」

 ソーマははっきりとそう言った。
 ソーマは何の悪意もなかった。

 当初はただ頑張ってもらいたくて自慢の酒を振る舞ったのに、子供達が悪酔いをしてソーマではなく『神酒(ソーマ)』しか見なくなった。
 そんな愚かな子供達に手を差し伸べる理由がどこにある。

 ソーマもまた愚かな下界の人間に見切りをつけて、【ファミリア】を『神酒(ソーマ)』の資金稼ぎに利用するようになった。
 ソーマはどこまでも不器用な趣味神だったのだ。
 本当はただ子供達と楽しく酒を造って楽しく酒を飲みたかっただけなのだろう。

「赤子にお酒を飲ませてはいけません。飲ませていいものを与えるのも親の役目です。ソーマ様のお酒は確かに『最高の酒』です。ですが、飲み手のことを考えておりません。それに酔いが醒めている団員もおります。一方的に虐げられて苦しんでいる子供達もおります。一度酔いを醒ましてあげるべきだったのではないでしょうか?」

「俺もそれは考えた。だが奴らは暴れる。酒を寄こせ寄こせと怒鳴り散らす。うんざりだ。お前は正しいことを言っているが、酒に溺れる者達はその正しさが通用しない。酒に溺れる子供達の声は……薄っぺらい。どんなに綺麗語を語ろうとも全ての子供達が『レスクヴァの里』のように強くはない。強くあろうとしないのだ。他人にすがり弱者を虐げるだけの子供達の面倒を見るのはもう疲れた」

 リリは耳が痛かった。
 何を勝手なと言えなかった。

 自分も『神酒(ソーマ)』に溺れた一人だ。
 酔いが醒めてからは生きる為に人を騙して金を稼いでいたが、一時期は本当に死に物狂いで『神酒(ソーマ)』を求めていた。

 他の誰しもそうだった。
 『神酒(ソーマ)』に溺れて死んだリリの両親だって、ここまで案内してくれた少女だって、【ソーマ・ファミリア】の全ての構成員が一度は【神酒(ソーマ)】に溺れている。

 弱者から搾取するだけで真面目に稼ごうとする人なんて誰もいなかった。
 する気も起きなかった。
 好意で飲ませた『神酒(ソーマ)』でそんなことが起きてしまいソーマは絶望したことだろう。

 だけど趣味である酒造りに妥協はしたくなかった。
 むしろ構成員がそうなってしまった以上ソーマにはそれしか残されていなかった。
 そうやって今の【ソーマ・ファミリア】が生まれてしまったのだろう。

 今のリリも、ただスズとベルに頼りっきりで自分では何もしようとしていない。
 ベルとスズは真剣に【ソーマ・ファミリア】自体のことを考えてくれているのに、ここまで案内してくれた少女のことも考えてあげていたのに、リリは自分のことばかり考えていた。【ソーマ・ファミリア】から抜け出し、自分に幸せを与えてくれる二人にくっついて、何一つリスクを冒さずのうのうとこの場に立っている。


 気付けばリリが一番大嫌いなリリがまだそこ立っていた。


 何一つ変わっていないではないか。
 ソーマも見限る訳だ。【ソーマ・ファミリア】の構成員は『神酒(ソーマ)』から離れても何も変わっていない。

 変わる為にも一歩踏み出さなければいけない。
 踏み出さなければ何も変われない。
 変わることが出来ない。

 灰被り姫は魔女が手助けしてくれただけで自分自身で変わる努力なんてしなかった。
 たまたま魔女が手を貸してくれて、たまたま王子の目に留まった。
 ただそれだけだ。
 自分の力でも変わらないといけない。リリは一歩踏み出すことを決心した。


「ソーマ様。もしもリリが、『神酒(ソーマ)』を飲んでも、リリのままでいられたなら【ソーマ・ファミリア】の子供達ともう一度向き合ってはくれないでしょうか。悪事を働かないように、弱者をしいたげないように、互いに助け合うように、もう一度ソーマ様の口からお呼びかけください。どうか御慈悲を……」

 リリはソーマに跪いてそうお願いした。
 正直『神酒(ソーマ)』の魔力は今だ怖いし、それを作り出すソーマ自身にも恐怖を抱いている。

 それでも胸を張って綺麗な二人の隣を歩いて行く為に自分は変わらなければならない。
 何よりも自分自身が変わりたいと願っている。
 だからリリは勇気を振り絞ってそう口にした。

「僕からもお願いします! リリのように沢山嫌な思いをしている人達がいるんです! ここまで案内してくれた子も、あんなに小さいのに笑うどころか、触れられるだけでも怯えるほど嫌な思いをしていて…。【ファミリア】ってこういうものじゃない。皆家族なんだと思うんです。皆で支え合わないといけないと思うんです! 僕なんかが言っても薄っぺらい言葉になってしまいますけど、価値観の押しつけになってしまいますけど、今のあり方は絶対に間違ってます! もう一度だけ家族として見てあげてください! お願いしますっ!」

 それに続いてベルも頭を下げて土下座をし始める。

「ソーマ様、どうでしょうか。リリルカに『神酒(ソーマ)』を与えてやってみては。少しはこの耳障りな音も小さくなると思いますが」
 リリだけでも手元に置いておきたいのかザニスがここでようやく笑みを取り戻していた。
 リリが『神酒(ソーマ)』に勝てる訳がない。
 そう信じて疑わずにいる。ソーマは無言のまま二つのお猪口に『神酒(ソーマ)』を灌ぎ二人の目の前にそのお猪口を置いた。

「それを飲んで同じことが言えたなら、耳を貸そう。二人共だ。『詩の蜜酒(レスクヴァ)』が染みついていない体で証明してみせろ」

 ソーマが二人を見下ろし、スズは口を出さずに二人を見守っている。
 リリはお猪口を手に取るが震えが止まらない。自分で言い出したのに怖くてたまらない。
 隣のベルが先にお猪口に口をつけて『神酒(ソーマ)』を一気に飲み干した。


「けほっけほっ、度数高くありませんかこれ!? 美味しいは美味しいんですけど、酔うというよりも沢山飲んだら喉が焼けそうで怖いんですけどっ!?」

 『レスクヴァの里』の住人であるベルはやはり平気なようだった。
 むしろ【ソーマ・ファミリア】の誰もが求める『神酒(ソーマ)』にケチをつけている。

「そうか……。子供にはアルコールの度数を考えねばならんか。他に何か欠点は?」
「えっと、体が熱いのは酔いが回ってるんだと思いますから……それだけだと思いますけど……。僕はスズの蜂蜜酒の方が好きかな?」

 ソーマが膝をついた。
 続いて涙目でリリの方に目をやる。
 早く飲んで感想を聞かせろと言わんばかりに見つめていて趣旨が変わっている気がしたがリリにとってこれは毒薬だ。
 そう軽々しく扱わないでもらいたかったが、なんだかそんな大したものじゃないかと思えてきてしまう。


「大丈夫だよ、りっちゃん。りっちゃんはお酒に負けたりなんかしないから」


 スズがそう笑顔を見せてくれると震えも止まってくれた。
 『神酒(ソーマ)』以上の幸せを二人から貰っているのだ。
 恐れるものなんて最初からなかったのだ。
 リリも一気に『神酒(ソーマ)』を飲みほした。

 世界がぐにゃりと曲がり、体から力が抜けてい猪口を落としてしまう。
 心も体も『神酒(ソーマ)』に溶けていく。何も考えられなくなる。
 幸せで気持ち良くて、頬を上気させ体を痙攣させながらリリは笑っていた。




「――――――あぁ、あはは」




 笑いが止まらなかった。
 何もかもがどうでもよくなり、もう一口『神酒(ソーマ)』を飲みたくてたまらなくなるが体を上手く動かすことが出来ない。

「あははははははははっ」
 リリの頭が『神酒(ソーマ)』でいっぱいになっていく。

 それでも、ベルとスズの笑顔は消えなかった。
 本当に気持ちひとつでどうにでもなるではないか。
 リリは今まで『神酒(ソーマ)』に振り回されていた自分と主神のソーマ含めた【ソーマ・ファミリア】が可笑しくて笑いが止まらなかった。

 涙があふれて来る。
 『神酒(こんなもの)』よりも自分はしっかり二人のことを大好きでいられたことがたまらなく嬉しくて涙が溢れ出した。

「ソーマ様。ベル様の言う通り度数高過ぎです。気を付けて飲まないといけないものを子供に飲ませないでください」

 ふらつきながらもリリは立ち上がり真っ直ぐソーマを見つめた。
 もうソーマに対する恐怖はなかった。
 必死にまだ『神酒(ソーマ)』に耐え続けているが意識を何とか保つことは出来ている。

 気を抜けばすぐに真っ白になってしまいそうだが自分の力でリリは前に進むことが出来たのだ。
 もうただ無力なだけの自分ではない。
 王子が迎えに来なくても灰被り姫は頑張れば一人で王子の元に歩いて行ける。

 諦めなくてよかった。
 頑張ってよかった。
 自分を好きになろうとする努力をしてよかった。
 リリの中で『神酒(ソーマ)』以外の幸せが溢れ出す。

 ソーマが驚きに目を見開いている。
 慌ててソーマがスズの方をなぜか目を向けるとスズは首を横に振っている。
 里の人間かどうかの確認だろうか。

「りっちゃんは【ソーマ・ファミリア】の中で生まれた子供で『詩の蜜酒(レスクヴァ)』は飲んでいません。子供に飲ませる時は度数をあまり高くしてはダメですよ?」
「……そうか。俺は酔わせない酒も造ればよかったのか……。それは、気づかなかった。人によって『幸せ』というものは違うのだな」

 ソーマは真っ直ぐリリを見つめ直して「すまなかった」と不器用な手つきでリリの頭を撫でた。

「ソーマ様! 騙されてはいけません! これは何かの、そう! 『レスクヴァの里』の秘術を使ったに違いありません!」
「黙れザニス。子供は神に嘘はつけん。俺の酒は度数が高かったらしい」

「ソーマ様、そこではなくせめて失敗作の方を眷族に与えてLV.2になった冒険者に『神酒(ソーマ)』を飲ませてあげてください。度数が高くて私も少し飲みにくかったですけど、そこは個人差はありますから」

「やはり高いではないか。『誰でも飲める』酒という意味では俺はレスクヴァに劣っていた。レスクヴァは長年ついやして改良し味を良くしたのだから俺も改良しなければ示しがつかんだろう。失敗作など子供に飲ませられるか。俺が求めるのは常に『最高』の酒だ。妥協は出来ん」

 リリがぼんやりしている中、今まで見たことのないほど生き生きとしたソーマがそこにはいた。
 ソーマが下界の人間に失望する前に誰かが教えてあげればよかった簡単なことをスズが教えて、リリが信用を取り戻した。

 ただそれだけでソーマはここまで変わったのだ。
 些細なことで傷つき人に失望して見限り、些細なことでまた信頼を取り戻す。不器用で趣味ばかりに目を向けるあまり周りが見えていない。
 ソーマはまさに趣味神の代表のような神だ。
 後はソーマの変化で徐々に【ソーマ・ファミリア】が変化していくことを祈ることしか出来ないだろう。


「くそがっ、金も女も酒もすべてが手に入る居場所を奪いやがって!」


 【ソーマ・ファミリア】が改善されることを望んでいないザニスが片手剣を引き抜いて野獣のようにリリに向かって飛びかかった。
 この場に居るのはLV.1の冒険者だけだ。

 しかもリリはサポーターである。
 LV.2のザニスの暴走を止められる者はこの場に居ない。
 リリは腹いせに殺されると思ったが自分に伸ばされる手が片手剣が握りしめられた右手ではなく左手である。

 自分を人質にでもして逃走でも図るのだろうか。
 どちらにしろ『神酒(ソーマ)』から意識を保つのがやっとなリリに抵抗する末はなかった。

 しかしそんなザニスの左手をベルが『ワイヤーフック』で絡めとって動きを封じ、スズが右手をザニスに向ける。

「【雷よ。敵を貫け。第二の唄。ソルガ】ッ!」

 スズの右手から放たれる【ソルガ】をザニスは寸前のところで回避するが、それと同時にベルが『ワイヤーフック』を引き寄せたことでザニスの体勢が完全に崩れてベルの方へと引き寄せられていく。
 それに合わせてベルは『ワイヤーフック』を手放しザニスの腹を蹴り上げてザニスを天井に叩きつけた。
 格上相手に対して体勢を崩した今を逃したら次に攻撃を当てられる保証なんてない。
 それだけで攻撃が終わる訳もなく、ベルの追撃が始まる。

 ザニスが天井にぶつかる前にベルも跳躍してザニスに追いつき、天井にぶつかったザニスに左右の拳で鼻、喉、鳩尾、顎を殴り最後に後頭部に踵落としを決めて床に叩きつける。
 急所を狙って的確に打撃を加えられ、脳が揺さぶられてはLV.1差があってもダメージを与えることは出来る。

 特にベルの【基本アビリティ】が異常に高く、ザニスはLV.2なもののダンジョンに積極的に潜っている訳ではない。
 欲望に忠実な甘い汁を吸うだけの生活を送ってきた為、技術面の差、そして低【ステイタス】なせいでベルとの能力差があまり開いていないのも大きかった。

 ザニスが痛みに悶えていると、いや、悶える暇もなく地面に叩きつけられていた時にはスズの詠唱が終わっていた。

「【雷よ。吹き荒れろ。我は武器を振るう者なり。第八の唄ヴィング・ソルガ】」

 慢心はない全力全快。スクハではなくスズが一切の容赦のない詠唱文を唱えていた。

「【ソル】【ソル】【ソルガ】【ソル】【ミョルニル・ソルガ】【ソルガ】【ソル】【ソル】【ミョルニル・ソルガ】」

 LV.2の冒険者を化け物か何かと勘違いしているのか動かなくなるまで【速攻魔法】化した【雷魔法】を連射し続ける。
 おそらくアイズとの特訓のせいでベルもスズも相手を大きく見積もり過ぎているのだろう。
 流石にオーバーキルである【解き放て雷】の詠唱文は放たれなかったが、床という床を突き抜けて【ミョルニル・ソルガ】で深くえぐられた地面の中心でザニスが黒焦げになってくの字になっている。

 動いていないが息はあるようだ。
 腐ってもLV.2冒険者といったといったところか。
 それとも術式をいじって死なない程度の火力に抑えていたのか。
 とにかくザニスは生きているようだ。

 しかしリリが最初に思ったことは、ベルとスズがやり過ぎてしまったことでもザニスの生死でもなく、この壊れた建物の修理費はどこから出したらいいのだろうという問題だった。
 ベルとスズが頑張っているので安定した収入はあるものの【ヘスティア・ファミリア】にポンと建物の修理費を支払える稼ぎはない。
 当然賠償金を支払ったばかりのリリにもそんなお金はない。

 ソーマを更生した報酬としてギルドに出してもらえないだろうか。
 とりあえず大丈夫だと保障してもらっておきながら襲われて正当防衛したのだからそのくらいの負担なら背負ってくれるはずだ。
 『神酒(ソーマ)』でぼんやりとする頭の中でもリリは今後のことを考えていた。

 すっかりお人好しに振り回されるのに慣れてしまった『おかげ』だろう。
 リリは二人に会えて本当に幸せだと心の底から思い、沢山不幸な目にもあってきたけど、こんな二人と出会うきっかけとなったソーマにも心の中で感謝するのだった。




経済や情勢の変化によりザニスさんが『神酒(ソーマ)』の効果があるうちにと早めに動きました。
リリの心の成長もあり、『レスクヴァの里』とは酒造り仲間である為割とすんなりと和解。趣味神なんてそんなもんだと思い割と軽めかつ繊細な趣味神(ひきこもり)を全面的に出してみました。
ソーマ様も本当は酒造りだけでなく、みんなとわいわいやりたくて下界に降りて来たんじゃないのかなと個人的には思っております。

そしてここでまさかのザニスさん退場。太陽神様が孤立してしまいますが、しっかり戦争遊戯(ウォーゲーム)はあるのでご安心ください。

それにしても駆け足でもこの文字数…。
分割してある意味正解だったとほっとしております。
【ソーマ・ファミリア】のその後などなどは次の章に持ち越して、そろそろミノさんを登場させようと思います。