スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン
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気遣いをするお話。


Chapter03『気遣いの仕方』

 鼻歌交じりに前回と同様ワンピースドレスでめかしこんで出かける準備をするスズに結局ベルはスクハとの約束を言えずにいた。

 当然ながらスズを優先するスクハがご機嫌なスズの邪魔をする訳もなく出てくる様子は一切ない。
 ただのワガママだがスズを通してではなくスクハ自身に買い物を楽しませてあげたいのだが、その方法を最後の最後まで思いつくことができなかった自分をベルは情けなく思う。
 待ち合わせ場所である装飾品屋の前まで来てもスクハは出てきてくれなかった。

「準備完了。それじゃあベル、すーちゃんをしっかりエスコートしてあげてね。【雷よ】」

 ベルだけでなくスクハすら止める間もなくスズが術式の発動をさせてそのまま崩れるように倒れてしまった。

 ベルは何が起きたのかを理解する前に反射的にスズの体を抱き止める。
 通りを歩いていた冒険者や微笑ましく見守っていた者達が突然スズが倒れたことに慌てて駆け寄ってくるとスクハが『大丈夫……です』とぎこちない敬語で返事を返している。

 そして『ご心配おかけしました』と軽く頭を下げるとベルの手から抜け出し、少しふらついた足取りで顔を伏せながらベルの手を引いて装飾品屋のドアをくぐって行く。

 店員の挨拶に軽く頭を下げてそのまま人気のない店の奥に連れて行かれる。
 ここなら小声でやり取りする分には誰の耳にも会話は届かないだろう。

「えっと、スクハ。大丈夫?」
『……大丈夫に見える?』
 相当無理しているのかスクハの膝が震えていた。

 明らかに大丈夫そうには見えないのにそんな質問をしたせいかスクハがジト目でベルを睨んでくるが若干頬が赤みを帯びている。
 熱もあるのではないかと慌ててスクハの額に手を伸ばして体温を測ろうとすると伸ばした手をパシンと払われてしまった。

 心なしか顔がさらに赤くなってしまっている。
 もしかしなくても怒っているのだろうか。

『……まさか『スズ・クラネル』が自分に電流を流して気絶するなんて思いもしなかったわ。こんな強引な方法で毎回引きずり出されたんじゃたまったものじゃないわね。今回のような危険な真似を二度とさせないように貴方からも『スズ・クラネル』に言っておきなさい』

「よくわからないけど、スズが危ないことしてスクハが出てきたってことだよね。なんでそんなことを……」

『『スズ・クラネル』は私が貴方に甘えたいと勘違いしたのよ。主にヘスティアのせいで。だからデートを楽しみにしているという前回の言葉を真に受けたりしないでもらえると助かるわね。わかってはいると思うのだけれど、あれは貴方をからかおうと思って言っただけであって私の本心ではないわ』

 スクハはそう言って顔を反らした後、ちらちらとベルの反応を横目で窺っている。デートがしたいというのは噓でも一緒に買い物をしたいという気持ちはあるのだろう。

 スズが無茶をしてまでスクハを表に出したのは褒められる行為ではないがこうしてスクハのことを思っての行動なのでその気持ちを無下にすることは出来ない。

 スズの無茶を叱るのはスズ本人にしなければ意味がないのだから、今はスズの望み通りスクハと一緒に買い物をするべきだろう。

「本当にあの時はびっくりしたよ。それじゃあ首飾りと髪飾り同じのないか探そうか」
 ベルは少し足取りが危なくなっているスクハが転ばないように手を繋ごうと手を差し出すと、スクハは少し手を伸ばした後手を取ろうかどうか少しだけ躊躇したがしっかり手を取ってくれた。

『そう、ね。『スズ・クラネル』の意識が回復するまでもう少し掛かりそうだし予定通り同じものを購入するとしましょう』
「今回はスクハに直接手渡せると思うとちょっと嬉しいかな」

『そ、そういうクサイ台詞を言うの止めてもらえないかしら。今のは私に気があると勘違いされても仕方がない台詞よ。それともなに、貴方は『俺TUEEEなハーレム主人公』でも目指しているのかしら。ああ、そう言えば貴方はハーレムを目指してこの迷宮都市(オラリオ)に来たのだったわね。小動物とみせかけたとんだすけこましだわ。もしかして溜まりに溜まった欲求を身近な攻略対象である私にぶつけようとしているのかしら。だとしたら流石に今後の貴方への態度を改めなければならなくなるのだけど』

「ち、違うから! そういうつもりじゃなくてその、確かに出会いを求めてここに来たけど、とにかくそういうのじゃないから!」

『冗談よ。本気にならないでくれないかしら。貴方がそのつもりだったら『スズ・クラネル』が真っ先に貴方の毒牙に掛かっているものね。まあ、我慢せずに手を出していたら今頃貴方は灰になっていた訳だけれど』

 前半部分は冗談でも後半部分は本気で言っているのだろう。
 『貴方が純情な少年でよかったわ』とスクハは不敵に笑っていた。

 もしもスクハのセンサーに引っ掛かれば自分も黒焦げにされてしまうことだろう。
 ベルはスズが嫌がることなんて一切する気はないが、光ってはいけない【英雄願望(アルゴノゥト)】の誤発動で勘違いされないように気をつけなければいけないと思うと乾いた笑いが出てきてしまう。

 そんなこんなで同じ首飾りと髪飾りが探してみたものの中々見当たらない。
 すると店員が話しかけてきて取り置きをしていることを教えてくれた。
 どうやら冒険者の装飾品は激しい戦闘で壊れやすいので次も買いに来るだろうと取っておいてくれたらしい。

「大切に扱ってても武器防具と同じで壊れるものだから気にしないでいいのよ。お兄ちゃんがこうしてまた買ってくれたんだから」
 口数が少なくなっているスズもといスクハを店員は落ち込んでいると思ったのかそう優しく声を掛けていた。

 それに対して『ありがとう、ございます』とぎこちなくスクハは返事を返している。
 スズの印象を変えないようになれないことを必死にしてくれているスクハはやはり優しい子だと思う。

 そんな優しいけどどこか意地っ張りな二人目の妹とこうして話ができてプレゼントを直接渡せるのは本当に嬉しく思う。
 スクハには助けられてばかりで何もしてあげられていないので、せめて気に入ってくれている髪飾りをいち早くつけてあげたいなとベルは思い購入した魔除けの髪飾りの包みを開ける。

「ス……ズ。ちょっといいかな?」
 便宜上スズの名前で呼びかけるとスクハが振り向いてくれたのでその場で髪飾りをつけてあげる。
 ファッションセンスにうといベルがつけたので位置は大雑把になってしまったが一歩下がってスクハを全体的に見た感じだと思ったよりバランスは悪くなかった。

「うん、可愛いよ」
 ベルがそう言ってあげるとスクハが俯いてプルプルと体を震わせている。

 髪飾りをつける位置が悪かったのだろうか。
 それとも女の子の髪に無断で触ったのがいけなかったのだろうか。
 怒られる前に謝った方がいいのではないかと不安になってくる。

 無言のまま顔を反らしてそのまま早足で店から出て行ってしまったので慌てて追いかけると『ありがとう』と周りの雑踏にかき消されそうなほど小さな声で呟いていたので喜んではくれたようでそこでようやくベルは安心出来た。

 どうやらプレゼントを直にもらうのが照れ臭かっただけのようである。

『体のしびれは取れてきたけど『スズ・クラネル』はまだ意識を取り戻しそうにないわ。人目が少ない適当な店で時間を潰すとしましょうか。確か東のメインストリートで喫茶店を見かけたから、まだ足をあまり運んでいない東のメインストリート付近で『スズ・クラネル』が意識を取り戻すのを待ちましょう。教会に戻るよりは有意義に時間を過ごせるでしょうし』

「それはいいんだけど、俯いたまま歩くと危ないよ?」

『人の気配くらいわかるから問題ないわ。私がこの程度の人ごみで人とぶつかると思っているのかしら。だとしたらずいぶんと私も低く見られたも――――』

 早足で歩いていたせいで店の前に置かれた看板に気付くのが遅れてそのまま看板ごと倒れてしまった。
 フリルのついたワンピースのスカートはめくれてしまいいつものスパッツを穿いていないせいで下着があらわになってしまっている。

 バブリースライムの時もそうだがスクハは調子に乗っている時が一番危ない。
 うっかりしていると言うべきなのだろうか。
 三階層でミノタウロスと遭遇した時のように気を張りつめさせている時は一切のミスが見られないのに、気を緩めている時はものすごく危なっかしく思えてしまう。

 助け起こしてあげようと駆け寄るが、スクハはめくれてしまったスカートを慌てて直して一人で立ち上がり、しっかりと倒してしまった看板を元の位置に戻した後に服についてしまった砂埃を軽くはたいている。

 その失態を通りを歩いていた冒険者や一般人が足を止めてまで見ていたことに気付いたスクハの顔はボフっと真っ赤に染まった。

 「白のレース」という通行人の呟きに耐えられなかったのかスクハはベルの手を乱暴にとりそのまま人気のない路地裏に小走りで逃げていった。

『ほんと、何をやっているのかしらね。『私』は』
 人気が完全になくなったところでスクハはベルの手を離してそう呟いた。
「えっと……」
『お願いだから何も言わないで。何を言われても自分がみじめに思えてしまうわ』
「その、ごめん」

『私の不注意よ。余計みじめに思えてくるから謝らないでもらえないかしら。ただし見たものは忘れなさい。今すぐ忘れなさい。躓いた事実も忘れなさい。『スズ・クラネル』の為にも忘れなさい。今すぐに』

 見たものというと下着のことだろう。
 ベルは一瞬の出来事でしかなかった瞬間を思い出してしまい顔を真っ赤にさせてしまうが、同じく頬を赤めながらジト目で睨んでくるスクハの表情に慌てて煩悩を振り払って大きく首を縦に振った。

『いいわね?』
「な、なにが?」
『よろしい。物わかりがいい人は好きよ』

 それは初めてスクハと会話した日と同じやり取りだったのを思い出して、何が可笑しいのか何が嬉しいのかわからないままベルの頬は自然と緩んでいた。

 ヘスティアとリリ、そしてスズと一緒にスクハとこうやって何でもないやり取りができたらきっと今以上に楽しい日々になるんだろうなと思うのに、それはどうやっても叶わない夢だとわかっているのが寂しかった。

『貴方は思っていることが顔に出過ぎよ。一緒に買い物してこうやって話しながら歩くだけで十分楽しんでいるのだから、楽しんでいる『私』をそんな目で見ないでもらえないかしら?』

「そんな目って?」

『『私』は貴方に助けられる対象ではないわ。『スズ・クラネル』と五感は繋がっているし、こうやって自由に動くこともしゃべることもできる。助けを求めてくれない相手ならともかく、助ける必要のない相手を助けることなんてできないのだからそこは割り切りなさい。デートの最中にそんな顔をされたら誰だって冷めてしまうのだから他の子と遊びに出かける時は気をつけなさいよ』

 スクハは顔を上げてベルの顔を見上げたまま軽く溜息をついた後、少し頬を緩ませながらベルの鼻先を人差し指でちょんと一回だけ突く。

 そして返す言葉が浮かばないままスクハは両手を後ろで組みながら数歩だけ前に歩いて立ち止まる。

『喫茶店に行く前に今の衝撃で『スズ・クラネル』が意識を取り戻したからデートはここまでだけれど、十分楽しかったし息抜きになったわ。『スズ・クラネル』には楽しかったと伝えておいてもらえないかしら。後はそうね、無茶な『私』の呼び出し方は私にも負担が掛かることは必ず伝えておいてほしいところね』
「そっか。ちゃんと楽しかったって伝えておくよ。それじゃあまたね、スクハ」



『ええ、またねベル。買い物に誘ってくれたの、嬉しかった』



 鈴の音を鳴らして振り向くスクハの表情はもうスズのものに戻っていたのでどんな表情でその言葉を言ってくれたのかはわからない。
 それでもスクハがはっきりと『またね』と『嬉しかった』と言ってくれたのがベルはとても嬉しかった。


§


「えっと、髪飾りがあるってことはすーちゃんと買い物できたんだよね? その、すーちゃん怒ってなかった?」
 路地裏にいるこの状況と自分が行った行動の結果に不安なのかスズが恐る恐るベルに確認をとって来た。

「無茶するとスクハも辛いから二度としないようにって言ってたけど怒ってはいなかったよ」
「そっか、体がマヒしたままだもんね。ごめんね、すーちゃん。痛い思いさせちゃって……」
「僕もスズが無茶なことをしたって聞いてすごく心配したんだからもうあんなことしたらダメだよ?」
「うん……。ちょっと考えなし過ぎだったと後悔してるよ。ベルもごめんね、心配掛けちゃって」

 落ち込んでいるスズの姿なんて見たくないベルはスズを強く叱ることができなかった。
 兄として妹を甘やかし過ぎている気もしないでもないが、自分なんかよりもずっと聡いスズはこれだけで十分わかってくれるだろう。
 しっかり反省はしているように見えるので無茶なスクハの呼び出し方はもうしない筈だ。

「それとスクハが楽しかったってスズに伝えて欲しいって言ってたよ」
「よかった。今度からはすーちゃんに迷惑を掛けたり、みんなに心配掛けないようにしっかり相談するね。ベル、すーちゃんのことありがとね」

 元々ベルが今日スクハとも約束をしていたことが原因であるが、それをスズに伝えても伝えなくてもきっとスクハはスズのことを想って出てこようとせず、スズはスクハのことを想って自分に電流を流して意識を手放していただろう。
 だからこの「ありがとう」をただ受け取るのが一番なんだろうなとベルは何となく思った。

「僕もスクハと買い物したり話しができて嬉しかったよ。それでスズにしっかり渡したかったからまだ渡してなかったんだけど約束の物、僕とスクハからスズにプレゼントだよ」
 ベルは魔除けの首飾りのラッピングを外してそのままスズの首に掛けてあげる。
「ありがとう、ベル。今度こそ絶対に壊さないね。大切にするね」
 スズは頬を赤らめながら満面の笑みを浮かべて首飾りの鐘を両手でぎゅっと愛おしそうに握りしめた。

「店員さんが武器防具と同じでいつか壊れちゃうものだから気にしないようにって言ってたよ」
「それでもね、また買い換えればいいかもしれないけどね、ベルとすーちゃんが買ってくれた物はこれしかないから。同じ効果や見た目のものはあっても同じものはないから。だから大切にしたいの。家宝にしたいほど大切にしたいって気持ち、嘘じゃないんだよ?」

 スズが頬を赤めたまま真っ直ぐベルの顔を見上げて嬉しそうにそう言った。
 あまりに幸せそうな顔でそんなことを面と向かって言われたせいでベルの鼓動が高まってしまうが、妹にドキドキしてどうするんだとすぐにその想いを振り払い、スズがこんなに喜んでくれて良かったと気持ちを切り替えるように心掛ける。

「それじゃあ次は防具だね。摩天楼施設(バベル)のテナントにまた『ヴェルフ・クロッゾ』さんの防具がおいてると嬉しいな。行こう、ベル」
 気持ちを切り替えて何か言葉を返す前にスズがベルの手を取って路地裏から抜け出してご機嫌そうに鼻歌を歌いながら摩天楼施設(バベル)を目指して歩き出す。
 スズはスクハとの約束を果たさせてくれたのだ。
 今度はスズに楽しく買い物させてあげないとスクハに怒られてしまう。

 大切な妹が二人いる、それで十分だとベルの強張りかけた表情は自然と緩んでいた。


§


 摩天楼施設(バベル)のテナントで『ヴェルフ・クロッゾ』の作品がまだあるかカウンターの店員に聞きに向かっていると何やら大きな声が聞こえてきた。

「だから、何でそこで名前聞かねぇんだよ! 『大事に使わせていただきますね』と名指しで言ってきてるのに相手がまだわからないとかどういうことだ!! 作ったもんはあんな端っこだしよ。あんた俺に恨みでもあんのか!?」
「そう申されましても……。伝えて下さいと言われただけでは顧客になりたいと判断できない状態でしたので」
「一度目はともかく二度も買って言葉添えしたってんならそりゃもう顧客だろうが!」
「それも貴方様の言葉をそのままお伝えしてご購入して頂いただけで――――――」

 なにやらもめ事のようだがスズが特におびえた様子を見せていない。
 店員ははた迷惑そうな顔をしているが、怒鳴っている真っ赤な髪の中肉中背の男からは必死さが感じ取れた。

 しかし店員がベル達が入って来たのに気付くとなぜかスズの方に指を刺した。
 男の怒鳴り声が止まり指先が刺された方向、スズの方を振り向き真っ直ぐこちらに向かってくる。

「あんたら、ヴェルフ・クロッゾの作品を求めてきたのか? それも防具を」
「はい。修復不能なレベルまで壊してしまいまして。えっと、貴方も鍛冶師(スミス)さん、ですよね?」
 スズが真っ赤な髪の男のごつごつした手を見てそう言うと、ものすごく嬉しそうに盛大に「うっはははははははっ!!」と男が笑い出した。

「ほらみろ! しっかり俺の顧客じゃねぇか! よほど品が気に入らなければ名指しで言葉なんて送らねぇんだよ! 俺に顧客なんかつかねえと思ったら大間違いだっ! ざまぁーみやがれっ!」
 カウンターの方に向きなおりそう言った後またスズの方を向きベルの顔も見て子供のように笑う。

「もしかしてヴェルフ・クロッゾさんご本人ですか?」
「おうとも。俺がヴェルフ・クロッゾだ。駆け出しの得意客(ファン)一号と二号が元気そうで何よりだぜ。何度顔出しても白髪の兄妹だってことしかお堅い奴らが教えてくれなくてよ。まだ【ヘファイストス・ファミリア】の下っ端鍛冶師(スミス)だが、俺のサインいるか?」

 面倒見のいい兄のように笑う赤い髪の男ヴェルフを見て何となく怒鳴り声を聞いてもスズが怯えずスクハのセンサーも働かない理由がわかった気がした。
 前にスズが防具の作りから使用者のことを考えてくれている優しい職人だと言っていた通り、見かけは悪そうだがこのヴェルフという男は人が良いのだ。

 ヴェルフ・クロッゾの防具を求めてやってきたら、作った本人が『鎧式(よろきち)MK-Ⅲ』と『兎鎧(ぴょんきち)MK-Ⅲ』の解説をしてくれるとは思いもしなかった。

 ベルが会計をすませている間に武器防具が好きなスズは自己紹介そっちのけで色々と質問して、その質問に対して嬉しそうにヴェルフが答えている。
 とても楽しそうで水を差すのは悪い気もしたが立ち話もなんなので会計をすませたところで話を一度切ってもらい8階の小休憩所で改めて自己紹介をすることにした。

「白髪の兄妹だからってそんな偶然そうそうねぇだろ。まさか噂の『最速の白兎(リトル・ルーキー)』だったとはな。本当に世界は広いようで狭いぜ。精霊様の気まぐれって奴は困ったもんだぜ、たくよ」
 自己紹介をすますとなぜかヴェルフは大きく溜息をついて肩を落としてしまった。
「クロッゾさん?」
「ヴェルフでいい。お前ら『レスクヴァの里』じゃクロッゾのことどう聞かされてんだ?」
 ベルは当然知らないのでスズの方に目を向けるとスズもわからないのか首を傾げていた。

「えっと、すみません。迷宮都市(オラリオ)に来てから日が浅いので家名まではちょっとわからないです」
 悩んだ挙句スズが申し訳なさそうにそう答えるとヴェルフは吹き出してまた嬉しそうに笑い出した。

「ぶはっはっはっはっは! 親父達が馬鹿騒ぎしてんのが『レスクヴァの里』じゃその程度かよ。これこそざまぁーみやがれだな。すまん、俺の作品のこと熱心に語ってくれたってのに勘ぐっちまった。家名が嫌いなんだよ、俺は。だから呼ぶならヴェルフって呼んで欲しいんだ」

「そういうことならヴェルフさん。何かスズと話し込んでいたみたいですけどそれはもういいんですか?」

「おいおいさん付けか? まあ今はまだいいか。実はお前の妹のスズから直接契約したいって言われて感激しちまってな。気合入れて作ったところ全部当てられて使い心地も言ってくれるもんだからついつい話に熱が入っちまったんだよ」

 どうやら会計をすませている間に防具の解説だけでなくそんなところまで話し込んでいたらしい。ベルもネーミングセンスはともかくヴェルフが作った鎧を気に入っていたので、冒険者がダンジョンから素材を持ち帰り鍛冶師(スミス)が武器防具を安値でオーダーメイドしてくれるギブアンドテイクの関係になれるのは好ましい。

「これだけ俺の作品のことを理解して好いてくれてるんだ。こうグッと込み上げてくるものがあるだろ? ランクアップしたお前と無名の俺とじゃ釣り合わないのは承知だ。頼む、お前らの武具を俺に打たせてくれ!」

「そんな! 頭を下げないでください! 僕もヴェルフさんの鎧を気に入ってるんですから!」

「いいのか!?」

「僕の方から頼みたいくらいですよ。これからよろしくお願いします、ヴェルフさん」
 ベルがそう言って手を出すとヴェルフは頭を上げて嬉しそうにその手を力強くとった。

「断られたらどうしようかと思ったぜ。よろしくな、ベル」
 ヴェルフがそう言って今度はスズと握手をしようと手を離すと、スズはその手をまたの握手状態に戻してその上からベルとヴェルフの拳を包み込むように小さな手を重ねてきた。

 おそらく三人一緒によろしくを言いたいのだろう。
 実に子供らしい小さなワガママにベルとヴェルフは微笑ましくて口元を緩ませる。

「たまに変なオーダーメイドをするかもしれないですけど、これからもよろしくお願いします。ヴェルフさん」
「ああ、どんなもんでもなるべく期待に応えられるように努力するぜ。よろしくな、スズ」
 まさかスズが最初身につけた防具一つから気が合いそうな鍛冶師(スミス)と直接契約を結べることになるとは思いもしなかった。
 ベルとしてはぜひとも冒険も一緒に行きたいところだが鍛冶師(スミス)は職人であって頻繁にダンジョンを探索する職種ではない。
 スズも懐いているし気の許せそうな相手なのに誘えないのは残念でならない。

「それで、だ。さっそくなんだが俺の我儘ってやつを聞いてくれないか?」
 ヴェルフが申し訳なさそうに首をかきながらそう言った。
 契約した直後なのでそれが目当てだと思われるのが嫌だったのだろう。
 少し居心地が悪そうだ。

 いや、実際に居心地は悪いのだろう。
 先ほどから冒険者の野次馬が増えてヴェルフに注目してひそひそ話をしている。

「中層はまだ足を運ぶ予定がないので無理ですが、上層までの素材でしたら取ってきますよ?」
「素材じゃなくてだな」
「「「貴様、白猫ちゃんの体が目当てかッ!!」」」
「ちげぇーよ! 真面目な話してるんだから野次馬は黙ってろっ!」
 ヴェルフは野次を飛ばす神々を怒鳴り散らした後、深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから真っ直ぐベルの目を見つめる。

「変な勘違いされる前に本題を言うが俺はLV.2になって『鍛冶』の【アビリティ】が欲しいんだ。『鍛冶』があればベルとスズの武器防具に『属性』をつけてやれる。そうすれば俺は上を目指せてお前らはより質のいい武具を今後使える。さっきの防具代は返すしお前らの武具をタダで新調してやる。ランクアップした後も鍛冶以外の時間はお前らに割くと約束する。だから俺を、お前らのパーティーに入れてくれ。俺の防具を真っ直ぐ見てくれたお前らにより良い物を作れるようにさせてくれ。頼む」

 縁というのは本当に不思議なものだ。
 まさか誘っても断られるだろうと思っていた相手からパーティー申請されるとは思いもしなかった。

 誰かの為に武具は作られるから武具が好きだと前にスズは言っていた。
 それを聞いておいて全力で誰かの為に武具を作ろうと上を目指しているヴェルフの夢をないがしろなんてベルにはできない。

 何よりも仲間に入れてもらいたいのに断られる痛みを知っているベルにはその頼みを断るなんて選択肢はなかった。
 スズも当然同じ気持ちなようでベルの腕の袖をくいくいと引っ張って顔を見上げている。

 リリに相談しないと悪いとは思ったのだが、結局ベルはその場でヴェルフのパーティー申請を承諾してしまうのだった。




ようやく登場したかと思ったとたん防具の話題で盛り上がり即堕ちしたヴェルフさん。
クロッゾの魔剣を用いて攻めた筈なのに『クロッゾなにそれ美味しいの』な『レスクヴァの里』ならクロッゾとしての自分ではなく、ヴェルフとしての武具を見てくれると思って一気に踏み込んだようです。