スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン
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ヴェルフの工房を訪ねるお話。


Chapter08『家の訪ね方 後篇』

 スクハがリリの所に泊まりに行っているので早朝に食べる朝食はどこか味気なく感じてしまう。
 パンとサラダに加えてスープまで作って豪華な朝食にしたつもりなのだ。なのにどこか味気ない。毎日食べているスズの手料理が単純に美味しいというのもあるが、何よりもスズと一緒にいるのが当たり前の生活を送っていたので、スズがいないことを寂しく感じてしまっているのだ。実に女々しい理由だな、と一時スズがいないだけで寂しさを覚えてしまう自分にベルは思わず苦笑してしまった。

 ヘスティアは早朝なので起きてこないが、ヘスティアの分の朝食は起きたらすぐ食べられるようにいつも通り用意しておく。そして冒険の準備をして「いってきます」と地下室のドアをくぐると「いってらっしゃい」と寝ぼけながらも返事を返してくれた。そんないつもの温かい日常。スズとリリはもう待ち合わせの場所に向かっている筈だ。何も寂しいことなんてないじゃないかとベルは二度目の苦笑を浮かべた。
 自分達の恩人である神様に楽な生活をさせてあげる為にも今日も一日頑張ろう、とベルは気を取り直してこれまたいつも通り張り切って出かけるのだった。

 そして最近日課に成り始めたのだがダンジョンに向かう前にシルから手作り弁当を貰うことになっている。
 スズ達の分は料理を教えてくれたお礼としてリューが作ってくれている。それは教えた甲斐があったのかしっかりしたお弁当になっていた。本人曰く今まで魔石調理器の火力調整の加減がわかり難かったらしい。ヘスティアが火の元を間違えてジャガ丸くんの露店を爆破してしまったこともあったので炭化ですんでいただけマシだったと思ってしまったのはここだけの秘密だ。
 しかし問題はシルの弁当『物体X』である。笑顔で渡してくるそれはスズが教えているにもかかわらず日に日に凶悪さを増している。昨日渡された弁当も「今日は少し凝った物を作りました」と張り切って渡されたものが『物体X』なのだから笑えない。スズの教えに従いレシピ通りに作ればいいものをなぜ張り切ってしまったのだろうかと昨日は一人だけ『物体X』を食べることになってしまった。
 嫌がらせではなく好意で渡してくれているのは何となくだがわかるので(悪意で渡されていたらものすごくへこむのでそう思うことにしているだけだが)受け取って残さず食べているのだが、今日はさらに一段と張り切ってしまったのか『ちょっと失敗』してしまったらしい。『物体X』が失敗でないとしたら『失敗作』はどんなものなのだろうか。きっと食べたら体に害をなすものなんだろうなとベルの口から乾いた笑いが漏れてしまっていた。
「おはようございます、クラネルさん」
「あ、リューさん。おはようございます」
「お時間をとらせてしまって申し訳ありません。ですがシルもよりおいしい物をクラネルさんに食べてもらおうと努力しているので……どうか待っていてあげてください」
 シルが新しい弁当を作っている間外で待っていると、それを見かねたのか店の準備をしていたリューが出てきて話しかけてきてくれた。シルを庇うようにフォローを入れるリューの優しさを無下に扱うことなんてベルに出来る訳もなく「大丈夫ですよ」と笑いかける。
「今日は珍しくスズと一緒にいないのですね。何かあったのですか?」
「あ、いえ。昨日スズはリリの家に泊まり込みで遊びに行ったんですよ。いつもの待ち合わせ場所で合流する予定です」
「そうですか。てっきり私がやり過ぎてしまったのかと心配してしまいました。クラネルさん、妹さんのランクアップおめでとうございます」
「ありがとうございます。って、スズがランクアップしたことリューさんに話してましたっけ?」
 ベルが首を傾げるとリューがなぜか少しだけ眉を顰めた。
「どうやらスズはまたクラネルさんに大切なことを伝えていなかったようですね。クラネルさんの妹さんと私の特訓は今まで通りの時間にダンジョンの一階層で行なわれております。仕事に差支えのない範囲での特訓なので短時間ではありますが。クラネルさんはご存じないのですね?」
「え!? 特訓してるなら僕もしたかったのに。何で黙っていたんだろう」
「今までの特訓に何か必死さを感じましたし。なによりも今日の特訓でランクアップの報告をしたスズはとても嬉しそうでした。おそらくですが、クラネルさんの足を引っ張りたくなくて秘密特訓のようなものをしたかったのでしょう。前回も特訓内容を告せずにいたにも関わらずクラネルさんに確認をとらなかった私の落ち度です。スズを叱らないであげてください」
 リューがそう言ってぺこりと頭を下げる。リューは少しやり過ぎてしまうところはあるものの本当に身内に優しい人なんだなとベルは感心してしまう。その中に自分とスズも友人として認められていると思うとエルフが好きだったベルは嬉しかった。
「頭を上げてくださいリューさん。心配掛けないように頑張るスズの優しさも、僕に美味しい物を食べてもらおうと頑張るシルさんの優しさも、二人を庇ってくれるリューさんの優しさも全部わかってますから」
「私は―――――――。いえ、スズにも言われたことを否定するのは失礼ですね。クラネルさんのその優しさを素直に受け入れておきましょう」
 そうリューは頬を緩ませて笑ってくれた。いつも凛々しい顔を崩さずにキリっとしているリューの不意な笑顔にベルの鼓動は高まり顔は真っ赤に染まる。美しいエルフが気を許した相手だけに見せる笑顔は本当に可憐で美しくて、何となくだが他種族にエルフが人気な理由がわかった気がした。こんな笑顔を不意打ちで向けられたら異性は骨抜きにされてしまうにきまっている。
「クラネルさん?」
 おそらく本人は笑顔を作った自覚はないのだろう。いつもの凛々しい顔つきで少し首を傾げる様も可愛らしく見えてしまい、慌ててベルは節操無しに女の子を意識するのはよくないと思い「なんでもないです!」と何でもないとはとても思えない叫びをあげつつも、スズで慣れた心の落ち着け方を応用して『リューさんは大切な友人』と脳内で反復して気持ちを落ち着かせた。

「それでクラネルさん。クラネルさんと立て続けになってしまいますが、シルが妹さんのお祝いもしたいとはしゃいでいました。私もできることならスズの頑張りを祝ってあげたい。ミア母さんも気持ちよく食べてくれるクラネルさん達ならいつだって歓迎とのことです。今日のご予定は?」
「えっと、僕とスズは大丈夫ですけど、リリとヴェルフさんはどうだろう。今度こそ神様も一緒に皆でお祝いをしたいので、ちょっと皆で予定合わせをしてみますよ」
「ヴェルフ?」
 リューが少し首を傾げた。どうやらスズからヴェルフのことはまだ聞いていないようだ。スズならその日に起こった出来事を気兼ねなく話していると思っていたので少し意外である。
「えっと、一昨日出会って昨日から一緒にパーティーを組むことになった【ヘファイストス・ファミリア】所属の鍛冶師(スミス)ヴェルフ・クロッゾさんです。スズのお気に入りの鍛冶師(スミス)さんで気のいいお兄さんみたいな人でしょうか。違う派閥ですが神様達も仲が良いので僕達の【ファミリア】と問題を起こすこともないと思います」
「クロッゾ……ですか」
 リューの反応が悪い。『レスクヴァの里』を襲ったラキアが『クロッゾの魔剣』を使っていたからだろうか。そのことをリューに尋ねてみると、ラキアの『クロッゾの魔剣』を用いた軍勢は『レスクヴァの里』だけではなく、魔剣を駆使した圧倒的な火力による侵略行為でエルフや精霊が住む森を文字通り焼き尽くした為、『クロッゾ』は一部のエルフ達には無視できない名前だということを教えてくれた。
 リューはラキアにより大地が焼き払われたのは過去のことであり自分の里が焼かれた訳ではないので『そこまでは』気にしていないらしい。ただ単純に今ベル達にとって『信頼たる人物かどうか』を気に掛けてくれているだけなようだ。

「恨み、というものは消えにくいものです。例え時が経とうとも復讐をするまで消えない醜い心というものがあることを忘れないでください。クロッゾさんと関わりを持つならば、『クロッゾの魔剣』の有無に関係なしに理不尽な矛先がクラネルさん達に向くこともあるのですから」

 その時のリューはどこか悲しげな表情をしていた。何か声を掛けてあげたかったが言葉が浮かび上がる前にシルが「ベルさんお待たせしました」と弁当の入ったバスケットを持って『豊饒の女主人』から飛び出して来て、入れ替わるようにリューが「それでは今日も頑張ってきてください」と頭を下げて店の仕事に戻ってしまったので結局何も言ってあげられなかった。
 いつかリューが思い悩んでいることを聞いてあげて、気を少しでも楽にしてあげられたらいいなと思うのだが、誰にだって踏み込んでもらいたくない過去はある。辛い思い出はある。失った思い出はある。祖父を失った喪失感を知っているベルは、そういう『痛み』は本人が話してくれるまで待ってあげた方がいいんだろうなと何となくだが感じていた。
 スズやリューが背負っている重荷をいつか自分も背負って和らげてあげて、心の『痛み』からも守ってあげたいだなんて思うのは自分勝手な自己満足だということはわかっている。それでもいつかリューが先ほどの笑顔を沢山浮かべられるようにしてあげられたらいいなと思ったのだ。

 強くなれば、英雄になれば、大切な人の笑顔だって守れる。
 そんなありえない子供じみた夢は、祖父を喜ばせたくて願ったあの日の夢は、今もベルの中でその輝きを増し続けるのだった。

§

 少し遅れて待ち合わせの場所に行くと楽しそうに話しをしているスズとヴェルフの姿が見えた。それと同時にスズがベルがやって来たのに気付いて大きく手を振り、ヴェルフも「よっ」と言った感じに手を上げてくれるので、早朝とはいえダンジョンに向かう冒険者の人通りがある中少し気恥ずかしかったがベルも小さく手を振り返した。
「おはよう、ベル」
「よ、ベル。おはよう」
「おはよう、スズ、ヴェルフさん。えっと、リリの姿が見えないんだけど何かあったの?」
 リリのところに泊まっていたスズに事情を聞いてみると、リリの下宿先で万屋を務めているノームが最近忙しかったせいで倒れてしまったらしい。看病できる人がリリしかいないので今日は行けないことをすごく謝っていたことを聞かされて、ダンジョンに行くよりもよっぽど大切なことなんだからそんなに謝らなくてもいいのにとベルが呟くとヴェルフも笑いながら「違いない」と同意してくれた。
「本当に人が好いよなお前ら。それで今日は三人でダンジョンに行くか?」
「うーん、リリがいないと収入や回収効率がガクッと落ちちゃいますからどうしましょうか。なんだかんだで僕達リリに頼りっぱなしな戦闘要員ですし、魔石を回収しながら進んでいたら10階層に辿り着く前に日が沈んでそうなんですよね」
「りっちゃん戦闘中に魔物の死体を一カ所にまとめてくれてテキパキと回収してくれるもんね。かといって【経験値(エクセリア)】稼ぎを目的に魔石回収を無視して魔物が魔石を食べちゃったら大変だし」
「何だったら今日一日時間を貸してくれないか。お前らの装備を新調してやるって約束してるしな。耐熱グローブくらい完成させないと格好がつかないだろ?」
 ヴェルフが口元を緩ませてそう提案してきた。スズが【ヴィング・ソルガ】を使用中に武器を振るおうと思ったら耐熱グローブは必需品だ。さらに普通の耐熱グローブでは武器の性能を引き出そうとすると熱に耐えきれずに焼き切れてしまったので、その凄まじい熱量に耐えられる特注品でなければらない。ヴェルフの申し出を断る理由なんてなく、武具好きのスズなんてヴェルフの工房に入れてもらえることを知ると目を輝かせていた。そんなスズの反応にヴェルフは満足そうに「決まりだな」と笑うのだった。

「悪いな、汚い場所で。少しだけ我慢してくれないか?」
「いえ、鉄の匂いが染み込んだ良い職人さんの部屋だと思いますよ」
 ヴェルフに案内された商業区に設けられた個人用の工房の中、楽しそうに使い込まれた道具の数々を見て回るスズにベルも付いて見て回る。どれもこれもベルが知らない道具に炉や作業台といった制作や整備に必要な物しかない仕切りすらない個室。ヴェルフが作った作品も部屋の片隅で壁に作られた棚に立てかけられている。そんな中一本の大剣が目に入った。インファント・ドラゴンのような大型の魔物を相手にする時は深く肉を切り裂く為にもリーチのある武器も必要になってくるだろう。【英雄願望(アルゴノゥト)】を蓄力(チャージ)して吹き飛ばしてもいいのだが、あれは体力を大量に消耗する【スキル】なので一度放ったら後が続かない。大型の魔物と連戦をすることや先日のように蓄力(チャージ)が間に合わない場合の為にも欲しいなとついつい思ってしまう。飾りっ気のない武器としての機能を突き詰めたただの大剣にものすごく魅力を感じてしまう。ベルとスズが使っている鎧もそうだが機能美を重視した実にヴェルフらしい作品である。
「……ヴェルフさん、これは使っちゃダメですか?」
「駄目ってことはないが……それ、店の方から返された売れ残りだぞ?」
「でも僕、これ使ってみたいです。手に取ってみていいですか?」
「構わないけどよ、まずは採寸させてくれ。俺の武具が好きなのは嬉しいんだが俺はお前ら専用の物を打ちたいんだ。こいつは熱狂的なファンができてらしくもなくはしゃいでいる俺の我儘だと思ってくれ。勿論大剣(そいつ)も使ってもらって構わない。武器は飾るもんじゃない。使われてこそナンボだからな」
 ヴェルフは少し照れくさそうに笑いながらそう言った。こんな言われ方をしたら断わる方が失礼だ。防具を脱いでヴェルフに採寸してもらう。

「しかし魔剣じゃなくて売れ残りの剣を要求されるとはな。親父達が聞いたら発狂もんだぜ」
「魔剣? ヴェルフさんが家名を嫌いなのってもしかして魔剣が嫌いなんですか?」
「お前らは気にも留めてないが、親父も他の奴らも俺が『クロッゾの魔剣』を作れると知った途端に魔剣、魔剣、魔剣と俺の作品を放り出してそれしか口にしない。自分の腕が未熟なのは重々承知してるんだが……でも、なぁ? 辟易もする」
 だからヴェルフは魔剣目当てでしか自分に近づかない客達にキレた。魔剣しか求められないのにぐれて魔剣目的の客を全部突っぱねて来たらしい。ここでベルは初めてヴェルフが『魔剣を作れる』事実を知ったのだが特にこれといって欲しいと思うことはなかった。ヴェルフやリューの話を聞いていなくても、『魔剣を作らない』という事実だけでも知っていれば作って欲しいなんて思わないだろう。相手の意志を無視して作りたくもない物を作らせるなんて相手に失礼だ。それに魔剣は高いらしいので作りたいと言い出してもなんだかんだで貰ったら悪いと断ってしまうかもしれない。アイズから貰った万能薬(エリクサー)一つで顔面蒼白になったことを思い出してしまい情けない自分達に内心苦笑してしまう。

「次はスズの採寸な訳だが……迷いなく脱ぐのはどうかと思うぞ」
「私だって女の子なんですから下着になれと言われたら流石に躊躇しますよ。これは運動用のアウターウェアだから恥ずかしいものじゃないですよ?」
「俺にはその姿が下着とどう違うのかがわからないんだが、まあ計りやすいから問題ないか」
 躊躇なくコートと鎧を脱いで、体にフィットした黒いアンダーウェアになったスズにヴェルフは苦笑してベルは少し頬を赤めてその姿を目に入れないようにしている。正確に言えばその下に下着をつけているのでアウターウェアなのだが、うっすらと下着のラインが見えてしまっている上着とスパッツを指摘してあげた方がいいのかどうかいつもながら非常に迷ってしまう。
 採寸がすむと今日はダンジョンに行かないのでスズは防具を身につけずに薄着の上から白いコートをそのまま羽織った。前ボタンでしっかり留めているロングコートはめくれる事態なんてそうそう起こることはないがコートの下が薄着だと知っている身としては少し無警戒過ぎるのではないかと心配になってくる。
「スズはプレートメイルと耐熱グローブだけでいいのか?」
「えっと、まだ『鎧式(よろきち)』を貰ったばかりなので耐熱グローブだけで大丈夫です。ただ壊してしまった時の代えとして今の内にプレートアーマーを作ってくれると嬉しいんですけど」
「お、今度はアーマーで固めるか。兜はどうする?」
「視野が狭まると反応が少し遅れてしまうので兜はいいです。重量が増しても構わないので丈夫なのをお願いしますね」
「任せとけ。昨日はハード・アーマーから結構な量のドロップアイテムが出たからそいつをふんだんに使ってやる」
 スズは欲しいものが決まっていたようで細かい調整部分もヴェルフに伝え、ヴェルフはそれを忘れないようメモにとっていっている。関節部分と足回りの稼働に重点を置いてその他の場所はがっちりと固めている作りだ。頭部が無防備で足回りの防御が薄いが剣と盾で攻撃をさばき、当たる時は致命傷を避ける様に攻撃を体で受けてきたスズ専用の防具である。
「ベルは何かリクエストはあるか?」
「えっと、これって何かの素材に使えますか? ミノタウロスの角なんですけど……」
 ヴェルフの問いにベルはキラーアントやハード・アーマーのドロップアイテムが武具に使えるならとポケットの中からミノタウロスの角を取り出して見せた。大切な人を守る為にもっと頑張らないといけないという気持ちを奮い立たせる為だけに原物を持っているよりも武具にした方が役に立つだろう。
「ミノタウロスから取れるドロップアイテムは何だって武具に活用できるからな。ミノタウロスの角だけで何かを作ろうと思ったら短剣一本か短刀二本といったところか。破損は酷くない、硬度も並以上。これなら良い物が作れそうだ。短剣は薄刃に成り過ぎて耐久性に難ありになりそうだから俺としては短刀をオススメするがどうする?」
両刃短剣(バゼラード)と使い分けられるので短刀で大丈夫ですよ」
「わかった。今回は一本作って余った素材は『鍛冶』をとってからのお楽しみだな。後はグリーブを作るが他にリクエストはあるか?」
「りっちゃんの武器でアーバレストかヴァリスタを作ってほしいです。弾がかさばらないように腕や太腿に装着できる矢筒があると嬉しいんですけど……」
「リリスケの武器に大型クロスボウか。荷物の中身も守らないといけないリリスケの攻撃手段としてはありだと思うがそんな巨大なもんリリスケに扱えるのか?」
 リリの身長は110Cなのに加えて【基本アビリティ】自体も低い。冒険者に年齢は関係ないと言われているとはいえ、そんなリリが大型のクロスボウを使いこなせるかどうかと聞かれるとベルも疑問を抱いてしまう。

「【縁下力持(アーテル・アシスト)】があるので持ち運びに支障はでないと思います。即時に打てるよう魔石動力によるモーターで内臓された弾の自動装填して弦を――――――――」
「待て待て待て待て。魔石機構は俺の専門外だ。そもそも何だその発想は。そこまでいくと魔術師(メイジ)の領分だろ。そいつは『レスクヴァの里』の武器か?」
「『黒竜』に効きそうにないので競技用の遊具になった物なんですけど、普通の魔物を相手にするには十分な威力はありますね。迷宮都市(オラリオ)にはないんですか?」
「魔石が手に入りにくい迷宮都市(オラリオ)外でよくもまあ器用なもんを次から次へと考えるもんだな。少なくともヘファイストス様の剣を目指している【ヘファイストス・ファミリア(うち)】では扱ってないな。少し凝った程度のアーバレストなら作れなくはないんだが……。まいったな、こいつは」
 どうしたものかとヴェルフは困ったように頭を掻いている。
「りっちゃんの武器なので、この話はりっちゃんが居る時にまたしましょう。すみません、ヴェルフさん。変なオーダーばかりで」
「いや、俺の方こそ期待に応えてやれなくてすまん。今のところはベルに短刀とスズには耐熱グローブだな。この二つを今日中に仕上げとく。鎧式(よろきち)のプレートアーマー版やベルのグリーブ、他のオーダーに関しては明日から取り掛かろうと思う。今明白にイメージが湧いてんのはその二つだからな」
「そんないっぺんに作って大丈夫なんですか!? その、武具を作るのって結構大変なんじゃ。僕のは明日に回しても全然大丈夫ですよ!?」
「こういうのは熱がある内に作った方が良いもんが出来るんだ。完成まで結構掛かるからもう帰っても大丈夫だぞ。何、心配するな。俺は急いで作品の出来を悪くしたり明日探索できないほど体に鞭打つような本末転倒な真似なんてしないからな。やるからには常に全力が俺のモットーだ。妥協はしない」 
 ヴェルフの負担を心配するベルに対してヴェルフはわざと得意顔を作ってそう答えた。
「ならヴェルフさん。ヴェルフさんが鍛冶をするところを見てていいですか?」
「あ、それ僕も見てみたいです。ヴェルフさんがどんな風に武器を作るのかが気になっちゃって」
 武具好きのスズに便乗する形になってしまったが、せっかく工房まで連れてこられたのに何も見ずに帰るのはもったいない。スズと違って全く鍛冶に関しての知識がないベルだが、知識がないからこそこの場でどのような作業が行われるのかが気になって仕方がない。今ベルの幼心めいた好奇心に火がついていて首元まで疼いてきているのだ。

「誰かの為に打たれる武具が好き、だったか。いいぜ、未熟な腕でよければいくらでも見ていきな。部屋は相当暑くなるからな。防具は外しておいた方がいいぞ」
 ヴェルフが嬉しそうに笑いながらベルにそう言ってくれた。ベルが言葉の意味を理解しないまま頷いて鎧を脱いでいる間にヴェルフが炉の準備を初めスズが鎧戸とドアを開け始めている。その様子をベルが不思議そうに眺めているとヴェルフが一部魔物のドロップアイテムにはアダマンタイトと呼ばれるダンジョンでのみ構成される希少金属(レアメタル)の成分が含まれており、高温で熱するとドロップアイテムも金属と同様に加工できることを教えてくれた。

§

 武具の話でスズとヴェルフが盛り上がったり、ベルがわからないことを質問して二人に答えてもらったりと、作業を邪魔しているんではないかと思ってしまうほど話が弾んでしまっているがヴェルフの作業する手は止まることはない。まだ高温で熱している段階なので話す余裕が十分にあるのも理由の一つだろう。職人気質のヴェルフの口は軽かった。

「クロッゾの一族がどうして魔剣を生み出せたか、知ってるか?」

 質問していないのに、まるで聞いてもらいたいかといわんばかりにヴェルフは自分のことを語り出した。もしかしたらそれは贖罪の言葉だったのかもしれない。懐かしい日々へのほんの少しだけの未練だったのかもしれない。鍛冶師(スミス)として上を目指したい自分の意思表示だったのかもしれない。真意はわからないがヴェルフはその話を聞いてもらいたかったのだ。純粋に自分を求めてくれたベルとスズに隠し事をしたくなかったのだ。ヴェルフは本当に鍛冶が好きだから、『武器は使用者の半身』をポリシーとする志を押し通したかったから使い手との関係にも妥協をしてたくなかったのだろう。

 『古代』の時代。売れない鍛冶師(スミス)だった初代クロッゾは精霊を命懸けで魔物から守り致命傷を負ってしまった。精霊はそんな初代クロッゾを助けたくて己の血を分け与えて『奇跡』の力で初代クロッゾの傷を癒したらしい。それからというものクロッゾはヒューマンにも関わらず【魔法】が使え、魔剣が打てるようになり、寿命も大きく伸びた。英雄譚に出て来る英雄のように特別な存在となったが初代は英雄になることはなく平凡な鍛冶が好きな鍛冶師(スミス)としてその生涯を終えた。その子孫達に精霊の血が表面化されることはなかった。あくまで初代が特別でありながら平凡で居続けた鍛冶師(スミス)なだけだった。しかし『神時代(しんじだい)』に入り事情は変わった。【神の恩恵(ファルナ)】。神が与えるお気軽に人の可能性を引き出し人を超人に変える力。その力がクロッゾに眠る『精霊の血』という可能性を『魔剣を創る力』として発現させたのだ。クロッゾの一族が【神の恩恵(ファルナ)】を授かるとほぼ確実に【スキル】としてそれは発現した。それも初代よりもずっと強力な魔剣。大地や海を焼き払うほどの『クロッゾの魔剣』を何の努力もせずに作れる恐ろしく強力な【スキル】として背中に刻み込まれたのだ。
 クロッゾは王家ラキアに魔剣を売り込んだ。当然お手軽に大魔法を連射できる『クロッゾの魔剣』を戦争好きなラキアは喜んで受け入れた。クロッゾは地位を手に入れた。名誉を手に入れた。毎日美味い酒を飲み美味い食べ物を食べ、好きな女をはべらせ、鍛冶師(スミス)だったにも関わらず『片手間に魔剣を作る』。クロッゾは王国内でできないことはないくらい好き放題だった。『クロッゾの魔剣』を用いたラキアは敵なしだったという。私利私欲の為だけにクロッゾは魔剣を量産し続けた。ラキアはその魔剣を振るい続けた。

 鍛冶師(スミス)の誇りも忘れて、精霊への感謝の気持ちも忘れて、堕落した。だから呪われた。

 ラキアが振るう『クロッゾの魔剣』は自然を破壊しつくし、エルフはラキアを恨み、精霊は魔剣に恨みを向けた。『レスクヴァの里』に返り討ちにあった次の戦争の時『クロッゾの魔剣』は戦場で何の前触れもなく砕け散った。クロッゾもそれっきり魔剣を打てる力を失い役立たずになったことで地位を剥奪され没落した。因果応報とはまさにこのことだろう。そんな遠い昔話をヴェルフは自ら語った。
 そんな中、ヴェルフだけが『クロッゾの魔剣』を打つ力が戻った。父親と祖父の助手紛いなことをして、武具を自分の手で生み出す喜びを知り、純粋に鍛冶が好きになったヴェルフだからこそ精霊に許されたのかもしれない。精霊の血が『特別な力を持ちながら平凡で居続けた初代』を感じ取ったのかもしれない。
「嫌いじゃなかったんだがな。煤まみれのぼろ臭い工房の中で、親父や爺の隣に陣取って、助手紛いのことをやらせてもらうのは。俺は今でも初めて鉄を打たせてもらった感覚を覚えてる」
 どこか湿った響きで、今は通り過ぎてしまった昔を懐かしむようなどこか遠くを見つめるような瞳でヴェルフはそう言った。
 ヴェルフの家族はヴェルフが魔剣を作れるのを知ると魔剣を作ることを強要した。『クロッゾの繁栄』の為の道具を作れと強要したのだ。一族が犯した過ちを認めず、また甘い汁を吸う為だけに鍛冶師(スミス)としての誇りを投げ捨てようとしたのだ。大好きだった父親と祖父が大嫌いになった瞬間だった。それでもヴェルフは鍛冶だけは大好きなままだった。当てもなく家を飛び出し迷宮都市(オラリオ)に向かい、運よくヘファイストスに拾って貰えて大好きな鍛冶を続けることができた。それでも『クロッゾ』という名は鍛冶師(スミス)として生きていきたいだけのヴェルフの楔となって深く突き刺さっている。もしも精霊がヴェルフのことを本当に許していたとしても、人々の心に根付いた『クロッゾ』という言葉の呪いはこの迷宮都市(オラリオ)でも消えてはくれなかったのだ。
 使い手を置いて砕け、人を腐らせ、鍛冶師(スミス)の誇りも何もかもを腐らせる『クロッゾの魔剣』がヴェルフは大嫌いだと宣言した。使い手の半身である筈の武器を片手間に作らせてしまう『クロッゾの魔剣』という力の呪いが大嫌いなのだ。

「俺は魔剣を打たない。打ったとしても、それは売らねえ」

 鬼気迫る表情で己の全てを掛けて何度もハンマーを振り降ろし、物である加熱されたドロップアイテムに魂を吹き込むよう武器を作るヴェルフはそう断言した。
 長い沈黙の中、ただ金属を叩く音が鳴り響く。その姿にベルは汗をぬぐうことも忘れて見惚れていた。
「だから私はヴェルフさんの作品が好きなんです。人のことを想って作られた武具が大好きです。ヴェルフさんはヴェルフさんのまま高みを目指してください。ファン一号として応援してますから」
「応援されちゃ口だけって訳にもいかねえよ、な!」
 スズが笑顔でそう言うとヴェルフの最後の一振りが短刀を完成させた。見惚れていて気づかなかったが鎧戸からは夕闇が見え始めずいぶんと時間が経ってしまったらしい。
「……完成だ」
 ベルの手にフィットするよう柄が作られた完全にワンオフのベルだけの為に作られた紅緋色の短刀をヴェルフは満足そうに口元をニヤつかせながらテーブルの上に置いた。
「これってひょっとしなくても、かなりすごいんじゃ!?」
「素材が良かったんだろうな。俺の今までの作品の中では、間違いなく最高の出来だ」
 職人気質のヴェルフが自分で『最高』というのだからよほど満足の行く出来に仕上がったのだろう。それはヴェルフが浮かべる満足そうな笑みからも十二分に伺えた。
「あー、すまん。鞘を用意する暇がなかった。あまり帰りが遅いとお前らの神様も心配するだろうし、明日耐熱グローブと一緒に渡すから今日は適当なやつで間に合せてもらっていいか?」
「だ、大丈夫です。というか、別に明日でなくても……スズの耐熱グローブまで作ったらヴェルフさんが眠る時間無くなっちゃいますよ?」
「こういうのは熱い内に全部やっておいた方がいい。鉄だってそうだろ?」
「短刀の名前は決めないんですか?」
「当然決める。いい名前考えてやるからもう少しだけ時間をくれ」
 スズの問いにヴェルフは顎に手を当てて目を閉じ短刀の名前を考え始める。

牛若丸(うしわかまる)……いや、牛短刀(ミノタン)

「いやいやいやいや、最初の奴でいいじゃないですか!?」
「ん? ベルは牛若丸がいいのか?」
「悩む必要皆無ですから!! スズもそう思うよねっ!?」
牛短刀(ミノタン)も可愛いと思うんだけどな」
「武器に可愛さ求めてないからっ!!」

 スズは妙なところでずれている気がする。『漆黒の堕天使(ダークエンジェル)』というカッコいい二つ名にはあまりいい顔をしていなかったが、『鎧式(よろきち)』などのどこか愛らしい名前は好みのようだ。それとも女の子とはそういうものなのだろうか。男であるベルにはそこのところは判断できなかった。
 ヴェルフが少し残念そうだったが無事短刀の名前は『牛若丸』で落ち着いてくれた。
「じゃあ、ほれ」
「はい。本当にありがとうございます。ヴェルフさん」
 ヴェルフが別の作品の鞘で代用して牛若丸を渡そうとしてくれたのでベルがお礼を言ってそれを受取ろうとすると、なぜかひょいと牛若丸を持ち上げられて牛若丸を受け取ろうとしたベルの手が空振りしてしまった。
「それだ。その堅苦しい言い方、止めようぜ。会ってまだ全然経っちゃいないし、信用丸ごと預けろとは言わない。ただ、リリスケみたいに俺のことも、それっぽく呼んでくれよ。仲間みたいにな」
 ヴェルフはそう笑った。ベルも『仲間』だからとフレンドリーに行きたいというヴェルフの提案が嬉しくて自然と笑みがこぼれる。スズも同じ気持ちのようで満面の笑みを浮かべていた。
「わかった、ヴェルフ」
「これからもよろしくね、るーさんっ」
「はっはっはっ、ヴェっくん辺りになるかと思ったらそう来たか。あらためてよろしくな。ベル、スズ」
 出会った日のように笑い合いながらベル達は三人で手を合わせるのだった。




コンパクトにまとめたかったのですが、二分割にした方がいいくらいに長くなってしまいました。
4巻の内容的にはエピローグを残すだけですが、もうしばらく『この物語』の五章は続きます。