スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン
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騙し騙されるお話。


Chapter05『ヒトの騙し方 前編』

 かつてないほど大規模な【魔法】を放った影響かスズの体は【ヴィング・ソルガ】使用中と同等の熱を持ち続けていた。
 意識のないまま野営地までレフィーヤによって運び込まれたスズは野営地に待機していた【ロキ・ファミリア】第二陣冒険者達に治療を受けた後、ヘスティアとリリが看病を自主的に受け継いでいる。
 ベルとレフィーヤもスズの看病に付き添いたかったのだが、ボロボロな姿の二人にそれが許される訳もなく、もやもやとした気持ちを抱えたまま事情説明だけをして半ば強制的に休まされた。
 おかげで翌朝には二人の体はだいぶ楽になったが、未だスズの体温は高いままである。

「この状況で『レスクヴァの巫女』を運ぶのは反対かな。かといって君達の疲労もピークに来ている。地上にいるロキも首を長くして待っていることを考えると君達が滞在し続けるのも酷な話だ」
 『闇派閥(イヴィルス)』の残党の手掛かりが見つからないまま野営地に戻り、このスズの容態もよくない状態で『スズを抱えてでも帰る』か『スズがよくなるまで待つ』べきか【ロキ・ファミリア】幹部達が話し合おうとしたところで、それを待っていたとばかりにヘルメスが話に割って入って来た。
 解毒は済んだとはいえ第二陣冒険者の疲労はピークに達している。
 もちろん第一陣であるフィン達も長期にわたる遠征に加えて夜通しの調査で疲れ果てているのは確かだ。
 スズは解毒をしてくれた恩人であり主神ロキのお気に入りであるが【ロキ・ファミリア】と遠征を共にしてくれた【ヘファイストス・ファミリア】のことだけを考えると、これ以上ダンジョンに滞在するのは心身ともによくない。
「そこで【ロキ・ファミリア】は予定通りこのまま出立してゴライアスを倒してくれ。階層主がいなければオレの【ファミリア】と助っ人達で十分『レスクヴァの巫女』を守れるだろう」
 誰もが日の光だけではなく温かい食事やベッドが恋しいのは言うまでもないのでヘルメスのその申し出は表面だけ見るとありがたいものだった。

「神ヘルメス、『闇派閥(イヴィルス)』の残党が『レスクヴァの巫女』を狙っている可能性が高い。黒い肉塊という異例の異常事態(イレギュラー)まであったんだ。それでも守れると言い切れるのかい?」
「だからこそだよ、『勇者(ブレイバー)』。あの跡地(、、)は不味い。汚染されたらしい個所が未だダンジョンによって修復されていないのは明らかに異状だ。ロキに現状を伝え、ウラノスの『祈祷』に異状がないかギルドに問い合わせる必要がある。それにだ。『守れるかい』なんて言ってしまったら、今後ベル・クラネル達はダンジョンを自由に出入りすらできない。君子危うきに近寄らず……だなんて冒険者に言うのは酷なことだとオレは思うぜ?」

 他の【ファミリア】に守ってもらわなければダンジョンに行けない不自由な冒険なんて人も神も望まない。
 楽をしたい者がいても、それを強制されるのは誰だって嫌だろう。
 前に進もうとする者からみたら成長を妨げる鎖でしかない。

迷宮都市(オラリオ)の危機かもしれないと君達をせかしておきながら、『レスクヴァの巫女』の冒険者生命を贔屓しているのは理解しているさ。オレ個人としては優しくするのも守ってあげるのも賛成だけど、その後のことも考えてもらいたいのさ。確かに【ロキ・ファミリア】が送れば安全だろう。だけど、だからこそ、様子見で相手が手を出してくるかもしれない中堅どころのオレ達に任せてもらいたい。役立たずの神2人も抱えた少数なんて連中にとって恰好のカモだろ? せっかく『レスクヴァの巫女』が迷宮都市(オラリオ)に来てくれたんだ。ダンジョンをダンジョンとして堪能してもらいたい。これに関しては送還も覚悟の上だぜ、オレは」
 自分の身を安全確認の為にささげてもいいし、おめおめと一人で生き残った時には送還されてもいいとヘルメスは笑って言ってのけた。
 ヘルメスが『闇派閥(イヴィルス)』の関係者かどうかがわからないが、もしもこれが『レスクヴァの巫女』を狙っての提案であれば『穢れた精霊』が未知の力を手に入れてしまう可能性がある。
 少なくとも狙われたスズ達は無事ではすまないだろう。

「熱に苦しんでるのに無理に引きずり回すのは可愛そうだろ」

 しかしヘルメスが最後にそう一言付け加えるだけでスズと親しい関係を築いているアイズとティオナの心が揺れている。
 今はこの場に居ないがレフィーヤが居ればきっと彼女も『休ませてあげた方がいいのでは』と迷いが生じてしまうだろう。
 正論を並べつつ感情論も織り交ぜのらりくらりと自分のペースに持っていこうとするヘルメスは実に食えない神だ。

「フィン、何悩んでやがる。こんな余計な荷物抱えるこたぁねぇだろ。時間の無駄だ。白猫も兎野郎も冒険者やってんだぞ。んな無駄なこと悩まずガキ共に聞きゃあいいだろうが。そんでこの階層に残ってくたばりやがったらそれまでの雑魚だった。ただそれだけだろが。身の程を弁えなかった奴等の面倒なんか見るだけ無駄だっつーの」
「あー、またベートが酷いこと言った! そんなんだからアイズに嫌われるんだよ?」
「き、嫌われてねぇし! 目を反らされただけで決めつけんな! つか、大体ここでアイズは関係ないだろ糞女ッ!!」
 ベートとティオナがいつものようなやり取りをしている中、確かにベートの言う通りだと珍しくフィンもリヴェリアも感心することになった。
 言い方もベートにしてはどこか柔らかいことから、かなり(、、、)心配してくれての発言だろう。
 今更ながらこの場にはスズはおろか主神であるヘスティアすらおらず、ヘルメスの一方的な提案であることをベートに気付かされるとは思わず、ベートも二人の影響で丸くなったなとリヴェリアの口元がつい緩んでしまった。
「何笑ってやがんだよババア!!」
「いや、なに……。とっさのこととはいえこんな単純なことに目が行かないとは私も驕っていたのだと痛感させられてな。まさか本当にベートから学ぶ日がこようとは思いもしなかった」
 ベートの言う通りヘルメスの提案を今この場で即決する必要はない。
 当人達【ヘスティア・ファミリア】に聞けばいいだけの話だ。
 ベル達がダンジョンに挑む度に『狙われているから危険だ』と護衛をつける訳にはいかないのだから、これは当人である【ヘスティア・ファミリア】が決めなければならない問題である。
 ヘルメスが何かを企んでいたとしても、まずは【ヘスティア・ファミリア】に話を通すのが筋というものだろう。

「なら、私だけ残らせてほしい。私なら、ベルも白猫ちゃんも守れるから。それなら迷惑も掛けないと思う」
「あ、アイズだけアルゴノゥト君と白猫ちゃんとお話するのずるい~! それならあたしも残る!!」
 アイズが軽く手を上げてそう言い、ティオナがそれに続いて「はいはいはーい」と元気よく手を上げた。
 確かにアイズやティオナなど『レスクヴァの巫女』と親しい者だけを残して地上に帰るのが一番安全である。
 しかし一番疲労しきっているのはこの提案をしたアイズ自身だ。
 アイズは『精霊の分身(デミ・スピリット)』との限界を超えた死闘に加え、昨夜の【エアリエル】の負荷によりいつ倒れてもおかしくないくらい消耗しきっている。
 今も平然な素振りを見せて顔に出さないよう我慢しているだけだ。
 誰かを残せば自然と一番親しい立ち位置にいるアイズも残ると我儘を言い出すことだろう。
 
「このままじゃと解毒されて感謝してる連中も残ると言い出してまた振り出しじゃぞ。どうするんじゃフィン?」
「それも含めて【ヘスティア・ファミリア】と話し合おう。異論はないかな、神ヘルメス」
 ガレスとフィンがヘルメスに目を向けると、ヘルメスは相変わらずその笑顔を崩さない。
「もちろんないさ。オレは『レスクヴァの巫女』の身を案じているだけなんだから当然だろう? ただオレは中立(ヘルメス)だからな。それと同時に迷宮都市(オラリオ)のことも考えてるだけさ。今回のように(、、、、、、)多少趣味が入ったお茶目をやらかす自負はあれど、あくまでオレは意見を出すだけで何を成すかは当人達の問題だ」
 多少の趣味が泉を覗いた件なのか、それともこれから何かをやらかすつもりなのかが全くわからない言い回しだ。
 アイズが残ると言い出しても口を挟まず慌てる様子もなく、【ヘスティア・ファミリア】と話し合うことにも動じない。
 胡散臭さを隠さずなおかつポーカーフェイスを保つヘルメスは本当にやりにくい神だった。

§

 リリにとってスズは自分を救ってくれた恩人であり、親友であり、人懐っこく無警戒な程純真で優しくて他人の為に無理をし過ぎてしまう女の子だ。
 スクハへの認識は少し違うが、親友であり、なんだかんだ言いながらも優しく他人の為に無茶をしてしまう女の子という認識に変わりはなかった。
 ベルとレフィーヤが危ないと()()()()()()()()()()()()、ざっくりと【ロキ・ファミリア】の幹部達に救援を求めてLV5未満は危険だから来ないようにと言い渡しかつてない速度で装備を纏わぬまま(、、、、、、、、)森の奥へと向かって行く姿から、また無茶をして倒れることは容易に想像できた。

 心配のあまり気が気でならないが、無謀にも追いかけようとするヘスティアを止めなければならなかったこともあり何とか冷静さを保ち、自分達が行くと邪魔になり二人の生存率が下がってしまうことをヘスティアに言い聞かせて【ロキ・ファミリア】に頭を何度も下げて出来得る限りの治療の準備を整えて待つことができた。

 そして予想通りスズは意識を失っており、スクハに語り掛けても表に出られない状態で運ばれてくる。
 精霊セット一式に『鎧式(よろきち)』をしっかりと身にまとったスズに疑問を抱きつつも、あまりの体温の高さにそんな些細な問題は二の次としてコートを肌蹴させ鎧を剥ぎ取り、汲んできた水でタオルを濡らして体を拭くがそれでは体温が上がるばかりだ。
 外傷がないことも確認できたのでコートをしっかりと着させてあげいつものように何度も水を浴びせてあげることで強制冷却を続ける。
 途中で水が足りなくなりそうだったのでヴェルフや【タケミカヅチ・ファミリア】、そして手伝ってくれている【ロキ・ファミリア】の団員達に夜の森の泉まで何度も水を汲みに行ってもらい、ようやく容認できる程度の高熱まで下がってくれた。

 その後はヘスティアとリリで代わる代わる看病をした。
 看病と言っても今は額の濡れタオルの交換と汗を拭ってあげることしかできないが、やらないよりはずっとマシである。

 そして朝、そんなスズがようやく目を覚ましてくれたのだ。
 リリを助けてくれた時は何日も意識不明でスクハも動けなかったことも考えると今回も復帰は早い方だったと言える。
「スズ様、リリです。意識はハッキリしておられますか? どこか辛いところがありましたら我慢せずにおっしゃって下さい」
 聞かなければならないことや怒らなければいけないところもあるが、何よりも目を覚ましてくれたことが嬉しくて、心配で張り裂けそうであった心もようやく一安心することができたリリはまだ虚ろな瞳のスズに優しく語り掛けてあげる。




 そんなリリにスズの焦点が合った瞬間、毛布の上からでもわかるほどスズは体を震わせ始めた。



「り、りっちゃん、だよね? 本当にりっちゃん……なんだ、よね?」
 まるで捨てられた子猫のように弱々しく震えながら、それなのに親しいはずのリリから顔を反らして、そんな当たり前のことを聞いてくる。
 無茶をして弱り切ったところは何度も見て来たが、リリはここまで()()スズの姿を初めて見た。

「はい。リリはスズ様をお慕いするサポーターであり、スズ様のお友達のリリで間違いありません。なのでスズ様は何も怖がる必要はありませんよ?」
 リリは言葉を慎重に選び、聞き取りやすい様にゆっくりと優しくそう言ってあげると、スズはまだ震えて不安げな表情をしているもののリリの顔を真っ直ぐと見てくれる。
「いなく、ならない?」
「リリがスズ様とベル様の元から離れるなんてありえません。リリは生涯お二人の専属サポーターですよ。お二人に嫌がられても、リリを助けた責任は取ってもらいますからご安心ください」
 安心させてあげたくてリリがスズの右手をそっと手に取り笑顔を見せてあげるが、スズは少し首を傾げた後にぎこちない笑顔を返してくれるだけだった。
 震えは止まってくれているが戸惑いの色は消えてくれていない。

「辛いことや痛いところがあれば我慢なさらずにおっしゃってください。リリはスズ様のどんな些細な悩みごとの相談だって受けますから。リリがダメならベル様やヘスティア様にご相談してみてください。これはリリの体験談ですが、1人で悩むと悪い考えばかり頭に浮かんでろくなことになりませんから。もうすぐ新しいお水を頂きに行かれたヘスティア様がお戻りになら――――――」
 話の途中にもかかわらずスズは軽く右手でリリの手を握り返した後、ゆっくりと体を起こしてから左手を開いたり閉じたりを繰り返す。
「スズ様?」

「りっちゃん、弱音……言ってもいい? 辛いこと全部言っても私のこと、幻滅しない?」

「する訳ないじゃないですか。リリはどんなことがあってもスズ様の友達で味方です。例え世界中が敵に回ったとしてもそれは変わりません。ですが、スズ様が悪いことをしたらしっかり叱らせて頂きますよ? 悪いことをしたらスズ様がリリにしてくれたように、今度はリリがスズ様を悪い道から連れ出して差し上げます。リリはスズ様のことが大好きですから」
 そう言ってあげると「よかった」とスズはようやくいつもの笑顔をしてくれた。









「あのね、動くけど、手足の感覚がないみたいなの。体に嫌な臭いが染みついててちょっと吐きそう。それとね、怖いの。すごく怖い。何が怖いかわからないのに、みんなのこと大好きなのに、そんなみんなのことが怖いの。昔の記憶も曖昧で、できたことができなくなってて、それに気づけたのも最近で、不安で不安で不安で、だけどそんなことよりも大好きなみんながいなくなっちゃう方がもっと怖いの。りっちゃん、私まだ戦えるかな? みんなのこと守れるかな? みんなと一緒にいてもいいのかな? みんなと笑ってもいいのかな?」








 一気に吐き出された言葉にリリの理解が追い付いてくれなかった。
 それでもこれだけはハッキリと即答できる。
「一緒にいていいに決まってるじゃないですか。スズ様の大好きなリリは、スズ様が大好きなリリは、ちゃーんとここにいますよ」
 肌で存在を感じさせてあげようとリリはスズの体をぎゅっと力強く抱きしめてあげた。
「リリはスズ様の笑顔が大好きです。ベル様もヘスティア様も同じ気持ちだと思います。ヴェルフ様は……まあ、どうでもいいですね」
「あははは、るーさんも同じ気持ちなら……嬉しいな」
「スズ様の笑顔を嫌うような方でしたらとっくにリリが追い出しているので安心してください。手足のことはヘスティア様に相談しましょう。失明も治療できる迷宮都市(オラリオ)ですから治療法なんていくらでも探しようがあります。体臭の方は……すみません、リリにはそれほどの悪臭を感じることができませんね。お水、お飲みしますか?」
 リリはスズを抱きしめている間に情報をまとめて今できそうなことから順に提案していく。

 記憶の方はスクハが何かを知っている可能性が高いのであえて触れない。
 スズの身を案じているスクハが隠蔽している情報だとしたら、それはスズにとって悪い知らせであるに他ならない。
 人懐っこいスズが『大好きな人が怖い』だなんて人間不信になる出来事なんてロクな話ではないだろう。
 これに関しては隠し通すべきだとリリは考えている。
 少なくともスズの心の問題はリリだけで解決できるほど簡単な問題ではない。

 だからちっぽけなリリにでもできることをする。
「泣きたい時に泣いていいんですよ。笑いたい時に笑えばいいんです。甘えたい時に甘えればいいんです。悩みや愚痴もいつだってお聞きします」
 ただ抱きしめたまま優しく頭を撫でてあげる。
 当たり前のことを当たり前にやっていいと言ってあげる。

「ですから今は安心してお休みください。スズ様が不安にならないよう、お休みになるまでリリがお傍にいますから」
「ありがとう、りっちゃん……」

 少しだけでも元気を出してもらいたくて言った言葉と温もりは無事に届いてくれたようで、スズはこの後すぐに穏やかな眠りについてくれた。
 スズとベルのように短期間で他者を救うことなんてリリにはとてもできない。
 それでも何年かかろうとも、今度は自分がスズのことを救ってあげたいとリリは想うのだった。



また長々となりそうだったので前編後篇に分けております。

今回は夜の野営地で起きた出来事を簡単にまとめたのと、リリがスズの弱い部分に一歩踏み込みました。
リリにポジションを奪われ始めたヘスティア様の運命は如何に。
次回はヘスティア様とヘルメス様から見た今回の事件と、ようやくモルドさんが動いてくれます。
ごゆるりとお待ちください。