スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン
<< 前の話 次の話 >>

94 / 99
誰かに明日を届けるお話、前編。


Chapter12『明日の届け方 前編』

 ベルの行動で結果的にスズが立ち直ってくれたが、その行為でリリの肝は冷やされた。
 実際問題として、ベルの『モルドの罪は許さない』が『モルドを助ける』という行為に疑問を抱き困惑する者達は多い。

 倫理的に考えれば死にそうな人に助け舟を出すのは当然のことだが、相手は無関係どころか恨んでもいい相手なのだから疑問を抱いて当然だろう。
 感情論から言えば『あんな奴等見捨てるべき』であるし、冒険者同士が手を取り合って助け合おうと言う決まりもない。
 むしろ『怪物進呈(パス・パレード)』という自分達が手におえない怪物(モンスター)を他の冒険者達に押し付け、自分達は生き延びる姑息な手段も罪には問われない冒険者社会なのだ。
 他のパーティーとの接触を避ける暗黙の了解まであり、本来なら他のパーティーを助ける余裕なんてない。

 殺人は【ファミリア】間での抗争の元になるので基本ご法度とされている。
 しかし他人を見捨てても罪に問われることもない。
 怪物進呈(パス・パレード)すら当人達による自己責任なのだから、わざわざ恨まれても文句の言えないような輩を助ける義理など本来はない。

 それでもベルは助けることを選んだ。
 あの状況はスズの親族でも『レスクヴァの巫女』を貶めた者を助ける行為そのものに反感を持たれ、スズを置いてモルドを助けようとするベルは『薄情者』と罵られてもおかしくはなかった。
 優しいスズは例え自分が酷い目に遭ってもモルドを見捨てることをしないのは理解できていたし、スズの弱い一面を見た後なのでそういう感情は今のスズを余計に怯えさせるだけなのもなんとなくわかる。
 だから『死なんて生ぬるい』なんて物騒なことを思っても、その感情をスズだけの為に押し殺してリリはいつも通りの自分を演じきれた。


 だけど他の者はそんな事情は知らない。


 それにベルはモルドに謝らせたいと言っていたが、それ以上のことを底なしのお人好しであるベルは求めないだろう。
 スズはまだお人好しだが先のことを見据えて悩んでいる節はあるし、普段ならばスクハが付いていてくれるので問題ないのだがベルはそうではない。
 ベルの心は真水のように()()()()()のだ。
 その()()()()()心は常人の理解を超えてしまい、その行いが倫理的には正しくても人間味に欠けるように思われ不気味に感じられてしまうこともあるだろう。
 悪人にとっては騙しやすいカモでしかない。

 このままモルド達をなんの見返りもなくただ助けるだけでは、『何をやっても許される』とつけ上がらせるだけだ。
 万に一つだがもしもモルドが改心したとしても、その後に関わる悪人達までそうである筈はない。
 いつかは改心などしない『極悪非道』な者達と出会い、取り返しのつかない事態に陥るかもしれない危うさをベルは持っている。
 今までそうならなかったのはひとえに運が良かったか、あるいはスズとスクハが上手く立ちまわってくれていたのだろう。


 ベル一人ではとてもではないが迷宮都市(オラリオ)でまともな生涯を送れない。
 助けた悪人に恨みを持つ者に『なぜあんな奴を助けた』と恨まれることもでてくるだろう。


 ティオナは綺麗な笑い話である『アルゴノゥト』を思い浮かべてベルのことをその愛称で呼んでいると思うが、リリは悪い意味でベルのことを『アルゴノゥト』だと思ってしまう。
 何の疑いもなく人に騙されていることすら気づかず突き進む、()()()()()()喜劇の主人公『アルゴノゥト』。
 その愚かな程綺麗な心は人々には滑稽に映り、あざ笑われ続ける()()()()()主人公。


 冒険者を騙す為に色々と足掻いていた頃のリリはその喜劇を偶然目にしたことがある。
 【ソーマ・ファミリア】に生まれた自分とは違い普通に生きられる道もあったにも関わらず、『アルゴノゥト』は英雄に憧れた故にどこかでのたれ死ぬ愚か者だとリリは思った。
 リリはベルにそんな道を歩かせたくはない。
 騙されたと気づかなければ幸せだと言う者もいるかもしれないが、そんなガラスのように壊れやすい偽りの幸せはふとしたきっかけで粉々に砕け散るのは目に見えている。
 
 




――――――――そんな危うい道を歩かないように、歩かせないように、
        リリがしっかりサポートして差し上げなければ―――――――――





 元々ベル達に助けられた命なのだから、とうにその茨の道を生涯共に歩む覚悟はできている。
 リリが大好きなベルが今後別の誰かを好きになっても、その誰かと結婚しても構いはしない。

 だからベルが綺麗なままでいられるように、ベルがスズの英雄で有り続けられるように、元々汚れている自分が汚れ役を引き受けよう。
 その為に【ヘルメス・ファミリア】が何か疑問を抱く前にモルド達を助けに動いた。
 まともに頭が働いていない内に物事を動かし、いっそ【ヘルメス・ファミリア】がモルド達を憐れむくらいの要求をすれば一時凌ぎではあるが事態は収拾するだろう。
 ベルやスズの手によって多少要求は緩和されるとは思うが、リリの一番大切なベルとスズを傷つけた罪を簡単に水に流すつもりはない。
 二人が容認できるぎりぎりの範囲を追求するのは当然として、二人には内緒で色々と手は打つべきだろう。

 こんな事態になってもスクハが一度も現れないということは、スズの精神的疲労のせいで出てこれない状態であると考えるべきだろう。
 消耗しきったスクハが次にいつ出てこれるかわからない今、スズの手を正しい方向に引っ張ってあげるのもリリがしなければならない。
 またスクハが何でもない理由で寝泊まりしに来てくれる日を迎える為にも、危うい二人を周りの環境から守ることが最優先なのだ。

 ()()()()()()()二人には自分が付いていないとダメなんだと思うと、心配すると同時に自分は二人に必要な存在だという実感が持て、不謹慎ながら嬉しくも感じてしまう。
 だからこれは人助けや大好きな人達の為だなんて綺麗な理由ではなく、自分がそうしたいからそうしているだけの私利私欲。
 リリはその想いを胸に、僅かに熱を持ち始める自分の背中には気付くことなく、次に何をするべきか試行錯誤をし続けるのだった。


§


 逃げ道を塞がれ怪物(モンスター)達に囲まれたモルド達は自分が生きることに必死になるあまり統率が一切取れていない状況だった。


 助けを求める声が聞こえた。助けに行く余裕なんて誰一人なかった。
 怪物(モンスター)の雄叫びが聞こえた。倒しても倒しても集まる怪物(モンスター)に恐怖した。
 嘆きの声が聞こえた。女神と『巫女』に手出ししたせいで神罰が下ったんだと泣き叫ぶ声が徐々に伝染していく。


「くそ、結局俺達はあの神の旦那の手のひらの上ってか!? そんな『神話』クソくらえ!! てめえら愚痴る暇あったら武器振りやがれ!! このまま『インチキ・ルーキー』の引き立て役で終わる気か!? 俺はそんなのごめんだぞ!? こんな奴等数が多いだけでいつもやり合ってる顔ぶれだろっ!!」
 モルドが仲間を振るい立たせる為に活を入れるがその言葉は誰の心も動かさない。
 こうなった原因はモルドが『レスクヴァの里』の連中が大きな顔をしているのが気に入らない』と言い出したことから始まった。
 ただでさえ自分達が生き残るのに必死なところにその元凶であるモルドが士気を高めようとしたところで逆効果だ。

 ならず者の冒険者ゆえにつるんでいる時は一致団結して群れるが、いざ自分の命が危ないとなれば自分を最優先にしてしまう。
 自分の心を保つ為に『誰が悪かった』かを明確にしてそれを一人に押し付ける。
 嘆きの声がモルドへの罵倒へ変わるのは早かった。

 全体の動きがモルドを囮とするような立ち回りに変わり、気づけばモルドは孤立していた。
 多くの者を生存させるという意味ではモルドの言葉は効果的だったが、モルドはまたしても自らの言葉で自分の首を絞めることになったのだ。
「スコット、ガイル! 助けろっ、助けてくれええええええっ!?」
 モルドの言葉はダンジョンを共にする仲間にも届かない。
 もしかしたら届いてたかもしれないが、届いた気が全くしなかった。


 怪物(モンスター)の爪や牙で防具が徐々に壊され、身も心も傷つき、体力も底をつき掛け、最後の頼みの綱である大剣すらバグベアーの怪力に弾かれ宙を舞う。
 文字通りモルドには何も残っていない。
 後は怪物(モンスター)に蹂躙されるのを待つことしかできなかった。
 全てを持っているベルを妬んだせいで、少しだけ持っていたものすらなくしてしまった自分があまりに滑稽で、恐怖を通り越して乾いた笑いが込み上げてくる。


 バグベアーがモルドの体を引き裂こうと爪を振り降ろそうとした刹那、誰かが高速で飛び出しバグベアーの首を切り裂き、二刀による連撃で四脚の筋を断ち完全に無力化してから回し蹴りでバグベアーの巨体を蹴り飛ばし、後続の怪物(モンスター)に叩き込む。
 モルドを助けてくれたのは白髪の少年だった。
 自分が妬み、『インチキ・ルーキー』だと罵り、後ろから刺されても文句のいいようがないことをした相手。
 そんな白髪の少年ベルが次から次へと押し寄せて来るバグベアーを返り血を浴びることもない素早い二刀の連撃で引き裂き、代わりに力尽きて膝をついていたモルドがその全ての返り血を浴びることになる。





「大丈夫ですか!?」





 ベルは振り向くことなく、戦い続けたままモルドにそう問いかけてくる。
 意味が分からなかった。
 なぜ恨まれることしかしていない相手が自分を助け身を案じてくれているのか理解が追い付かない。

 そしてさらに理解を超えた轟音と雷光が周りの怪物(モンスター)を蹂躙していく。
 金色に輝く稲妻を身にまとう『レスクヴァの巫女』が目にもとまらぬ速さで槍による突撃をしたかと思うと、今度はその槍が鞭のように撓り伸びる双剣に変わり、その刃で怪物(モンスター)を絡めとりバラバラにする。


 時には剣と盾、時には大剣、変幻自在に合体変化していく武具。
 無詠唱で怪物(モンスター)を蹴散らす【雷魔法】。
 何もかもが規格外で、ヘルメスが念には念を込めて無力化する方法を用意した理由も納得がいく出鱈目な光景が目の前で繰り広げられている。
 もしもヘスティアがスズの更新中でなければあれだけ対策アイテムを授かっていても捕えることすらできなかっただろう。
 強いと言うのはわかっていたが、ここまで出鱈目な相手だとは思いもしなかった。


「心優しいベル様とスズ様に感謝なさって下さい。本来なら犯行者全員の四脚を切断して【ファミリア】ごと潰されても文句が言えない程、『レスクヴァの巫女』というネームバリューは今の迷宮都市(オラリオ)に影響を与えているのですから。よかったですね、冒険者様。ベル様とスズ様が底なしのお人好しで」
「俺の大切な顧客で仲間のベルとスズに手を出しといて……はいごめんなさいですむと思うなよ、大男」
 後ろから投げかけられた声に顔を向けると犬人(シアンスロープ)の小さな少女と赤髪の男が立っていた。
 赤髪の男は明らかに怒りの表情だが、犬人(シアンスロープ)の少女はニコニコしている。
 ニコニコはしているが言っていることが物騒なのも相まって、赤毛の男よりも恐ろしく見えてしまう。
 
 何も言う暇さえも与えずに犬人(シアンスロープ)の少女はモルドの襟を掴み、怪物(モンスター)を避けるように怪物(モンスター)の亡骸の中を駆け回り引きずり回す。
 怪物(モンスター)の群れの中に居るはずなのにただ一度もまだ怪物(モンスター)と出くわしていないのが不思議だった。
 犬人(シアンスロープ)の少女の後を身を低くしながら追っている赤髪の男が「俺は本当に必要だったのか」と疑問を投げ掛ける気持ちがわかるほど安全に運ばれているが、地面から生えている水晶がモルドの尻に何度もぶつかっており決して快適とは言えない。

「痛いところはございませんか、冒険者様?」
「いででででででっ!? いてぇに決まってるだろ!? 助けるならもっとそれらしく振る舞いやがれ!?」
「それは何よりです、冒険者様。片道1億ヴァリスに加えもう1億ヴァリスを追加して下されば、リリは身を引き裂かれる思いで冒険者様を快適に運んで差し上げますがいかがなさいましょうか?」
 犬人(シアンスロープ)の少女はニコニコと笑顔を崩さずにとんでもないことを言ってのけた。
 LV.3が所属するEランクの【ファミリア】がギルドに一年間で納めなければならない額でも100万ヴァリス弱だというのに、それを遥かに上回る1億ヴァリスが既に支払い了承済みのような口ぶりで物を言い、さらに平然と痛い思いをしたくなければ倍払えと請求してきている。

「ちょっと待て、なんだよその1億って!? どこからその数字がでてきやがった!?」
「あ、分割払いで結構ですのでご安心下さい。一日30万ヴァリス程お支払いしていただければ一年以内に納金可能なのですよ? 幸い冒険者様の数も多いですしお凄い冒険者様なら余裕ですよね?」
「人の話をっ」
「ちなみにベル様とスズ様がお救いした命を無駄にされては困りますので、お一人が亡くなるごとに1000万ヴァリス程納金額を増やさせて頂きましょう。よかったですね、冒険者様。これでまた皆様と仲良く冒険することができますよ」
 同じことを先に言われているのか怪物(モンスター)との乱戦エリア外、【ヘルメス・ファミリア】と【タケミカヅチ・ファミリア】が怪物(モンスター)と戦っている奥に先に助けられた仲間達が膝をついて脱力してしていた。



「あれだけの数がおられるのならお一人様一日数万ヴァリスで十分でしょう。
 この件が迷宮都市(オラリオ)中に知られ冒険生命を絶たれるのと、またあの乱戦内に投げ込まれるのと、汗水流して綺麗なお金をリリ達に支払うのどれがよろしいでしょうか?」



 犬人(シアンスロープ)の少女が悪魔のように笑う。
「まあ一人でもお断りするようでしたら各【ファミリア】に同じことを請求するだけなので、リリとしてはこのまま逆走したいところではあるのですが」
「わかった! てめぇの怒りは十分わかった!! 払ってやるよこのド外道がっ!!」
「交渉成立です。冒険者様の酒臭い悪臭はしっかりリリは覚えましたので、バカなことは考えない方が身のためですよ。くれぐれも団体責任団体負担であることをお忘れなく」
 本当に悪魔のような少女だ。
 精霊レスクヴァと女神ヘスティアはヘルメスが言いくるめると言っていたが、1億ヴァリスという法外な額を()()()()()()()()少女を口で丸め込めるとはとても思えない。
 おそらくヘルメスもこの犬人(シアンスロープ)の少女については何も警戒していなかっただろう。
 一見人畜無害に見えてとんだジョーカーである。




「【雷よ。天より裁きの鉄槌を降せ。閃光の嵐。解き放て雷。第九の唄テンペスタス・ソルガ】」




 九つの球体から嵐のように激しく降り注ぐ金色の光による爆発が地面を抉りとり、圧倒的な火力で怪物(モンスター)の群れを殲滅する光景に、そんな爆発の中平然と駆け回るベルに、
 本当に『あの里』とは出鱈目で普通の冒険者が手を出していい相手ではなかったと今更ながらモルド達は思い知らされるのだった。


§


 ティオナは異常事態(イレギュラー)である女型のゴライアス相手に臆することなく、ただひたすらに攻め続けていた。
 女型のゴライアスの素早く重い攻撃は直撃すれば大ダメージを覚悟しなければならないが逆に言うとLV.5のティオナを一撃で殺す程の威力はない。
 連続して受ければ不味いとは思うのだが2発か3発ならば巨大な拳を受けても重症程度で済みそうである。

 女型のゴライアスは巨体の割に素早く通常種よりも高いポテンシャルを持っているが、37階層の階層主『ウダイオス』のように地面から無数の刃を放つ訳でもなく、ただ単純な力技と『咆哮(ハウル)』の魔力を強引に口から発射する低威力の荒業があるだけで、攻撃面において厄介な特殊能力を何一つとして持っていないのだ。
 唯一の武器である『咆哮(ハウル)』で怪物(モンスター)を呼び寄せている節もあるが、気を張りつめ【ステイタス】が正常に作動している今、18階層前後の怪物(モンスター)では不意打ちが通ったとしてもティオナにまともなダメージを与えることができない。


 腐っても階層主だけあってアダマンタイトの刃も肉は断てても骨を断つまでには至らないが、ただ肉体が強いだけの怪物(モンスター)なんてこの階層より下にはいくらでもいる。
 しかしティオナは女型のゴライアスを倒しきれずにいた。
 何度『ウルガ』で肉を切り裂いても切り裂いた先から赤い光が傷口を塞いでしまうのだ。
 治ることをいいことに魔石を狙おうとすると胸を腕で防御するか、放つ『咆哮(ハウル)』でティオナにダメージを与えながら吹き飛ばし戦闘を仕切り直しにしてくる。
 それでも相手の攻撃の隙をついて魔石を貫こうと何度も突撃を繰り返してみるが結果は変わらず、防御が硬く『自動回復』を持った相手に対してティオナは決め手に欠けていた。

「ああ、もう! 怪物(モンスター)なのに回復するなんてずるいっ!!」

 自分が瀕死時に【基本アビリティ―】補正を高める【スキル】は持っているが、それもアイズの【エアリエル】程爆発的に【ステイタス】が上昇する訳でもなければ特殊効果もついていない。
 英雄譚は沢山読んでいたが【魔法】も発現していない。
 高い身体能力と『ウルガ』がティオナの最大の武器なのだ。
 女型のゴライアスに『自己回復』が備わっていなければ筋を断ち、動けなくなったところで魔石を貫くだけで済んだのだが、それができないとなると一対一の戦いは非常に不利である。


 なまじ『ウルガ』なら魔石まで刃が到達できそうなことと、遠征前にアイズがリヴェリアの援護があったらしいものの、ほぼ単独で階層主を討伐してLV.6にランクアップしたこともあり、倒せそうなのに倒せない状況にティオナはもどかしさを感じていた。


 守るべき者が居るのを忘れている訳ではないが、この時ティオナの中から女型のゴライアスの『足止め』という当初の目的はすっかり頭から抜け落ちていた。
 どうすれば『自己回復』を持った相手の隙をついて魔石に攻撃を当てられるか、それに集中してしまっているのは好戦的な種族であるアマゾネスの性だ。
 そして能天気にもその内なんとかなるかなと難しいことを考えるのを止め、感覚的に戦ってしまうのは明るく能天気なティオナの良くも悪くも持ち味である。
 『自己回復』を気にせずスタミナ配分も考えず全力で戦い続けるティオナに背を向けることができず、結果的に女型のゴライアスはティオナに集中せざるをえなくなっていた。

 そこに木々の間から高速で飛び出したリューの木刀が女型のゴライアスの脛を強打して、その不意打ちを受けた女型のゴライアスの体のバランスが僅かにだが揺らいだ。
「『大切断(アマゾン)』、遅くなりました」
「あ、『豊饒の女主人』の店員さん! 白猫ちゃんは!?」
 その隙を逃さず再び勢いよく地を蹴り魔石目掛けて突撃するが、女型のゴライアスの再び口から放たれる『咆哮(ハウル)』で吹き飛ばされ『ウルガ』の刃は肉に食い込んだところで押し戻されてしまった。


「あああああああああ!! 惜しい!! 後ちょっとだったのに!?」


 吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直し地面に足をつけ踏ん張りと摩擦で立ち止まり、追撃で繰り出されたゴライアスの足払いを危なげなくジャンプでかわす。
 リューも同様に足払いをかわしながらも、「悔しい」と嘆き『ウルガ』を構え直すティオナにほんの僅か眉を落とす。

「私が来るタイミングが悪かったようですね」
「そんなことないって! 店員さんのおかげで今一番いいとこまで行ったんだから気にしない気にしない! それよりも白猫ちゃんはもう大丈夫なの!?」
「はい。今はクラネルさんと共に周囲の怪物(モンスター)を迎撃しています」
「そっか。よかった!」
 戦闘中にも関わらずに満面の笑みを浮かべるティオナに「貴女のようなアマゾネスなら大丈夫でしょう」とリューは何やら意味深な言葉を呟く。
 ティオナはそれの意味が分からず軽く首を傾げるが、『大丈夫』と言われてるのだから褒められてるんだろうなと「えへへ」と深い意味は気にせずに笑みを返した。

 そんなティオナとリューのやり取りを当然ながら女型のゴライアスは待っていてはくれない。
 今度は拳を振り上げようとしたところで二つの小瓶が勢いよく投擲され、小瓶は女型のゴライアスの頬に触れた瞬間に大爆発を起こした。
 リューに続いてティオナの元に駆けつけてくれたのはアスフィだった。
 『魔道具作成者(アイテムメイカー)』であるアスフィが制作した『爆炸薬(バースト・オイル)』は中層級なら一つで怪物(モンスター)を爆砕できる程の威力を誇っている。
「ちょっと、火傷だけとか勘弁してくださいよ……」
 そんな彼女の手札の一つも女型のゴライアスの頬を軽く焦がす程度の効果しか発揮できず、爆発による目くらましになっても決定打にはならない。
 それは女型のゴライアスも食らった直後に理解しているのか、目が見えない間にティオナの攻撃が来ても胸を守れるようにアスフィにではなくティオナに向かって『咆哮(ハウル)』を放っていた。
 そこから女型のゴライアスが戦闘の優先順位をつけられる知性を持っていることが窺える。
 想定【ステータス】がLV.5級はあり、『自己回復』とある程度の知性も持っているとなると実に厄介な相手だ。
 LV.4が二人とLV.5が一人では分が悪いのはこちらだろう。

「リオ……リュー! 『大切断(アマゾン)』! 説明は不要だと思いますが、リヴィラから来る援軍が一斉射撃の準備を行ないます! 貴女方はそのままゴライアスの注意を引きつけておいて下さい!」
「わかりました。それでは私と、貴女で、敵の意識を分断させましょう。『大切断(アマゾン)』はそれに加え狙えるようでしたら魔石をお願いします」
「え、いや、待っ―――――――――」
「もうチャンスは逃さないもんね! 二人とも気を付けてね!」
 リューとティオナがアスフィも囮役だという前提で散開し出す。
 女型のゴライアスに致命打を与えられるのはティオナだけだが、リューとアスフィでも痛打くらいなら与えることはできる。
 女型のゴライアスはティオナから致命傷を受けない為にも痛打を繰り出せる二人をいつまでも放置する訳にはいかないだろう。
 階層主戦は『攻撃役(アタッカー)』に集中してくれているから安全だという単純なものではないのだ。
 本当は『【魔法】による一斉射撃の準備が進んでいる』ことを伝えに来ただけのアスフィだが、二人がアスフィを組み込んで行動を開始してしまった以上、土壇場で断ると戦況に影響するかもしれない。
 無責任な冒険者なら構わず退避するかもしれないが、とことん損をする真面目な性格をしているアスフィには危険な囮役を買って出る選択肢しか残されていなかった。

 内心主神であるヘルメスに愚痴と恨み言を言いながら、朝日が無事拝めることを祈りながら、アスフィは泣く泣く囮役に参加するのだった。



今回はコメントで疑問に思われていたことへの返信をいつもながら作品内でまとめた形です。

耐久のバランスはレフィーヤさんと『フロッグ・シューター』。
黒いゴリアスの『咆哮(ハウル)』をLV.2とLV.3なら盾で防げるが直接攻撃は防げない。
LV.4のリューさんも攻撃を受けたら不味いのかアスフィさんに「貴方死にますよ」と言われていることと、割とウルガで防いだりしつつも食人花などなどの攻撃を「痛い」ですむティオナの頑丈さからの独自解釈です。
おそらくLV.2が持つ盾以上には頑丈なのだろうと思っていたりします。
戦闘時のLV.5冒険者恐るべし!

ようやく戦闘準備が整い出しいよいよ本格的な巨人戦。
このまま簡単に倒してしまうか、それとも再び何か別の要素が混ざって苦戦を強いられてしまうのか、のんびりとお待ちください。