スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン
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大切なモノとお別れをするお話。


Epilogue『お別れの仕方』

 ヘルメスにとってその光景は心躍るものだった。
 地上に降りた神は一般人程度まで能力を抑えている為、高速で動き回るベルと『巫女』の動きを目で追えている訳ではない。
 無数の雷光が宙を駆け、怪物(モンスター)の攻撃を迎撃し、ベルが足場にしてるであろう光の帯が怪物(モンスター)を倒す道しるべにでもなっているかのように続いている光景は、神が思うのもおかしな話ではあるが幻想的だった。





 何よりも精霊が英雄の為にその命を削る光景は儚くとも美しく感じる。




 
 【神の恩恵(ファルナ)】を持たない地上の者は精霊の力を借りて魂という器が向上しても、肉体の『保護限界値』は【神の恩恵(ファルナ)】ほど便利に向上するものでない。
 いくら肉体を鍛えても、精霊から授かった力や【魔法】で身体能力を強化しても、レスクヴァが最終目標にしている黒龍討伐には【基本アビリティ】でいうところの【耐久】が圧倒的に足りないのだ。

 それを補う為に【長距離粉砕砲撃魔法】という訳の分からない必殺の一撃を携え、【防壁魔法】も発展させ周囲の味方のダメージを肩代わりしながら様々な【付与魔法(エンチャント)】を状況に応じて付加させる【自動支援魔法】までもレスクヴァは0から作り出した。
 目立ちたがり屋で子供っぽいお転婆精霊レスクヴァのことだ、それら自らアレンジして昇華した【魔法】に自分の名の一部【レスク】をつけているのは、「これは私が考えたんだぞ」と『ドヤ顔』をする為であろう。

 だがこれらの【レスク】の名のついた【魔法】はとにかく燃費が悪いのに加え、術式が複雑すぎてレスクヴァ本人かレスクヴァの血を馴染み切らせた『巫女』以外は使えない。
 無理に使おうとすれば膨大な魔力が『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』を起こし、術者は周りの地形ごと吹き飛んでしまう致命的な欠陥を抱えているのだ。
 攻撃の要である【長距離粉砕砲撃魔法】と支援の要である【自動支援魔法】を一人で同時に使うには『精神力(マインド)』が足りず、使用できる者が限られているせいで術者の数を揃えて代用することもできない。

 一応『育てきった巫女』を別の里に派遣し、自分の代わりに新たな『巫女』の育成をしてもらおうかと試みたようだが、そちらの方は上手くいかなかったとヘルメスは聞いている。
 それら『レスクヴァの里』から分家した『旧巫女』達がレスクヴァの代わりに新たな『コロニー』を作ったところまではよかったのだが、新しく作った『コロニー』最初の住人が『王国(ラキア)』の『魔剣』に故郷を焼かれ行き場を無くした女子供ばかりの非戦闘員だったのが原因だろう。
 心の傷を癒す為にも戦いから遠ざかり、本家本元の魔境『レスクヴァの里』とは違い、分家した里のほとんどが無茶苦茶な修行風景などない穏やかな暮らしを送ることになったのだ。



「おっと、思い出にふけっている場合じゃない。もっとすごいことが始まろうとしている。いや、始まっているんだ!」
 少し蛇足気味に楽しみすぎているとヘルメスは思考を今起きているであろう現象の考察に戻す。



 『精神力(マインド)』不足を人数で補えないレスクヴァが次に考えたのは、おそらくだが、どうにかして『精神力(マインド)』の消費を他のもので代用できないかだろう。
 魔導士達が聞けば、「そんなことができたら苦労はしない」と激怒しそうな内容だが、実際に『精神力(マインド)』の肩代わりにする精霊の血で出来た結晶『精霊石』を作り上げてしまったのだから大したものだ。
 しかし精霊の血、いうなれば精霊の命そのものを含む『精霊石』は、今起きている現象(、、、、、、、、)の消費を最低限に抑えるのが本来の目的だろうと考えられる。



 今『巫女』は肉体という器の枷を外す為に『(いのち)』を剝き出しにして限界を突破し、その『(いのち)』を削って【魔法】を行使している。



 ただ命懸けで【魔法】を放つことなら誰にでもできるだろう。
 自分の限界を超えた無茶をして衰弱死した者だって大勢いる。
 そんな死因はともかく、死んでいった地上の者の魂は例外なく天界に送られ、しかるべき処置が施された後に地上に転生するのは神々にとって常識だ。
 しかし『巫女』は、その本来輪廻の輪から外れることはありえない『(いのち)』そのものを代価にしているのだ。


 どうやればそのような珍妙なことができるのか原理まではわからないが、『(いのち)』を使い切れば文字通り魂は消滅してしまい天界に送られることすらないだろう。
 少なくとも神であれば誰であれ、魂を燃料に燃やしている『この結果』を理解できる。


 来世を祈ってあげることすらできないなんて、ヘスティアにとっては耐えがたい苦痛だ。
 だがそれは天界で実際に魂と触れ合い地上を見守って来た神々の事情である。
 『前世』や『来世』なんて言葉は『今』を生きる地上の者にとって他人事に過ぎず、思い切った『(いのち)』の燃やし方を見るに『命懸け』も『(いのち)懸け』も『彼女達』にとって違いはないだろう。

 そのことでショックを受けているであろうヘスティアには本当に悪いと思うが、ヘルメスはこのことに関してはさほど心配していなかった。
 見た限りでは『(たましい)』を激しく燃やしているからと言って、スズの膨大な『(いのち)』はこの一回で致命的に壊れるようなものには見えない。
 むしろこの一回で壊れるのなら出し惜しみなどせず『メギンギョルズ』を使用していた筈だ。
 それをしなかったということは、『巫女』もまたベルの英雄としての素質を見極める為、あるいは勝利へと導けるギリギリの範囲の力でベルを英雄になるよう育成していたと見ていいだろう。
 現に『巫女』の導きによって、『古代』の英雄達をなぞるように精霊の力を借りてベルは自ら限界を突破して遥か格上の相手を今まさに倒して見せたのだ。


「ああ、『神託(オラクル)』なんて専門外なんだが……言わずにはいられない! 動く、動くぞ! 時代が動く!」
 ベルに目を付けたのは間違いなかったとヘルメスの直感が告げる。
 フィン、リヴェリア、オッタル、アイズと時代を通してみても稀に見る優れた英雄達の器が一つの時代に揃い、一切動かなかった『レスクヴァの里』が動いた。
 そして『レスクヴァの巫女』がまだ未熟なベルの育成に入り、ダンジョンでは次から次へと『異常事態(イレギュラー)』が多発している。
 これほどまでに出来事が重なり何も起きないわけがない。
 神々にとっての最大の娯楽である『変化』、それもとてつもなく大きな『変化』が必ず訪れると確信する。

 『古代』より勝手な神々にとってこれは最大の娯楽であり最高の見世物。
 ヘルメスはそんな神々を代表するかのように「この地に下りてきてよかった」と興奮に身をゆだねるのだった。



§












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               §誰かの笑い声が聞こえた§
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 その時の『私』はただそこに在るだけのモノだった。
 思考という思考を放棄して、『苦しい』『痛い』『辛い』それらの感想すら薄れ、ただ怪物に蝕まれながら条件反射に声を漏らす存在。

 そんな壊れきった『私』の目の前で里の皆が楽しそうに笑い合い食事をしている。
 薄暗い蠢く肉塊に包まれた蠱毒の中ではなく、『恨み』『辛み』『妬み』の感情が渦巻く混沌の苗床でもなく、日当りのいい草が生い茂る美しい広場で里の皆が大きな木製のテーブルを囲んでいた。
 失った幸せに溢れた日常風景を前に、壊れきっていた筈の『私』の瞳から涙が零れ落ちる。
 自分が泣いているという自覚を取り戻し、まだ自分が涙を流せるという事実を知り、物事を考えられる『人間らしさ』を取り戻すまで、里の皆はただ待ってくれているかのように目の前で終わらない宴会を続ける。


 物事を考えられるようになると、えっちゃんが立ち上がり手を大きく振って『私』のことを呼んでくれた。


 今度はこういう方法で怪物は『仲直り』をしようとしているんだと、感情よりも先にやはり理性が物事を理解してしまう。
 これは怪物が見せる『夢』だ。
 いつまでも『仲直り』をしてくれない『私』に対して、怪物がやり直しを要求しているに違いない。
 里の皆のいるあの場所に行けば、きっと『私』は『夢』の中で幸せな日常を見続けることができるだろう。
 怪物も穏やかな寝顔になった私に満足して、『夢』の中で狼として現れまた友達となり、何も起こらなかった幸せな世界が『私』と怪物を満たしてくれるのだと思う。



 そんなこと許せる訳がない。―――許せない―――



 『私』は目の前の『幸せな夢』から目を反らし、『辛い現実』を振り返る。
 目の前に広がっていた宴会風景とは違い、『私』の後ろは、暗闇と、悪臭漂う肉塊と、人と怪物(モンスター)の屍がどこまでも続いている。
 一緒にオーロラを見るという些細な約束すら守れず、救われた命を罪の意識から無駄にしてしまった『私』が今更幸せな『夢』を見ていい訳がない。



 自分勝手な我儘で全てを台無しにした『私』が許されていい訳がない。
 ――――幸せになってはいけない――――



 怪物が作り出した夢なら、『幸せな夢』を拒む『私』を引き留めようとするかと警戒して少し後ろを振り向くと、里の皆はなぜか笑顔で見送ってくれた。
 気を付けて、自分を大切に、元気で、辛い時は泣いてもいい、そんな優しい言葉を投げ掛けてくれた。
 まるでその言葉が本物の皆から投げかけられたような気がしてならなくて、『私』はその場から逃げるように『辛い現実』へと向かって歩みを進める。








 壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ。







 怪物でも『私』でもない、地上に存在するあらゆる『負の感情』が暗闇のもっと深いところから囁く。
 こういう辛いところの方が『私』にはお似合いだと強がりながら奥へ奥へと進んで行く。
 結局のところ『私』は自分の罪に耐えきれないだけで、自分を理不尽なほど罰してくれる場所ならどこだっていいのだ。



 怖いのは嫌だし、痛いのは嫌だし、苦しいのは嫌だし、悲しいのはもっと嫌だけど、不幸に酔いしれるヒロイン気取りの自分自身が嫌いだけど、わかっていても罰を受けないと耐えられない。



 それなのに、暗闇を進んでいた筈なのに、自分を痛めつける為に進んでいた筈なのに、目の前には暖かい光があった。
 かつてお母様だった魂の欠片が、砕け散り怪物に食われどす黒く在り方が反転してしまっているお母様の一部が、暗闇に染まってもなお温かさを失わずに目の前に突如として現れたのだ。



 ――――――――――ヤット見ツケタ――――――――



 虫食いの穴だらけになり汚染された魂の欠片が、リンっと鈴の音のように鳴って意思を伝えてくる。
 怪物に取り込まれた部分はほんの僅かで、在り方が変異してしまっているにも関わらず、娘を思う一心だけでお母様はここまで迎えに来てしまったのだろう。
 大好きなお母様は本当にいつだって無茶苦茶な精霊だと、『私』はまた涙を流す。
 こんな姿にまでして迷惑を掛けてしまって申し訳なくて苦しくて、ここまで思ってくれているのが嬉しくて、それがやっぱり辛くて涙が止まらない。



 叱リツケルノハ母親デアル私ノ役目デショ、コンナ所マデ遊ビニ出カケテ困ッタ子ネ。



 温かさを持つ混沌の光がリンっとまた音を立てて意志を伝える。
 姿の原型は留めていないが、くすくすと笑っているお母様の姿が自然と脳裏に浮かんで、ただ『私』は涙をボロボロとこぼしながら「ごめんなさい」と繰り返し謝り続けることしかできなかった。
 全部台無しにしてごめんなさい、自分勝手でごめんなさい、悪い子でごめんなさい。
 謝っても謝っても謝り足りないのに、お母様はいつだってやりたいことを好き勝手やってしまうような精霊だ。
 言葉を交わす時間すら許してくれないだろう。








 コノ子ハ誰ガ何ト言オウト、私ノ娘ダ。私ノ大切ナ娘ニ気安ク触ルナ怪物風情ガ。








 そしてお母様は『悪夢』から強引に『私』を連れ出して、結果的に『私』と『スズ・クラネル』を外へと連れ出してしまったのだ。
 この時の『私』は謝ることしかできなくて、最後までお母様に「ありがとう」と言ってあげることはできなかった。
 







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              §大鐘楼(グランドベル)の音で目を覚ます§
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 長い時間の記憶が飛んでしまっているが、最悪な状況ながら今度もまた『スズ・クラネル』に自我を保ちながら戻って来れた。
 すぐさま『スズ・クラネル』のコンディションをチェックすると、案の定『同調』による『悪夢』の逆流を確認できる。
 どこまで流れ込んだかはわからないが、少なくとも『悪夢』の始まり部分と、先ほどの『夢』の部分は『スズ・クラネル』に流れ込んでしまっている。


 犯人はヘルメス。娯楽神注意。後は任せた頑張って。そんな『私』でない誰かの箇条書きの遺言をサルベージし、誰にも気づいてもらえないまま消えてしまったであろう子の冥福を祈る。


 問題の『スズ・クラネル』は『精霊石』を全て使い切り、『私』から【魔力】を吸い上げ、『(いのち)』と【魔力】を燃やしながら強引に『スズ・レスクヴァ』の戦い方をしている。
 『同調』はしたもののそこまで深く『私』と繋がった訳ではないようで、『メギンギョルズ』は使用できず、代わりにせっかく組み上げてあげた【ヴィング・ソルガ】の術式を改悪して使用したようだ。
 この改悪されてしまった【ヴィング・ソルガ】については、元通りにしてもまたすぐ誰かの為とあれば改悪されてしまうのだから、重ね掛けの【ヴィング・ゼフテロス・ソルガ】を残しつつも改善していくとしよう。



 自分で言うのもなんだが本当に手のかかる子だ。



 ベルが階層主だと思われる巨塊をこれまた無茶な限界突破をした【英雄願望(アルゴノゥト)】により【ファイアボルト】で打倒すと、すぐに『スズ・クラネル』は割れたままの中央部にある白水晶を見上げる。
 どうやら今、白水晶の中で渦巻く闇は『蠱毒の一部』と繋がってしまっているらしい。
 その『蠱毒の一部』が何なのかは帰って来たばかりの『私』でも、いや、帰って来た『私』だからこそ簡単に正体が理解できてしまった。
 不幸なことに先ほどの『夢』を共有してしまった『スズ・クラネル』もその正体に気付いてしまっている。



「こんなになってまで私を助けに来てくれたんだよね。私の泣いている声、そこまで聞こえちゃったんだよね」



 剣と鞘を結合し作り出した槍は『偽巨人殺しの槍(グングニル)』。
 装填するは【必中魔法】である【キニイェティコ・スキリ・ソルガ】。
 蓄積されすぎた魔力が槍を持つ右手の『雷甲鈴(らこりん)Mk-Ⅲ』が熔け、右手も同様に焼き焦げる。
 それでも心配させまいと痛みを顔に出すことなく、「解き放て雷」と槍を勢いよく投擲した。










「ありがとう、お母様。外に出れて私はまた幸せを感じることができました」










 『私』が最後まで言えなかった言葉を『スズ・クラネル』が誇らしく伝えてくれた。
 雷光が暗闇を貫き、暗闇に吹き溜まる『負の感情』も跳ね除け、かつてお母様の欠片だった怪物の胸も貫く。





 今まさに暗闇から出ようとしていた怪物は、まるで祝福してくれるように聖母のような笑みを浮かべ灰となって消えていった。





 こうして『私達』は、そっと『蠱毒の壷』の蓋を締め直した。
 そして最後まで頑張って我慢した『スズ・クラネル』の瞳から涙が零れ落ち、涙をボロボロボロボロと零しながら、どことも繋がっていない壊れた白結晶を見上げ続けるのだった。






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 スズ・クラネル LV2
力:g236   耐久:f325 器用:g270
敏捷:g209   魔力:i0
魔導:h

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神の力に反応したのではなく、ただただ娘の泣き声を聞き、理屈を蹴っ飛ばし、繋げた先の媒体で自我もないまま暴れ回った女型の巨人のお話でした。

もう少し色々詰め込みたいことがあったものの、上手くまとまり切らず結局削っては書きを繰り返し最後はすっきりしているのかも微妙なものになってしまいました。反省。
こんな作者でありますが、これからも『少女の物語』を見守ってくださると幸いです。