【習作】キヨシ投獄回避ルート 作:PBR
花が勝てばキヨシの全額奢り、キヨシが勝てば花はジャージを脱ぐ。
そんなルールで行なわれた第一ゲームは、負ければキヨシに下着を見せなければならないと微妙にずれた思考に陥って自滅した花の敗北で終わった。
全ては妨害ありのルールに慣れていて終盤まで動きを見せなかった外道の作戦通りだ。
相手が妨害を始めたときには花も気付いていたが、それでも負けてしまった事実は変わらない。
そんなセクハラルールなんて認められるかと文句を言いたい気持ちは当然ある。
しかし、ここでそうやって罰ゲームを拒否すれば、キヨシのことだから「ま、花さんも所詮は普通の女の子だったってことですね」と小馬鹿にしたように言ってくると容易に想像が付くのだ。
小さな事にはこだわらない花も、心がどぶ川のように黒く濁った男に“ただの女”と思われるのは我慢ならない。
やると決めた事はやる。そうだ、自分は裏生徒会・書記の緑川花だ。心の中でそう覚悟を決めた花は椅子に座ってジュースを飲んでいたキヨシを睨み付けると、勢いよくジャージを脱いで不敵に笑った。
「ほら、ルール通り脱いだわよ」
「あっさり脱ぎましたね。けど、やっぱり穿いてない方がいいですよ。ジャージ穿いてるとモッサリして見えますし」
不良が鎖を振り回すように脱いだジャージを花が片手で回していれば、鞄が無いなら自分の方に入れておきますよとキヨシが受け取って鞄に仕舞い込む。
花にしてみれば携帯と財布しか持ってきていなかったので丁度良かったが、ジャージ姿をダサいと言われたことはカチンときたので、相手から下着が見えないよう気をつけて椅子に座ると自分のジュースを手に取って飲みながら言い返す。
「あんたらみたいな不審者の相手をすることもあるから穿いてんのよ。何だかんだ箱入りのお嬢様もいるし、裏生徒会としては生徒の安全も考える必要があるってわけ」
「へぇ。だから、副会長とかも強いんですね。あ、でも、万里さんってなんかやってるんですか? 裏生徒会じゃ一番お嬢様って感じで、乗馬とかはやってそうですけど格闘技のイメージが湧かなくて」
「会長は合気道とか出来るわよ。文武両道は裏生徒会の基本だから」
表生徒会はどうか知らないが裏生徒会は学園の生徒の安全を守るという使命がある。
それ故、どちらかというと武闘派としての側面が重要視され、本部役員ともなれば男相手だろうと立ち向かっていけるメンタルと実力が必須だった。
キヨシが万里の見た目から荒事が不得意そうなイメージを持つ気持ちも分からなくはないが、甘く見ているとお前も会長にシメられるぞと花は忠告し、十分な休憩を取ったとして次のゲームの準備を始める。
「それで、第二ゲームのルールは? 私は勝ったら第一ゲームの罰ゲームをチャラにするけど」
「じゃあ、俺が勝てば終わった後でプリクラを一緒に撮ってください。どうせ下のゲーセンにも行くんで丁度良いですし」
二人が来ているグラスポでは、ボウリングの精算をするとクレーンゲームのタダ券が貰える。
タダならやろうかなと別フロアのゲームセンターにいけば、これもちょっと良いかもと他のゲームもやったりするため、施設的には仮にタダ券で景品を取られようと総合的にはプラスなのだ。
そして、そんな特典の存在は花も知っていたので、確かにゲームセンターのフロアには行くが、いかがわしいプリクラを撮るつもりではないだろうなと疑いの目を向ける。
「ただのプリクラ?」
「はい。遊びにきたぜって感じのラクガキもしますけど、衣装借りてコスプレとかしたいですか?」
「んな訳ねーだろ。よし、じゃあそのルールで次のゲーム始めるぞ。トータルじゃなくて第二ゲームのスコアだけで勝負だからな」
第一ゲームのスコアまで足しての勝負になると、負けている花にすればかなり厳しい。
けれど、勝負はモチベーションの関係からゲーム毎のスコアだとキヨシも先に言っていたため、改めて確認を取れば相手も頷いて勝負のルールが決定した。
ルールが決まれば後は第二ゲームに移るだけ。第一ゲームではキヨシが先攻だったので、今度は花が先に投げてゲームスタートだ。
休憩中に先ほどの敗北は自滅だったと反省したことで、テンパっていた花も余裕を取り戻している。
何より、この勝負に勝てばジャージも戻ってくるのだから、ここは死んでも勝ちに行かないとと改めて気合いを入れ直してボールを持ったとき、花は背後で何やら動く気配を感じて振り返った。
「…………ちなみに聞くけど、あんた何してんの?」
「花さんの華麗な投球を近くで見ようと思いまして」
投球モーションに移る前、まだ構えすら見せていない状態で気配を感じた花が振り返れば、そこには床の上に正座し携帯のカメラを構えたキヨシがいた。
恥ずかしい事はするなと第一ゲームで言ったというのに、再びローアングラーと化している男には呆れ果てて何も言えない。
だが、第一ゲームでは後半に入ってから妨害を仕掛けてきたというのに、どうして第二ゲームではスタートから仕掛けてきたのか疑問に思い。花は自分の状態を確認してハッとした。
そう、今の花は鉄壁のガードたるジャージを装備していない。
八光学園指定の制服スカートは丈が短く、第一ゲームのときにキヨシが撮った写真を見れば簡単に捲れることも確認済みだ。
そんな状態でローアングラーに狙われれば、確実にパンチラ写真を撮影されてしまうだろう。
気付いた花が一度戻ってキヨシにカメラで撮るなと言おうとしたとき、彼女が何を言おうしているのか理解した様子のキヨシが携帯を仕舞ってペコペコと頭を下げてきた。
戻る前に気付いたならばいいかとフンと鼻を鳴らし、花は再び構えに戻って投球モーションに移る。
余計なことを考えなければ大丈夫。実力的には自分が上だと言い聞かせて投げたボールは、惜しくも右端一本を残して九本という結果になった。
もっとも、まだ二投目が残っている。真っ直ぐ投げることは得意なので、これはスペアで行けるはずと中々の滑り出しになりそうで花が小さく笑みを浮かべた。
そして、戻ってくるボールを取りに向かおうと振り返ったとき、花は見てしまった。目をカッと開いて自分のスカート辺りを凝視している変態の姿を。
「ヒィッ!?」
全身がぞわりとするような悪寒に襲われ、花は思わずスカートを両手で押さえる。
第一ゲームのローアングラーも気持ちが悪いと生理的に受け付けなかったが、今度はまるで視姦されているようで一種の恐怖を感じてしまう。
というか、まるでも何もキヨシはまさに花を視姦していたのだが、ここまで直球で来る変態など相手にしたことがなかった花は未知の存在への恐怖を感じつつ、しかしキヨシには負けられないと精一杯の強がりを見せて口を開いた。
「お、おま、何やってんだよ!」
「何って、花さんを見ていただけですよ」
「話している相手の顔を見ろ! どこ見て話してんだ!」
キヨシの視線はスカートにロックされたまま動かない。話しかけても視線を動かさないということは、相手は花に視姦している事がバレても構わないと思っているということだろう。
開き直った変態ほど質の悪いものはないが、キレそうになった花がぶん殴ってやろうかなと考えたとき、ルールで相手に直接触れての妨害は無しだと言っていたことを思い出す。
もしここで花が手を出してしまえば、その瞬間に第二ゲームの敗北が決まってしまう。
キヨシがそこまで考えて煽ってきているなら大したものだが、この男ならば計算してやりかねないと思った花は、怒りを奥歯に持っていくことで我慢し、戻ってきたボールを取るとすぐに二投目を済ませてスペアを取った。
「どうよ?」
「ええ、似合ってますね。縞パン」
結果を聞いてのこの返し。今日一番の煽りに花は全身の血液が沸騰しそうになるほどの怒りを覚える。
怒りで震えて歯をガチガチと鳴らし、握った拳は白を超えてピンクに染まる。
もう殴って良いかな。もう殴っても良いよね。後輩が誤った道に進もうとしたとき正してやるのも先輩の勤めだよね。
そんなことを心の中の花たちが言ってくるが、教育的指導だろうと殴れば負けのような気がして踏ん切りがつかない。
人はそれを理性と呼ぶが、おかげで反則負けにならずに済んだ少女は、キヨシの前を通り過ぎてドカッと椅子に座るとドスの利いた低い声で呟いた。
「……キヨシ、記憶を飛ばされたくなきゃ黙ってろ」
「イエス、マム!」
「さっさと投げろ」
直ぐにでもお前を殺せる。そんな狩人の瞳で睨まれたキヨシはすぐに立ち上がるなり、ボールを持って投げに向かった。
それをジッと見ていた花は怒りを感じながらも冷静さを取り戻しつつあり、やたらと煽ってくるがキヨシはなんだかんだ小心者だという事実に辿り着いていた。
花が優しさを見せて普通に接していたから相手は調子に乗ったのだ。それをさせないためには恐怖でコントロールしてやればいい。
知らず今まで相手のペースに乗せられていたことを反省したことで、ここからは自分の番だと花も気合いを入れ直した。
だが、
「花さーん、ストライク取れましたー!」
「は?」
戻ってきたキヨシは開幕から調子良いぜと喜んでいる。自分がスペアだった花にすればムカつくことこの上ないが、そういう時もあるだろうと気持ちを切り替えて二レーン目の投球に向かう。
ボールを持ってから振り返れば再びキヨシがスカートの辺りを凝視しており、どんだけ下着が見たいんだよと相手の馬鹿さ加減に呆れるばかり。
だが、最初から相手が見ていると分かっていれば無視のしようもある。
(大丈夫、ここからは自分との戦い。クソキヨシなんて気にするだけ無駄)
空手の試合でもやっていた冷静になるためのルーティーンを行なうことで、花は正面のピンだけを視界に捉えて集中を上げる。
地力では勝っているのだ。相手に惑わされずに淡々と投げれば、その地力の差で勝利は転がり込んでくる。
実に簡単なことだと投球モーションに入っていけば、あともう少しでボールをリリースするというタイミングで後ろから大きな声が聞こえた。
「頑張れー! 花さーん!」
「ぶふぉっ!?」
予想外の攻撃を喰らった花は狙いを逸らし、スペア直後でボーナスが付くはずのボールをガーターに落としてしまう。
応援、それ自体は素晴らしい行為だ。相手の健闘を祈るという意味でもスポーツマンシップに則っており非難される謂われはない。
だが、高校生にもなって公共の場で大声で名前を呼ばれるというのは拷問に等しい。
たかがレクリエーションのボウリングで、小学校の運動会でするような応援をされれば、当然、他の客からも視線が集まってくる。
中には初々しいカップルだと温かい視線を送ってくる者もおり、羞恥で真っ赤になって戻ってきた花は正座していたキヨシの胸ぐらを掴んで立たせながら怒鳴った。
「おまっ、ホントやめろよ! 限度ってもんがあんだろ!」
「え、いや、応援しただけですよ?」
「いらねーよ! てか、大声で名前呼ぶなよ! 制服で学校もすぐにバレるんだぞ!」
確かにキヨシは応援しただけだが、それはこういった周囲の反応を見越してのものだと花は確信している。
故に、中学生時代はどんな妨害をしていたか知らないが、高校生で同じことをするのはリスクが高過ぎるとして、大声で名前を呼んだら次は反則を取るからなと忠告して花は二投目に戻った。
キヨシの本気を甘く見ていたことを反省しながら投げてスペアを取った彼女は、椅子まで戻る際にキヨシとすれ違ったとき、相手の口元が小さくつり上がっているのを見た。
一体今の笑いはなんだ。妙に嫌な予感がして振り返れば、キヨシはこれまで右手で持っていたボールを左手で持ち、そのまま投げたかと思えばカーブを描く軌道でピンに当ててストライクを取っていた。
「な、なんだよ、それ……」
突然のことには花は理解が追いつかない。キヨシは箸もペンも右利きだ。それは一緒に昼を食べたりガーデニング同好会の活動日誌を書いている姿を見たときに確認している。
だというのに、いま左手でボールを投げたキヨシの動きには不自然さがなかった。
ボールだけは左投げなのだろうかとも考えたが、一ゲーム目は全て右で投げていたし、二ゲーム目の一レーンだって右で投げていた。
なら、今のは一体どういう事なのかと、戻ってきた少年に花は尋ねた。
「おい、なんで左で投げてたんだよ?」
「なんでってここから本気出すためですよ」
「お前、右利きだろ?」
「はい。でも、ボウリングは左投げなんです。その方が格好良いと思って左投げのカーブを練習しましたから」
本来は右利きでありながら、女子受けや見栄えのためだけに左投げのカーブを練習した。
ある意味すごく器用だと言えるのだが、理由を聞くと途端に残念に思えてならず、花もリアクションに困った。
けれど、練習しただけあって左投げは右の時よりもコントロールが優れて見えた。
花にとって勝っているはずの地力で並ばれたことは辛いが、勝負はまだ始まったばかり。ジャージを取り戻すため負けられないと、花は追いかける形で第二ゲームに挑んでゆくのだった。