【習作】キヨシ投獄回避ルート 作:PBR
(シンゴ、オマエらがいなくなったら部屋ががらんとしちゃったよ。でも……、すぐになれると思う。だから……、心配するなよ、皆)
覗き事件から二日経った放課後、キヨシは男子寮の部屋で体育座りをしながら独りでいた。
昨日の朝に、他の男子たちは裏生徒会室という訳の分からない組織の部屋に連れて行かれ、次に見たときには囚人服を着て中庭の変な建物に入って行った。
今まで何の施設か分からずキヨシは倉庫か何かだと思っていたのだが、どうやらそこは反省房のような場所らしく、掲示板には男子四名を一ヶ月の監獄送りに処すと書かれていた。
つまり、キヨシは一ヶ月も一人で過ごさなければならないのである。連絡先を交換した千代とメールや電話をする事は出来るが、他の者がいる場所では裏生徒会の決めたルールにより男子と接する事を禁じられているため、キヨシは完全にぼっちで過ごさなければならない。
(はぁ……暇だ)
一人になってしまったキヨシはごろりと寝転がって何をしようか考える。
昨日は受け付けから二時間で綺麗にしてくれるスピードクリーニングに、会長に借りたハンカチを出しに行くなどの用事があったが、既に用事を済ませた以上やることがない。
授業を終えて寮に戻ってくるとき、中庭で仲間たちが柵のような物を作っているのが見え。囚人たちに脱獄防止の柵を作らせていいのかと疑問に思ったが、何もすることが無い今の自分よりマシな時間の使い方だとキヨシにも分かっていた。
筋トレや小遣い稼ぎは今はやる気にならず、かといって街に繰り出すほどバイタリティに溢れている訳でもない。
そうして寝ながらゴロゴロと考えた結果、男子寮の近くにある花壇の手入れに行こうと、麦わら帽子を被り、園芸用具を入れたリュックとアウトドアチェアを持って部屋を出る。
キヨシが目指している花壇は、前年度の卒業生が手入れしていたのか、雑草などは生えていたものの多年草と思われる数種類のハーブや花が残ったままだった。
せっかくあるのに枯れさせては勿体ない。そう思ったキヨシは入学してすぐの頃に正式な生徒会に花壇の使用許可を求め、現在はガーデニング同好会という形で管理を任されている。
外に出て階段を降りてから少し歩いた場所にある花壇は、他の男子たちも存在は知っているが花や草には興味が無いと近付かない場所だ。
「さてと」
しかし、キヨシは草花の話題は食いついて来る女子がいると信じていた。頑張って真面目にしていれば裏生徒会という訳の分からない組織の人たちも自分たちを認め、最終的に女子との接触が許されるようになる。
だからその時を夢見て、今日も椅子を設置してからリュックを下ろし、中から園芸本を取り出して植物の種類と手入れの仕方について学んでいく。
素人のキヨシでは自分が追加で植えた物以外は、見たところで何と言う植物か分からないが、親切にも植えられたエリアごとに植物の種類の書かれた札が立てられていた。
名前が分かれば本で調べる事が出来る。細かい育て方は専門的な本を読む必要があるけれど、水をあげる量やどんな気候だと育ち易いかが分かれば、今後の生育もある程度は順調に行くはず。
軍手をはめて雑草を抜き、それが終わると椅子に座って植物ごとに育て方を確認し、それぞれに適した水の量を与えるべく離れた水道からシャワーヘッドを付けたホースを引っ張ってきたとき、キヨシが置いていた椅子に勝手に座っている女子がいた。
「アンタ、なにやってるの?」
「え?」
ぱっつん前髪の女子に声をかけられたキヨシは驚いた。女子は男子と接することを禁じられているため、学校にいる間は基本的に誰とも会話しないだろうと思っていたのだ。
それが女子の方から声をかけてきた事で、彼女は罰則が恐くないのだろうかと思ったとき、よく見れば相手が裏生徒会の人間と共にいた人物であると思い出す。
役員かどうかは不明であるが、自分が花をあげた人物としてキヨシははっきり相手を認識した。
「えっと……ああ、花……」
「ちょっと、“さん”くらい付けなさいよ」
キヨシの呟きが聞こえていたらしく、女子はキッと鋭く睨んで注意してくる。
相手は可愛らしい容姿をしているため、“猫さん”や“ウサギさん”のように花に対してもさん付けで呼ぶ人物なのかもしれない。
呼び方にそれほどこだわりのないキヨシとしては、変に気分を損ねさせる必要もないかと、相手の言う通り丁寧な言い方で花を呼ぶ事にした。
「はぁ。じゃあ、お花さん」
言い終わるかどうか、その僅かな時間で椅子から立ち上がってキヨシに接近した女子は、キヨシの腹に腰の入った一発を決める。さらに、身体を折りかけたキヨシの胸倉を掴んで捻り上げ、ドスの聞いた声で怒鳴ってきた。
「花さんで良いつってんのに、変な呼び方すんじゃねえよ! それじゃあお婆ちゃんみたいだろうが!」
「ちょ、待ってくださいよ! 俺いつも花としか呼んでませんし。てか、わざわざさん付けする必要ないでしょ」
「人の事影で呼び捨てとか舐めてるでしょ。私は先輩、アンタは一年、敬称付けるのは当たり前だから」
体格で勝る男子が女子に胸倉を掴まれて怒鳴られているのはみっともない。だが、可愛い女子が急にアグレッシブになれば誰だって驚く。
キヨシも相手の豹変にビビっただけで、最初から変な人だと分かっていれば安全距離を開けておくくらいはしていた。
もっとも、これだけ近付かれてしまえば意味はないが、殴られて胸倉を捻り上げれ苦しくなったことで、先日受けたパンチも腰が入っていて重かったなと、キヨシは相手が絶対に格闘技経験者だと確信しながら、逸れかけた思考を戻して直前の言葉で気になった点について尋ねる。
「あの、すみません、俺が言ってたのは一昨日花をあげた人って意味です。先輩は花さんって言うんですか?」
「はあ? 紛らわしいっつの。私は緑川花、覚えておきなさい」
「りょ、了解です。あ、俺は藤野清志です。どうぞよろしく」
お互いに別の物を想像していたせいで話が食い違っていた。その誤解もようやく解けた事で、解放されたキヨシは安堵の息を吐いて自己紹介と挨拶を済まし。椅子に座り直した花に断って植物に水をやっていく。
シャワーの水に太陽光が反射して見える虹がとても綺麗だ。そんな事を思いながらのほほんと水やりを続けるキヨシに、足を組んで暇そうに眺めていた花が話しかけてきた。
「で、なんで花に水あげてるの?」
「ここ卒業生が使ってたのか色々と植えられてて、そのまま枯らすのは勿体ないから生徒会に許可取ってガーデニング同好会として管理してるんです。まぁ、他の奴らが監獄送りになって暇だったってのが今日作業してる一番の理由ですけど」
暗にアナタ達が仲間を監獄送りにしたから自分は暇になったんだと伝える。悪いのは覗きをした男子たちで、裏生徒会は彼らの更生のために監獄送りにしただけだ。
けれど、他の四人がいなくなってしまうと残ったキヨシは女子が会話してくれないので、自然と一人で出来る趣味や暇つぶしに勤しむことになる。
せめて女子と接する事くらいは許可して貰えないかと淡い希望を抱くが、覗き事件によって男子の学園内での立場はほぼ存在してない状態にある。それで会話程度の異性交遊が解禁されたところで、キヨシと話してくれる女子など皆無に違いない。
ならば、夜になってからは千代とのメールを楽しめるのだから、普段は監視目的でやってきたと思われる裏生徒会の人間と、こんな風に会話して繋がりを大切にすべきだとキヨシは思った。なにせ、相手はかなり可愛い女子だから。
「ふーん。まぁ、いいけど。これあげる」
キヨシが不健全だが男子高校生としては健全な理由で花との会話を楽しく思っていれば、話自体には興味無さそうにしながら、花はブレザーのポケットに手を入れて何かを取り出した。
彼女の手にあるのはチョコ菓子のキットカット。単品で売っている物ではなく、ファミリーパックに入っている小さいサイズの方だ。
甘い物は嫌いではないので、くれるというのならありがたく頂戴する。だが、ほとんど初対面である人物からお菓子を貰う理由が無い。
女子同士でよくお菓子の交換をしていたりするので、もしかしてそういう感じだろうと思いつつ、シャワーを止めて手を拭いてからキヨシはそれを受け取った。
「えっと、ありがとうございます。けど、なんで急にくれるんですか?」
「一昨日、花を貰ったお返し。借り作ったままって気持ち悪いしさー」
「貰い物でしたし、別に気を遣って貰わなくてよかったのに」
理由を聞いてなるほどとキヨシも納得する。確かに彼女には先にプレゼントを渡していた。
先に渡した方としては貰い物をそのまま譲っただけだが、受け取った方にすれば理由もなくプレゼントを貰った事になる。
彼女はそれが嫌で貸し借りをチャラにするため、わざわざキヨシの居場所を探してここまで来たのだろう。
怒ると恐い人物だが、根は真面目な上に優しい人なんだなと、キヨシは受け取ったお菓子を食べつつ花に対する認識を深めた。
そうして、お菓子を食べ終えた後もキヨシは植物に水をやり、帰るかと思われた花は椅子に座ってキヨシの荷物にあったハーブ図鑑を眺めながら時間を過ごしていれば、灌水を終えてホースを片付けて戻ってきたキヨシが残っていた花に声をかけた。
「すみません、お待たせしました」
「別にアンタを待ってた訳じゃないけどね」
「男子の監視ですか?」
「アンタもあいつらの仲間でしょ。本当は一緒に監獄にぶち込みたいけど、理由が無いと無理だから、現行犯で現場を押さえるために見張ってんの」
キヨシが予想していた通り、花は残りの男子の監視役としてここへ訪れていた。
無実の自分を監獄にぶち込みたいと言われたときには、男子というだけで随分と嫌われているなと軽く傷付いたが、そういった点は今後の付き合いの中で見直されるようにするしかない。
故に、キヨシはリュックから取り出したレジャーシートを広げて椅子の隣に腰を下ろし、良好な関係を築くため世間話のように返した。
「なるほど。毎日来るんなら、ハーブも沢山ありますしお茶くらい用意しますけど?」
「なんで私が毎日アンタに会いに来なくちゃいけないのよ。っていうか、アンタがこっちに来なさいよ。その方が私の手間も省けるし」
腕組みをして座ったまま、花はポジション的に見下す形でそんな事を言ってくるが、キヨシとしては監視していらんといった感じだ。
しかし、用事があるやつが来い、とは口が裂けても言えない。なにせ相手は可愛い顔して武闘派な先輩だから。
会長の傍にいた長身女性も力が強かったので、裏生徒会は全員がルックスと戦闘力を兼ね備えた集団なのかもしれない。
単純な腕力なら大概の女子に負けるつもりのないキヨシも、流石に武術経験者の相手は遠慮したい。なので、ここは逆らわないようにしつつ話を進めた。
「あの、こっちってどこですか?」
「裏生徒会室は……駄目だから、他のやつらを監視してるときに傍で座ってればいいんじゃないの。パイプ椅子よりこの椅子の方が座り心地いいし」
そういった花はちょっと満足気な笑みを浮かべ、椅子の肘置きを撫でる。
有名アウトドアメーカーの椅子なので、ハンモックに似たゆったりとした座り心地を提供する品だが、値段は意外と手頃でパイプ椅子の二倍弱だ。
倍の値段の理由は軽さと肘置きがあることが主な理由だろうが、気に入ったならもう一つあるので、使うときに貸すくらいは問題ないとキヨシは伝える。
「それ私物なんですよ。二つあるので別に貸しますけど」
「じゃあ、来るときは持って来て。わざわざ運ぶのとかやだから」
「了解です。あ、それじゃあ連絡先聞いてもいいですか? 俺も用事あっていけない日がありますし、どこにいるか聞けるようにしてた方がいいですよね?」
この流れなら自然に聞ける。女子とアドレス交換などほとんどしたことのないキヨシは、完璧な流れに内心でガッツポーズを浮かべて携帯を取り出した。
しかし、現実はそう思い通りにはいかない。
「えー、アンタに教えるのいやなんだけど」
「そ、そこをなんとか、お願いします!」
花は露骨に嫌そうな顔をしてアドレス交換を拒否してくる。この流れでそれはないと思っていたキヨシは、レジャーシートの上で土下座をして頼んだ。
仲間たちの退学を待ってもらうためにした先日のものとは違い。可愛い女子のアドレス欲しさの土下座は酷く惨めで安っぽい。
とはいえ、連絡先を交換していれば便利なのも事実。最初は嫌がっていた花も、多少の我慢で得られるメリットの方が大きいと踏んだのか、渋々携帯を取り出して赤外線でアドレスを交換した。
「キヨシ、適当なことで連絡してきたらぶっ飛ばすから。慣れ慣れしくメールとかしてくんじゃないわよ」
「“今日はウスベニアオイの花が咲きました。綺麗な色のハーブティーになるらしいので、今度持っていきますね。”とかはセーフですか?」
「ここウスベニアオイあるの? へぇ、咲くのって五月くらいだっけ?」
「本にはそう書いてましたね。植えた人の趣味なのかここってハーブティーに出来るのばっかりなんで、花さんも興味があるのならお譲りしますけど」
花のアドレスをゲットした上に、待ち望んでいた植物トークまで出来たことにキヨシは小躍りしたい気分になる。
名前が花だけに植物にも詳しいんですね、とは絶対にぶっ飛ばれるので言わないが、女子受けのためだけに勉強していて良かった、この花壇を残した先輩ありがとう、そう心の中で思いながらキヨシは相手の言葉を待った。
「生徒会の備品として経費で落ちたりもするけど私物で買うのもあるし、フレッシュハーブは手に入り辛いのよね。ふーん、そっか、茶葉係としてならキヨシにも使い道が……」
キヨシが返事を待っている間、花は顎に手を当ててボソボソと独り言を言っている。
何やら悲しい響きの単語が聞こえた気もするが、きっと気のせいだと思っていたところで、花が唐突な質問をしてきた。
「キヨシ、アンタってパソコン持ってる?」
「ええ、まぁ、趣味用に使ってるノートでしたら持ってますけど」
「じゃあ、ここにあるハーブのリスト作ってプリントアウトして持って来て。備考欄に旬とか開花時期も一緒に書いたやつね。それ見て発注するから、ちゃんと持って来なさいよ」
「わ、分かりました」
ああ、これ完璧に茶葉係だわ、と聞こえてきた言葉が気のせいではなかった事に落ち込むも、キヨシはそれを顔に出さないよう気を付けながら返事を返す。
美味しい茶葉を渡せば、相手の好感度は跳ね上がり、もっと人間扱いされるようになる。
それを思えば今は厳しい冬の期間で、春の訪れまでの辛抱だとキヨシは自分を励ました。
「それじゃあ、今日は帰るけど、リストは二日以内に持って来なさいよ」
「了解です。花さん、さようなら」
「うん、じゃあね」
結構な時間が過ぎて夕方になっていた。こんなに女子と喋ったのは覗き事件の日以来だと、去っていく花の背中が見えなくなるまで見ていたキヨシは、明日からはちょっと楽しい学校生活になりそうだと期待で胸を膨らませながら片付けをした。