【習作】キヨシ投獄回避ルート 作:PBR
キヨシがカラスのヒナを助けてから四日後、ヒナは特に怪我もなかったようで、昨日の内に他の兄弟たちと一緒に元気に鳴いて親からエサを貰っている姿を確認できた。
それを見て嬉しくなったキヨシはネットで調べて、一度水でふやかしてから絞った子犬用のエサをあげるとよいと知り。放課後に子犬用のエサを買ってきて、ちゃんと水でふやかしてから絞った物を巣の近くに置いてみた。
すると、親鳥がそれを一度食べて確かめて安全だと分かると、次からはヒナに与えていたので、今後もたまにエサを置いておけば自分もカラスと仲良くなれるのではないかとちょっと楽しくなった。
とはいえ、それはただの現実逃避に過ぎない。カラスのヒナの事よりも重要なことがキヨシにはあった。そう、裏生徒会書記である花とのことだ。
彼女の恥ずかしい姿を見てしまった事で、キヨシはその日の内にメールで謝罪をしておいた。
けれど、傷心中の彼女はメールを一切返してこず。四日目の昼休みになってしまった。
キヨシとしては普通なら退学、よくて監獄送り、最悪だとリアルに殺されると考えているので、一日中怯えなくてはならない現状から脱する事が出来るなら、例え死刑宣告でもいいから返事が欲しかった。
そうして、影を背負いながらも食わねば生きていけないと食堂にやってくれば、普段自分が座っている壁際のテーブルのところに、いま一番会いたくない人物が腕を組んで陣取っていた。
他の女子たちもそこはキヨシがよく利用しているので空けている。にも関わらず、彼女がそこに座っているということは、間違いなくキヨシを待っていたのだろう。
返事は欲しかったが、心の準備が出来ていない状態での待ち伏せはノーサンキュー。相手のペースにわざわざ乗ってやる必要はない。
そんな風に考えて、キヨシはここでは戦略的撤退を選ぶことにした。
「あー、やっべー。財布忘れちゃったわ、寮の部屋かなぁ? しょうがねえ、取りに戻るかー」
上着のポケットとズボンの横ポケットを叩いてから、極めて自然な口調で呟いて反転し食堂を出ようとする。
完璧だ。これなら演劇部に入って主役にもなれるかもしれない。自分の演技力を褒めてやりたくなってキヨシが廊下に向かって一歩踏み出したとき、ダンッ、と女子がやったとは思えない打撃音が食堂中に響き渡った。
振り返らなくても分かる。気安く名前を言ってはいけない例のあの人がテーブルに拳を振り下ろしているに違いない。自分の想像以上にお怒りなのだと、キヨシは音の強さと背後から感じるプレッシャーで理解していた。
そして案の定、規則で誰も話しかけないはずの少年の名を呼ぶ声が、音が消えた食堂の中に静かに響く。
「ねぇ、キヨシ……アンタのそのズボンの後ろに入ってるのは財布じゃないの?」
「え? あ、ああ、本当だ。ずっと入れてたから逆に気付かなかったなぁ。いや、取りに戻る前に教えてくれてありがとうございます」
「別にいいわよ。でもまぁ、そんなにお礼がしたいならご飯取って来てよ。私、今日はカルボナーラセットにするから」
振り返ればそこには、同性までも虜にする様な笑みを浮かべた美少女がいた。ただし、右手の拳はテーブルの一部を窪ませているというオマケ付きで。
先日、少し怒らせて殴られたがあれは全力ではなかった。彼女が全力で拳を振るえば自分は死ぬ。
キヨシはそれを今初めて正確に理解出来た。ならば、取る行動は決まっている。例のあの人、裏生徒会書記の緑川花の言う事をしっかり聞くのみだ。
「カルボナーラセットですね。飲み物はいりますか? 紙コップのジュースでも買ってきますよ。ジンジャーエールとかリアルゴールドとか」
「あ゛ぁ゛?」
「ヒィッ!?」
このとき、キヨシは全力で選択を間違えた。彼女にとってはソレを連想させる物ですら地雷だというのに、どうして黄金水に色が似ているジュースを例としてチョイスしたのか。
きっと無意識に『花=黄金水』の図式が頭の中に浮かんでしまったのだろうが、瞬時に悟った花が鬼の形相で睨みを利かせれば、キヨシは慌てて料理を取りに厨房の方へと駆けていった。
◇◇◇
料理を持ってキヨシが戻ってくれば、花は素直にありがとうと礼を言って受け取った。
この学園に来て初めての女子との食事。それも超が付く美少女と向かい合ってなど、夢にも思わなかったため、先ほどまでは恐怖に怯えていたキヨシは、今度はそわそわと落ち着かない様子で視線を泳がせていた。
その様子に気付いた花は、なんで目の前の男が変な態度を取っているか分からず、ただ純粋に気持ち悪いと冷たい言葉をぶつけた。
「アンタ、なにしてんの? それキモイんだけど」
「あ、その、すみません。女子と二人で食事って初めてで緊張しちゃって」
「二人でって、ただの学食じゃない」
「男子は場所より状況にこだわるんですよ。コンビニの駐車場で食べるカップ麺だろうと、彼女と二人で分け合えば最高の食事ですから」
聞いた花は分かるようで分からないと首を傾げる。別にキヨシも完全に理解して貰えるとは思っていなかったので、会話して少し落ち着いた事でようやく食べ始める事にした。
『いただきます』
二人とも親の躾が良かったようで、ちゃんと手を合わせて挨拶をしてから食べ始める。
花が選んだのはカルボナーラにサラダ・パン・シフォンケーキ・アイスティーが付いたセット。キヨシはパスタセットを頼んだことがなかったので知らなかったが、こちらにはドリンクが最初から付いていた。
対して、キヨシが選んだのは日替わりB定食で、今日は大きな海老フライ三尾とメンチカツがメイン、それにサラダ・ご飯・味噌汁・漬物が付いている。お茶は無料なので問題はない。
そんな他校の学食では滅多にない豪華なランチセットを食べながら、先に口を開いて来たのは花の方だった。
「アンタ、あの事は誰にも言ってないでしょうね?」
「え? あの事って……おしっ」
「言うな!」
被せるように叫んだ花の声が再び食堂に響く。
他の生徒は驚いて二人の方を見ており、ゆるふわ系可愛い女子で有名な花のこんな様子など初めて見る者もいるだろう。
それが男と一緒となれば余計に注目を集めてしまうが、確かに人の多い場所で言い掛けた自分が悪かったと、キヨシも自分の非を認めて謝罪してから改めて話を続けた。
「すみません。けど、俺が誰かに言える訳ないじゃないですか。花さん達が女子に男子と接する事を禁じるって規則で言ってるんですから」
「でも、紙に書いたりしてこっそり置いておけば広める事は可能でしょ?」
「広めても俺にメリットないじゃないですか。他に目撃者がいなければ、広まった時点で俺が広めたってばれますし」
この相手は広まった時点で広めた相手を殺しに来る。キヨシは彼女が武道経験者で体育会系だと理解した時点で、そのことを本能で悟っていたからこそ突然の遭遇を避けてきた。
今回は逃げられずに捕まってしまったが、よく考えれば見た事に対する制裁以外はされる心配はない。キヨシにだって話していい事と悪い事の分別くらいはつくのだから。
だが、いくら誰にも伝えないと言ったところで口約束でしかない。そんな物は追い詰められれば簡単に破られる可能性がある。
会って数日の男を全く信用していない花は、小さく千切ったパンを租借し、しっかりと飲み込んでからキヨシを真っ直ぐ睨んで口を開いた。
「そんなのじゃ信用出来ない。アタシのを見たんだからアンタもアタシに見せなさいよ」
「見せるって、え、どっちの話ですか?」
「は? どっちって何よ。一つしかないじゃない」
「いや、
キヨシがそう言い終えるかどうかのタイミングで、神速で立ち上がった花は顔を真っ赤にしたまま、キヨシの顔をアイアンクローで掴んで持ち上げていた。
「いだだだだだっ!? 割れるっ、頭が割れて脳みそぶちまけますって!」
「うるせぇ、クソキヨシ! テメェ、そっちまでちゃっかり見てやがったのか!」
花自身もそのことを忘れている訳ではなかった。ただ、おしっこをしている場面を見られた印象の方が強かったので、キヨシにも同じ物を見せろと要求していたのである。
しかし、キヨシの口からシンボルという単語が出れば話は別だ。彼はおしっこしていた姿だけでなく、花の秘所もしっかりと目に焼き付けていた事になるのだから。
大事な場所を赤の他人、それも覗きをした変態の仲間である男子に見られたとなれば、花は乙女の矜持のため相手を生かしておく事は出来ない。
首まで真っ赤にしたまま目を血走らせ、このまま相手の言う通り頭部を握り砕く。普通に考えれば不可能だが、今の花に冷静な判断力はなかった。
「もういい、アンタを殺して私も死ぬっ」
怒りに呑まれた花がさらに手に力を込め掛けたそのとき、キヨシは花の手を上に撥ね退け、バランスを崩して倒れないように残った手で肩を支えて叫んだ。
「ああ、もう! 食べ終わってからでもいいでしょ! 行儀悪いですよ!」
「っ!?」
今まで一度も花に対して怒った事のないキヨシが、痛みによる怒りもあって真剣な表情で怒鳴ってきた。
その迫力もあって花はつい身を竦ませてしまうが、おかげでここが他の者もいる食堂で、自分たちは持ってきたばかりのランチを食べていた事を思い出す。
怒らせた本人が言ってくるのは間違っている気もするが、それでもキヨシが口にしたのは正論だ。
後で制裁を加える事は決定事項として、今は彼の言う通り食事を済ませてしまおうと、人前でブチ切れていたことを恥ずかしく思いながら花は椅子に座り直した。
「え、ああ、うん。まぁ、のびたらマズいもんね」
「揚げ物も衣のサクサク感が損なわれますから、話すなら食後でもいいと思うんですよ」
「一理ある。あ、その海老フライちょうだいよ。なんか食べたくなってきた」
「いや、これメイン……まぁ、いいですけど」
海老フライ定食ならともかく、メンチカツもついたミックスフライ定食なら、外で食べようと思えば海老フライは通常二つだ。
なので、サイズが大きい事もあり、別に一つ花にくれてやったところで足りなくなる事はない。
惜しい気持ちがない訳ではないキヨシも、相手の用を足す姿を見てしまった負い目もあって、タルタルソースをしっかりと衣に載せた海老フライを、サラダを食べ終えて空いていた容器に置いてやった。
受け取った花はちゃんと「ありがと」と礼を言い。美味しそうに頬張ってパンと一緒に食べている。
それを見たキヨシは海老フライが好きなのかなと思いつつ、メインを一つあげた対価を要求する事にした。
「代わりにケーキくださいよ。こっちデザートないんで」
「はぁ? やるわけねぇだろ。購買行ってアイスでも買って来いよ」
「漬け物もあげますから」
「いらねぇっつの」
“海老フライ一つ+漬け物”と“シフォンケーキ”が等価なはずがない。一口だけ下さいといえばやったかもしれないが、楽しみにしているデザートをまるごと要求するとは図々しいにも程がある。
花がしっかりと睨んで拒否すれば、しょぼんと肩を落としたキヨシは空になったお茶を淹れてくると湯呑を持って席を立っていった。