懐かしい夢を見た。現代の実家の自室に起床し、角に合わした文机に散乱する時間割表に載る教科の教科書と筆記用具が畳敷の部屋の隅に転がり、出窓の障子戸際の文庫本の列は、記憶と寸分違わず並んでいて、誰も身辺整理に来ていない事が解った。皺の深い敷蒲団に起きて、傘を被った電灯の紐が揺れ、酷い寝癖が紐を弄って黒髪が肩口に垂れる。着慣れた感触の寝巻の袖を引っ張り、着替えを億劫がって、襖を開けると庭側の硝子窓から快晴を髣髴させる旭影が射し込み、目縁を擦り乍ら寝惚け眼で庭を見渡す。階下に続く梯子段の最上段に顎を乗せ、飼い主の寝惚け顔に負けぬ寝惚け面を曝す末の愛猫が、愛撫を強請る時や猫缶を強請る時の様な猫撫で声で、早く下へ来いよ、と人語を話して梯子段を駆け下りる。私は吃驚する事も無く、当然の様に受け止めて、否聞き流して、欠伸を連発して漸く梯子段を下りた。
踏面を踏み締める度、板の軋る音が奥歯を食い縛る様な、総毛立つ様に鳴って身震いし、後数段の所で、一足飛びに最下段へ着地して踏鞴を踏んだ。家鳴りが踵を通じて脳髄に響き、朝早くから何事だ、怪しからん、と茶の間の障子戸を開けて廊下に顔を出した祖父のが怒鳴り、突然廊下に怒号がと轟き、鋭敏な聴覚を庇う暇が無かった愛猫達が吃驚して、家中を逃げ回る。最近伸び放題の爪が板敷の廊下の床板を掻き、かしゃかしゃ、がしゃがしゃ、冬隣の凍る様に冷たい廊下を賑わし、素足の私の指を寝巻の裾を巻き込んで掻き毟り、爪が布を噛んで放さず、直す前に遁竄を試みるので、寝巻の縫合箇所が千切れる音がした。縺れた厚地の寝巻が、そう容易に爪を解放する筈もなく、右前脚を置いて駆ける愛猫は右前脚を胴体の下敷にして、尚駆ける風な顔をする。黒白の斑の目は黒目の周囲が薄緑色で、外側へ行くに連れて黄味が強く、黒目が丸くなると折角綺麗な緑色の見える範囲が狭まり、一寸残念な気持になる。自身の残念無念は猫の関知する所ではなく、必死の愛猫は、仕舞いには私の脚を蹴り出し、暴れる愛猫の前脚と後脚の攻撃に憤り乍ら、爪を解放してやると逃げた。
廊下に顔を出し怒鳴った体勢の儘、逃げ惑う愛猫達を見た祖父は、素知らぬ振りで茶の間に引っ込み、私は祖母母の配膳の手伝いの為にお勝手へ行き、炊飯器の蓋を開けて茶碗に白米を盛り、味噌汁や照焼と纏めて盆に載せ、卓袱台に並べる。常の順序を遵守し、配膳を終えて祖父の音頭で朝食が始まる。白米味噌汁漬物、親戚の親爺がくれた寒鰤を照焼にした物、甘辛い様なタレが美味い。薫香が充満する茶の間の障子戸を、最も丁寧に、確実に開ける長男猫が真っ先に来て、長男の通り道を潜った猫達も薫香に誘われ髭と鼻面を動かす。愛猫達が人間の御飯を強請り、膝の上に頬を擦り寄せ、先刻の暴走時の暴力行為を忘れた顔で、私の箸が摘む寒鰤の照焼の一部に向けて味蕾の発達した、櫛の様な舌を見せた。朝食の寒鰤は、寒鰤到着の直後から楽しみにしていた献立なので、頑として譲らず、天井を仰ぎ見乍ら照焼を認めた。豪胆な愛猫達は、鰤が駄目なら罐詰を呉れ、と贅沢な事を言う。猫缶は人間で言う菓子類だ。朝から菓子を食うなぞ怪しからん。
朝食の寒鰤を咀嚼し乍ら、背にした前庭の陽光を感じて、別段意味は無いが、肩越しに庭の冬隣の模様を眺め遣り、雑木林の陰が色濃い事に不安を覚え、冬期休暇を間近に控えた時期、休む願望を吐露する訳にもいかず、朝食の食器類を片付けて登校の準備に取り掛かる。歯磨き洗顔、梯子段を末の愛猫の先導で駆け登り、畳敷の部屋の押入れを開けて、普段着を選んで着替える。昨晩散らかした文机の上は帰宅後に整える事にして、ランドセルを背負って部屋を出る。愛猫達が登校準備の万端整った私の見送り旁、前庭側の廊下に寝転ぶ為に付き纏い、玄関の三和土で靴の踵を直す私は、納戸の扉を開けた所の祖母の行ってらっしゃいと言う声に応えた。愛猫達も人語で万歳三唱、験担ぎか知らないが、誰の習慣を真似たか不明だが、猫の万歳三唱に送られて、乳鋲を打ち付けた農家の門構えの実家を出発した。筋向いの家から、幼馴染の翔子の遠縁の人が手を振り、手を振り返すと、私の家の真向いの家から幼馴染の翔子が出て来た。
太陽は高い青空の中天に昇り、通学路を商店街の煎餅屋の前を通った時、通勤通学の時間帯を飛ばして、頭上を覆う薄雲は暮色に染まり、東側の地平線が墨汁を撒いた様に真っ黒く、中途半端な田舎街の空を綺羅星が瞬き眩しい。都会の電飾の様に建物周辺を装飾する事は無いが、何分中途半端なので、外灯が真夜中でも道路を照らす。綺羅と輝く星は、普通見えない。西側の地平線に暮れ泥む秋空が次の季節の気配を漂わせ、軈て暮れ、開店記念を朞年と懸けて喜ぶ服屋から漏れる薄明りで足許を確かめ、覚束無い足取りで閑古鳥の鳴く商店街を出る。農家の門構えが目視出来る直線道路を歩き、人家の後方に広がる田圃を横目に、一路実家への道を辿り、見慣れた門構えの家の玄関口に茫然自失する母親の姿に驚いた。駆け寄って助け起こすと、母は滂沱と涙を流し、何度も何度も、譫言の様にお帰りと言い続けた。それで私は夢と気付いた。
東雲の旭影を窓掛越しに感じて、枕頭に置く目覚まし時計の文字盤を確認し、早晨の畳敷の部屋の厳寒に胴を震わせ、温い蒲団の中で暫し因循した挙句、不承不承寝床を這い出して室内の霜気に洟を啜った。胴震いし乍ら騎虎の勢いで蒲団を畳み、押入れに仕舞い、余勢を駆って普段着に着替えて朝食の支度を済ませる。夢の家族手製の豪華な朝食は、所詮夢の話、冷凍保存して常備する物を解凍し簡単な朝御飯を作る。冷凍庫の抽斗を開け、寝起きの蒲団の温もりを覚えている脚に冷気が絡まり、寝巻の裏地に残る体温も奪われて全身が冷えた。白米の塊を一個、解凍した後土鍋に放って、水を足して箸で崩す。野菜室の消費期限間近の野菜は年明けに消費する法を考え、再度冷凍庫を漁って冷凍した野菜炒めを解凍して土鍋の雑炊に投入し、調味料は醤油か塩か悩み、懊悩の末に塩味の雑炊に決めた。野菜炒めが醤油味なので、塩分過多には目を瞑る。最近粥と雑炊の境目は何処か知ら、と麻衣と議論したが、具無しが粥で具有りが雑炊、と言う事で私達は納得した。
夢の母の痩躯が脳裏を過り、倚門の望と言う言葉を辞書で見掛け、農家の門構えの実家にて私の帰還を待ち望む母は、夢に登場した母の様に憔悴して蹲り、就褥の機会が増えたのか。私は一人っ子だ。現代の幼稚園児の記憶は渺茫として洪濤に飲まれ、妊産婦を取材した特別番組を観た時、命懸けの出産場面も放送されて前世で妊娠出産育児の経験の無い私は、世間様に闊歩する妊婦達の、後の出産の奮闘場面を想像して眩暈を覚えた。あの命懸けの出産を経て、農家の門構えの実家に育ち、一人娘、孫娘の失踪と言う過酷な現実に逢着した家族は、一体夢の内容の様な暮らしをしているのか。数年前、魂の故郷の中を往復した際、現代の母の声を聞いた。悲痛な母の嘆願の声が、実際耳で聞いたのか、魂と言う不鮮明な感覚で捉えたのか、幻覚幻聴の類を疑うも長年顔を見る事の叶わぬ家族の悲嘆に暮れた声を聞いて、何気の所為だ、と無視出来る程、私は豪胆ではない。母の嘆きは現代から懸絶した異世界で暢気にいる娘に届き、娘の精神を平静から遠ざけ、娘自身は未だ懊悩の最中にある。
遼遠な場所に意識が飛び、手元が疎かになって土鍋の中身が沸騰して大量の湯気が昇り、換気扇を回し通気窓を開け、緩舒と無縁な霜気が湯気で温もった顔面を急速に冷やし、嚏連発に辟易して窓を閉め、換気扇で湯気の処理を辛抱する。土鍋の内側の縁に付着した薄膜を剥がし、丁寧な調理も七面倒臭く思い、滅茶苦茶に掻き回して適当な加減で焜炉から降ろす。畳敷の間に卓袱台を据え、食事の定位置に濡れ布巾を広げ其処に土鍋を置く。食器類を仕舞う棚を漁り、匙を取り出して濡らし、定位置の土鍋の前に着座するなり、食事の挨拶を省略して手製の雑炊を認める。愛猫の味蕾の発達した舌が雑炊の具を啜る様を想見し、実際は人間の扁平な舌が具を巻き込み、奥歯で咀嚼した後嚥下するが、愛猫達の場合は、薄い葉物は噛まずに丸飲みする可能性が高い。水を行儀良く手で掬う愛猫達は、食事の時は非常に行儀が悪い。御飯の争奪戦が始まり、思えば御飯の争奪戦風景は、私と麻衣の菓子の土産の争奪戦に似ている。考えるのは止そう。
師走大晦日、年越し蕎麦は一部屋置いた隣室に常駐する金髪の麗人事ミイネさんが用意し、霜曇りの薄暗い夜道を厚着した麻衣が辿り、隣室で年越し、新年の挨拶と初詣迄を行う事が事務所の暇な時間に、年越し蕎麦の話の最中に蕎麦を食べた事の無いミイネさんが興味を持ち、予定が決まった。光陰矢の如し、年越し蕎麦が話題に上ったのは霜月下旬、簡単な資料整理の仕事の合間に出来た、随分長い休憩時間に話し、饂飩派蕎麦派の不毛な議論について、蕎麦派の私は饂飩の風味も無い、汁の優秀な場合に限り美味い小麦粉の塊を詰った。饂飩擁護に回る麻衣は蕎麦の香りも良いが、喉越しつるりと言う麺が饂飩の良い所、蕎麦なぞ青臭い、と薫香を褒めた直後に詰った。丁度議論が紛淆し、私達の馬鹿な頭が縺れた頃、金髪の麗人の鶴の一声で今年最後の夜は年越し蕎麦と相成った。朝食に使った調理器具や食器類を仕舞って、壁際の姿見で身嗜みを整え、財布と携帯電話等の最低限の貴重品を懐に入れ、鞄は邪魔なので持たず、空手で部屋を出た。
事務所で働く前は朝暮部屋で過ごす事が多く、活動的な麻衣に引き籠もり勝ちな様子を心配され、在籍する高等学校の幽霊騒動を契機に仕事を始め表へ出る機会が激増する事は、心配性な親友の心中を安堵させる良い方法と思う。事務所は心霊現象を調査、必要な場合に除霊浄霊を扱い、世間様の目線、価値観では全く詐欺師以外の何物でもない職場だが、調査現場に派遣されると駄賃が貰える。何故給料と言わず駄賃なのか、私は非霊能者の上、他者の援助を受けて漸く生活する馬鹿者で、天賦の才も特殊能力も何も無い。加えて頭脳も御粗末、基本糞爺の後を歩き、餓死寸前の嬰児事末っ子の世話に勤しむ程度の、前世の記憶と出身地と魂の故郷が、他者と少し違う位の凡夫だ。未だ嘗て幽霊を見た事が無い、と糞爺と居た頃は断言したが、茲最近は、瀕死の空間─誰曰く陰気が蔓延した空間─と言う場所空間その物が特殊な所で幽霊を目撃する仕儀と相成った。幽霊を見る才能は皆無で、糞爺のお墨付きの筈の無能振りが、この為体、幽霊を目撃すると言う醜態を演じた。価値観の相違を尋思するにあたり、目撃証言を傍で聞き、自身が未見の物に対し愚考する事が肝要と思ったのに、自身が目撃して証言する立場を得た。相互理解を深めるに必要不可欠でも、私の理想とする所は少々異なる気がして、一寸納得いかない。
裸の辛夷並樹沿いに高等学校寄りの道路を行き、陸橋の階段の袂で普段着姿の麻衣を見付け、襷掛けの鞄の帯の長短を調節中に声を掛けて、空手の私を見て溜息を吐いた。大荷物の様な物を買う気は毛頭無い。鞄が必要な物は買い物袋で足りる。前世の記憶や現代は、買い物袋を持参した場合、会計時に一割引が多く、しかし生憎記憶や現代の時勢より遅れ勝ちな異世界は、矢張り買い物袋事情も遅れている。割引目的の私は、買い物袋一枚の為に背中や掌中を鬱陶しく思う事を好まない。割引無しなら買い物袋を貰う方が良い。生塵を捨てる際、大変役に立つ。
近所のスーパーで夜食を買い込む。歳末決算だか値引き祭、感謝祭等の色々な幕で店内を飾り、歳末財布の紐の固い頃、懐の寒い私達の懐に穴を空けんと店側も躍起になる。夕暮れ時が最も値段の安い時間帯だが、合議の結果、薄闇の冱寒の真っ只中を来るより、朝から私の部屋で大晦日特別番組の時間を待ち、一部屋置いた隣室へ年越し蕎麦と年末番組を観に行く方が建設的と言う事になった。私達は事務所の休憩時間を利用して夜食の献立、菓子類を話し合い、元旦の御節料理は諦め、一寸豪華な料理で我慢して、初詣の折に甘酒とお好み焼と蛸焼と今川焼きを食べる計画を立てた。以上を麗人に報告すると、麗人は紅茶を噴き出す程笑い、食い倒れ、と言う言葉を用いて初詣の仲見世を堪能しようと言った。
菓子売り場の陳列棚を物色して仏蘭西の食べ物を食べ慣れる麗人の口に合う物を見当し、見極める事の難しさ、高級菓子の美味を思い出すだけで、目前の棚に並ぶ菓子類との落差に絶望した。高級洋菓子店で蜜蝋菓子や高級和菓子店で羊羹等を買い、土産にくれる人達の懐事情を痛感し、争奪戦の末に菓子を食うのでなく、互いに譲り合い乍ら菓子を貪る事にしよう。陳列棚の菓子の袋を見詰め、手料理の夜食で年越し蕎麦の後の北山時雨の胃袋の繋ぎを決めた。
夜食の材料を購入して部屋へ戻り、簡単な菓子を作って、冬場の日没駸駸たる薄闇に一驚を喫して、部屋の電灯を点け、目覚まし時計の文字盤を見遣って一部屋置いた隣室へ向かう時間を見極めた。手製の菓子を紙に包み、最近滑り具合の悪い雨戸を、隣室の物と違い酷く頑丈な戸袋から引っ張り出す。防寒着を着た麻衣が玄関の外へ出て、屋内の電灯を消し、換気扇の紐を引き、玄関の扉の鍵を二度確認して隣室の扉の前で地団駄を踏む麻衣に追い付くと、台所の通気窓に隙間が空いていて、私達の興奮は丸聞こえだった。内側から麗人が扉を開けて、麻衣がお邪魔します、私が御免下さい、と銘々同義語でも少々異なる言い回しで挨拶して部屋に上がる。角部屋八畳間、台所は足場が二畳半、風呂場等の面積は若干差異はあっても大差は無い。
普段私の部屋では卓袱台を据える場所の半分にパイプベッドがあるが、ミイネさんは敷物等を退かし、寝台を折り畳んで空間を作る。便利な物だと感心し、押入れの卓袱台を八畳間中央に置き、押入れと裏庭側の窓の角に設置された一人暮らし用のテレビを点け、時間は世間様の家庭でも晩御飯が闌と言う頃、遠慮無く私達も、麗人特製年越し蕎麦を認めた。蕎麦を啜る事に難渋する麗人の手前、行儀良く啜る事無く、成る丈音を立てず、静かに蕎麦を頬張る。矢張り市販の、小麦粉を大量に使用した蕎麦でも、蕎麦は美味い。全部蕎麦粉の方がもっと美味いが、市販の蕎麦は母や祖母の掛け蕎麦を思い出すから、郷愁を味わい乍ら蕎麦を楽しめる。
年末特別番組を観る途中、夜食の手製クッキーを齧るミイネさんが言った。
「一月の半ば辺り、一度仏蘭西の本部へ戻るわ。会議があるの」
「解りました」
「その間に仕事が無い事を祈っておきまーす」
「二人共、気を付けてね」
この話を聞いて、当時は某高等学校の事件を議題にした会議と直感し、大変だな、と思う位だったが、年明け一月中旬、麗人を駅迄見送り数日経った頃だ。不穏な地方の高等学校の新聞記事を耽読していると、携帯電話が鳴り、生活支援者兼保護者の名前が出て、吃驚して出ると吃驚する事を言った。国名は生憎教えて貰えなかったが、何処かの紛争地帯に居る難民救助、保護の為に某慈善団体上層部を総動員する事が決まり、又保護者も同行するそうで、暫く連絡が途絶えるが元気で健康にいる事、と念を押された。
お気を付けて、とこの時は言ったが、相手の安全を願う言葉が助けを求める泣き言に変わる日は、電話から僅か数日後、新聞記事の整理整頓中に遣って来た。
新聞記事は地方の高等学校の集団中毒事件や不登校事件等で、あの時は集団ヒステリーと言う見出しである高等学校に起こる狂騒を伝えた。その高等学校の校長から調査依頼が舞い込み、目立つ活動を嫌う上司は之を断り、更に数日後、高等学校の生徒会長が来て、調査依頼の請願署名を持参した。──上司は、この依頼を受けた。