お前退くまで私消えるまで、共に忘れ得る日まで。   作:赤茄子

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第十六話:彼の怨嗟と皆の心奥をまだ知らない…

「ナル、何故私は会議室待機でないの?」

「松山と衝突されても困る。お前は口を滑らせそうだ」

「麻衣達の方では駄目かい」

「だから、何かあっては困る。XーLAWSの報復は面倒だ」

「だったら、オフィスに留守番させれば良いものを」

「お前が来ないと、増援は無いだろう」

 下校の放送が響き渡る頃、事務所所長の指示を受けた調査員達と霊能者達は、監視役の松山秀晴を会議室の片隅に捨て置き、各怪談話の発祥地、化学実験室や体育倉庫を原真砂子さんの霊視で確認し、LL教室は麻衣達が、私は上司達とブラウンさんの異色の四人組で三年一組と二年四組の教室の除霊に当たる。無論非霊能者の私は除霊風景を遠巻きに見守るだけで、実際除霊を行い、感触を確かめるのは霊能者と玄人調査員達の仕事だ。後を追い乍ら、会議室で待機を言い渡されても問題無い、寧ろ待機命令が下るものと勝手に予想した私は、予想と丸で違う指示に驚愕し、霊能者を先導する上司の後を駆け足気味に歩き、上記の様な質疑応答をした。算盤尽くの上司の意見に、自分の危険を顧みず、霊能力への貪婪な探究心を優先する気概に感服し、又同時に心底呆れた。矢張り自動発火を調べる際は、真っ先に焼き殺される人だと思う。

 最高学年が一階、最低学年が三階、間に二年生の教室がある。会議室は一階なので渡り廊下や校庭側の窓から射し込む斜陽に濃い陰影を作り、教室棟の一階、三年一組の教室の後部扉を開けて、鼻を衝く異臭に目玉が潰れる様な思いがした。教室一帯が肉類が腐敗した臭い、魚介類が腐敗した臭い、真夏の蛙の水槽の臭い等、形容し難い凄絶な異臭を放ち鼻の最奥から後頭部迄を貫通して、頭が爆発する様だった。満遍なく漂う腐敗臭に穏和な金髪碧眼の悪魔祓い師の顔が歪み、表情筋の筋が引き攣る感覚に、手で鼻翼を内側に寄せて対処する私は蟀谷も眉宇も微動もしない玄人調査員達の精神力に真似出来ないと観念した。後部扉と教室の閾を振り返り、一足後退し、落暉が金属製の窓枠の陰を床板に描く廊下へ出て、途端腐敗臭の薄らぐ事に目を瞬かせた。閾を乗り越える様に鼻面を教室に近付けると、塵集積所の塵箱より酷い腐敗臭が鼻を衝き、半身を引くと腐臭は遠退き、新事実発見な気持で閾を跨ぎ教卓脇で祈祷を始める人達の許へ駆け寄る。廊下は臭くないね、と言うと、臭う怪談は三年一組のものだ、と上司が面倒臭げに答えた。

 上階の二年四組を祓い、除霊の感想を聞き、特別棟の見当へ戻って会議室の扉を開け、豪然と腕組みして私達の動静を監視して居た松山秀晴の気配も無く、部屋の片隅を見遣るも、其処に人影はない。霊能者達の除霊活動が長引くので、壁際に据置く機械を弄る訳にもいかない、一見して精密機械と解る物に触れる事は、一寸の不具合を見ても監視役の名目で居残った松山秀晴自身が疑われるので賠償金の請求を避ける為、又糸毫の良識有る者と期待して、一人静寂の中で同じ姿勢を保って待つ事に草臥れたと考えたい。松山秀晴が脚を組んで腰掛けた椅子を壁に寄せ、除霊作業を終えた人達に事務所の茶棚に仕舞って置いた英国土産の紅茶を出し、会議用の机を囲む様に着座した調査員と霊能者の前に茶を出す。間食兼夜食の煎餅を忍ばす懐を漁り、茶菓子に海苔巻き煎餅を並べ、整理整頓の甲斐も無く、出掛けに霊能者達が怪談場所を調べる為に散らかした紙屑の山を纏める。掌大の紙屑に怪談話が綴られ、棟と階に分別し、複数の紙屑の山を再度築いて、崩落対策は丁寧に積み、静電気の季節故に滑り易く、滑落防止策は只管丁寧に積み、精神統一の気持で積み重ねて紙屑が混ざる事を防ぐ。

 紙屑の塔を数個築き上げた頃、霊視組が戻って体育倉庫と化学実験室の結果を報告し、別段重労働ではないけれど、折角建築した紙屑の塔を崩す松崎綾子さんが塔の隣の紅茶の横に置く茶菓子の煎餅を取って袋を開け、焼き海苔が口唇の皺に付着する事を気遣い乍ら、棒状の煎餅を齧った。最上階の紙屑が滑落被害に遭い、二三階の紙屑が、長時間器が接触して露が溜まった所に滑り、吸水性抜群の用紙の怪談話を綴る黒線が滲み、慌てて紙屑を救出して長袖で水気を取る。暗色の着物の袖が一箇所、卓子に零した飲料水を始末するのとは訳が違うが、五百円硬貨一枚大の濃い染みを作り、皮膚の擦れる箇所が気持悪い位冷たい。茶葉を濃縮した様な薄い烏龍茶位の色の液体が、碗の中に満ち、電灯の薄明りを反照して、濃紺の海原に輝く硝子片の様に眩しく、飲む人のない紅茶は覚醒効果があると聞き、生徒達の登校前に機材を撤収するから眠気覚しに丁度良い。緑茶を愛飲する私は誰も飲む気配の無い紅茶を飲み干した。

 生徒達の帰宅時間から数時間、校庭側の窓外の景色は宵闇に紛れ、真冬の夜景を連想する針葉樹の樹影を向うに見て、紙屑の整理整頓を終えて素人調査員の作業が一段落した時、居残り生徒の成績優秀な安原修さんが顔を見せ、会議室に松山秀晴が居ない事を確認して生徒会を貸すと言い出した。調査や除霊活動の障害である松山秀晴は、明日も会議室で監視役と言って部屋の片隅に陣取る、除霊作業に集中し難い現状を打破する為、生徒会長と校長への交渉の権限を活用して、直談判の結果、基本教職員立入り禁止の生徒会室に、行動可能な下校以降まで待機しては如何。調査員霊能者一同、大いに喜び、下校時間を大幅に過ぎた調査除霊活動の時間帯を無視して、遅く迄居残る生徒会の会員達は、会議室に集まる事務所の機材等を上階の生徒会室へ運び、後は小物許りが部屋に残り、其処へLL教室の怪談話の真偽を確かめに行った麻衣達が戻る。麻衣が青い顔で私の隣に座り、LL教室での体験談を語る。下手糞な紅茶を淹れて、異様に濃い紅茶を飲む麻衣は、渋い緑茶の好きな私の淹れ方を注意した。

 私達の茶談義を聞き流し無視して、玄人調査員は成績優秀な安原修さんに降霊術の流通状況、頻度等を問い、聞くだけで身近に幽霊の気配を感じる様な豪い数の回数の報告を受け、常習犯の確保や降霊術の規制程度で間に合うと言う悠長な状況でない事が解った。降霊術の流行や幽霊の鳩合を鑑みて、泰然自若として調査する時間は無い。除霊効果の確認、霊視結果、麻衣の体験談を基に、最低限の機材を設置して翌朝払暁に回収し、記録映像等の確認だけして、放課後の生徒達の帰る頃を見計らって行動を開始する。霊能者達は各体育倉庫の除霊、化学実験室の除霊、LL教室の除霊と霊視に向かい、機材を担ぎ設置する調査員達と、何故苦労役を買って出たか理解出来ない安原修さんの五人で調整まで行い除霊完了の報せを聞けば、班を分けて別の場所に機材を置きに行く。表の体育倉庫へ機材を運ぶ重労働も、四件目の現場となれば運搬動作も芸術の域に達し、見事な所作で軽々と運んで、面倒臭い角度の調整に欠伸を噛み殺す。懐中の煎餅を取り出し、傍で作業中の安原修さんに御裾分けした。

 窓外の模様は暗闇に没し、薄雲越しに淡く輝く月影を見上げ、星の趨勢を教え、生きる者達の道標の星影が真っ黒の夜空に点綴する様を眺め遣り、消し護謨の滓の様だ、と以前と変わらぬ感想を零して会議室へ戻る。除霊中の破戒僧と霊視中の原真砂子さんは戻らず、早朝に機材の撤収作業が待つ私達は寝る事も出来ずに会議室内で便々と時を浪費し、時間の無駄を嫌う上司の厳命に依り、鈍感な私は会議室で資料と情報整理を、麻衣達は安原修さんの案内で校内夜警に向かう事になった。不平を鳴らす松崎綾子さんを睥睨して、霊能者の実力を発揮云々と上司が嫌味満点に言って、親友麻衣は霊能者と一緒に真夜中の学校見物に行ってしまった。

 資料や情報整理と雖も紙屑の塔を建築する必要は無い。機材設置の直ぐ後に夜警へ出た訳でなく、素人調査員の仕事の範疇の、情報整理は一緒に作業した。資料も大量の怪談話を見極め易い様に、玄人調査員や霊能者達が勝手に弄り、私達が纏めて整える必要は無い、手を出せば却って資料等の場所が解り難く、胡乱な怪談話の鑑定に苦労が増す。資料整理は口実で、実際は夜警に繰り出し、玄人調査員達の目の届かぬ場所を彷徨う事を迷惑がっていると思われ、資料整理や情報整理の体裁を繕い乍ら、機械と格闘する助手や資料を捲る上司に茶を出し、時折要望に応え珈琲に淹れ換え、校庭側の夜陰に浮かぶ建物や遠く敷地を囲む金網の一枚板の様な影を見詰めた。暫く経ち、徐に上司が口を開き、無関心そうに言った。

「モンゴメリさんはいつ来日出来そうなんだ?」

「難民救助の為に出動中だよ」

「正直、こちらに来て欲しいが、難民と一学校の問題では比較にならないな」

「ラキストさんも、その紛争地帯に行くらしい。暫く電話は通じないそうだ」

「……厳しいな」

 会議室な為か、宿直室の窓掛は陽光を透かす程薄地だが、部屋の脇に寄せた窓掛は二重の厚地で、作業を表の通行人達の目から遮る為に長方形の長い一辺の校庭側の窓掛を引き、機械の前に御輿を据える助手を乗り越える事は到底出来ず、見兼ねた助手が窓掛を引いて下さった。謝辞を述べるも返事は無く、糞爺達と行動して返事が無い事は涙が滲む程頻繁にあった事なので、基本寡黙な助手が緘口して、一瞥も呉れぬ程度で噎び泣きはしない。長時間放置し、器の液体が蒸発する事は自然現象である。水位の格段に下がった器を見て、珈琲か緑茶か紅茶か尋ねるが、背後から珈琲と強請る者がいて、糞爺の様な亭主関白の精神に憤懣が募るも堪えて珈琲を淹れ直した。湯気の棚引く真っ黒い液体を器に注ぎ、渋味は得意でも苦味は不得意な私は、珈琲を愛飲する珈琲愛飲家の気持が解らない。丸盆に載せ、珈琲を強請る者に手渡す。猫舌な者は悲鳴を上げそうな、淹れ立ての珈琲を啜る上司は猫舌ではないらしい。

 季節は春隣、体感温度は真冬並み、暦上は早春間近の一月下旬だが東京の冬の方が幾分寒く、東寄りの隣県にある緑陵高校は小高い丘に繁茂する針葉樹が風除けになって、校庭や渡り廊下に春塵を吹き付ける事はあっても寒風に蹲る程酷くない。表を行く場合は寒風が皮膚を撫ぜる感触等が大事だが、建物内で徹夜を覚悟で、一階隙間風の少ない会議室に盤踞するは、尋常でない精神力を要し、底冷えする古い建物の夜の体感温度に歯の根が合わず、寒風摩擦を健康法と断ずる老人会の年寄り達の根性に感銘する。暖房装置の使用が禁じられ、凍死の危険性もある宿直室で寝るが、一応、申し訳程度に用意された煎餅蒲団が暖房を代替し、食後の高体温を利用して寝る事が、最も寝易い瞬間に思われる。珈琲紅茶緑茶が暖を取る唯一の手段の会議室では、宿直室を出る時に、荷物になるのを厭い、防寒衣を羽織る事を省略した。真夜中の会議室の真冬並みの気温を侮った為に手指の末端が真っ白になった。

 紙媒体の資料を手繰る音、捲る音、機械の稼動音に鍵盤を叩く音、引いた窓掛の外側に吹く夜風が枯葉を巻き上げ、細かい砂塵が舞って硝子窓を叩く音、野良猫同士の威嚇の鳴き声が校庭側の窓の向うにする。其処は足場が混凝土製で、会議室のある棟は混凝土製の足場に囲まれている訳だ。漫画等で教室の窓の外が直ぐ地面な事が多いが、前世の記憶や現代の学校だと、混凝土を敷き詰めた足場が建物を囲繞する事が多かった。此処は公立と聞くし、前衛的な外観は、建物の建設当時は批判の的だったに違いない。今時制服の意匠の好悪で受験校を決める児童や学生が多く、詰襟制服が標準の此処や近隣校は、まず教職員の教育を徹底す可きだが、折を見て、制服の意匠を再考しては如何かと思う。受験の合否に気を揉む者は、大抵生徒の父兄だ。官僚的気質の教職員は媚を売る事と、飴と鞭の指導法を分けて考えるのが困難な様で、大変憐れだが、彼らの教育実習生時代の学校の気風は、大概今の彼らと変わらぬものと考えられる。現代っ子の私は窮屈が基本と解っても、緑陵高校に進学する事は御免蒙る。

 夏場購入したズボンが通気性抜群らしく、冬場も季節物の数が少ないので夏物の上着を重ね着する事は常識で、厚地で高価な防寒衣を購入なぞ、着物に生活費諸々を乱費する位なら食費に回す方が建設的、且つ健康増進、維持に大変役立つ。寒暖差に金銭を費やす愚を犯す者は、食事内容に事欠かず、家計簿を睨み朝夕の煙を立てる苦労なぞ知らぬのだろう。無論私も現代の両親祖父母が思い煩う家計簿の事情は丸で知らない。一人暮らしを余儀無くされ、家計簿を作る手間を惜しみ、記憶頼りの脳内家計簿で浪費具合を確認する私も、本当の貧乏を知らず、最悪誰か人を頼る気持がある。質素倹約に努め、娯楽を捨て、放蕩は論外で、尚生活に困窮した時は人様を頼る心積りがある。卑しい自身が馬鹿馬鹿しい。寒気は重ね着で凌ぐ事が出来る。暖気は薄着で、人様と会う予定を作る事を極力避け、屋内で着物を脱ぐ位の暴挙に出て常習化して、夏場冬場の季節の恰好が定まって来る。薄地の着物を重ね重ねて、着脹れる程重ね、漸く隙間を減らして寒さを乗り越える。麻衣の部屋は炬燵が置かれ、私の部屋は保護者と家電量販店へ赴いた際、丁度暖房器の売り尽くしセールの真っ最中だったので、奮発して電気ストーブを購入した。

 野良猫の喧嘩寸前の威嚇の声が露台も無い、特別棟の高い壁や手垢の残る硝子窓に反響し、体育倉庫の猫の鳴き声が本物の野良猫達の喧嘩か猫集会の集会場では、と思い、机を離れて窓掛を捲ると、真っ青に輝く両眼が妖艶な斑猫が居て、喧嘩相手の見当を見遣るが、不思議な事に真っ暗闇の中に光り輝く猫の目が見当たらない。斑猫は、実家の愛猫達が兄弟喧嘩の際にやる様に、背中を高く突き上げ、腰を低く構え、毛艶の悪い体毛を逆立て懸命に威嚇する。愛猫達は掃除機の騒音が大嫌いで、母が普段納戸に仕舞う掃除機を引き摺ると、一目散に私の部屋へ逃げ、襖の木枠の塗装が剥げ様が御構い無しに掻き毟り、部屋に浸入して掃除機の音が止む迄部屋を出ない。恐怖の対象が納戸に戻る頃、泥棒の様な足取りで梯子段を下り出すから、余程掃除機が嫌いと解る。今混凝土製の足場で泥棒の歩調を真似る斑猫は、段々後退して、後退するなら喧嘩相手の野良猫の風体を見る事が出来るか知ら、と身を乗り出すが、生憎視力の低下した目で野良猫を認める事は出来なかった。斑猫は私が諦め身を引いた時、金属製の窓枠に体重を掛けていたが、体重移動と同時に窓枠が軋み、異音に駭魄した猫は針葉樹の樹影が立ち並ぶ見当へ逃げて行った。

 薄雲の間を漂泛する星影が瞬き、氷輪が中天を越え物の陰と混凝土製の足場の境界が明瞭になり、斑猫の喧嘩相手の姿を捜すが、図体の大きな親分猫や斑猫に肉薄する野良猫の姿はなく、枯葉一枚無い地面を見て小首を傾げて机の前に戻る。爾後嬰児の空腹や不満を訴える様な鳴き声は聞こえず、珈琲を淹れ直す作業に追われ、縄張争いに敗れた野良猫の末路の悲惨な事、針葉樹の下陰は昼間の照射も鬱閉した樹冠の所為で非常に悪く、実家の愛猫達の昼寝風景を眺めて解るが、猫は兎に角寝る事が好きで、寝場所の選別は特に気合を入れて行い、寝場所を奪い合う事も共有する事もある。昼寝に最適な場所、即ち縄張の争奪戦に負け、先の斑猫は明日の寝床に困る訳で、人間で言うと、部屋の即日退去を命ぜられたに等しい。喧嘩相手の野良猫は場所に興味が無いのか、私の目が馬鹿なのか、薄い夜陰の向うに影も形も見当たらず、捜索を断念して会議室内の雑事を片付ける。

 上司が資料の精査中、直接確認したい場所を見付け、散歩に行く様な気軽さで会議室を出て、数分経たぬ内に夜警の途中の麻衣達が顔を見せ、更衣室の怪談の調査結果と除霊を試みる霊能者の事を言い置いて、一人寡黙な助手と薄ら寒い会議室に居残る私に手を振って夜警の続きに繰り出した。機械と格闘する助手が麻衣達の報告を聞く様子はなく、多分密かに聞耳を立て、上司が帰ると報告位はするだろうが、緘黙した儘機械の鍵盤を叩き、何を整理精査中か知らないが、一つ前の調査現場より怪談話の数が圧倒的に多い今度の現場だ、機械を操る手を休める事無く寸刻を惜しみ、機械の操作に勤しむ。机の脇に聳える紙屑の塔を見遣り、糞爺の様な物騒な発想は真似するつもりも無いが、鬱陶しい教職員の口吻も聞き飽きたので、建物を破壊する方向で調査終了を告げるのは駄目かと考えた。抑も建物内で、敷地内で頻発する心霊現象だ。建物は木っ端微塵に砕き、敷地内は地鎮祭や、有名どころの霊能者を連れて除霊を行い、立入り禁止の看板を建てて封鎖して仕舞えば良い。

 薄地の着物の重なる箇所に会議室の冷気が這い込み、皮膚に粟が生じ、厚着した着物越しでも鳥肌の感触が手掌に伝わる気がして、何度も着物の上から摩擦し、熱い緑茶を淹れて湯気に鼻腔の奥が蒸され、嚏を連発し乍ら緑茶を啜った。不意に宿泊施設の長椅子に、長期間寝込んだ事を思い出し、十祭司の冷凍食品の解凍料理を摘み飽き、栄養の偏り具合に吃驚した山田さんの手料理を貪り食った記憶を掘り起こす。当時の体調不良は真冬の磧で寝起きした為、ある意味必然で、糞爺の奮闘も虚しく私が風邪を引き、異様に長引く風邪に流感を疑ったが、保険証も無い戸籍も無い私がお医者様の診察を受けられる筈もなく、自然治癒に任せ只管長椅子に寝込み、春頃に治癒して鼻の違和感に気を付けた。透明な旅客機に乗り海を渡り、糞爺の飛行機で着陸して、荒野を踏破し、又絶不調と言う無様を繰り返して、挙句山田さんの最期の日を見送る事すら出来ず永遠の別れを迎えた。前世は私が夭逝して現代は祖父母も健在で、精々親戚の葬儀に出席した事が身近な死を実感する出来事だった。到頭異世界で初めて優しくしてくれた山田さんと言う人を亡くした。

 そうして愚図愚図する間に日本は東京近海の孤島に競技場が出来て、其処へ移動して、瞬く間に糞爺の優勝が決定し、譬え私を敵視していようが数年間行動を共にした糞爺が幽霊になって星の王様になるなぞ、当人の千年に亘る悲願でも非霊能者の死生観を押し付ける暴挙でも、長年寝食を共にした人間が死ぬ事実を笑顔で許容なぞ出来る筈もない。前世の記憶と知識の正確性を信じ、末っ子の将来を任せられる人間が必要で、溺愛していた糞爺が適任と見て、意地でも帰って来て貰わねばと発奮した。結果、奴は帰って来た。後は万事任す。私は忘却の彼方も憎悪の対象も、朧げな記憶の中の世話係も、役割は何でも良い。末っ子の未来を頼んだよ。

 LL教室の除霊と霊視の後、夜警に出ていた破戒僧と原真砂子さんが、散歩の様な気軽さで会議室を出た上司と一緒に戻り、霊視結果と除霊の感想を尋ねる。雑用係は直ぐ様緑茶を出し、夜食の煎餅を転がすと、年齢相応の胃を持つ破戒僧は茶を啜るより先に煎餅を齧り、原真砂子さんは行儀良く椅子に腰を掛けて緑茶を飲み、夜食の煎餅如きを茶菓子に出した礼を言い、栗鼠の様に齧った。視線は無いが背中が語る気のする上司に煎餅を差し出すも、煎餅の袋に見向きもせず、私が意気消沈している所に、破戒僧が二個目の煎餅を取り上げて齧った。焼き海苔を棒状の煎餅に巻いた菓子で、海苔の滓や煎餅の滓が零れて汚い。塵紙を手渡し、紙を受け皿にして貰う。私は床を汚した海苔の滓と煎餅の滓を塵紙で拭き取り、部屋の隅の塵箱に捨てた。暫く経って更衣室の除霊を試行したブラウンさんが戻った。

 又暫くして麻衣達が用務員の土岐田さんと言う初老の男性を連れて戻った。物々しい雰囲気の校内を、毎夜一人で巡邏する高潔な精神を持つ人らしい。

 払暁、私達は機材を撤収し、会議室に放り込み、寝巻に着替える力は無いので普段着の儘、六畳間に敷いた蒲団に潜った。夢を見る事も無く翌朝昼前に目覚め、寝不足は調査員も霊能者も同じだから文句を言う資格は無い。身支度を整えて宿直室の真上の生徒会室へ駆け上がり、扉を開けて、金属製の戸棚が部屋の真ん中を区切る様な配置に感嘆し、校庭側の棚を迂回して、向う側の様子を窺うと男部屋一同が既に居座っていた。私達が体を捻じ込む空間を吟味していると、破戒僧が除霊の効果を示す発言をして、除霊が覿面に効く幽霊校舎の幽霊達に私は少し警戒した。

 昼休憩の鐘が鳴り響き、調査員と霊能者の昼御飯を運ぶ人が会議室に来て、生徒会の人が三階生徒会室の棚の裏側に陣取る一行の許に運び、私達の姿がない事に憤慨した松山秀晴が生徒会室の扉の前まで遣って来て抗議の声を上げている。何故野郎の抗議を背景に聞き乍ら昼御飯を突くのか、と破戒僧が愚痴を零し、化学調味料の濃い弁当の海老フライを銜えた麻衣が笑い、白身魚を齧る私は棚の向うの応酬に耳を傾け、抗議が激化する前に安原修さんが鎮静した。その辣腕振りに霊能者達は感嘆の溜息を吐いた。

 昼御飯が済んで怪談話の整理や簡単な記録の確認をして、あっと言う間に終業の鐘が鳴る。生徒達を帰す放送が鳴り、同時に身動きを制限されて居た私達の許に生徒会役員達が生徒会長の指示で集めた調査書を提出し、益有能振りを見せ付ける安原修さんに素人調査員達は身を縮こまらせ、数枚の調査書を見乍ら頑張ろうと互いを励ました。

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