お前退くまで私消えるまで、共に忘れ得る日まで。   作:赤茄子

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第十七話:過ぎ往く悲劇と彼女の苦悩をまだ知らない…

 二年五組の集団登校拒否の生徒達が、安原修さんに勧誘され、生徒会室の棚裏の霊能者達の集う場所に案内し、其処で事情聴取の後、怪談話を数個話して部屋を出て、日々増える怪談話の整理に汲々たる私達は長嘆息が止まない。異常事態の影響を受けて、平生雑音や勘違いで済ます程度の違和感も過剰な反応を示す生徒達は、霊能者や調査員が校内を警邏する事を心強く感じる事は相談事の後の顔付きを見ればよく解る。解るが調査や除霊の為に駆け回る者達は怪談話の量に閉口し、又霊能者を詐欺師同然に言う教職員の態度、特に松山秀晴の態度は酷い、上司も豚と罵詈する位に話す事自体が七面倒臭い相手で、私も麻衣も、頭が悪い自覚はあるが、経済的問題も鑑みて今の学校を選んだのに、貧乏の味方の学校を侮蔑されると腹が立つ。成績優秀の上、その優秀振りを遺憾無く発揮して見せる安原修さんの様な生徒がいる、それが不思議でならない。職場も同じだが、職場体験だけでなく実際其処で長期間労働しなければ、真の職場の模様は解らない。体験入学だの見学だの、上辺を繕う様を見て許りでは、裏の事情は解らないものだ。

 不意に廊下を踏み鳴らす生徒達の足音が、棚裏の秘密の場所に御輿を据えて居た私達の臀部を刺激し、紙屑の塔の倒壊する震動に、棚の陰から顔を覗かせ乱暴に開く生徒会室の扉を見遣り、顔面蒼白の生徒が霊能者達を呼んだ。咄嗟に破戒僧達が腰を浮かし、安原修さん直伝の呼吸法で呼吸を整えた生徒は、二年一組の教室へ来て欲しい、と悲鳴染みた声で言い、その生徒の背後には、何事か衝撃的な物を目撃したらしい女子生徒達が恐怖の余り慟哭していた。

 上司と麻衣が動き、松崎綾子さんを除く霊能者達が生徒先導の下、異常事態に見舞われた二年一組の教室へ急行し、私と助手と松崎綾子さんと安原修さんは悲涙潸然と流す女子生徒達を慰める。当時の体験談を聞く事は、精神が危うい状態の人間に尋問を試みても、良い結果は期待出来ない、異常現象に際会した人間の慰撫が想像以上の労力を要し、挙句耳慣れぬ声の教職員が扉の前で彼女達を明け渡せと叫び、物扱いする教職員の言動に頭痛を覚えた。扉を蹴破る気迫を感じ、松崎綾子さんが阻止するが、暴力を揮う気配を見せ、慌てた様子の助手が暴力に対抗する。廊下に不毛な応酬が響き渡り、耳を劈く怒声に、女子生徒達は勿論、私も何度肩を震わせたか知れない。

 女子生徒達を慰撫し乍ら護符を握らし、終業時間も間近に迫るので、いっそ早退する事を勧め、意気阻喪の体の彼女達は殊勝な顔で頷き、各護符を握り締めて教室へ戻る。可哀想な背中を見送り、扉を閉めた時、非常に耳障りな怒鳴り声が聞こえ、吃驚して扉を離れ棚裏に逃げ込むと、擦れ違い様に安原修さんが笑う。慣れた様子で扉の外の松山秀晴に応対して、霊能者達の仕業だの生徒達に悪影響だの、室内に引き籠もる私達に怒鳴り続け、中々興奮が治まらず、地団駄を踏む震動も床板に伝わった。一介の生徒相手に乱暴な真似は控える風の、しかし場合に依って暴力も辞さぬ鼻息荒い松山秀晴は、扉の取っ手を掴み、幾度も幾度も侵入を試み、その都度生徒会長の言葉遊びの様な、頓知の様な諫言に歯噛みして、部屋の奥で息を殺す霊能者達に詐欺師だ何だと芸の無い事を叫んだ。どたん、どたん、と古い建物の足場を踏み鳴らす松山秀晴の癇癪が酷くなり、随分時間が掛かって戻って来た麻衣達と、生徒会室の真ん前で遭遇し、又不毛な言い合いをして麻衣達は部屋に入った。

 春隣の夕間暮れに脆薄な氷の様な薄雲が全天を覆い、晴陰の境目を曖昧にする天気に、終業の合図を聞いて嘆息し乍ら、機材を普通教室他三箇所に設置して、素人調査員達は生徒会室で情報整理と言う名の待機を命ぜられ、棚裏から校庭側の窓を振り返り、遠く黒い樹影が朦朧と見えて目縁を擦って目を凝らす。輪郭が模糊として視力の低下具合を教え、調査終了後は眼鏡屋へ行く事を考えて、窓外の暗い景色から一転、大層明るい部屋に向き直り、強烈な電灯に眩暈を覚えて瞼の上を擦る。再度窓外の夜景を眺め遣るも、矢張り目が悪い所為で物の輪郭が判然しない。針葉樹の黒い樹影は見覚えがあるので、距離の長短に拘わらず、葉叢の葉音まで耳の奥底に再生する事が出来、針葉樹の特徴を具えた樹木の繁茂した森林は、下陰を借りて簡易寝床とした頃があるので、馴染み深い。元旦の初詣、賽銭箱に到達する前に境内に入る為の行列に並び、当時樹木の種類が解らず頓珍漢な事を言った様な記憶もあるが、種類は杉で、杉林の最中に神社か神宮かの本殿の輪奐を見た。荘厳な建築物の瞻視を笑う者はなく、記念撮影に及ぶ者がある程、初詣先の神社は有名だった。

 墨汁の空を貫く針葉樹の先端部を見詰め、眉間や蟀谷に疼痛を覚える程凝視し様が、近眼が進み、学校の定期健康診断で眼鏡の使用を推奨される有様の私が幾ら頑張っても樹影の輪郭を明瞭に捉える事は困難だった。紙屑の整理整頓の作業を中断して、窓外の景色を眺めたが無愛想な教職員の心象を表した景色を見飽きて、机上の作業に戻ると真正面の席に座る麻衣が整頓中の紙屑の塔を崩し、その紙の敷蒲団の上に腕枕をして寝入っていた。生憎掛蒲団は無い。防寒衣を羽織る事も億劫がり、薄地の夏物の上着を羽織って急場を凌いだ私は、生徒会室内を瞥見して夏物の上着に代わる掛蒲団を探すが、生徒達の仕事場に惰眠に好個な物が棚や部屋の隅にある筈もなく、紫外線遮断の上着を脱いで麻衣の背中に被せる。一人紙屑の整理整頓に戻り、暫く無言で手を動かし、麻衣の意味不明な寝言を聞き流して塔を築き、壁掛け時計の文字盤を見遣る。晩御飯の時間は疾うに過ぎ、早寝早起きを心得る者は寝て、一寸夜更かしが普通の者はお笑い番組を観て、就寝か一家団欒の時間帯に、長く一家団欒の無い私は長椅子周りで団欒擬きをやった頃を想起した。

 流感擬きの豪い風邪を患い、宿泊施設の一室に陣取って長く病臥し、幸い後遺症も無く治癒して、醤油味の料理を食べ慣れ、男の料理の味を覚えた。冷凍食品を食べ飽きた頃に、味の幅は狭く、しかし人様の手料理と言う事実が嬉しく、醤油瓶や味醂等の調味料の類を話題にする機会が増え、平素機械と酒と蟹が愛人と言う様な人の意外な食生活を知り、糞爺も一緒に塩結び等を認めた。一家団欒は当時、否、前世の頃から切望する理想の家族像で、異世界で叶う筈の無い家族像が眼前に顕現する錯覚を起こし、胸先が息苦しく感じた。突然嚏を連発し、夏物の上着を重ね着して防寒衣にした下は、夏物の上着の上に冬物の長袖を着た無様な服装で、麻衣の掛蒲団に遣った上着が着る服の中で最も分厚く、冬物より厚い夏物の上着を奪われた私は震える以外に発熱の仕様がない。筋肉の緊張と弛緩の繰り返し、椅子の上で踏ん張って奥歯を噛み締め、体温の放散を防ぐ。無駄な足掻きを承知で、風邪予防策に震える事は、正しいかどうか知らない。

 用務員の土岐田さんの厚意で暖房装置の設置が叶い、昨晩の会議室の様な底冷えの心配も無く、程好く脚が温もる気温に設定し、心地好い温暖な部屋に眠気を催す事も仕方あるまい。睡魔が後頭部を突き、額が紙屑の塔の最上階を破壊した所で、紙の崩れ擦れ合う音に意識が清明になり、塔の倒壊と言う惨状を見下ろし乍ら、数枚紙屑を摘んで記載事項を確認して集め直す。同じ棟、同じ階、系統の似た怪談話等に分け、塔を築いて、今度は睡魔が後頭部を突いた際も頭突きを食らわす事の無い様に机の端に避け、睡魔を払う簡単な運動をして、暖房装置の温度計を見ると二十二度、設定温度は二十三度なので丁度好い加減の気温だ。壁際の薬缶の熱湯を急須に注ぎ、茶葉の有無を確認し忘れて、茶筒を持って急須の中身を見て、番茶の茶筒の蓋を開け茶葉を入れる。熱湯に茶葉の浸みる時間が鬱陶しい。頻りに急須を揺らし時間短縮を試み、短気は損気の箴言を無視して器に番茶を注ぎ、色の薄い事に機嫌が急降下する。殆ど白湯状態の番茶を飲み干し、も一度番茶を注ぐと薄いが先程よりずっと濃い色の湯が出た。当然、その分、味も濃かった。

 器を自身の席に置き、紙屑の塔の最上階の一枚を摘み、印刷室の怪談話を読み耽り、閾を削る近所迷惑な扉の開閉の音に顔を上げ、紙屑を元の場所に戻して棚裏に戻った人物を振り返る。黒髪黒目、一見日本人の事務所所長が受験生用の辞書か、最初から其処に置かれた漢字辞典を捲り、直ぐ元の位置に戻し、素人調査員達で決めた資料置場を漁って資料を探す。休憩か問うと資料を取りに来たと言うので、夜食の葡萄味の飴を渡すが無視され、自身で飴を嘗めて糖分補給を行う。複数の資料を小脇に抱え、敷地一帯に流布する怪談話の検覈に疲労困憊の霊能者達の様な背中を見せず、一切の隙の無い背中を私に向けて、──上司は暢気に寝入る麻衣に罵声を浴びせ、花火の爆発の様にぱっと顔を上げた麻衣は「行き成り厳しいね」と言って寝惚け顔で戯言を零す。

 上司の嫌味に、幾ら睡魔が夢の国への旅券を発行し、入国審査が軽かろうと、仕事現場で労働する霊能者達が校内を巡回する中、暖房装置の御蔭で寒冷と無縁な生徒会室で、待機組の単調な作業を半ばに放棄して居眠りとは、良い御身分と詰られても反論出来ない。嫌味満載の小言を頂戴し、颯爽と部屋を去る上司の後ろ姿は、事務所最高責任者の威厳に満ち、最大権力者の威圧感が漂い、多分例の夢を見た麻衣の茹で蛸よりもっと赤い横顔を見遣り、思わず噴き出した。麻衣が机に身を乗り出し、夢の内容を語る為に声を低くして、あのさ、と言った時、又閾を削る迷惑な扉の開閉音が響き、破戒僧とブラウンさんが戻って来た。

 除霊の感想を尋ね、手応えが無いと言う結論に自然顔色が曇り、嫌な空気の払拭の為に麻衣が退魔法の伝授を霊能者達に頼んだ。破戒僧は、私達に除霊を任せる様では霊能者の立場が無いと嘆くも、最後は真剣な顔で私達に退魔法を教えた。不動明王印と言う手の組み方、真言、剣印と言う手の組み方を教わり、糞爺をして霊的才能皆無と言わした私に退魔法を扱えるか知らないが、見様見真似で憶えて、真言は三四度復唱する内に憶えたが実戦経験の無い状態で心強いと思う事は難しい。

 退魔法の伝授を終え、次の除霊場所を求めるので、私は紙屑の塔の最上階、印刷室の紙を手渡す。受け取った破戒僧達が棚を迂回しようとした時、麻衣が駄目と断言した。紙屑の塔に手を伸ばし、余計な塔を突く所為で塔が倒壊し、二人で慌てたが、その中の一枚を麻衣が引っ手繰る様に取って破戒僧達の持つ紙と交換した。音楽準備室の怪談話を綴った紙だ。

 破戒僧達が生徒会室を出て、足音が遠ざかる頃を見計らって麻衣に尋ねた。

「何となく…只の勘」

 麻衣は自分自身でも困惑する風に呟き、倒した紙屑の塔を直し始めた。私も手伝い乍ら、何だかなあ、と頭を掻いた。

 紙屑の塔の再建築後、机の中央部に寄せ、私の懐に詰め込む夜食兼間食の海苔巻き煎餅を仕舞った缶箱の蓋を閉め、紙屑の横に置いて倒壊時に被害が机上全体に拡大する事を防ぎ、数個の煎餅は勿論自身の懐に仕舞う。煎餅は異世界の東京の片隅に住み着いて、今住んでいる部屋から一部屋置いた隣室、夏暖簾の撤収を怠ける隣人が、賃仕事に勤しむ私を憐れみ、派遣の度に労いの言葉と共に菓子類を恵んで下さる。缶箱は以前事務所の茶請けに用意した焼き菓子の空き箱で、今は煎餅や飴等の夜食兼間食の避難所となっている。破戒僧達は余り手を付けないが、素人調査員達は小腹が空く度に蓋を開け、中身を漁って摘み、数個懐に忍ばせ、時折破戒僧達に渡すと彼らは自分で摘まないくせに他者から貰った菓子類は何度でも強請る。餌付けの気分を味わい、懐中の菓子の種類を豊富にす可く菓子を仕舞う小型鞄を腰に巻く事を検討している。

 晩御飯が胃袋から十二指腸、小腸へ下り、胃袋が伽藍堂になった。腹の虫が空腹を訴え、同時に腹の悲鳴が麻衣の腹からも聞こえ、生徒会室と表の廊下の気配に意識を凝らし、人様の気配が無い事を確認した上で缶箱の菓子類を厳選して煎餅と蜜柑味の飴を懐に仕舞い、青林檎味の飴を一個口中へ放った。途端口蓋や頰の裏側を林檎の薫香が満たし、舌で飴玉を転がし唾液の量が増え、味蕾を刺激する唾液と硬質な飴玉の感触に飢餓感が誤魔化され、満足感は少し足りないが、食糧供給を訴える腹の虫を黙殺出来る。明日の朝の御飯迄に飴玉一個で腹が持つ訳無いが、飴玉は幾らでもある。荷物の中に派遣前に購入した檸檬と薄荷の飴玉もある、鼈甲飴は麻衣が用意した。夜食間食の準備を怠れば、調査現場で作業する時の自分達が空腹に困るので、事前準備と荷物点検は厳重に行わなければならない。葡萄味の飴玉を銜える麻衣は、又一寸身を乗り出す風に真正面の椅子に腰掛ける私を見て、声を低くして内緒話の体勢で口を開く。

 と、思ったら、安原修さんが戻った。

 機材設置と記録媒体の交換等の重労働に校内中を駆け回り、疲労困憊の体で戻られ、私は暖房装置の利いた温い部屋で番茶を啜り駄弁を弄す程度の、待機と言う名の懶惰な休憩しかしていない。憔悴気味の安原修さんに番茶を用意する気で席を立ち、壁際の薬缶と急須を並べ、熱湯を注ぐ中途で疲労困憊の当人の掣肘を受け、濃霧の様な湯気の昇る熱湯を急須の蓋に撒き、私が熱湯等を処理する間に、彼は羸憊した体に鞭打って私達の分の茶を用意した。機材設置や媒体交換だけでなく、給仕等の雑用以下の仕事にも精励恪勤する彼に感銘し、銘々席に着き、内憂外患を雑談し、怪談話の多寡に論及して、何故緑陵高校に限って降霊術で召喚した幽霊が大量に敷地内に残り怪談となるのかを考察する。

 麻衣が緑陵高校の狐狗狸さんについて疑問に思う事を尋ねた。その疑問点を彼が答え、余り会話に集中していなかった私の耳にも、馴染み無い音が染み渡る。降霊術を開始する際に唱える呪文らしい。

「おー、ヲリキリなんたら」

 可笑しな呪文だ。丸で破戒僧の唱える真言の様だ、と内心私は首を傾げて、破戒僧の口吻を真似る様に、安原修さんの言う呪文を復唱し、矢っ張り違うか、と実際に首を傾げて唸った。

 安原修さんが時計と壁の暦を見比べ、新聞記事で見た更衣室の火事が起こる椿事について呟き、又不思議な事に麻衣が放送室で起こる、と寝起きの寝惚け頭で受け答えする様に言った。

 其処へ間の悪い破戒僧達が帰り、仕事の愚痴を零し、果ては原真砂子さんの霊視能力や霊感や霊媒の相違点を論じ、成る程と私の知識に無い、霊能者への理解を深めるに必要な持論が披露され、黙って聞き入っていると破戒僧が私を見遣った。私は席を立ち、番茶を淹れ直して茶菓子と一緒に出す。破戒僧は茶菓子の煎餅を齧り、番茶を啜って空の胃袋に食糧を収めると言った。

「モンゴメリさんは、どれ位視えるって?」

「さあ。浮遊霊と意思疎通が図れる程度でしょう」

「それ凄いじゃん」

「見たいですね。最近、皆さんと関わって実感しました」

 呆れた溜息を吐く破戒僧を無視し、私は青林檎味の飴を取り、又口中で転がして味を楽しむ。

 情報収集の法に困却した破戒僧が第六感の女事麻衣に情報提供を呼び掛け、突然難題を持ち掛けられた麻衣は素っ頓狂な声を上げ、飴玉の種類を数える私に視線を向けるが、飴玉の種類、次の飴玉の選定に忙しい私は気付かない。観念した様子の麻衣に、安原修さんが先の火事の怪談話を話し、経験豊富乍ら緑陵高校の事件には白旗を振る寸前の霊能者達の顔が引き締まり、自分の夢見に自分自身が一番不信感を抱く麻衣に、寝床へ潜る事を奨めた。無論寝る事を強要され、寝る意志を発揚して寝床に潜り惰眠を貪るのでなく、夢を見て情報収集出来るなら、能力者も苦労はあるまい。寝入り端に情報収集しても、本格的に寝入った後、目覚めて夢の内容を遺忘する可能性も僅かに有り、訓練も修行も未経験の麻衣が夢見を発揮出来るとは思われない。しかし其処は成績優秀、模範生の皮を被った安原修さんの弁護の御蔭で放送室の火事を確認してから麻衣の夢見を信じる事になった。そうして上司達が生徒会室に戻ると、破戒僧達で夢見の内容を熱弁し、他に手掛かりも無いと言う事で、更衣室は助手とブラウンさんと松崎綾子さんと原真砂子さんが監視し、放送室は残る人員で監視する事が決まった。

 機材を設置した後の午前四時半頃、監視用の画面越しに、放送室の火気の無い壁から火が起こる瞬間を認めた。

 慌てて破戒僧と安原修さんが消火器で消火作業に当たり、助手達が駆け付ける前に鎮火した。お見事、と破戒僧が称賛し、他に夢で鬼火を目撃した場所に機材設置を言い出す助手の後ろ、複雑な眼差しを素人調査員麻衣に注ぐ霊能者を見た。

 掃除は簡単に済ませ、警備室から駆け付けた用務員土岐田さんの移動する怪異の話を聞き、据置き時計で時刻を見れば機材等を怪談話の現場から撤収する時間が迫り、機材回収と記録媒体の回収を終えて就寝した。寒気の緩む気配の微塵も感じられぬ黄色い朝暾が東の地平線を脱し、薄地の窓掛を透かして六畳間の部屋の夜気を、隅の薄暗い埃の山へ追い遣り、塵芥の繊翳が畳に敷く寝床の湿気を助長するらしく、寝ると身辺が冷たくて中々寝られない。寝を意識すると益寝られず、半醒半睡の儘昼前に麻衣が起き出し、隣の衣擦れに意識が覚醒して、遠い記憶の祖父や愛猫達が、湿気た煎餅蒲団に寝転がり続ける寝汚い自身を譴責する。渋々寝床を這い出し、身嗜みを整え、他に起き出した松崎綾子さんと原真砂子さんは、化粧と和服の着付けに時間を要し、単純構造の普段着を着て身支度の整う私達が先に宿直室を出て仕事場へ行く事にした。

 三階生徒会室への道程を、欠伸を噛み殺し乍ら踏面を踏み締め、二階踊り場で松山秀晴に呼び止められ、其処で嫌味を言われた。彼は幽霊や心霊現象に夢中になって登校拒否する迄零落れた者の末路、と前置きして、自殺者坂内君の事を詰った。

「坂内も今頃は、あの世で後悔しているだろうさ」

「先生は坂内くんが死んだのが残念ではないんですね」

「なに?」

「自業自得だと仰りたいんですね?」

「誰がそんなことを言った!」

「そうとしか聞こえませんでした」

 松山秀晴は満面朱を濺ぎ、廊下の足場を踏み鳴らして言った。「何だ、その反抗的な態度は」

 その時、授業開始から数分、前方美術室内で悲鳴が上がった。

 美術室の蛍光管が全て落下したのだ。確か美術室の真下は、掃除の度に蛍光管が落ちる地学教室があった。

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