お前退くまで私消えるまで、共に忘れ得る日まで。   作:赤茄子

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第十九話:夙夜夢寐

 何処の道か見覚えの無い風景の道路を真っ直ぐ歩き、黒光りする可愛らしい手を握り、黒色の縮れ毛の丸い頭部の脳天を見乍ら、私は居酒屋や歯医者が軒を連ねる反対車線の歩道の看板を検分し、看板の文字が朦朧と見える許りで店舗の名称も解らない。私達の行く歩道は、百貨店の観音開きの硝子扉と硝子窓が一階壁面を覆い、建物の内装や建物内に店を構える高級店の綺羅を磨いた陳列棚に並ぶ商品が、酷く悪い目にも輪郭が明瞭に見え、綺羅を纏う客の巧笑もよく見えた。反対車線の模様と此方側の車線の模様が丸で違う事に、私は一切疑問を抱く様子もなく、縮れ毛を砂埃の舞う朝風に揺らし、姉貴分の世話係の手を引く末っ子の歩調に合わせ、眠気を催す程緩慢に道を行く。

 進路の直線道路に十字路があり、道路が途切れて横断歩道の標識や地面に白線は無いけれど、車用の信号機と連動して歩行者は道を渡るが、私達の進路は直線道路の縦方向だが、道を横断する道路に大きな自動車が停車して、其処から中々動かない。信号機は青色、道の真ん中に急停車する自動車は、歩行者の横断歩道の真上から微動もせず、運転席の様子を窓越しに覗くと、運転手が椅子を寝かして横臥している。信号機が黄色、赤色と変わり車道の自動車の動きが変わる。横断歩道の真上に停車した儘の自動車の尻に、一方通行の横道から、一時停止の常識を無視した自動車が突っ込み、私達の眼前で二台の自動車が大破した。地鳴りを伴う轟音と爆音が連続し、運転席で寝て居た運転手が飛び起き、変形した扉は隙間風が通る程度の隙間を残し、後は頑丈な硝子が覆って運転手は車を出る事が出来ず、満面に朱を濺ぐ運転手は窓を蹴破り、自力で自動車を降りると、同じく自動車を降りる事が出来ずに泣き喚く後続車輛の運転手の運転席の窓を蹴破ると泣き続ける運転手を引き摺り出して虐め始めた。

 追突した自動車の運転手が、横断歩道の手前に居る人々の顔を真面に見て、助けて、助けて、と悲鳴を上げて暴れ、横断歩道の真上に停車して車内に寝転び被害を受けた運転手の暴怒に萎縮し、信号機の色を見守る私達の足許に来て、着物の裾に縋り付き、被害者運転手の怒りを逃れんと泣き叫ぶ。私は普段着は制服か季節物の着物を着るが、横断歩道の手前に居る私の纏う着物は、糞爺の腹心手製の貫頭衣擬きを着ており、履物は普段着用の運動靴で、随分雑な恰好だと思い、渋色の外套を纏う末っ子を見下ろして抱き上げる。信号機が変わり、運転手を振り切り横断歩道を渡る。白線の無い横断歩道は道幅が広く、一方通行の車道も片道二三車線はありそうで、道普請の途中らしく白線を引く作業員達が居て、車線変更中の自動車が向う側から来て、作業員数名を轢き殺した。

 横断歩道を渡ると先程の百貨店に似通った外観の建物が、文字通り隙間無く横に並び、一階壁面は全て硝子張りの扉と窓で、真昼の陽光を髣髴させる電飾が店内を照らし、贅沢な天鵞絨の絨毯を敷き詰めた通路に、羊のママと一緒に洋菓子の陳列棚を眺める麻衣が居た。親友麻衣とママの長い横顔を見詰め、私達は百貨店の硝子扉を潜る為に建物の庇の陰に一足二足踏み入り、突然肩を突かれ、吃驚して肩を突く人を見遣ると、人間臭い笑顔の糞爺事ハオが居て、私の背中を押して百貨店に入った。天鵞絨の絨毯を踏み締め、洋菓子の陳列棚を物色する麻衣達に駆け寄り、蜜蝋菓子と砂糖黍の茎を一口大の輪切りにした砂糖黍その物が並ぶ陳列棚を見て、袋詰めされていない砂糖黍の欠片を一個、繊細な様で節榑立った手を伸ばして摘んだハオが齧る。相変わらず金銭を嫌う野郎は、更に一個、砂糖黍を摘み、末っ子の口に宛てがう。未会計の商品を齧る野郎の烏の濡れ羽色の頭髪が、人様の頬を擦り、触手の様な前髪の一房が、感情の起伏で脈打つ様に跳ねる。

 麻衣が砂糖黍を横取りし、咀嚼し乍ら建物の正面玄関を入って直ぐの、普通自動で人間や荷物を昇降する筈の、今日は動力装置の故障で自力で登る他無いエスカレーターを登り、一階玄関広間から四階服飾雑貨屋が看板を並べる階へ続き、寄り道旁、季節物の着物を選ぶ私達は春物の薄地の長袖を買った。動力装置の故障した階段の前の雑貨屋で、ハオの頭髪を纏める髪紐を買い求め、櫛は手櫛で、癖が付くと言う文句を黙殺して、前髪は避けて後ろ髪を手櫛で纏めて三つ編みにする。未だ雑貨屋の陳列棚に硝子の箱で保護するでもなく、外気に曝して陳列する雑貨類を見る麻衣達に一声掛け、駆け寄る麻衣達と髪を縛るハオを見詰める末っ子を抱き上げ、階段を登り五階へ向かう。

 五階階段前に眼鏡屋に薄青の電飾が明滅し、不機嫌面のハオが私達を眼鏡屋へ引っ張り、沢山の度無しの縁が並ぶ卓子の間を擦り抜け、細身の眼鏡を私の顔で試し、縁無しの眼鏡を試し、太い黒縁眼鏡を試し、結局無難な銀縁に緑色の蔓の眼鏡に決めた。店員の案内で、店の隅の小部屋で簡易視力検査をして、大抵眼科だと眼圧検査と言って、見開いた目に空気弾を食らう。昔、瞼の腫物が頻繁に出来た時期があり、足繁く眼科に通い、結局膿を刃物で切った。視力検査を終えて小部屋を出て帳場の椅子に腰掛け、値段の高低で度の精度と言うか、種類の異なる度の説明を受けて高級と中級と低級と、三種類ある選択肢の中から中級を選び、一時間後に出来上がるので一時間後に、と言う店員の話を聞いて私達は百貨店内で昼御飯を食べる事にした。

 眼鏡屋前の階段を登って最上階の手前の階、飲食店が詰まった階に上がり、合議の結果、カレー専門店の暖簾を潜り窓の無い店内を見回し、壁際の席の一番奥の席に着座した。献立表を矯めつ眇めつ見て、海鮮物を私と麻衣が、末っ子とハオは野菜物を選び、ママは味噌汁を頼んだ。普段は数十分待つが、時間帯なのに人気の皆無な飲食店階の通路を見遣り、軈て御飯が到着して、通路の人気なぞ意識の彼方へ吹き飛び、匙を握った末っ子が御飯に鼻面を突っ込み、匙で御飯を攪拌して野菜を鷲掴みにして、鼓状の塩結びを作る。調味料の塩は、必要か否か判然しないが、卓子の壁際に他の調味料と纏めて置かれ、醤油瓶を傾け御飯に醤油を注ぐ珍事を、平気で行うハオは、塩結びを作る末っ子の頭を撫で回す。私は海鮮物の具を頬張り、空の醤油瓶を見詰めて、中身の醤油の行方を思案する。そうして御飯も終わり、眼鏡屋で眼鏡を受け取り、百貨店を出て、麻衣とママと別れ、三人で私の住む部屋に帰って行った。

 六畳間の様な八畳間の居間に、背負っていた記憶は無いが、背負っていた荷物を畳みっ放しの蒲団脇に置き、銀縁緑の蔓の眼鏡を掛けた儘、部屋の襖を閉めるハオを振り返り、晩御飯の献立を尋ねる。彼は魚料理を所望し、私は買い物が面倒臭いので却下した。不機嫌面のハオは玄関の真正面の襖を開け、私は玄関から一間続きの台所と居間を仕切る襖を開けて冷蔵庫の野菜室を漁るハオの襟首を掴み、三つ編みの頭髪を頭部の高い位置で纏め、団子にして、髪留めの類は髪紐しか持たないのに、不思議と纏めただけで団子の儘留まった。野菜室の抽斗を閉め乍ら、冷蔵庫の扉を開け、飲料水を仕舞う扉の裏側を見遣って解凍中の海鮮天婦羅の包みを見付け、何故天婦羅を冷凍保存したのか、丸で料簡を理解出来ないが解凍中の天婦羅を取り、熱した油を湛えた鍋に再度天婦羅を投入した。矢張り夢の料簡は理解し難い。──大変美味そうな、豪勢な晩御飯が完成した。

 晩御飯を認め満腹感に満悦の私達は、食器類や調理器具を片付け、私は風呂場の掃除をして、湯を沸かし、湯船の漣漪に電灯の薄明りが煌めき、居間で団欒する者達に一声掛けて脱衣所に呼び寄せ、二人が着物を脱ぐと素早く洗濯籠に投げ入れ、私は居間の押入れの箪笥から寝巻を取り出して風呂場に向かう。自身の貫頭衣擬きも洗濯籠に投げて、素っ裸で風呂場の濡れた床を踏み、既に洗髪等を終えて湯船に浸かる末っ子の、洗髪の御蔭で潰れた頭髪を見て、家の湯船なので文句は無い、ハオの黒髪が湯船の中で海藻の様に揺れた。私も洗髪等を済ませ、狭苦しい浴槽の縁に腰を掛け、両脚だけ湯に浸けて喜色満面の末っ子に相好を崩す。潰れた頭髪を掻き毟り、縮れ毛の一部が下腿を擽って痒い。自慢の黒髪を湯船に浸し、ハオが脚だけ入浴する私の足首を引っ張り、引っ繰り返る様に私は湯船の中に落っこちた。家の湯船で溺死と言う新聞記事が脳裏を掠め、腋下に腕を捩じ込み、溺死寸前の私を救助した糞爺は只管笑い、末っ子の腹部に腕を回して抱き締める。糞爺の悪戯は殺意満点の悪戯が多く、非常に業腹だが、今回は直ぐ様救助の手を差し延べたので不問に付す。

 そんな未来が、ある種の理想だったのだろう。

 昧爽、目覚まし時計の鈴が意識の覚醒を催促する悲鳴を上げる数十分前に目覚め、敷蒲団の角に横向きに、寝相は良い筈だが最近の寝相は人様と共寝出来る様な行儀の良い寝相でなく、人様の顎を蹴飛ばす末っ子の寝相に等しい。寝床を這い出し蒲団を畳み、仕舞う手間を億劫がって部屋の隅に寄せ、窓掛を全開にして薄青の朝靄が漂う清澄な朝焼けを見上げ、獰悪な旭影に目を細めて、部屋の奥へ引き返して普段着に着替える。寝巻は蒲団の上に投げ、寝癖を直す事は諦め朝御飯の支度に取り掛かる。襖を開け閾を踏み、爪の先端が閾を削って痛い、爪切りの事を考え乍ら冷蔵庫の扉を開けて裏側を覗くと、解凍中の天婦羅は無いが、冷凍庫に仕舞い忘れた食麵麭が数枚包んだ儘放置され、寝惚け頭で食麵麭を冷凍庫に仕舞う。冷蔵庫の扉を開け直し、中身を吟味して、今冷凍庫に仕舞った食麵麭を朝御飯にする事を思い付き、個別に包むでもなく纏めて冷凍保存した麵麭を取り出して不味い水道水を器一杯、居間の卓袱台前の定位置に着座して簡単な朝御飯を認める。

 食麵麭の耳を銜え、窓外の藪畳の暗い葉陰を眺め遣り、先日麻衣と一緒に選び買った銀縁緑の蔓の眼鏡を卓袱台の下に置いた眼鏡入れから出して顔に掛け、急に輪郭の明瞭になった金属製の窓枠や裏庭の葉叢を見て目縁を擦る。少し眩しい。不慣れな眼鏡の影響は、遠近感と物の輪郭の歪みを狂わし、眼精疲労と言うのか、目の奥が痛む。不慣れな内は眼鏡を掛けた儘居る事が苦痛だが、何事も馴染む前の時間が鬱陶しく、胸の奥が重苦しく、細身の眼鏡の縁を滅茶苦茶に壊したい衝動に駆られ、しかし高価な眼鏡を衝動任せに壊し、その都度調整や買い直し、修理する位なら腫物に触る様に扱う方が経済的且つ建設的で大変宜しい。食麵麭の耳の滓が零れ、卓袱台の上を汚す。栗鼠の様に耳を齧って食麵麭の中身を食い散らし、二枚残った食麵麭は予定通り冷凍庫に仕舞い、歯磨き等を済ませ身嗜みを整え、姿見で寝癖の箇所を確認して直す為に頭髪を濡らす事も考えたが、七面倒臭い手間を厭うて寝癖の放置を決めた。

 連絡が無い事は承知の上で、充電済みの携帯電話を懐に突っ込み、洗濯籠の中の汚れ物を洗濯機に投げて、洗剤と柔軟剤を準備して、電源を入れる。水が流れる音を聞き、蓋の隙間の有無を確かめ、脱衣所を出て直ぐ横の玄関で履物を履くと、懐中の財布を探す。忘れ物だ。居間の隅の蒲団脇に転がる財布を懐に仕舞い、昨日の帰宅後の行動を回顧するが、可哀想な位曖昧な頭は帰宅後の財布を投げる暴挙を記憶していない。蜻蛉返りして玄関で履物を履いて部屋を出る。一部屋置いた隣室に常駐する筈の金髪の麗人は未だ帰らない。鍵を掛けて、裸の躑躅の前を、金髪の麗人の部屋の前を通り、混凝土塀が囲む敷地を出て、事務所のある東京渋谷の道玄坂目指して、まず最寄り駅で電車に乗る事を考え乍ら眼鏡越しに見る明瞭な景色を眺めた。電車を乗り継ぎ、駅を出て、寝惚け頭を小突き、遠路を踏破して坂道を登り、頂上に建つ高楼の二階、事務所の扉を開ける。

 さて、そう言や数日前、上司と助手の知人の女性が来て、旅行に出掛けた上司を電話で呼び戻した。不機嫌な上司と御機嫌な女性の応酬を聞き、多分、また何か大仕事の話だろうと溜息を吐いて事務所の扉を潜った。以下は事務所での大仕事の依頼を聞いた後の話だ。

 進級して最上級生と最下級生の間の学年になり、前世の記憶に登場人物の台詞が曖昧に残る程度の知識で、先々を思案するが、余り良い未来はない事に身震いしつつ、数日後に迫る調査現場の実態を道連れと一緒に議論して、前髪の先端を払って道連れの横顔を見遣った。道連れ事麻衣は、一度旅行に出掛けた事務所所長の傲岸不遜にして、天上天下唯我独尊の通じぬ難敵の登場に泡を食い、又所長が旅程を変更して早々帰還した驚愕の出来事に肝を潰し、そうして依頼人の正体に目を白黒させ、帰路に就いた今も衝撃から立ち直れずにいた。

 晩御飯の献立を合議した所、食べ放題の看板が目に付き、懐事情を考慮しても食べ放題期間中の店で食べ散らかす事は、平生一食分の費用を計算し、数十円単位の献立を数百円出す事で豪華な内容になる、大変魅力的な看板文句と、普段自分で作らぬ料理を食す喜びに釣られ、私達は食べ放題の看板を掲げる店の扉を潜った。看板効果か、繁盛した店内は時間帯の所為もあって混雑しており、少し待って、窓際の席へ案内された。献立表は無く、店の真ん中の陳列棚に並ぶ料理を自由に取り分ける食べ放題で、私達は適当な料理を分けて、卓子に戻って大変な御馳走を頬張った。

「歩、何か御機嫌だね」と麵麭を千切る麻衣が言った。

「そうかな。今朝の夢見が良い様な、悪い様な」

「どんな夢?」

「前にオパチョの話はしたろう。オパチョが出て来たんだ」

「嗚呼、黒人の? むかーし昔に面倒を見た子ね」

「そう、その子、懐かしい夢で、感傷的になったんだね」

「感傷で御機嫌って、歩も大概変わっているよね。そう言うの、感傷って言うか、感慨って言うか。まあ、良い夢だったんじゃない」

「ところがどっこい、も一人の話は憶えているかい」

 麻衣は一寸虚空を見てから言った。「オパチョを可愛がる奴? オパチョとそれ以外、って態度が急変する奴ね」

「その子も出て来た。最初は私がオパチョを抱くのに、途中から、その子がオパチョを独占するんだ。私は触れやしない」

「成る程、嫌な、悪い夢だ。啓示か何か? 次の調査で、良い事と悪い事が起こるって」

「麻衣が言うと現実になりそうだ。何せ、第六感の女の言霊だ」

「ことだま……」と思案する風の麻衣は麵麭をコーンスープに浸す。余り長く浸し過ぎて、白い部分が薄黄色いスープに落ち、殆ど耳だけになった麵麭を、汁を滴らせ乍ら食べた。

「卓子(テーブル)を拭いて。スープが垂れたよ」

 私は御絞りを差し出すが、麻衣は自分の御絞りで卓子の縁を拭いた。黄色い御絞りの格子模様を描く白線に、汁の黄色が染み、元々黄色い箇所は汁の色と区別がつかない。

 居酒屋で見掛ける黄色い御絞りを畳み、麻衣は又麵麭を汁に浸して食べる。案外美味いので、確かに嵌まる。

「家では、こんな食べ方しないなあ。普通、外でしない食べ方だよね」と麻衣は微苦笑を浮かべて言った。

「そうかも知れない。でも、私は気の置けない相手なら、無礼を承知でやる」

「今、あたしがやっているよ。結構美味しいの」

「でも、麵麭より御飯の方がお腹に溜まる。私は御飯派だ。あの子は麵麭派だった。普段和食が良いと言うくせに、小腹が空くと麵麭が良いと言う。御飯の時間まで待てば良いものを、別の御飯でお腹を満たす。繋ぎでなく、何度も御飯の時間を作るんだ。しかも、この御飯の量が普通の御飯と変わらない」

「魚を焼くのが下手なんだっけ」

「悪戯だよ、下手糞に焼いて、生焼けを渡す事は無いけれど、悪戯の時はいつも焼き過ぎた」

「勿体無い。まあ、最近は養殖も増えているし、魚も冷凍なら安いのが売っていたりするし、金満家の悪戯小僧の気持は解らん」

 別に金持ちではないが、魚の調達は自分でやるから、魚の事情が問題と思われる。

 麵麭を頬張る麻衣は、南瓜を練り込んだ菓子麵麭の様な麵麭を手に取り、汁に浸さず千切って食べた。南瓜の練物の様な塊が覗き、中身の薄い橙色の部分を千切り、練物をくっ付けて頬張る。美味しそうで、自然唾液が溜まる。

「仕事明けはテストかな」とムニエル風の焼魚の小骨を見付け、身と骨と選り分け乍ら、私は愚痴を零す様に言った。

 麻衣は麵麭を食べる手を止め、苦虫を噛み潰した様な顔で言った。

「進学校じゃあるまいし、でも、進路調査はあるかも。面倒臭いなあ。あたし、就職希望だし」

「オフィスで働くの」

「どうかなあ。働きたいけれど、ナル次第かな」

「連絡先は聞けないけれど、就職は拝み倒せば行けそうだ」

「だと良いな。歩は、進学? 系列大学まで行くんだよね」

「ラキストさんが、大学は行け、と言うし、行くつもりだよ。行かないなら、仏蘭西の本部へ連行すると脅された」

「勉強嫌いには、ある意味究極の選択だね。まあ、アレルギー並みの勉強嫌いではないし、大丈夫でしょう」

「私の頭で行けると良いけれど」

「大丈夫、歩はやれば出来る子」

「お婆ちゃん見たいだな、麻衣の言葉は」

「お婆ちゃん? ……なら、歩はお爺ちゃんね。渋いお茶を啜って、ふがふがの歯で硬い煎餅齧って、痛たた、って」

「虫歯かい」

「ふがふがの歯だってば。でも、まずお爺ちゃんの所に突っ込もう」

「なら、麻衣はお婆ちゃんについて反論す可きだ」

「あたしは、まだ、ピチピチの十六歳だい」

「ぴちぴちかあ。陸に揚がった魚の様に新鮮だ」

「……あたしゃ、魚か」

 麻衣は南瓜を練り込んだ麵麭を取り落とし、麵麭はコーンスープが半分も残った器に沈んで行った。




夙夜夢寐(しゅくやむび)
:一日中。いつも思い続ける。
意訳(?)
:本当はずっと一緒に居たい…

別に、断じて、題名を考えるのが七面倒だった訳では…ありません。
書き溜め分は血塗られた迷宮編で終わりです。
また書ける日は来るか知ら。
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