放課後、戦車道のオリエンテーションがあるというので、戦車道履修者は、グラウンドの奥にあるレンガ倉庫の前に集合させられた。
「しかし、いいのか?」
俺は隣に立つみほに言った。
「えっ?」
「戦車道、あんなにやりたくないって言ってたのに」
「・・・・うん、やっぱりちょっと不安だけど、今は―――――」
そう言いながら、みほは武部や五十鈴の方を見て、
「友達が、いるから」
「そうか・・・・」
みほが自分で決めたことだ。俺がなんやかんや言うことではないか。
正直のところ、みほが戦車道を選択してくれて助かったと思っている。戦車道経験者なんてたぶん俺とみほを除いていないだろうし(本格的に戦車道をやるのは高校生から。中学生の戦車道人口は少なく、戦車道ができる中学校は5校程度である)、経験者はおそらく指導教官からこき使われるからだ。
「あとさ、先輩らと言い合っているとき、何もできなくてごめん」
俺はみほに生徒会から何か言われたら意見してやると言っていた。が、俺はそれを実行することができなかった。有言実行できなかったわけだ。
「そう言えばそうだったね」
あははとみほが笑う。まあ、根に持つタイプでは無いはずだから、おそらく許してくれているだろう。本人も忘れていたみたいだし。
みほが武部達の方へ行ってしまったので、俺は辺りを見回しこれから一緒に戦車道を行うクラスメイトを確認する。パッと見た感じ、知った顔がいくらかいたのでほっとする。
必修選択科目は3学年合同で行われる。これは体育祭などの学校行事やクラブ活動以外でも別学年の交流を進めたいとの学園長の方針である。
「よう中村」
俺は男子生徒の中で知った顔を見つけてそいつに駆け寄る。
「おー、鈴木。体育祭以来だな」
彼は
見た目はいわゆる爽やか系イケメン。下級生からはかなりモテているとか。俺も噂で聞いただけで本人確認したわけではないのだが、ものすごい変態らしく、それが原因で1年の頃二度も彼女と別れたらしい。その元彼女2人は、表面だけで人を見てはいけない、とそろって言っていたそうな。同級生女子にはこの噂が浸透しているらしいが、下級生はほとんどこの話を知らないらしい。
「そう言えば吉井は?」
「ああ、あっちで
俺は倉庫入り口そばでつなぎを着た女子と喋っている男子を見つける。彼も自動車部だ。名前は
「2人がいて助かるよ。なんか男子少ないみたいだし」
「そうだよなぁ。なんで女子ばっかなんだ?」
男子生徒は俺を含めて4人だけで女子生徒の方が圧倒的に多い。女子の割合が高い大洗学園であるが、この比率は明らかにおかしい。最近の男子はこういう油くさい事は嫌いなのだろうか。工業科だとかから結構履修者が来ると思ったのだが。
「工業科から来なかったのか?」
「うちの学科ってさ、工業科とは言うけどほとんどが電気工学系を希望してるんだよね。機械系志望は俺と吉井だけだし」
「マジかよ」
なんでそんなに偏りが出るんだ? やっぱりこのご時世、電気とか情報系の方が人気があるのだろうか。
それにしても、戦車道は力仕事が多いので、男子が4人しかいないのは心許ない。
いや、5人かな。俺はそう思いながらある1人の女子の方を見る。その女子は他の女子と話していたが、俺の視線に気付いたようで、こっちに向かってきた。
「何よ、じろじろ見て」
彼女の名前は
というか、
「じろじろなんて見てねぇし」
「嘘、やらしい目で見てた」
「誰がそんな目で見んねん!」
誰がてめえなんかやらしい目で見るか! と言ってやろうと思ったが、さすがにそれは怒られると思ってやめておいた。
上杉はいわゆる『スレンダー体型』であり、その胸部は
しかし、上杉の凄いところは男子顔負けのパワーの持ち主であることだろう。腕も太くないし、筋肉がついているとかそんな感じはしないのに、俺よりパワーがある。力仕事もなんのそのだ。おそらく上手い力の入れ方でも知っているのだろう。
「やっぱりやらしい目で見てる」
上杉が俺をジト目で見てくる。うわー、やだなー。今すぐこの視線から逃げたい。
何か逃げ場はないかと辺りを見回していると、さっきまで上杉と話していた女子が目に入る。なんかこちらの様子をすごく気にしている様子だが。
いや、待てよ。彼女どこかで見たことがある。あ、目が合った。
「なあ、上杉。あの子って・・・・」
「えっ? ああ、
そうだ、思い出した。中学2年の時に同じクラスであった
「まなー」
上杉が手招きすると、水原はなぜかおどおどした様子でこちらへやって来る。どうしたのだろうか。
「水原さん、久しぶり」
「す、鈴木くんっ。・・・・久しぶり」
な、何だこのぎこちない感じは。初対面ではないのに。男子が苦手なのだろうか。
しかし、何だろう。水原ってこんなに可愛かっただろうか。中学の頃はもっと地味だったような気がするのだが。『垢抜けた』とか『高校デビューして変わった』とか言うやつなのか。
まあ、男子が少数派の中で知り合いの女子が一人でも多いのは助かる。それもまた美少女とは、俺にとっては得でしかない。
「これからよろしk・・・・!?」
何だろう、背後から殺気を感じる。いや、殺気というか、なんかこう『ねっとりとした』視線。だいたい正体は分かっている。
後ろを振り返ると優子が・・・・て、あれ? 南本?
俺も後ろにいたのは優子だけではなかった。俺の『癒し』、南本までいたのだ。
「優子、それに南本も・・・・」
「よ、よろしくね。鈴木くん」
あ~、癒される~。けど、2人って知り合いだったっけ?
「ああ、よろしく」
なんだろう。さっきから優子の視線が怖い。さっきのも優子のだったのか。
優子が俺の傍まで来て、顔を耳元まで近づける。
「・・・・まさ兄、鼻の下伸びてる」
いつもと同じトーンなのに物凄い威圧感がする。めちゃくちゃ怖い。
「そ、そんなことないよ」
思わず後ずさる。怖い怖い。こんな優子は初めてだ。
「おい、オリエンテーション始まるみたいだぞ!」
笹原が注意するような口調で俺の背中を叩いてきた。いつの間にか例の生徒会の三役が倉庫前に立っている。
「これより、戦車道のオリエンテーションを始める!」
河嶋先輩はそう言って、半開きになった扉から倉庫に入って行った。俺たち戦車道履修者もぞろぞろと続く。
倉庫の中は暗かった。誰かが照明を付け明るくなる。
「げっ」
誰かが言った。
「うっ・・・・」
俺も思わず唸ってしまった。
目の前にあったのは、ぼろぼろになった戦車だ。形状から《Ⅳ号戦車》とかろうじて分かる。覆帯は外れ、錆と油でドロドロ。さらにそれらのにおいが猛烈に鼻孔を刺激した。
「何? これ・・・・」
「なんか臭い~」
「思ってたの違う~」
俺だって思ってたのと違う。
すると、みほがゆくっりと戦車へ歩み寄って行き、戦車を見渡し始める。
その様子を俺たちは黙って見守る。
「転輪も装甲も大丈夫そう。これなら、いける」
おおーっ、と小さく歓声が上がる。しかし、その感動より倉庫内の劣悪環境の衝撃の方が圧倒的に強い。
長い間使われていなかったらしく、倉庫の中は鉄と油と錆びの匂いで充満していた。
「それにしても酷いな」
倉庫の中に1両だけ置いてあった《Ⅳ号戦車D型》は、覆帯が外れかなり汚れた状態だ。内部はかなりひどく、埃と錆び、さらにカビまで生えていて、大規模な整備が必要だ。
「1両しか、ないな」
隣で笹原が俺が思っていた事を口にする。
そうなのだ、戦車が1両しかないのだ。
ざっとみたところ、戦車道履修者は俺達を含めて30名以上。1両当たり4、5人乗るとしても7、8両は必要だろう。
「それじゃあ、今から戦車探そっか」
ふいに角谷会長がそんなことを言った。はい?
「「「えええ?」」」
驚きの声が上がるのも無理はない。
「我が大洗学園は20年前まで戦車道が盛んに行われていた。その頃に使われていた戦車がまだどこかにあるはずだ。お前達には今からそれを探してきてもらう」
「それじゃあみんな、レッツゴー!」
おいおいマジかよ。
しかし、戦車がなければ戦車道は始まらない。みんなぶつぶつ文句を言いながらも、それぞればらばらになって歩きはじめた。
「えー、なんか思ってたのと違うよ~」
側では武部ががっくりと肩を落としていた。
「土曜日にカッコイイ教官来るよ」
そんな武部に対し会長が干し芋を食べながら言う。
「ほ、本当ですか!」
『カッコイイ』の言葉に反応したのか、武部は目を輝かせて会長の方へ向き直る。
「ほんとほんと。だから頑張ってね」
「はーい、いってきまーす♪」
会長に上手く乗せられた武部は、そのまま軽い足取りで倉庫から出ていった。
数分後。
「一体どこにあるってゆーのよーっ!」
駐車場に武部の大声が響く。
俺達は主に教職員の車が停められている大駐車場にいた。メンバーは、みほに武部に五十鈴、清水に、同じクラスの
「さすがに駐車場には停まってないと思いますが」
確かに駐車場に停めてあったら生徒会が既に見つけているだろう。
しかし、この人数でまとまって探すのは非効率的だ。いくつかに分かれて捜索しないと----ん?
駐車場の奥に気になる建物を見つけた。
「どうした?鈴木」
「いや、あの車庫みたいな建物なんだけど…」
大駐車場の一番奥に横長の車庫があった。かなり古そうで入口はシャッターで降ろされいる。車庫前はいつも車が止められていて開いているのを見たことがない。
もしかしたら、1両くらいあるかもしれない。
「笹原、あの車庫の鍵ってどこにあるんだ?」
「職員室か事務室か……生徒会室にもあるかもしれないな。取ってくる」
数分後、笹原が車庫の鍵を持って戻ってきた。
「ふんぬぅぅぅ!!」
さびていたのか、隙間にごみが詰まっていたのか、シャッターがなかなか開かず、俺と笹原と中村の3人がかりでシャッターを持ち上げる。
「おおー」
なんとまあ当たるとは思わなかった。
俺達の目の前には戦車があった。かなり大型の戦車だ。
「こいつは……」
第二次大戦後期の独軍の主力戦車《Ⅴ号戦車パンター》にも見えるが、何か違う気がする。ええと、こいつは…
「《M10パンター》じゃないですか!」
「それだぁっ!!」
ってあれ?
誰だ?今の。
俺は声のした方を振り返る。
そこにいたのは、見知らぬくせっ毛の女子。ええと、誰?
「秋山さんじゃないか」
「吉井、知ってるのか?」
「知ってるもなにも、同じクラスだ」
「ってことは3組?」
「うん、そう」
なるほど。
「あと、ええと、私普通科2年3組の秋山優花里といいますっ!」
「あ、どうも2組の鈴木です」
互いに自己紹介する。
で、話を戻して、
「良く偽装パンターだったなんてわかったな」
偽装パンター、別名《M10パンター》は独軍が米軍部隊の潜入を図る『グライフ作戦』のために少数のみ作られた戦車だ。パンター戦車に薄い軟鉄製の偽装車 体を被せて、米軍の《M10駆逐戦車》に、似せようとしたものだ。実際は英軍型M10の《アキリーズ》に似ていたといわれ、足回りはどうしようもならな かったが、そのリアルさは米軍の情報士官も評価したほどだ。しかし、作戦は諸事情で失敗したそうだ。
「かなりレアな戦車です!」
秋山は目を輝かせて《M10パンター》に見とれている。おそらく彼女は戦車が好きなのだろう。
とりあえず、これで戦車を見つけるという目的は達せられた。あとはのんびり探すと……
「ねえ、なんか奥にもあるよ」
なんだと!?
武部が奥の方を指差して言う。暗くてよく見えないが戦車がある。見たことのない戦車だ。主砲は短砲身。Ⅲ、Ⅳ号戦車にも見えなくないが、違うような気がする。
「こ、これは! 《トゥラン》戦車じゃないですかぁっー!」
「《トゥラン》? 聞いたことないな」
一通り車種は知っているつもりでいるが、こいつは初めて見る戦車だ。
「ハンガリーの戦車ですよ! 今じゃもう絶版のモデルです!」
「まじか! なんだここは? レア戦車の宝庫か?」
まあ、この2両しかないようだが。
「まさか《トゥラン中戦車》に出会えるとは!感激です~!」
さっきまで《M10パンター》に見とれていた秋山さんは、今度は《トゥラン》に抱きついて肌をすり寄せていた。
捜索開始から30分とたたぬうちに、2両の戦車を見つけてしまった。あとはのんびり探そう。
その後、何となく入った山林でもう1両を見つけて、俺たちは集合場所だった倉庫前に戻った。
他のメンバーも戦車を見つけたようだ。聞いたところによると、池に沈んでいた車両や、ウサギ小屋にあったものもあったという。いったいどんな放棄のされ方をしたのか。
「ご苦労であった。戦車の回収は自動車部に今日中に行ってもらう。あしたの授業では洗車および整備をやってもらうから。必ず出席するように」
並ぶ俺たちの前で、河嶋先輩が諸連絡を言う。そうか、明日は金曜日。6、7限目に必修選択科目がある日だ。
俺の隣で中村ががっくりと肩を落としていた。彼にはこれから戦車の回収という、地獄の作業が待っているのだ。
「おつかれさん」
俺は中村の肩をたたいてやる。
「あんな重いの移動させるの大変なんだぞ」
「仕方ないだろ。戦車なんだから」
《M10パンター》は45トン、《トゥラン》でも20トン近くある。移動させるためには自走させるか、重機を使用してトレーラーで運ぶかしなければならない。かなりの期間放置されていたから自走させるのは無理だろう。
俺たちも明日、汚い戦車達を洗車するという重労働が待っているのだ。
「質問は無いな。それじゃあ解散!」
こうして戦車道の1回目の授業(?)は終わった。
翌日、戦車道の授業のために俺たちが倉庫前に行くと、発見された戦車達が並んでいた。
Ⅳ号戦車D型
M10パンター
40Mトゥラン中戦車
38t軽戦車C型
八九式中戦車甲型
Ⅲ号突撃砲F型
M3リー中戦車
合計8両。全員が戦車に乗るには十分な数だ。
さらにチーム分けも行われた。
俺は中村と優子、上杉、水原の5人で《M10パンター》に乗ることになった。笹原と吉井、南本、清水、佐倉は《トゥラン》に乗る。戦車を扱うのは力仕事なので男子は半々に分けたのだ。南本と同じチームになれなかったのは残念だ。
みほ達は武部、五十鈴、秋山さんとⅣ号戦車に乗る。ほとんどは発見者がそれぞれ見つけた戦車に乗ることになった。
「さあて、始めるか!」
体操服に着替え戦車の洗車が始まった。
「中村、スポンジ取ってくれ・・・うおぉぉっ!」
車内を掃除していた俺は、ハッチから頭を出すといきなり水をぶっかけられた。
「ちょっ!てめぇ・・・・・・なんてことを」
ホースを持っていた中村が俺に水をぶっかけたのだ。
これは中村に限ったことではなく、他のグループでも水のかけ合いが始まっていた。大体こうなることは分かっていた。海パンを持ってきたら良かった。体操服でこんなことやってると・・・・
「ちょっ!やめてよー!」
「透けちゃう~!」
ほらほら、下着が透けて見えちゃうじゃないか。
「おい、中村」
「・・・・・・なんだ?」
「いつまで見ているんだ」
中村は俺に水をぶっかけて以降、ずっと女子の方を見ている。いや凝視と言った方が良いのか、目の中に『●REC』と文字で出てきそうなガン見っぷりだ。
「そんなに見てたら・・・・・・ばれたら殺されるぞ」
「それなら問題ない」
なにが問題ないんだろうか。
俺だったら上杉か清水に殺されるだろうな。
そんなことを考えていると、隣で《トゥラン》を洗車していた清水と目があった。彼女も佐倉に水をぶっかけられびしょびしょになっていた。
「・・・・・・(キッ)」
鋭い目で睨まれた。
俺は知らないふりをして、視線を逸らす。見ていない、俺は見ていないぞ。なんかピンク色の物が見えたけど・・・・・・
「・・・・・・見たでしょ」
背中から、低い重い声が聞こえる。
「な、なんのことでしょうか・・・・・・」
俺はゆっくりと振り返る。目の前には殺気に満ちた目をした清水がいた。
「ど、どうしたのかな・・・・・・清水さん?」
「・・・・・・見たでしょ」
「見てない!見てないぞ!」
「絶対見た!」
「俺はそんなこと・・・・・・うおっ!」
胸ぐらを捕まれた。
「ちょっと・・・!清水さん!?」
「記憶が飛ぶまでどつき回す・・・・・・!」
「いや、下着が見えたぐらいで・・・・・・ってぎゃあああああぁぁぁぁっ!!」
「やっぱ見たやんかぁっ!」
この日は頭の痛みに耐えながら、洗車を終えた。
こんにちは。読んでいただきありがとうございます。
一通りオリジナル登場人物が揃ったので、活動報告にキャラプロフィールを次話投稿時に載せておこうと思います。
また1話「再会」の後半部分を修正しました。
また次回。