高校教師になったらToLoveるな毎日を過ごすことになりました。 作:くるぶし戦線
「着きましたよ」
運転手さんに言われタクシーから降りると、目の前には想像の2倍以上ある大きなビルがそびえたっていた。この中に○×エレクトロニクスがあるらしい。
「ほっほっほ、しばらく来ないうちにえらくでかい建物になったの」
お爺さんは笑いながら、俺と同じようにビルを見上げている。こんな凄そうな会社の面接に行かなかったって……俺、生きて帰れるんだろうか……直接顔出せって言われたのにもタクシーで来ちゃったし。タクシーから降りたとことか誰かに見られてたらどうしよう。
そう思い、キョロキョロと辺りを見回していると
「なんじゃ、不安か青年?」
お爺さんが声をかけてきた。
「そりゃあ……面接ドタキャンしたようなもんですし……」
「どた……?まあいい。大丈夫じゃ、儂に任せておきなさい」
やだかっこいい……。振り返ることなくビルへと向かっていくお爺さんの背中はとても大きく頼もしく見えた。俺は慌ててお爺さんを追いながら考える。もしかして……この人、めちゃくちゃ偉い人なんじゃ……。もしかすると俺はとてつもない幸運な出会いをしたのかもしれない。
ビルの中に入り、エレベーターで○×エレクトロニクスの入るフロアまで上がる。どうやら3階から上を全部○×エレクトロニクスが所有しているらしい。改めて大きな会社だと感じる。
ピンポーン、と電子音がしてエレベーターは3階に到着した。ここから先の出来事は俺の運命を大きく左右することになる。ドアが開く前に俺は一度、大きく息を吐いた。よし、大丈夫。後悔しないようにやるだけだ。
「あ、あの」
受付のお姉さんに話しかける声は上ずっていて自分でも緊張しているのが分かる。
「はい、当社にどのようなご用件で来られたのでしょうか?」
受付のお姉さんは俺の斜め後ろにいるお爺さんにチラッと目をやった後、業務用スマイルで
「今日、面接を受けさせていただく予定だった後藤という者ですが、事情があり遅れてしまいました。担当者の方にお詫びをさせていただきたく参りました。お会いさせてもらえませんでしょうか?」
よし、言えた。エレベーターの中で考えておいて良かったぁ!
「少々お待ちいただけますか?」
お姉さんは手元の受話器をとり、どこかにかける。おそらく担当者の人に繋いでくれているのだろう。このタイミングで出前なんかとる人いないよね!
「すぐに担当者の者が来るとのことですので、おかけになってお待ちください」
そう言ってお姉さんは窓際にあるソファーセットを手で示す。
「分かりました、ありがとうございます」
俺はそう言って、ソファーのほうに向かう。お爺さんも無言でついてきた。だが、その顔はどこか嬉しそうだ。
「後藤くん、と言うんじゃな。中々しっかりしたしゃべり方をしよるわい」
ソファーに座ったお爺さんはそう言うとほっほっほと笑った。
「ははは、とにかく必死だったので……この後が一番の山場ですけど」
俺はそんなお爺さんの横で乾いた笑いを上げながら、担当者の人を待つ。もちろんソファーには座らない。
「君かい?後藤君は」
2,3分ほどして小柄で眼鏡をかけた男性がこちらに向かって歩いてきた。
「は、はい!本日は私の不注意で多大なるご迷惑をおかけしてしまい「あぁそういうのいいから」
俺の台詞を遮り、担当者の人は手をヒラヒラと振る。どうやら橋本さんというらしい。胸に下げられたカードに書いてある。
「君さぁ、なんで遅れてきたの?理由から言えよ」
「は、はい!バス停で前の方が倒れられたので、病院にぐっ!!?」
突然腹部に鈍い衝撃が走った。目線を落とすと橋本さんの握られたこぶしが腹に当たっている。小柄なせいかあまり痛くはないが、殴られたという精神的なショックの方が大きい。
「お前さぁ、うちの会社舐めてんの?大事な面接だよ?それを何?倒れた人を助けた?小学生でももうちょっとましな嘘つくわ」
橋本さんがそのまま見上げるようにして俺を睨んでくる。社会人怖ぇぇぇ!!何、みんなこんな洗礼を受けて立派になっていくの!?
「嘘じゃありません。本当にお爺さんが……」
「ホントだとしても嘘だとしてもそんなことどうだっていいんだよ。大事なのはお前が大事な大事なうちの会社の面接よりその野垂れ死にかけた爺さんを優先したってことなんだよ!」
橋本さんは俺の足をぐりぐりと踏みながら、低い声で話す。コイツ……嫌な奴だ。俺のことを完璧に下とみなして話しかけてきてる。身長は確実に俺のほうが上なのに……。それに……。
「ちょっと!!野垂れ死にかけたって言い方はないでしょう!?」
「あ?お前口答えする気か?分かってんのか?俺の一言でお前を採用にでも不採用にでもできるんだぞ?」
「取り消してください!」
「なんだとぉ…?」
橋本さん、いや橋本は俺の胸ぐらをつかんできた。だが、身長差のせいで俺の首にほとんど圧迫感はない。
俺が一番許せなかったのは会社の面接が人の命より大切だとでもいうようなと言い方だ。自分の勤める会社にいくら誇りをもってようと、それは構わない。自分の命より大切だと思っていたとしても俺が口出しすることじゃない。でも……それを口に出したら駄目でしょ!!
橋本は俺の胸ぐらをつかみながら
「俺に意見してんじゃねぇよ!!野垂れ死にそうな爺さんの何が悪いんだ!!」
「本人がここにいるからじゃないかの?」
突然、後ろから声が聞こえた。振り向くとお爺さんがニコニコとしながら俺たちを見つめている。だが……その眼は全く笑っていなかった。
「あん?だれだ爺さ……」
俺が前に立っていたせいで、お爺さんの存在に今まで気づかなかった橋本は突然目の前に現れたお爺さんを睨みつけたが、すぐに何かに気付き、真っ青な顔になった。
「こ、近藤理事……」
「野垂れ死にそうな爺さんを助けることよりも大事な面接をするようになったのかの、○×電工は?儂の知らない間にいつの間にか偉くなったもんじゃのう」
顔を青くしてがくがくと震える橋本にお爺さんは続けた。
「……いつまで儂の恩人の胸ぐらをつかんでおるんだ?早く離さんかこの馬鹿者が!!」
「は、はいぃぃ!」
お爺さんに一喝され、慌てて俺のシャツから手を放す橋本。
「君じゃ話にならん。間宮を出しなさい」
「しょ、少々お待ちください!!」
静かな声に戻ったお爺さんの一言で橋本は慌ててドアの向こうに消えていった。橋本がドアの向こうに消えるのを見送ったお爺さんはくるりと俺のほうに向きなおった。そして
「大丈夫かの?後藤君。すまんの、助け舟を出すのが遅れてしもうたわい」
といってにっこりと笑う。
「お爺さ……近藤さんって実はも、物凄く偉い方なんじゃ……?」
さっきの迫力に橋本と同じように面食らった俺は震える声で尋ねる。
「別に偉くなんかないわい。ただ君よりちぃっとばかし長く生きとるだけじゃよ」
そういってお爺さんはウインクをした。なんていうか……かなわないなぁ。
しばらくして会社の奥から、お爺さんと同い年くらいの長身の男性が出てきた。どうやらこの人が間宮さんらしい。受付の人が間宮さんの顔を見るなり慌てて45度に頭を下げたことから相当偉い人だとわかる。
「あっ、あの「ジロちゃん!!来てたのかい!!」
俺が頭を下げようとするのをするっと避け、間宮さんは近藤さんに嬉しそうに近寄る。
「あぁ、ちょっと頼みたいことがあってな……それより変わっとらんのうお前は!」
「ジロちゃんも!あ!橋本君から聞いたが倒れたんだって?大丈夫なのか?」
「この通りピンピンしとるわ!で、頼み事というんがそのことでの」
「?」
間宮さんが不思議そうに首をかしげる。
「ちょっと後ろを向いてくれんか?」
言われたままに俺のほうを向く間宮さん。初めて俺の存在を確認したようで少し驚いたような顔をする。
「おぉ、いたのか。気付かなくてすまない。……で彼がジロちゃんが倒れたことと何の関係があるんだい?」
「実は彼、後藤君が儂を助けて病院まで連れて行ってくれたんじゃ」
「へぇ、そうだったのか!ありがとうね、後藤君。私からもお礼を言うよ」
「それでなんじゃが……儂を助けてくれたせいでここの面接に遅れてしもうての。さっき橋本とかいう小童から説教されていたんじゃ」
「あぁ、だから橋本君が……」
「話は逸れるがあやつ、駄目そうじゃぞ?下の者に対する態度がなってなさすぎるわい」
「そうか…きつく言っておくよ」
「それでじゃ、後藤君にもう一度面接を受けさせてやってはもらえんかの?人格は儂が保証する」
「ジロちゃんがそこまで言うなんて…」
「あぁ、ほんとは儂のとこで働いてもらいたいくらいなんじゃが、ほら、儂のとこは特殊じゃからの」
「なるほどね……いや、面接を受けさせるのは構わないんだけど…」
「だけど、なんじゃ?」
「実はもう、全部埋まっちゃたんだ……採用枠」
「何と!?全部か!?」
「うん、だから彼…後藤君には気の毒なんだけど…」
「なんということじゃ……」
ここまで聞いても俺はそこまでショックを受けることは無かった。そもそも遅刻したのにここまで来れたこと自体が奇跡に近い。近藤さんも今日初めて会った俺の為に、ここまで来てくれて俺をかばい、なんとかしようとしてくれた。これ以上、何かを望めばそれこそ罰が当たるだろう。
さてこれからどうしようかな……やっぱりもう1年教師を目指して頑張ってみようかな。一応ずっと憧れて、目指していた職業だし。ほんとになれるかは分からいないけど…頑張ってみるか。
「あの…近藤さん…間宮さん」
俺は近藤さんと間宮さんにお礼を言おうと口を開いた。
「後藤君、少し離れておれ…」
しかし、俺の声が聞こえてないのか近藤さんは立ち上がり、両腕を身体の前でゆらゆらと揺らし始めた。
「ジロちゃん!?もしかして!!」
間宮さんも驚いて、立ち上がる。なんだ、何が始まるんだ!?俺は慌ててソファーセットから離れる。
ソファーや観葉植物のせいでよく様子は見えないが
「ジロちゃん、頭を上げて!!」とか「一生のお願い!!」とか聞こえる。
これは……。
俺は慌てて、ソファーセットの近くに戻り、
「近藤さん、やめてください!!もう、十分ですから!!」
「後藤君……」
「もう、もう十分ですよ、近藤さん。遅刻した僕が本当は一番駄目なのにここまで着いてきてくださって、僕をかばってくれて……」
近藤さんも間宮さんも静かに俺の話を聞いている。駄目だ……なんか泣きそう。
「だから……もういいんです。本当にありがとうござ」ピロロロロロロ!
そこまで言ったところで突然電子音が鳴り響いた。どうやら、近藤さんの胸元の携帯のようだ。
「すまん…大事なとこじゃのに……出ていいかの?」
「……どうぞ」
最悪だ。なんかこの会社に入ってからまともに台詞を聞いてもらってない。なにこの会社、会話ジャマーとか開発してるの?間宮さんを横を向いて肩を震わせてるし……なんなの?これ。
「儂じゃ。なんじゃ、どうし……何?新卒の先生が内定辞退じゃと?教科は?理科か……心当たりないのぉ……校長先生は?ないかの?……」
大声で携帯に向かって話す近藤さんの口から、すごく聞き覚えのある言葉が聞こえてきた。
「あ、あの……」
「ん?……なんだ?」
笑いをこらえるために間宮さんが呼吸を整えるのを待って、俺は尋ねる。駄目だ、胸の高鳴りが抑えられない。
「近藤さんって何のお仕事をされてるんですか?」
間宮さんは少し驚いたような顔をして答えた。
「あれ、聞いてなかったのかね?ジロちゃ……近藤金次郎は彩南高校の理事をされてる方だよ」
それを聞いた瞬間、俺は間宮さんに飛びつくようにしていった。
「あ、あの!お、俺、教員免許持ってます!しかも理科で!」
間宮さんが驚いて目を見開く。そして
「聞こえたかジロちゃん!?後藤君、先生になれるぞ!!」
ばっちり聞こえたらしく、ジロちゃん、じゃなくて近藤さんも震える声で
「いや、ある!!心当たりあるわい!!とびっきり優秀そうなのを一人知っとるぞ!!」
と叫んだ。その顔は驚きと歓喜でしわくちゃだ
「「!!」」
それを聞いた俺と間宮さんも顔を見合わせる。お互い近藤さんと同じような顔をしているのだろう。
もしかして、俺は世界中で一番ついてる男なのかもしれない。
次からやっと彩南高校行きます。ゆっくり展開するってこれで合ってるんですかね。ご都合主義のほうがいい気がしてきた……。