高校教師になったらToLoveるな毎日を過ごすことになりました。 作:くるぶし戦線
それから、始業式を迎えるまでの2週間は地獄のような忙しさだった。ただでさえ、新任教師として覚えなければいけないこと、やることが山ほどあるのに、担任としての仕事が加わったせいで毎日文字通り朝から晩まで働かなければならなかった。
「うひぃ、大変ですね…手伝えることがあったら言ってくださぁい」
とどこかのんびりと言う2-C担任の花村先生に軽い殺意を覚えながら、俺はなんとか始業式までに仕事を終わらせた。ていうか花村先生、俺より2つ年上らしいけど…どう見ても中学生くらいにしか見えない。いつも何かもそもそと食べてるし…。
いよいよ明日から始業式。仕事のせいでほとんどクラスの子の名前覚えてないし、あのテニス部の子たちにも会えなかったけど大丈夫かな?いや、なんとかなるよね、うん!!余裕だよ、始業式とそのあとのホームルームくらい。
……あの時の俺はこの根拠のない自信が、テスト前日全く勉強してなかったときに感じる謎の自信と、酷似していることに気が付かなかった。
それで、だ。
「ほらぁ、後藤先生!名前もしっかり覚えたからぁ!元気出してよぉ」
「里紗、そういえば春休みのはじめに会ったって言ってたの…後藤先生のことじゃない?」
「え?…ほんとだ…忘れて…じゃなくてぇ!ど忘れ!ど忘れしてた!!」
いや、結局忘れてるじゃん……。
ほとんど生徒の名前も覚えず、不幸な事故にも出くわした俺は、自己紹介を誰にも覚えてもらえず、こうして生徒に慰めてもらうという苦々しい教師デビューを飾った。もう……なんか帰りたい。実家に…それでお袋の肉じゃがとか食べたい……。
「あぁ…ごめん。もう大丈夫だから……ホームルーム続けます…」
俺は激しいホームシックに襲われながら、何とか話し続ける。
「先生の自己紹介は終わったし、今度はみんなに自己紹介してもらいます。えー…出席番号順に名前と、前のクラスと部活くらいかな…あと一言お願いします」
「「「えー…」」」
一斉に不満の声が出るが、どのクラスでもやってるんだからしょうがない。お互いにまずは相手のことを知らないと。まぁ、俺が生徒の名前を覚えるためというのもあるが。
「じゃあ、1番…新井さん、よろしく」
俺がそう声をかけると窓際の一番前に座っている女子が小さく深呼吸をして立ち上がった。
「えぇっと、出席番号1番、新井紗弥香です。1年の時はA組で、部活はテニス部に入っています。よろしくお願いしますっ!」
明るそうな子だな、よし明るい新井で覚えよう。
「はい、どんどん言っていってー」
続いて、新井さんの後ろに座る男子が立ち上がった。
「出席番号2番、井川です。1年の時は…」
自己紹介はどんどん進み、俺の前に座る西連寺さんが恥ずかしそうに立ち上がる。なんか人前でしゃべるのとかあんまり得意そうじゃないな…。
「えっと…出席番号12番西連寺春菜です…1年A組でテニス部に入ってます。よろしくお願いします…」
「春菜ちゃーん!」
「ピー!ピー!」
西連寺さんが自己紹介を終えると男子から歓声が上がった。西連寺さんが余計恥ずかしそうにうつむいて身をよじらせる。男子もからかってるわけじゃないと思うけど…一言注意しておくか…。
「男子ー、静かに「そこの男子!騒がない!」
俺の声を遮り、西連寺さんの1つ前に自己紹介を終えていた古手川さんが立ち上がり鋭い声で注意する。さっき風紀委員に入ってるって言ってたし、きっと不真面目な生徒が許せないんだろうな。…なんかすいませんね、俺の代わりに注意してもらって…。
「ちっ…真面目だな風紀委員は…」
「あれじゃね?自分の自己紹介の時はワーワー言われなかったから…」
後ろの方に座る見るからにやんちゃそうな二人組が大声で話す。おい…そんな大声で話したら古手川さんに聞こえるぞ…。
「あぁ、すねてんのか。古手川さんって意外と可愛いんだな」
「ちっ、違うわよ!!」
「「ギャハハハハハ!!」」
古手川さんが顔を真っ赤にするのを見て、さらに爆笑する2人組。
「おーい、その辺にしとけよ」
流石に耐えかねて、注意したあと、2人組を睨むと「ちっ」と舌打ちをしつつ静かになった。
「古手川さんも注意してくれてありがとね」
そうフォローを入れてみるも、古手川さんは顔を真っ赤にして俯いたまま座ってしまった。
あとで、またフォロー入れとかないとな…。
「…じゃあ、自己紹介続けてもらえる?」
中断していた自己紹介を続けるよう促す。やんちゃそうな2人組を睨んでいた眼鏡の蚊が立ち上がる。そういえばこの子も春休みにちらっと見た気がするな…。
「…はーい。出席番号13番沢田奈々です。1年A組で……」
少し空気が悪くなりながら、何とか最後まで自己紹介が進んだ。
あ、ちなみにホームルームのはじめに盛大にコケたあと熱いハグをかわし、俺の自己紹介をみんなの記憶から消し去った2人組はララ・サタリン・デビルークと結城梨斗という名前らしい。ララさんは外国の人みたいだから仕方ないとしても……結城くん、君はそのへんわかってるだろ。
「えっと、次は学級委員を決めます。学級委員はまず今日の午後にある始業式に在校生代表で出てもらいます」
「えー、それっていきなり居残りってことですか?」
えっと、サル顔だから……猿山くんが不服そうな声を上げる。
「まぁ、そうなるね…。誰かやってくれる人いないかな…?」
クラスを見回すが、だれも手を上げないし、声を上げようともしない。完璧に存在を消そうとしてるな…。くっ、朝はあんなに騒いでたのにこういうときだけ団結しやがって…。
引き受けてくれそうな古手川さんをちらっと見るが、さっきのやりとりからまだ立ち直っていないらしく、俯いて座ったままだ。
「うーん、誰もいないか…。じゃあ紙配るから推薦で」
手元にあった、もう使わないプリントを細かくちぎって配る。
「1人1票で、推薦の多かった人2人にやってもらうから」
「「「えー…」」」
不満を口にしながらもしぶしぶ書き始める生徒たち。クラス委員を決めるついでにクラスで信頼されてる人もわかるし、我ながら良いアイデアなんじゃないですかね?
「よし、書き終わったか?じゃあ後ろから集めてください」
二つ折りにされた紙が、教卓に集まる。俺はそれを開きながら、書いてある生徒の名前をカウントしていく。
「えっと、結果は圧倒的多数で……俺に決まりましたー…」
パラパラと拍手が起きる。
「……いやいやいや、みんなクラス委員の意味わかってる?先生は駄目だから」
だから、なんでこういうときだけみんな統率が取れてんの?誰かが裏で糸を引いてるの?ならそいつの名前を書いてほしんだけど。
「せんせー、俺は先生のこともっと友達みたいに感じてるんで」
「いやフレンドリー路線で行こうとしても駄目だから。てか、お前だろ「後藤」って書いたの」
駄目だ、全然決まらない。なんでこんなとんち勝負みたいなことしないとダメなんだ…?一休みどころか1週間くらい入院させてやりたいんだけど。
「ホントに誰もやりたくないんだな…?」
「「「やりたくないでーす」」」
「……よし」
立候補制に諦めた俺は名簿を開く。今日は始業式で4月8日だから…
「…西連寺さん、4+8は?」
「え?12です…?」
「結城くん、4×8は?」
「32ですか…?」
この時点で何かを察したのか二人の顔が引きつる。
「よし、今日は4月8日だから、出席番号12番西連寺春菜さん、出席番号32番結城梨斗くん、クラス委員よろしく」
「えー!?」
結城くんが不満そうに叫び、西連寺さんが嫌そうに眉をしかめるが、誰も彼らに加勢しない。みんな自分がクラス委員を避けることに精いっぱいなんだろう。……あれ?これ、職員会議の時も同じようなこと言った気がする。そう思うと可哀想になってきた。
「じゃあ2人ともホームルーム終わったら先生のところ来てね。プリント配ったら終わりです。みんな気を付けて帰ってね」
同情してたら話が進まないので、俺は強引に話を終えた。連絡事項や一年間の予定が書かれたプリントを配り終えると、生徒たちは我先にと教室を出ていった。
「春菜ぁ、今日は部活休みって先生に言っとくねー」
「うん…ごめんね、ありがとう。里紗と未央はどうするの?」
「えー?今日は春菜こないならもう帰ろっかな」
「そうしよっか」
「ごめんねー、西連寺さん、テニス部だったのうっかりしてた」
残念そうに話すテニス部3人組に謝ると、西連寺さんは手をぶんぶんと振りながら
「いえ!任されたからには頑張りましゅ!」
と噛みながらも、意気込みを露わにした。その視線はチラチラと別の方へと泳いでいる。
「…?」
不思議に思い、西連寺さんがチラチラ見ている方向を見ると、
「めんどくせー」
と猿山君に愚痴をこぼしながらも、同じようにチラチラと西連寺さんを見る結城くんの姿があった。
そういえば、朝もお互いに見てたな…。結城くん、君らのほうがよっぽどめんどくさいよ…。
「なるほど、そゆことね♪」
「頑張りなよ春菜っ♪」
俺と同じく、西連寺さんの目線の先の結城くんに気付いたのか、籾岡さんと沢田さんは西連寺さんの肩を叩くと、ニヤニヤと面白そうに笑いながら教室から出ていった。
そういえば、古手川さんもいない。もう立ち直って帰ったんだろうか……?それならそれでいいんだけど…。
「それじゃ、今日の説明するね」
教室に西連寺さんと結城くんの2人になるのを待って、俺は話し始めた。