穂乃果の背後霊になっちゃった!?   作:春巻(生)

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穂乃果ちゃん、お誕生日おめでとう!
ということで、穂乃果の誕生日を記念した短編を公開します。

※これからの展開に関するネタバレ(主に人物関係)を含んでおりますので、普通に本編ストーリーを楽しみたい読者は閲覧を控えることをお勧めします。
時系列的には、夏の合宿が終わった直後くらいです。

それではどうぞ。


番外編
【穂乃果生誕記念】ほのかに熟れん青い果実【8月3日】


「穂乃果! また貴女は──」

 

「うわぁぁ〜ん! ごめん海未ちゃ〜ん!」

 

 太陽の光が眩しく照り続ける真夏の校舎の屋上。熱気に包まれながらも皆必死に練習に励む中、相も変わらず声を荒げる海未と、彼女に怒鳴られる穂乃果。合宿も経て折角メンバーみんなの絆も深まってきたというのに、この二人の関係はやはりずっと変わらない。

 しかしそれは決して悪い事ではない。今までだって、彼女たちはずっとこうしていたのだから。穂乃果が馬鹿やって海未に怒られて……でもそこには彼女たち──俺たちにしか分からない友情や愛があったからこそ、俺たちは昔から離れ離れになる事なく共に過ごしてくる事ができた。

 彼女たちの関係は、きっとこれからも変わる事はないだろう。

 

「決めました。穂乃果には今日から──」

 

「えぇーっ!? そんなぁ〜」

 

 ……まぁ、この力関係も多分変わる事はないんだろうけど……。

 

「響介君」

 

『ん、どうした? (のぞみ)っち』

 

 二人のごたごたを他所に、タオルで口を隠しながら俺に話しかけてくる希。意識は俺の方に向けているが、視線は未だ喧騒を立てている二人の方に向け、どこか興味深そうな表情を浮かべていた。

 

「穂乃果ちゃんって、ずっと海未ちゃんにああして怒られてるけど、穂乃果ちゃんが海未ちゃんに勝てることって何かないんかなぁ?」

 

『ああ、そんな事。別に気にする事無いよ。穂乃果には穂乃果にしかないもんだらけだ。それこそ海未には真似できないものばかりな』

 

 そう、穂乃果は元から限りない魅力に包まれた子だった。どんな時でも元気に振る舞える底なしの明るさ。一度決めたら最後までやり抜く根気強さ。思いつきで始めた事でも、周りを巻き込んででも突き進んでしまおうとする行動力。

 そりゃあ幾つも欠点だってあるかもしれないが、それを踏まえても有り余る程の長所を備えた子なのだ、高坂穂乃果という少女は。

 

「ううん、内面的な話やなくて、ただ純粋に勝負事とかで穂乃果ちゃんは海未ちゃんに勝ったことあるんかなぁ、って」

 

『あ、そゆこと』

 

 しかし希は首を横に振ってそう言い足す。なるほどね、個人の魅力云々ではなく単純な実力勝負で、という意味か。確かに常日頃彼女たちのやり取りを見ていればそう思えるのも仕方ないだろう。

 常に真面目で自分に厳しく、自身の精進のためにどんな些細な怠りも許さない海未。方や、μ'sの練習時以外は基本だらけており、隙を見て楽をしようとする、悪い意味で抜け目のない穂乃果。この二人が何かを競い合ったところで、実際にすることなくその勝敗は分かるだろう。

 

 しかし海未とて完璧超人ではない。彼女も一女子高生、弱点はある。

 

 ──ババ抜きやダウトなどの、心理戦を交える勝負事にとことん弱いのだ。

 

 海未はその性格上、自分の考えていることがすぐ顔に出てしまう子なのだ。所謂ポーカーフェイスが全く出来ないのである。だから俺たち幼馴染でトランプをやる場合、まず間違いなく海未が最下位になることになる。

 つまり、穂乃果はババ抜きにおいては海未に負けたことがないと言えるのだ。

 

 しかしこれでは、「穂乃果が」海未に勝てるというよりは、「誰でも」海未に勝てるという話になってしまう。だからトランプは無し。そうなれば穂乃果が海未に勝てたことと言えば…………っ、そうだ!

 

『水泳……』

 

「え?」

 

『うん……あるよ、穂乃果が海未に勝った話。聞きたい?』

 

「うん、教えて。なんか面白そうやんっ」

 

 ──面白そう……ねぇ。ま、そんな大層な話じゃないんだけどさ。

 

 そんな期待の目に満ちた希に向けて、俺は過去の穂乃果との間に起こった出来事について語り出した。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「うわぁ──ん! ねぇっキョウくんキョウくん!!」

 

 アレは今から5年ほど前だったか。俺達がまだ小学6年生だった頃の話だ。夏休みということで自宅でのんびり、きららと共にお昼過ぎのテレビで高校野球を見ていた時の事だった。急に穂乃果がドアホンも鳴らさずに俺の家へと上がり込んできて、まるでどこかの苛められたメガネ君が某青い狸に縋るみたいに俺に泣きついてきたのだ。

 

「ぅおぁっ!? どうしたどうしたっ!? そんなの○太君みたいに泣きついてきてっ」

 

「ならお兄ちゃんはド○えもんね。で、どうしたの穂乃果さん?」

 

 きららに訊ねられてようやく俺の膝から顔を上げる穂乃果。今なら涙で軽く濡れたその顔が少し可愛らしく感じただろうが、生憎この時の俺はまだそんな事を意識する時期ではなかった。

 

「ぅぅ……海未ちゃんに勝てる道具出してよぉ~キョウえも~ん!」

 

「引っ張んなくていいからっ、そのネタ! あと語呂悪いなっ!?」

 

「それより『海未さんに勝てる』って、一体何があったの?」

 

 再度穂乃果に訊ねるきらら。そして穂乃果もごねるのをやめて、俺達に事情を話してくれた。

 何でも、つい先程まで行われていた学校のプール開放中に海未と勝負することになったのだが(泳ぐ組が二組に分かれていた事もあり、俺はその場にいなかった)、どうやらそこで海未に負けたようなのだ。そして、穂乃果にとってそれが悔しくて仕方ないようだ。と言うのも、穂乃果は水泳こそ習ってはいないものの、持ち前の体力もあってか、学年の中でもそれなりに泳げていたのだ。それこそ、自分の趣味を「水泳」と言ってしまうほどには、泳ぐのに関しては自信があった(俺から見れば随分と片腹痛いものだが)。

 しかし長い付き合いでありながら、海未と泳ぎの勝負をした事がなかった穂乃果。普段から何事も自分より優っている海未に勝てるチャンスと踏み、今回遂に彼女に勝負を挑んだようだ。そしていざ蓋を開けてみれば……まさかの敗北。身体一つ分の差だったようだ。完敗だなと思ったけど、まぁ……素人同士にしちゃあ僅差か。

 

 まあ、ここまで聞けば大体話が見えてきた。つまり穂乃果が言いたいのは……。

 

「だからキョウくん。お願いっ! 私に水泳教えて!」

 

 ──まあ、こういうことである。

 

 とは言え、大切な幼馴染みにここまですり寄られては断るのも酷な話だろう。別に忙しいわけでも迷惑でもないしな。

 

「はぁ……ま、別にいいけどよ」

 

「っはぁ……! ありがとうキョウくん!! よっ、流石! 東京都予選8位!」

 

「喧嘩売ってんのか?」

 

 ──ああそうさ、自分でも思ってるけど俺は割と人よりは泳げる方さ。ギリギリでJO(ジュニアオリンピック)に出れないくらいはなっ!

 

 褒め言葉なのかそうでないのか分からない穂乃果の世辞を受け、色々と穂乃果に対して黒い感情が芽生え始めるが何とか抑える。

 とにかく、早速これからの事を考えないとな。俺は穂乃果が真面目に泳ぐ姿を実はちゃんと見たことはないが、どうせやるなら穂乃果にちゃんとした泳ぎを教えてやりたいと思っている。頼まれたからには、ビシバシ……とまではいかないけど、最低結果は出させるつもりだ。

 

 そう、海未に勝てるまでには。

 

「大丈夫なの、お兄ちゃん? お兄ちゃんだって毎朝練習あるのに」

 

「大丈夫大丈夫。じゃあ早速明日からな、穂乃果」

 

「うん、わかったっ。本っ当にありがとう! キョウくん!」

 

 とりあえず翌日から俺と穂乃果の個別レッスンが始めることにして、俺は穂乃果を見送っていった。明日からの練習が楽しみなのか、帰っていく穂乃果の足取りはとても軽く思えた。

 

「(さぁて……楽しみだなぁ……)」

 

 何時までもこちらに手を振り続ける穂乃果に、俺も手を振り返しながら、明日からのレッスンに密かな期待を抱いていた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ふぅん……それで穂乃果ちゃんと二人きり、かぁ……響介君もやるやんっ」

 

『よせやい。そん頃はまだ異性を意識するような歳じゃねぇよ』

 

「でも、6年生やろ? そろそろ意識し出す年頃と違うん?」

 

 希の言うことは尤もである。小学校高学年というのは第二次性徴が表れ始め、本格的に異性を意識し出す時期だ。つまり、その頃の俺は既に穂乃果の事を意識していてもおかしくない年齢であったわけだ。

 

『(まあ実際、俺が穂乃果を意識し出したのも丁度その時期だったしな)』

 

 では、具体的にはどの辺りからか? それについての話もよく覚えている。うん……人には言えないが……よ〜〜く、覚えている。

 

「それで穂乃果との個人レッスンが始まったんだけど──」

 

 俺は今一度過去に思いを馳せながら、穂乃果の指導の話を希に聞かせた。

 

 ……もちろん、俺が抱いてしまった劣情に関しては触れずに、だが。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「だから掻く時を腕を伸ばすなって! ちゃんと曲げて、水を掴む! こう、ね! はい、もっかい!」

 

「は、はいぃ~!」

 

 穂乃果に指導を頼まれた翌日、俺は穂乃果ともに地元の温水プールに訪れていた。地区の経営する温水プールとは言うが、ここで活動するスイミングクラブはいるし、俺もその一人だ。教えるなら俺自身この場所がやりやすいし、それにここなら一般人でもお金を払えば自由に泳いでいい。しかもだ、ここのクラブ所属の俺、及びここの入場券(俺があげた)持ちの穂乃果は無料で利用できるから、経済的にも助かるのだ。だからこの場所で俺は穂乃果の泳ぎの指導にあたっていた。

 

「手を重ねるな! 片方の手が水に入る直前にもう片方を掻きだせ! こう、タイミングよく!」

 

「う、うん……っ」

 

 そして俺がしているのは、穂乃果の力量増強でも体力増加でもない。ただ単にテクニックだけを教えているのだ。直前に穂乃果の泳ぎを見せてもらったが、それはまあ何とも汚いフォームだった。掻く腕は伸びきってるし、キックもがむしゃら。息継ぎなんて毎回行っている。そりゃあ負けても仕方ない。

 しかしそれでも今まで人より泳げてきたのは、彼女の持つ体力のおかげだろう。普段から有り余るほどの元気を見せていた穂乃果。そんな彼女だからこそ、あの泳ぎで最後までペースを崩さず泳いでこれたのだろう。正直、ごり押しもいいとこだが。

 だから今回俺が施していたのはテクニックだけだ。この短期間で穂乃果の泳ぎを改善させ、海未に勝つとすればそれ以外に道はない。今から筋トレを積んだところで一ヶ月以内には間に合わないし、そもそも成長期の子どもに余計な負担をかけるのは避けたかったからだ。

 

「腕はずっと曲げてるんじゃないぞ! 水に入れたら伸ばす! こう、ぐぃーって」

 

 とは言え、今更ながら自分の指導力の無さを痛感しているところであった。いや、確かに小学生なら仕方無いかもしれないが、それでも擬音ばかりというのははっきり言って指導としてはよろしいとは言えないだろう。

 

「よしっ」

 

 しかし、どういう訳だろうか。俺の滅茶苦茶な指導にも穂乃果は着いてきており、尚且つ俺の言いたいことをすぐに吸収してやり遂げてしまう。嘘だろお前、なんで俺の言いたいことすぐに分かんの? とは思ったが、よく考えれば穂乃果も普段の会話から擬音語ばかりだったっけ。「どどーん」とか「ずばーん」とか、とにかく楽しい奴だったな。そんな穂乃果だからこそ俺の言いたいことも分かるのだろう。

 

 

 そんな訳で、俺たちの指導はしばらく続いていくことになるのである。

 

 

「がむしゃらにキックするなよ。腕の動きに合わせてタイミングよく、一掻き三蹴りくらいで。お前キック強いんだからさ、いけるだろ」

 

「え? う、うん………………っ……ぷはぁっ。こんな感じ?」

 

「まあ、そんなもんだ。その調子でいってみよう」

 

「うんっ!」

 

 学校のプールが終わっては温水プールに行き、ちゃんとした泳ぎを身につける。これから行われるのはそれの繰り返しだ。

 

「ねぇ、あれって出来ないの? ほら、オリンピックの選手がやってるような飛び込み方とか」

 

「クラウチング? いやいや、今のお前だったら普通にグラブ──両足揃えて飛んだ方がいいって」

 

「そう……かな?」

 

「そうなの。はい、分かったら次」

 

 しかし穂乃果は俺の予想以上に熱心に練習に打ち込んでいた。今だからこそ言えるが、μ'sの活動を除いたら穂乃果があそこまで熱心になったことは今まで無かったんじゃないかと思えたくらいだ。

 

「そんなに頻繁に息継ぎしてたら進まなくなるぞ。大体三、四回に一回でいいから」

 

「分かった」

 

 それほどまでに、穂乃果は海未に勝つことに対してマジだったということだ。そこまで熱心になってくれると、俺も指導のしがいがあるというものだ。

 

 

 そんな風に順調に穂乃果のレッスンが進んでいた、ある日のことだった。

 

 

 

 

 

 

「っ、はぁ、はぁ……っはぁ……」

 

「よしここまで。ダウン(ゆっくり流)してきな」

 

 海未との勝負の日まであと僅か。俺の教えのお陰か穂乃果のスペックのお陰か分からないが、割と人に出しても問題ないフォームにはなったと思う。それにタイムもいい具合に伸びてきていた。

 穂乃果の話では、海未に次回の挑戦を叩きつけた時から、海未も海未で独自に鍛えているらしいが、それでも俺は今の穂乃果なら勝てると見込んでいる。うん、なんならウチのスイミングクラブに入ってほしいくらいだ。

 

 それ程までに、高坂穂乃果という人物の『本気』は凄まじいものだった。今なら分かる。後にμ'sを立ち上げ、ここまで育て盛り上げてきた底力の一端が、既にその時点で見え隠れしていたのだと。

 

 穂乃果の本気は、誰にも止められないのだと。

 

「ぷはぁ〜……あ〜疲れたよぉ……上がれないよぉ〜……」

 

「もう少し流してこいよ」

 

「無理だよ〜疲れたよ〜」

 

「ったく……」

 

 本気を見せたと言っても、まだまだ体力のなっていない小学生だ。限界だって簡単にきてしまう。「もう限界」と言わんばかりに四肢を投げ出して水上に浮いたままになる穂乃果。力を抜いたままどこか気持ちよさそうな表情でプカプカと水上を漂っているその姿が、宛らラッコにようにも見えて可愛く思えてくる。

 ま、今日は相当頑張ったようだし、これくらいは当然だろう。

 

 ──はぁ……しゃーねぇな。

 

「ほら、手ぇ出せ」

 

「うん、ありがと」

 

 自力で上がる事が困難な穂乃果に手を差し伸べ、彼女がその手を掴んだのを確認して一気に引き上げた。

 

「っせーよっ!」

 

「っ!? わわっ!」

 

 しかし、如何せん勢いをつけ過ぎたのだろうか。プールの底を蹴るのと同時に俺に引っ張られて水中から飛び出してきた穂乃果は、有り余る勢いの中俺に向かって飛び込んできて、そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──むに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……え?)」

 

 

 直後に、それはかとなく柔らかい感触を肌に感じた。

 

 別にやましいところに触れた訳ではない。左手は穂乃果の肩に置き、右手を腰に回して彼女を支えているだけの事だ。

 

 まあ……手では触れていないだけで、俺の胸板が穂乃果のそれと触れ合ってはいたが……。

 

 しかしそれだけならば別段何とも感じなかったはずだった。言うて幼馴染みだ。こんな風にして触れ合う事なんてしょっちゅうあった事だ。

 

 そう、俺たちが“今まで通り”なら、何も感じなかったはずだ。

 

 しかし──

 

 

 

 

「(あれ? 穂乃果って、こんなに柔らかかったっけ……?)」

 

 

 

 

 穂乃果に触れた時にふと感じた違和感。

 

 単なる抱擁感……とは少し違う。

 

 幼い頃、母さんに抱き付いていた時に感じたものと近い、柔らかで優しく、暖かい感触。

 

 今まで感じる事のなかった穂乃果のその感触に一瞬、得体の知れない何かが脳髄をぞわぞわと掛け抜けていくのを感じた。

 

 決して気分のいい感覚ではないはずなのに、それが何故か気持ちいいと感じてしまった。

 

「……」

 

 そしてそんな不思議な経験を起こさせた穂乃果の身体を、このままずっと触っていたいと思ってしまった。

 

「……」

 

「キ、キョウ……くん……?」

 

 あくまでも身内である母さんと違い、今俺が触れているのは穂乃果だ。ずっと今まで共に時間を過ごしてきた大切な幼馴染み。

 そんな彼女を触れて感じたのは……今までに感じた事のない高揚感。そして、大事な幼馴染みを劣情の篭った手で触れてしまうことによる、背徳感だった。

 

「……」

 

「キョウくんっ。そ、そのっ、く……くすぐったいよぉ……っ」

 

「っ!? ご、ごめんっ」

 

 しかし羞恥の感情が混じった穂乃果の、子どもながらも色気のある官能的な声に我に返った俺は、すぐさま彼女を離す。どうやら無意識的に、その柔らかな肌を軽く掴んでしまったようだ。

 

 己の欲望の赴くがまま、彼女の柔らかな肌を堪能していたのだ。

 

 

「(俺は……)」

 

 

 

 

 

 

 神茅響介、11歳。

 

 

 この日、初めて“性”を意識しました。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

『……』

 

 穂乃果に触れて、思春期に入ったばかりの彼女の官能的な部分を感じた時のことを思い返してしまい、ふと黙り込んでしまう俺。そう、今思い返しても、俺が穂乃果を意識し出したのはあの時だとはっきり言える。そのくらい刺激的な思い出だったのだ、あの頃の俺にとっては。

 

 あの時から俺は穂乃果をただの幼馴染みではなく、一人の異性として意識せざるを得なくなってしまったのだ。

 

「ん? どうしたん?」

 

『っ、ああごめん。ちょっと懐かしさに浸っちゃっててさ。っはは……』

 

 穂乃果の練習について話している最中にふと黙り込んでしまった俺が気になったのか、周りに気付かれないよう囁くように訊ねてくる希。もちろんこんな疚しいことを彼女に告げるわけにもいかず、適当に誤魔化しを入れる。

 

「で、結局穂乃果ちゃんはどうなったん?」

 

『どうもこうも無いよ。そのまま海未に勝負を挑んで、無事勝利。俺の指導の賜物さ』

 

 とは言え、勝負の場は穂乃果が練習に使っていた温水プールであったという事もあり、若干海未の分が悪かったのは否定できない。しかしそれでも、穂乃果が海未に勝ったことには変わりないだろう。

 勝った時の穂乃果の喜びようは想像に度し難くないと思う。

 

 ただその後、海未に勝った喜びで舞い上がった穂乃果に、濡れたスク水状態で思いきり抱きつかれる、というTo LOVEる(トラブル)が起こったんだけどな。いや、今考えても役得かも知れないけど、彼女を意識し出したあの時の俺には刺激が強すぎた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「やったよぉ! 勝ったよキョウくん!」

 

「ふぁっ!? ちょっ、穂乃果!? 何抱きついて──」

 

「だーい好き! えへへっ!」

 

「〜っ! (え、何っ? 何なのこのかわいい生き物!? 抱いていいの!? 抱き返していいの!!?)」

 

「えっへへぇ〜」

 

「(腕強めんなぁぁぁーっ! む、胸! 胸当たってる! お前少し膨らんでんだぞ!? 柔らかいんだぞっ!? 大人の階段登ってんだぞ!? いい加減気付けぇぇぇぇ

 ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!)」

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ……抑えるので必死だったもん。色々と……。

 

 

 ……この話はもうやめよう、うん。なんか悲しくなる。

 

 

 しかし、オチなら別にもう一つある。

 

『ま、まあ実はこの話には続きがあってだな』

 

「えっ、何々? 教えてよ」

 

『それは──』

 

「希? さっきからどうしたの? 口元にタオル当てて……」

 

『──っと……』

 

「な、何でもないよエリチ」

 

 俺が希の期待に答えて話の続きをしようとした瞬間、ようやく収まりを見せた穂乃果たちをわき目にして、絢瀬さんが声をかけてきた。ずっとみんなと関わらず俺に意識を向けていた希が気になったようだ。

 

「今からみんなで通しで一曲合わせるけど、大丈夫?」

 

「うん、大丈夫や。ほな、やるか(じゃあね、響介君。また後で)」

 

『おう、頑張ってな。希っち』

 

 去り際に一瞬だけ目をこちらに向け、可愛くウインクする希。それだけでも何となく希の言いたい事が分かるのは、果たして今の状況の所為だけだろうか? いや、もしかすると本当に希の心の声が届いているのかもしれない。何せ幽霊になった俺の姿が見えるんだ。自分の心の声を相手に届かせたって不思議ではない。

 

 穂乃果。そして希。こんな身体になってしまった俺を認めてくれた彼女たちを、これからも見守っていこうと思う。

 

 

 いつか消えてしまうかもしれない、その日まで……。

 

 

「よーっし! 次の学園祭に向けてまだまだ頑張るぞぉーっ!!」

 

 俺の視線の先では穂乃果が相変わらずの天真爛漫な態度ではりきっている姿が見える。

 

 自分が向き合った事にはいつだって真剣。いつだって真っ直ぐ。

 

 そんな彼女だからこそ、俺は穂乃果に惹かれたのかもしれない。

 

 水泳の件はただのきっかけにすぎない。

 

 きっと俺は自分でも気付かないうちから、穂乃果のそんな部分に惚れていたんだ。

 

『(そう言えば、もうすぐ穂乃果の誕生日だなぁ……)』

 

 こんな身体になってしまっては何かをあげることなんてできない。でも、彼女のために何かをしてあげることはできる。

 

 いつもよりいっぱい頭を撫でてやろうか。また水泳でも見てやろうか。それとも、勉強を教えてやろうか……。

 やれることはいっぱいだ。

 

 

 ──さて、何をしてあげようか。

 

 

 熱く、激しく、楽しく舞い踊る彼女たちを暖かい目で見守りながら、これからの事を楽しみに思う真夏の屋上だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……おっと、忘れるところだった。

 

 先ほど希に言いかけたオチなのだが……実は海未のことだ。

 

 

 穂乃果に負けたのが相当悔しかったようで、後に俺に泳ぎの個別指導を頼んできたのだ。一人でやるより経験者に教わった方がいい、と至極当たり前の理論だ。

 

 

 そして……俺の指導(シゴキ)の末、穂乃果が再び海未にコテンパンにやられるのは、また少し先のお話だ。




割と先のお話を皆様にお届けしましたが、本作は一応ここを目指して進行中です。この話がちゃんと通過点になるか、はたまたパラレルになるかは…………今後をお楽しみください。

ありがとうございました。これからも本作をよろしくお願いします。
あとTwitterの方もよろしく(笑)

そして改めて……穂乃果ちゃん、お誕生日おめでとう!
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