私自身も気楽に書いていますので。
それではどうぞ。
……さて、一旦落ち着こう。まずは順を追って何が起きたか、今一度確認すべきだろう。
と言っても、俺自身は特に何も記憶していない。強いて言うならあの事故の日、穂乃果の泣き声を聞きながらこの世を去ろうとした瞬間に「もう少し彼女といたい。穂乃果を見守りたい」と強く思ったくらいだ。
そしたらどうだ。気が付けば穂乃果の部屋にいるし、何より俺の身体が浮いてるじゃないか!
しかも穂乃果の話からするに、アレから二週間以上過ぎてるらしい。もう何が何だか……。
「頭が痛くなってくるな……」
「死んでるのに?」
「ぅるっせーよっ!」
──今、自分の中で情報を整理してんの。ちょっと黙ってて。
まあともかく、自分が穂乃果の部屋で浮いている状態だと自覚した瞬間、幽霊みたいなものになってしまったんだと納得したわけだ。少し感動したかな? 『いやぁ、本当にいるんだな、幽霊って』ってな(ってか俺だけどさ)。でもさ、そしたら穂乃果の奴、俺が死んだことにまだ落ち込んでやがんの。だから軽く一言入れてやったんだよ。どうせ聞こえないと思ったけどさ。
そしたらそしたらだよ。穂乃果、この状態の俺の姿が見えるって言うじゃんか。いやぁ、驚いたわホント。幽霊になって一日目で早くも会話できる相手が見つかるとは思わなんだわ。
だけど、そんな朝の喧噪を聞きつけて穂乃果の部屋の扉を開けた穂乃果ママには、俺の姿は見えなかった。すると、つまりアレか? 今の俺の姿が見えるのは穂乃果だけという事か?
「取り敢えずだ。今の俺に何が出来て何が出来ないか。ちょっと確認してみよっか?」
「うんっ。面白そうっ!」
「呑気な奴だなぁ……ま、いいや。まずはだな……」
そう言いながら、俺はすい~っと流れるように穂乃果から離れていく。まず知りたいのは自分の行動範囲だ。一応幽霊と言ったが、多分今の俺は穂乃果の「背後霊」的なもんなんだと思う。だからある程度以上は穂乃果から離れることに制限がかかるんじゃないかと考えた。
「……んおっ。案外短いな」
ベッドに座る穂乃果から、そう遠くない部屋の扉にあとほんの数歩で届くというところで、俺は目に見えない何かに引っ張られるような感覚を覚える。つまりここまでか、俺の行動範囲は。
「大体穂乃果の半径5mくらいってところか」
「それってスゴイの?」
「ああ、お手洗いの音が聞こえるくらいスゴイぞ」
「っ!? もうっ! キョウくんのバカッ! エッチ! サイテー!」
俺の軽いジョークに顔を赤らめ、手元の枕を俺に向かって投げつけてくる穂乃果。しかし彼女の投げた枕は俺に当たることなく、身体をすり抜けてそのまま部屋の壁に当たってしまう。
「……モノには
「無視しないでぇ!」
抗議を申し立ててくる穂乃果をスルーしながら、俺は先程の枕を拾いあげようとする。しかし案の定、俺の手は枕に触れることなくそのまますり抜けていってしまう。どうやら俺の意志に関係なくモノには触れないようだ。
──ん? モノに触れないってことは……。
「……そいっ」
「きゃあ!? キョ、キョウくんが床に……」
「おー、やっぱりな」
浮いている身体を床に向かって降下させると、俺の身体はゆっくりと足から床に沈んでいった。いきなり俺の身体が床に埋まったことに穂乃果は軽く悲鳴を上げてしまう。うん、少し驚かせてしまったかな……。
「ごめん、ちょっと試したくなってさ」
「もう……本当に心臓に悪いよぉ……」
「あっははっ、ごめんごめん──」
穂乃果に謝りながら、俺はいつもの癖で彼女の頭に手を乗っけようとする。
しかし、すぐに今の自分の状態に気付いて手を止めてしまう。
「──っ……」
「キョウくん……?」
穂乃果もいつものように頭を撫でられると思ったのか、急に手を止めてしまった俺にきょとんとして不思議そうな顔を向けてくる。しかし“いつも”と言うのは俺の生前の話だ。頭を撫でられるのが好きな穂乃果に対して、俺は今のようにしょっちゅう頭を撫でていた。あの事故の日だって、穂乃果の頭を撫でて、気持ちよさそうに甘える彼女の笑顔は今でも鮮明に記憶している。
だけど今の俺は……死んでいる。
そうだよ、今の俺は幽霊じゃんか。モノにすら触れることも出来ないのに、どうして穂乃果に触れられるなんて思ったんだよ。
──今の俺は……穂乃果には触れられない……。
そんな当たり前の事を自分に言い聞かせてしまい、胸の奥が締まるような感覚に襲われる。
しかし顔に出てしまったのだろうか。そんな俺の考えを察した穂乃果は……。
「いいよ、キョウくん」
「穂乃果……?」
「いつものように頭、撫でて……ねっ?」
「……」
そう俺に優しく微笑みかけると、目を瞑りながら
「分かった」
そして形だけでも、と穂乃果の頭に手を添えようとした瞬間……。
ポンッ
俺の
「あれっ?」
「………………ゑ?」
顔を上げて俺を確認する穂乃果。同時にペシャンコに潰れてしまう穂乃果の前髪。
「キ、キョウくん……?」
え? あれ? あれれぇ~?
「……さ、触れる……の?」
そこ触れないところだろ普通よぉぉぉぉぉぉぉーーーーっ!!?
「大丈夫? キョウくん」
「だ、大丈夫だ……。ちょっと俺の思ってた『幽霊』とイメージ違っただけだから……」
穂乃果に触れることができるという衝撃の事実が発覚した瞬間、俺の身体はまるでフリーズしたパソコンのようにじっと固まったまま動かなくなってしまった。何度も穂乃果に“揺り動かされて”ようやく意識を取り戻すも、今も俺の心は完全に落ち着いているとは言えなかった。
いや、だってさ! 普通幽霊が人間に触れちゃダメだろ! モノには触れられないのになんでだよ!? むしろ逆! モノを動かしてポルターガイストとか起こすのが道理だろうがぁっ!
「で、でもっ、私は嬉しいよ! だってさ、またこうしてキョウくんに頭なでなでしてもらえるんだもんっ」
「お前ってやっぱ大物だわ」
こんな(俺の中の)幽霊の定義が覆されかねない現象に遭ったというのに、当の穂乃果は相変わらずのポジティブシンキングである。
──コイツはいつか絶対大成するよ。うん、間違いない。
「でも、モノが持てないのはちょっと残念だなぁ」
「ん? なんでだ?」
「えー? だってさ、そしたら私の代わりにお菓子とか取ってきたりできたのになー、って」
「お前は……」
穂乃果のバカバカしい返答に頭に手を当てて溜息をつく。はぁ、聞いて損した……。お前は俺を召使いか何かだと思ってんのかコラ? 流石に幼馴染とは言えその扱いは傷つくぞ。
取り敢えず罰として軽いチョップをお見舞いすることにした。俺が手を振り上げた瞬間、穂乃果も流石に嫌なのか首を竦めて目を閉じる。その挙動がちょっと可愛いと思ってしまうがそれはそれ、これはこれだ。潔く罰を受けてもらおう。
そして俺の手が穂乃果の頭を叩こうとした瞬間──
スカッ
「「え?」」
なんと俺の手は穂乃果の頭をすり抜けてしまった。予想外の展開に二人そろって間抜けな声を出してしまう。
──え? どういう事? さっきは触る事ができたのにっ?
事態の急変に軽く混乱してしまうが、俺より先に何かに気付いた穂乃果は俺の腕に手を伸ばしてくる。
「ん……」ギュ
すると今度は先程のように触れることができ、穂乃果は俺の腕掴むことができた。……さっきのと何が違うんだ?
しばらく俺の腕を揉み解していたが(少しくすぐったかった)、やがて手を放すと穂乃果はこんな提案をしてきた。
「キョウくん、もう一度私に触ってみて?」
「え? いいけど……」
穂乃果に言われるがまま、俺は彼女の肩に手を置こうとする。すると──
「……えっ?」スカッ
「やっぱりだ」
今度は穂乃果を叩こうとしたわけでもないのに、彼女の肩をすり抜けていってしまう俺の手。驚いている俺とは対照的に穂乃果は何か確信を得たようだが……。
「何か分かったのか?」
「うん。多分だけど……私たちがどっちも『触れたい』って思わないと触る事ができないんだよ」
「なる程な」
早速穂乃果の推測を証明するために、俺は『穂乃果に触れない』ように意識して彼女の腕に手を伸ばす。すると俺の手は穂乃果に触れることなく、そのまま通り抜けてしまう。
「その推測で正しいようだな」
触れるには互いの了承が必要……ってわけか。ま、その方が気楽かもな、互いに。「それだと自由に触れないよぅ」と愚痴る穂乃果を尻目に、一人この浮遊霊状態の自分の自由度にそれなりに納得していた。
「あ、そうだ」
「今度は何?」
「もしキョウくんが幽霊に慣れたら、いつかモノが持てたり、自由に人に触れたり、もっと遠くまで移動出来たりできるのかな? キョウくんも成長するのかなぁ? って」
「俺はスタンドか何かか……」
俺の弱弱しいツッコミも、今のハイテンションな穂乃果には届かないだろう。何せ俺が穂乃果に触れると分かった瞬間これだ。まあ気持ちが分からなくもないし、正直なところ俺だって嬉しい。
だって、穂乃果は俺の……。
……いや、この話は今はいいか。折角穂乃果も嬉しそうなんだし。
「穂乃果」
「ん? なになに?」
「一度情報の整理しておこうか」
「うんっ」
相変わらずの眩しい彼女の笑みに、こちらまで笑顔になってしまう。ホント、人を元気にさせるのが得意な奴だよ、穂乃果は。ま、取り敢えずだ。穂乃果と共に今知った情報の整理といこう。
今の俺のスペックをまとめるとこうだ。
・行動範囲は穂乃果の半径5m以内
・穂乃果以外には見えない
・モノに触れる事はできない
・壁を通り抜けることができる。壁の中に留まることもできる
・互いに「触れたい」と思えば人なら触れることができる
・人を持ち運ぶことは出来ない
「ま、こんなところかな」
「もしかすると、私以外にも見える人がいるかもだけどね」
「そうだな」
因みに最後の「持ち運び」の件は、さっき試してみて盛大に穂乃果が尻もちをつくという形で結論が出た。
うん……無理だわアレは。まさか穂乃果すら持ちあげられないとは思わなかった。もちろん、おんぶすることさえ出来ない。
どうやら本当に触る“だけ”しか出来ないようだ。
「ねぇ、キョウくん……」
「ん? どうした? 穂乃果」
そんな風に一息ついた時だった。先ほどまであんなにテンションが上がっていた穂乃果が、急にしおらしくなって近づいてくる。そんな彼女の豹変に軽く驚いてしまい、次の彼女の行動が予測できなかった。そして──
「キョウくん──」
「うおっ!? ……って、穂乃果……?」
「ごめん……もうちょっとこのまま……ね?」
穂乃果は俺の質問に答えるよりも先に、俺に寄り添って抱き付いてきたのだ。確かに今の俺は彼女を拒んでいるわけじゃないから、穂乃果は俺に触れることが出来る。しかし俺の腰に回している手は若干震えており、出す声も弱々しかった。
──穂乃果……もしかして泣いてるのか?
「……会いたかった」
「え?」
「すごく……会いたかったよぉ……」
涙で掠れる声を隠そうともせずに、穂乃果は俺の胸に顔を埋めてくる。背中に回した腕も震えてはいるが力がこもっており、まるで俺を離さないと言わんばかりにしがみついていた。
「も……もぉ、ずっと会えない……って、思った……から……ぅっ……」
「……」
「だ、だから……す、すっごく……ぅ嬉しっ……かったん……だよ……っ」
自分の感情を吐露する程に、激情と共に涙が溢れてくる穂乃果。そっか……やっぱり我慢していたんだな、穂乃果は。今までのハイテンションは、きっと再開の衝撃から起こった高揚を無理矢理保っていただけで、本当は泣きたくなる程嬉しい気持ちを必死に我慢していたんだ。そう思うと、この少女がとても愛おしく感じられる。
やがて聞きとるのも困難になる程、声に嗚咽が混じってくる。それでも俺は静かに彼女の言葉に耳を傾け、心の内を曝け出してくれた彼女の頭に、先程のようにゆっくりと手を乗せた。
「……っ、グズッ……っ……ぅぅ……」
「……穂乃果」
「……っ……き、キョウ……くん……」
すると幾分か落ち着いたようで、穂乃果は腕を俺の腰から放すと、ゆっくりと名残惜しそうに俺から離れ始める。
「ありがとう。そんなに俺のこと想ってくれて」
「ぅん……キョウくん……もう……勝手にいなくなったりしない……?」
「ああ、しない。絶対にしない。約束するよ……穂乃果」
そして俺は自分の小指を立てて穂乃果の目の前に差し出す。穂乃果もその指の意味をすぐに理解してか、同じく小指を出して俺の指と絡ませる。所謂「指切り」の形だ。
「えへへぇ~」
俺の誓いに安堵したのか、穂乃果はいつものような輝く笑顔を俺に見せてくれた。その顔からは涙はすっかり引っ込んでいた。
──ああ、よかった……。もう一度この顔を見れただけでも、幽霊になった甲斐はあったかな。
穂乃果の太陽のような笑顔を前にそう思わざるを得ない、幽霊生活一日目の朝だった。
──ん? 朝……? あれ? なーんか忘れてるような……?
俺が何かに気付きかけたその時、下の階から穂乃果ママの声が飛んできた。
「穂乃果ー! 早くしないと遅刻するわよぉ!」
「……」
「……」
「っ!? 穂乃果ぁっ! 学校! 学校忘れてる忘れてるっ!」
「あぁーーーーーっ! 忘れてたぁーーーー!」
──って、今日は穂乃果達の始業式じゃん!? 完全に忘れてたわ!
ってか完全に俺の所為だよなコレ!? 俺のごたごたで有耶無耶になってたよな? そこんところ!
とにかく急いで制服に着替えて(勿論穂乃果に部屋を追い出されて天井裏で待機していた)階段を駆け下りる穂乃果。彼女は本当に必要最低限のおめかしだけをして、昔の漫画宛ら食パンを口に加えて家を飛び出した。
お前……もう少し女の子らしくな……。まあ、そこんところが穂乃果らしくていいんだけどさ。
「もうっ、一人だけ浮いてられるなんてズルいよ! キョウくん!」
穂乃果は音ノ木坂学院とやらに向って絶賛全力疾走中だが、対する俺はまるで動くことなく彼女の上空で浮いているだけだった。しかも俺の身体は(勝手に)彼女との距離を一定に保とうとするために、自然と彼女に磁石で惹きつけられるような形で移動していた。
いやあ、コレ楽でいいな。俺何にもしなくても移動できるんだもの。ま、「自由に移動できない」っていう最大の障害があるんだけどさ。
「仕方ないじゃん。一応『背後霊』って扱いなんだもん。それに、離れたくても離れられないと思うよ?」
「そ、それは嬉しいけど……でも、なんか嫌だぁ! 不公平だぁー!」
俺に愚痴りながらもその足を休めることなく走り続ける穂乃果。悪いとは思うが、こうなってしまった以上、仕方無いだろう。受け入れる他あるまいよ。
「ねぇ! もう代わりに走ってよぉ。身体貸すからぁ~!」
「そんな能力ねぇよバカ」
走りながらもまるで口の減らない彼女に、そろそろツッコミが追いつかなくなってくる。
そもそも俺はそんな悪霊みたいなもんじゃねーから! スタンドじゃなければイマジンでもねーから! ただお前の傍に立つだけの背後霊なんだよっ!
……なんて言ってると自分の無力さに軽く泣けてくる。正直俺だって「もっとやれることがあってもいいじゃん」って愚痴りたいのが本音だ。お前だけじゃねーんだよ、愚痴りたいのは。俺だってもっと自由にしてたいんだよっ。
しかしながら、元気の塊みたいな穂乃果の口は止まる事を知らないようで──
「もうっ! 幽霊なんだからいっそ時間とか止めちゃってもいいじゃん!」
「だからスタンドじゃねーっつってんだろぉぉがぁぁぁーーーっ!!」
穂乃果にしか聞こえない俺の心からの叫びが、辺り一面に木霊した。
ほのかわいい。以上。
それでは次回もお楽しみに。