これも皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。
今後も頑張って続けていきますので、どうかこれからも本作をお願いします。
それでは今回もどうぞ。
『(オイオイオイオイオイオイ! 嘘だろ嘘だろっ!? どうなってんだマジでっ)』
私こと神茅響介、現在絶賛ビビりまくってます。そして大ピンチです、はい。
俺の方へと視線を向ける巫女さんの目はそれはもう透き通るように綺麗で、持ち前のたれ目が困惑しているように揺れているのがまた可愛らしく感じる。だというのに、俺はまるで蛇に睨まれた蛙の如くその場を動くことが出来なかった。俺を見つめる彼女の目が、今は兎角恐ろしいものに感じてしまっていた。
『……逃げるぞ、穂乃果』
「(えぇっ!?)」
例え動けたとしても、穂乃果がいる限り俺はこの場から去ることは出来ない。だから俺は穂乃果に即座にこの場を立ち去るよう促した。そして俺のその提案に声に出さずとも、驚きの表情を見せる穂乃果。
だがその気持ちは十分に分かる。その選択が正しくないことくらい俺だって理解している。ただ、今はどうしてもこの場を離れたいと思ってしまっていた。この得体の知れない巫女さんに、俺と言う存在が知られる事を嫌だと感じてしまった。
『頼む、穂乃果っ』
「ぅぅ……」
俺の懇願に一瞬悩みの色を見せる穂乃果。しかし、穂乃果だってあの巫女さんに幽霊の俺の事を聞かれて困るのは同じなはずだ。だからここは格好悪いが……逃げるが勝ちだ。
「い……」
「ん?」
「……い、今の独り言……わ、忘れてください! それじゃあ!」
「あっ……」
それだけ言い残して、颯爽と境内から駆け出していく穂乃果。もちろんそれにつられて動けなくなっていた俺の身体も自然と彼女にひき寄せられ、ようやくあの巫女さんから離れることができた。
突如として走り去っていってしまった穂乃果に呆気にとられる巫女さん。そして──
「気のせい……と違う……よね?」
そんな彼女の呟きは、俺たちに届くことはなかった。
「──っ、はぁっ、はぁっ……こ、ここまで走れば、いいよね……っ、キョウくんっ……はぁ……はぁ……」
神田明神の階段を駆け下り、その後もしばらく走り続けた穂乃果。割と長く走り続けたために盛大に息切れを起こしていた。流石に走り過ぎではと感じたが、恐らくそれだけ穂乃果もあの巫女さんに対して動揺していたのだろう。俺と同じく、見知らぬ人に幽霊の俺を感知されることを脅威に感じたのだろう。
だが、それでもここまで逃げてくれたのには感謝しなくちゃな。そう思い、手をゆっくりと彼女の頭に置いて、髪の毛がくしゃくしゃにならないよう丁寧に頭を撫で始めた。
『ああ、スマン。ありがとな、穂乃果』
「っ……ぇっへへぇ~……」
俺が撫で始めた途端に先ほどまでの強張った表情は解け、いつもの間の抜けた柔らかい笑みを浮かべてされるがままにされる穂乃果。相変わらずその変わり身の早さには感服してしまうよ。
だが、問題はこれからだ。そもそも別にこれで何かが解決した訳ではない。俺達は逃げて問題を先送りにしただけなのだ。今一度、あの巫女さんについて何か考えなければならない。
『しっかし……何だったんだ? あの巫女さん……』
「うん。あの人、キョウくんのこと見えてた……よね?」
『ああ、完っ全に俺の方見てた』
それがどうも腑に落ちない……いや、納得がいかない。ことりや海未と言った、付き合いの長い親友には俺が見えていないのに、顔も知らない赤の他人の巫女さんに俺が見えるっていうのは結構ショックだったりする。
……いや、どうかな? もしかすると、「穂乃果にしか見えない」という前提が崩れたこと自体に、俺が気に入っていないだけなのかもしれない。俺の姿が見られるのが嫌なんじゃなく、穂乃果以外の人に見られるのが嫌なだけかもしれない……って、これじゃあ単なる変態じゃねぇか!
『(ったく、何考えてんだか……)何であの巫女さんには俺が見えたんだろな?』
「う~ん……巫女さんなんだし、もしかすると霊感が強いのかも。だからキョウくんが見えたのかな?」
『……それが一番濃厚かな』
恐らく穂乃果の出した「霊感の強い巫女さん」という予想で大方正しいだろう。しかしあの神社に、ひいてはこの街にいる限りは恐らくまた……。
「また……出会うかな?」
『出会うだろうな。間違いなく』
「……どうするの?」
不安げに俺に質してくる穂乃果。次にあの巫女さんに出会う時に備えて、俺達は一体どうすればいいのか。少しの間思慮に耽っていたが、いくら考えたところでそんなものは出てきやない。始まりはいつも突然だし、そもそも出会いに備えた対策なんて無意味だろう。だからもし次出会ってしまったら──
『さあ? その時考えりゃいいさ』
──結局こうするしかないわな。出会ったら出会ったで何とかなれ。ケ・セラ・セラ、ってやつだ。
しかしそんな俺の返答に穂乃果は目を見開き、意外なものを見るような目つきでこちらを見つめていた。
「……」
『んあ? あんだよ?』
「いや、キョウくんがそんな行き当たりばったりな事言うなんて……」
『そうか? そんなに意外か?』
「うん。キョウくん、最近ずっと地に足着いた考えしてたから。だからビックリして……」
失敬な、とは心の中で叫んでおく。そもそも、俺は元からポジティブな思考の持ち主だ(と自負している)。ただ、穂乃果と付き合っていく中で自然とポジティブな自分を抑えるようになり、少々現実主義的な見方をするようになっただけだ。
「あ、もしかして幽霊になったから『地に足着いた』考え方ができなくなったとか?」
『……泣かそうか?』
「ぁ、ぃぇ……遠慮しておきます……あはは……」
『ったく……ま、いいや。とにかく家に帰ろっか。いつまでも帰んねーと心配されるしな』
「うんっ」
穂乃果の洒落にならない冗談(冗談かどうかも怪しいが彼女の名誉のために冗談としておこう)もひねり潰し、そのまま穂乃果に家に帰るよう促した。いつまでもこんなところで道草食ってる場合じゃないしな。
そして巫女さんのことだが、取り敢えず彼女の事は後に回すとしよう。第一、今日だけでいろんな事が起こり過ぎた。幽霊になって、穂乃果と会えて、ことりと海未を見れて、巫女さんに見られて……はっきり言って疲れてしまった。幽霊でも疲れるものなんだな。本当、今日はビックリすることばかりだ。
今日はさっさと帰って、穂乃果とこれからの事を話し合おう。
そう思っていた矢先だった──
「……あ……」
出会いとは本当に不意打ちで、突然訪れるものである。それは先程の巫女さんでも同じだし、今俺たちの目の前を通りかかった制服を着た女の子にしても同じだった。
真紅のリボンに明るい紺色のセーラー服を纏った女子中学生。
腰まである長髪を括る事なく背中に垂れ流し、歩くたびに風で綺麗に靡いている。
童顔で低身長でありながら、そのシュッと吊り上がった目が彼女に大人びた印象を与えている。
『あれって……』
そして俺は彼女に見覚えがある。
いや、見覚えがあるなんてもんじゃない。
何故ならずっと共に暮らしてきたからだ。
十数年もの間、一緒に生活をしてきた妹の顔を忘れるはずがない。
『きらら……』
それが彼女の名だ。俺の二つ下で、今は中学三年生のはずだ。もちろん穂乃果とも仲がよく、『穂乃果さん』なんて言って慕っていたっけ。因みに俺にはもう一人兄がいるのだが、きららは特に俺の方にベッタリ懐いていた。よく事あるごとに『お兄ちゃん』て言って構ってきたのを昨日の事のように覚えている。
──そうだよな。あの日……あの事故の日も、俺はきららの勉強を見るって約束してたっけ……。結局は破っちまったけどな……約束。
でも、こうしてきららの姿をもう一度見ることが出来て内心とても喜んでいるところだ。血を分けた兄妹の無事な姿を拝められることにも、こうして幽霊になった価値はあるのかもな。
しかし……どういうわけなのか……?
「……」
「……きらら……ちゃん……」
穂乃果ときららの間に渦巻くこの不穏な空気は、一体何なのだろうか……?
きららに話しかけようとする穂乃果はどこかぎこちないし、穂乃果の姿を認識した途端にきららも、その目つきはナイフのように鋭いものになっていた。二人とも、全然らしくない。
ぎこちないながらもまだ声が出ている穂乃果はともかく、そんな穂乃果を見てもまるで反応を見せないきららが、俺の知る妹と別人のような気がしてならなかった。
きららは、そんな人を刺すような目を向ける子じゃなかったはずだ……。
「……」
「ねぇ、きららちゃん──」
依然として穂乃果を睨みつけるきらら。そして──
「言いましたよね、“高坂さん”。これ以上私に話しかけないでくださいって」
『っ!?』
きららの言葉を聞いたその瞬間、時が止まったような感覚に身を包まれる。
──は? えっ、今……何て言った……? 話しかけないでください? 高坂さん?
目の前の少女は確かにそう言ったはずなのに、俺はその事実が信じられなかった。受け入れたくなかった。
「っ、でもきららちゃん! 私は──」
「今あなたに話すことなんて何も無いです」
俺の目の前のこの少女は一体……誰だ……?
──お兄ちゃん!
──ほら起きてお兄ちゃん、穂乃果さん達来てるよっ。
──行ってらっしゃい、お兄ちゃんっ。
──穂乃果さん、また明日っ。
あの笑顔は一体どこへ行ってしまったのか。あの屈託ない笑みを俺や穂乃果に向けていた彼女はどこへ……?
「きららちゃ──」
「それでは」
しかし、かつて笑顔を煌めかせていたあの少女の姿は……どこにもなかった。
穂乃果の言葉を最後まで聞こうとはせず、あくまでも冷たい態度を崩すことなくその場を去ろうとするきらら。そんな、まるで赤の他人のごとく素っ気ない、それでいて辛辣な言葉を穂乃果に浴びせた彼女に何も感じない俺ではない。
『きらら……』
内から沸々と湧き上がる感情を抑えきれず、ついその一端が口に出てしまう。
しかし一度沸騰してしまえば、後は呆気なく零れてしまうものだ。
そして内なる激情は、いとも簡単に弾けてしまった。
『……っ、きらら! オイきららっ! 聞いてんのかっ!』
「っ!?」
「…………」
俺は、ただ感情の赴くがままに、きららに向かって口荒に叫びかけた。視界の端で穂乃果が僅かに跳びあがるのが見えたが、そんなものは特に気にならなかった。今はただ、きららに対して抱いたこの言いようのない憤怒を言い
きっときららには俺の声は届いていない。姿だって見えていない。しかし今はそんな事も忘れてしまう程、俺自身が冷静ではなかった。俺が抱いた
『きららっ! 待てよオイッ! きららァッ!!』
何度やっても無駄だと言うのに
言葉を交えることができない──思いを伝えることができないことが、こんなにも辛いとは思わなかった……。
しかし未だ熱の冷めることのない俺は、浮いた状態のままきららの後を追おうとする。近づいても触れないこと、話せないことなんて、頭の中からすっかり抜けていた。
しかし──
『──っ!?』
追いかけ始めてすぐに、俺の身体は見えない糸に絡まったかのように動きが止まり、それ以上前へ進めなくなってしまう。そしてその時になってようやく俺は自分が穂乃果の背後霊である事を思い出した。
そうだ、穂乃果がきららを追いかけない限り、俺も彼女を追うことが出来ない。ならば穂乃果にきららを追わせるのがいい。そう思って穂乃果の方を振り向いたのだが……。
「……」
『っ……穂乃果……お前、追わないのか……?』
「……うん……」
弱々しくそう答える穂乃果を目の当たりにして、俺はようやく冷静さを取り戻す。穂乃果はきららを追うようなことはせず、ただ力なくその場に立ち尽くしているだけであった。
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「きららちゃんは……私のこと、恨んでいるから……」
『恨んでいるって、なんで……』
きららちゃんの態度に驚愕したキョウくんに、私はありのままの事実を伝える。そう、あの子は……きららちゃんは今でも私のことを恨んでいる。
──キョウくんを死なせた人として、私を恨んでいる。
でもそれは紛れもない事実だよ。もしあの日、私がキョウくんを誘わなかったら……もしあの時、私の身体が動いていたら……キョウくんが死ぬことはなかった。全部、私がいなければ……。
だからキョウくんが死んだのは私の責任っていうのは間違いないし、きららちゃんが私を恨むのも仕方のないことだ。
『そんな……』
「でも仕方ないよ。私だって──」
きららちゃんが私を恨んでいると知り、目に見て分かる程のショックを受けているキョウくん。でも、私を許せないのは私自身だって同じだよ。キョウくんが死んでから何度後悔の中に意識を落としたか分からない。キョウくんの顔を思い出すたびに、いつも罪悪感で身が潰れそうになっていた。
私を──高坂穂乃果を許せないのは、きららちゃんだけでない。私自身も同じ事だった。
そんな思いを彼に伝える私。だけどキョウくんは──。
「だから私は──」
『穂乃果』
「──? ……痛っ!?」
私が後ろめたさから俯いていたところに声をかけてきたキョウくん。そんな彼につられて顔を上げると、途端におでこに軽い痛みが走った。両手でおでこを押さえながらキョウくんの方を見ると、私を弾いたであろう人差し指が真っ直ぐ立っていた。ああ、デコピンされたんだ、と認識するまではそう時間は掛からなかった。
「な、何するのぉっ?」
『バカか』
「ぇえっ!?」
何事かと思えばいきなり罵声を浴びせられ、その意味がさらさら分からず混乱してしまう。だけどキョウくんは浮いている身体を下ろすと、目線を私に合わせて語り掛けてくれた。
『俺は穂乃果のこと、恨んだりなんかしてないよ。むしろ逆だ。穂乃果を守れたこと、すっげぇ誇りに思ってる』
「ふぇ……?」
キョウくんに言われたことに戸惑いを隠せない私。いきなりの優しい言葉にどう反応していいか分からず立ちすくんでいる中、キョウくんは私の頭に手を乗せて、そして最後にまた一つ優しく言葉をくれた。
『だから、自分を許せないなんて言わないでくれ。俺が惨めになっちまうだろ……な?』
「……キョウ……くん……」
キョウくんははっきりと、私を恨んでいないと言ってくれた。こんな私を許してくれると、そして自分の事を恨まないでくれと語ってくれた。
それがあまりにも嬉しくて、つい目から涙が零れそうになる。胸の奥が熱くなり、鼓動が高まるのが分かる。それほどまでに、私は自分で思っていた以上にキョウくんに許されたのが嬉しかったみたい。
「……ごめんね……ありがとう……」
『ああ、大丈夫。穂乃果のやることなんてもう大抵許せちゃうからさ、俺』
「だから何でも言ってくれよ。全部受け入れてやるから」と言ってけらけらと笑い出すキョウくん。そんな彼を見ていると自然と涙も止まり、笑顔が出てしまう。ああ、すごいなキョウくんは……こんな私をも許しちゃうし、それどころか笑ってくれるなんて。そんな彼が眩しく思えて、私もまた元気が出そうになる。
『さ、帰ろっか。穂乃果』
「うんっ」
再び浮き上がった彼に促されて、私は今一度元気よく前へと足を踏みだした。
──ありがとうキョウくん。私、もう自分を恨むの止めるね。
「(それに、きららちゃんともいつか……また……)」
いつかきっと、みんなで笑い合えるような関係に戻して見せる。きららちゃんの笑顔を取り戻して見せる。
そんな思いを胸に抱きながら、私はキョウくんと共に家への帰路を進んでいった。
「あ、ねぇねぇ。私ずっとキョウくんに秘密にしてた事あるんだけど、今言っていい? 許してくれる?」
『ん? ああ、いいぞ。何だ? 言ってみろ』
そんな中、私はふとある事を思い出し、キョウくんに語り掛ける。実はキョウくん的には許されない話かも知れないけど、彼はさっき「私のする事は許す。受け入れる」って言ってくれたから大丈夫だよね?
だから少し鷹を括って、キョウくんにその事実を伝えたの。
許させるし大丈夫だよね、と思って。
「キョウくんから貰った……その……あの綺麗なアンモナイトの化石……落っことしちゃって盛大に割っちゃったっ」
『ぉお前ふっざけんなよぉぉぉぉ!!?』
「うぇえええぇぇっ!? なんでぇっ!?」
予想だにせず突如落ちた雷に、困惑に満ちた私の悲鳴が街路に響き渡った。
噫……古生物マニアの執着心……恐るべし……。
主人公、このまま成仏するわけにはいかなくなるの巻。
そろそろ鎧武の方の執筆、及び試験等で時間が無くなるので次の更新はまた長くなる……かもしれません。
(ですが人気次第ではまたすぐ更新するかもしれません。現金なものですから、私)
それでは次回もご期待ください。