それでは今回もどうぞ。
「ごちそうさま!」
あれから色々とキョウくんと話し合っているうちに夜になっていた。まあ、昼間の話の殆どが化石を壊しちゃったことによる説教だったんだけどね……あはは……。それで未だに話し合うことが多い私たちだから、私は夕食を食べ終わると食器を流し台に置いて颯爽と自分の部屋に戻った。これから二人が離れ離れになる事が出来ない以上、互いの干渉には慎重になるべきだ——というのはキョウくんの言葉なんだけどね。
『ぅぐぬぬぬ……』
「ん? どうしたのキョウくん?」
しかし部屋に戻るや否や、私の隣では苦悶の表情を浮かべながらキョウくんは静かに呻き声を上げていた。眉間にしわを寄せ、拳を握りしめてプルプル震わせながら、その目はどこか憎らしげに私の方を睨んでいた。
──え? もしかして化石の事、まだ怒ってるの……?
『う……羨ましい……』
「?」
そう呟いて顔を伏せるキョウくん。そして──
『羨ましいんだよちくしょぉぉぉぉっ!』
「ぅわっ!? え、どうしたのっ?」
押し込められていた彼の何かが突如としてお腹の底から溢れ出した。急に燃え上がった彼の炎に困惑を隠せないでいると、キョウくんはまるで遠慮せずに自分の本音を暴露し出す。
『何が悲しゅうて人が食べてる様を指銜えて見てなきゃなんねーんだよ! ああっ、食べることのできないこの身体が忌々しいっ! 食卓から離れられないこの身体が憎たらしいっ!』
「そ、そこまで……ぁ、あははぁ……」
そ、そうだよね……確かに幽霊なんだし、食べることなんてできないよね。動く必要がないのは羨ましいと思ったけど、食べることが出来ないのは私も嫌だなぁ……。
「あれ? でも、幽霊もお腹空くの? 食べる必要ないよね?」
『腹は減ってない。ただ食事を味わいたいだけ』
「あぁ……そうなんだ……」
食べることが出来ない彼を可哀想とは思うけど、同時によかったとも思ってしまう。もしお腹が空くのに食べられないんだったら、それはとっても辛いことだと思うからね。食べたい時に食べられる自分は恵まれてるんだなぁ、としみじみこの身のありがたさを痛感する私だった。
でもっ、これからも私は食べたい時に食べるんだからねっ。キョウくんには悪いけど。
……まぁ、後にこの時のキョウくんの悲痛な思いをこの身で味わうことになるんだけどね……あはは……。
『ま、何時までもごねてても仕方ないよな。とりあえずこれからのこと話そうか、穂乃果』
「うん」
取り敢えずキョウくんに食べる必要が無いことが分かったのは収穫かな。私は勉強机の椅子に座り、キョウくんは私の目の前で腕と足を組みながらゆらゆらと浮いている。昼間の時点から、私たちが話し合う時のスタイルはこうだと決まっていた。
そして、これから話す内容も既に決まっている。
『何よりもまずは……アレだな』
「うん……ねぇ、キョウくん──」
「──お風呂……どうしようか……」
『……どうなさいましょうか……』
夜になってしまった以上、避けて通れない問題が私たちの前に立ち塞がっていた。
──────────────────―
「ねぇキョウくん……ずっとそうしてるの……?」
遂に訪れてしまった穂乃果の入浴タイム。普通に考えると幽霊の俺からすれば超役得であり、男としては最高(最低?)の時間になるはずだった。だって考えても見てほしい。あの穂乃果だぞ? 他の同じ歳の女の子と並べても一際溢れんばかりの輝きを放つ、天使のような女の子。誰にでも分け隔てなく話しかけられる高いコミュニケーション能力と、話しかけられた男子の殆どが勘違いを起こしかねないほどの、全てを受け入れるような明るい笑顔を見せる罪な女の子。まるで表裏のない、無邪気で無防備で、ちょっとお節介な優しい女の子。
そんな男子共の憧れの的となるような穂乃果が、俺の間近で裸になるというのだ。寧ろ劣情を抱かないと言う方がどうかしている。
幼い頃から一緒に居たとはいえ、恥じらいもなくいつも俺にベタベタと寄り添ってきた穂乃果。いつも幼げな可愛い笑顔を見せてくれるけど、発展途上とはいえ女性的な膨らみのある体系に変化していく彼女に、俺の脳内で
しかし穂乃果のためを思うと、そんな下賤な考えは封印しなければならない。穂乃果はこんな俺の気持ちにも気付かないほどの鈍感だが、同時にバカみたいに純粋(と言うより単純)なのだ。だからもし俺がそういう目で見ているのに穂乃果が気付いた時、きっと彼女は傷付くと思う。そもそも穂乃果は俺の事を信頼できる親友としか見ていないのだ。だったら俺も、穂乃果の期待を裏切らないように紳士な男友達を演じてやろうじゃないか。
だが正直、入浴中の穂乃果の姿を見て何も起きない自信が無い。見てないという嘘を付いてこっそり除く可能性は否定できない。しかも幸か不幸か穂乃果は俺のことを信用しきっているため、幽霊の俺が常に“触れられる”ように意識している。俺がそれに託けて、文字通り彼女を襲ってしまう可能性だって十分に……。まあ、そもそもこの身体でどこまでヤれるか全然分からないけど。
要は俺が穂乃果の入浴姿を見なければいいだけの話だ。そして、俺が穂乃果の入浴中の姿を見ない、且つ穂乃果自身が見られていないと確信できる体制と言えば……。
『これが一番安心するだろ?』
「ぇえぇぇ……」
今の俺は穂乃果に足だけを見せたまま、足首から上を家の外に出すという非常に間抜けな姿だった。
もっと分かりやすく言い直そう。足首から下だけが風呂場の壁から生えたようなちょっとしたホラーな状態だった。
『これなら俺が見てないってこと証明できるっしょ?』
「で、でもそれはそれで怖いよ……」
『犬〇家よりマシだろ』
「まだそっちの方が笑えるよ」
頭は穂むらの外に出しているため穂乃果の表情は分からないが、その声色からして苦笑しているのが分かる。あちゃ~ウケなかったかぁ、この体勢……って別にウケを狙ってたわけじゃないからな。しかも俺が顔を出している場所、穂むらの外とは言うが、実際は穂むらとその隣の建物の間の細い隙間にちょこっと出しているだけだ。すり抜けられるとはいえ、気持ち的には割と窮屈だったりする。
今日は行きはしなかったが、学校のトイレでもこの要領で壁に埋まっておけばいいだろう。
「そこまでしなくても大丈夫だよ。今ならもうタオル巻いてるし、キョウくんだって裸じゃないから、ちょっとぐらい近くにいても問題ないよ。ねっ?」
『はぁ~……』
甘い……甘すぎるぞ穂乃果。お前は男という生き物を分かってなさすぎる。年頃の女の子が風呂に浸かり、少し程赤く染まった柔らかそうな肌を見せ、お湯や汗等の水滴が肌を伝い、髪の毛がしっとり濡れ、口からは僅かな吐息が漏れる。そんな官能的な姿を見せられた男がどうなるか……その歳なら分かっているはずだ。
『信用してくれてるわけね、俺を』
「うんっ」
迷うこと無く返事をくれる穂乃果に、嬉しさや愛しさ、そして罪悪感から、胸の奥がぎゅっと締まるような感覚に襲われる。もしかすると穂乃果は思春期の男子がどういうものかそれなりには分かっているのかもしれない。ただ相手が俺だから……長年付き添った幼馴染みだから、無条件で信用しているのだろう。
確かに小さい頃は一緒に風呂に入っていた時期もあった(非常に残念ながらその事実を覚えているだけで、情景までは記憶していない)。しかし今は互いに思春期真っ只中だ。穂乃果の身体は次第に女性的な丸みをおび、どことは言わないが徐々に膨らみを増していっている。そして俺は、そんな女性の身体に対して劣情を抱くようになってしまっている。何が問題かって、死んでしまっている今でさえそんな下心が残っていることだ。こんな身体になってしまった以上、子孫なんて残せない。なのに入浴中である穂乃果に対して善からぬ思いが沸々と湧き上がる。
あぁ……こういうのって、幽霊になっても冷めることは無いんだな……。
某女子バレーアニメのOPから借りるなら『だけど、ムラムラしちゃう。男の子だもん』ってところか。
『(って、何くだらない事考えてんだか……)いいんだよ、このままで。いいからさっさと身体と髪洗いな』
「はーい」
穂乃果が可愛らしく間の伸びた声で返すと、続けてシャワーを浴び始める音が聞こえてきた。しかしその直前に、ふさっと柔らかいものが置かれる音が届く。まあシャワーを浴びるわけだし、その為に邪魔なタオルを一旦身体から外したんだろう。タオルを外してお湯を浴びて……え……?
……つまり今の穂乃果は、生まれたままの姿ですぐそこにいるという事になる……のか?
そんな想像をしてしまった瞬間、胸の奥に押し込めようとしていた劣情が一気に俺を支配しようと、脳内を駆け巡り始める。
『(っ、平常心平常心。そうだ幽霊。欲情なんてするなぁ。穂乃果が信用してくれてんだ、絶対に裏切るなぁ。俺は幽霊だ、俺は幽霊……欲情なんてしない……浴場だけに)』
なんてくだらないギャグとともに、自分の心を落ち着かせるべく一心に自分に言い聞かせる。その心はただ
『ふぃ~……』
何とか邪念を振り払うことができ、静かに胸を撫で下ろす。ふう、ちょっと油断するとこれだ。今後も気を付けなければ。
そう心に決め、閉じていた目をゆっくり開けた時だった。
『……ん?』
建物同士の間の狭い隙間の中、俺の視界の隅に何やらガサッと小さな物音が聞こえた。暗闇でよく分からないが確かに小さな何かがそこにいたのだ。
『……ぁ……』
そして目を凝らして、俺は“ソレ”を確認する。
いや、確認してしまった。
『……ぁぁ……』
大きな消しゴムサイズの、光沢のある焦げ茶色。
ヒクヒクと震える、二本の長い長い湾曲した触覚。
焦げ茶色からはみ出す、幾本もの棘のある奇怪な脚の数々。
上から押し潰されたかのような薄い胴体。
鈍くねっとりと輝く体のツヤ。
正しく目にした人間全てに無条件で生態的嫌悪感を促す、グロテスクで気味の悪い身体の造りだ。
『う……うそん……』
ここまで言えば俺が何を見つけたかお分かりになるだろう。
イニシャルで表すなら“G”
春とはいえ風呂場の裏という事もあり、丁度いい温湿度だったのだろうか。
その目標G──俗名ゴキブリが、俺の顔面のすぐ横まで迫っていたのだ。
──ようあんちゃん。調子どうよ。
そんな呑気な言葉を投げかけているかも知れないが、残念ながら今の俺に彼(彼女?)の言葉なぞに耳を貸している余裕は無い。
『ど……どうも……ハ、ハハ……』
力無く、通じるはずもないのにGに話しかけてしまう俺。カラカラと枯れたような笑い声が自然と漏れてしまうが、人間と言うものは恐怖を突き詰めると笑いが出るらしい。まさに今の俺のことだ。
俺、神茅響介は、この世の何よりも、この茶色い存在が……ゴキブリが大嫌いであった。
恐竜よりも古い歴史を持つだとか、生きている化石だとか言われているが関係ない。古生物には目のない俺だが、コイツに限ってはまるで敬意の念が湧いてこない。もうあの足と触角を見るだけで鳥肌が立つのだ。あのこげ茶色が動くだけで身体がパーフェクトフリーズしてしまうのだ。ヤツと同じ空間にいるだけでオデノカラダハボドボドダ!
『(来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るなぁ……っ)』
まるで化物に追われているホラー映画の犠牲者のように心の中で必死に訴えるも、そんなものはこの生物には通じないだろう。そもそも自分は幽霊なのだからゴキブリに触れる事はないのに、今はそんな事も忘れて恐怖に打ち震えていた。
『ぇ……ちょ……』
しかし祈りも虚しく、目の前の茶色は……
『や……やめ……』
胸から生えた、刺々しい6本の肢をガサガサと動かして……
「ぃ……っ」
俺の顔に向かって発進し始めた。
『嫌ァァアァァアアアァァァアアアァアアァァアァアッ!!』
今だけはどんなソプラノ歌手よりも甲高い金切声を上げたと自負できる。うん、悲鳴だけで言えばフェイ・レイ超えたかもしれない。他人が聞けば耳を劈くような、金属音のような悲鳴を上げ、俺はその場から跳びあがってしまった。
『ほっ、ほの……ほののゴゴ、ゴキッ……ゴキブっ……イヤァァ……』
そして何を血迷ってしまったのか、次の瞬間にはまるで言葉にならない情けない声を上げながら、俺は穂乃果に強く抱き付いていた。俺の方は完全にパニックを起こしていて誰かに縋りたくて堪らなかったのだ。他の事に目を向けてられる余裕なんて無い。
『ほ、穂乃果っ、ゴゴッ、キブリ…………ゑ?』
「……」
しかし、穂乃果にしがみ付いている間にふと感じたフニッという柔らかい感触に、打ち上げられた魚みたいに荒れ狂っていた俺の思考は一気にクールダウンを起こす。
『(…………ぇ?)』
そもそも今の俺は何をしている?
穂乃果に……しがみ付いているんだよな、確か。
『……あ』
穂乃果にしがみ付いている……
シャワーを浴びている最中の穂乃果の身体に腕を回している……
それはつまり……
「キ……キョウ……くん……」
『ほ……穂乃果……あ、あはは……』
つまり俺は今……
生まれたままの姿の……
一糸纏わぬ綺麗な肌を晒している彼女に……
……力いっぱい抱き付いていた。
「……」
『……ぁ……ぁぁ……』
自分が犯した失態に気付いた瞬間、あるはずのない体温が一気に下がる感覚に襲われる。彼女の裸を見た興奮以上に戦慄が俺の身体を駆け巡っていた。つい先程までその姿を見ないように努めていたはずなのに、今やそこに至るまでの段階を全部飛び超えて、大胆にもその素肌に触れてしまっている。腰に腕を回して、完全に手が彼女の可愛らしいお尻を掴んでしまっている。もう完全に言い逃れできない状況だ。
そして穂乃果もあまりにも突然の事であったためか、始めのうちは可愛らしくきょとんと首を傾げていたが、やがて今の自分の現状に気付き、じわじわとその表情を赤らめさせていく。その目尻には若干の涙が見えた気がした。
「……ひ……ぃ……」
『穂乃──』
そして……。
「ぃやぁぁあっ!」
『──果ブフェッ!?』
穂乃果の右手が迫ったと思った次の瞬間、耳元から届く衝撃音と共に俺の景色が一気に動転した。
──ああ、知らなかった。穂乃果って、こういう時手ぇ上げるんだな……初めて知ったわ……。
しかし俺に対して無防備な態度を取っていた彼女にも最低限の羞恥心を持ち合わせていた事を知れて、久しぶりに感じた痛覚と共にちょっとした安心感を抱いていた。
それと、穂乃果を抱いた時に感じた「柔らかい」という下劣な感想は墓まで持っていこう。
自分の墓はもうあるけどさ……。
『本当に申し訳ございませんでした!』
いや、無理だろアレは。どうあがいても言い逃れできない。完全にただの変態のレベルにまで堕ちてしまった。他にどうしろと? 土下座以上に俺に何をしろと? ずっと地面にでも埋まっておくか? それとも死にたくなるような黒歴史を公開するか? 何ならもういっそのこと俺を殺してくれ……って既に死んでるから無理な話か。
「ねぇ、もういいから顔あげてよ」
『ごめん、もう少しこのままにさせてくれ』
そんな俺に対して穂乃果はあまり気にしていないのか、俺を許そうとしている。「天使か」と思いつつも、今の俺は穂乃果に顔向けできる心境ではなかった。折角自分を信用している穂乃果を裏切らないよう努めてきたのに、それをこんな最悪な形で裏切ってしまったのだ。「見る」だけならまだしも「抱き付く」ってなんだよ……。猿かっての。そんな行動を起こしてしまった自分が信じられず、また嫌いになり始めていた。
少なくとも、自分の心の整理がつくまでは穂乃果に顔向けは出来ない。穂乃果が許してくれようと俺は自分が許せない。そう思っていた。
なのに──
「ねぇキョウくん……」
『何でしょうか?』
「大丈夫? ゴキブリ、怖かったでしょ? もういいの? 怖くない?」
『っ!?』
「あと、ぶってゴメンね。痛かったよね……頬、大丈夫?」
『ほ……穂乃果……(天使や! 紛うことなき天使やこの子!)』
あろうことか、こんな俺の心配をかけてくれたのだこの少女は!
しかも俺をぶったことに罪悪感を感じてくれてる。悪いのは俺なのに。
「ねっ、顔あげて。キョウくん」
そんな女神の如く眩しい光を放つ彼女に、俺はようやくその重い頭をあげた。
「ね、キョウくんも化石の件、許してよねっ」
──こぉんの野郎ぉ……。
──────────────────―
「電気消すよ、キョウくん」
『ああどうぞ。多分俺には関係ないけど』
「ふふ、そうだね」
部屋の電気を消してゆっくりとベッドの布団の中に潜り込む私。朝から本当に色々あったけど、そんな一日ももう終わりを迎えようとしている。ちょうど仰向けになった私の真上で、キョウくんはゆらゆらと浮きながら私の方を見据えていた。
「なんか、今日は今まで生きてきた中で一番濃い一日だったかも」
『俺もだよ』
朝から幽霊になっちゃったキョウくんと再会して、そんな彼と初めて一緒に音ノ木坂に行って、神社でキョウくんの見える巫女さんに遭遇して、きららちゃんとも会っちゃって、化石の事で随分叱られて、お風呂では……っ、と、とにかくっ、今日は色々あり過ぎて疲れちゃったよ!
「ふふっ、ねぇキョウくん」
『どうした?』
「こんなにいろんなことが起こる日が、これからもやってくるのかなぁ?」
でも、なんでかな? 大変な日だったはずなのに、全然悪い気はしなかった。それどころかむしろすごく楽しかった。キョウくんがずっと近くにいてくれたおかげかな? キョウくんが生きている間も一緒にいてくれたけど、それ以上に刺激的なことだらけで全く飽きなかったもん。
あ、別に幽霊だから面白いっていう訳じゃないよ。それだったらキョウくんが生きてくれていた方が私だって嬉しいし……。
『だったらどうする?』
「楽しみっ。えへへっ」
それでも、これから私の背後霊になっちゃったキョウくんと、こんなに楽しい毎日を過ごせるのかと思うとワクワクが止まらなかった。これからも、ずっとこうしてキョウくんと一緒に過ごせる。それが楽しみで、そして嬉しくて堪らなかった。
『っははっ、そうだな。俺も楽しみだよ』
「だよねだよねっ」
どうやらキョウくんも同じ気持ちみたい。うんっ、やっぱそうだよね。流石私の幼馴染み。考えることは同じだねっ。
『んじゃ、さっさと寝ろよ』
「うん。でも、まだちょっと興奮して寝れないかも」
『それはいいけどさ、穂乃果──』
「ん、何?」
布団にもぐって目を瞑ろうとするけど、ついキョウくんに話しかけてしまう。色々と疲れた一日だったけど、まだ日中の楽しさが残っているせいかまだ少し元気が残っていた。でもそんな中、キョウくんはある一つの提案を持ちかけてきた。
『またさっきみたいな事が起こるかもしれないからさ、寝てる時だけでも俺に触れないよう意識しとけよ』
キョウくん言う「さっきみたいな事」とは、多分お風呂でのことだろう。確かにアレは発端はキョウくんだけど、そもそも私がキョウくんに触れることを意識し続けた結果起きた事故だった。キョウくんを信用してそのままだった私も悪いかもしれないけど、それでも私はそれが悪い事だって思っていない。だって今でも、私はキョウくんに触れられるように意識しているから。
だけどキョウくんは、またさっきみたいな変なことが起こらないよう私に注意を促してくれた。
寝ている間に、自分が何をするか分からないから……。
私の事を思ってくれているなら当然の判断だと思う。
でも……でも私は……。
「……嫌だよ……」
『え……?』
それでも私は、キョウくんに触れないように考えるなんてできない。そんな事をしたくなかった。
「せっかく……ようやく会えたんだよ……? もう叶わないと思ってたから……キョウくんに触れられるの……」
『穂乃果……』
「朝もね、頭撫でてもらえてすっごく嬉しかった……人に触れられるのがこんなに嬉しいことだなんて思いもしなかったから」
どこか必死になりながら、情けない表情でキョウくんに訴えかける私。それほどまでに彼と再会で来た事が衝撃だった。彼にまた触れられたことが衝撃だった。大事な人と触れ合えることの大切さを改めて思い知らされた。
だから今更、キョウくんを拒絶することなんてしたくなかった。
そして私は──
「ねぇ、キョウくん……手、握って……?」
『穂乃果……?』
布団から右手を出して、私を見降ろすキョウくんへと差し伸べる。きっとその時の私の目は揺れていたに違いない。もしかすると声も震えていたかもしれない。だってその時の私は、どうしようもなく不安に駆り建てられていたから……。
「本当はね……怖いの。朝起きた時に、またキョウくんがいなくなってたらって考えると、もう怖くて仕方なくて……っ」
『……』
事故の日以来、夢にまで見るようになってしまったキョウくん。そしてその彼が幽霊になって目の前に現れた。そんな奇跡みたいな事が起こってしまっただけに、彼がまたふと消えてしまうんじゃないかって思ってしまった。
せっかく手にした光が、また手から零れ落ちてしまう。
私の希望が、また消えてしまう
そんなの、絶対に嫌だから……っ。
「消えないでね、キョウくん。ずっと……傍にいて」
『……分かった』
そしてキョウくんは、優しく、腫れ物に触るかのように、丁寧に私の手を、その一回り大きな手で包み込んでくれた。そんな彼の挙動にすっかり安心して、知らずの内に強張っていた全身の力がゆっくりと抜けていくのが感じられた。
『絶対に……消えたりしないから。だから安心しなって』
「うん……ありがとう、キョウくん。おやすみ」
『ああ、おやすみ、穂乃果。また、明日』
彼の優しい言葉に誘われるように、私の意識はゆっくりと闇の中に落ちていく。でも、その時の私の心に不安はなかった。
私の隣にはキョウくんがいるから。
キョウくんがいなくならないように、しっかりと手を握っていたから。
そして、明日もまた……キョウくんに会えるという希望に満ちていたから。
「うん……また、明日」
そんな幸せな気持ちに包まれながら、私の長い一日は幕を閉じた。
後半少し駆け足気味で仕上げたので少し不安が残りますが、とにかく投稿できてよかったです。
さて、これで響介の背後霊生活一日目が終了し、次回からまた新たな展開が訪れます。彼らの活躍をどうか皆様、これからも見守りください。
それでは、また次回お会いしましょう。