穂乃果の背後霊になっちゃった!?   作:春巻(生)

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10月もこれで終わり、だんだんと空気も冷えてきました。
みなさんも風邪は引かないようにしましょうね。

それでは今回もどうぞ。


第6話 見えりゃいいってもんじゃない

 太陽の高度が最高潮に達しようという、入学式後の真昼間。ことりちゃんと海未ちゃんと別れた私は、いつものように家までの道のりを歩いていた。だけど一つ、いつもと違うところがあった。私の右手には、同じく手を繋がれた私の幼馴染みが──キョウくんの手を握りながら、私はいつもの帰路に着いていた。

 

『ほ、穂乃果っ。もういいって。充分だからっ……』

 

 男の子だっていうのに、恥ずかしそうに私に抗議を繰り返すキョウくん。でも、そもそもキョウくんは幽霊だから、すり抜けて自分から手を離すことも出来るはず。なのにさっきからずっとこんな風に手を繋いだままだというのは、多分キョウくんも誰かと触れ合っていたいと思っていたんだよね。

 さっきの希先輩との会話の後に見えた、キョウくんの寂しそうな表情はきっと間違いじゃなかった。私以外には、たとえ見えていても触れ合うことはできない。そんな孤独感に包まれたキョウくんを助けたいと思ったから……私にしか助けられないと思ったから、今もこうして彼に温もりを与えていた。

 

『なぁ、穂乃果──』

 

「じゃあキョウくんの方から離してよ。できるでしょ?」

 

『っ、お前なぁ……』

 

 顔を真っ赤にして私から顔をそっぽ向けながらも、私の握る手から逃げようとはしないキョウくん。そんな天邪鬼で甘えん坊な幼馴染みがとても可愛く思えてしまう。

 

「やっぱりキョウくんには穂乃果がいないとねっ」

 

『うわっ、なんか負けた気分』

 

「ふっふ〜ん。穂乃果の勝ちぃっ!」

 

『別に勝負なんてしてねーよバカっ』

 

 きっと周りに人がいれば、私が一人で盛り上がっているように見えることだろう。本当なら慎むべき行動かもしれない。でもキョウくんが側にいるのに全く喋らないなんて私には無理だよっ。キョウくんが一度死んでいるからこそ、生前にも増して彼との時間を大切に過ごしたいと思ってるからこそ、余計に口を閉ざすのが苦痛になっていた。

 

 それに、本来なら私が話しかけることを気にするはずのキョウくんが何も言ってこないってことは、多分それだけ焦ってるって事だよね。

 

「ふふっ」

 

『何笑ってんだか』

 

「いいや〜別に〜?」

 

『全く……クスッ』

 

 そうこうしているうちに、キョウくんも元気が出てきたみたい。本当によかった。

 キョウくんは「穂乃果は笑っている方がいい」なんてカッコつけたこと言うけど、それはそっくりそのまま彼にお返しできる台詞だ。私の背後霊になってこの方、私は彼の笑顔が減ってしまったように感じていた。そりゃあ、幽霊になっちゃったんだから深刻になるのは仕方ないかもしれないけど、それでも笑わないキョウくんなんてキョウくんじゃないよ。

 いつも私に負けないくらい笑顔を見せる、それが神茅響介だから……。

 

 ──穂乃果がいるんだから、もっと楽しそうにしてよ……。

 

 生前のように、もっと笑顔を振舞ってほしい。キョウくんに対してそんな望みを抱かずにはいられなかった。

 

 ──もしかすると……他にもキョウくんが見える人がいたなら、キョウくん、もっと元気が出てくれるのかな……?

 

 だから、そんな期待が生まれてしまうのも仕方のないことだった。

 

「ねえキョウくん」

 

『ん? どうした?』

 

「あの、ふと思ったんだけどね。キョウくんの知り合いで他に霊感の強い人とかっていないのかなぁって」

 

『……』

 

 私の突然の質問に口を閉ざしてしまうキョウくん。でも、よく考えたら無茶な質問だったかもしれない。希先輩のように幽霊が見える人なんてそうそういるはずがないもん。しかも知り合いの中になんて……。

 

「あっ、別にいなかったらいいんだよ。ただちょっと、他にもキョウくんと話せる人がいればいいなぁって思っただけで──」

 

『いや……いるっ』

 

「──っえ?」

 

 だけどそんな私の思惑とは裏腹に、キョウくんには思い当たる人がいた。予想外の結果に驚きつつも、これで彼と繋がれる人間がまだいる可能性がある、という事実に安心してしまう。

 しかし、そんなキョウくんの顔は少し冷や汗をかいているように、バツの悪そうな表情を浮かべていた。如何にも『やっべぇ……』と漏らしそうな表情だ。私には彼が何をそんなに焦っているのか分からなかった。

 

 

 だけど、すぐにこの答えは分かることになる。

 

 

 

 

 

 

「なるほどね。そういうわけですかっ」

 

『!?』

 

「ぅえっ?」

 

 私たちの背後から突如として聞こえる、少し甘めの男性の声。どう考えても私たちに対して声をかけているようにしか感じられず、私もキョウくんも驚いてつい手を離してしまう。

 

 だってその声は、私もキョウくんもよく知る声だったから。

 

 そして私たちは、その声の主に向かって恐る恐る振り返る……。

 

「いやぁ、穂乃果ちゃんにどんなしつこい悪霊が憑いてるのかと思ったらー……まさかぁ、ウチの弟だったとはねぇ〜……」

 

 キョウくんに似て少し可愛げのある顔だけど、彼より少し高めの背丈で、来ているラフな服装や提げている鞄が如何にも大学生らしさを醸し出していた。

 

『ひ、ひかちゃん……』

 

「やっ、響介。元気そう……って言うのはおかしいか。死んでるんだし」

 

 ケロッと軽く毒づく「ひかちゃん」と呼ばれた男性。

 

 そして彼もまた、キョウくんに対して返事を返していた。

 

 彼こそキョウくんが思い出した、霊感を持つ知り合い……いや……。

 

 

 

 キョウくんの兄、神茅(かがや) (ひかる)であった。

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 ──完全に忘れていた。

 

 自分の兄という存在を目の前にして、そう思わずにはいられなかった。俺の兄、神茅光──ひかちゃんは、昔から人には見えないものが見えていたらしく、俺もそれは知っていたはずだった。浮世離れし過ぎていて信じなかった人も多くいたが、やはり身内であるからか、または彼が“この性格”であるが故か、俺はひかちゃんには幽霊が見えるという話を信じていた。

 ……まあ、今しがたまで忘れていたんだけどな。

 

「穂乃果ちゃんも久しぶり。そいつの葬儀以来かな?」

 

「ひ、ひか(にい)っ? ひか兄もキョウくんが見えるのっ!?」

 

「うん。俺も霊感強い方だしね。でも、まさか響介に忘れ去られているとは思わなかったなー」

 

 そう言いながらにんまりと不気味な笑みを浮かべてこちらを見据えてくるひかちゃん。悪意も何も感じられないその笑みが逆に怖い。

 

 別に怖い人ではないのだ、俺の兄は。ただ一つ、人によっては好みが分かれる点があるだけで。そしてその点というのが……。

 

「でもま、何だかんだで元気してるようで何よりだよ。鳥頭」

 

『鳥頭!? 久々の兄弟の挨拶がそれっ!?』

 

 毒舌家なのだ。この兄。

 

 因みに今のはまだマシな部類である。

 

「兄の大事なアイデンティティを忘れるような鳥頭には響介で充分です」

 

『逆! 俺と鳥頭逆っ!』

 

「そんなぁ〜鳥さんに失礼だよ」

 

『鳥未満っ!?』

 

 死んだ弟との涙の再会……というわけにはいかないようで、我が兄はいつも通りのマイペースを維持しながら、俺を弄り倒そうとしていた。

 

 そして悲しきかな、この毒舌家こそが我が神茅家の長男であるのだ。俺より4つ上の大学3年生。大学生なんだからもう少し大人しい言動しろよ──などとは口にできない。言えば最後、ボロクソに口で叩きのめされるからだ。しかもタチの悪いことに、ひかちゃんの言葉には大体芯が通っている。この人、こう見えて根は真面目だからな。だから何を言っても、俺ときららはひかちゃんに勝てない……ある意味最強の兄なのである。

 

「大丈夫? 穂乃果ちゃん。幽霊なのをいい事に鳥頭に好き放題されてない?」

 

『するかぁっ!!』

 

「俺は穂乃果ちゃんに聞いてるの。堕鳥(だちょう)は黙ってて」

 

『堕鳥!?』

 

 段々とエスカレートしていくひかちゃんの暴言。こんな状況でもし穂乃果が余計なことを口走れば最後……俺はボロ雑巾のように無様な姿を晒すことになるだろう。主にひかちゃんの口撃によって。

 

 ──だから穂乃果っ。頼むから変な事は言わないでくれっ。頼むからっ!

 

「えっ、あ、えっと……一応何ともないよ。一度裸見られただけで……」

 

『穂乃果っ!?』

 

「へぇ〜……鳥さんじゃなくてお猿さんだったかぁ〜……」

 

 ……もうヤダッ!

 

 こっち見んなクソ兄っ!

 

 穂乃果も言ったまま俯いてんじゃねーぞ!

 

 唯一話せる希さんはまだ学校……。

 

 誰も助けなんて来ねーよチクショー!

 

 いっそ誰か俺を殺せぇぇぇぇっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、そう言えば死んでるんだった。

 

「あ、もう次の話題いっていい? 俺も忙しいんだけど」

 

 アッハイ……。

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

「……なるほどね。気が付けば穂乃果ちゃんの背後霊になっていた、と」

 

『うん』

 

「しかも穂乃果ちゃんから離れることができない……と。全く、死んでもお前って奴は──」

 

『もういいだろっ! これ以上変な方向に拗らせるな!』

 

「──ちぇっ」

 

 取りあえず場所を神田明神へ移して話し合うことにした俺たち。今は俺と穂乃果が、ひかちゃんに対して今までの経緯を話していた。しかしこの困ったお兄さんは事あるごとに俺に痛い言葉を挟んでくる。16年弟をしていたのだから流石に慣れたが、何故か今日は特にそういう絡みが多く感じられた。

 

「あ、あのっ、ひか兄」

 

「ん、何? 穂乃果ちゃん」

 

 そんな中ひかちゃんに声をかける穂乃果。そして優しく応えるひかちゃん。その優しさをもう少し俺に分けてくれてもいいじゃんか……。お前の毒舌は男女平等じゃなかったのかよ……。

 しかし当の穂乃果は眉を顰めて少し深刻そうな表情を浮かべており、明らかに悩みを抱えたような空気を抱えていた。そしてひかちゃんは、そんな顔した人間に対しては真面目に向き合おうとする。実はそこがひかちゃんの神髄であり、ひかちゃんをよく知る人じゃないと気付けない部分でもある。

 

 そして穂乃果の抱える悩みというのが……。

 

「あの、きららちゃんのこと……なんだけど……」

 

『ああ……』

 

 案の定、きららのことだった。先日俺が目の当たりにしたきららには、かつての明るい面影はどこにもなく、穂乃果にも辛辣に当たる有様であった。彼女は俺が死んだのは穂乃果のせいだと思い込み、故に穂乃果を責め、そして恨んでいる。もちろん俺は穂乃果のことを恨んでなんかいなくて、だからこそこの気持ちをきららに伝えたいのだが、残念ながら俺の声はきららには届かない。俺は、彼女たちの間に介入できないのだ。

 だからこそ、今一番頼りになるひかちゃんに、きららのことを何とかしてもらいたかったのだろう。もう一度自分の話を聞いてほしい。もう一度自分と分かり合ってほしい。そして笑ってほしい、と穂乃果は今でも思っている。きららが逆らえないひかちゃんなら何とかなるのでは、と俺も穂乃果も期待していた。

 

「あ~、それがね……俺もちょっと参ってるんだよねぇ……」

 

「ぇっ……?」

 

『うっそ? ひかちゃんがっ?』

 

 俺と穂乃果の驚愕の声が境内を流れる。それほど衝撃だったのだ。ひかちゃんがきらら相手に手を焼くという事実に。

 

「失礼だなぁ。俺だって人の子だよ。できないことくらいある……とはいえ、アレは流石の俺も一人じゃどうにもならないかな。あんな物騒なきらら、見たことないや」

 

『ぶ、物騒って……』

 

 自分の可愛い妹になんて表現をつけてるんだこの人は。

 

「ごめんね穂乃果ちゃん。もう少し時が経てば少しは薄らいでいくかもしれないから……でも今はもう少し待ってて。多分、今は何を言っても聞かないと思うから」

 

「う、うん……」

 

『ひかちゃん。きらら、そんなに酷いの?』

 

 まさか常日頃からあんな敵を作るような態度で周囲と接してやいないだろうか? 恐る恐るきららの現状を彼に訊ねてしまう。少し緊張してしまう。自分がいない家の状況というだけでも少しドキドキしてしまうのに、それが自分の悩みの種なら猶更だろう。しかしひかちゃんは少し顔を上げて、心配しないでと言わんばかりに声のボリュームを僅かに上げて答えた。

 

「ううん。全然普通だよ。むしろ響介が死んだのに今までと同じすぎて不安になるレベル」

 

「え? じゃあ──」

 

「でも穂乃果ちゃんの話になると途端に顔がおっかなくなるんだよねぇ……」

 

「──っ……」

 

『きらら……』

 

 なるほど。普段は何ともないように、今までの普通の女子中学生のように振る舞っているけど、内心では穂乃果の事を恨みまくっているわけだ。

 

「穂乃果ちゃんの名前を出すとさ、決まって言うんだよ。『名前すら聞きたくない。記憶にも留めたくない』って」

 

「っ……」

 

『ひかちゃん!』

 

「……ごめん。言うべきじゃなかったね」

 

「……ううん。きららちゃんの現状が知れただけでもよかったよ」

 

 ついきららの現状を正直に語ってしまい反省するひかちゃんと、口では尊い事を言いながらも明らかな落胆の表情を見せる穂乃果。そんな二人を見てると、どうもやるせない気持ちに陥ってしまう。二人とも、悩んでる。いいや、二人だけじゃない。穂乃果を恨むことになってしまったきらら自身も、きっと辛い思いをしている。させてしまっている。

 全部、俺が死んだことで代わりに生まれた負の循環。

 

 恨み、恨まれ、しかし何もできない。

 

 三者三様の悩みを抱えた中で、ただ何もできず、穂乃果の背後に憑くだけしかできないこんな自分に嫌気がさす。

 

 ──俺には何もできないのかよ。せめてきららと話しさえできれば……っ。

 

「まあとにかく、俺が何を言ってもきららには通じない、耳を塞いでしまうってことだけは伝えとくよ」

 

「うん。ありがとう、ひか兄」

 

『……』

 

 結局、俺にできることなんて何もない。

 

 俺は穂乃果の背後霊なのだから。

 

 他の人間には一切干渉できないのだから。

 

 そんな負のスパイラルに囚われていた時だった。

 

「あ、響介」

 

『っ、どうしたの?』

 

 ひかちゃんに呼ばれ、ようやく俺は抱えていた苦慮から解放された。そして当のひかちゃんだが、いつにもまして遠慮しがちな物言いで俺に寄ってきて、こんな事を言いだしたのだ。

 

「ちょっとさ……あぁ~、えっと……触らせてよ。響介の手」

 

『え?』

 

「ひか兄?」

 

 確かに先程、俺は穂乃果と触れあえる事を説明した。しかし同時に、穂乃果以外には、例え見えていても触れないことも説明したはずだった。なのに触れたいと言うなんて……。

 

「いいから、さ」

 

『……うん』

 

 だけど、そんな彼の行動が理屈では無いことにすぐに気付いた。触れられるかなんて関係ない。ただそうしたい、同じ血を分け合った兄弟同士、例え無理だとしても触れ合おうとしたい。そんな願望が、ひかちゃんを突き動かしていたのだ。

 

 そしてそれは俺自身も同じ。心の底から、俺はひかちゃんの手を触れたいと思っていた。

 

 そしてゆっくりと近づいていく、俺とひかちゃんの右手。

 

 その手は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スカッ

 

 

 

 

「ぁっ……」

 

 しかし案の定、ひかちゃんの手は俺の手を掴むことなく、空しく空を切るだけであった。

 

『……っ』

 

「あはは……やっぱりダメ、か」

 

 先ほどまでのようにおどけたような笑みを浮かべるものの、その声色は少し乾いて聞こえた。どこか痛々しさすら感じる。

 無理だとは分かっていた。しかしいざその事実を突きつけられてしまうと、途端に嗟嘆に襲われる。心が痛み、泣きたくなる。きっとそれは俺もひかちゃんも同じであっただろう。

 

『ひかちゃん、その──』

 

「ずっと穂乃果ちゃんだけを触ってた手だもんね。野郎なんかに触れたくないよね、うん」

 

『心配して損した!』

 

 全く、少し油断するとこれなんだから……。先程の寂しそうな表情が一転、まるで何事もなかったかのようにケロッと明るく振る舞うひかちゃんに溜息をつかずにはいられない。本心を隠したいのか、それとも本当に切り替えが早いのか、ひかちゃんのそう言うところが未だに少し分からなかったりする。

 

「じゃあ、俺もう行くよ。流石に講義サボるのもマズいしさ」

 

「あっ、そっか。ひか兄これから大学だったんだ。ごめんね引き留めて」

 

「ううん、そんな事無いよ。久々に穂乃果ちゃんとちゃんと話せて楽しかったから」

 

 そう言えば大学に向かっていたところで俺達と遭遇したんだっけ。そんなひかちゃんも時間が押してきたために、残念ながら境内から去ろうと立ちあがった。

 

 ……本当はもう少し話していたかったんだけどな。

 

「響介っ」

 

『ん?』

 

 その時、近くにいるにも関わらず急に俺の名を叫ぶひかちゃん。俺に近寄り、耳元に口を近づけたと思えば、こんなことを呟いたのだ。

 

「……話せて嬉しかった……すごく。また今度……ぁぁ、成仏してなかったらね」

 

『ぇっ、ぁ、ああ……また……』

 

 別に呟くほどのことではない、嬉しい言葉。それを穂乃果に聞こえないように呟いたのは、照れ隠しだろうか? そんな柄にもない兄の姿を目の当たりにして、胸をドキドキさせながらも少し面食らってしまう。

 

「じゃあね、穂乃果ちゃん。コイツのこと頼んだよっ。意外と寂しがり屋だからね」

 

「うんっ! 任せて!」

 

『っ、余計な事をっ』

 

 ついそう返してしまう俺も、また素直じゃないのかもしれない。

 

 そして、俺たちの前から去ってしまったひかちゃん。彼がいなくなった境内では、どこか寂しい風が吹いていた。

 

 ──話せて嬉しかった。

 

 兄から貰った、その言葉をもう一度心の中で反芻させる。それだけでも心が満たされそうだった。温かく、強く、そして眩いその気持ち。人はそれを愛と呼ぶのかもしれない。

 

『ひかちゃん……』

 

 毒を吐くが、俺は兄が嫌いではない。むしろ好きだ。こんなにも弟を想ってくれる兄を、どうして嫌いになれようか。

 ひかちゃんと話すことができて本当によかった。それでこそ現世に戻ってきた甲斐があるというものだ。

 

 しかし……残された問題は深刻だ。

 

『穂乃果』

 

「何? キョウくん」

 

 きららの事を思い、先程の幸福な気持ちから一転、俺の心は再び暗闇へと落とされてしまう。背後霊になり、穂乃果やひかちゃんと話せるようになったというのに、肝心のきららとコンタクトが取れない。穂乃果への誤解を解いてやる事ができない。それが一番歯痒く、悔しかった。

 

 俺は背後霊だ。誰かのために、何もしてやることはできない。

 

 でも……それでも……っ。

 

『俺は……穂乃果の味方だから』

 

「?」

 

 何もできないなんて……そんなの嫌だ!

 

 誰にも見えない、話せない、触れられない……。

 

 だけどそんなもの、何もしないことの言い訳になんてなるはずがないっ!

 

『穂乃果のやる事全部、俺は全力で応援する』

 

「? どういうこと?」

 

『こんな姿になった俺が出来ることなんてそれだけだよ。だからせめて、俺は穂乃果が本気でやりたいことを、一所懸命後押しするからっ』

 

「キョウくん……」

 

 これは俺の覚悟。きららや今の現状を何も変えることが出来ない俺が、唯一できること。それが穂乃果の味方であり続ける事だ。穂乃果が俺を裏切らない限り、俺もまた彼女を裏切らない。

 たとえきららがこの先穂乃果を許すことがなくても、俺は穂乃果の元にあり続ける。彼女が止まらないように、後ろから押し続ける。

 

 穂乃果がやりたいことを、俺は絶対に否定しない。

 

 

 これが俺の決めたこと。

 

 

 俺の……やりたいことだ!

 

 

「キョウくん! だ~い好きっ!」

 

『ぅおぉっとぉっ!?』

 

「えっ!? ぅあぁっ!?」

 

 俺の言葉に感極まった穂乃果が俺に抱き付いてくるが、生憎俺は穂乃果に触る事ができても持ちあげることはできない。俺に跳びかかってきた穂乃果は、そのまま顔から境内の石畳に突っ込んでしまう。

 

「いったぁ~い!」

 

 涙目になりながら起き上がり、額をさする穂乃果。幸いながら出血はないようだ。全く、俺の上に乗れない事くらい知っているのに穂乃果ときたら……。

 

『飛びつくなって……ほら』

 

「ぁぁいたたたっ……ぇっ?」

 

 そっと右手を穂乃果の額に当てて、そのまま頭を撫で始める。そうするや否や、みるみるうちに顔がにやけてくる穂乃果。本当に撫でられるの好きだな。もしかして俺が穂乃果に触れるのって、頭を撫でるためなんじゃ……?

 ま、とにかく穂乃果が笑顔になってくれてよかった。

 

 この笑顔を守るためにも、俺は彼女の味方であり続けたい。

 

 心の底からそう願っている。

 

「ふへへへぇ~」

 

『だらしない顔になってるぞ』

 

「えへっ、いつもの事でしょ?」

 

『それもそうだな』

 

 ──願わくば、この"いつも"がずっと続きますように……。

 

 

 いつか神様に願わなかった俺が、その時の穂乃果と同じ事を願っていたのを、この時の俺は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてこの数日後。

 

 

「は……廃校……っ!?」

 

 

 穂乃果は、自分の真にやりたいことを見つけることとなる。




ここまではある意味序章的な扱い。
そして次回から、穂乃果たちの挑戦が始まります。

ご期待ください。
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