穂乃果の背後霊になっちゃった!?   作:春巻(生)

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物に触れるようになってしまった響介。
今回、それに引き続き起きてしまう現象とは……?

それではどうぞ。


第8話 幽霊が成長したっていいじゃない

「どぉぅしよぉぉぉ~!! キョウくんがっ、キョウくんがぁぁ~!!」

 

「お、落ち着きぃて、なぁ?」

 

 放課後に入り、生徒会を抜けだしていつものように屋上へ穂乃果ちゃんと響介君に会いにきた私が目にしたのは、周りの景色を巻き込んでしまいそうなほど黒い空気を出しながら落ち込んでいる穂乃果ちゃんの姿だった。しかし問いたださないことには何があったのかは分からない。そして穂乃果ちゃんに訊ねようとしたところで私は気付いた。

 

 響介君の姿がどこにもないのだ。

 

 と同時に私の姿を見た穂乃果ちゃんは、目を酷く赤く濡らして、泣きながら抱き付いてきたというわけだ。

 

「と、ともかく一体何があったんか話してくれやんかな?」

 

「っぐ……ぅん……っ」

 

 涙で喉が震えながらも、穂乃果ちゃんは朝からの行動を思い返しながら、響介君がいなくなるまでの出来事を教えてくれた。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「アイドルはなしです!」

 

 鋭い目つきで私を睨みながらピシャリと言いきる海未ちゃん。ああ、なんてことだ……海未ちゃんには私の考える最高のアイデアが分からないなんて……。

 

 え? 最高のアイデアって何かって?

 

 うふふ……それはね……

 

 

 アイドルになることだよ!

 

 

 ……。

 

 

 ……あれ? そんなに意外でもない……? まあいいっか。そもそも何故学校でアイドルをやるかという話から始めた方がいいかな。私は今日の朝、珍しく早起きをして、昨日雪穂が言っていた『UTX学院』なる学校へと足を運んだの。ここ最近急激に生徒数を増やしているらしいこの学校の秘密を探れば、何か音ノ木坂の廃校を食い止めるためのヒントが見つかるんじゃないかって。

 

 そしてUTXまで来て私が得たのは、それはそれは息も詰まる程の衝撃だった。

 

 スクールアイドル。

 

 その名の通り学生たちが主体となって活動するアイドルのこと。もちろんみんな学生だからプロのアイドルというわけじゃない。だけど学生というくくりの中であるからこそ、誰もが何事にも縛られることなく、自由に楽しくアイドル活動を行える……って雑誌に書いてあったんだけどね。

 私がUTX学院で見たのは、『A-RISE』と呼ばれる3人組のアイドルユニットだった。そして大画面に映された彼女たちのパフォーマンスを見て、私は圧巻されてしまった。周りの誰もが画面の中の彼女たちに視線を注いでいる。彼女たちの一つ一つの動きに魅了されている。まさに熱狂の渦の中にいたようだった。そして私も、華麗にそして煌びやかに舞う彼女たちのダンス、心に直接響いてくる女神のような歌声に、心揺り動かされてしまった。今まで感じたことのない衝撃を味わった。

 

 ──同じ高校生なのに、こんなにたくさんの人を熱狂させるなんて……。

 

 これは後で知った話だけど、私が見たA-RISEは、全国のスクールアイドルの中でも圧倒的な人気を誇る、正にスクールアイドルのトップを走る人たちだったんだって。それならそれであの騒ぎも納得かも。そしてだからこそ、UTXは今爆発的に生徒数を増やしているんだ(もちろん設備や立地も理由の一つだと思うけど)。いや、UTXだけじゃない、人気のスクールアイドルのいる高校は、どんどん入学希望者が増えているんだって。

 

 そこで私が思いついたのが、そう……私たちもスクールアイドルを始めようっ! という事だったの。

 

 あのA-RISEのようにスクールアイドルになって人気になって、有名になって、そうすれば音ノ木坂に入りたいって人も増えるんじゃないかなぁって! だから私はことりちゃんと海未ちゃんも誘って、三人でスクールアイドルを始めようとしたの。だって二人ともかわいいもんねっ。ねっ、ねっ。ああ、我ながらなんていい考えなのだろうっ。

 

 ……まあ、海未ちゃんの反応はこの通りだけど……。

 

 ちなみにキョウくんからは『なくはない……かな……』って微妙な反応が返ってきた。もぉっ、穂乃果の味方してくれるんなら少しくらい盛り上がってもいいじゃん……。

 

 これがお昼の間に起こったこと。そして放課後、海未ちゃんからスクールアイドルの提案を跳ね除けられたこともあり、軽く意気消沈としながら、私はいつものように屋上へと向かったの。希先輩にもこのアイデアを聞いてもらって、理解してほしかったというのが一番の理由かも。

 

 でも、屋上へと続く扉を開けようとした時にようやく気付いたの。

 

 私の後ろから、キョウくんがいなくなっていたことに。

 

 急いで屋上へと飛び出て、周りを見渡して近くにいるはずの彼の姿を探し出そうとする。私の声の届く範囲よりも遠くへは行けないはずだから、こうすればきっと見つかるはず……っ。

 

「キョウくん! キョウくん!! 返事してよっ!! ねぇ!!」

 

 だけど、いつもふわふわと私の後ろで気持ちよさそうに浮いている彼の姿が、どこにもなかった。いくら叫んでも、彼の声は帰ってこなかった。

 

「……嘘……」

 

 キョウくんが私の前からいなくなってしまった。その事実に私は血の毛が引いたようにふらつき、その場へとへたり込んでしまう。

 

「キョウくん……っ」

 

 あの日、キョウくんが死んでしまった日の事を思い出して、私は目の前が真っ暗になっていくのを感じた。それからは希先輩が来るまでずっと膝を抱え、顔を伏せて塞ぎ込んでいた。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「……というわけです」

 

「ふむふむ、じゃあさっきまでは一緒にいたんやね?」

 

「はい……」

 

「で、放課後に気が付いたらいなくなってた、と」

 

「ぅぅぅ……」

 

 いつもの様子からはまるで想像もできないほど沈んでる穂乃果ちゃん。私は彼女を底なしに明るくて心の強い子みたいに思ってたけど、一度折れるとこうも弱くなるなんて思わなかった。でも、それも一度目の前で響介くんを喪ってるのだから仕方のない事かもしれない。あの時の悪夢を、今まさにもう一度見ているようなものなのだから。

 それでも、まだ彼が消えてしまったと決めつけるにはまだ早い。穂乃果ちゃんの両肩に優しく手を置き、できるだけ棘を立てないように優しく言い聞かせた。

 

「じゃあもしかするとまだこの学校にいるかもしれんやん。だから、一緒に探しに行こ? な?」

 

「……はい」

 

 嗚咽に震えながらもゆっくりと首を縦に振る穂乃果ちゃん。そうと決まればすぐ行動だ。とは言え、実を言うと私も彼が消えてしまったことに対して気が気ではなかった。でも目の前でここまで落ち込んでいる穂乃果ちゃんを見てしまい、自分もこのままではいけないと必死に言い聞かせていた。

 

「(響介君……きっとどこかにいるよね……)」

 

 不安になる自分の心を抑え付けて、穂乃果ちゃんの背中を押して屋上を後にする私たち。きっと見つかる。響介君は穂乃果ちゃんを残して一人勝手に消えるような人じゃないって信じてる。だから──

 

 ──もし見つけたら、穂乃果ちゃんを悲しませた罰としてお説教や!

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

『う、嘘でしょ……』

 

 どうも、神茅響介です。消えてません。絶賛浮遊中です。

 

 ただいつもと少し……いや大分違うところがあるわけで……それが……。

 

『何がどうなって……?』

 

 俺の周囲に穂乃果がいないのだ。いやそれどころじゃない。いないならいないで探しに行けばいい話なのだが、今の俺の身体は穂乃果に憑いていた時と同じように、"そこ"から動くことが出来なかった。

 

 

 ──なんで……?

 

 

 

 

 

 

『なんで穂乃果以外の子に憑いちゃってんの俺!?』

 

 

 宙に浮く俺の目下にいるのは、一人の女の子。赤髪が顔の横で軽く波を描き、豹のようにつり立った眼が、彼女の周囲に他者を近寄せない空気を漂わせていた。ただ独り音楽室のピアノの席に佇むその子は、俺が先日見かけたあの少女だった。

 

 そもそも何故穂乃果と離れ、この子に憑いてしまったのか。もう一度その経緯を思い出そう。

 

 授業も終わり、放課後になって穂乃果と共に屋上へと向かっていったはずだった。しかしその時、昨日すれ違った赤毛の女の子を再び見かけ、ふとそちらの方へと意識を向けてしまったのだ。昨日も感じたことが、俺はあの子と会ったことがある。いつどこでなのかは思い出せない、もしかすると気のせいという可能性もある。しかし、俺は自分の心の底に引っかかる謎の確信を信じることにした。だから思い出そうと、少し立ち止まってその子の事をじっと観察しようと思ったのだ。

 その場から動かず、その子が通り過ぎて遠ざかっていく様を、じっくりと。

 

 ネクタイの色からして一年生だろう。少しカールのかかった赤い髪の毛に、水晶のように透き通ったつり目……割と特徴的だがいまいちピンと来ない。後は同学年の女子を遥かに凌ぐそのスタイルの良さだろうか。キュッと引き締まった腰から健康的に膨らんだお尻にかけて描く滑らかなカーブは、普段隣にいる少女と比べてみても非常に官能的だった。これが一年生だと言うのだから穂乃果にとっては残酷だろうな……って今はそんなところ見ても仕方ない。

 とは言え、こんなすれ違いざまの一瞬で見極めるなど到底無理な話であった。

 

 ──ダメだ、いくら見ても思い出せない。

 

 やがて昨日と同じように音楽室へと入っていく少女。今日も結局分からずじまいだったわけだ。だから仕方なく俺は穂乃果と共に屋上へと目指そうとした。

 

 しかしそこで気付く。何故俺は止まったままじっくりとあの子の様子を観察できたのか。穂乃果は俺の行動に気付かずに歩き続けているはずなのに、俺はどうして穂乃果に引き寄せられなかったのか。

 そして穂乃果へと振り向いた時、その答えを知った。

 

 ──穂乃果?

 

 穂乃果の姿がどこにもなかったのだ。先に見えるのは誰もいない廊下と、屋上へと続く階段。俺がいると信じて疑わなかった彼女の姿は見当たらなかった。

 

 ──どこに──ぅおぁあ!?

 

 階段へと向かって飛んでいこうとした直後、俺の身体は強い力によって後ろへと引き寄せられた。それは穂乃果が動いた時に強制的に距離を保とうとする力だはたらくアレと同じ感覚だった。

 まさか後ろにいるのか? そんな淡い期待と共に廊下を振り返ろうとした時、今度は壁の中へと引きずり込まれた。壁の向こう側にあったのは音楽室。そしてその部屋の前でただ一人いたのが、あの赤毛の少女だった。

 

 つまり俺はこの子に憑いてしまったというわけである。

 

『まあ憑いちゃったものは仕方ないし、何とかなるでしょ』

 

 だがここは持ち前のポジティブ思考で乗り切らせてもらおう。いつか穂乃果のところに戻れるだろうし、それなら今はこの少女が引くであろう演奏でも楽しみますか。それで少女の事を思い出せれば万々歳だし。

 

「……はぁ」

 

 グランドピアノの屋根と鍵盤蓋を開けた少女は、鍵盤上を彩るモノクロを眺めたまま静かにため息をつく。これから弾くのかと思い、鍵盤にその白く細い指を置くのをいつかいつかと待っていたが、中々手をつける気配がない。

 

『(そう言えば昨日も一人で来てたっけ……)』

 

 入学式が終わってから数日、新入生たちも高校生活に慣れ初めてそろそろ新しい友達もでき始めている頃だ。しかし中には友達ができていない子だって少なくない。恐らく彼女はその一人だろう。しかしだからと言って毎日ここに来てれば、そりゃあ出来る友達だって出来ないだろうに……。このままずっとここで一人ピアノを弾いていたって、そんなお前に興味本位で声掛けてくる奴なんてそういるわけでもないだろ……。

 

『話し相手くらい、ほしいと思うんだけどな……』

 

 と、そこで俺は自分の手を見た。昨日、何故か物に触れることが出来るようになった己の手を。

 

 昨夜の出来事は穂乃果には話していない。何故なら今後も確実に触れられるとは限らないし、何より穂乃果のパシリにされかねないからだ。だって絶対楽しようとするもん、「アレ取って~」って。だから本当に必要にならない限り俺はこの事を穂乃果に話さないつもりだ。

 

 しかしもし、今もこの手で何かを触れることが出来るなら。

 

 彼女とコンタクトをとることが出来るなら。

 

「……」

 

 俺は今一度彼女の顔を覗き込んだ。俺の瞳に映ったのは、相変わらず気だるげで、そして寂しそうな顔付きだった。平和だけど退屈で、不便じゃ無いけど全然幸せそうじゃない、そんなつまらない顔。誰をも求めてないと謳いながら、心の奥底の求めたいという願いが聞こえてきそうな不器用な顔。

 

 いつも俺の傍にいる彼女(穂乃果)なら、絶対に変えようとする顔だ。

 

『……よし』

 

 そして俺は、意を決して自身の指先に意識を集中させ、そして鍵盤へと突きたてた──。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「っ? えっ、な、何……?」

 

 突如としてピアノから鳴り響く心地よい高い音に驚き、私は一瞬背筋が凍ってしまった。私は一切鍵盤に触っていないにも関わらず、勝手にピアノは歌い出した。こんなにもはっきりと聞きとれる音を気のせいにしておけるほど私は鈍くない。

 

「っ……もしかして……おばけっ?」

 

 そうしているうちにまたしても鳴き出すピアノ。本当におばけの仕業なのかと怖くなってしまい、鍵盤から離れようとしてしまう。

 

「(でも、こんな真昼間からおばけなんて……)」

 

 夜ならともかく、こんなに明るい時間におばけって出るものなのかしら?

 

「ねぇ……そこに誰かいる……の……?」

 

 そこで私は恐る恐る虚空に向けて声を投げ駆けた。我ながら馬鹿らしいことをしてると思いながらも、心のどこかで返事を待ちわびている自分も確かに存在していた。だって、もしコミュニケーションが取れるなら、そんな素晴らしいことはないから……。そして──

 

 ──ぽろんぽろん

 

「っ、やっぱりそこにいるのね? 私の言葉、分かるのね?」

 

 さっきよりも幾分か軽快に流れる響き。調律なんていう立派なものじゃなかったけど、確かにその存在は鍵盤を触れて、音を奏でていた。顔を上げて薄らと期待を浮かべてその子(・・・)に問いかけると、またしても返事をするかのように、ぽろろんと奏でてくれた。

 

「(おばけじゃない……多分、妖精か何か……なのかも)」

 

 そう、この子はきっと妖精か何かよ。だってもし本当におばけならもっと悪さとかするはずだし、こんな真昼間から出るわけないもの。しかも……私の言葉が分かる。

 

 そんな非現実が訪れていた私の心を叩いていたのは、独房から抜け出したような解放感と、そして知らない場所へと足を踏み込むような高揚感だった。

 

 振り返ってみれば退屈な日々だった。ただ親の病院を継ぐことだけを目的に勉強し、とりあえずは地元の音ノ木坂学院に入学した私。別に設備の整っているUTX学院に行ってもよかったのだけど、こっちの方が家からも近いし、それに私ならどの高校にいても旧帝大に合格する自信があったから、通う高校なんてどうでもよかったの。だけどやっぱり高校に上がっても、過ぎたる時間は中学までと何も変わりない、騒がしい連中を横目で眺める日々だった。

 何が楽しいのか、皆寄り添ってキャピキャピ騒いだり、帰りに寄り道したり、必要以上におめかししたり……ホント意味わかんない……。べ、別に羨ましいとかそんなんじゃないんだからっ。だけど徒然を紛らわせるために一人ピアノに向かい合う自分を、全く惨めに思わないわけでもなかった。もしかすると心の奥底では既に感じていたのかもしれない。

 

 ──この退屈から抜け出したい、って。

 

「……ねぇ、妖精さん?」

 

 私が呼びかけると、さっきよりも低いズンとした音色が部屋に響く。あまり気分のいい音じゃないわね……妖精じゃないのかしら? でもその正体が分からないうちは『見えない妖精さん』ということにしておきましょ。

 

「あなた、ピアノって弾ける?」

 

 もしかして音楽室に住まう妖精なのかも? そう思って尋ねたのはいいけど、返ってきたのは『ポ……ポポン……』と微妙な返事だった。如何にも『弾けません』と言わんばかりの、後を引くようなモヤモヤする音には流石の私も苦笑いしてしまう。なんだ、別に楽器を弾けるわけじゃないのね。そう思っていたところで、また鍵盤に変化が現れた。

 

「?」

 

 ぽん、ぽぽん──と、たどたどしく鍵盤が下がったと思えば、ピアノはギリギリ旋律と呼べる音色を奏で始めた。音が飛び飛びで分かり辛いけど、確かにそれは聞いたことがある楽曲だった。これは……。

 

「っ、ふふっ……何よ、『ねこふんじゃった』じゃない……ふふふっ」

 

 それは単純な楽譜から生み出される軽快でコミカルなリズムが特徴的な楽曲で、その難易度からピアノ初心者が最初に習う楽曲の一つだったりする。だけどその子の弾くそれは、歩いては立ち止まり、時折早足になったと思えば滑って転んだりで、やはりお世辞にも旋律とは呼べないものだった。だけどそんな慣れない可愛らしい『ねこふんじゃった』に、私は思わず破顔してしまう。

 

 ──ジャーン!

 

「ご、ごめん。ちょっと笑いすぎたわね」

 

 ──ぽんぽん

 

 怒らせてしまったのか、少し強めの低い音が落ちていく。そうよね、弾けないながらも頼まれて頑張ってくれたのに、笑ってしまうなんていくらなんでも失礼すぎたわね。

 

「だから悪かったって……次は私が弾くから」

 

 代わりと言ったらなんだけど、ちゃんとしたお手本を見せてあげようじゃない。

 

「ちゃんと聴いてなさいよ」

 

 そして私は鍵盤に指を突き立て、音を生み出した。それはさっきと同じ「ねこふんじゃった」。だけど今回響き渡る旋律は、決して立ち止まったり転んだりしない、スムーズなものだった。

 

 調律のとれた美しい奏が音楽室を踊るように駆け巡る。

 

 猫が踏まれて跳ねるように、音色もぽんと跳ねる。

 

 猫の機嫌が悪くなるように、旋律が転調する。

 

 そこにある色彩を表現するように、メロディが空間を包み込む。

 

「ふふ……」

 

 これが音楽。私が大好きなもの。

 

 私が誰よりも人に自慢できる、私の一番の特技。

 

 そして自分の心を曝け出せる、唯一の方法だった。

 

「──……どうだったかしら?」

 

 演奏を終え、妖精さんに感想を促す。すると高い音が何度もぴんぴんぴんって、拍手のように響いてきた。よかった、喜んでもらえたようね。

 この目に見えない友達に喜んでもらえた事に、私は久しく感じていなかった気持ちを味わっていた。これは……嬉しさ……なのかしら? それとも達成感? 何にせよ、悪い気持ちじゃないことは確かだった。

 

 でも、たかが「ねこふんじゃった」ぐらいで私の実力をはからないでほしいわね……。

 

「ねぇ、もっといい曲。聴きたいと思わない?」

 

 なんて言うけど、実は私が弾きたいだけ。せっかく出会えた友達に、私のもっとすごいところを見せつけたくなった、それだけよ。そしてピアノからはさっきと同じように軽快に音が跳ねる。案の定、妖精さんからの返事はOKようね。

 

「じゃあ、いくわよ」

 

 得意顔で再び鍵盤と向かい合う私。目を瞑り、静かに呼吸をして、そして──

 

 

 

 

 

 

 ~愛してるばんざーい!~

 

 

 奏でると同時に私は歌い出した。

 

 さっきのような軽快なリズムじゃない、ゆっくりとしたバラード調の楽曲。

 

 心安らぐ優しいメロディが空間を支配……いや、調和させる。

 

 全てを包み込む優しい奏は、私の心に、そしてこの子の胸にもきっと届いているはずだ。

 

 何故なら今私が弾いてるのは、昔から弾き奏で続けてきた、私の大好きな曲だったから。

 

 楽しい時も、辛い時も、虚無を感じた時でも、いつでもこの歌が私の心にあった。

 

 コンクールに優勝した時も、負けた時も、嫌になって何も出来なくなった時も、いつもこの歌に救われてきた。

 

 希望をくれる、まさにそんな歌だったから。

 

 今だってそう。

 

 高校が始まってからも、晴れることのない虚しさや寂しさに覆われていた毎日の中、私は一人この曲を歌い奏でていた。

 

 でも、もしかするとそんな私のメロディが、妖精さんにも届いたのかもしれない。

 

 そして微かな期待が生まれた。

 

 ここからようやく私のストーリーが始まるんじゃないか、誰にも縛られない私のための物語が……そんな期待を抱かずにはいられなかった。

 

 これからの毎日、これからの生活それはきっと今まさに──

 

 ──始まったばかり

 

 だからこんなワクワクを感じさせてくれた妖精さんには感謝しなくちゃ。

 

 明日も会えるのかな? また私の演奏、聴いてくれるかな? だから──

 

 ──明日もよろしくね

 

 歌詞に載せて今の気持ちを謳った。

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 ──ちゃんと届いたかしら、私の音楽。

 

 と、妖精さんの反応を待っていた時、パチパチパチと小さな音が廊下から聞こえてきた。何事かと思って扉の方へと目をやると……。

 

「ゔぇ゙えっ!?」

 

 満面の笑みで拍手を繰り返している女子生徒がじっとこちらを見つめていた。しかも私の視線に気付くや否や、颯爽と扉を開けてきらきらと目を輝かせながら近づいてきた。そのあまりの勢いに怖気づき、一瞬彼女に対して警戒心を持ってしまう。

 

「すごいすごいすごい! 感動しちゃったよ!」

 

「っ、べ、別に……」

 

 いきなりかけられる称賛の言葉にどう返していいのか分からず、適当に流してしまう。せっかく妖精さんもいるのに勝手に入ったりなんかして……なんて、ちょっとムッとしてたのかもね。だけど──

 

「あ、ごめんね急に。でもおかげで元気出ちゃった!」

 

「え?」

 

 次に彼女が言ったその言葉に気を惹かれ、意識を妖精さんよりも彼女の方に集中させてしまう。

 

「さっきまで色々あって落ち込んでいたんだけど……でもっ、あなたの演奏聴いてたら自然と元気が出てきたの!」

 

「……」

 

「だからっ、本当にありがとうね!」

 

 いきなり出てきて褒められて、感動して元気を貰ったなんて言われても私の知った事じゃない。彼女に何があったのか、何で落ち込んでいたかなんて分からないし、どちらにせよ私には無関係のはずだった。でも、どうしてかしら。彼女に褒められたこと、感動したと言われた事に、とてもいい気分になっている自分がいた。心臓が熱く高鳴っている自分に気付いてしまった。

 

「ねぇ! また聴きにきてもいいかな?」

 

 なんて思えば、明日も来ていいかだなんて……本当に物好きな人間もいたものね。でも、やっぱり悪い気分じゃないわ。

 

「好きにすれば」

 

「ありがとう! じゃあまた明日っ。本当にありがとう!」

 

「はぁ……(騒がしい人……)」

 

 明日また来る約束だけ取り付けて颯爽と去っていく彼女。ホント、嵐のような人ね。ネクタイの色からして一つ上の先輩なんだろうけど、自分よりも幾分か幼く感じられた。正に天真爛漫と言う言葉が似合いそうな先輩で、そうそう落ち込むような人間には思えなかったけど……一体何に落ち込んでいたのかしら?

 ってそんなことは今はどうでもいいわ。それよりも──

 

「ごめん。それで、どうだった?」

 

 せっかく演奏を聴かせたのだから、まずは妖精さんの反応を知りたかった。いきなりの先輩の乱入で聞きそびれてしまったけど、今は私とこの子の二人きり。だから億劫なく感想を求めたんだけど……。

 

「?」

 

 返ってきたのは沈黙だった。音のない返事が残酷に木霊する。

 

「ねぇちょっと……何か返事しなさいよ……」

 

 その言葉にさえ、何の返事もない。私の中の淡い期待は、この部屋のように音もなく崩れていく。

 

「何よ……いなくなるならそう言いなさいよ」

 

 求めていたあの優しい音色は、どこからも響いてこなかった。

 

「何よ……」

 

 

 

 

 

 

「なんでいなくなっちゃうのよ……」

 

 寂しさが、風と共に私の胸の隙間を歌うように吹き抜けていった。




なんと真姫に憑いてしまった響介。一体何の因果なのか? タイトル詐欺なんて言わないで。
そして真姫の前からいなくなった響介は……?

次回もご期待ください。
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