そこで待ち受けていたのは、再来せし狂機の駆り手達。
その再会は、出会いは、彼女達に何をもたらすのだろうか。
淡い光があちこちから漏れている。
静かに、雪のようにその光は漂い、降り積もっていく。
幻想的な光景、戦いに疲れた心さえ、和ませてくれるような。
――どれくらい眠っていたのか…?
眠さを堪えて顔を上げる。
美しい光が織り成す光景が、一面に広がっていた。
――いつからここにいるのか?
辺りを見渡せば、そこにはここまで共に戦ってきた仲間が居る。
そのことに、私はとても安堵した。
――そして………私は誰なのか…?
そうだ、私は―――だ。
長い戦いの果てに、私はここまで来たのだ。
――ひどく眠いが、そろそろ帰ろうじゃないか。
我々の故郷、地球へ…。
「っ!?」
あてがわれた部屋のなか、眠っていたまどかは飛び起きた。
「……また、変な夢。何だったんだろう」
目が覚めると、夢の内容は急速にぼやけて消えていく。
目が冴えてしまって、まどかはカーテンを開けた。差し込んでくる朝の光。まだ早朝と言えるような時間帯で、少し外は暗い。
「目が冴えちゃったし、朝ごはんでも作ってようかな」
今日は休日。それでなくともまだゆっくり寝ていてもいいような時間だけれど。どうやら皆まだ寝ているのだろうか、物音一つ無い家の中。朝の空気はまだひんやりと冷たくて。パジャマ姿のまま上着を一枚羽織って、まどかは部屋を出た。
この共同生活ももう3日目。昨日はみんなで街をあちこち回って。そして午後からは、さやかは自分の家へ向かった。そしてまだ、そのまま帰ってきていない。
きっといろいろと揉めているのだろう。心配はいらないと連絡はきていたから、きっと大丈夫なはずだと信じたかった。
はやく帰ってこないかな、だとか。やっぱり大変なのかな、だとか。今日は何をするんだろう、だとか色々考えながら、まどかは一階へと降りていった。一階はみんなの共有空間、二階はそれぞれの部屋となっていた。
「やっぱり、朝は寒いな。もう暖房が必要な時期だね」
部屋の暖房を入れて、冷蔵庫の中を覗き込む。食材は色々買い込んできたから、まだしばらくは余裕がありそうだ。あまり悠長にしていると二人が起きてくるかもしれないから、手早く作ってしまおう、と。
誰が言い出したわけでも、決めたわけでもないのだが。いつしかまどかが家事全般を担当し始めていた。もしかしたら、自分だけ何も出来ないことへの引け目があったのかもしれない。
さやかやほむらは何かとそれを気にかけているようだが、杏子なんかは割と快適そうだった。
「できあがり、っと。うん、いい感じ」
ハムエッグにサラダを添えて。後は皆が起きてきたら、ご飯かトーストを選んでもらえばいいだろう。割と上手くできたかな、なんて考えていると、誰かが降りてくる気配がした。
「ん……ぁふ。よー、相変わらず早いな。まどか」
欠伸をかみ殺しながら階段を下りてきたのは、杏子だった。
「あ、おはよう杏子ちゃん。ご飯できてるよ」
「おー、食う食う。でも、その前に顔洗ってくるわ」
二人で向かい合っての朝食、ほむらはまだ起きていない。二人揃ってトーストを齧りながら、何となく静かな朝食の時間が流れていく。
なんだかんだで、二人きりでこうして向き合ったことは無い。いつも間にさやかやほむらが入っていたのだから。だから何となく話すきっかけを見つけられなくて、まどかは静かに食事を続けていた。
「……なあ、まどか?」
「えっ?どうしたの、杏子ちゃん?」
だから、こうして急に話しかけられてしまうと、少し慌ててしまうのだった。
「あんた、今日は暇か?」
「あ……うん、特に用事は無いけど、どうしたの?」
「ふーん、そっか。じゃあさ、まどか。今日はあたしに付き合いな」
「いいけど、どうかしたのかな?」
「ちょっとあんたと話がしたくてね。いいだろ、今までちゃんと話してなかったしさ」
そんな言葉に、杏子もやっぱり同じように感じていたのかと、そしてそれでも歩み寄ろうとしてくれているのだと感じて、まどかは嬉しくなって微笑んだ。
「そうだね、じゃあ今日は一緒にお出かけしようね、杏子ちゃんっ!」
「おう、今日はしっかり付き合ってもらうぜ?」
「それじゃあ私がまるでのけ者みたいね」
いつの間にか目を覚ましていたのだろうか、ほむらが降りてきてそう言った。椅子に背を預けたまま、杏子が背を反らすようにほむらの方を向いて。
「よー、ほむら。別に来たけりゃ来てもいいんだぜ?どーする」
「あ、おはようほむらちゃん。ほむらちゃんも一緒に行こうよ、ね?」
肩にかかった髪を払いながら、食事の用意された席へつく。そして小さく笑って。
「ええ、それじゃあ私も一緒に行かせてもらうわ。よろしく」
「ん、そうと決まればさっさと食っちまおうぜ」
言うやいなや、杏子はトーストを一気に頬張って。そのまま牛乳と一緒に飲み込んでしまった。あまりお行儀はよくない気もするが。それほど急いでいたのだろうか。
「ほむらちゃんはトーストとご飯、どっちがいいかな?すぐに用意できるよ」
まどかが問いかけると、ほむらは少しだけ考えてから。
「ご飯にするわ。それと、卵とお醤油をちょうだい」
真顔でそう言い放つのだった。
「さーって、んじゃ行くか」
空は晴れて澄み渡っていた。途切れ途切れの雲が漂う、どこまでも青い空。悲しみや絶望の色にも、燃える炎の赤にも染まっていない色。
それはつまり、戦って勝ち得たひと時の平穏。その証明たるもので。それを存分に噛み締めるように、大きく息を吸い込んで。少女たちは歩き始めたのだった。
「はぁ~、まさか泊り掛けになっちゃうなんてなぁ。まあ、それでも何とか納得してもらえたから、いいかな」
そんな澄み渡った空の下、さやかが一人で歩いていた。
昨日のこと、家に帰ってまず出迎えてくれたのは、ちょっときついくらいの抱擁と、溢れんばかりの涙だった。さやかの家族は、全てではないがある程度の真実は知っている。曰く、彼女は自ら望んでバイドとの戦いに身を投じたのだ、と。その程度ではあるが。
だからこそ、無事に戻ったさやかを見て、両親は酷く安堵した。そしていよいよ、このままずっとここにいてほしいとまで言い出した。正直心は惹かれたけれど、さやかの意識はもう既に宙を、その先に見据える敵に向いていた。
だから何度も何度も、根気強く説き伏せた。その結果、丸々一晩使い切ってしまったというわけである。
それでもどうにかさやかの両親も納得したようで、涙は未だに消えないけれど、それでも最後は笑顔で、彼女を送り出してくれたのだった。一つ大きな仕事を成し遂げたような達成感。
自然と、足取りも軽くなっていた、そんな矢先にである。
「あら……あの方は。っ!さやかさん、さやかさーんっ!」
呼びかけられた、聞き覚えのある声。振り向くとそこには、最早懐かしさすら感じる友人の姿があった。
「仁美……うっわー、久しぶりー、仁美ーっ!!」
道の向こうから、呼びかけながら駆けてくるのは仁美の姿。それに応えて手を振って、さやかもそちらに駆け寄った。
「ほんと、久しぶりだねー、仁美っ。元気してた?」
「さやかさんこそ、お久しぶりです。私は相変わらずですわ」
道の真ん中で手を取り合って、ただただ再会を喜び合うのであった。
「見滝原に帰ってきていたのですね、さやかさん」
小洒落た喫茶店。紅茶とケーキを並べて向かいあう二人。折角だから、と少し話し込んでいくことにしたようだ。
「そうなんだ、しばらくゆっくりできそうでさ。多分あと半月くらいはこっちに居ると思う」
「まあ、そうでしたの。……ふふ、もしかしたらと思っていましたが、やっぱり戻ってきたのですね」
と、なにやらしたり顔で微笑む仁美。意図が読めずに首をかしげるさやか。
「何かあったっけ、この時期?」
「またまた、そんな風に隠さなくてもよろしいんですのよ。会いに来たのでしょう?上条くんに」
「ぶっ!?な、なんで恭介がそこで出てくるのさっ!?第一恭介は……今外国でしょ?」
上条恭介。さやかの幼馴染で、今は天才少年バイオリニストとして世界中を駆け回っている。まさに時の人である。けれどとある事件があってから、さやかと恭介の間は疎遠になっていた。
それは、さやかが中学二年生になった直後に起こったことだった。一言で言えば交通事故。一命は取り留めたが、既にバイオリニストとして知られていた彼の腕は最早使い物にならないほどに、酷い損傷を受けていた。
勿論この時代である、生体義肢の技術で腕は問題なく動くようにはなった。生体義肢は日常生活を送る程度の動作であれば、問題なく保障はできた。しかし、天才バイオリニストの指、その繊細な動きを全て元通りに治すことは出来なかったのだ。
その事実は、彼を酷く打ちのめした。それでも負けずに訓練を続ける日々。そんな彼を放って置けなくて、一時期さやかは足繁く彼の元へと通い、励ます日々を送っていたのだった。
けれどもそれは、他ならぬ彼の言葉によって断ち切られることとなる。一向に戻らない自分の腕が、指が腹立たしくて。その怒りの矛先がただ向いてしまっただけであった。そのはずなのに、その日彼が放った言葉は、さやかの胸を深く抉った。
そしてそれ以来、さやかは恭介に会うことが出来ずにいたのだ。
ただしばらくしてから、奇跡的な復活を遂げた天才少年、という触れ込みでニュースに取り上げられていた彼の姿を見たきりで、それもここしばらくは、魔法少女のことにかかりきりで忘れていた。
「まあ、本当にご存じないんですの?……あれを見てくださいな」
仁美が指差したのは、喫茶店の壁に張ってあったポスター。そこに書かれていた内容は。
――見滝原が生んだ天才少年、上条恭介。堂々の凱旋公演――
そんな見出しが、バイオリンを携えた恭介の画とともに並べられていた。
「恭介……見滝原に来るんだ」
「来週の日曜日ですわ。てっきり私はこのために、さやかさんが帰ってきたのだと思っていたのですけど」
さも意外、といった風な表情の仁美。さやかの気持ちは複雑だった。会いたいとは思う。でも、どんな顔をして会えばいいのかわからない。
そもそも、それ以前の問題もまだあるのだ。
「見に行きたいとは思うけどさ、多分もうチケット取れないでしょ。……それに、やっぱり今更どんな顔して会えばいいのかわからないよ」
「けれど、今会えなかったらもう、なかなか上条くんに会う機会はなくなってしまうのではありませんか?さやかさんは、遠いところに引っ越されてしまったのでしょう?」
「……そりゃあ、そうだけどさぁ。無理なものは無理じゃん。いつまでも気にしてたってしょうがないよ、だからこの休みの間は、みんなと一杯遊んで過ごせればいいんだよ」
不意に、仁美の表情が変わった。真っ直ぐにさやかの顔を見つめて、声のトーンもやや落として。
「それが、本当のさやかさんの気持ちですの?私はずっと、さやかさんが上条くんの心配をしているところを見ていましたわ。その気持ちを、そう簡単に諦めてしまっていいんですの?喧嘩別れのままで、本当に?」
「ひ、仁美?でもそんなこと言われたって、あたしはもう……」
「まだ、間に合いますわ」
毅然とした表情で、仁美は一つの封筒を取り出した。その中から取り出したのは、一枚のチケット。
「これって、もしかして……」
「ええ、家の伝手で一枚だけ分けてもらいましたの。上条くんの公演のチケットです。そしてこれは、公演の後の懇談会の入場パスにもなっていますわ。これがあれば、上条くんとお話をする機会もできるはずですの」
もう一度会える、話ができる。その事実にさやかの心が揺らぐ。会いたい、会えるわけがない。会って何を話せばいい。そもそももう、自分の体は普通の人間じゃない。ぐるぐると巡る思いで、差し出されたチケットを眺めていた。
「でもこれは、仁美がもらったもの。だったら、仁美が行くのが筋ってもんでしょ。第一あたしは……」
それでもやはり、諦めが心を支配する。少しだけ寂しげな表情で、チケットをつき返そうとして。その手を仁美が掴んで止めた。真っ直ぐに見つめる視線はそのままで。
「それが本当の貴女の気持ちですの?さやかさん。もう会えないかもしれないのでしょう?さやかさんだって、どこか遠くへ行ってしまう。会えなくなるのは、とても寂しいのですのよ」
「仁美……」
言葉を告げる仁美の目には、じんわりと涙も滲んでいて。そんな姿に胸を打たれて、さやかは何もいえなくなってしまった。
「何も言えないまま、もう会えなくなってしまうのなんて辛すぎますわ。お別れをしてしまうにしても、きちんと自分の思いと向き合って、しっかりと伝えるべきですわ。さやかさん。どうかもう一度、しっかりと自分の気持ちと向かいってください」
チケットの入った封筒はそのままに、代金を置いて仁美は席を立つ。
「考えて考えて、それでも会えないと思うのでしたら返してくだされば結構です。まだ時間はあるのですから、それまでよく考えて結論を出してくださいな、さやかさん」
「ちょっと、待ってよ仁美!何で、何でこんなことするのさっ!……恭介のこと好きなのは、仁美も同じだったじゃない!」
そう、二人は共に同じ人に恋心を抱いてしまっていた。お互いに打ち明けあって、それでも友達でいようと約束しあって。結局はその恋心が何らかの形となる前に、恭介は異国へと旅立って行ってしまったのだが。
少しだけ振り向いて、仁美は。
「友人からの、せめてものお節介ですわ。……きっと、上条くんもさやかさんに辛く当たってしまったこと、後悔していると思いますもの。それではまた、さやかさん」
最後に一つ、深くお辞儀をして。仁美は店を出て行った。後に残されたのは、悩める少女が唯一人。
「どうすればいいのよ……こんなの」
頭を抱えて、しばらく一人思い悩んでいるのであった。
「さぁーて、到着だ」
他愛ないお喋りをしながら冬の道を行く。街中、人通りも多いアーケード街を抜けてまだ歩く。そうしてようやく辿りついた、その場所は。
「ここって……」
「ゲームセンター、よね」
今も昔も、子供や暇な大人たちの遊び場として知られる場所である。休日ということもあり、なかなかの賑わいを見せている。
「もしかして、みんなで遊ぼうってことなのかな?」
「ま、それもあるけどな。……こっち来いよ」
「わわ、あんまり引っ張らないでよ、てへへ」
手を引かれて、まどかが杏子と店の中へと消えていく。そんな様子に目を寄せて、ほむらは軽く目を伏せてから。
「一体何をするつもりなのかしら。……見せてもらうわ」
長い髪を軽く払って、その後を追うのだった。
「杏子ちゃんは、よくこういうところに来るのかな。私、あんまり来ないからよくわからないんだ」
「陸のこういう場所にはあんまり来なかったけどな、宙じゃあ結構な」
華々しいイルミネーションに照らされているゲームや、光学チェーンでコンテナを絡め取るクレーンゲーム。全世界で1000人以上が同時に参加可能な、主人公の弱さに定評のある洞窟探索ゲーム、そんな筐体の間をすり抜けて。
やってきたのは、ラウンドキャノピーがいくつも並んでいる場所だった。
「これは……R戦闘機のコクピットよね。なんでこんなところに」
二人の後ろを歩いていたほむらが、少し驚いたように声を上げる。
「なんだほむら、あんたも知らなかったのか?こいつはR-Type dimensions。R戦闘機での戦闘を体感できるゲーム、ってわけだ。多人数プレイもできるんだぜ」
「そんなものがいつの間に……でも、何故そんなところに連れてきたの?」
ほむらの視線はまどかに向いて、それから杏子へと移る。その目は何故、と。何故まどかを連れてきたのかと問いかけていた。そんな視線に応えるように、まどかへ視線を向けて杏子は。
「一緒に戦いたいんだろ。さやかから聞いたよ。単に話を聞くだけじゃわかんねぇこともあるさ。だからさ……練習、しようぜ?」
片目を軽く伏せて、まどかに向けて手を差し伸べた。まどかも目を輝かせてその手を取るのだった。
「杏子っ!あなたは……っ!」
「わかってる。でも、もし本気で戦いたいってならあたしは止める気は無い。そのためにも、まずは一回体験してもらわなけりゃならない。どれだけ大変かってことをさ」
「それは確かに、間違ってはいないかもしれないけれど……でも、さやかは鹿目さんに戦って欲しくないって言ってたじゃない。なのになんでこんなこと……っ!」
思わず口をついて言葉が出てきた。そしてすぐに、自分の過ちに気付いてしまう。まどかがすぐ側で聞いている。
「さやかちゃん……ほむらちゃんや杏子ちゃんにまでそんなこと、言ってたんだね。……どうして、どうしてそんなこと言うのかな。私はただ、みんなと一緒に居たいだけなのに」
服の裾をぎゅっと握って立ち尽くすまどか。気分はどんよりと沈んでしまって、今にも涙すら零れてしまいそう。
ほむらはしまったというような表情で、なんとか声をかけようとするけれど、かける言葉が見つからない。
「だからだよ。そんなんだから、さやかはあんたを連れて行くことはできないんだ。
「どういう……こと?」
「……誰かのためにしか戦えない、そんな奴は生き残れないんだよ。いつか必ず死んじまう。それも、誰かを道連れにしてな」
自重めいた笑みと共に投げかけた言葉は、かつての杏子自身に投げかけられた言葉。ロス提督が、杏子に残した言葉だった。その言葉に対する答えは、未だに自分の中では固まっていない。
同じ悩みを抱えたまどかを放っておけなかった。それにもしかしたら、何かの答えを見せてくれるかもしれない。そんな気持ちは確かにあった。未だに杏子自身、その言葉への答えを出せていないのだ。
ただ今は仲間と共に、仲間の為に戦うだけで。
「そんな……じゃあ、どうしたらいいのかな、私」
「さあね、そう簡単に答えが見つかるようなことじゃねーよ。これは。でも戦いたいってなら、まずそれがどういうことなのかを知っておく必要はあるだろ?だから練習だ」
「……うん、私、やってみるよ!」
「よっしゃ、じゃあやろうぜ。ほむら、あんたも一緒にやろうよ?腕を見せてくれよ、英雄さん?」
「ばっ……馬鹿っ!まどかがいるのよ!?」
からかうような言葉に、ほむらの表情が一変した。実際杏子もまだ半信半疑なのだ、ほむらの話は。だからこそ確かめたい。もし本物なら、見てみたくもあった。第3次バイドミッションを戦い抜いた、英雄の腕前というものを。
「英雄?」
「はは、気にすんなよ。ほら、最初はあたしが手伝ってやるから」
訝しがるまどかをキャノピーの中へと押し込んで、杏子もそれに続いた。キャノピー内部はタンデムとなっていた。これは本来のR戦闘機も同じである。
流石に最近の機体はインターフェーズの進化やパイロットスペースの圧縮もあり、その限りではないのだが。初期の機体や、それ以前の作業艇として使われていたR機は皆、タンデム式だったのだ。
この筐体もそれが流用されており、二人乗りで行うモードも実装されていた。
「……しかたないわね、そこまで言うのならば」
小さく吐息を漏らして、まさかこんなところでまでR戦闘機に乗ることになるとは、と。ほんのわずかにうんざりしながら、ほむらもまたキャノピーの中に身を滑らした。
「さて、それじゃまずは登録からだな。あたしはもう登録してあるから、あんたも登録しときな」
「杏子ちゃん……なんか、すごい慣れてるね」
「……まあ、輸送艦ってのは割と暇だからね。こっそり筐体を持ち込んでる奴がいたのさ」
なんて言葉を交わしながら、まどかは目の前のコンソールに情報を打ち込んでいく。パイロットネーム。何にしようかと迷う。
「杏子ちゃんはなんて名前にしたのかな?」
「ん?あたしか、あたしはこれ」
まどかのコンソールの端を示す。
そこには“パートナー:ROSSO PHANTASMA”と示されていた。
「ろっそ……ふぁんたずま?なんだか格好よさそうな名前だね」
「……ま、若気の至りって奴だよ」
「……?何言ってるの杏子ちゃん?」
流石に、こんな名前を人に見せるのはちょっと恥ずかしかったらしい。
「いいから、さっさと登録しちまえよ。出撃できねーだろ?」
「あ、うん。ごめんね」
さてどうしよう、と悩む。そんな時、ふと頭をよぎったのはいつかの夢。
美しい夕暮れの海を、海鳥たちと駆け抜けていく夢。とても綺麗で、どこか悲しい夢。
「……うん、これでいいかな」
ぴっぴっとコンソールに指を走らせて、入力を終える。映し出されたその名前は――夏の夕暮れ。
「今は冬だろ?なのになんだってこんな名前?」
「あはは……ちょっと、気になっちゃってさ」
「ふーん、まあいいけど。んじゃとりあえず練習ミッション行くぞ!」
このゲームには、いくつかのモードが搭載されている。一人、もしくはパートナーと一緒に戦うシングルモード。店内や全世界の人と、協力しあい、時に敵対しあうコンバットモードそして、初心者向けのトレイラーモード。
杏子にとっては最早手ぬるいものではあるが、まどかにとっては相当辛いものとなるだろう。慣れない仕草で操縦桿を握るまどかの表情は、固く緊張しきっている。
「まあ、ミスったって死ぬこたないんだ。ちったぁ気ぃ抜けよ」
「う……うん。わかってるんだけど……」
「大丈夫よ、鹿目さん。私も一緒についていくから」
突然、視界の端にモニターが現れた。そこに移るのはほむらの姿。一緒に言葉も聞こえてきて。
「お、さすがほむら。もう通信も使いこなしてんのな」
通信機能も完備である。あくまでお互いの認証あってのことではあるが。
「当然よ……というよりも、再現度の高さに驚かざるを得ないわ。確かにこれなら、本当に乗っているのに近い感覚で戦える」
「だろ?現役パイロットからの人気も高いんだぜ、こいつは。……さて、そろそろ出発だ、行くぜっ!」
一度画面が暗転、そして暗い画面に眩く映し出されたその文字は
――BLAST OFF AND STRIKE THE EVIL BYDO EMPIRE!――
――READY――
そして、電子の宙へとR-9A、アロー・ヘッドが飛び出していった。まずは操作に慣れるための演習。それが終われば、いよいよバイドとの実戦である。
その、結果はどうかというと。
「はぅぅ……」
「おいおい、大丈夫かよ……まさか最初の練習でへばっちまうなんてな」
R戦闘機は元来、ザイオング完成制御装置によって高い機体の制御能力を持つ。それでも、被弾時の衝撃や急な機動を取ったときにかかるGなどは精密に再現されていた。
そんな衝撃で、ただでさえ慣れない動きに揺さぶられ続けて。どうやらまどかは酔ってしまったらしく、すっかりやられて側のベンチで横になっていた。
「……こんなに、辛かったんだね。杏子ちゃんもほむらちゃんも。……さやかちゃんも」
青い顔で、か細い声で呟くまどか。心配そうに、杏子もほむらをそれを見つめていた。
「まあ、慣れりゃこんくらい大したこたないよ。……でも、流石にきつそうだな、大丈夫か?」
実際のところ、その手の問題はソウルジェムが全て解決してくれる。けれどもそんな事は言い出せるはずもなく、ほむらは押し黙ったままで。
「……ちょっと、だめみたい。少しだけ休んでいいかな。ごめんね、杏子ちゃん、ほむらちゃん」
「しゃーねぇ。じゃああたしはもう少し乗ってくるぜ。ほむら、あんたはどうする?」
「私はまどかの側にいるわ」
「そーかい。折角あんたとやりあえると思ったんだがね」
ちょっとだけ残念そうに、ほむらを一瞥して筐体へと向かう杏子。そんなほむらに、よろよろと身を起こしてまどかが言った。
「私は大丈夫だから……ほむらちゃんも行ってきてよ」
「でも、放っておけないわ」
「……大丈夫だよ、少し休んだらよくなるから。それに、ほむらちゃんや杏子ちゃんの戦ってるところ、見てみたいから」
戦闘の様子が映し出される大型スクリーン、それに軽く視線をやって。
「……わかったわ。でも、辛いようならすぐに呼ぶのよ、まどか」
そっとその手に触れて。まだ血の気の戻らない冷たい手。それを暖めるようにそっと握りこんでから、ほむらも筐体へと向かった。
「お、きやがったなほむらの奴。へへっ、こりゃ楽しくなりそうだぜ」
エントリー欄にほむらのパイロットネーム“ELIMINATE DEVICE”が表示されたのを見て、杏子が好戦的な笑みを浮かべる。いよいよ英雄の腕前が拝める。なんならその仮面も剥がしてやってもいい。久々に、気の向くままに暴れてやろう。
あえて選んだ機体はアロー・ヘッド。
戦果を上げ、階級を上げれば使える機体の増えるこのゲーム。機体性能の差で勝負がつくのは面白くないと、杏子はあえて初期配備のアロー・ヘッドで挑むのであった。
全機体が敵となる、クロスコンバットモード。その開幕を告げる、オペレーターの声が響いた。
――所属不明の機体が接近中。Destroy Them All!!――
そして再び、総勢8機のR戦闘機たちが電子の宙へと飛び出した。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ……」
電脳空間、そこに広がる小惑星帯。障害物が多いだけに、自由自在なドッグファイトは難しい。上手く物陰に隠れながら、もしくは敵の逃げ場を奪いながら攻撃を加える。それが定石のはずだった。少なくともこのフィールドにおいては。
杏子の機体は黒煙を上げ、今にも機能を停止してしまいそうなほどに損傷が激しい。ここで落とされればもう残機は0、ゲームオーバーである。そして他の敵機は既に沈黙している。
杏子とて小惑星帯を利用して、何機かは撃墜することができた。だというのに、である。ほむらは未だ一度として撃墜されることなく戦闘を続けていた。機動を制限されるはずの小惑星帯を、まるで何も無いかのようにすいすいと飛び回る。
そして最大加速で肉薄、すれ違いざまにフォースを切り替え後方射撃で次々に敵機を撃破していった。圧倒的過ぎる。これが英雄の力だとでもいうのか。
「このまま負けたらとんだ笑い者だろ……せめて一発かましてやるぜ」
波動砲のチャージを開始。どこからでも来いと言わんばかりに周囲へと目を配る。まだ索敵範囲内に反応は……来た!
「来やがれ、英雄っ!!」
「ほむらちゃん……すごい」
そんな戦いの様子は克明に映し出されたスクリーンを、まどかは呆然と眺めていた。気分は大分落ち着いてきて、ようやく余裕を持ってみることが出来た。
次元が違う。杏子の動きだって、やはりただのゲーマーとは比べ物にならないくらい上手いとは思う。それでも、ほむらのそれはあまりにも次元が違いすぎた。
開戦直後から一方的に攻め続け、ロクに被弾もせず黙々と敵を墜としていく。何をしているのかすら理解できないほどに、卓越した機動だった。その尋常ではない戦果に、いつしか人だかりができていて。
「おい……あいつ、すごくね?」
「どっかのランカー?」
「いや、全然見たことない名前だぜ。ランクも最下位だし」
「一体何者なんだ……」
スクリーンでは、真正面から最後の突撃を仕掛けた杏子の機体が
ほむらによって真正面から撃墜される様子が映し出されていた。
戦闘は終了、各筐体の動きも止まったようで。
「あ、終わったんだ……本当に、すごかったな……ほむらちゃん」
周りが歓声を上げる中、筐体が開いてほむらがその姿を現した。謎の天才パイロット。おまけに出てきたのが美少女とあって、周りの歓声は更に一つ、ボリュームを上げた。
「え……な、何かしら、これは」
当の本人はまったく想像もしていなかったようで、困惑して目を見開いていた。そんなほむらの背後から、杏子が軽く肩を叩いて。
「どうやら、腕は本物みたいだね。全然歯が立たなかった。流石だな、ほむら」
悔しい気持ちもあるにはあるが、あそこまで完膚なきまでにやられては最早感心するより他に無い。間違いなくほむらは強い、桁違いに強い。
最後まで戦い抜いた杏子にも、惜しみなく賞賛と拍手が浴びせかけられた。ほむらと同じように、杏子もちょっとだけ驚いて。それから。
「こういうときは、素直に応えとくもんだろ。な、ほむら?」
言うや否や杏子はほむらの手を取り、皆の賞賛に応えるようにその手を高く掲げさせた。ほむらは少し恥ずかしそうにしていたけれど、それでもその顔はどこか誇らしげで。
それと同時に、少しだけ寂しげでもあった。
(私がただの英雄だったのなら、みながこんな視線で見つめてくれていたのかしら)
それはきっと、羨望だとか憧憬だとか、そういう感情だったのだろう。
そんな喧騒を、遠めで見つめる二つの影。
「凄かったね、あいつ」
「あら、あの子のことが気になったの?」
「そんなこと無いさ、私が気にしているのはいつでもキミだけだよ。ただ、戦ってみたいなって思っただけさ」
「まあ、まだ戦い足りないの?あんなことがあったのに」
「足りないな、力を振るうのは気分がいい。キミと一緒ならもっといい!」
「……仕方ないわね。それじゃあお願いしてみましょうか、キリカ」
「やったあ!……大好きだよ、織莉子」
「私もよ、キリカ」
「そこの方、ちょっといいかしら」
話しかけてきたのは、白と黒の少女。
白一色の服に白い長髪が印象的で穏やかな印象を受ける少女と、黒を貴重にした服に黒い短髪、快活な表情を浮かべた少女。互いに寄り添ったまま歩み寄ってきた。
「ん、なんだよ?」
歓声に応えながら振り向いて、杏子が答えた。目的は彼女ではないけれど、どうやら二人も連れ合いのようだと彼女は判断して。
「よければ、次は私達とも遊んでいただけませんか?」
白い少女の言葉は、その大人しそうな外見からは似つかない言葉ではあった。僅かに杏子も目を丸くして、すぐに交戦的な笑みを浮かべて。
「おいほむら、挑戦者だぜ?こりゃあ受けて立たないては無い、よな?」
「でも、鹿目さんが待っているわ」
ほむらはまどかが心配なようで、気忙しそうに視線を送る。そんな視線にまどかも気付いて、がんばって、とぎゅっと小さくガッツポーズ。いつの間にか随分元気になっていて、あの分なら心配は要らなさそうだ。
「……わかったわ。じゃあやりましょう」
「よし決まりだ!ふふ、私と織莉子の力を見せてあげよう」
「ほー、言ったな。あたしらだって強いぜ?甘く見んなよ」
ばちばちと、黒い少女と杏子の間で火花が散っているのが見える気がする。
そんなことよりも、どうにもほむらは気がかりだった。どうも聞き覚えのある声、織莉子という名前。
(……偶然、よね)
勿論、そんな事はないのではあるが。お互いに気付かぬまま、再戦の火蓋は切って落とされようとしていた。
「次はあたしとチームだ。ま……これから背中預けて戦うことになるんだ。よろしく頼むよ、ほむら」
「そうね……勝ちましょう。杏子」
機体選択。先ほどは勝負に拘っての選択だったが、今度は勝つための選択をしなければならない。チームのパートナーは機体を共有できる、ということで今回ばかりは、ほむらも機体選びに余念がなかった。
「さて、どうするかね。悔しいけど腕ならほむらの方が上だ、あたしが陽動。ほむらが遊撃って感じでいいかい?」
「構わないわ。……じゃあ、私はこれで行くわ」
ほむらが選んだのは、R-9S――ストライク・ボマー。
かつての愛機、ラグナロックと同じく貫通力の高いメガ波動砲を搭載した機体である。その分レーザーの攻撃力は初期の機体と同レベルとなっているが、波動砲の性能はそれを補って余りある。
地球連合軍に正式採用されている機体の一つであった。
「ふーん、じゃああたしは……こいつだな、陽動ならこれでいいだろ」
杏子が選んだのは、R-9AD――エスコート・タイム。
自機を模したデコイを生成するデコイユニットを搭載した試作機である。デコイ自身は波動エネルギーの塊であり、接触によってダメージを与えるだけではなく、デコイそのものを波動砲として発射することも可能である。
更にある程度の遠隔操作も可能な、まさに陽動にはうってつけの機体であった。
機体の選択は完了、あとは出撃を待つばかり。
そして、再び流れるオペレーターの声。だが、その前に警告が鳴り響く。
WARNING!!
A HUGE BATTLE SHIP
GREEN INFERNO
IS APPROACHING FAST
「なっ……割り込みミッションだとっ!?」
割り込みミッション。それはこのゲームの要素の一つで、特定の条件を満たすと次のミッションが強制的に全員参加の異なるミッションへと変更されるというものであった。
ほとんどの割り込みミッションは、強大な敵バイド体との戦いであり、その難易度は非常に高く、今までにほとんどクリアできた人間はほとんどいないのだという。
「ちぇ、ついてねーな。どうするほむら?一旦やめて仕切りなおすかい?」
「……それも、悪くはないけれど。目の前にバイドがいるのよ。見逃す選択肢があるかしら」
「言うね。案外熱いとこあるじゃん」
「別に、誓っただけよ。私の目の前では、どんなバイドだって生かしてはおかない、とね」
マミを見殺しにしたことへの後悔と、さやかを見送るしかなかった苦悩。それを踏み越えて、新たに打ち立てた誓い。目の前にバイドがいるのなら、その全てを殲滅する。
まさしくバイドの除去装置―ELIMINATE DEVICE―となろう、と。
「ちょっと律儀すぎねーか?……ま、ほむらなら本当にやっちまいそうだけどな。じゃあ、行くぜっ!」
「ええ、油断はしないでね、杏子。……行きましょう」
「なんだ、あいつらと戦えないのか。残念だなー」
「仕方ないわ、そういうことになってしまったんだもの」
「ま、これはこれで面白そうだけどね。バイドの巨大戦艦なんて、私と織莉子の手にかかればイチコロだ」
「あまり無理をしてはだめよ、キリカ。これは実戦とは違うんだから」
「違わないさ、織莉子と一緒に戦うのなら、いつだってどこだってなんだって、私にとっては価値ある闘いだ」
「もう、キリカったらしかたないわね。……じゃあ、行きましょう」
「ああ、行こう織莉子っ!」
8機の機体はそれぞれに飛び立って、迫るバイドの巨大戦艦へと立ち向かっていく。
無数に設置された砲門が一斉にその顎を開き、宙を埋め尽くさんばかりの砲火が撃ち放たれた。
宙が赤く染まる。その中をすり抜けていく機体群。対応できずに、早くも2機の機体が火ダルマになって潰えた。割り込みミッションには残機はない。やり直しの効かない状況で、この難敵に立ち向かうことになるのだ。
それは、まるで本当の戦闘のようだった。
「かなりやばいな、こりゃあ」
砲台を破壊して確保した安全領域。その中に二機が佇んでいた。
戦闘は既に終盤、砲火をかいくぐり、砲台を叩き潰し。押し寄せる敵の増援を焼き払い。そうしていよいよ、艦首付近にまで肉薄することができた。
しかし、艦首に備え付けられた無数の砲台が濃密な弾幕を形成しており、さらにはその砲台の再生速度は極めて速い。このままではまず抜けられない。何とか砲火の壁に穴を開けて、そこをすり抜けるしかないのだが。
「残っているのはもうあたしらとあいつらだけだ、ちょっと手数が足りないな」
早々に撃墜された二機。そして戦闘の半ばまでは粘っていたが。
急激に増え始めた敵の増援に対抗しきれずパイロットネーム“ガンズアンドローゼズ”“アイスブランド”の二機も砲火の中に消えていった。
「おいそっちの二人っ!こっちの援護に入れないかっ!」
ここを突破すれば、後は敵のコア部分を残すのみ。
別ルートから攻略しているはずのパイロットネーム“正義さす左指”と“自由なる右指”に呼びかけた。
「まったく、キミは無茶を言ってくれる……ねっ!!」
「残念ですが、敵増援の出現が想像以上に激しいようです。援護に向かうどころか、このままではこちらも持たないかもしれません」
艦尾方面からコアを目指したその二人こと織莉子とキリカのチームも、大量の増援に阻まれているようで。向こうは向こうで、状況は非常に悪いと言わざるを得ない。
「だとさ。どうするほむら?」
「一点突破、これしかないと思うわ」
「なるほど、Rにゃ相応しいやり方だ。だがどこを抜ける?完全に砲撃で上を押さえられちまってる、側面から回り込むのか?」
わずかに沈黙、やがて意を決したようにほむらが言葉を放つ。
「デコイを含む波動砲の面斉射。これで敵の砲火に穴を開ける。その隙間に潜り込めば、後はコアまで一直線に向かっていけるはずよ」
「簡単に言ってくれるけどよ、未だに砲台は復活しやがるし、敵だってわんさか出てきやがる。二人揃って波動砲をチャージする余裕なんて、作れるのか?」
「作るわ。幸い私はビットを拾うことができた。これで上方からの攻撃は防ぐことができる。私が上になるから、できるだけ寄り添ってフォースとビットで耐える」
「まったく無茶苦茶だ、だがまあ、他にやりようもねーか。いいぜ、こうなったらとことん付き合ってやろうじゃねーの」
二機がそれぞれ波動砲のチャージを開始する。それを阻もうと迫る、砲撃やレーザーの雨あられ。迫り来るリボーの群れ。放たれる敵弾。
その全てをかわしすりぬけ、フォースやビットで受け流しながら。チャージは順調に進んでいく。蓄積された波動エネルギーによってエスコート・タイムの隣にデコイ機が生成される。
だが、状況は尚悪化する。
こちらからの攻撃が止まったことで、破壊し続けていた砲台までもが再生を始めた。それにより、降り注ぐ砲火はさらに勢いを増す。フォースの間を擦り抜けて機体を掠めた。
そしてもう一機、波動エネルギーによってデコイが生成された。チャージは完了、後は頭上の火線へ飛び込むだけ、なのだが。
(くっそ……あんなとこ、どうやって飛び込んで行けってんだよ)
「杏子、行くわよ」
「っ!…ええい、こうなりゃ行ってやらぁっ!」
砲火の中を、踊るように進んでいくほむらの機体に続いて杏子もその機体を躍らせた。たちまちその身を焦がす砲火が機体を擦り、掠め。それでも直撃だけは避けながら、艦首正面へと辿り着いた。
「食らいやがれ……バケモノっ!!」
本体と、そして二機のデコイから同時に放たれる三門の波動砲。そして続けざまに放たれたメガ波動砲が、戦艦の艦首部を直撃した。表面を薙ぎ払われ、さらに深部までもを波動に焼かれて、一瞬だけ艦首の砲台が沈黙する。
それでもそのおぞましいほどの再生能力は、即座に焼き尽くされた内部を破壊された砲台を再生させて砲火を放つ。けれどもそのわずかな時間で十分だった。
「穴が開いた。このまま抜ける……っ」
「案外なんとかなるもんだ。……でも、悪ぃ、こっちはここまでみたいだ」
ストライク・ボマーは無事に砲火の壁を潜り抜けた。しかし、エスコート・タイムは破壊された砲台が最後に放った砲弾をかわしきれずに直撃、黒煙を上げながら高度を落としていく。
「後、任せたっ!一発かましてやれほむらっ!!」
直後、降り注ぐ砲火の雨に杏子の機体が消えた。通信もそのまま途絶する。ゲームであると分かっていてもいい気はしない。それほどの臨場感を感じていた。
「杏子……ええ、後はこのままコアを破壊するだけよ」
そしてストライク・ボマーが駆ける。巨大戦艦も艦の上部、特にコア周辺には砲台を展開できないのか他の場所と異なりここだけが、極端に砲火の密度が薄い。
悠々とそれをかいくぐり、有機的に蠢きながらピストン運動を繰り返す、戦艦のコアへと辿り着く。
後はここに波動砲を叩き込めば、それで片は付く。ゲームの割には、あんまりにもあんまりな強敵だった。それこそこれだけ戦えるのならば、そのまま実戦でも通用しそうなほどに――
そこまで考えて、ほむらの表情が固まった。
そしてほむらのストライク・ボマーは、砲台からの砲撃であっけなく被弾し、撃墜していった。その後も暫く抵抗を続けていた織莉子とキリカだが、次々に押し寄せる増援に対抗しきれず、やがて撃墜されてしまった。
かくして全機撃墜。ミッションは失敗となったのであった。
「なんだ、結局全機撃墜かよ」
「でも、コアのとこまで行ったの初めて見たぜ、俺」
「すげーよな、やっぱりあいつどっかのランカーじゃないのか?」
「録画しといたから、後で研究しようぜ」
興奮冷めやらぬ、といった感じでギャラリー達が騒いでいた。それでもミッションも終了ということで、三々五々に散っていく。
そうしてようやく、筐体からほむらと杏子が姿を現した。
「……一体どうしたんだよ、ほむら」
杏子の顔はやや険しい。対するほむらの表情はやや沈んだもので。
「どうもしないわ。油断して撃墜された。それだけのことよ」
「んなわけねーだろ。どれだけあたしがあんたと一緒に飛んでたと思ってる。あんな密度の低い弾幕で、あんたが撃墜されるもんかよ」
どうやらそれが気がかりなようだった。わざと撃墜されたのではないか、とほむらに詰め寄っていく。
そんな杏子の様子に、少しだけ考えるような仕草をしてからほむらは杏子の手を引いて、筐体の影に隠れた。
「恐らくこのゲームには、軍ないしTEAM R-TYPEが絡んでいるわ。間違いなく」
「な、何言い出すんだよいきなり、頭でも打ったか?」
いきなり出てきた言葉は、陰謀論めいたもの。さすがの杏子も驚いて、目を丸くしてしまったが。
「考えたことはないの?あのゲームの機体達はどれもみな、本物と変わらない操作性を持っていた」
「そりゃあ、作ってる奴らがよっぽどのマニアだったんじゃねーの?」
「軍にとっては機密であるはずのR戦闘機よ。それをあれだけの数のデータを揃えるなんて、どう考えても直接軍やTEAM R-TYPEが開発に携わっているとしか考えられない」
そう言われると、確かに杏子にも思い当たる節はある。このゲームに出てくる機体は、そしてバイドはあまりにもリアルなのだ。
それこそ、訓練用のシミュレーターと大差がないほどに。
「だとして、何が問題あるんだよ?単に機体のデータ取りとかかもしれないだろ?」
「いいえ。このゲームの目的はきっと、もっと別のところにあるはずよ。特に割り込みミッションのあれは、まさに実戦さながらだった。その中で成果を出せるということは。それはすなわち、優秀なパイロットになり得るということだとは思わない?」
「……つまり、このゲームは民間人からパイロットを発掘するために作られてる、ってことか?確かにまあ考えられない話じゃないけどよ。何か問題でもあるのか?そもそもあたしらはもう軍属だろ?だったらいまさら目をつけられたって……」
「あなたはそうでも、私は違う。言ったはずよ」
名を捨てた英雄。暁美ほむらにとっては、軍に存在が露見する可能性のある行為は避けたいのだろう。そう考えると、ほむらの言葉も納得できた。
「……なるほど、そういうことでしたか」
言葉は、唐突に投げ掛けられた。はっとして振り向く二人。その視線の先には。筐体の影に寄りかかるようにして、話に耳を傾けていた黒と白の少女達の姿があった。
「盗み聞きたぁ、ずいぶん結構な趣味してんじゃねーか」
「何を言う、キミ達が勝手に話をしていただけだろう。場所を選ばなかったキミ達が悪い」
「んだと!?生意気言ってくれるね、なんならここで決着つけてもいいんだよ?」
「いいとも、さっきつけられなかった決着、ここでつけようか!」
勝手に一触即発になっている。杏子をほむらが、キリカを織莉子が取り押さえて。
「落ち着きなさい、杏子。こんなところで争ってもしかたないわ」
「そうよキリカ、ここではダメよ。人目があるもの」
人目がなかったら何をするつもりだったのか、ジト目で杏子が織莉子を眺めて。
「先ほどの話を聞く限り、やはりあなた方も軍属のR戦闘機乗りだったのですね」
「……その言い草からするに、あんたらも同じ手合いかよ」
まったく持って、奇妙な偶然もあるものである。
「ということは、もしかしてあなた達は」
「そして、恐らくあなた方は」
ほむらの声と、織莉子の声が重なった。
「「魔法少女」」
お互いを見据える眼光が、より鋭い物となる。
恐らくほむらも織莉子も、確信めいたものを既に感じていたのだろう。目の前の相手が、かつて激しい戦いを繰り広げた相手である、と。
「なんだ、こいつらも魔法少女だったんだ。道理で強いわけだね」
「ええ、それに彼女は前に宇宙で戦った相手よ、間違いなくね」
言葉と同時にキリカが駆け出した、一足飛びにほむらの懐へ。そしてその腕を振りかざし、打ち下ろす。
ほむらは咄嗟に腕を交差させそれを受け止める。骨まで響くような強い衝撃が伝わった。
さらに追撃。首を狙って掌が伸びる。締めようとでもいうのか。否、喉笛を掻っ切ろうとしているのだ。腕をかざしてその掌を止める。腕が強く握られて、さらに爪が突きたてられて。肉に食い込み血が滲む。
唐突に向けられた殺意と狂気。咄嗟に身を守っていなければ、今頃頭か喉をやられていただろう。
「……っ!テメェ何やってやがるっ!」
呆気にとられていたのも一瞬、目の前で繰り広げられているのが殺し合いであると悟る。そして割って入ろうとした杏子にも、容赦なくキリカは蹴りを繰り出した。
受け止めた腕ごと吹き飛ばされ杏子の体が一瞬浮き、そのまま筐体に叩きつけられる。
「がふ……」
その衝撃に、肺から空気が漏れて出た。それでも懐を手で探り、護身用の銃を取り出そうとした。騒ぎを起こすのは勘弁だが、身を守る手段を持たないほど呑気でもない。
撃ってしまった後のリスクは考えないではないが、殺しに来ている相手を迎え撃たない道理もない。
「キミは織莉子を殺そうとした!ならばキミは今すぐ死ぬべきだ。ああ死ぬべきだ。織莉子を傷つけようとするやつは、誰であろうと私が殺すっ!!」
同じくキリカも懐を探り、何かを取り出そうとしている。間違いなく武器の類だろう。正気を疑う。いや、疑うまでもない。彼女は、キリカは狂っている。ならばそれを止めるにはもう殺すしかない。
ほむらも戦いの覚悟を決めた。騒動を聞きつけ人が集まり始めている。
長居は無用、一気に二人とも始末をつけて脱出する。
まどかも一緒に連れて行くと、何かと問題になるだろう。ひとまずは杏子だけを連れて脱出。後のことは、軍やキュゥべえに任せておけばいい。
まずは目の前の障害を確実に排除するだけだ。ほむらの瞳に冷酷な光が宿った。
「やめなさい、キリカっ!」
凄絶な殺し合いが始まろうとしたその寸前に、織莉子の声が駆け抜けた。懐からぎらりと光る刃物を取り出そうとしていたキリカは、その手を止めて。
「何故だい織莉子?こいつは織莉子を殺そうとしたんだ。なら殺さなくちゃ。ダメじゃないか!お前らは…お前らは死んでなきゃあああ!!」
「ダメよキリカ。今の私は彼女達と戦うつもりはないわ。それに彼女は、私たちの命を助けてくれた恩人でもあるのよ」
そういえばそんなこともあった。あの時はさやかに説得されてしまったが、こうなると分かっていればあそこで見殺しにしていたというのに。
「そうなのか?本当にキミが、私たちを助けてくれたのかい?」
先ほどまでの殺気に満ち溢れていた表情が一変。やけに人懐っこそうな笑みを浮かべて近寄ってきた。
その急変が恐ろしい。今にもまた様子を一変させて、殺しにかかってくるのではないか。そんな危惧から、間合いから離れるように一歩距離をとる。
「……礼ならさやかに言うことね。彼女が助けると言わなければ、私は確実に止めを刺していたわ」
「そうか、つまりキミは私たちを、織莉子を助けてくれたのか!つまりキミは恩人だ。さっきはすまなかった、恩人!」
深く深く頭を下げて、さらに距離を詰めてくる。敵意が一切見られない。それが何より恐ろしいのだ。
さらにほむらは一歩退いた。
「何なんだよ、お前ら……訳わかんねぇことばっかり言いやがって」
懐に手を差し入れたまま、いつでも撃てるような体勢で杏子が間に割って入る。
「なあ織莉子、私は恩人に恩返しがしたいと思うんだけど、どうかな?」
そんな杏子を意にも介さず、キリカは織莉子に問いかける。それが気に食わなくて、杏子はぎり、と歯噛みする。
「いいと思うわ。でも、そろそろ騒がしくなってきたようだし、場所を変えた方がいいと思うわ」
これだけの事態が起きたにもかかわらず、織莉子は何事もなかったかのようにふんわりと笑みを浮かべて。
「そういう訳ですので、場所を変えてゆっくりとお話しませんか?大丈夫ですよ、キリカをけしかけたりはしませんから」
「ああ、私だってキミが恩人だと知っていたら、こんなことはしなかったさ」
確かに辺りを見渡すと、既に人だかりができていた。騒ぎを聞きつけて、店員までもがこっちへ向かってきている。これ以上ここに留まるのは得策ではない。彼女達と話をするにせよしないにせよ、である。
「……ええ、そうさせてもらうわ。杏子、私は二人を見ているから、まどかを呼んできて」
「大丈夫なのかよ、お前一人で」
「大丈夫だと思うわ、今のところは」
そんな言葉に杏子は表情を曇らせて、織莉子とキリカをかわるがわる睨み付けていたが、やがて早足でまどかの元へと向かっていった。
「あの妙な力は、今日は使わなかったのね」
魔法、と呼ばれたその力。今使われていたら流石に打つ手がなかったろうと思う。キュゥべえは封印した、と言っているようだったが、それもどうかは怪しいもので。
「ええ、今は使いたくても使えませんから」
「そう、それなら一応安心ね。とにかく移動しましょう。このままでは騒ぎになるわ」
髪を払おうとしたその手は、血でぬらりと濡れていた。腕を掴んだその腕は、本当に喉を掻っ切るつもりで突き出されたのだろう。
腕に食い込んだ爪は厚手の冬服を食い破り、肉をそぎ落としていた。そこからはだらだらと赤い血が流れていて。
自覚すると、今更ながらに痛みがこみ上げてくる。どこかで治療も済ませたい。
「ほむらちゃん!……っ。手、血だらけだよ。何があったの?」
「後で説明するわ。今はまずここを離れましょう」
杏子に連れられやってきたまどかが、ほむらの怪我に声を上げる。けれど今は、そんなことを気にしている場合ではない。躊躇うまどかを半ば担ぎ上げるようにして、少女達は店を抜け出した。
騒動になる前には、どうにか抜け出すことが出来た。
「これで大丈夫だよ、ほむらちゃん」
「ありがとう、鹿目さん。随分手馴れていたわね。よくこういうことをしていたの?」
少女達が5人、何故だか身を潜めるようにして雪崩れ込んだ路地裏。ちょっと窮屈なその場所で、まどかがほむらの手当てをしていた。
「うん、私、学校で保険委員だったから」
「そうだったのね。……鹿目さんには、戦いよりもこっちの方がよく似合ってると思うわ」
「ありがと、ほむらちゃん……てへへ」
一通りの手当ても済んだ、少し離れたところでは、杏子とキリカが睨みあっている。織莉子が抑えているようだから、一触即発というわけではないが。如何せん険悪な雰囲気は拭えない。
「杏子、少し落ち着きなさい。今のところはまだ彼女達は敵じゃないわ」
「今は、な。5秒後にはどうなってるかわかんないぜ?」
確かに、とほむらも考える。あまりにも目の前の少女、キリカは危うい。
何の前触れも無く殺意を顕わに襲い掛かってきたかと思えば、急に恩人だなんだといって纏わりつこうとする。その、あまりの繋がりの無さがやはり恐ろしい。
ただ、キリカは織莉子という少女に絶対の信頼を置いている。彼女が戦うつもりでないのなら、そうそうキリカも動かないはず。そう推察して、今のところは停戦状態を保っているのだった。
「そろそろいいでしょうか、お話しても?」
「ええ、構わないわ」
正直なところを言えば、まどかはこの場にいない方がいいのでは、と思う。けれどもこの状況下、目を放してしまう方が不安である。
致し方なし。もしこの状況で再び戦闘となれば、最優先するべきはまどかの安全。そしてその次に敵の殲滅。恐らく杏子は一人でも大丈夫だろう。
心構えは済ませた、後は何が出るか待ち構えるだけ、である。
「まずは自己紹介を、私は美国織莉子」
「私は呉キリカだ。よろしく頼むよ恩人!」
「佐倉杏子。別によろしくしたかないけどな」
「暁美ほむらよ。……それと、その恩人というのやめてもらえるかしら」
どうも落ち着かないのである。
「えと、私……鹿目まどか。その、よろしくね」
最後に、どうにも殺伐とした空気に慣れないまどかが戸惑い気味に言葉を告げて一応の自己紹介は済んだこととなる。
「それで、貴女方は一体あんなところで何をしていたのです?魔法少女のお仕事か何かかしら?」
「あたしらはただ休暇を楽しんでただけだよ。っつーか、同じ質問をそのまま返してやるぜ」
つっけんどんに杏子が返した。
「それなら私の答えも同じだ。私は織莉子と楽しい楽しい休暇を楽しんでいたんだ。なのにまさかこんなことに巻き込まれるだなんてね、やはり楽しい時間には障害が多いものだよ」
「いや、思いっきり巻き込んだのはお前らだろ。っつーかそういう趣味かよ」
うんざり、げんなり。そんな言葉がとてもよく似合う表情を浮かべて。杏子が軽く突っ込みを入れる。当の本人たちは意に介した様子もなく。
「ということは、私たちは単に偶然出会って、偶然戦うことになった。そういうことなのでしょうか。……いくらなんでも話が出来すぎてるわ。こんな話を書いた脚本家は、きっと三流ね」
「誰かの意図がある、と考えたいところだけど、流石にそれもありえないわね。私たちが今日ここに来たのは、単なる偶然なのだから」
結局、不運なのかそうでないのかよくわからない偶然。
それが引き合わせたあまりよくない出会い。というのが、今回の出来事の概要といったところだろう。
「それで、あなた達はまだ私達を狙っているというの?」
次いで、ほむらは早速本題を切り出した。もしもまだ彼女達の任務が古い魔法少女の粛清なるものであったとしたら。今こうして生身で相対しているうちに始末しておくべき相手だろう。
もう一度、あの厄介な狂機を相手にはしたくない。魔法が使えないというのであれば話は別だろうが。それでも、敵は始末できる時に始末しておくに越したことは無いのだ。
そんな意図も含んだほむらの言葉に、織莉子は軽く俯いて。
「実際のところ、私にもこれからどうなるのかはわからないのです。あの時だって、命令に従って貴女方と戦っただけ。そして今のところ、私達に新たに下された命令はない。休暇というのも、その間に私達の今後の処遇を決めようということなのでしょうね」
少なくとも、織莉子の方はまともに話が通じるようだ。それなりに頭も切れるようにも見える。
「それなら今のところ、戦う必要はないということかしら」
「ええ、先ほどはキリカが先走ってしまったみたいで、ごめんなさい」
「すまないね、恩人」
人を殺そうとしておいて、しれっとごめんなさい、である。織莉子は織莉子でなかなか食わせ物でもあるようだ。
「……そう、ならもうこれ以上話すことは無いわ。行きましょう、杏子、鹿目さん」
これ以上この場にいるべきではない。ほむらは踵を返してその場を後にする。
「へっ、もう二度と会いたくないもんだな」
杏子も言葉を吐き残して、ほむらの後に続いていく。そして、まどかが一人その場に残る。
「……貴女は一緒に行かないのかしら?」
訝しげに尋ねた織莉子に、少しだけ迷ってからまどかは切り出した。
「私、二人に聞きたいことがあるんだ」
「何かしら。あまり私に答えられることがあるとは思わないのだけれど」
織莉子もまた、まどかを観察している。見たところ戦えるようにはまるで見えない、普通の少女のようだ。
そんな少女が何故あの二人と一緒にいたのかというのは、少なからず気にはなる。
「二人は……魔法少女、なんだよね?それで、バイドと戦ってる」
「ああ、その通りさ。キミは違ったのかい?」
「あ……うん。私は魔法少女じゃないんだけど、魔法少女になろうかどうか迷ってて。でも、私の戦う理由って何なのかなって考えたら、迷っちゃって、怖くて」
ゲームセンターで皆の戦う姿を見ながら、たとえゲームでもそこで戦っている皆は真剣だった。自分も同じように真剣になれる何かがあるのだろうか、と考える。
誰かの為じゃなくて、自分だけの戦う理由が。
「迷っているのですね、鹿目さんは。……それで、私達に何が聞きたいのかしら?」
「二人の戦ってる理由を、教えて欲しいんだ。もしかしたら、何かの参考にできるかも知れないから」
だから、聞いてみたいと思った。すでに戦っている人達が何を考え、何のために戦っているのか。そうすればもしかしたら、自分にも何かがつかめるかもしれない、と。
「私は織莉子のためっ!織莉子が戦うから、私も戦う!私は織莉子のために生き、織莉子のために戦い、織莉子のために死ぬんだっ!」
臆面もなく、一切の迷いもなく、キリカはそう言い放つ。そこまで言い切れるのは純粋に凄いとまどかは思う。
けれどもそれでは、まどかの迷いへの答えとはならない。
「そうね、キリカ。貴女はいつも私のために戦ってくれる。私も、貴女のために戦うわ」
「織莉子さんも……同じ理由なんですか?」
戸惑い気味に尋ねたまどかの言葉に、織莉子は一度目を伏せて。
ほんの僅かに躊躇った後に。
「戦えば世界がよくなると思った。誰もが私を見てくれる、認めてくれると思ったわ。けれど、そんな事はなかった。もがけばもがくほど暗闇へと堕ちていくだけ。戦うことを選んだ時点で、未来なんてありはしないわ」
そうまどかに告げる織莉子の瞳には、先ほどまでのどこか冷たい輝きはなく。思い悩み、揺らぎ続けた歳相応の少女のそれがあった。
突然の言葉に呆然と立ちすくむまどか。キリカも、織莉子の変化に気付いて不安そうな視線を織莉子に送る。
「だから、戦わなくてもいいという選択肢のある貴女は幸せ者よ。それがどれだけ幸せなことか、貴女は知らないだけ。だから、貴女は戦うべきではない」
その言葉を最後に、揺らいだ瞳は冷たい輝きへと変わる。不安そうに見つめるキリカに微笑んで、その頭を軽く撫でて。
「行きましょう、キリカ。まだまだ見たい場所は沢山あるわ」
「っ!あ、ああっ!行くよ、織莉子が行くならどこへでもっ♪」
たったそれだけで、けろりと機嫌を直してキリカは織莉子に付いて歩いていく。そんな織莉子が、最後に一度だけ振り返って。
「それでももし戦うというのなら、平和だとか未来のために戦うようなことだけはやめておくべきね。どこまでも自分のために。そうでなければ自分よりも大切な誰かのために、そうするといいわ」
言葉を残して、後はもうまどかには一瞥もせずに。二人の少女は路地の奥へと歩いていく。その姿がだんだんと暗がりに消えていく。
それがまるで、二人の未来を暗示しているような気がして、まどかは目を離すことが出来なかった。
「まどかーっ、何やってんだ。早く来いよーっ」
しかし、そんな感傷に浸る間もなく杏子の声が呼ぶ。
「あ、うん。今行くよっ」
声に答えて。最後に暗がりの路地を一瞥して、まどかは二人の元へと歩き出した。
待ち構えていたのは、どこか固い表情の二人。どうしたのかと口を開くより前に、ほむらが口火を切った。
「鹿目さん。……キュゥべえから連絡があったわ。マミの治療の準備が出来たそうよ」
とくん、と小さくまどかの鼓動が跳ねた。