魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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かつての戦士は眠る、悪夢と恐怖、そして死に心を閉ざし。
新たな戦士は挑む、深く硬く閉ざされたその城門に。

目覚めを願い、贖罪を願い、少女達は戦う。


第9話 ―PLATONIC LOVE―②

「ごめん遅れたっ!マミさんはどうなったの!?」

空港に停泊しているティー・パーティーに到着し、さやかは開口一番そう言った。部屋の中には、既に皆が揃っていた。

「治療はこれからだよ、さやか。キミを待っていたんだ」

ふわりと、白い尻尾を揺らしてキュゥべえが告げる。

「大体の説明はもう済んでいるわ。後はあなたの準備ができればすぐにでも始められる。それよりも、あなたの方は大丈夫なの、さやか?」

相当走ってきたのだろうが、さほど息を荒げた風もないさやかにほむらはそう問いかけた。

「家のことは大丈夫、一晩たっぷり話あってきたからさ。まあ、問題はそれだけじゃないんだけど。とりあえずそっちは後で考えればよし!今はマミさんを助けるのが先決でしょう!」

仁美と恭介のことは、今尚さやかの脳裏にこびりつき、彼女を悩ませていた。けれど結局自分ひとりで考えても答えは出なかった。まどかに相談してみようか、とも考えていた矢先の召集であった。

 

 

「さあ、それじゃあいよいよ始めるよ」

これで役者は全員揃った。いよいよ眠り姫の救出が始まろうとしている。

ティー・パーティーのパイロットルーム、というより戦っている間の体を安置しておく場所。いくつか並ぶコクピットブロックを模した生命維持装置。その中の一つにマミが眠っている。

魂が自分を死んだと思い込んでいるこの状況、マミの体は刻一刻と死に向かっている。それ故に生命維持装置は必要不可欠であった。

「それで、あたしらはどうしたらいいんだっけ?どーにかこーにかマミさんの魂を起こせばいいってのはわかったんだけどさ」

「簡単に言ってしまえば、私達が直接マミの精神の中に入って、そこでマミに接触。自分が死んではいないということを認識させて、意識を覚醒させる。そういうことらしいわ」

「なるほどね、って。やることはわかったけど、結局どうやってマミさんの精神の中に入るのさ?いくらなんでもちょっとやってることがマンガチック過ぎない?これ」

「魔法少女、なんてもんがある時点でお察しだろ。もう何が起ころうと驚きゃしねーぜ」

壁にもたれて、冗談交じりに杏子が笑う。正直なところ未だに信じ切れていないところはあるが、目の前で事が起こっているなら見届けるしかない。いずれにせよ、ただの人間の自分には手出しの出来ないもののようだし、と。割と蚊帳の外気味な様子である。

 

「それに関しては手はある。サイバーリンクシステムを応用させてもらうんだ」

「サイバーリンクシステム?」

聞き覚えのない名前。また何かろくでもないものを開発したのかと、ほむらと杏子は怪訝そうな表情を浮かべた。

「人の精神を直結させ、情報、思考、記憶その他ありとあらゆるもの共有することができるシステムだ。TEAM R-TYPEから開発中のシステムを借りてきた。これでマミとキミ達を接続し、マミの精神に侵入させる」

「……また、随分トンデモな代物が出てきたもんだぜ。どう見ても危なさそうなんだけどな、それ」

驚かないと言った矢先ではあるが、流石にこれは驚かざるを得ない。人の精神を直結する、などと。まるで前時代的なSF物にでも出てきそうな話ではないか。とうとう現実がフィクションに追いついたのか、と杏子は気の遠くなるような思いすらしていた。

「危険がないとは言いがたい、今のところ実際に運用されている例は三つだけ。それも魔法少女同士でしか運用されていないからね」

ますますもって不安になる。これでは体のいい実験台ではないのか、とすら思ってしまう。

「だが、悪い話ばかりじゃない。魔法少女同士での運用で、今のところ何らかの問題は見られていない。それどころか一部のケースでは、戦闘においての運用実績もあるようだね」

とは言うものの、それは先のキリカと織莉子のケースのみ。結果はサイバーリンクシステムの問題ではなく、ソウルジェムシステムの暴走であったのだからサイバーリンクに問題があるとは言えない。敢えてそれを話すことも無い。

そういう大事なところはわざわざ包み隠して、キュゥべえは告げる。

 

「不安って言えば不安だけど、それしかないならやるしかないよね。キュゥべえ、お願い」

「……ここまで来たからには、絶対に救って見せるわ。マミ」

それでも二人の意気込みは十分。これは二人にとっては贖いなのだ。戦うことを選べなかった罪、そして戦うことを選ばなかった罪。それが本当に罪なのか、それを問える人間など誰もいない。

だが彼女達がそれを罪だと思い、それに責を感じる以上、それは彼女達の罪。

 

贖罪の時が――来た。

 

「さやか、ほむら。これからサイバーリンクの接続を開始する。キミ達がマミの精神に突入次第、ボクの方で感覚プログラムとサポートプログラムを展開するよ」

サイバーリンクシステムを搭載した生命維持装置の中で、ほむらとさやかが身を横たえている。マミの精神に突入すれば、その間ほむらとさやかの魂はマミの中に移る。その間は、それこそソウルジェムを失った状態同様、死んでいるも同じな状況である。

その状態の二人を守る。その為の装置である。

「……任せるわ、キュゥべえ」

 

「さやかちゃん、ほむらちゃん。……マミさんのこと、お願いね」

キャノピー越しにまどかが声をかける。やはりここでも、自分は何も出来ない。実際キュゥべえの話している事だってほとんど理解できていない。何も出来ないのがもどかしくて、でもそれだけでは現実は何も変わらなくて。

悔しくて、でも零れる涙だけは堪えて。必死に呼びかけた。

「任せてよ、まどか。絶対にマミさんを連れて帰るから。……だから、まどかも祈ってて」

「サイバーリンクの構築開始。さやか、ほむら。意識をしっかり持つんだ。飛ばされないように――」

言葉の途中で、さやかとほむらの意識は途切れた。

 

目が覚める。目を開く。広がっているのはどこまでも暗いだけの空間。何も無い、誰もいない。何も聞こえない、何も感じない。絶対の虚空。ここはどこなのか。本当にここが、マミの精神世界だというのか。

感覚など無いはずなのに、ただただ何も無い暗闇は底冷えのする寒さを感じさせる。身が凍える。否、凍えているのは精神、魂なのかもしれない。

がたがたと震えが全身に広がる。冷たい、寒い。凍り付いてしまいそうだ――。

「接続……確保!感覚プログラム展開、マミの精神領域に突入する――」

途端、世界に光が溢れた。展開したプログラムによって、マミの精神領域が視覚化される。そしてその世界に、0と1の狭間に魂を宿し、身体を構成したさやかとほむらが舞い降りた。

 

「……ここが、マミさんの精神の中?あ、ほむら」

あたりを見回せば、すぐ隣にほむらがいた。

「きっとそうなんでしょうね。あなたも無事に来られたのね、さやか」

長い髪を払って、ほむらもさやかに並び立つ。私服姿のほむらに対して、なぜかさやかは制服姿。

「格好が違うのは、なぜかしらね」

「恐らくそれはプログラムの都合だ」

疑問を口にした途端、いきなり聞こえてきたキュゥべえの声。まるで直接頭の中に語りかけられているような感じである。流石にそれには驚いた。

「うわっ!?きゅ、キュゥべえっ!?え、どこから話してんのさ?」

「プログラムを介して直接キミ達の精神に言葉を送っている。それとさっきの質問の答えだ。プログラムはキミ達の魂を解析してもっとも自然な姿を構成した。それがほむらにとってはその格好でさやかにとっては制服姿、ということだったんだろうね」

「納得したようなしないような……まあいいや、それであたしらは何をしたらいいの、キュゥべえ?」

「そうだね、本題に入ろう。ここはマミの自我境界面、簡単に言えばマミの精神への入り口みたいなところだ。多分近くに扉のようなものがあると思う、それを開けばマミの精神領域に突入できる。探してみてくれ」

キュゥべえの言葉に頷いて、さやかとほむらがあたりを見渡す。あちらこちらに光が見えるその空間、そこに浮んでいるのは、輪。その輪はなにやら扉のようなもので覆われている。もしやするとこれがそうなのかもしれない。

そしてその巨大な扉のあちこちに、黒ずんだ鎖のようなものが巻きつき絡み付いている。

中心には、これ見よがしに仕掛けられた錠前。

 

「門……っぽいものはあったよ、でも、鍵がかかってる」

「鍵、か……きっとマミは自分が死んだと思って精神を閉ざしているんだろう。何とかこじ開けられるかい?」

「やってみるわ」

ほむらがその輪に近づいて、巻きつく鎖を掴んで引っ張る。手に伝わるのは冷たい感触、まるで体温を失った身体のようにそれは冷たい。鎖は、とても解けない。砕けない。やはり見た目通りには硬いようだ。

「ふんにゅ~っ!」

さやかもなにやら奇声を上げながら、必死に鎖と格闘している。そこまでやるか、と思わないでもないが、必死になる気持ちもわかる。

「さやか、ここは協力しましょう。キュゥべえ、流石に素手では無理だわ。何か道具なりを用意できないかしら?」

「やってみるよ」

僅かな間、そして光と共に現れたものは。――斧。

小ぶりなハンドアックスである。

 

「は?」

「えっ?」

 

「いや、確かに使えそうな道具ではあるけどさ。ここってマミさんの精神の中なんだよね?そこを斧でがっつんがっつんやるって、大丈夫なの?」

「……やるしか、ないわ」

ほむらは片手に斧を構えて。

「マミさん、ごめん」

さやかも同じく斧をその手に。そして一気に振り下ろす。

ガツン、と固い感触が二人の手に伝わった。

 

「ぜ……は、はぁっ。お、おかしいんじゃないのこれ。硬すぎでしょっ!?」

疲労困憊、と言った様子でぐったりしているさやか。辺りには砕けた斧、ぽっきりと折れたサーベル、刃の吹き飛んだチェーンソー。

「……まさか、ゴリアスランチャーでも駄目だなんて」

なぜかあちこち煤まみれなほむら。周りには薬莢や手榴弾のピン、携帯ロケットランチャーなんかが散らばっている。

いくら何でもやりすぎである。何より恐ろしいのが、それでもヒビ一つ入っていないその鎖。最初の内こそ、壊れるのではないかと戦々恐々だった二人だがどれだけやっても鎖は無傷。

だんだんと二人も意地になり始め、次々に強力な兵器を登場させたというわけである。もっとも、用意したのは全てキュゥべえなのだが。

 

「ここまでやって駄目となると、何か破壊以外の方法を考える必要があるんじゃないかしら」

「あたしも賛成、さすがにこれ以上はマミさんに悪いわ」

今更な気がするのは気のせいということにしておいて、さやかもそれに賛同した。

「他の方法、といっても。何かいい方法なんてあるかしら?」

「そりゃあ、こういう時は定番で攻めるのが一番じゃない?」

「定番?」

「そ、定番。王子様のキスってわけじゃないけど、熱い願いと叫びで、マミさんの心を開くんだ」

自信満々といった顔でさやかが言ってのけた。

「……それはどうかと思うのだけど」

「いいからやるの、他に何もないでしょ、出来ること」

再びさやかが扉の前に立つ。大きく、大きく息を吸い込んで。

 

「マミさぁぁぁーーーんっ!!迎えに来たよーーーっ!!!」

声も限りに、どこまでも響けとばかりに声を張り上げる。ほむらは呆気にとられたようにそれを見つめるだけだった。

「何やってんのほむら、あんたも言うの。叫ぶの!マミさんに届けるんだよ、あたし達の声」

ほむらに呼びかけ、見つめるさやか。その声は、その目は必死だった。そこでようやくほむらも理解する。決してさやかは、おどけてふざけているわけではない。

他にどうすることも出来ないのだ。それでもなんとかしたくて、どうにか助けたくてもがいている。それが、その気持ちが伝わってきたから。

「マミ……起きて。……起きなさい、マミっ!あなたはまだ死んでない、生きているのよ、マミっ!!」

ほむらも呼びかける。何度も何度も叫び続ける。実際の体じゃないはずなのに、喉が枯れる。声が掠れる。それでも、まだ。

 

「マミ…げほ、ごほっ。マミさん、起きて……起きてよ」

さやかが鎖を掴んでがちゃがちゃと鳴らす。必死に叩く。声は小さくなっていて、いつしか力も萎えてくる。諦めが足元から這い寄って、心を絡め取ろうとする。

身体が重い、力が出ない。それでも諦めずに何度も、何度でも。

「さやか……もう、やめて」

それはあまりにも痛々しい姿。掠れた声はいつしか涙に変わっていて、縋るように鎖を掴んで扉を叩く。諦めない。さやかは諦めない。しかしそれでも扉は開かない。マミは本当に心を閉ざしてしまったのか、それを開かせることはできないのか。

そしていよいよ、鎖を掴んでいることも出来なくなったのか。するりとさやかの手が離れ、その身体がぐらりと傾いた。

「っ、さやか!」

咄嗟に動いてその身体を受け止めるほむら。さやかはほむらに身を預けたまま、悔しさに打ち震えて涙を流す。

「………悔しいな。あたし、マミさんを助けられない。何も出来ない。マミさん……戻ってきてよ、マミさんっ!」

「一度戻りましょう、さやか。それから何か対策を考えましょう」

対策なんて何も思いつかない。そもそも何をどうすればいいのかもわからない。それでも今は、これ以上傷つき悲しむさやかを見ていたくない。

まるでこちらまで身を切られたような気分になってしまう。放ってはおけない。

 

「キュゥべえ、一旦戻るわ。どうすればいい?」

「いいや、まだ。まだ……戻らないよ」

キュゥべえに呼びかけたほむらのその手をさやかが振り払う。けれども最早立ち上がる力もなくて、そのままその場に崩れ落ちてしまう。

「もう無理よ、さやか。こんなにぼろぼろじゃない。……一旦戻ろう。お願い、さやか。これ以上、あなたが傷つくところを見たくないのよ……っ」

立ち上がろうとしても立ち上がれない、そんなさやかに手を貸しながら。

「どうだっていいよ、そんなこと……あたしはマミさんを助けるんだ。そのためだったら、あたしの身体なんてどうなったって……」

「っ!!」

さやかの意志はあくまで固い。きっとそれは覆らない。さやかのそういう性格をほむらもよく知っていた、どうしようもない。思わずぎり、と歯噛みする。もう手段は選んでいられない。

 

「さやか」

「何?戻るならほむら、一人で戻りなよ。あたしは……マミさんを」

半ば抱き起こすようにしてさやかの身を起こし、ほむらは少し悲しげに。

「ごめんなさい」

さやかの首筋に、鋭く手刀を打ち込んだ。はたしてこの状況で気絶するのかどうかは不安もあったが、疲労しきったさやかにはそれが止めとなったのか。

「な……っぁ」

信じられないものを見るような目でほむらを見つめて、そのままがくりと倒れ伏した。その身体を抱きかかえたまま、罪の意識に胸を焼かれるほむら。

「話は済んだかい?撤退の準備は終わったよ」

「……ええ、お願いするわ」

そして二人の身体はさらさらと光の粒になって消えていく。その途中でほむらの意識も途切れ、無事に二人の精神は帰還した。

扉は重く冷たい鎖の向こう、それは今だもって閉ざされたままであった。

 

「さやかちゃん……大丈夫かな」

マミの精神から戻って後、さやかは目を覚まさなかった。とはいえ、マミのようになったというわけではなく、単に衰弱して寝込んでしまっているだけだったのだが。

ベッドで昏々と眠るさやか。その額にクールパッドを貼り付けて、まどかは心配そうに見つめていた。

「さやかの身体には何の問題もないよ。もしあったらあのままあそこに寝かせていただろうしね」

その隣で同じくさやかを見つめるキュゥべえの姿。

「けれど、心は違う。さやかの心は疲れきっているわ。今は休息が必要よ」

ほむらもまた、少し疲れた表情でさやかを見つめている。精神領域への突入は、やはり負担が大きかったようで。さやかほどではないが、ほむらも少し顔色が悪い。

「にしても、何がいけなかったんだ?何でマミは目覚めねぇ?何でさやかがこんなになっちまうんだ」

システムに問題があったんじゃないか、とキュゥべえを睨みつける杏子。

 

「相当気負っていたのよ。さやかが戦う理由の一旦を担っているのがマミだから」

そしてほむら自身もまた、やはりこの罪は重く圧し掛かっている。何しろマミを最後に手にかけてしまったのは、その精神に止めを刺してしまったのは。――他ならぬ、ほむら自身なのだから。

「システムに問題が無かったとは言えない。とにかく問題点を改善してみるよ。マミの精神領域に突入する方法もね」

恐らくまださやかは諦めないだろう。目が覚めればまた、マミを助けに向かうはずだ。

その度にまた、こんなにぼろぼろになってしまうのか。このままではいつか、さやかが壊れてしまいそうで。ほむらはそれが心配でならなかった。

「部屋の中は弄っていないから、そのまま今日は休んでいくといいよ。今日のところはこれまでだね、後は明日だ」

そう言い残して、キュゥべえの姿が掻き消えた。それを見届けてから、ほむらは身体を壁に預けて。

「……私も、今日は休むことにするわ。明日こそ、なんとかマミを救いましょう」

実はかなり体調は厳しかったようだ。壁に手をつきながらほむらは部屋を出て行った。残されたのは、まどかと杏子。そして眠り続けるさやか。

 

「こういうとき、何も出来ないのって……辛いね」

「ああ、そうだな。……なあ、まどか」

「どうしたの?」

「マミって、どんな奴だったんだ?よく考えたら、あたしはそいつのことを全然知らない。よかったら話してくれないか?まあ、話しづらいってならいいけどさ」

杏子もまた、何か力になれればと考えていた。ただ今のままでは、何も出来ることは無い。純粋にマミのことは知りたかったし。まどかの話相手にくらいはなってやれると思った。

「うん。マミさんはね、私達が初めてバイドに出会ったとき、助けてくれた人なんだ……」

思い出すように、一つ一つマミとの思い出を語っていく。とはいえ、さほど長い時間を共にしたわけではないのだ。ほんの一日程度、あまりにも短すぎる時間。

それでもその出会いをまどかは忘れない。忘れないと、覚えていると約束した。恐怖に震えていた時抱きしめてくれた、まどかと、呼んでくれた。

短い思い出を語る間に、ぽろぽろとまどかの瞳からは涙が零れ始めていた。

まだ話したいことが沢山あった。もっとマミのことを知りたかった。友達になりたかった、仲間になれるかもしれなかった。だから、またマミに会いたい。そんな思いが胸いっぱいに広がって、涙になって零れだしてしまったのだ。

 

「ひく、えぐっ……うぅ、ごめんね、杏子ちゃん。私……私っ。マミさんがあんなことになって、さやかちゃんがこんなにぼろぼろになるまで頑張ってるのに、私、何も出来ない。何も出来ないよ……っ」

無力さと悲しさと、きっと恐らく寂しさも。沢山の感情が混ぜこぜになってまどかの瞳から溢れてくる。ぽたりぽたりと、涙がさやかの眠るベッドに染みていく。止まらない、止めようも無い。

「そんなに気負うこたないと思うんだけどな、あたしは」

杏子は少し冷めたような感じで、軽く鼻を鳴らして言った。

「確かに、マミのことは気の毒だとは思うけどさ、自分が戦わなかったから死んだとか、そこまで気負う必要なんて無いだろ。その分まで戦うとか、そいつを助けるために自分を犠牲にするとか。そこまで背負い込んだってしょうがないだろ」

「杏子ちゃん……。どうして、どうしてそんなこというの?さやかちゃんは、マミさんのために……」

「五月蝿ぇッ!死んじまった奴の為に、生きてる奴が犠牲になるなんておかしいだろ。そんな道理があるかよ」

「違うよ!マミさんはまだ生きてるっ!」

食って掛かって杏子に詰め寄ったまどか、けれども杏子はそれを振り払い。

 

「違わないね、死んでるようなもんじゃないか!そんなもんの為に、さやかを犠牲になんてしてたまるかよっ!」

何故こんなに怒りが込み上げてくるのだろう。激昂する頭の片隅で杏子は考える。きっとそれは失望なのだろう。

自分に生きる道を示してくれた、死にたがりから救い上げてくれたさやかが。結局はマミの為に、その跡を継ぐために生きているようなもので。その為に命すら投げ出そうとしている。

それがきっとこの怒りの原因で、裏切られたような気分なのだ。それをまどかにぶつけたところでどうにもならないことはわかっていた。だからこそ、これ以上ここにいるべきではない。

無言で立ち上がり、部屋の扉を開けて。去り際に。

「もしもさやかが、本当にマミの為に死んじまうかも知れなくなったら……その時は、あたしが止めてやる。絶対に」

言葉だけを残して、杏子は部屋を後にした。

一人残されて、まどかは。

「どうしたらいいの、私……私、わからないよ……」

そして静かに時は過ぎ、日は暮れ夜も更けていく。それぞれの思惑と、渦巻く不安を抱えたまま。

 

次の日も、そして次の日も、さやかとほむらはマミの救出に向かう。その度にさやかは立ち上がれなくなるほどに衰弱し、ほむらの表情にも疲労の色が濃くなっていった。

それでも未だマミは帰らない。二人は諦めそうになる心を必死に奮い立たせていた。

杏子はそんな二人とマミを、苦々しく見つめ続けていた。自分には何もできないという歯がゆさ、心の奥で燻り続ける失望。それに駆られてしまわないように、自分を抑えるので必死になっていた。

そしてさらにその翌日の朝、ついにさやかは目を覚まさなかった。

あまりの疲労が祟ったのだろう。とにかく今日一日は、安静にしておくより他なかった。ほむらも疲労が強く、今日の突入は見送られることとなった。

 

そしてその日の昼過ぎに、杏子は自分の部屋を出た。さやかとほむら、それぞれの部屋を眺めて。そこで眠る二人に思いを馳せて。痛みを堪えるように顔を歪めて、ぎゅっと胸元を手で押さえた。

やがて、何か意を決したように歩き始める。

まどかは、それを影から見つめていた。否、最初の日からずっと杏子のことを見つめていたのだ。別れ際の杏子の言葉が気になっていたから。あれはまるで、さやかを救うためにマミを殺す。そんな風にも聞こえてしまっていたから。

杏子の歩みは、マミの眠るパイロットルームの前で止まった。扉の前のパネルに触れて、扉を開けてその中へ。

一つだけ、今も煌々と明かりの灯された生命維持装置。その中で眠るマミ。傍から見れば眠っているようにしか見えないその姿をじっと見つめて。

そして、そのキャノピーに手をかけた。

 

「……なあ、マミ。いい加減起きろよ。さやかもほむらも、あんなにお前を助けようとしてるんだぞ」

床にぺたんと腰を落として、眠るマミと目線を合わせて呟く。

「特にさやかなんてさ、すごいんだぜ?死んでもあんたを助ける、ってさ」

マミは静かに目を伏せたまま、何も答えはしない。

「あんたに助けられた命だから、あんたを助けられなかった自分だから。だから今度は助けるんだ、って」

独白のような、杏子の言葉が静かに響く。

「笑っちゃうよな、折角助けてもらった命を、わざわざ投げ捨てようってんだぜ?」

乾いた笑い、苦しげな声。

「あたしにはどうすることもできない。あいつを止められない、助けてやることもできないんだ」

その肩を、静かに震わせて。

「それができるとしたら、多分あんただ。マミ」

縋るような、頼るような声で。

「なあ、だから頼むよ。マミ。もう一度あいつを……さやかを助けてくれよ、なぁ」

声は空しく吸い込まれていって、返る言葉は何もない。

静かで、ただ空虚で。その沈黙に耐えかねたように杏子は、一つ大きく吐息を漏らして。おもむろに立ち上がると、足音を殺して壁に寄る、そして壁のパネルに触れた。

 

「きゃっ!?」

扉が開くと、それまで扉に寄りかかっていたまどかが、支えを失って部屋の中へと転がり込んできた。

「盗み聞きたぁ感心しないね」

怒っているような表情で、まどかを見下ろし杏子は言う。すっかり萎縮してしまって、まどかは小さく震えて。

「ご、ごめん……でも、気になっちゃって」

「あたしが、マミを殺すとでも思ったのか?」

杏子の声は、あくまで冷たい。自分の思いを言い当てられて、まどかはどきりとしたように目を見開いて。そんな様子に、さらに杏子の表情は険しくなる。

「だって……あんなこと言うから、私、心配で心配で。さやかちゃんはどんどん弱っているし。ほむらちゃんだって、ちゃんと話せるような状態じゃないし……なのに杏子ちゃんがあんなことを言って。私、不安で不安で……どうしようもなくなっちゃって」

またしても涙が零れてくる。堪えようとして、両手で顔を覆おうとした。その刹那、杏子の手が伸びて、まどかの服の襟首を掴んで無理やり引き寄せた。

「いつまでも泣いてんじゃねぇ。それに、それは最後の手段だ。どうしようもなくなって、さやかが死ぬかもしれなくなった時の、本当に最後の最後の手段だ」

間近でまどかの顔を睨みつけながら、吐き捨てるように杏子が言う。まどかの考えを否定はしない。それでも誰が好き好んで仲間になるかも知れない相手を手にかけるものか。

覚悟はしておく必要がある、でもその時は今じゃない。

 

「どんだけ泣いてたって、無力さに打ちひしがれてたって何も解決しちゃくれないんだ!考えろよ!あたしが、あんたがッ。マミやさやかに何をしてやれるか、どうしたら助けられるかをさ!!」

少し感情的になりすぎてしまったと我に返る。ぎりぎりと襟首を締め上げていた手を離すと、まどかはそのままふらふらと後ろに下がってそのまま壁に背を預け、糸が切れた人形のように床にへたり込んだ。

感情をぶつけて、今更ながらに冷静さが戻ってきた。考えてみれば相手はただの女の子だ。

すこし、きつく当たりすぎたかもしれない。

「……悪い。あたしもちょっとカリカリしすぎてたよ。……ごめん」

これ以上ここにいるべきではない。少し散歩でもしてくるか、と部屋を後にしようとした。そんな杏子の背中に、まどかのか細い声が突き刺さる。

「考えてる……考えてるよっ。でも、何も思いつかないよ……っ。マミさんを、さやかちゃんを助けられるようなこと、何も出来ないよぉ……う、くっ」

その言葉が、嗚咽が。またしても杏子の胸をざわめかせる。やはりこれ以上、話を続けるべきじゃない。杏子は足早に部屋を飛び出した。

 

そして再び、まどかは一人取り残されて。

 

「どうしたんだい、まどか」

さやかもほむらも、昏々と眠り続けている。ご飯くらいは食べて欲しいものだと、食事の用意だけは済ませて部屋においてあった。

そうして夜が更けていく。日付も変わろうかというころ、静まりかえった艦内でまどかは、キュゥべえを呼び出していた。

キュゥべえは、相変わらず感情の見えない瞳でまどかを見つめている。本当にその瞳には感情がないのだろうか。バイドに対する憎悪はあると言っていたけれど、本当にそれだけなのか、と。

「あのね、キュゥべえ。私……ずっと考えてたんだ。二人の為に何ができるかって」

まどかは胸元に手を寄せて、静かに語り始める。キュゥべえはその言葉に耳を傾けて、静かにその耳を揺らした。

「それで、キミはどうすることにしたんだい、まどか?」

言葉を返そうとしても、その口から出てきたのは掠れた言葉だけ。言葉を出すのが、決断をするのが恐ろしくて。身体が小さく震えてしまう。

指を折り、それをぎゅっと噛み締めて。無理やり震えを押さえつけて。

「……私にも、できないかな。マミさんを助けに行くこと。さやかちゃんや、ほむらちゃんみたいに」

考えて、考えて考えて。今自分に出来ること。マミを助ける。この手で、自分の力で。できるかどうかなんてわからない。それでもやりたい、助けたいと思った。きっとそれが、今自分にできるせめてものことだから。

そんなまどかの言葉を受け止めて、意外そうにキュゥべえは目を見開いて。それからすぐに、どこか笑みのような表情を浮かべた。

「まさか、キミまで杏子と同じようなことを言うなんてね」

面白そうに、そう言った。

 

「え……杏子ちゃん、が?」

驚く間もなく、その声は飛び込んできた。

「まあ、そういうこった。あいつらで駄目なもんがあたしにどうにかなるとも思えないけどさ」

パイロットルームから出てきた杏子が、少しだけ疲れた表情で話す。

「それでも、あいつらが苦労してるってなら少し位はあたしが代わりに受け持ってやる。そうすりゃ、死ぬようなことにはならないかもしれない。……自己満足かもしれないけどな」

と、照れ隠しのように髪を弄りながら言う。

「杏子に頼まれてね、今普通の人間でも接続できるように、サイバーリンクシステムを改良していたんだ。とは言え前例があるわけじゃない。危険なことではあると思う。それでもやるかい、まどか?」

危険なんて百も承知。わかっていたって怖いものは怖い。けれど、それで足を竦ませ震え、立ち止まっていい時じゃない。今だけは。

「……私、やるよ。マミさんを助けに行く。怖いけど頑張るから」

「一人で気負うんじゃねぇっての、あたしも一緒に行くよ。強情な眠り姫を叩き起こしに、ね」

まどかの肩に杏子が触れる。片目を軽くぱちりと伏せて。杏子も考えていたのだ。考えて考えて考え抜いて、同じ答えに辿り着いた。

仲間が戦っている。自分だけ蚊帳の外で、無関係でいられるはずがなかった。

 

「準備は済んだよ、まどか、杏子」

キュゥべえが二人に告げる。

まどかも杏子も、一度お互いの顔を見つめ合い。それから一度、力強く頷いた。

「じゃあ行くぜ、まどか」

「うん、行こう。杏子ちゃん」

少女が二人、並び立つ。そして部屋へと入っていく。そこで未だその身を横たえ、眠り続けるマミを一度見つめて、それから二人も同じく装置の中に身を委ねた。

「二人とも、よく聞いてくれ。魂をソウルジェムに移した魔法少女と異なり、キミ達の魂は肉体と密接に結びついている。もしキミ達の魂に何らかの損傷が生じた場合、それはそのままキミ達の身体にも与えられることになるだろう」

「そういうの、入る前に言ってくれないもんかね」

いまさら決意は変わらない。けれどもその恐ろしさは理解できる。ソウルジェムを持つ魔法少女でさえ、あれだけボロボロになって戻ってくるのだ。

それと同じようになってしまうと考えると、これはかなり深刻なことだ。

「聞かれなかったからね。とはいえ注意はしてもらわなくちゃいけない。ボクだって無駄にキミ達を死なせたくはない」

「わかったよ、キュゥべえ。気をつけて行ってくるね」

「ま、精々サポート頼むぜ」

「任せておいてくれ。それじゃあ突入を開始するよ。深く深呼吸して意識をしっかり保つようにするんだ、ちゃんとマミの中に入っていけるようにね」

そして装置は稼働した。若干の不安と、恐ろしさも乗せたまま。

マミを救うため、二人の意識がマミの精神世界へと送り込まれるのだった。

 

「で、もって。ここがマミの精神世界……ってわけか。なんだか殺風景なところだな」

そして今、まどかと杏子の二人が精神世界で並び立つ。さやかとほむらが見た景色。それと同じ景色の中に。

「そして、あれが扉なんだね。本当にがっちり閉じちゃってる」

まどかはふわりと浮いた輪を見つめて言う。相変わらず黒い鎖が絡みついて、その戸は一向に開きはしない。

「まずは一通り試してみるか。おいキュゥべえ。何か武器を寄越しな」

声に応えて現れたのは、一振りの突撃槍。

大振りの刃の平面部、その中央にギザ状のラインが刻み込まれ、刃の後部には真っ赤な飾り布。随分と凝ったデザインである。

「なんだこりゃあ、また随分と派手なものを造ったじゃないか」

「キミのデータと合わせた結果、この武器がキミには適しているということらしいよ。残念ながら布がエネルギー化したり、心臓の代わりになったりはしないようだけどね」

「何言ってんだよ、お前」

「そういう風な説明が書いてあるんだよ」

そんなキュゥべえの説明に、納得したようなしないような、そんな曖昧な声で答えて。杏子はその突撃槍を手に取った。重さはそれほどでもない、割と手にはしっくりとくる。

ぶん、と一度槍を軽く振って感触を確かめて、それからその柄の部分を肩にかけ。

「まあ、いいか。でもそんなもん振り回して、マミがどうなっても知らないよ?」

「リスクは承知の上だ、どの道あの扉が開けられなければ同じことだからね」

それもそうだ、と納得したように杏子は槍を構える。

「それじゃあ、まずは一発あの扉にかましてやるとするかっ」

勢い込んで、槍を構えて扉に向かう。その背後でごとりと、何か重いものが落ちるような音がした。

 

「え……っ?」

「な……っ!?」

落ちたのは、扉に絡まる鎖を繋いでいた、錠前。重い音を立てて、落ちたそれは、床に当たるとそのまま砕け散った。

「え……なんで、どうしてこんな……」

扉の前に立つまどか。予想だにしない出来事に困惑している。そうしている間にも、錠前がなくなったことで緩んだ鎖が解けて落ちていく。そして、落ちた側から砕け散っていく。

「まどか……お前、何やらかしやがった!?」

驚いて詰め寄った杏子。けれどもまどかはもっと驚いた顔をして。

「わ、わかんない……私、ちょっと扉に触ってみただけで、何もしてないのに……」

「あんだけさやかとほむらが色々やって、全然開かなかったんだぜ?それがなんでこんな簡単に……訳わかんねぇ」

呆れたように、お手上げだといった風に首を振る杏子。けれども扉を縛る鎖は、全て解けて砕け散った。もはや扉を塞ぐものは何もない。

「理由は分からないけど、まあ好都合だな。このままマミを助けに行くぞっ!」

「……うんっ!」

まどかと杏子が、それぞれ左右の扉に手をかけて。ぎしぎしと軋むような音を立てながら、ゆっくりとその大きな扉が押し開かれていく。限界まで押し開かれた扉は、そのまま溶けるように消えていく。

 

その、刹那。殺風景な景色は一変した。

いつ変わったのか知覚することもできない。むしろはじめからこうだったのではないか。そんな錯覚すら抱いてしまう。

そこはおそらくその輪の中。輪切りにされた巨大な円筒の内側のような場所。足元は、まるで上質の布のようにすべすべとした黄色い何かでできていた。

そしてその円筒の奥、渦巻くように回る何から、光の粒子が降り注ぐ。幻想的で、状況が状況でなければ見入ってしまうほどに美しい。そんな幻想的な光の雪舞う円環の中、その中心たる中空に。

マミの姿が、まるで胎児か何かのような格好で。膝を抱えて漂っていた。

「マミさんっ!……よかった、やっと見つけた」

感極まって、まどかの声が震える。

「後はあそこから引きずり下ろして、叩き起こしてやるだけだな」

今ひとつ釈然としないが、それでも助けられるのなら言うことはない。杏子も僅かに表情を緩めて、マミを見つめた。

「ああ、何とかマミのところへ行けるようにするから、後はキミ達が直接マミと接触して……っ!?この反応、これは……まずい、二人ともすぐに離れるんだっ!」

キュゥべえの警告と同時に、美しく輝く黄色の円環。その端から何かが染み出してきた。それは白い色をしたスライムのような何か。それは円環のあちこちから染み出して、そのまま円環の中央へと向かう。

呆気に取られ、動けずにいる二人の目の前で。それはマミの身体を取り込んで、一つの繭のような形状をとった。

 

「何が……どうなってやがる」

「バイドの精神汚染だ。マミは、汚染を受けなかったわけじゃなかったんだ。マミの閉じた精神が開かれるまで、自分の手が届くようになるまでバイドは待っていたんだ。マミの精神の中でずっと」

絶望的な事実がキュゥべえの口から告げられる。中空で蠢いていた繭は、ぼたりと円環の上に落ちた。そしてその場所から円環の色が変わっていく。

鮮やかな黄色は、透き通るような白へと、そしてその表面がざわめきだした。

「すぐに離脱するんだ、まどか、杏子。キミ達までバイドに汚染されてしまう」

「……ここまで来て、逃げろってか?ざけんなっ!あいつをぶっ潰して、マミを取り返す!」

槍を構えて、うぞうぞと蠢く繭へと向き直る杏子。

「いくらなんでも無謀すぎる、生身でバイドに立ち向かうようなものだよ、それじゃあ」

「ならさっさと、武器なりR戦闘機なりを持って来いっての。そうすりゃバイド相手だって戦えるだろ」

ざわめき、蠢く円環の表面、そこに何か文字のような模様が浮かび上がってくる。

「……ダメだ、バイドがシステムに干渉してる。こちらからのサポートが届かない。

 すぐ……を……離れ………脱を…………」

聞こえる声も途切れ途切れになってきた。

「キュゥべえ!おい、キュゥべえっ!?」

「まず……バイド………妨害を………………」

そして、声は完全に途切れてしまった。

 

「どうしちゃったの……まさか、キュゥべえも」

震えて、萎えそうになる足を必死に支えてまどかが言う。

「多分、通信妨害とかその辺だろう。……まどか、覚悟決めろ。こうなりゃ、あたしらであいつを倒して、マミを助け出すぞっ!」

蠢く繭の中には、まだ眠るマミの姿が透けて見えている。まだ助けられる、まだ間に合うはずだ。まどかも、大きく頭を振って恐れと竦みを追い出した。

「うん!私も……マミさんを助けたいっ!」

 

それは円環を汚すもの。それは異変と忘却の主。

波打つようにして、円環に刻まれたその文字は。

 

 

 

 

 

 

――NOMEMAYER――

 

 

 

 

 

「ノーメ……マイヤー?」

「へっ、自己紹介でもしたつもりかよ。バイドにしちゃあ礼儀ってもんを知ってるじゃないか。なら、人の精神の中に勝手に入りこんで来てるんじゃねぇ!礼儀正しく出て行きやがれっ!!」

槍を一度大きく振り回し、飾り布をたなびかせて杏子が突撃する。しかしあろうことか、ノーメマイヤーはそれから逃れるように蠢いて、円環の上を走り始めた。

それを追いかけ走り続ける杏子。まどかの目からは、円環のどんどん急になる勾配を走っていく姿が見えた。だというのに、杏子の走りは変わらない。いつのまにやらオーバーハングな急傾斜を留まることなく駆け抜けていく。目を疑うような光景である。

その異常さには、まどかの方を振り向いた杏子も気づいた。

「こりゃあ……どうなってやがる。重力がおかしいのか?」

杏子の目には、どれだけ走っても目の前は平坦な道にしか見えない。おそらくそれは、コロニーの外壁と同じような感じなのだろう。ただその円環がコロニーに比して小さすぎ、違和感を感じさせるというだけで。

「そもそも、精神世界だってんだろ。何があっても不思議じゃないって事か」

納得しておくことにして、杏子は走る速度を上げる。まどかも今は驚いている場合じゃない、と杏子を追いかける。

蠢きながら円環を這うノーメマイヤーの姿がすぐそこに迫る。切り裂こうと槍を振り上げた、その時。

 

「っ、んなっ!?」

ノーメマイヤーの中から、青色に輝く結晶体が吐き出された。杏子目掛けて飛んできたそれを、盾のように槍の腹を掲げて防ぐ。結晶体は砕けて割れた。けれども、その勢いと威力に圧されて杏子も吹き飛ばされていた。

槍を手放さなかったのはおそらく幸運だったのだろう。

「っ痛……くっそ、流石にただ逃げるだけじゃねぇってことか」

「大丈夫、杏子ちゃん?」

「ああ、このくらいなんともないさ」

しかし、足を止めている間にノーメマイヤーはどんどんと円環を這っていく。青や白の結晶体を次々に生み出しながら、その姿はもう円環の対極付近にまで到達していた。

そして生み出された結晶体は、重力に逆らって打ち上げられる。その結晶体が、円環の中央を通り過ぎた途端、急激に加速し飛来してきた。

「うわっ、とと。危なっ!……やっぱ、問題は重力かぁ?」

「このままじゃ、潰されちゃうよっ!」

流石に落下の加速度まで加わって、次々落ちてくるのだからたまらない。ノーメマイヤーを追いかけながら、結晶体をかわして走る。

 

「まどかっ!っく、とにかくあいつに向かって走れっ!真下にさえいなけりゃそうそうアレも当たらないはずだ!」

息を切らして駆け抜けながら、杏子がまどかに向かって叫ぶ。

「でも……っ、杏子ちゃんは、どうするの?」

ノーメマイヤーの動きはそれほど速くはない。だからこそ走り続けることで降り注ぐ結晶体をかわすことはできるし、常に全力で走り続けなければならないというわけではない、もうしばらくは持つだろう。

「心配すんな。……あたしにいい考えがある」

走りながら、槍を構えて杏子が言う。一気に速度を上げて、まどかを大きく引き離す。そしてそこから一気に逆走。やはり逆走でも、体感の勾配に変化は見られない。

「行くぜ、マミ……うっかり当たっても、恨むんじゃねぇぞっ!」

行く手には、落下しては砕けて散りゆく結晶体。丁度ノーメマイヤーの姿が円環の対極にあるような位置取り。上空からはいくつも飛来する結晶体。まともに当たればただではすまない。そして走る杏子の眼前にも、青い結晶体の影が迫る。

 

「でぇぇぇりゃぁぁぁっ!!」

跳躍、ありったけの加速を乗せて跳ぶ。その身体が歪んだ重力を振り切り、浮ぶ。その身体の向かう先には、降り来る結晶体。その結晶体を、杏子は思い切り蹴飛ばして、更に跳ぶ。

バランスを崩して、空中で身体がぐらりと傾く。それでも問題はない。少しでも、高く飛ぶことができたなら。

「い・ま・だぁぁぁぁっ!!」

槍を投擲。重さはさほどないとは言え、円環の対極まで槍を投擲するような力は杏子にはない。それでも十分だった。槍は真っ直ぐに飛び、重力に絡め取られて速度を落としていく。

だが、円環の中央を越えた。そして、急激に加速した。常に中から外へと重力のかかるこの円環の中、中央を越えればそれはつまりそれまで槍を地面に縛り付けようとしていたその力は、そのまま槍を大地に投げつける力へ変わる。

打ち上げられて、そして急加速したその槍は、一筋光る軌跡になってノーメマイヤーに突き刺さる。そしてそのまま楔となって、深々と円環にその身体を縫いつけた。

 

「っぐぁぁ……ぁ、ぐふ、ざまーみやがれっ」

そして杏子もまた、墜落するように円環に落ちる。咄嗟に頭だけは守るような姿勢は取ったが、それでも強かに背中を打ちつけた。その衝撃に顔を歪めて、激しく咳き込みながら。それでも満足げに笑って言ってのける。

「杏子ちゃんっ!!」

まどかが血相を変えて呼びかける。けれど、今は自分の心配をしている場合ではないとばかりに杏子が叫ぶ。

「行け、まどか!あいつがまた動き出す前に、マミを助け出しちまえっ!!」

その言葉に、弾かれたようにまどかが走り出した。

見ればまだノーメマイヤーは動こうとしている。身体を貫かれたショックで、一時的に動きが止まってる。恐らくそれだけのことで、すぐに楔を引き抜いて動き出すだろう。

チャンスがあるとすれば今しかない。今の内に止めを刺して、マミを救い出す。

痛みを堪えて杏子も立ち上がり、よろけながらも敵へ向かう。いち早く、その場に辿りついたまどかは。

「……怖くない、怖くなんか、ない」

串刺しにされ、びくびくと震えるノーメマイヤー。生理的嫌悪感を覚えるような光景に、竦みそうになる身体に力を篭めて。震える腕で、槍の柄を掴む。まどかの手にでもそれはやはりそう重くは感じない。

けれどもその手に伝わる冷たい感触は、それが武器だということを認識させる。

 

「マミさん……お願いっ!!」

怖くて怖くて、どうしようもなくて祈る。誰に祈る。信じる神がいるわけでもない。縋れる誰かがいるわけでもない。だからこそ、一緒に居たいと思う人に。一緒に立ち向かう仲間に。今まで戦ってきた友人達に、祈る。

祈りを篭めて、突き立てられた槍の刃を引き、眉を引き裂いた。

 

引き裂かれた繭の中には、眠るようにマミの姿が横たわっていた。

 

「マミさん、まだ大丈夫だよっ!バイドになんてなってないよ、杏子ちゃんっ!」

まだ助けられる、きっと助かる。声の限りに呼びかけながら、繭の中からマミを引きずり出す。こんな繭の中に手を突っ込むのは怖くて、意識のない人の身体は重くて。

なかなかマミの身体は引きずり出せない。そんなまどかの震える手を、杏子の手が取った。

「一気に引っ張り出すぞ、いいな、まどかっ!!」

「うんっ!!」

二人がかりで引きずり出した。ブチブチとマミを絡め取る繭が引きちぎられて。ついには二人の手の中に、マミの身体が帰ってきた。

「マミさん!マミさんっ!マミさん……っ!!」

感極まって、マミの身体にすがり付いて呼びかけるまどか。一仕事は終えたが、本当に大変なのはこれからだとばかりに、表情を引き締める杏子。

事実、マミを救いえたとしてもまだ、ここから帰還する方法がわからない。そもそも、あのバイドだってこれで倒れたとは思いにくい。

「とにかく一回逃げるぞ。あいつをやるにしても、マミを目覚めさせるにしてもここにこのまま留まってるのはやばい」

「っ、うん。わかったよ杏子ちゃん」

二人でマミの身体を抱えて、ノーメマイヤーから距離を取る。この円環から抜け出せば、ひとまず逃れることはできるだろうか。そう思って、そこで初めて外に意識を向けた。

 

「何だよ、こりゃあ」

そこには、何もありはしなかった。この重力の歪んだ円環。それがこの精神世界の全てだったのだ。何もない、存在しない絶対の虚空。足を踏み外しでもすれば、それだけで全てが終わってしまいそうな。

これが人の精神世界だというのなら、本気で彼女の心の狭さを疑いたくなる。

何より重要なことは、そう。

「逃げられない、ってことかよ。冗談だろ?」

いかに現実とは違う場所とは言え、装備もなしに身一つでバイドに立ち向かうなんて。バイドのことを知っていればいるほど、自殺行為としか思えない。

それでも、やるしかない。チャンスがあるとすれば今だけだ。

「まどか、マミのこと頼む。……ちょっと行ってくるわ」

まだ身体は痛む。それでも動く。魂だけのはずなのに、身体が痛むってのもおかしな話だよな、なんて思った。

……少しだけ、痛みが和らいだような気がした。

いまだびくびくと蠢くばかりのノーメマイヤーへ向かって、走る。突き刺さったままの槍を引き抜こうと手を伸ばした、その腕を。

繭の中から飛び出した、緑の結晶体が撃ち抜いた。

 

「っ!?ぐ、っ」

今までのよりも小さく、そして速いその結晶体は、伸ばした杏子の腕を撃ち抜いた。千切れて飛んでいく、くるくると回って、そして落ちる。まるで自分のそれだとは信じられないかのように、呆然と杏子はそれを見つめて。

最初に感じたのは衝撃。次に感じたのは、焼け付くような熱さ。それはすぐに、激しい痛みへと転じた。

「あああああぁぁぁぁぁあッ!!!?」

吹き飛ばされた腕を、その断面を押さえながら杏子がもんどりうって転がり、叫ぶ。その断面からは血は流れない、けれども焼け付く熱さも痛みも本物で。

「そんな、杏子ちゃん……杏子ちゃんっ!」

マミの身体を抱えて、まどかが叫ぶ。どうすればいい。どうしたら助けられる。考える。考える。答えは、出ない。それが絶望だというのか。

「どうしたらいいの、どうしたら………助けて、助けてよぉ、誰か……」

絶望に瀕して人の出来ること。諦めるか、それとも祈るか。全ての希望を捨てて、終わりを受け入れるか。希望に縋り、願い、心を繋ごうとするか。

そして希望は須く裏切られ、心は砕け身は折れる。抗いがたい絶望の象徴、バイド。それと戦う人類が、今まで嫌というほどに見せ付けられてきた末路だった。

 

「っはは、はははっ。ざまぁねぇや。こんなんじゃ、さやか達に合わす顔がないな」

杏子の顔にも諦めの色が浮ぶ。それを後押しするかのように、ノーメマイヤーが動き始めた。その身を食い止める槍を抜き払い、勝ち誇るようにゆっくりと、円環を這い回る。

そして、杏子の真上で停止した。そして、降り注ぐ結晶体。

せめて、苦しまずに済むように。せめて痛みが一瞬で済むように。全身の力を抜いて横たわり。諦め混じりに囁いた。

「ごめん、さやか」

 

須く、という言葉は全てを意味する言葉ではない。

希望が全て裏切られるなら、どうして人は命を、意志を紡いでゆけるのだ。

希望を繋ぐもの、誰かを救うもの、救いえるもの。それは必ず存在する。ただ、望まれる数よりは酷く少ないというだけで。

それと出会えることこそが、まさに奇跡と呼べるほどの出来事だというだけで。

 

奇跡を起こすのは、誰か。伝説に謳われた英雄か、それとも偉大な魔法使いか。

それは恐らくどちらもフィクションの存在でしかない。それでも、魔法の名を持つものは居る。その名がたとえ唯のお飾りであったとしても、彼女は魔法少女なのだ。

 

だから今、今こそ声を大にして言おう。奇跡も、魔法もあるのだ、と―――。

 

 

 

 

甲高い音を立てて、降り来る結晶体が打ち砕かれる。それを打ち砕いたのは、一発の銃弾。その射手はまどかの腕のなか。

横たわるマミが急にその手を動かして、その手に生じた銃を構え、放ったのだ。

「えっ……」

「な……っ?」

その射手は、ゆっくりと身を起こす。結晶体はまだ降り注ぐ、それを確認してまた、放つ。

その手にあるのはマスケット銃である。本来であれば一発撃てばそれで終わり。だがそれがどうしたというのか、尋常ならざるその魔銃には、弾切れを案じる必要などはない。

的確に、冷静に降り注ぐ結晶体を打ち抜き砕きながら、彼女は。

――巴 マミは、目覚めた心を走らせた。

 

「ずっと、ずっと聞こえていたのよ」

視線は敵から逸らさない。放たれた魔弾は過たない。

「美樹さんが、暁美さんが、そして……杏子さん。まどかが呼んでいてくれたこと」

降り注ぐ結晶体の量が増える。中には杏子の腕を食い破ったあの緑のものも混じっている。速い。

もう片方の手にも魔銃を生み出し、構える間もなく放つ。打ち抜かれてまた、砕け散る。

「怖かったの。私は死んだんだって思い込んでた。何も考えずに居られると思ってた。でも、届いたから。聞こえたから。助けてっていう声が。助けてあげたいって思ったの」

いつしか、杏子のみならずマミの頭上にも結晶体が迫る。それを軽くステップを踏むようにかわしながら、射手は放ち続ける。

「そうしたら、身体が動いたの。もう一度戦う力が湧いてきた。……だから私は、もう一度戦うわ。絶望を齎す絶対の悪意。バイド。あなた達とっ!」

マミが両手を大きく広げる。そこから現れたのは、同じく無数のマスケット銃。それらは誰にも触れられることなく敵の方を向き、そして。

 

「食らいなさいっ!!」

一斉にその魔弾を吐き出した。斉射、次々に銃弾がノーメマイヤーを穿つ。更に2秒、次弾の装填に費やしてまた斉射。迫る水晶体を穿ち、更にその奥の敵を撃つ。

「すっげぇ、なんだこりゃあ」

「マミさん……すごい」

その姿は、まさに言葉通り本物の魔法少女のようで。いつしかマミの姿もまた、魔法少女のそれへと変容と遂げていた。

 

穴だらけにされ、打ち抜かれ。今度こそ動きを止めたノーマメイヤー。それを一瞥し、マミがまどかに振り向いた。

「マミさん……本当に、マミさんなんですかっ!?」

「ええ、勿論よ。なんだか久しぶりね、まどか」

かつて出会った時と変わらない、力強さと優しさを秘めた笑みを湛えてマミはまどかに言葉をかけた。

帰ってきたのだ、マミが。本当に。色々と理解できないことの連続、けれどそれだけは事実。感極まって、まどかの瞳から涙が零れた。

「そんなに泣いてちゃだめじゃない、まどか。……今は、泣くより先にやることがある、でしょう?」

そっとまどかの頭を撫でて、マミは静かに、優雅にさえ見える足取りで歩きだす。その先には、呆気にとられたような表情で、腕を押さえて横たわる杏子の姿。

 

「あなたも、私を助けてくれたのね。ありがとう……杏子さん、でいいのよね」

少なくとも、敵である風には見えない。というよりも、これに縋るしか生き延びる手はなさそうだ。杏子はまだ動くほうの腕を差し出して。

「佐倉杏子だ。まあ、助けに来たつもりで助けられてりゃ世話ないけどね」

呆れたような口ぶりに、マミも小さく笑みを零して。

「本当、手間をかけさせてしまったわね。ちょっと待っていて」

マミがその手を握る。いつの間にか黄色に戻っていた円環から、リボン状の何かがするりと零れ出て。それは、打ち抜かれた杏子の腕を絡めとり、引き寄せた。

そのまま腕を杏子のちぎれた腕に添えて、リボンでぐるりと縛って巻いた。

「お、おいっ!何するつもり……ぁ痛っ!?!」

ぱん、と軽くリボンの上から腕に触れる。黄色い輝きが煌いて、気がつけば腕に巻かれたリボンは消えていた。

そして、腕もまた元通り、継ぎ目すらなく繋がっていた。

 

「これで大丈夫のはずよ。安心して」

「あんた……神様か何かかよ」

流石にこれには驚いて、目を見開いてマミを見る杏子。マミは、そんな視線を受けて得意げに、もともと豊かな胸を更に張って。

「ええ、そうとも言えるわ。少なくとも今は」

大きく両手を広げて、まるで先刻でもするかのように。

「ここは私の精神世界。つまり、私が私である以上、私が私と知る以上!この世界の全ては私の思うまま。まさしく全知全能よ。ふふ、驚いたかしら」

つまりは、そういうことであるようだ。

「……なんか、納得いかねーけど。治してもらったのも事実だ。認めるよ」

「ふふ、ありがとう。それじゃあ速攻で片付けちゃいましょうか!」

そして再び敵を見据える。散々に打ち抜かれ、ボロボロになったノーメマイヤー。

既にその身は黒く変色し、結晶体を生み出すことすらままならない。

最早狙いを定める必要すらもないほどに、その動きは鈍重。それでも油断はしない。バイドとの戦いではそれは命取りとなる。身をもって、命をもってそれを知ったマミに、最早油断も慢心もない。

 

無数に出現した銃を束ねて、一つの巨大な銃口と変える。突きつけるのは殲滅の意志。放つのは必殺の一撃。

まさにそれは最終射撃。止めるものなど、止められるものなどありはしない。

「これで終わりよ。……ティロ・フィナーレっ!!」

放たれた最後の魔弾。それは波動砲とも見まごう程に眩く、力強く、バイドを打ち抜き焼き払う。苦悶の悲鳴のような声をあげ、ノーメマイヤーが光の中に消えていく。

その姿が完全に消滅し、世界からバイドの残滓が全て消えたことを確認して、マミは銃口を下げた。

そして振り向いて、軽く首を傾げて最高の笑顔を浮かべて。

 

「……さあ、帰りましょうか」

 

 

 

 

暗闇の中、ぼんやりと沈み込んでいた意識が覚醒していくのをさやかは感じていた。意識は覚醒しても、疲れきった魂は身体を動かしてはくれない。

それでも、頭だけは回ってくれる。だから考える。どうすれば助けられるのかを。けれどもさやかは何か違和感を感じていた。暖かいのだ。

疲れきった身体は、ベッドで布団に包まっていてもどこか体の芯に寒さを感じていた。だが、今は違う。暖かい。暖かな毛布にでも包まれているような感じがする。

事実、何かに包まれている。いや、抱かれている。何だろう、わからないけれど心地よい。気になってしまう。動かない身体に喝を入れて、何とか目だけはうっすらと開いた。

そこに居たのは、さやかを抱きしめて眠っているマミの姿だった。

これは夢だ。あんまりにもマミのことばかり考えているから、夢にまで出てきてしまったのだ。でもせめて夢の中で位、もう一度マミと話がしたい。

「………ま、み……さん」

やっとのことで、掠れた声が一つだけ転げ出た。夢の中でくらい、もう少しちゃんと身体が動いてほしいものだ。

するとどうしたことか、目の前で眠るマミがその目を開いて笑いかけているではないか。

 

「美樹さん。起きたのね?……無理はしなくていいわ。今はゆっくり休んで」

いい夢だ。こんな夢ならずっと見続けていたい。さやかの胸が安堵で一杯になる。するとまた、疲れきった身体は休息を求めはじめる。

視界がぼんやりと霞み、意識さえ沈んでいく。嫌だ、たとえ夢でももっと話したい。もっとマミと一緒にいたい。願いとは裏腹に、どんどん意識は闇へ沈んでいく。

「大丈夫よ、ずっと、ずっと側にいるから」

静かに囁くマミの声を最後に、再びさやかの意識は途切れた。

 

 

翌日、本当に隣で寝ているマミに気付いて。喉も枯れよと言わんばかりに泣きついて、縋りついたのは言うまでもない。

何はさておき、ともかく。巴マミは再び舞い戻ったのである。

 

 

 

 

「で……えーっと、どうして私はこうなっちゃってるのかなー……なんて」

さやかは、はにかむような、ちょっと困ったような表情でそう呟いた。椅子に座って、背筋をぴんと伸ばして落ち着かなさそうに。

「もう、いい加減観念しちゃいなよ、さやかちゃん」

そんなさやかの髪を梳き、前髪にすっと紺碧色の髪留めをさして、まどかが笑う。

「そうよ美樹さん、今日はとことんおめかしさせてあげちゃうんだから」

ぽんぽんとさやかの頬に軽くパフを当てながら、とても楽しそうにマミが言う。

 

「くくっ、さやかの奴たじたじじゃないか。……でも、ま。満更でもなさそうか」

そんな様子を、少し離れて眺めている杏子。思わず綻びそうになる顔を、きゅっと引き締めて。けれどもまた緩みそうになってしまって。

「いいものね、ああやっておめかしするっていうのも。きっと見違えると思う」

微笑ましげに、そんな姦しい様子を眺めているほむら。雰囲気に当てられているだけで、どこか気分が浮かれてきてしまう。

 

「ほんと、参っちゃうよなー。もう」

どうしても、表情がにやけてくるのを抑えきれない。鏡をみると、ちょっとにやけたさやかの顔が映っている。薄めのお化粧施して。唇には、薄桃色のリップを指して。濃紺のワンピース、胸元にはワンポイントのネックレス。

本当に何時もとは違う、しっかりばっちりおめかし決めた姿で座っていた。

 

何故こんなことになっているのかといえば、マミが目覚めた日の翌日まで遡る。マミは目覚めた後、船の設備で検査を受けたが、後遺症らしきものは見られることなく、すぐに動き回れるようになるほどに回復した。

流石に三ヶ月以上も時間が過ぎていたということには驚いたようだったが、それもすぐに慣れたようだった。

ほむらはその日のうちに、マミに全てを告白した。自分の正体。助けられたのに助けなかったこと。それが結果として、さやかを戦いへと投じさせてしまったこと。

そして謝った。許してもらえるとは思えなくても、それでもやはり伝えておきたかったから。マミは、そんなほむらに少しだけ困ったように笑って。

ほむらの正体には少しだけ驚いた、それでも必死に助けようとしてくれていたのを知っていたから。だからいいのだと、むしろこちらこそありがとう、と静かに頭を垂れるのだった。

涙を零しながら、嗚咽交じりの謝罪の言葉を漏らすほむらを、マミはそっと抱きしめていた。

 

マミが戻ってきて、もう一ついいことがあった。まどかが明るくなったのだ。マミを助けられたことがきっと、まどかにとっても自信となったのだろう。

何も出来ない自分じゃない、助けられた。その確かな成果は、本当に見違えるようまどかを明るくさせていた。さやかも一気に気負うものがなくなったようで、今まで見たことがないほど楽しそうに笑っていた。

そんな中、つい口が緩んで恭介のコンサートのことを話してしまったのだ。

そうなれば後は勿論、恋する乙女の話すこと、である。もとより恭介とさやかの間のことは知っていて、心のどこかに引っかかっていたまどかは絶対に行くべきだ、と渋るさやかに詰め寄った。

なによりさやかの心を決めさせたのはきっと、マミの言葉だったのだろう。

いつ死ぬかもわからない、そんな戦いに身を投じるのなら、そんな生き方だからこそ心残りは作るべきじゃない、と。自分の想いに正直になるべきだ、と。

最早尊敬に近い思いを抱いていたマミの言葉に、流石のさやかも抗い切れなかったようで。

それからはコンサートに行くための服を用意したり、皆でおめかしを考えたりと、なかなかに忙しい休暇となった。けれども、マミを交えたその休暇の日々はとても楽しくて。

今までのなかなか心の休まらない日々とは違う、本当に心から休まることのできる日々だった。

 

そしてコンサートの当日。皆で精一杯に着飾らせて、こんな姿に至ったわけである。会場時間はもうすぐだ、否が応でも緊張は高まってくる。鏡に映った自分の姿に、それを改めて思い知らされる。自然とにやけた顔も緊張で強張ってくる。

そんなさやかの気持ちを察して、マミがその肩に手を置いて。

「……どんな選択をしたって、それはあなたの自由よ。美樹さん。でも、後悔だけはしちゃだめよ?」

そして最後に、しゅっと香水を一吹き。その触れる手の感触が、改めてマミがここにいるのだということを思い知らせてくれる。

胸の中に、じんわりと暖かなものが込み上げてくるのを感じながら、さやかは小さく頷いた。

 

「そろそろ時間だね、さやかちゃん。……えっと、上条くんにもよろしくね」

「あはは、ちゃんと会えるかどうかもわかんないけどね。……うん、ここまで来ちゃったんだ。こうなったら、しっかりどうにかこうにか顔突き合わせて、話してくるよ」

沢山の友達が、仲間が力を貸してくれる。心配してくれる。なんだかそれが嬉しくて。だからこそもう一度向き合おうと思えた。

まどかににっこりと笑いかけて、さやかは一つ大きく頷いた。

「足の準備は出来てる。さやか、さっさと行こうぜ」

掌の中の鍵をぎゅっと握って、杏子が扉の前で促す。慌ててさやかは立ち上がり、小さなバッグを一つ携えそれに続く。

「うん、悪いね、送ってもらっちゃうなんてさ。って言うか、本当に運転できるの?」

特例だけど免許はちゃんと取っている、と言い張る杏子。杏子の腕を疑うわけではないのだが、本当なんだろうかとちょっと不安になる。

「安心しな。ちゃんとあたしらに相応しいものを借りてきたからさ」

「……あー、もしかして」

何となく、待っているものが何かわかったような気がして苦笑。

 

外に出たさやかを出迎えていたものは。

「……ま、こんなんだよねぇ」

見るからにR戦闘機、それもどこかさやかの乗機と形が似ている。恐らくR-11系列のフレームが流用されているのだろうが、その大きさ自体は非常に小さいものだった。概ね軽乗用車を一回り大きくした程度、だろうか。

「ちゃんと民生用の再開発もされてんのな。レンタカーの隣に並んでたよ。まあ専用の免許いるからね、なかなか乗る奴なんざいなかったみたいだけど」

現に、杏子がそれを借りた時にも相当揉めたのだ。免許はある、でもいくらなんでも子供すぎる、といった感じで。

「さあ乗りな、一気に飛ばして送っていってやるぜ」

「うん、それじゃ任せちゃうとしますかね。頼むよ、杏子」

後部座席はなかなか広い、これなら同時に三人くらいは座れる気がする。そして操縦席に杏子が乗り込んで、個人用小型飛行機、エア・ランナーは走り出した。

青く輝く尾を引いて、住宅街の空の上を。

 

「いやー、見滝原もこうして上から眺めてみると、綺麗なもんだねー」

眼下には街の明かりが、人々の営みが、流れるように走っていく。街を空から眺めるという、滅多にない経験に少しはしゃぎ気味のさやか。飛ばせばものの5分くらいで着いてしまいそうだが、この分ならもう少しゆっくりしていてもいいかもしれない。

街の上空を飛ばしながら、杏子は口を開いた。

「なあ、さやか……あんたは、さ。これからどうするんだ?」

「ん?これからって、そりゃあ恭介に会って……話、して。かな」

「いや、そーゆーことじゃなくてさ。この先……まだ、戦っていくのかってこと」

何となく言い辛そうに、軽く片手で髪を弄びながら杏子が言う。何故そんなことを聞くのか、とさやかは不思議そうに首を傾げた。

「さやかは、マミを助けられなかったのが悔しくて、その代わりに戦ってやろうと思ったんだろ?でも、そのマミはもう助かった、あんたとほむらと、あたしとまどかが助けた」

ああ、そうか。とさやかは思い出したように顔を上げて。

「だからもしかしたら、あんたにはもう戦う理由も必要もないんじゃないかな、ってさ。……いや、悪い。変なこと聞いたな」

なんだか、こういうことを言うのはらしくない。こういうときはさっさと打ち切ってしまうに限るとばかりに言い切って、機体の速度を上げた。

 

「そっか、それが気になってたんだ。杏子は。……もしかして、あたしと一緒に戦えなくなるのが寂しいとか?」

冗談半分、からかい半分といった感じでさやかが言う。

「お前なー……。まあ、今は二人きりだし正直に言ってやるよ。あたしはあんたと一緒に戦いたい。でも、さやかが降りたいって言うなら止めるつもりはない。……ま、そんなとこだよ」

機体は空を駆ける。コンサートホールはすぐそこだ。

「あたしは……どうしたいのかな。今更魔法少女止められるもわからないんだけどさ」

葛藤。確かにさやかの戦う理由はマミの存在に依存していたところが大きい。

マミを失ってしまった、助けられなかったからその代わりに戦う。それが理由だった。けれど、そうして走り続けて、戦い続けて随分時間も過ぎた。

果たして今もまだ、その理由だけで戦い続けているのだろうか。けれど、その理由の最たる部分は失われてしまった。

 

「ついたぜ、さやか。……しっかり決めてきな」

考え込む間もなく杏子の声。気付けばそこはもう、コンサートホールの駐車場。流石にこんなもので降りてくると、周りの人々の目を引くようで。驚いたようにその機体を見上げていた。

「……ありがと、杏子。あたしもちょっと考えてみるよ。これからあたしがどうしたいのかをさ」

機体を飛び降り、地面に降り立つ。

恭介のいるであろうコンサートホールをじっと眺めて。一つ大きく深呼吸。

「さあ、行ってやろうじゃないの!」

大きく、力強く頷いて。さやかは歩き出した。過去に置き忘れてきた、自分の想いと向き合うために。そこからどう進むのか、自分の意思で決めるために。

決別なのか、帰還なのか。全てを決めるは自分自身。さやかの足は、未来へ向けても歩き出していたのだ。

 

「さやかさん、来てくださったんですね」

コンサートホールに入って、受付を済ませて会場へ。

その途中でさやかを呼び止めたのは、黒のロングドレスを身に纏った仁美だった。

「仁美!?え……あ、あれっ?どうしてっ?」

「あの時さやかさんに渡したチケット。あれは知り合いの伝手でもらったものですの。けれど、自分の分のチケットはちゃんと予約しておいたのですわ」

「な、なるほど……そっか」

よく考えればそれもそうか、と納得したように頷いて。一人きりじゃないと思うと、それはそれでちょっと嬉しいさやかなのだった。

 

「さやかさん」

「え、どうしたの仁美?」

「まだ、始まるまではしばらく時間がありますわ。……少し、お話しませんか?」

仁美の表情は、少しだけ憂いを帯びたようなもので。その表情を見て改めて気付く。こうしてちゃんと仁美と話ができるのはもしかしたら、これが最後かも知れない、と。

「うん、そうだね。前は全然話してる余裕なかったし、少し話そっか」

そして長椅子に腰掛けながら、行き交う人々を眺めて二人、佇んで。

とはいえ、何から話せばいいのやらと言葉に詰まってしまって。

「さやかさん……教えてくださいませんか?」

ぽつりと、仁美が切り出した。

「教えるって、何を?」

「一体、さやかさんとほむらさんに何があったのか。あの修学旅行の日、宇宙で何を見てしまったのか」

 

さやかの目が見開かれる。

気付いていたのだ、仁美も。すべての始まりはあの日だと。あの日あの時何かを見て、そしてさやかとほむらは帰ることができなかった。原因は、その時見てしまった何かなのだろうと。

「……それ、は」

掠れた様な声でさやかが呟く。言える訳がない。けれどこれだけ真剣な仁美を、誤魔化しきれるものだろうか。

ただでさえ隠し事なんてのは得意ではないのだ、さやかは。そもそもにして、こんな反応を返す時点で何かあるのは明白なのだ。

「何もなければそれでいいんです。でも、お二人何かあったんじゃないかって。何か、大変なことに巻き込まれているんじゃないかって、心配で……」

俯いて、言葉を続ける仁美の声は震えていた。

さやかが戦うことに悩んできたように、まどかが抱えた秘密に押しつぶされそうになったように。仁美もまた、友人達の行方が気がかりでならなかったのだ。

「仁美。……ごめん。心配かけちゃって。でも、やっぱり話せないよ」

「話せないようなこと、なのですわね」

静かにさやかは仁美を見つめて。仁美も、さやかに真っ直ぐ視線を向けて。

「うん。ごめん。仁美は大事な友達だけど……ううん。友達だからこそ、話せないんだ」

仁美は何も返さない。ただ、痛みを堪えるように目を伏せて。

「あ、でもさ。あたしは一人じゃないんだ。ほむらだって一緒だし、マミさんっていう素敵な先輩もいる。杏子っていう、ちょっと生意気だけどすごい仲間思いな奴だっている」

そんな仁美を安心させるように、少しおどけた調子で言葉を続ける。

「それに、今やってることだってきっといつか全部片付けて、帰ってくるから。だからさ、仁美。……もう少しだけ、待っててくれないかな」

そのいつかはきっと、今すぐではない。人類が長らく続けてきたバイドとの戦いが、そう簡単に終わってくれる訳はない。

それでもさやかはそう言った。それは、いつか全てを終わらせて帰るためでもあったのかもしれない。

 

仁美も、静かにさやかの言葉に耳を傾けていたが、やがて顔を上げて。

「……信じますわよ、さやかさん。必ず、必ず帰ってきてくださいね」

静かにそう言って、にこりと小さく笑ったのだった。聞きたいことは沢山あった。それでもさやかが話せないと言っていた。そして、必ず帰ってくると言っていた。信じよう。仁美はそう思った。

「さあ、そろそろ始まりますわね。行きましょう、さやかさん」

仁美はさやかに手を差し出して。

「うん。……あの、さ。色々とありがと、仁美」

軽く笑って、さやかはその手をとった。

 

コンサートホールはやはり満員、故郷へ戻った天才少年を、誰もが迎えていた。

そんな人の山の中、客席の中列左側。さやかは一人座っていた。仁美は少し離れて中央寄りの場所。指定席なのだから仕方ないのだけど。

もうじき開演、さやかはなにやら心臓が高鳴るのを感じていた。

一年以上。もうすぐ二年。会えない時間はそれなりに長かったのだ。その間、恭介は何をしていたのだろう。どんな風に過ごしてきたのだろう。

思いを、戸惑いを詰め込んで、コンサートホールに開演を告げるブザーが鳴り響く。そしてついに舞台の上に、恭介の姿が現れた。

その手に己が愛器を携えて、迎える人々の視線を真っ直ぐに受け止めて。一つ、小さくお辞儀して。バイオリンを構えた。

 

流れ始めたその音楽は、静かに、優しく。けれど力強くホールを揺らしていく。それはさやかにとっては懐かしく、それでいて新鮮な調べ。

いつも聞かせてくれていた、恭介が奏でていた曲だった。

本当に久しぶりだった。こうして恭介が奏でる曲を聴くことが出来たのは。自分には助けてあげることができなかった。けれど、恭介は今こうして、立派に復活を遂げている。

多くの人に、その手が奏でる曲を聞かせることができた。これだけ多くの人に迎えられている。

それが嬉しかった。ただただ、嬉しかったのだ。

 

「さやかの奴。今頃よろしくやってんのかな」

街の上空に浮かべたまま、器用に足先で操縦桿を操りながら。両手を頭の後ろで重ねて、杏子が小さく呟いた。

迎えに行く時間まではまだしばらくある。けれど何故だか家に戻る気にはなれなくて。流れていく街の明かりを眺めながら、静かに一人考えていた。

「はぁ……ほんと、あたしはどうしたいんだろうな。さやかと一緒に戦いたい。それだけなんだけどさ。………もしもあいつが降りるって言ったら、もう戦わないって言ったら。あたしは……まだ戦えるのかな。ほむらや、マミと一緒に、か」

仲間がいるというのは、悪い気はしない。けれども自分の今の戦う理由は、そのほとんどがさやかに依存しきっているのは事実なのだ。

「駄目だよなぁ。こんなんじゃ。……ロスに顔向けできないよ」

自分は何も変わっていない。誰かのためにしか戦えていない。ロスの為だったのが、今はさやかの為になっているだけだ。

こんなことで、本当に見つけられるのだろうか。自分だけの、自分の為だけの戦う理由。

 

「何か、考えてると気が滅入ってくるね。……少し飛ばすか」

エア・ランナーは、小型なだけに性能もそれなりだ。速度は普通の自動車程度。どれだけ飛ばしても時速100kmを少し超えるくらいでしかない。それだけに、流れる景色も空気も、R戦闘機に乗っていた時と比べるとどこか物足りない。

あまり気は晴れない。

「ん……通信?」

借りてきた機体だけに、通信機能は最低限。

返却期限を告げるような時にくらいしか使われないもののはずなのだが。一体誰が、と訝しがりながら通信のチャンネルを開く。

 

飛び込んで来た、声は。

 

「杏子、聞こえている?さやかを連れてすぐにティー・パーティーに向かって」

ほむらの声だった。切羽詰ったような声。

「……随分穏やかじゃないね。何があった?」

概ね想像はついている。家ではなく、ティー・パーティーに戻るように告げたこと。そして、さやかを呼び戻したこと。恐らく、それは間違いなく。

「バイドよ。こちらに接近しているわ」

「やっぱり、な。まあいいじゃんかよ。今日はさやかにとって大事な日なんだ。バイドくらい、あたしらで蹴散らして……」

「そんなことを言っている状況じゃないの!さやかを連れて早く戻って!!」

ほむらのあまりの剣幕に、杏子の言葉は遮られた。

「接近しているのはただのバイドじゃないわ。……バイドに乗っ取られた、巨大戦艦なのよ」

「なっ……」

 

 

「な、なんじゃそりゃぁぁーっ!!」

公演の途中、奏でられる曲を遮って告げられたバイド出現の警報。一気に騒然となるホールの中で、一際大きな声が響く。

両手をわなわなと震わせながら、さやかが立ち上がり叫んだ。何でわざわざこんな時に、どうして邪魔をするのだと。やるせない思いを篭めて叫んだ。

するとそれは思いのほか大きく響いてしまったらしく、周りの視線が集まっていた。

恭介もまた、さやかを見つめて目を見開いた。

騒然となって、人々が争いあうように外へと駆け出していく。言葉も掻き消されてしまうような喧騒の中で、恭介とさやかは確かに見つめ合っていた。

その二人の間だけが、まるで音が消えてしまったかのように。

少しだけ躊躇うようなそぶりを見せて。恭介はその手のバイオリンを床に置いた。そして、人ごみの中を掻き分けるようにして進み始めた。こちらへ向かってきている。

 

「恭介……あたし、あたしは……」

けれどもどうしても人が多い。その上に半ばパニック状態にもなっている。なかなか進めるものではない。それでも少しずつ、少しずつこちらに向かってきている。

「あたしは、もう一度会いたい。会って、話がしたいんだ。恭介っ!!」

さやかもまた、人ごみを掻き分けて恭介のもとへと向かう。人の海に揉まれ、流されそうになりながら。手を挙げ声を高く響かせて、互いの場所を知らせあって。

そしてそんな人々の最中で、正面からぶつかり合うようにして、二人は出会った。

決して短くない時間の果て、再会は果たされた。

 

「さやか、さやかっ!!」

「恭介……恭介っ!!」

勢いづいていたからか、思いがけなく互いに抱きしめるようになってしまう。離れようにも、逃げ惑う人々はそれを許してはくれないようで。

「ご、ごめんさやか……っく、動けない、っ」

そんな風に抱きしめられて、あふれ出してしまった。

止められなくなってしまった。今までずっと押し殺して、隠してきた本当の気持ちが。

「……ううん、恭介。お願いだから、もう少しこのままにしてて」

こちらからも腕を回して、抱きしめて。恭介の胸に顔を埋めてさやかは囁いた。ずっと一緒にいたかった、もっと一杯話したいことがある。

なのに言葉は何も出てこなくて、抱きしめあう感触だけで、胸が一杯になってしまった。

今だけは、魔法少女のことも、自分の戦う理由のことも、迫り来るバイドのことも。全てを忘れてその感触に酔いしれていた。それはまるで甘美な夢のようで。

重く冷たい現実は、さやかの中に入り込む余地すらも与えられなかった。

 

「さやか……来てくれてたんだね。本当に久しぶりだね」

お互いの体温が感じられる程に身を寄せ合って、抱きしめあって。このまま時間が止まってしまえばいいのに、とさえ思う。

「うん……ほんと久しぶりだよ、恭介。元気してた?」

「ああ、この通りさ。でもやっぱり海外は慣れなかったけどね」

かつて見たときと同じように、柔らかく恭介は笑う。さやかも笑う。喧騒の中、かき消されそうになりながらも囁きあって。

「ずっと、さやかに謝ろうって思ってたんだ。あの時はひどいことを言っちゃったよね。そのままずっと謝れなくて、気になってたんだ。だから……また会えてよかった。ごめん、さやか」

「いいよ、そんなの気にしなくなって。恭介がまた演奏できるようになったんだって、わかったから。あたしは、それだけで凄く嬉しい……いや、そうじゃない、かな」

そう言い切ろうとして、思いとどまって言葉を止めて。訝しげに尋ねる恭介の顔を、抱きしめる力を強めてさやかは上目遣いに見上げると。

 

「実は、さ。あたしもずっと言えなくて、後悔してたことがあるんだ」

そこで一度言葉を切ると、さやかは高鳴る胸を押さえて、一つ大きく息を吸い込んだ。

そして、意を決したように口を開いた。

「――あたしさ、あんたの事、好きだったんだ」

「え………っ」

打ち明けた、一度打ち明けてしまった心はもう止められない。

「ずっと、ずっと好きだったんだ。でもさ、あたし達って幼馴染だったじゃん。ずっと、親友?みたいな感じだったじゃない。そこから更に踏み込むのが、怖くてさ」

言葉にすれば驚くほど自然に、隠してきた思いは零れ落ちて。胸の中に痞えていた、とても大きな何かがすっと消えていくようだった。

「でも、今言えなかったらきっとあたしは後悔する。だから、もう一度言うよ。あたしはずっと、恭介の事が好きだったんだ。……ちゃんと伝えられて、よかった」

 

そう告げて、さやかは身を離した。答えは聞きたくなかった。それは我侭だってわかっていた。言いたいことだけ言って、勝手にいなくなってしまう。酷いことをしているのもわかっていた。

甘い幻想は、もうお終い。

大きく息を吸い込むと、空気と一緒に重く冷たい現実が、さやかの中へと染み込んできた。

「あたし行くね、恭介。また会えたら、その時に答え、聞かせてよ」

「待って、さやか!どこへ行くんだ!避難するなら一緒に……」

「違うよ」

人ごみに消えるさやかを追いかけようとした恭介に、手を突き出して告げる。

「あたしは逃げるんじゃない。戦うんだ。友達を、好きな人を、仲間を。皆を守るために、あたしは戦うんだ」

今まで過ごしてきた日常が、一緒の時を過ごしてきた友人が、ずっと恋焦がれていた人が。そして、これから共に戦う仲間達が、今危機に直面している。

ならばどうする?助けるより他に選ぶ道などありはしない。覚悟は決まった。戦う理由も見つかった。もう、躊躇うことなど何もない。

 

「何言ってるんだ、さやか。……さやかッ!!」

呼び声を背中に受けて、さやかは走り出す。人ごみを掻き分けて、シェルターへ避難する人の列から外れて。人気のない、開けた場所に出るとそのまま通信を繋いで。

「さやかっ!……ティー・パーティーで皆待ってるとさ、機体の準備も済ませてある。……戦えるのか、さやか」

不安げに、戸惑いながら問いかける杏子に向かって。思いっきりの笑顔を浮かべて、びしっと親指を立てて。

「勿論っ!見つけたよ、あたしの戦う理由っ!」

夜空を見据える。空の彼方には迫るバイドの巨大戦艦。ここからはまだ見えないが、戦火の音は聞こえてくるようで。

 

 

 

「――行こう、杏子。バイドから皆を守るんだ!」

力強く、そう叫んだ。

 

 

魔法少女隊R-TYPEs 第9話

       『PLATONIC LOVE』

          ―終―




【次回予告】
街を脅かす巨大な影。

「なんてもん積んでやがる、あの野郎……ッ」

かつてそれは我々を護る盾となるはずだった。

「あんなの撃たれたら、見滝原は……」

けれど今、それは我々の頭上に立ち塞がっている。

「間に合わない……っ!」

悪夢と、悪意に取り憑かれたまま。


悪夢を払うのはそう、いつだって人の意思と力。
新たな力を手に、少女たちは強大なる悪夢に立ち向かう。

「――ティロ・フィナーレ!」


そして、悪夢を超えて尚続く、悪夢。

「ここは、一体……」


次回、魔法少女隊R-TYPEs 第10話
          『DISASTER REPORT』
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