魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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二人の少女は出会ってしまった。どちらもまた、悪夢に全てを奪われた少女。
かつて悪夢と戦っていた少女、そして今尚悪夢に抗う少女。

二人の少女の運命が、暗黒の森で交錯する。


第11話 ―CERBERUS―

「……まどか?どうしたんだい、具合でも悪いのかい?」

マミを送り出し、一人モニターで戦況を眺めていたまどかが、急にソファーにその身を横たえた。その顔色はどうにも青かった。

「うん……なんだか、ちょっと気分が悪いのかも。……何か、変な声が聞こえるんだ」

まどかは耳元に手を当てて、その声に耳を澄ます。一体誰の声なのか、よくわからないくらいにその声はかすかで。けれどそれは、まだ幼い少女の声で。

――助けて。

そう、言っていたような気がした。

 

「なるほどね、そういうことは今までにあったかい?」

興味深げに、その瞳をくりくりと輝かせてまどかに問うキュゥべえ。まどかは、そっと手で目を覆って答えた。

「多分、ないと思うけど……変な夢を見ることはあったかな」

「どんな夢なんだい、それは」

「………よくわからないんだ。でも、誰かが帰ってこようとしてる。そんな夢みたいだった。ちょっと悲しい夢なんだ。……最近になって、見るようになったんだよね」

夢の内容は、あまりよくは覚えていない。それでも断片的な記憶を繋いでそれを伝えた。

キュゥべえは、静かにまどかの言葉に耳を傾けて。それから耳を軽く揺らして。

 

「……なかなか、興味深い話だね。ボクにも思い当たる節はある。まどか、ちょっと調べてみるかい?」

「原因がわかるの、キュゥべえ?」

「もしかしたら、ね」

薄く笑って、キュゥべえはその言葉に答えた。

 

 

 

 

 

(ケルベロス……さっきの連中の一員か?にしても、またガキが戦ってんのかよ)

どうしてこう行く先々で、子供が戦わされているところに出くわすのか。あまり気分のいい話ではないな、と杏子は内心で毒づいた。

「ああ、聞こえてるよ。こちらクロス・ザ・ルビコン。佐倉杏子だ」

「じゃあキョーコだねっ!よかった……本当にゆまのこと、むかえに来てくれたんだっ!」

すぐさま聞こえてきたその声は、嬉しそうな子供の声。それこそ戦場にいるのは似合わないほどに、無邪気な子供の声だった。

戦士にしてはあまりにも不釣合いで、一体どういうことなのか理解が追いつかない。とはいえ助けを求められているのなら、助けるよりしかたがなかった。それを捨て置くことなど、杏子にはできなかったのだ。

「別に助けに来たって訳じゃないんだけどな……まあいいや、ピックアップしてやる、場所を教えろ」

「場所……わからないんだ。真っ暗で、何も見えなくて。どうしたらいいかな、キョーコ」

確かにここは暗い。奥で灯る明かりがなければ、ほとんど何も見えない程に暗いのである。もしもゆまのケルベロスが機能を停止し、どこかに墜落しているのだとしたらそれこそ、現在地がわからなくなっている可能性もあるだろう。

 

「……とりあえず、手当たり次第に探ってやる。救難信号でも出せたら出しとけよ」

言い残して、杏子は機体を走らせる。レーダーには他の機体の反応はない。ひとまず先へ進むしかないだろう。

そうして先に進み始めた杏子の前に、バイドの反応が迫っていた。その元凶は光の球としか表現しようのない何かで、それはゆっくりとクロス・ザ・ルビコンへと迫っていた。

「ま、バイドの森の中だ。何が出てきたって不思議はないよな。……とりあえず、蹴散らすぜっ!」

触手装備型フォースの一つである、フレキシブル・フォース。その最大の武器である、触手先端より生じる黄色のレーザーネイル、ダブルスネイルレーザーが敵の光球を焼き払い、弾けさせる。

それと同時に、半ばカウンター気味に光弾が撃ち放たれた。そのエネルギー量はかなりのもので、フォースで相殺するのは難しい。しかたなく放たれた弾の間をすり抜けた。

 

「うぁぁっ!」

「っ!?ゆま、どうした、何があった!?」

唐突に聞こえた声は苦しげで、痛みを堪えるような声。

「わかんない……でも、なんだか急に体が痛くなって……っ、でも、だいじょーぶだよ、キョーコ」

(攻撃でも受けてるってのか?……急がねぇとまずいな。こりゃあ)

奥へと機体を進めようとしたその眼前に、更に迫る光球が二つ。だが、波動砲のチャージは既に済んでいる。

二つまとめて巻き込むように圧縮炸裂波動砲を放つ。撃ち出された波動エネルギーが着弾と同時に炸裂し、二つの球を纏めて破裂させた。そのままエネルギーの破片は飛散して、周囲の木や蔦にも食い込んでいく。

 

「きゃぁぁぁっ!!」

「ゆまっ!やられてんのか……くっそ、すぐ行く。もう少しだけ頑張れっ!」

杏子の顔にも焦りが浮ぶ。このままでは、ゆまがもたないかもしれない。

「ねぇ……キョーコ」

少し苦しそうな声で、息も絶え絶えにゆまからの通信が杏子の機体に届く。まだ生きているようだと、杏子も一応安堵したのだが。

「なんだよ、無駄口叩いてる暇あったら、何とかそっちの位置を教えろっての」

「ごめん、キョーコ。……でも何もわからないんだ。本当に、全然、わからなくって……」

無力感に苛まれてか、ゆまの声に泣き声が混じる。こんな所で泣き出されてはかなわない。

「あーもう、泣くなっての!とにかくすぐ駆けつけてやる。何か言いたいことがあるなら言えっ!」

奥にそびえる木が、波動砲の衝撃で折れて倒れた。機体を押しつぶそうと迫るそれを、紙一重で回避して杏子が叫ぶ。

 

「ありがと、キョーコ。………あの、ね。キョーコ。なんだか、すごく眠いんだ」

今までずっと眠っていたはずなのに、なんでこんなに眠いのだろう。絡み付いてくるような、抗いがたい眠気を堪えるようにゆまが言う。

「おい、馬鹿っ!寝るんじゃない!死んじまうぞっ!!」

ますますもって状況は悪化していく。何が起こっているのかはさっぱりわからないが、ゆまの状態は間違いなく危険だ。早く、一刻も早く助けに向かわなければ。

「だから、キョーコ。……何か、おはなしして?そうしたら、ゆま、がんばるから」

「お話……つっても、子供に聞かせるような話なんて知らないぞ」

「じゃあ、キョーコのこと聞かせて。……キョーコのこと、教えて欲しいな」

その声はか細くて、今にも途切れてしまいそうで。その願いに応えられなければ、それは本当に途切れてしまいそうだった。

「……わかったよ。聞かせてやるから、最後まで眠らず聞いてろよ」

(さやかの次はゆま、か。最近どうもこういう機会が多いな)

あまり思い出したくない記憶ではあるけれど、最近一度話したばかり。口から零れ出る言葉は随分と滑らかで。全てを失った日のことを。

ロスとの出会いを、そして別れを。そしてまた、新たな仲間と出会ったことを。暗黒の森を駆けながら、群がるバイドを打ち滅ぼしながら、ぽつりぽつりと話し始めた。

ゆまもまたそんな話に耳を傾けては、悲しそうに頷いたり、嬉しそうに笑ったり、けれどもやはり時折苦しそうに声を漏らしながら、それでも最後まで、眠ることなくちゃんと聞いていた。

 

随分時間は過ぎた。けれどまだ、ゆまのケルベロスは発見できない。

ただただ散発的に光の球による攻撃が、そして地面を這う蛇のようなバイドからの攻撃が

また、折れた倒れた木が襲い掛かってくる。それくらいのもので。

「そっか。……いいなぁ、キョーコは」

「そんな、いいもんでもないぞ。仲間って言っても、なんか妙な連中ばっかりだしさ。……まあ、退屈はしないけどな」

話を終えて一息ついた。ゆまが、笑っているような声で言葉を返した。

「キョーコは、なんだかゆまと似てるね」

「……お前も、そうやって戦いに巻き込まれた口かよ」

ゆまは少しだけためらった後に、その問いを肯定して答えた。

「うん。ねえ、キョーコ。……今度は、ゆまのおはなしを聞いてくれないかな」

「ああ、聞いててやるから。勝手に話してろよ」

またしても敵が迫る。この空間はなんなのだろう。どうして地球のすぐ側に、こんなバイドの森が存在しているのか。今まで、誰にも気付かれてこなかったのか。

疑問を抱えながら敵を撃つ。苦しげな声を上げながら、ぽつりぽつりとゆまが話し始めた。

 

「……ゆまも、ね。パパとママがバイドにやられちゃったんだ。すごくかなしくて、どうしていいのかわからなくて、ひとりぼっちで、すっごくさみしかったんだ」

この世界には、少なからずある話である。だけれども、それがありふれているからと言って、当事者にとってそれが悲劇でないはずはない。

(なるほどな、だから似てる、か)

まるでその空間そのものが迎撃の意志をもっているのか、次々に倒れ来るバイドの樹木。その間をすり抜けながら、杏子はゆまの言葉に耳を傾ける。

「でも、ね。ゆまが入院してた病院に来た人が、教えてくれたんだ。ゆまにはバイドと戦えるそしつがあったんだって。魔法少女になって、バイドと戦えるんだって。 そうすれば、もう一人じゃないんだって。だからね、ゆまは魔法少女で、R戦闘機のパイロットなんだ」

「っ……」

思わず、機体を進める手が止まる。こんなところにも、魔法少女がいるというのか。こんなところにまで、こんな子供にまで、奴らはその魔手を伸ばしたというのか。

そして、その状況はまるで……。

 

(まるで、ロスに出会う前のあたしじゃないかよ。ってことは何だ?あの時そのまま着いて行ったら、あたしも同じく魔法少女に……っ)

思わず機体を殴りつけた。何もかも失ってしまった子供を利用して、兵器に仕立て上げようとする。そんな非道に、そうまでしなければならないバイドという敵の、Rという兵器の闇の深さに怒りが込み上げてくる。

その怒りに任せて、迫る光球を押しつぶす。フォースをたたきつけ、更にそこから無数の弾丸を放つ。押しつぶされ、弾けた光球から敵弾が生じる。それをすり抜け、かわしていく。

 

「っ……ぁ。それで、ね。キョーコ。ゆまは、開発基地ってところで、パイロットをしてたんだ。いっぱいがんばったら、エバやみんながほめてくれたんだ。ゆま、やくたたずなんかじゃなかったんだ」

「辛くなかったのかよ。戦うのは、いやじゃなかったのかよ」

またしても苦しげな声。猶予はない。急いで見つけなければ。

けれどもどうしても、ゆまの身の上は杏子自身のそれと被ってしまう。理解者を得て、戦うことの意味や恐ろしさを知って、曲がりなりにもそれと向き合った杏子。

それに対して果たしてゆまは、どれだけ戦うことの意味を知っていたのだろう。

「こわかった、かな。つらかったかも。でも、がんばったらほめてもらえたからだいじょうぶだったの。……でもね、ある日、事件がおこっちゃったんだ」

一体この空間はどこまで続いているのか。ただただ、木々の間を抜けて突き進んでいるだけで。本当にこちらが正しいのかすらもわからない。

焦りと、怒りが杏子の心を澱ませていく。

 

「アイギスっていうところから、わるい機械が地球に落ちてきたんだ。それをやっつけるために、ゆまはケルベロスで地球にむかったんだよ。たいへんだったなぁ」

(アイギス?それに、地球に向かった……って、どういうことだ?)

何か、おかしなずれがある。ゆまはトゥルーグレイヴの一員ではないのか。だとしたら、何故こんなところにいる。何かがおかしい。

けれど、その違和感を決定付ける言葉はすぐに、ゆまの口から語られることとなる。

「それでね、キョーコ。ゆまはいっぱいいっぱい戦って、アイギスの中にいる、わるい機械をやっつけたんだ。でもね、その中からアロー・ヘッドが出てきたんだ。……あれ、どうしたんだろう」

思い出しながら、どこか楽しそうに話をしていたゆまの言葉が止まる。

「アロー・ヘッドが出てきて、それが。一番わるいやつで。ゆまは、それを追いかけて……追いかけて……?」

呆然と、震えた声でなにか、信じられないようなものを見てしまったような様子。

「何がどうしたってんだ、ゆまっ!……っとにもう、わけがわからないことだらけだっての!」

 

アイギス、アロー・ヘッド。断片的な言葉は一つの記憶を蘇らせる。少しでもバイドとの戦いの歴史を齧っていれば、忘れようもないその事件。

サタニック・ラプソディーと呼ばれた、事件のことを。

 

「いやぁぁぁ……ァァぁ――ッ!!」

突然の悲鳴。ノイズも混じって、酷く聞き取りづらいけれど。

「おい、ゆま!しっかりしろっての、ゆまっ!!」

「いや、いやぁ……エバが、みんなが……ぁぁ、ァァァァァっ!!」

フラッシュバック。蘇る記憶。あまりにも赤い、赤すぎる世界。視界。

幼い子供が受け入れるには、あまりにも辛すぎる記憶。

「キョーコ!キョーコっ!助けて、助けて……みんなが、いなくなっちゃったよぉっ!!イヤぁ……やだ、また、ひとりになっちゃうよぉ。だれも、いなくなって……うぐ」

その声は、泣きじゃくる様子は。あまりにも幼い子供のそのまますぎて。それはとてもではないが、戦う力を持つものの言葉とは思えない。

「ピーチク鳴いてんじゃねぇ!……すぐ駆けつけてやる。だから、安心して待ってろ」

あまりにも引っかかることが多すぎる。ゆまという少女が何者なのか。サタニック・ラプソディに関係があるとしてもその事件はもう6年も前の話だというのに。

 

「キョーコ……助けに、きてくれる?そうしたらゆま、ひとりじゃなくなる、かな」

「……ああ、さっさと助けて連れ出してやる。仲間だって待ってるはずだろ」

「いないよ、仲間なんて。……みんな、いなくなっちゃった」

 

こうして、また奪われていく。

無慈悲な悪夢が、大切なものを、家族を、仲間を次々に奪っていく。

奪われた物はどうすればいい。その悲しみに頭を垂れ、足を止めて動けなくなるだけなのか。

(誰かが、救ってやらなきゃぁ……な)

その悲しみがわかるから、辛さが、寂しさがわかるから。そんなときには、助けてくれる誰かが必要なのだ。

杏子にとってのロスや、さやかがそうであったように。

「……なら、あたしと一緒に来い。助けてやるから、こんなとこ一緒に出るぞ。魔法少女の仲間だっているんだ、こっちにはさ。だから、きっとお前だってうまくやってけるさ」

「ほんと……に?」

「ああ、必ず助けに行く」

(ったく、さやかの真似事か。後で知られたら笑われそうだな)

けれど、その手に機体にかかる重さは確かに増した。今のこの手は、自分のためだけのものじゃない。もう一つ、救うべき命がかけられている。

もしかしたら、それが……。

 

 

 

 

 

 

「うん。待ってるから。……ヤクソク、だよ。キョーコ」

「――ああ、約束だ」

 

 

 

 

 

新たな決意を手に胸に、そして機体にクロス・ザ・ルビコンが森を往く。森の様子は相変わらずで、折れて倒れる樹木の合間に、光の球が迫り来る。

眼下を望めば渦巻く蛇が、その節から無数の光弾を吐き出してきている。

「今さら当たるか、こんなもんっ!!」

かわし、壊し、かいくぐりながら森を駆ける。今もまだ、ケルベロスの反応は見つからない。

「キョーコ。私、ね。ゆまはね。ゆるせなかったんだ。みんなにひどいことをした、あのアロー・ヘッドが。だから、やっつけてやろうって思ったんだ」

途切れ途切れになりながら、ゆまは必死に言葉をつなぐ。戦って戦って、戦い続けた記憶のことを。思い出していく、尽きて、果てて。それでもなお留まらぬ戦いの記憶を。

「あいつは仲間をつれてきてたんだ。3対1で、ひっしに戦ったんだ」

「きっと、バイドに乗っ取られてたんだろうな。……嫌な話だ、ったく」

「でも、ふり切れなくって。……あれはきっと、波動砲だったのかな。すごく熱くて苦しくて、息もできなくなっちゃって。………そして、ゆまは、ゆまは」

声の調子が静かに沈んでいく。認めたくない事実が、記憶として蘇ってくる。

 

「ねえ、キョーコ」

沈みきった声が、静かに震えて。

機体の回線を通じて、杏子の鼓膜を揺さぶった。

 

 

 

「ゆまは――もう、死んでるのかな」

 

 

「な――っに、馬鹿なこと言ってやがるっ!死人と話す趣味はないぞ、あたしはっ!!」

呆気にとられたのは、一瞬。すぐに気を取り直して杏子が叫ぶ。そのゆまの声があまりに儚げで、本当に今にも消えてしまいそうで。助けなくては、と思いが募る。

(しかし、なんだってここまで入れ込んじまうかね……さやかの奴に当てられたか?)

自嘲気味に笑う。けれど、不思議と気分は悪くない。

もしかしたら自分だったかもしれないゆま、もしかしたらゆまだったかもしれない自分。

それをもし、助けることが出来たなら。

(邪魔者だって言われたあの時の自分に、少しは顔向けできるかもしれないしな)

別離の際に、ロスに言われたあの言葉。それは今尚杏子を縛っていた。そうじゃないと証明するために、戦った。けれどその思いはずっと晴れずにいた。心の奥底に、澱むように積もっていたのだ。

もしかしたら、それを少しは晴らすことができるかもしれない、と。

 

「キョーコ……ゆまは、ゆまは……死んでないよね?生きてるよねっ!」

「生きてなけりゃ、どうやってあたしと話せるんだよ。……待ってろって、言ったろ」

こんな優しい声が出るもんだと、杏子は改めて驚いた。けれどゆまは、酷く錯乱している様子で、声の震えは収まらない。どうしたらいい。

「でも、でもっ!ゆま、思い出したんだよ。アロー・ヘッドの波動砲が、ケルベロスの……キャノピーを熱くて、苦しくて、息ができなくなって……」

確かに、それが事実だとするのなら生きている道理はない。だからと言って、幽霊なんてものをそう簡単に信じるほど幼くもない。

とにかく今は、すぐさま駆けつけ助けるのみだ。後のことは後で考える。

 

「……怖いか、ゆま?」

「うん……ひくっ。怖いよ、キョーコ。わからないよ、怖いよ……」

一気に機体を加速させれば、前方には迫る無数の光球。最早いちいち構っている余裕もない。

「怖いなら、あたしに祈りな」

「キョーコに……祈る?」

「今すぐ速攻駆けつけて、お前を助け出してやる。怖いなら、あたしを信じて祈って待ってろ」

ほんの僅かな沈黙の後、ゆっくりゆまは口を開いて。

「そうだね、キョーコ。ヤクソクしたもんね。……早く来て、お願い。キョーコ」

「――任せとけ」

 

機体に反応。所属も正体も不明だが、間違いなくR戦闘機の反応だ。

「見つけたぞ、ゆまっ!」

自然と笑みが浮ぶ。後は駆けつけて、助けるだけだ。

「っ!?キョーコっ!早く来てっ!敵が近くに来てるっ!!」

ゆまの声は、途端に切羽詰ったものに変わった。

「敵?近くまで来てるってのか!?わかった、すぐに行くからな!なんとか持たせろよっ!」

反応のあった方向へ、一気に機体を進ませる。迫るは無数の光の球。どうやら敵もこの先へは行かせたくないらしい。

猛攻とでもいわんばかりの勢いで、迫る光球、吐き出される敵弾。倒れ来る木々。

 

「失・せ・ろぉぉぉぉッ!!!」

ドース解放、Δウェポンで一気に敵を殲滅する。解放された破壊のエネルギーが、敵を、敵弾をかき消し消滅させていく。

道は開けた。後は突き進むだけだ。

「うあぁぁっ!!」

「ゆまっ!?どうした、攻撃を受けてるのかっ!!」

「……う、ん。すごく、痛いよ……助けて、キョーコ」

「もうすぐだ、もうすぐ到着するからなっ!」

木々の間をすり抜けて、全速力で機体を飛ばす。もうすぐだ。もうすぐ機体の反応のある場所へと着く。

「キョーコっ!敵が……近づいて、来たっ!」

 

 

開けた場所に、一際明るく光る木が一本。

光を放つその声の中に、黒い機体が眠るように佇んでいた。蔦のようなものが、向こうの木にまで伸びている。

「………なんだよ、こりゃあ。どうなってやがる」

呆然として、思わず声が漏れた。

それは完全に木と同化してしていて、傍から見ても相当な時間が経過していることがわかる。

「ゆま……そこにいるのか、ゆま」

信じられない、信じたくない。まさか……そんな。すぐに返事は返ってきた。今までよりもはっきりとした声で。

どこか、冷たい調子の声で。

 

「敵が来た。……ゆま、戦うよ。フォースと波動砲はまだ生きてるんだっ!」

直後、閃光が走った。絡みついた蔦が、それが伸びた先の木が。光と共に弾けとんだ。

そして、現れたものは……。

「フォースに、光学チェーン……だと!?」

そう、それはケルベロスのフォースであるアンカー・フォース。

その攻撃能力はフォースのみに留まらず、それを制御するための光学チェーンにもまた存在し、従来のフォースに比べて非常に攻撃的な性質を持つフォースであった。

「ゆま……敵が、いるのか?一体どこに……っ!?」

更に続けて行われる、波動砲のチャージ音。さらにはその照準は、確実にこちらに向いている。

「何考えてる、ゆまっ!あたしだ!杏子だっ!」

「キョーコ。すぐそこまで来てるんだ……うん、待ってるよ。ゆまも、敵をゼンぶやっツけるかラ」

ライトニング波動砲が、来る。

 

「どうなってるんだよ、本当に……っ!!」

状況は狂っていく。地獄の番犬が牙を剥く。

破壊衝動を剥き出しにした凶悪な雷撃が、河を越えて来る者へと突き刺さった。

 

「ぐ……っ!!」

機体が激しく揺れる。とっさに回避機動は取ったもののライトニング波動砲は疾く、さらには追尾性能まで兼ね備えていた。

この距離で放たれれば、到底かわしきれるものではない。機体後部に直撃。小規模な爆発が起こる。

エンジン出力が低下、オートバランサーを起動させ必死に機体を立て直す。

「まだ、生きテる。敵は、敵ハすベてたおサなくっチャあァァぁッ!!」

それでもまだ足らぬとばかりに地獄の番犬が吼え猛り、そしてその腕を伸ばした。迫る敵を引き千切らんがため、アンカー・フォースが迫る。

「ゆまっ!何やってんだっ!聞こえてないのか、あたしだ、杏子だっ!!」

「聞こえてるよ、キョーコ。でも、こいツはゆまを攻撃シてきたンだ。だかラ、敵なンだよ。敵はゼんぶたおさなクちゃ。そシて、ほめてモらうンだ」

アンカー・フォースの軌道はあくまで直線的、機体を翻してそれをかわしさらに続けて迫る光学チェーンを掻い潜り、杏子は叫び続ける。

声は届いているのに、なぜ撃ってくる。なぜ分からない。

 

「キョーコは、ゆまを助けてくれるんだよね。でモ、こイつはゆまの敵だッ!

だかラやっつケるっ!死ネ、死ねェェェっ!!」

その攻撃はさらに苛烈なものとなり、殺意をあらわにゆまが、地獄の番犬が吼える。アンカー・フォースが掴んで投げ飛ばした塊を回避して、杏子は静かに覚悟を決めた。

「……ゆま」

この状況はあまりにもおかしい。このゆまの豹変も、おそらくバイドの仕業なのだろう。

ならばまず、あの機体を絡め取るバイドを切り離す。

「少し手荒になるぞ。でも、絶対に助けてやるからなっ」

そして重なり合って響く、波動砲のチャージ音。

ライトニング波動砲が、圧縮炸裂波動砲が、明確なる破壊の意思の元、互いの機体に蓄えられる。

R戦闘機同士の戦闘では、比較的よく見られる光景。その膨大な破壊が振りまかれる予兆に、空気は静かに震えた。倒すため、そして救うため。力は放たれようとしていた。

 

放たれたアンカー・フォースが引き戻される。引き戻されて撓み、歪んだ光学チェーンが刃と化して迫る。けれど、この位置から逃れるわけにはいかない。

ケルベロスの真正面。この位置でなければならない。

機首はケルベロスから逸らさないように。先端に構えたフレキシブル・フォースは離してしまわないように。慎重に、その刃を潜り抜ける。光学チェーンが擦過し、機体が揺れる。

出力の上がらない機体を必死で立て直す。ついに、チャージは完了した。

「こいツをタおせば、キョーコに会える……だカラ。死ぃぃィぃネぇェぇっ!」

放たれた地獄の雷。勝負するのは、今だ。

機体前方に据えたフレキシブル・フォースを回転させる。さらに機体を急加速、ケルベロスに向けて突撃。

フレキシブル・フォースが持つ金属触手はX-マルチプル構造を備え、テンタクル・フォースが持つそれよりも高い柔軟性を持っていた。

故に、その触手は機体の動きに合わせて揺れ動く。急加速によって生じた慣性が、フレキシブル・フォースの触手を揺らす。

機体を覆うようにその形状を変化させ、さらに回転するその触手はまさしく機体を覆う鎧のように、迫るライトニング波動砲を受け止めた。

だが、それだけではまだ足りない。ライトニング波動砲は追尾性を備えた上に回り込み、迫ってくるのだ。

故にその雷撃を防ぐにはもう一手必要だった。

 

機体を急停止させる。するとまた触手は形状を変える。前方に突き出されるような形状を取った触手の上を、放たれた雷撃が跳ね回る。

そのエネルギーが逃げ出す前に、さらにこちらへ迫る前に。フレキシブル・フォースを、ケルベロスを捉えるバイドの木へとめがけて射出した。

放たれれば即座に、その触手は収納されて飛んでいく。そこに蓄えられた雷撃もまた。雷を纏ったフォースが木の根元に喰らい付き、焼き払い、そして打ち砕く。

まさにそれは一瞬の交錯。杏子はフレキシブル・フォースの特性を最大限に利用して、辛くもライトニング波動砲を凌ぎ、さらに反撃までもをやってのけた。

もはやケルベロスに迎撃の手段はない。後はただ撃ち放ち、そして解き放つだけだ。この悪夢と言う名の鎖から。

 

圧縮炸裂波動砲が、ケルベロスを捉える木をさらに打ち砕く。もはやケルベロスを捕らえるものは何もない。ゆっくりと、その機体がコアの中から滑り出た。

「どうだ、ちゃんと助けてやったぜ。ゆま」

「………うん、動けるようになったよ、キョーコ」

静かに、ケルベロスはその機首を傾けて。

「これで、ちゃんと戦える。今度こそ、たおセるね。敵ヲ」

「なっ……!?」

再び放たれたアンカー・フォースが、クロス・ザ・ルビコンのキャノピーに喰らいついた。その爪がキャノピーを食い破り、さらにエネルギー体が全てを焼き尽くさんと迫る。

砕けたキャノピーの欠片が、コクピット内に降り注ぐ。

「っの……離れろぉぉっ!!」

咄嗟に波動砲をチャージ、即座に発射。低チャージの波動砲ではあったが、炸裂の勢いで食い込んでいた爪を引き剥がすことには成功した。

しかし、その反動で投げ出される機体。制動をかけることもかなわずに、クロス・ザ・ルビコンは暗黒の森に打ち捨てられてしまった。

 

全身に衝撃、そして、焼け付くような痛みが走る。この衝撃で壊れたのだろうか、パイロットスーツを突き破り、さらには柔らかな体を食い破って赤く濡れた何かが、その腹部から突き出していた。

砕けて折れた機械の破片。見るからに痛々しいその様を前に。

「ぁ……」

半ば呆けたように、杏子は声を上げた。

(やばい、これ……死ぬ)

視界がぶれる。意識が揺らいでいく。体が力を失って、機体を動かすことすら出来ない。揺らぐ視界のその先で、ケルベロスはその機首をゆっくりと巡らせていた。

 

「やっつケた。……キョーコ。ゆまは、やったよ。キョーコ」

通信はまだ届いていた。嬉しそうな、ゆまの声が聞こえてくる。

「キョーコ?どこに行ったの?キョーコ……ねえ、返事してよ」

(自分でやっといて、無茶言うなっての……)

応えようにも声が出ない。出血が止まらない。体から力が抜けていく。死が、近い。

(今度こそ、潮時かな。ははっ、死にたがりが随分生き延びたよな)

諦めが体を、意識を絡め取る。

「キョーコ……キョーコ。やだよ、おいてかないでよ」

(助けられるかもって、思ったんだけどな……。らしくないことは、するもんじゃなかったな)

「キョーコ……どうして、ゆまを、ひとりにしないでよ。キョーコ……」

(あぁ、泣いてるなぁ。そうだよな。独りぼっちは、寂しいもんな……)

意識が、暗黒の森に落ちていく。もうじき自分も、悪夢の鎖に絡め取られて、ここを漂う存在となるのだろうか。

(ごめん、ゆま、さやか。あたしは……もう)

 

「ヤクソク……したのに」

(約束。……ああ、そうだな。助けるって、約束した。約束……ヤク、ソ――)

 

 

 

 

「そう――だよなぁ。げふ、ごほっ」

搾り出すようにした声、喉の奥から鉄の味がこみ上げてくる。

「約束、したんだ。助けるって」

抗いがたい眠気を捻じ伏せて、その目を見開いた。

 

 

「分かるよな……今は、死んでる場合じゃないんだよっ!!」

 

ダン、と機体のパネルを叩く。飛び出したのは緊急時用の医療キット。浸透圧式の注射を、ヘルメットの隙間から首筋に打ち込んだ。

吐き気を催す程の痛みを、強すぎる麻酔で押し殺して。流れ続ける血液を、薄れてゆく意識を、強心剤で無理やり叩き起こして。

「動け、動け……動けっ!今動かなけりゃ、意味がないんだよっ!!」

願いが、ボロボロの体を衝き動かした。果たして人の意思は、機械の心を揺るがしうるのか。機械は機械、人は人。決して相容らざるものであるはずなのに。

条理はここに破られる。完全に機能を停止したはずのクロス・ザ・ルビコンに再び光が灯る。

 

戦いは、まだこれからだ。

そして、命を張るのはここからだ。

 

 

「キョーコ?キョーコっ!だいじょうぶなの?キョーコっ!」

「ああ、あたしがこれくらいでくたばるもんか。ピンピンしてるよ」

「よかった……でも、キョーコ。今どこにいるの?」

「すぐ近くにいる。今行くから、待ってろよ」

考える。なぜ、ゆまは攻撃を仕掛けてきたのか。ゆまは、まるでこちらを敵だと考えているようだった。これを何とかしなければ、ゆまを助け出すことも出来ない。

いくら呼びかけても、その声の主がこの機体だと分かっていない。

もしかしたら、機体の識別が出来ていないのかもしれない。ただ、近づくものを敵として捉えて攻撃している。それだけなのかもしれない。

ならばどうする。どうすれば、この機体が自分なのだと伝えることができる。

 

「ゆま……っ、あたしを、信じろ」

「キョーコ?どうしたの。なんだかすごく辛そうだよ?」

「いいから。五秒だけ、そこをそのまま動くな。攻撃もするな。そうしたら、あたしはあんたの側に駆けつけてやる」

「五秒って……あ、でも、また敵が来るよっ!敵が……まタ、動きハじめタもん」

ケルベロスも、ゆまもまたこちらの動きに気づいたようだ。相変わらず敵として認識し、再びその牙を向けようとしている。

「いいからっ!……敵は、あたしが一緒に倒してやるから。だから…な、ゆま。五秒だけでいい。……そのまま、そうしてろっ!!」

クロス・ザ・ルビコンが走る。ケルベロスを目指して、ふらふらと飛ぶ。フォースは撃ち捨てた。ゆまを、ケルベロスを撃つ必要なんてもうないのだから。

後はもう、ゆまが信じてくれることを祈るのみ。

(それで駄目なら……二人仲良くあの世行き、だな)

 

ゆまは、撃たなかった。

身の内から湧き上がる、攻撃しろ、敵を殺せという衝動。撃たなければ、殺されるという恐怖。それを、杏子の言葉にすがって押さえつけた。信じているから。

信じられるから、大丈夫なんだと。

そして、半ばぶつかるような形でケルベロスとクロス・ザ・ルビコンの機体同士が触れ合った。

届いた、通じた。そして機体に響く、声。

「――聞こえるか、ゆま。迎えに来たぞ」

通信を介した声ではなく、その声は直接機体を振るわせた。機体同士を接触させ、振動によって音声を伝える接触通信である。

通常の状態ではまず使われる方法ではない。だが空間そのものがバイドに汚染され、通常の通信が困難な状況下では、導線などを使った接触通信は周囲の状況によって阻害されることのない確かな通信手段として確立していたのだ。

 

「キョーコ……聞こえる、聞こえるよっ!そこにいるんだね、キョーコっ!」

そして、それは確かにゆまに届いた。接触通信。それは間違いなく杏子がそこにいるという証拠。

「ああ、助けに来た。さっさとこんなとこ抜け出して、地球に帰るぞ」

このまま乗せておくには、ケルベロスはさすがにバイド汚染が危ぶまれる。このコクピットの中を見せるのは忍びないが、ゆまにさえ乗ってもらえれば。

――最悪、自分が死んでもゆまは帰ることが出来る。

「……でも、今近づいてきたのは敵で、でも、敵かと思ったらキョーコで。キョーコは敵じゃない、敵じゃないけど、これは敵で、敵は、敵が……」

「落ち着けっ!……敵なんか、どこにもいやしない。お前の側にいるのは、あたしだけだ……ゆま」

錯乱している場合じゃない。一刻も早く脱出しなければならないのだから。その声に、ゆまも驚いたように声を漏らして。それでも助かったという安堵が、冷たく張り詰めた心を溶かしていったのか。

 

「……うん、そっか。敵はいなかったんだ。もう、いないんだ。よかった……ずっと戦ってたんだ。でも、もう敵はいないんだよね、キョーコ」

本当に、本当に安心したようなゆまの声。

今はその声が、とても尊いものだと思える。失ってはならないと。

「大変だったな、ゆま。……よし、じゃあ帰ろう。キャノピーを開けてくれ」

「うん、ちゃんと開いてくれるかな……ちょっと心配かも」

「安心しろよ、開かなかったら抉じ開けてやるからさ」

 

そして、悪夢の蓋が開く。二人の少女に、本当の悪夢が襲い来る。

それは二人を打ちのめし、その意志を、全てを断ち切ろうとしている。ここは異層次元の吹き溜まり、積もって澱んだ何かが溜まり、最後に流れ着く場所。

――暗黒の、森なのだ。

 

 

 

キャノピーが開かれると、中から溢れ出てきたもの。それは赤黒く、それは艶やかで、それはぬらぬらと濡れていた。

おおよそこの世の物とは思えぬほどに醜悪で、今なお蠢くソレは。ヒトの言葉を以ってしても、こう表すより他に術はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――肉隗、と。

 

 

 

 

「――んだよ、なんなんだよ、これはッ!!」

一瞬、杏子の思考が停止した。立ち直れば、困惑が口をついて出る。なぜケルベロスのキャノピーの中にこんなものが。

ゆまはどこへ行ってしまったのか。それとも、まさかこれが……。

(そんなはずが、そんなはずがあるかよっ!)

「な、なぁ……ゆま、お前は本当に、本当にそこにいるのか?」

認めたくない。認められるわけがない。震える声で尋ねた杏子に帰ってきたのは、静かなゆまの声だった。

「……そうか、そうだったんだ。全部思い出しちゃった」

確かに声は聞こえる。接触した機体を通して、声は伝わってくる。

それはつまり、そこにゆまがいるということで。

「何を思い出したってんだ。……帰る場所か?」

「それもあるけど、全部。もう、ゆまには帰るところはないみたいなんだ」

「ないならあたしが作ってやる!いいから、一緒に帰るぞ、ゆまっ!」

そのゆまの声は、まるで全てを諦めてしまったかのような声で。子供がそんな声を出すことが、何よりも許せなくて杏子が叫ぶ。

諦めてたまるものかと。ゆまだって、マミのように助けることはきっとできると信じて、杏子は声を張り上げた。

 

「……キョーコは、どうしてそこまでしてくれるの?ゆまは、キョーコを撃ったんだよ。ひどいこと、しちゃったんだよ?」

「っ……わかってた、のか?」

「今、わかったの。それなのに、どうしてキョーコは」

何故、なんて問われても答えはとっくに出ていたのだから、迷う必要なんてない。

ただ、それを告げるだけでよかった。……少しだけ、恥ずかしいような気もしたけれど。

 

「きっと、さ。あたしは……お前だったんだな」

そして、静かに言葉を紡ぐ。

「あたしとお前はよく似てる。きっと、何かが一つ違ってたら、あたしらの境遇はまるで逆だったんじゃないかと思う。あたしがロスに助けられてなかったら。きっとあたしは魔法少女ってのになって、あんたの代わりに戦ってた」

「キョーコ……」

「だからあたしは、あたしがなってたかもしれないあたしを、お前を助けてやりたいって思う。……初めてなんだよ。誰かを助けるために、守るために戦いたいって思えたのは」

今まではずっと誰かのために、例えばそれがロスで、さやかで。そんな誰かのために、その誰かの目的のために戦ってきた。

自分自身の意志で戦う理由と、守るものを掲げることができた。それは初めてのことだったのだ。

「だからあたしは、どうなったってお前を助ける。あたしがそうしたいからそうするんだ。そんな、身勝手でどうしようもない理由さ。あたしがお前を助けたい理由なんてのは」

少しだけ、心が晴れたような気がした。胸の奥でずっと痞えていた何かが取れたような気がした。

これが理由でもいいのかもしれない。戦う理由。自分だけの、どこか身勝手な理由。そこに守りたい人がいるから、助けたいと思う人がいるから。

それを偽善と笑わば笑え、そう思ってしまったのだから仕方がない。ならばまず、どんな手を使ってでも目の前の少女を、ゆまを助ける。

そこから始まるんだ、と。改めて杏子は決意を固めた。

 

「そんなに言ってくれるなんて、うれしいな、キョーコっ」

ゆまは笑ってそう言った。ああ、じゃあ後は助けるだけだ。

「でも、ごめんね。キョーコ。……やっぱり、ゆまはもう死んじゃったみたい」

そしてゆまは、閉ざされていた記憶を紐解いていく。軍の記録にすら残らない、ゆまの最期の戦いの記憶。

「あのとき、基地でアロー・ヘッドと戦ったとき。波動砲がキャノピーをかすっちゃったんだ。その時に、ゆまの身体はふり落とされちゃった。すごくボロボロになっちゃったんだ」

記憶が、心が目覚めていく。自分が何であるのか、どうしてここにいるのか。

全てを思い出していく。暗黒の森の中で。

「ケルベロスも、ゆまといっしょに落ちていったんだ。でも、負けたくないって思った。やっつけてやりたいって、願ったんだ。気がついたらゆまは、ケルベロスの中で下に落ちていくゆまの身体を見つめてた。きっと、そのときにはもう、ゆまは死んじゃってたんだね」

なのに、何故戦えたのか。何故機体が動いたのか。そんなことはゆまにはわからない。

サイバーコネクタとソウルジェムの可能性。その一端がそこに示されていたこと。そしてそれが、現在の魔法少女のシステムの雛形となっていたことを。ゆまも杏子も知らずにいた。

知る必要は、恐らくなかった。

 

「それがどうした。ゆま、お前は今そこにいる。あたしと話ができる。死んでるってなら、あたしが今話してるお前は何なんだっ!例え幽霊みたいなもんだとしても、あたしはお前を連れて帰るぞっ」

杏子の意思は固い。きっと、連れて帰ればなんとかなるはずなのだ。キュゥべえ辺りが何とかしてくれる、訳も理屈もわからないような、不思議な方法で。

そんな淡い希望も、そこにはあったから。だから杏子は呼びかけ続けた。

 

「キョーコ、聞いて。ゆまが何をしたのか、何と戦ったのか。きっと誰も知らないと思うから、伝えて」

その声は届いていたのか、それとも。

それでもゆまの言葉は止まらない。今伝えなければ、きっと誰も知らないままになってしまうから。

「アロー・ヘッドをやっつけて、基地のいちばんおくまで進んだんだ。そこには、ドプケラドプスがいた。きっとそいつが、基地を、みんなをめちゃくちゃにしちゃったんだと思う」

絶望の象徴ともいえる、強大な敵。ドプケラドプス。

ゆまの言う事が事実なのだとしたら、かつて仲間と共に死力を尽くして立ち向かったその敵に、ゆまは単身で立ち向かっていったことになる。一体どれほどの死闘だったのだろう。

「すごくこわかった。すごく強かった。でも、ゆまは勝ったんだよ。そして聞いたんだ。いちばんわるくて、いちばん大きいバイドがいる場所のことを。……その場所が、ここ。この暗くてさむい森の中だったんだ」

そして、それを倒して尚悪夢の蹂躙は終わらないという。バイドの中枢。それはこの暗黒の森にあって、暴威を振るい続けていたのだという。

 

「そこであったことは、ゆまにはよくわからなかったんだ。たくさんのこわいバイドがいた。 全部、全部やっつけた。……でも、フォースが、敵にとられちゃって」

ゆまの声は震えている。思い出したのだ。あの恐ろしくも荘厳な戦いを。

まさしく生命の本質そのもの。互いの存在ただそれのみをかけて、本能のままに戦った記憶を。

「帰ろうとした、もどろうとした。……でも、だめだったんだ。ゆまは地球に帰れなかった。そして、バイドが追いついてきて……」

杏子も、ゆまの言葉の真実を理解し始めていた。

バイドコアの謎の消滅をもって終わりを告げた、サタニック・ラプソディー。その真実が今、それを戦い抜いたゆまの口から語られているのだ、と。

「それからは、ずっと眠ってた。とにかく眠くて、ここはずっと静かだったから。キョーコが来て、ゆまを起こしてくれたんだね。……でも、ゆま。ちょっと寝ぼけてたみたい」

静かに、ケルベロスの機体が離れていった。追うことも出来ず、見守るだけの杏子。

 

 

 

「だから、今ならわかる。……きっと、ゆまはもう」

聞きたくない。認めたくない。わかっているのに、わかりきったことなのに。

今、こうして言葉を交わせる現実を否定したくないのに。

 

「バイドに、なっちゃったんだ、って」

その言葉と同時に、ケルベロスのあちこちから何かが湧き出した。

それは恐らく、キャノピーの中を埋めていたものと同じ、赤黒い肉のようなもので。それは瞬く間に、ケルベロスの全身へと絡み付いていった。

そして脈動し、ゆっくりと、まるでキャノピーの名残のような結晶体がその表面に浮かんだ。

 

 

ソレを、人類は知っていた。

それが何であるのかも、人類は知ってしまっていた。

バイドに汚染され、変貌を遂げてしまったソレを、狂気の科学者たちはこう呼んでいた。

 

B-1D――バイド・システムα、と。

 

 

「そう、だったんだな。ゆま」

理解はできた。むしろよく今まで、機体の姿を保っていたものだと思う。6年だ。それほどの長い間、ゆまはこんなところで一人で眠り続けていた。

バイドの侵食に抗いながら、待ち続けていたのだ。

「キョーコ。今なら、わかるよ」

まだ、通信は届いている。内部まで完全にバイド化したというわけではないのだろうか。

「ゆまは、もうすぐ心までバイドになっちゃう。さっきは、そうなりかけてた」

バイドは、その圧倒的な攻撃本能に従って行動している。攻撃するために増殖し、攻撃するために進化し、攻撃するために侵食する。

敵を見つけて、攻撃する。それがバイドの全てだというのなら、確かに今までのゆまの行動も納得はできた。

「……お願い、キョーコ。ゆまは、人間でいたい。バイドになんて、なりたくない。だから、ゆまが人間のままでいられる内に……止めて」

「できるか、そんなことっ!!」

ゆまの言葉は理解できた。だからこそ力を篭めてそう答える。助ける。そう決めたのだ。それを覆してたまるものか。

連れて帰る。そして取り戻す。絶望的なのはわかっていても、それだけは貫き通したかった。

 

「あたしはお前を連れて帰るって決めたんだ!助けるって決めたんだ!そりゃあ、今すぐってのは難しいかもしれないけど、お前を元に戻す方法だって見つかる!だから、あたしと一緒に帰るぞ、ゆまッ!!」

もう、声も途切れ始めた。

「キョーコは、ゆまを助けてくれたよ。眠ったまま、なにもわからないままバイドになりそうだったゆまをキョーコは助けてくれた。……だから、お願い。ゆまを、バイドになんてさせないで」

「諦めるなよ!今まで頑張ってきたんだろ!一緒に帰って、いつか元に戻れる日まで待ってくれよ。助けたいんだ。……頼むよ、ゆま」

それはきっとできはしない。わかっていた。けれど認めたくなくて。自分の無力さを見つめるのが辛くて。零れる涙を止められなくて、杏子は叫び続ける。

「時間なんてもうないんだよ。いつかじゃなくて、いまなんだ。いま、キョーコがゆまを助けてくれなかったら、とめてくれなかったら。ゆまは、もっとたくさんのものをこわしちゃう。まもりたかったものも、ぜんぶ」

バイド・システムαが、ゆっくりとその機首を巡らせた。そこに宿っているのは、間違いなく攻撃の意思。

もはや直にそれは、ゆまの意思とは関係なく動き始めるのだろう。きっとゆまの意思は、もうすぐなくなってしまうのだろう。

 

 

「まも、りた、い、ものが、たくさ、ん。たく、さん、あったん、だ。 でも、ゆま、は、まもれ、なか、った。きょー、こ。まも、って。わたし、まもり、たかった……もの」

バイド・システムαの波動砲。優れた追尾性能を持つデビルウェーブ砲のチャージが、始まった。もう、迷っている時間はない。

このまま共に尽き果てて、悪夢の虜囚となってしまうのか。

それとも、身を切るような。文字通り自分の半身を失うような痛みを負って尚、戦いを続けるのか。

 

杏子は、気付く。

クロス・ザ・ルビコンが既に、波動砲のチャージを終えていたことを。迷い続ける意思と言葉とは裏腹に、その手は、機体は、為すべきことを知っていた。

 

「わかった」

波動砲の照準を、バイド・システムαに定める。

外しはしない。避けもしないだろう。涙で歪む視界。それでもきっと、外れはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――オヤスミ、ゆま

 

――アリ ガト オヤ スミ

 

 

 

 

 

 

 

「あたしは、戦うよ。生きられなかったお前のために。あたしになれなかったお前のために。あたしが、なっていたかもしれないお前のために。……忘れないよ、ゆま」

それは、杏子が心を決めたとき。コアを失い、崩れゆく暗黒の森の只中で。炸裂する光の中で、静かに存在を失っていく機体を見送りながら。

「だから、今はちょっとだけ泣かせてくれ。休ませてくれ。ゆま、ゆま」

その光の中で、幼い少女が、うっすらと笑ったような、そんな気が……した。

 

 

 

 

 

慟哭。

 

 

 

 

5時間後、救難信号を察知したセンター・ヘッドによって、クロス・ザ・ルビコンは回収された。

パイロットは重症を負っており、すぐさま病院へと搬送された。命に、別状はないとのことである。

 

 

「なんだ、元気そうじゃん」

地球、病院。杏子の個室。

容態も安定して、ようやく面会が許可されることとなった後のことである。寝てばかりじゃ身体が鈍ると、ベッドの上で少しずつ身体を動かしていたところに、さやかが面会にやってきたのだった。

「まあな、腹に一発もらっただけだ。大したことないさ、こんなもん」

「そっか。重態で病院に運び込まれたって聞いたときは、どうなることかと思ったけどさ。あ、これお見舞い」

果物の入った籠を床頭台に乗せて、椅子を引き寄せベッドの側に座る。

「へへ、丁度腹減ってたところだ。どうも病院食ってのは味気なくてさ」

さっそくその中に手を突っ込んで、赤くて大きな林檎を掴んでそのまま、大きく一口齧り付いた。

「ちゃんと剥いて食べなさいな、汚れちゃうでしょーが」

「いーじゃんかよ、別にさ」

どうやらかなりいいものだったらしい。齧り付けば、口の中にみずみずしい甘さが広がって、思わず顔が綻んだ。

 

「……それでさ、杏子。一体何があったの、あたしらが分かれた後」

巨大戦艦は異層次元で無事に撃墜され、見滝原はひとまずの危機を逃れたこととなる。それでも被害は大きかった。ビル街だけとはいえ、死傷者は優に三千人を超えたらしい。地球におけるバイドの被害としては、エバーグリーン、サタニック・ラプソディに次ぐ規模であるらしかった。

ビル街には無数の痛々しい傷痕が刻まれ、復興にはかなりの時間が必要となるだろう。あまりにも、あまりにも大きな犠牲であった。それでも、当面の危機は去ったのだ。

 

「別の場所で、バイドと戦ってたんだよ。それでちょっとヘマ打ってさ、このザマだ」

「ほんとにそれだけ?」

「それだけ、って。あの状況でそれ以外に何があるんだっての」

「いや、それはそうなんだけどさ……なんか、様子変わったな、って」

妙なところで鋭い奴だ、と杏子は苦笑した。

「……まあ、色々あったよ。でも、悪い。これは、あたしの中に留めておきたいことなんだ」

穏やかに笑って、杏子はさやかに答えた。そしてまた、しゃく、と林檎を一口。

まだ胸の中で燻っている、無念。けれど杏子の胸の中には、それとは別に燃え滾るものがあった。死にたがりの影はもうどこにもない。強く生きようとする意志が、闘志が燃えていた。

けれどそれは、口にするにはちょっと恥ずかしくて。言葉にすれば、また泣いてしまいそうだったから。だから杏子は、静かに笑ってそう言った。

 

「っていうかさ、さやか。あんたもなんか変わったんじゃない?……なんていうかさ、前みたいな張り詰めてる感じがなくなったっていうか」

杏子の目から見るさやかは、今はとても落ち着いているように見える。

戦うことに、守ることに命を燃やして、とにかく突き進み続けていたさやかとは違う。それはそれで確かな力強さを持っていたが、同時に危うさも感じていた。けれど今は、そんな影はどこにもない。

こんな自然体のさやかを見たのは始めてかもしれないと、杏子も少し驚いていた。

「あー……まあ、あたしも色々あったんだよ。マミさんのこととか、恭介のこととか。なんかさ、悩んでたことが全部綺麗さっぱり解決しちゃって、自分がどうすればいいのかわかっちゃったんだ。そうしたら、そんなに急ぎ過ぎなくてもいいかなって、そう思うようになっちゃったんだよね」

そう言って笑うさやかの横顔は、思わずどきりとしてしまうほど大人びていた。

「……ま、お互い色々あって変わった、ってことかね?」

「そうだね。あたしらもしかして、ちょっと大人になったのかもね」

自信たっぷりにさやかが言った。思わず、杏子はその顔を見合わせて、それから噴出した。

「くくっ。何を言い出すかと思えば、大人ってなぁ」

「なによ、笑うことないじゃないのさーっ」

そして、さやかも笑った。

 

辛くて痛くて、大きな戦いが一つ、終わった。

戦火を越えて、少女たちは一つ大きく成長した。人として、戦士として。それがわかるから、今は笑う。互いを讃えるように、傷を埋め合うように、時を過ごして心を交わして、共にあるのだ。

 

 

 

 

 

「ママ、具合はどうかな?」

「おう、この通りピンピンしてるよ。早く退院できないと、身体が鈍っちゃうね」

まどかは病室のドアを開けると、ベッドから身を起こして彼女の母、鹿目詢子は軽く手を上げた。

「っ、痛たた……流石にまだ無茶か」

「もう、ママ。怪我してるんだから、あんまり無茶しちゃだめだよ」

その手には巻かれた包帯。一朝一夕に直る怪我ではないようで。

「まあね、折角拾った命だ。大事にしなくちゃな」

ビル街がバイドの砲撃を受けた際、詢子は丁度そのビル街にいた。バイドの接近を知るや否や的確に避難の指示を出し、自らも避難を開始した。

そしてなんとか、多少の怪我負ったものの生き延びることが出来ていた。

それを知り、真っ先にまどかは駆けつけた。流石の詢子も、まだバイドの襲来が終わってすぐ、情報も錯綜し放題のその時期にまさか家を離れていた娘が、誰よりも早く駆けつけるとは思っていなかったようで、随分と驚いていた。

 

そして数日が過ぎた。

詢子の怪我はそれほど重くないようで、数日中には退院できるようだった。詢子はむしろ、そんな怪我よりも会社のことの方が気がかりだったようだが、社屋も何もかも綺麗さっぱりなくなってしまったビル街の様子を見ると、吹っ切れたように大笑いして。

「ああ、これは帰ったら忙しくなりそうだ」

なんて言いだした。本当に、本当に強い。そんな詢子の強さが、真っ直ぐさが、まどかにはとても頼もしかった。

 

「ねえ、ママ。私……ママに話さなくちゃいけないことがあるんだ」

「ああ、やっと話す気になってくれたか。……何抱え込んでたんだい、まどか」

まどかはもう迷わない。進むべき道は決めたのだから、後はその意思を示すだけだ。

「……すごく大変な話なんだ。だから、ここじゃ話せないの。外に行ってもいいかな」

「わかった。車椅子、持ってきてもらっていいかい?」

「うん、ちょっと待っててね」

まどかが部屋を出て行った。それを見送って、詢子はベッドに背を預け。

「あの子があんなに言うなんて、一体どれだけすごい秘密なんだろうね。ちょっと見ないうちに、すっかり大人びた顔しちゃってさ。なんか、親としては複雑な気分」

娘の成長が嬉しいと思う反面、その瞬間を見逃してしまったのが悔しい。切羽詰ったような様子をしていたかと思えば、突然の家出紛いのことである。

正直不安もあったけれど、まどかの様子を見るに、それはまどかを大きく成長させたのだろう。再び扉が開く音を聞きながら、詢子は満足げに笑みを浮かべていた。

 

 

そして、日が暮れて。

 

「もういいの、鹿目さん?」

病院から出てきたまどかを、ほむらが出迎えた。街はまだ混乱から完全に立ち直ったとは言えない。交通機関の復興も十分ではなく、病院へと通うための足として、ほむらがエア・ランナーを飛ばしていた。

「……うん、ママともしっかり話できたし、元気だったし」

「そう、よかったわ。……ちゃんと話は出来たのかしら」

まどかの表情を見る限り、きっと悪いほうには転がりはしなかったのだろうと思う。多少疲れた様子はあるも、前に見たときよりはずっと前向きな表情になっていた。

「……うん、ちゃんと伝えたよ。信じてくれたよ」

機密的な問題はあるけれど、誤魔化しきれることでもない。キュゥべえにも相談をした上で、まどかは詢子に全てを打ち明けたのだった。

魔法少女というのはいささか語弊があるので、バイドと戦う素質を持った少女としてその存在を打ち明けて、そしてバイドと戦う友達のことを、その秘密をずっと抱えていたことを、まどかは静かに語った。

あまりに突飛な話である。けれども詢子はそれを確かに聞き届けた。そして、まどかを信じて信じると、そう言ったのだ。

 

「よかったわね、鹿目さん」

「うん、ほむらちゃんもありがと。それで、さやかちゃんは?」

さやかもまた、ほむらに送られ病院へと来ていた。杏子の下へと行くために。

「まだ戻ってきてないわ。随分話し込んでるみたいね」

「そっか、じゃあ私もちょっと行ってこようかな」

「待って、鹿目さん」

再び病院に戻ろうとしたまどかを、ほむらが呼び止めた。

「どうかしたかな、ほむらちゃん」

「丁度いいか、今聞かせてもらってもいいかしら。あの時の答え」

これからどうするのか、どう生きるのかと、戦いに赴く前に投げかけた、問い。聞くのなら、きっと今だろうと思う。

「うん、そうだね。ママにも同じことを聞かれたんだ」

当然だろう。大事な娘の行き先を気にしない親がいるだろうか。

「それで、貴女はどう答えたの?」

真っ直ぐに見つめるほむらの視線を受け止めて。まどかも真っ直ぐほむらを見つめて、小さく息を吸い込んで、それから。

「……私は、魔法少女にはならないよ」

自分の意思を、選び取った答えを、告げた。

 

「そう、私も、それがいいと思う」

安心なのか、それとも少し残念なのか。ほむらは軽く目を伏せて、小さく吐息と共に言葉を吐き出した。

「……私ね、前から自分には何も出来ないって思ってたんだ。何か得意なことがあるわけじゃないし。自分に自信も持てない。さやかちゃんみたいに戦うことを決意することもできなかった」

それが、まどかがずっと抱えていた悩みの大元。自分に何ができるのかがわからずに、自信がもてずにずっと思い悩んでいた。

「でも、そんな私にでもマミさんを助けることができた。できることがあった。戦えなくても、私にはできることがある。助けることができる人がいるかもしれない。だから私はここで頑張る。この場所で、見滝原で」

もはや、まどかの表情に迷いはない。これならきっと大丈夫だろう。これから先、どれだけ辛いことがあっても立ち向かっていけるだろう。

そう確信めいたものを抱えて、ほむらはまどかに微笑んだ。

 

「……それを聞けてよかった。私も安心したわ。鹿目さん、これからはもう離れ離れだけど、私は貴女のことを忘れない。さやかや杏子と一緒に戦って、必ず帰ってくるわ」

「うん、私はここで待ってるね。ほむらちゃん」

手を取り合って、二人は静かに言葉を交わした。

「ねえ、鹿目さん。貴女に聞いて欲しいことがあるの。……私の、本当の私のこと」

「……うん、私も知りたいなって思ってたから。聞かせて欲しいな、ほむらちゃん」

そして、ほむらは静かに語り始めた。自分の正体、かつての英雄であるということを。

それには流石にまどかも驚いたけれど、それでもまどかは変わらなかった。変わらず友達でいたいと、そう言った。ほむらにはそれが嬉しかった。

 

そして、別れの時はすぐそこまで迫っていた。

 

 

休暇は終わった。

まどかは日常に帰り、さやかは、杏子は、ほむらは、そしてマミもまた、再び戦いの中へと身を投じていくことになる。

「まさか、マミさんがあのまま戻ってくるなんて思いませんでしたよ」

嬉しそうなさやかの声。

そこは空港。停泊しているティー・パーティーの前で。

「思い出しちゃったのよね、私も。戦う理由とか、爽快感とか。……それに、今は貴女達がいるじゃない?」

その隣で、マミもまた嬉しそうに笑う。

どうやらあのガンナーズ・ブルームの一撃は、マミの心に巣食う恐怖をも払ってしまったらしい。どちらかといえば、トリガーハッピーに近いものかもしれないが、それはそれで戦う理由には十分で。

「けど、あんたはブランク長いんだろ?あたしらについて来られるかね」

にっ、と不敵に笑って杏子が言葉を投げかける。

「魔法少女としては先輩なのだから、負けてられないわ。もちろんあなたにもね、佐倉さん」

それに応えて、ちょっと澄ました様子のマミが答えた。

「これは、一気に賑やかになりそうね」

そんな様子を一歩離れて、楽しそうに眺めているほむら。

 

「だーかーら、ほむらも来るっ!みんな仲間でしょ、一人だけ輪から外れようとしなーい」

そんなほむらの手を取って、さやかが輪の中へと招く。

「そうよ、暁美さん。むしろあなたには私達を引っ張っていってもらわないといけないんだから」

マミもまた、その手を取った。

「そーだそーだ、あんたが何でそんな強いのか、それも教えてもらいたいしな」

杏子も、また。

四人の手が、ぎゅっと固く結ばれて。

 

「頑張ろうね、みんな。バイドをやっつけるその日まで」

さやかが静かに覚悟を告げる。

「ああ、あたしは絶対に死なない。バイドを全滅させるまでな」

脳裏にゆまの姿を映しながら、杏子がそれに続く。

「ええ、もうバイドに遅れを取ったりはしないわ」

苦い敗北と死の記憶。もうそれに縛られることはない。闘志を顕わにマミが言う。

「……戦いましょう。みんなで、力を合わせて」

そしてほむらが、最後に強く頷いた。

 

 

魔法少女隊R-TYPEs 第11話

        『CERBERUS』

          ―終―




【次回予告】

「終わりだ、No.8ッ!!」

空は彼女の戦場だった。
撃ち落されて、流れ着き、失ったものは何なのか。

「……そんな、嘘、嘘だ」

最後の舞い手を決める宴は、少女の闇を飲み込んでその姿を広げる。
闇を喰らうか、闇に喰われるか。向き合うのは――自分。

「行ってきなよ。そして確かめてきな」

「貴女は、あの子の分まで生きてください。そして、人生を楽しんでください」




「私は――暁美ほむらだっ!!」




――そして、日が沈む。



次回、魔法少女隊R-TYPEs 第12話
       『本当の自分と向き合えますか?』
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