その終着を未だ誰も知ることはない。知られることは無い。
彼女は、静かに眠り続ける。
そして幼き番犬は
わたし、千歳ゆま。ゆまは今、宇宙でくらしてるんだ。
お父さんもお母さんもいないけど、みんなやさしくしてくれるから、大丈夫なんだよ。
でも、ゆまにはみんなには言っちゃいけない大事なひみつがあるんだ。
ひみつだから、誰にも話しちゃいけないんだ。
ゆまはね……魔法少女なんだ。
「ゆま、今日もお疲れ様。もう戻ってもいいよ」
ゆまは宇宙を飛んでいたんだ。流れる星がきれいで、ずっと飛んでいたいなって思ったけど、通信でエバが呼んでいるから、基地へと戻ることにしたんだ。
エバは、ゆまの今の親代わりみたいな人。ご飯も作ってくれるし、一緒に遊んでくれる。それにゆまが宇宙に居るときは、色々助けてくれるんだ。
前のお父さんやお母さんとは全然ちがう、とてもやさしいいい人なんだ。
「はーい、それじゃ千歳ゆま!これからきとーしますっ!」
エバに会うのが楽しみで、ゆまは機体を基地へと向けた。アロー・ヘッドってみんなが呼んでいるこの機体は、とってもかっこう良くて速いんだ。
だからちょっとだけ急いだら、すぐに基地の姿が見えてきちゃった。今日のおしごとはこれでお終い。ちょっと疲れたな。お腹もすいちゃったしお風呂も入りたい。
実は、ひみつはもう一つあってね。ゆまは魔法少女で。このR戦闘機っていう乗り物の、パイロットなんだ。
ゆまのお父さんとお母さんは、バイドっていう悪い生き物にやられて死んじゃった。そのままだったらゆまも、きっと家も全部なくなっちゃって、すごく困ったんだと思う。でも、ゆまには才能があったんだって。魔法少女になって、R戦闘機に乗る才能が。
だからゆまは今こうして、R戦闘機に乗るおしごとをしているの。おしごとは疲れるし、戦うのは大変だけど。みんなゆまに優しくしてくれる。頑張ったら、いっぱいほめてくれる。悪いバイドを全部やっつけたら、もっとほめてくれるのかな?
とにかく私は、そんな風に過ごしてるんだ。お昼は学校に行って、夜はR戦闘機に乗って。忙しいけど、とっても楽しい毎日だよ。
「それで、エバンス君。サイバーコネクタの試験運用の状況はどうだね?」
「……今のところ、被験者にさしたる身体的影響は無いようです。それに、機体の操作性も30%程度の向上が見られています。開発を続ければ、40%程度までは底上げができるかと」
「悪くない成果だ。この分ならば、サイバーコネクタを搭載した次世代機の開発も、順調に進むことだろう。……む?一つだけ、違うデータが混ざっているようだが、これはなんだね?」
「これは今こちらで受け持っている例の少女のデータです。M型被験体、魔法少女と呼んでいるものです」
「なるほど、そのM型に対しては、サイバーコネクタは常人以上の効果を発揮しているようだな」
「とはいえ彼女はまだ子供です。試験機ならともかく、実戦に耐えうるかどうかは未知数ですね」
「我々は、結果さえ出ていればなんであろうと構わない。……このデータは持ち帰らせてもらうよ。何を採用するかは、上が決めることだ」
「たっだいまー、エバっ!」
仕事を終えて、きゅうくつなパイロットスーツって奴も脱いじゃって。部屋に飛び込んだら、そこには知らない大人の人がいた。
「あれ、エバ?この人だれ?」
「こんなところに子供?もしや彼女が、例のM型かな?」
「ゆまはM型なんて名前じゃないよ!ゆまだよ」
「……ああ、それは失礼、ゆま」
その大人の人は、なんだかいやな感じに笑ってゆまを見た。じーっと、まるで値段でもつけるみたいな見方、ちょっと気持ち悪い。
「ああ、ゆま。お帰り。この人とは今仕事の話をしていたんだ。すぐ戻るから、ちょっとだけ外で待っててくれないかな?」
エバもなんだか慌ててる。この人はなんなんだろ。なんかいやな感じ。きっとエバを困らせているんだ。そうに違いない。
だからゆまは、その人の足をけっとばして、それからいーって舌を出してやった。ちょっと痛そうにしてる。でも仕事の人って言ってたし、もしかしたらエバは怒るかも。
怒られるのがいやだから、ゆまはすぐに走って部屋から逃げ出したんだ。
「いや……まったく、子供というのはわからん」
「すいません、後で言って聞かせますよ」
「……しかし、あんな子供が最先端技術の塊のようなR戦闘機を乗り回しているとはどうも思えん。本当にアレがM型なのか?」
「ええ、彼女はテストパイロットとしては申し分ない働きをしていますよ。子供の順応力なのか、それともサイバーコネクタの為せる業かはわかりませんが」
「俄かには信じられんが、一応データはもらっていく。子供の世話は大変だな。エバンス君」
「いいえ、私も娘が出来たような気分で新鮮ですよ」
「はははは、その娘を戦う道具にしておいてよくも言う」
「そこに可能性があるのです、仕方ないでしょう?貴方ならよくお分かりのはずだ」
部屋の前で待っていると、急に部屋のドアが開いた。エバが出てくるかな、と思ってたのに、出てきたのはさっきの大人の人だった。
その人がまたゆまのほうを見てたから、いーって顔をしてやった。
でも、すぐにエバが出てきたから、ゆまはかけ出した。そしてそのまま、エバにぴょんと飛びついたんだ。
「エバっ!お仕事はもうお終い?」
「ああ、もうお終いだよ。帰ってご飯にしようか、ゆま。今日は何が食べたい?」
エバがやさしく話しかけてきてくれて、ちょっとだけ考えてから。
「オムライスっ!」
これが、ゆまの日常。
普通の人とは違うみたいだけど、ゆまは毎日頑張ってるよ。学校でみんなと一緒に遊ぶのは楽しいし、宇宙をR戦闘機で泳ぐのも楽しい。
だからゆまは、こんな毎日がずっと続いてくれたらいいな、って思ってたんだ。
いつもと同じように今日のおしごとが終わって、後はエバと一緒に帰るだけ。でも今日はなんだかいつもとちょっと違う。エバと一緒にいつもは行かないような、基地の奥まで行くことになったんだ。
「ゆま、見てごらん。これが次にキミが乗る機体だよ」
エバがそう言って見せてくれたのは、黒くて赤くて、ぴかぴかしているR戦闘機。ちょっと怖いかなって気もするけど、こんなカッコイイのに乗れるんだって思ったら、なんだかすっごくわくわくしてきちゃった。
「わぁ……カッコイイ!ねえねえエバっ!これってなんていう名前なの!?」
「できたばかりだからね、まだ名前はないんだ。キミがこれに乗るようになる頃には、きっと名前もついていることだろうとは思うけどね」
「そうなんだ。楽しみ。早く乗りたいなーっ」
「もうすぐ完成するはずさ。そうしたらきっと乗れるよ。今日はゆまにこれを見せたかったんだ。さあ、それじゃあ戻ろうか」
「うんっ!」
エバと手をつないで、いっしょに家に帰るんだ。帰って一緒にご飯を食べて、お風呂に入ってぐっすり眠って。
明日も楽しい日になるといいな。
「おやすみ、エバ」
「ああ、おやすみ、ゆま」
「やあ、エバンス君。お姫様はもうおねむかね?」
「ええ、ぐっすりと眠っていますよ」
「それは結構。私はどうもあの子には嫌われているようだからね。では本題だ。彼女、千歳ゆまが残したここ数ヶ月のデータを精査した結果、やはり彼女を次世代機のテストパイロットに据えることが決定したよ」
「そうですか。ああ、そういえば今日はゆまにR-13を見せたのですよ。えらく喜んでいました。この分なら、テストパイロットの件も問題なくこなすでしょう」
「それは結構、マイナーチェンジや航空機の出来損ないを弄り回している連中に見せ付けてやろうじゃないか。我々が生み出した新技術。その結晶たるR-13の力をね」
「引き続きこのプロジェクトは君に任せる。是非とも成功させてくれたまえ」
「お任せください」
――天文台――
「これは……」
「どうした、何か見つけたのか?」
「はい、大気圏に突入する隕石群の中に、形を変えることなく落下する物体が確認されました」
「何だとっ!?落下する物体の解析及び落下予測ポイントの推定、急げっ!」
「は、はいっ!!」
――宇宙――
「こちらメリダ14、こちらメリダ14!アイギス駐留部隊応答せよ!アイギス駐留部隊っ!応答せよっ!!」
「駄目です、アイギスは依然としてこちらのアクセスを受け付けませんっ!」
「駐留部隊とも交信が途絶……一体何があったというんだ」
「あ……アイギス内部より、地球に向けて降下する物体を確認!これは……」
――地球――
「どうなってんだ!?いきなり兵器が暴走を……ぐあぁっ!」
「電子制御兵器が、何者かによってジャックされた模様!その規模は、地球上のほぼすべての都市に及んでいますっ!」
「一体どこの誰だこんなことをしやがったのは!R部隊に出動を要請しろっ!現地の武装警察とも協力して、このバカ騒ぎを鎮圧するんだ!」
「っ!大気圏外より飛来する物体を確認!」
「この上更にまだ何かあるってのか!一体なんだっ!?」
「監視衛星からの映像が来ました。これは……投下型局地殲滅ユニット、モリッツGです」
「なん……だと……」
「ふぁぁ……あれ、何だろうこの音」
なんだかとってもうるさい音で、ねむかったのに目がさめちゃった。音もうるさいけど、外もなんだかいそがしそう。どうしたのかな。
「ゆま、ああ。もう起きていたのかい?」
エバも、なんだかすごく大変そうな顔をしてた。
「今起きたんだよ。だってこんなにうるさいんだもん。おはよう、エバ」
「ああ、おはようゆま。……ゆま、早速だけど急なお仕事が入ったんだ。今すぐ着替えて、基地に行くよ」
「え~、でも今日は学校だよ。ユウリちゃんと一緒に学校に行くって約束が」
「そんなことはどうだっていい!今は重要なことじゃないっ!!」
「ひっ!?……え、エバ?」
エバの怒った顔。今まで見たことなんてない。すごく怖い。ゆま、何かいけないことしちゃったのかな。
だからみんな、こんなにいそがしそうにしてるのかな。
「っ……ぁ、すまない、ゆま。とにかく緊急事態なんだ。とにかくすぐに出撃だ、準備をしておくんだよ、ゆま」
そして、エバは行っちゃった。
「うん……わかった、エバ」
エバはまだ何か怒ってるみたい。怖くて、なんだかいやな感じがする。今日は何だか、おしごとに行きたくないな。
でも、行かなかったらエバ、もっと怒るよね。きっと。
パイロットスーツにきがえて、いつものように基地に行ったんだ。そしたら、そこには今まで見たことがないくらい沢山の人がいた。
みんなとってもいそがしそうで、この中に入っていってもいいのかなってちょっと怖くなった。でも、ゆまだっておしごとなんだから。行かなくちゃ。
「ゆまちゃんが来たよ、あんたら、準備はできてるかいっ!」
ゆまを迎えてくれたのは、せいびはんちょうのクレータさん。
R戦闘機のことを色々教えてくれたり、ゆまがこわしちゃったおもちゃを直してくれたりした。女の人なのにせいびはんちょうになるなんて、すごい人だってみんなも言ってる。
とってもやさしい人なんだよ。でも今日はなんだか、ちょっと怖い顔をしてる。
「おはようございます、クレータさん」
いつもみたいに、クレータさんに挨拶したんだ。いっしょに働いている人たちにも、大きくおじぎしたんだ。
そうしたら、なぜかクレータさんは泣きそうな顔をしてる。
「どうしたのクレータさん?どこか痛いの?」
「いいや違う、違うんだよゆまちゃん……っ。なんでも、ないよ。さあ、機体の仕上げは済ませておいたからね、あれに乗るんだよ、ゆまちゃん」
クレータさんの声はふるえてた。本当に泣いてるのかな。だからゆまは、そんなクレータさんを元気付けてあげたいなって思って。
「うん、ありがとクレータさん。ゆま、がんばるからねっ!」
だから、めいっぱい元気にそう言って、ぎゅってクレータさんに飛びついたんだ。
クレータさんは、やさしく頭をなでてくれた。
「頑張るんだよ。あたしらは最高の機体を仕上げたからさ。絶対に負けるんじゃないよ」
そうだ、思い出した。今日からゆまの乗るR戦闘機は、あの黒くて赤いカッコイイのなんだ。
思い出したらちょっと楽しくなってきちゃった。新しい服を買ってもらった時みたい。早く乗ってみたいな。
「行ってくるね!クレータさん、みんなっ!」
みんなに大きく手を振って、ゆまはカッコイイ機体に向かって走ったんだ。近くで見ると、やっぱりちょっと怖いけど、それでもやっぱりかっこうよくて。
早速乗り込んで見ると、中は今まで乗ってたアロー・ヘッドとそんなに変わらなかった。
さいばー・こねくたっていうのが使われているから、ゆまみたいな子供でもこんなすごい機械を動かせるんだって、クレータさんは教えてくれた。
やっぱりこの戦闘機にも、さいばー・こねくたってのがついてるのかな。
「おはよう、ゆまちゃん。準備はできてるかな?」
「あ、ココさんっ!おはようっ。ゆまはいつでも準備おーけーだよっ」
ココさん。オペレーターっていうおしごとをしてる人。ゆまや他の人たちが宇宙に出ているとき、どうしたらいいのかを教えてくれる人。初めてこの基地に来たとき、迷子になっていたゆまを案内してくれたりもしたんだ。
ココさんも、いつもとってもやさしくしてくれた。だからココさんの声が聞こえてきて、ココさんの声はいつもどおりだったからちょっとほっとした。
「ふふ、そう。ゆまちゃんはいつも元気ね。……ゆまちゃん、よく聞いてね」
でも、そんなココさんの声もなんだかちょっと低くなっちゃった。
やっぱり、何かあるのかな。
「今日これからゆまちゃんにしてもらうのは、今まで見たいな訓練じゃないの。バイドとの実戦になるわ」
「えっ……実戦?それにバイドって、あの悪い生き物のことだよね」
「ええ、そうよ。バイドがついに地球に攻めてきたの。だからゆまちゃんには、これから他の部隊と一緒にバイドと戦ってもらいます」
ちょっと怖い。でも、みんなと一緒だし、新しいぴかぴかの機体だってある。バイドのことだって、怖かったしいやだったけど、いままでたくさん勉強してきたんだ。
大丈夫、きっと戦えるよ。
「きっとつらい戦いになると思うわ。ゆまちゃん、頑張れるかな」
「うん、もちろん頑張るよ!だからココさん、案内おねがいしますっ」
「っ……ええ、まかせて。ゆまちゃん。さあ、もうすぐ発進よ。まずはこのまま地球に降下して、暴走した兵器の鎮圧を行ってもらうわね」
「わかったよ!ゆまに任せてっ!」
「ゆま、聞こえているかい?」
次に聞こえてきたのはエバの声。前と同じ優しい声だ、よかった。
「聞こえてるよ、エバ」
「そうか、こんな時に急だけれど、その機体の名前が決まったよ」
「本当に!?よかった、このままだったら名無しさん、って言わなくちゃいけなかったもん」
「本当だ、その機体の名前はR-13、ケルベロスだ」
「けるべろす?」
聞いたことない名前。でもなんだか強そう。
「とっても大きくて、とっても強い犬の名前さ」
「えー、ゆま、猫がよかったなー」
だって、猫の方が好きなんだもん。
「じゃあ、帰ってきたら今度は猫の名前をつけた機体を作ってみようかな。……ゆま、しっかりやるんだよ」
「……うん、行ってくるね。エバ」
だんだん胸がドキドキしてきた。本当にバイドと戦うなんて、うまくやれるかな。
負けたら死んじゃうのかな。
「ケルベロス、発進してください!」
考えるひまなんてなかった。ココさんの声だ。ぎゅっとそうじゅうかんを握って、発進の用意をした。
「ケルベロス、千歳ゆまっ!出ますっ!!」
そしてケルベロスに乗って、ゆまは基地を飛び出したんだ。
ぐん、って体が押し付けられるような感じ。もう慣れたけど、いつもよりちょっと強いかも。目の前には丸くて青くて、きれいな地球。
こんなきれいな地球をこわそうとするなんて、やっぱりバイドは悪い生き物なんだ。やっつけてやらなくちゃ。
だからケルベロスを地球に向けて、一気に基地を飛び出したんだ。
それからずっと、ずっと戦いつづけてきたんだ。
地球のどこかの街で、街をこわしつづける悪い機械をやっつけた。水の中に落っこちちゃったエネルギー炉で、くっついたりはなれたりするバイドをやっつけた。
オペレーターの人は、CEROがどうとか言ってたけど、ゆまにはよくわからなかったんだ。
そして、山の中に作られた基地の中でも、ゆまはバイドと戦ったんだ。山の中には雪が降ってて、すごくきれいだったんだよ。
でも、暴走したトレーラーはすっごく危なくて、オペレーターの人も驚いてたみたい。
こんなトレーラーがあるかー!って、すごいびっくりしてたもん。
でも、ゆまは負けなかったよ。ケルベロスといっしょに戦いぬいてきたんだ。ケルベロスはすごく強くて、ゆまでもなんとかバイドと戦うことができたんだよ。
だけど、倒しても倒してもバイドは押し寄せてくるから、少し疲れちゃったんだ。
地球の中のバイドはみんなやっつけたって聞いて、これでおしごとも終わりなのかなって思った。やっと帰れるのかなって、また、エバやみんなに会えるのかなって思ったんだ。
でも、まだ終わりじゃなかった。次の敵は宇宙にいたんだ。
ぐんじようさい、アイギス。この事件は、この場所から始まったんだって言ってた。だから、ここにいるバイドをやっつければそれでおしまい。がんばらなきゃいけないな。
他の人たちもきっと、別の場所でがんばってるんだろうな。だから、ゆまも負けてられない。とうとうアイギスが見えてきた。
きっとまた、たくさんバイドがいるんだろうな。でも、ぜったいに負けない。そしてゆまは、アイビスの中へと飛び込んだんだ。
「ケルベロスは実に優秀だね、エバンス君。いや、それとも彼女が優秀なのかな?」
「恐らく両方でしょう。まさか、初めての実戦であれだけの戦果を上げるとは」
「なんにせよ、これでサイバー・コネクタ技術の有効性は十二分に示されたと言ってもいいだろう」
「後は、ゆまが無事に戻ってきてくれれば……ですが」
「心配かね?データは逐次基地へと送信されている。最悪未帰還でも開発は続けられるだろうに」
「……もしやすると、情が移ったのかもしれませんね。あの子は優秀で、とても愛らしいから」
「くくっ、あの娘の世話をするようになってから、キミは随分と優しくなったよ、エバンス君。……そうだな、事件の後始末が済んだら、しばらく休暇でも取るといいのではないかな」
「なぜそんな時期に?戦闘記録の解析にも人手が要るでしょう?」
「やれやれ、キミもわからん奴だ。あの娘を労ってやれと言っているのだよ。勝者には栄華と褒章を、ということさ」
「……貴方も、随分と人が変わりましたね」
「これでも人の親だった時期があったものでね。……さあ、見届けようじゃないか。私達の娘の戦いをね」
―――侵食―――
「R戦闘機が一機、こちらに接近してきます。着陸許可を求めているようです」
「一体どこのどいつだ?ここは開発基地だぞ、補給なら他所に頼んでもらいたいもんだがな」
「所属は不明ですが……どうやら被弾しているようです。救難信号も出ています」
「命からがら逃げてきた、ってとこか。しょうがない、3番ドックを空けておけ。あいつを回収する」
―――邪悪―――
「一体何が起こったんだ!?」
「わかりませんっ!突如として基地内の全機能が、制御不能に……」
「そんな……これはっ!?」
「今度は何だっ!!」
「基地中心部にバイド反応。この大きさ……え、A級バイドですっ!?」
「な……っ」
―――覚醒―――
アイギスの一番奥、ロケットみたいなバイドを倒したら、中からアロー・ヘッドが出てきたんだ。
もしかしたら、バイドにつかまってたのかなって思って、助けてあげようとしたんだ。でも、そのアロー・ヘッドはゆまを攻撃してきたんだ。
オペレーターの人が教えてくれた。このアロー・ヘッドが、すべての事件の原因なんだ、って。だから、やっつけなくちゃいけないんだって。
敵のアロー・ヘッドは、もうボロボロで、飛んでるのが不思議なくらいだったんだ。
オペレーターの人が言うには、初めてバイドと戦ったR戦闘機なんだって。修理もされないまま、アイギスに置き去りにされちゃったんだって。
かわいそうだなって思ったんだ。バイドと戦ってがんばったのに、こんな風にバイドにのっとられちゃうなんて、やっぱりかわいそうだよ。
だから、早く止めてあげたくて。がんばって戦ったんだけど、だめだったんだ。後ちょっとの所まで追いつめたのに、逃げられちゃった。もちろんゆまは追いかけたんだ。でも、ずっと戦いつづけてたからかな。
追いかけているうちに、だんだん眠くなってきて。目を開けているのも辛くなっちゃって。
気がついたら、不思議な場所にいたんだ。周りを見ると、まるで生きてるみたいにうぞうぞって動いてる。そして、そのあちこちから変なバイドがどんどん湧き出してくる。
たくさん浮かんでるカプセルみたいなものの中には……人の脳みそみたいなものが詰まってた。
「どこなの、ここは。ねえ、誰か教えてよ」
必死に呼びかけてみるけど、通信はどこにもつながらない。どうしてなのかな。みんな、やられちゃったのかな。
「怖い、怖いよ……誰か、助けてよっ」
今までは、ずっと誰かといっしょに戦ってたから分からなかったんだ。一人は、怖い。一人きりは怖くて、寂しいよ。
そんな風に考えたら、泣きたくなってきちゃうけど、そんな余裕もなかったんだ。バイドが来る。戦わなかったら本当に死んじゃう。もう誰にも会えなくなっちゃう。
だから、戦うしかないんだって。そうじゅうかんをぎゅってにぎったんだ。押しよせてくるバイドの群れを倒して、押しつぶそうとして近づいてくるカプセルをかわして、こわして。
ブドウみたいな丸いものがいっぱい集まった敵も、すごい速さでぶつかってくるコンテナも、柱も。全部こわした、全部かわせた。ゆまはまだ、生きてるよ。
まだ生きてる、死んでない。敵を全部たおせば、ゆまは死なない。
死ななかったらみんなに会える。基地に帰れば、クレータさんやココさん、そしてエバにまた会えるんだ。
だから、だかラ……ゼンブ、タオさナクチャ。
「こちらミッドナイト・アイ02、こちらミッドナイト・アイ02!ケルベロス、応答しろ。ケルベロスッ!」
声が聞こえる。ケルベロスって。ああ、そうだった。ケルベロスって、ゆまのことだ。
ってことは、誰かがゆまを呼んでいるんだ。誰かが近くにいるんだ。
生きてるんだ、ゆまは。
「……帰らなくちゃ。みんなが待ってるんだ」
「っ!?反応があった。ケルベロス!こちらミッドナイト・アイ02。無事なのか、ケルベロス?」
もう、疲れちゃった。とにかく今は、早く帰りたい。まだ敵がいるのかもしれないけど、もう戦えない。戦いたくない。
くたくたに疲れちゃったんだから。少しくらい休ませてくれたっていいよね。
「こちらケルベロス。千歳ゆま。ゆまは無事だよ。だから、これから基地に戻るんだ」
きっとあのアロー・ヘッドだって、もうすこしでやっつけられそうだったんだから、誰かがやっつけてくれてるよ。もうきっと、戦いだって終わってるはずだよ。
「基地……R戦闘機の開発基地のことか?」
「そうだよ、ゆまは帰るんだ。みんな、待っててくれるといいな」
ここからだと、基地はそんなに遠くないみたい。ちょっと飛ばせばすぐに帰れる。でも疲れちゃったから、少しゆっくり帰ろうかな。
「……ケルベロス。落ち着いて聞いてほしい」
何を言ってるんだろ。なんだかすごく大変そうな感じ。でももうゆまは気にしないんだ。だってもうすぐ家に帰れるんだもん。
「開発基地は――」
さあ、機体を基地の方へと向けて、後は飛び出すだけ。
「――バイドの奇襲を受け、壊滅した」
「え……っ?」
「ウソだよ、そんなの」
うん、ウソに決まってる。きっとみんなそんなことを言って、ゆまをおどろかせようとしてるんだ。きっと基地に帰ったら、みんな笑ってむかえてくれるに決まってるんだ。
こんなウソまでつくなんて、ちょっとひどいや。帰ったらちゃんともんく言わなくちゃ。
「ケルベロス。信じられない気持ちはわか「ウソだッ!!」」
ウソだ、ウソだ。ウソだ。そんなことあるわけない。こうなったら自分の眼で確かめてやるんだ。基地は無事だって、みんな元気にしてるんだって。
「ウソだ、ウソだ。ウソだ……そんなの、ぜったいウソだっ!!!」
ケルベロスを一気に加速させる。最高速度、限界なんて知らない。いっきに加速しすぎてちょっと体がいたい。それでももっと速く。もっと、もっと、もっと。
「落ち着け、ケルベロスっ!一人で突っ込むのは無謀だっ!」
「う・る・さぁぁぁぁぁいッ!!」
聞きたくない。何も聞きたくない。基地が見えてきた。ハッチは全部あいてる。あそこに入れば、エバたちに会える。家に帰れる。戦いは終わる。速度を落とすのも忘れて、ハッチの中へ突入したんだ。
「おかえり、ゆまちゃん。大活躍だったわね」
「沢山バイドをやっつけたんだって?さすがはゆまちゃんと、あたしらのケルベロスだ」
「うん、ただいま。ココさん、クレータさんっ!」
「おかえり、ゆま。いっぱい戦って疲れただろう?ゆまの大好きなオムライスを作って待ってたんだ。それを食べて、ゆっくりお休み。ゆま」
「へへ、ありがと。エバ。それと……ただいまっ」
むかえてくれるはずだったのに。待っていてくれるはずだったのに。
なのに、どうして?どうして…………
コノセカイハ――コンナニモアカイノダロウ
「―――――――――ッ!!!」
それが自分の声だって、ゆまにはわからなかった。目の前も、頭の中も、何もかもが真っ赤で。
基地のかべにはりついた、赤黒いナニカ。そこから飛び出したのは。よく分からない肉のかたまり。
お前が、お前達がみんなを……コロシタ。
アンカー・フォースでその肉のかたまりを引きちぎった。飛びちる赤いナニカ。見なれない赤さ。まるで血の色みたい。
「………死ね」
道をふさぐ敵を、全てこわして先へ。
「死ね……死んじゃえ……」
それがナニか、ナニであったかなんて気にしない。こいつらは、人なんかじゃない。仲間なんかじゃない。攻撃してきた。だから仲間であるはずがない。殺すしかない。
こいつらを全部やっつけたら、きっとみんなのところに帰れるんだ。みんな、どこかでゆまを待っててくれているはずなんだ。
だから、こいつらは違うんだ。みんなみんな敵なんだ。倒さなきゃ、殺さなくちゃいけないのに。
なのに、なのにどうしてこのバイドは、まるでヒトのような悲鳴をあげるのかな。
なのにどうして、こんなに赤い、赤い………。
「ひ、ひぐ……っ。ぅ、ぅあ……あぁぁァァぁっッ!!!」
真っ赤な世界。その何もかもがもういやで。全部吹き飛ばしてしまいたかったんだ。だから、Δウェポンであたり一面を全部やき尽くした。
もう、動いているものは何もなくなった。きっとこの先に、みんなが待ってるんだ。きっとそうに決まってる。
帰ってきた。基地のドックが見えてきた。
あそこから、今までの長くてつらい戦いは始まったんだ。ドックの周りには、あのいやな赤い色は見えない。だからきっと、みんなあそこにいるんだ。
「何か……来る」
ドックから、何かが発進しようとしてる。きっと、ゆまを迎えに来てくれたんだ。こっちに向かってくる。
見たことのないR戦闘機が二つ、そして、見覚えのあるのが一つ。
あれは……。
「アロー・ヘッド。………そうか、そうだったんだね」
こいつは、あの時逃がした奴だ。それがここにいる、しかも仲間まで連れてる。
あいつが、あいつが基地にこんなひどいことをしたんだ。
――ユルサナイ。
真っ赤な頭の中が、真っ赤を通り越して真っ白になった。何も考えられない。とにかくあいつが許せなくて、滅茶苦茶にこわしてやりたくて。
そんな真っ黒な気持ちにまかせて、ケルベロスを動かしたんだ。
そして、そして………。
・要確認事項、ケース6
この事件の後期、R戦闘機開発プロジェクト基地がバイドに侵食され、多くの貴重なデータと人員が失われるという事態が発生した。
被害の詳細を求めることすら困難ではあるが、唯一形を保っていたR戦闘機の発進ドック内からR-13――ケルベロスの搭乗者であった、千歳ゆまの遺体が半ば炭化した状態で発見された。
しかし、ドックからはケルベロス本体の残骸は発見されておらず、複数のパイロットから、開発基地を飛び出し異層次元に突入するケルベロスの姿が目撃されている。
異層次元に突入したR戦闘機はこのケルベロスのみであり、バイドコア消滅との関連があると推測される。
無人となったはずのケルベロスが何故動いたのか。異層次元内で何が起こったのか。これらを要確認事項として提出する。
また、ケルベロス及びパイロットの処遇については、単独で異層次元に突入。バイドコアを撃破するも未帰還となる。以上を公式見解とし、搭乗者のパーソナルデータ及び戦闘経過は最重要機密として扱うこととする。
―――サタニック・ラプソディ、経過報告書より引用