少女達は、そのおぞましき容貌に刻まれた真実を知る。
第12話 ―本当の自分と向き合えますか?―①
波動砲のチャージを終えた人型兵器が、敵の旗艦に迫る。護衛の部隊はそのほとんどが叩き落され、僅かに残った部隊もおびき出され、完全に立ち往生してしまっている。
もはや、この攻撃を阻むものは何もありはしない。
私は冷酷に攻撃を告げ、まとめて3本放たれた波動の光が敵の旗艦を直撃した。閃光、そして爆散していく戦艦を眺めながら、私は残存する敵部隊を掃討するよう指示を出した。
線と面で構成された、幾何学的なこの逆流空間。かつてあの星を旅立ったときも、ここを通っていたことを思い出す。ここを抜ければ、私の故郷はもうすぐだ。
そう考えると、無機質なこの空間もどこか懐かしいものに思えてしまうから不思議なものだ。
――敵の掃討が完了したという報せが入った。
何故彼らは私達を攻撃してくるのだろう。分からないが、攻撃してくるのならば応戦するしかない。この先にもきっと、敵は待ち構えているのだろう。
沈みそうになる気持ちを堪えて、太陽系に向けて、移動を継続する。
2171年。
年が明け、冬の盛りも過ぎた頃。見滝原を襲ったバイドの脅威も、その傷跡も少しずつ癒えてきた、そんな頃。
「………また、夢かぁ」
頭の中に広がったその光景と、誰かの思考。それを改めて噛み締めながら、まどかは呆然と呟いた。
「これは、誰かの記憶、なんだよね」
寝ぼけ眼をこすりながら、抱きかかえていたぬいぐるみをそっとベッドに寝かせて。まどかは思い出していた。ティー・パーティーから戻る前に、キュゥべえと話していたことを。
「まどか。キミはどうやら珍しい能力を持っているようだね」
「能力?……それってどういうこと、キュゥべえ」
少し緊張した面持ちで、巨大な円筒のような装置から身を起こしてまどかが尋ねた。それに応えた声は、どこか興味深そうなもので。
「説明するのは難しいな。今の人類の科学では、解析できないことだろうから」
「そんなに凄いことなの、その……能力って」
そんなことを言われては、どうしたって不安にもなってしまう。そんな不安が滲んだ顔で、まどかはキュゥべえに尋ねた。
「いや、それほどたいしたことじゃない。少なくとも、ボクの同僚が欲しがるようなものじゃないことだけは確かだよ」
もちろん同僚とはTEAM R-TYPEのことである。目をつけられたら一巻の終わりと、全方位から恐れられているその集団である。
「……聞かせてよ、分からないかもしれないけど、何も知らないままなのもやっぱり嫌だから、聞かせて欲しいな。キュゥべえ」
「また秘密を抱え込むことになるかもしれないけど、それでもいいのかい、キミは?」
そんな言葉にも躊躇うことなく、力強くまどかは頷いた。
「あまり知らせるべきではない、とは思うけどね。キミが望むのなら仕方ない」
相変わらずの、感情を一切見せない表情で、そして口調でキュゥべえは言う。
「鹿目まどか。キミの精神領域には、通常の人間に比べて遥かに高度な精神ネットワークが構築されている。キミが何処かの誰かの記憶を夢に見てしまうのも、キミだけがマミの心を開くことが出来たのもきっとその所為だろうね」
と、一気に捲くし立てた。当然、まどかは何も理解できずに困惑めいた表情を浮かべたままで。
「えっと、つまり……どういうこと、なのかな?」
「これでも相当砕いた表現だったんだけどな。要約するとね、まどか。キミには潜在的に人の意思を感じ取り、自分の意思を人に伝える能力があるということなんだ。使いこなせるようになれば、従来の原始的な意思疎通手段に頼る必要なんてなくなってしまうくらいにね」
さすがにこれでも理解できなければもうお手上げだ、とばかりにゆっくりと頭を振って、耳と尻尾をゆらりと揺らしてキュゥべえはまどかを見やる。
当のまどかは、何度もその言葉を繰り返して、何とかその言葉を理解しようと考えているようだった。
「テレパシー……みたいなものなのかな。それがあったから、私はマミさんを助けることができてそして、誰かの記憶を夢に見てる。そういうこと、なんだよね」
「そういう解釈で問題ないと思うよ。今のところ、キミは無意識的にその力を使っているようだね。力を制御できずに、無作為に周囲の思考を集積し続けたり、周囲に思考を拡散したりはしていないようだ。……今のところはね」
前者であれば、無尽蔵に他者の思考を集積し、自我の境界を失ってしまう。そして後者であれば、それはいわゆるサトラレという奴か。どちらにしても、普通に生活など出来るはずがない。
これだけの能力を持ちながら、それが今までほとんど発揮されてこなかったというのは、それはそれで異例なことだとキュゥべえは考える。
「今のところ……って、じゃあ、いつかそうなっちゃうってこと……なの、かな」
それが一体どういうことなのか、まどか自身がまだ十分に理解できていない。けれど、それがきっとよくないことなのだろうということだけは、よくわかった。
「可能性はゼロじゃない。でも、心配することはないと思うよ」
そんなまどかに、キュゥべえは笑みを浮かべて声をかける。
「その精神ネットワークがもしも暴走したとしたら、まずキミの身体が持たないだろうからね」
事も無げに言い放ったその一言は、当然の様にまどかを打ち据えた。
「どういうことなの、キュゥべえっ!?私の身体が持たないって……どうなっちゃうの、私」
「簡単なことだよ、まどか。その高度な精神ネットワークを最大限に活用するには、人の身体、もっと言えば人の脳というハードウェアはあまりにも脆弱で処理能力も未熟なんだ。もしもキミの能力を暴走を始めたとしても、すぐに精神が焼き切れてしまうだろう」
「そんな……じゃあ、私、どうしたら」
それはまさしく死の宣告にも等しい。装置から身を起こしていた身体から、一気に力が抜けていく。そのまますとんと、再び装置に腰を下ろしてしまって。
「今までキミは、自分の能力のことなんてまるで知らずに生きてきた。このままそれが目覚めることなく、後数年過ごすことが出れば問題はないと思う」
そんなまどかにあくまで淡々と、キュゥべえは事実を告げていく。
「この地球の歴史の中では、そういう能力を持った個体は少なからず散見されているんだ。だけど、誰もが皆精神的な揺らぎの最も大きい第二次性徴期を過ぎると、それ以降その能力は発現しなくなっている。最も、能力が発現した固体の最期は言うまでもないことだけどね」
ただ、事実だけなのだ。それが尚更に、まどかを強く打ちのめす。
第二次性徴期。所謂思春期というものが終わるまで、あと何年あるだろう。高校が終わるころには終わっているのだろうか。だとしても後3年以上はある。
そんな長い間、いつ爆発するかも知れない爆弾を抱えて生き続けなければならないのだろうか。
「だけど、ボクならそんなキミを助けてあげることができるんだ、まどか」
暗い思いに沈んでいたまどかに、続くキュゥべえの言葉が飛び込んできた。その言葉に、はっとしたように顔を上げてキュゥべえを見るまどか。
「助けられるって、本当、なの?キュゥべえ」
「ああ、方法は簡単だよ」
突然の絶望と、そこに齎された希望。まるでそれに縋るように、まどかはキュゥべえを見つめた。キュゥべえはその視線を受け止めて、うっすらと笑みを浮かべて、まどかに告げた。
「――ボクと契約して、魔法少女になればいいんだ」
予想だにしないその言葉に、まどかは言葉を失った。驚愕に塗りつぶされたような表情で、震える視線は辛うじて、キュゥべえの姿を捉えていた。
「ソウルジェムは、ただ魂を手に取れる形に変えるだけじゃないんだ。通常の人間の身体よりも、ずっと高度な処理能力や耐久性を与えてくれる。彼女達は気付いていないかもしれないけど、魔法少女は少なからずその恩恵を受けているんだ」
まどかが座ったままの装置の縁へとその身を預けて、再びキュゥべえはまどかを見定める。
「そしてそれに引きずられて、彼女達の身体能力も強化されている。もしかしたら、魔法少女になることでキミは、その能力を自由に操ることだってできるかもしれない」
まるで、今触れている足元がとても不確かなものになってしまって。今にも地面に沈み込んでしまいそうな、そんな不可思議な感触に囚われて、まどかの心も視界も揺れていた。
その揺らぎの中に、静かにキュゥべえの言葉が入り込んでくる。
「……でも、私。魔法少女に、ならないって。ほむらちゃんに、言ったんだよ。それに、例えそうだったとしても……戦えないよ。私には」
気を抜いてしまえば泣き出してしまいそうだったから。ぎり、と歯をかみ締めて、そんな気持ちを辛うじて堪えて、その誘いを拒む。約束したのだから。戦えないけど、それでも出来ることをすると。
ほむらは望んでいなかったのだから、自分が戦うということを。
死の恐怖と、友との約束との間で板挟みになって悩むまどかに対して、キュゥべえは少し意外そうな顔をしていた。
「キミはそんなことを心配していたのかい?……それならそれで構わないよ。もし戦いたくないというのならそれでもいい。今はただ、キミを助けるために言っているんだからね」
思いもよらない言葉、それは確かにまどかにとっては救いと言えた。
「え……っ、本当、なの?」
気が抜けてしまったのか、少し抜けた調子で漏れるようにして流れ出た声に、キュゥべえは答えて。
「ボクだって、こんなところでキミに死なれるのは本意じゃない。これでキミが助かるのならそれでもいいと思っているよ。……信用できないかい?」
「そういうわけじゃないよ……でも、本当にいいのかな、って。だってキュゥべえは、魔法少女のパイロットを見つけるのが仕事……なんだよね?」
希望は見えた。けれどそこにはまだ、得体の知れないものへの不安もあった。魔法少女になってしまったら自分はどうなるのか。そうなってしまったものを、随分身近で見ていたはずなのに、やはり不安は拭えなかった。
「もちろんそうさ。だけど、ボクの目的はそれだけじゃない。もしかしたらいつかキミの力を借りることになるかもしれない。そうなった時に、キミに死なれていたら困る。そう思ったんだよ。所謂保険という奴かな」
さらにキュゥべえが跳ねる。半透明の身体が、まどかの膝の上からまどかを見上げている。
「どうするか、選ぶのはキミだ。鹿目まどか」
思い出すと、否応なしに気が重くなってくる。
ずっと気がかりだったいろいろなことに、納得のいく結論が出たのはいいことなのだけど。それでも、これでよかったのだろうかという後悔は残る。
「はぁ……そろそろ起きなくちゃ」
溜息一つ。ベッドから身を起こして部屋のカーテンを開ける。カーテンの裾に触れたその指には、きらりと輝く指輪がはめられていた。
「さやかっ!そっちに敵が行ったぞ」
黒を基調とした機体。悪名高いR-9W系統最終機、R-9WZ――ディザスター・レポートを駆って杏子が叫ぶ。
もはやどういう理屈で放たれているのかすらわからない、この機体が持つ波動砲こと災害波動砲が放たれ、赤熱した隕石状の波動エネルギーが目の前のバイドを押し潰そうと迫り、そのまま炸裂する。
しかしその爆発の中から現れ、さらに奥へと突き進む敵戦闘機型バイド、B-1B2――マッド・フォレストⅡ。
禍々しくも、どこか植物のような有機的なフォルムを持つその機体が、ディザスター・レポートの隣をすり抜け駆けて行く。どうやら直撃は避けていたらしく、バイドの癖にやけに腕がいいものだと関心してしまう。
そして敵の数はそこそこに多い、総勢7機の戦闘機型バイドが、所狭しと宇宙の海を飛び回っている。
「まだ来るってわけ?……ああもう、なんなのさこいつらはーっ!?」
同じく二機の戦闘機型バイド、バイド・システムαの最終進化型にして、バイドらしさを追求して生まれた機体。あまりにもその容貌は邪悪、醜悪な肉塊の中に、辛うじて機器の類が見て取れる、B-1D3――バイド・システムγ。
そしてマッド・フォレストⅡ同様に植物様のフォルムを持つ、B-1A2――ジギタリウスⅡ。その二機をフォルセティⅡの機動性で翻弄しながら、さやかが一つ悪態をついた。
今のところ負ける気はしない。空戦の腕では負けはしない。けれど、流石に2対1では分が悪い。
マッドフォレストⅡが加われば、さらに状況は悪化する。
「こいつら……やけに連携が取れてやがるっ!」
援護に向かおうとした杏子の前にも、さらなる敵バイド機が立ち塞がる。緑色の霧のようなものでその身を覆っている以外は、通常のR戦闘機と違いはないようにも見える。
ただそれでも、身に纏う霧状の物体からは高レベルのバイド反応が検出されている。ミスティ・レディーと名づけられたその機体は、果たして通常のR戦闘機に霧状のバイド体が取り憑いたものなのか。
それとも……元よりこういう機体として、開発を進められていたのだろうか。
(……嫌なこと思い出させるね)
杏子の脳裏に否応なしに思い出されるのは、ゆまのこと。もしかするとこれらの機体にも同じ様に、元は誰かが乗っていたのかもしれない、と。
「邪魔すんな……落ちろぉっ!!」
ハニカム状の対空レーザーを放ち、立ち塞がる敵を迎撃する。けれどもその一撃は、霧状の幕に触れた途端に乱反射し、あらぬ方向へと逸れていった。
ミスティ・レディーの持つその霧状の物体は防護壁であり、ビーム攻撃を乱反射させる性能を持っていた。
さらにミスティ・レディーから高エネルギー反応。恐らく波動兵器をチャージし始めているのだろう。
「っ……なら、こいつでっ!」
誘導性能を持つ追尾ミサイル。高機動戦闘を行うR戦闘機同士の戦闘においても十分に効果を発揮するはずのそれは、放たれた途端にまるで見当違いの向へと飛んでいってしまった。
「これは……ジャミングかよ、どうなってやがるんだ」
さらに、その霧状の防護壁はジャミング機能すらも備えていた。レーザーでも、ミサイルでも破壊は困難。手があるとすれば、フォースシュートか波動砲。波動砲のチャージを始めるも、当然向こうの方がチャージの完了は早い。
「なんとか、一発凌いでやらないとな」
機体を急旋回させる。さやかの援護に向かいたいところだが、その前にこいつを片付けなければしょうがない。
その刹那、機体に警告が走る。その詳細を確認し、杏子はにやりと笑みを浮かべた。
そのまま機体下方に垂直降下。ザイオング慣性制御システムですら減殺しきれない衝撃が身体を襲う。その衝撃に堪えながらも、視線は敵を捉えて逸らさない。
当然のように機体を制御し、それを追って波動砲を放とうとするミスティ・レディーを、飛来した閃光が貫いた。
その射手はシューティング・スター。放たれた圧縮波動砲はミスティ・レディーの防護壁を切り裂いて、さらにはその機体をも焼き払う。回避行動も取れずに、ミスティ・レディーが撃沈、爆散した。
「意外と便利だな、それ。……助かったぜ、マミっ!」
「ええ、本当ね。……敵はまだまだいるわ。油断せず行きましょう!」
ディザスター・レポートとシューティング・スター。二機の軌道が交差する。杏子はさやかの援護へ、そしてマミは迫る敵を迎撃に向かう。
マミの眼前には、まるで爬虫類のような鱗を持ち、鋭い牙を剥いて迫る龍のような機体の姿があった。BX-4――アーヴァンクと呼ばれたそれは、まるで鱗の塊のようなスケイル・フォースを携えマミへと迫る。
方や最初期に生産された機体であるシューティング・スター。波動砲の性能は今でも申し分ないが、機体性能自体はアーヴァンクに比べ、やはり劣る。
回避するので精一杯なシューティング・スターを、拡散する鱗状のレーザーが掠めていった。
機体に走る衝撃。そして、変貌。
「やっぱり、この機体ではちょっと厳しかったわね。……でも、ここからが本番よ?」
変貌を遂げたマミの機体。それは人型機であった。そして、変貌という言葉は適切ではない。それはただ、元の姿に戻っただけだったのだから。
「お楽しみはここからよ。行くわよ、ナルキッソス!」
TL-3N――ナルキッソス。
それは既存の地球軍の機体とはまったく異なるコンセプト、バイドに頼らない兵器を目指して作られた機体であった。それゆえにこの機体にフォースはなく、右腕のヒートロッドを介して多用なレーザー兵器を操っている。
そしてその最大の特徴は、今まで見せていた別の機体への擬態能力である。
どうなっているのかを考えるのすら恐ろしいことに、擬態によって変化した機体は元の機体と同様の性能を持っていたのだ。
方や異質なる人型兵器。方や異貌なる龍を模した生物兵器。光の剣を掲げて人が邪龍に挑む。それはまさしく、御伽噺のファンタジー。
どうせならそんな勇者よりも、囚われのお姫様の方がよかったな、なんて思いは飲み込んで、マミは邪龍に立ち向かう。光の剣を振りかざし。
周囲を旋回するアーヴァンクから放たれる、鱗状のレーザーをかわしながら距離を測る。フォースという盾を持たないからこそ慎重に、放たれたミサイルは、ビームソードで切り払う。
やがて、業を煮やしたアーヴァンクが一気に突撃を仕掛けてきた。それはまさに好機。人でいう上段、火の構えのように大きくその剣を掲げて、マミもまた邪龍に迫る。
「アブソリュート・リ・フュートっ!」
声と同時に一閃。機械の腕が振りぬいた刃は、強固な鱗を物ともせずに切り裂いた。最早この距離ならば、フォースの有無は致命的な差にもなり得ない。
流石にフォースそのものは切れないが、表面を覆う鱗を切り裂き、さらにはアーヴァンク自身にも傷を刻み込んだ。切り裂かれた鱗の下には、やはりフォースの色が見て取れる。
ナルキッソスもまた、フォースとの接触で機体を焼かれる。それでも、動けなくなるほどのダメージではない。アーヴァンクは今のダメージで動きが鈍っている。
止めを刺すのは、今だ。
「続けてもう一撃……サクレッド・サンクションっ!」
横薙ぎに一閃。鱗が切り裂かれ、有機物で構成された機体の内容物が焼け焦げ、蒸発していく。最早アーヴァンクに脅威はなかった。後は違わず止めを刺すだけだ。
「終わりよ、ニーサリー・サンクションッ!!」
縦一閃。完全に機能を失い、アーヴァンクは果てた。ビームソードを引き抜き、アーヴァンクを蹴り飛ばす。
打ち捨てられた邪龍は、炎と光を巻き上げ爆発の中へと潰えていった。
「まさかバイドと切り結ぶなんて思わなかったけど……これはこれで、悪くないわね」
満足げに呟いて、マミは味方の援護へと向かうのだった。
本来はただ、この先の宙域にあるはずの研究施設・グローリアへ次の試験機を取りに行くだけの任務であった。その為に宇宙の海を渡っていたティー・パーティーの前に、バイド機が立ち塞がってきたのだ。
施設からの通信は途絶している。まず間違いなく、あのバイド達によって陥落したのだろう。もしくはあれが、あの機体達が本来受け取るべき機体の、成れの果てなのかもしれない。
そんな思考を廻らせる間も無く、続けざまに迫るレーザーを回避してほむらは、迫る二機の狂機へと意識を集中させた。
白く、硬質な三本の爪が特徴的で、さらにはアンカー・フォースを模したクロー・フォースを持つ機体。バイド生命体の牙状部位と同様の構造のフレームで構成されたその機体はB-5A――クロー・クロー。
その攻撃的な形状に違わず、放つレーザーもフォースも、いずれも非常に攻撃的なものだった。
そしてもう一機、もっとも手強い敵が居た。
その全身をゼリー状のバイド物質で覆った機体。バイド係数は計り知れないほどに高い。四本の触手を備えたセクシー・フォースは非常に強力で、その触手全体からレーザーを振りまいてくる。その機体はB-3C――セクシー・ダイナマイト。名前はなんとも残念だが、その脅威は本物だった。
あの時編隊を組んで迫って来た7機の中で、最も手強いと踏んだこの二機を真っ先に相手取り、残りを任せたほむらの判断は間違っては居なかった。ただ、この二機は腕も悪くない。バイドにしておくには惜しいほどだ。
それだけに攻撃に転じる隙が見出せない。ほむらをもってしても、防戦一方であった。
とはいえ敵は数で勝る。ここで二機を同時に引きつけたとしても、まだ敵の方が多い。援軍はそうそう期待できそうにないのなら、ここは何とか切り抜けなければならない。
交差するようにして放たれたレーザーの間をすり抜け、クロー・クローにフォースを放つ。
通常の橙色とは異なり水色のそのフォースは、バイド生命体をゲル状に加工し、制御コアを埋め込むことで制御可能とした、現在人類が誇る最強にして最高のバイド係数を持つフォース、サイクロン・フォースであった。
サイクロン・フォースはフォース自身も高い攻撃、防御能力を持つのみならずそのレーザーも、多少の障壁をものともしないほどの出力を持ち、メガ波動砲と併せてラグナロックの突破性能を更に高めるものであった。
そしてその最大の武器にして盾であるフォースは、クロー・クロー目掛けて放たれた。しかしそれは空しくかわされ空を切る。武器を失ったほむらのラグナロック・ダッシュにバイド機が迫る。
狙い通りだ、と。ほむらは勝利を確信した。
今にもその凶悪な外観そのものの攻撃を繰り出そうとしていたクロー・クローが、背後からの攻撃を受けて動きを止めた。その背面には、先ほどやり過ごしたはずのサイクロン・フォースが喰らいついていた。
サイクロン・フォースの特性は、その基本性能の高さだけではない。アクティブコントローラーを埋め込まれたことで操作性能が非常に向上しており、切り離しと呼び戻しを自由自在に行い、フォースを操作することが可能となっていた。
まさにそれは、ありとあらゆる意味で革新的な、最強のフォースの名に恥じない性能なのである。
「動きが乱れた……仕掛ける」
ラグナロック・ダッシュがクロー・クローに機首を向ける。チャージは既に完了していた。ただ、今まで放つ余裕がなかったというだけで。
なにせこの一撃は、まさしく戦況を変えるだけの力を持っている。だがしかし、代償もそれなりに大きかったのだ。
連携を乱しても尚、攻撃の手を緩めないセクシー・ダイナマイトの乗り手は、やはり腕はいいのだろう。けれども相手が悪かった。
一瞬でも1対1で戦える状況が出来てしまえば、それで十分なのだ。
「もう一度、力を見せて。……ラグナロック」
放たれ続けるレーザーを、機体の限界ギリギリの機動で回避、更にそのまま機首を敵へと向ける。動きを止めたクロー・クローと、尚も追い縋るセクシー・ダイナマイトが、一直線上に並んだ。
「ハイパードライブ……っ!」
それはかつての乗機、オリジナルのラグナロックが持つ、連射可能な波動砲。ラグナロック・ダッシュは、その再現すらも成し遂げていた。
現在量産されているラグナロックにも、ハイパードライブシステムは搭載されている。しかしそれは、オリジナル機のそれがオーバーヒートによる強制冷却と、その間の波動砲使用が不可能になるという代償を孕んでいた事を受け、威力が大幅に制限されていた。
だが、このラグナロック・ダッシュは違うのだ。波動砲が改良されている事以外、全てがオリジナルのラグナロックそのままなのである。ほむらにとっては懐かしくもあり、少し複雑な気分でもあった。
そして放たれる波動の光。それが明らかに脅威であると見て取ったセクシー・ダイナマイトは、すぐさま機体を翻す。一発限りの波動砲ならば、それで十分回避可能だっただろう。
立て続けに放たれるハイパードライブからは、その程度では逃げることは出来なかった。動けないクロー・クローを叩き落し、そのままセクシー・ダイナマイトも片付ける。
だが、そのときセクシー・ダイナマイトの取った行動は、ほむらを驚愕させた。推進部をサイクロン・フォースに破壊され、未だ再生の追いつかないクロー・クロー。迫る波動の光に焼かれるのを待つだけであったその機体に、セクシー・ダイナマイトは向かっていった。
そして、その勢いを消さぬままに体当たり。弾き飛ばされたクロー・クローは、ハイパードライブの射線から逃れた。
けれど、そこまでだった。
立て続けに放たれる波動の光に焼かれ、セクシー・ダイナマイトのジェル状の機体が焦げていく。そして、内部の機械部分にまでその威力は浸透し、そして爆散した。
「……バイドが、味方を……庇った?」
信じられないことだった。確かにバイドの中には、複数のバイド体が寄り集まって活動するものや他の固体と協力して攻撃を行うものはいた。しかしそれはあくまでも習性、本能のままに行われる行為のはずだった。
だが、今の機体が見せた行動は。我が身を呈して味方を庇うという行動はあまりにも、バイドのそれとはかけ離れていた。
「バイドに、感情なんてあるわけが……だとしたら、これは」
ほむらの中で、疑問は最早確信に変わりつつあった。
やはりこれは、この機体達に乗っているのは……否、乗っていたのは人間なのだ。機体ごとバイドに取り込まれ、その攻撃本能のままに襲い掛かってきているだけなのだ。けれど、まだ意識は残っている。だとしたら、今倒した敵の中にも、また。
あまりにやりきれない。そして何よりこの機体の存在が信じられなかった。こんなところに偶然に、フォースを装着し波動砲を使いこなす、明らかにR戦闘機の成れの果てのようなバイドがそれもこれだけの数と種類が、存在するなんていうことがありえるだろうか。
そしてこの先にあるのは研究施設。
最早疑う余地はない。行き過ぎた狂気の科学は、バイドにさえもその手を伸ばしていたのだ。バイドの性質を利用したR戦闘機、噂くらいは聞いたことがあったが、まさかこんなところで開発が進められていたとは。
通信を繋いでみようかとも考えた、けれど無駄だろう。たとえ意志があったとして、自分は彼もしくは彼女の仲間を撃った。バイドに思考を犯された状態で、説得などできるはずがないのだ。
「……貴方達に何があったのか、私にはわからない。でも、もう幕を引きましょう。こんな悪夢には」
推進部の修復が終わったのだろう。恐らくは仲間を失った怒りで震える機体を駆って、クロー・クロー、そして打ち出されたクロー・フォースが迫る。
「――オヤスミ、ケダモノ」
まずは難なくフォースをかわす。アンカー・フォ-スに似てはいるが、そこに光学チェーンは存在しない。ただ打ち出されただけならば、かわすことは容易だった。
そして呼び戻したサイクロン・フォースから、矢印状のスルーレーザーが放たれた。貫通力を高めたそのレーザーは、硬質のクロー・クローの機体を難なく貫き、切り裂いていく。
その爪が砕かれ、翼は折れ、恐らくコクピット部の成れの果てであろう赤い水晶体もまた、打ち砕かれた。
最後まで、どこまでも真っ直ぐにその爪は迫り。そして、決して届くことなく炎の中に消えていくのだった。
それを確認して、ゆっくりとほむらは機体を廻らせる。まだ、皆が戦っている。早く助けに行かなくては。
「ああもう、このままじゃ持たないっての!」
絡みつくように迫る三機の敵、その間を掻い潜り、すり抜け。何度も死を覚悟するような危機を迎えながらも、さやかは尚も健在だった。
フォルセティⅡの過剰ともいえる運動性、それを常時フル稼働させてようやくの成果である。とはいえまさしく避けるだけが精一杯。連携を取りながら襲い来るバイドの部隊に、逃げ回るだけで必死の状況だった。
「やばっ!?またあれが来るっ」
背後から追い縋るバイド・システムγの背部に光が宿る。バイド・システムαのデビルウェーブ砲を更に強化させ、威力や持続性を増したデビルウェーブ砲Ⅲ。その追尾性能は恐ろしく、フォルセティⅡでも回避は容易でない。
まともにもらえば、それこそ逃げ回ることもできなくなってしまう。
機体を加速させとにかく距離を取る。
そうするより他逃げる術はないのだが、どうやら敵はついに、その対策を立ててきたようで。フォルセティⅡの進行方向に、突如として割り込んできた機体、マッド・フォレストⅡがその波動砲を解放した。
蔦状のエネルギー体から、更に無数の棘が伸びるスパイクアイビー。決してフリント地獄突きではない。
「っ、きゃぁぁぁッ!」
真正面から衝突するかの勢いでの突撃に加えて、スパイクアイビーでの攻撃である。回避など取れようはずもない。それで必死に進路を逸らした結果、スパイクアイビーはフォルセティⅡの機体を深く抉った程度で、その機動を止めるまでは至らなかった。
だが、それで十分だった。
デビルウェーブ砲Ⅲが、更にフォルセティⅡに迫る。衝撃に機体を激しく揺さぶられながら、それでも必死に逃れようと機体を走らせた。
だが悲しいかな、今の一撃は、フォルセティⅡのブースターを深く傷つけていた。機体の出力は思った以上に上がらなかった。
直撃とまでは行かなかったが、それでも被弾。フォルセティⅡは小規模の爆発と共に吹き飛ばされ、完全にその戦闘能力を失ってしまった。
(このままじゃ死んじゃうね、仕方ない。使うしか……ないよね)
後は止めを刺されるのを待つばかりの機体の中で。それでもやけに落ち着いた風に、さやかは決意した。
火花を散らすフォルセティⅡの青い機体が、青い光に煌いた。
「さやか、助けに来たぞっ!」
「美樹さん、無事でいてっ!」
「さやか、どうか持ち堪えて……っ!」
各々の敵を下し、三機のR戦闘機が駆ける。目的は一つ、単独で三機の敵を相手取っているはずのさやかを救うため。そうして今尚交戦が続く宙域へと雪崩れ込んだ3人が見た、ものは。
「やっほーっ!あたしって、やっぱ最ッ高ーっ!!」
三叉に分かれたロックオン波動砲で、逃げるように散らばった三機の敵を纏めて撃墜した――まるで無傷の、フォルセティⅡの姿だった。
「オイ、さやか……無事、なのか?」
その光景に、驚いたように杏子が声を上げる。あの巨大戦艦との戦い経て以降、確かにさやかは見違えるように強くなった。だとしても、あれほどの敵を三機同時に相手をしてあれほど余裕で居られるのだろうか、無傷で勝利し得るのだろうか。
信じられないという気持ちは、杏子の中で強いものになりつつあった。
「当ったり前でしょ!あたしを誰だと思ってるのさ」
けれど、そんな疑問もさやかの力強い言葉にかき消されてしまった。
「本当に、すっかり置いてけぼりにされてしまったわね。すごいわ、美樹さん」
マミもこの戦果には、驚きながらも賞賛の言葉をかけるより他になく。
「……ええ、これは私もうかうかしていられないわね」
ほむらもまた、そんなさやかを頼もしく思っていた。本当にこのままでは、遠からぬ内に追いつかれてしまうかもしれない。いや、今やりあったとして果たして勝てるだろうか、そんな風にすら思ってしまっていた。
最早一流の乗り手と言ってもまったく過言ではないさやかのそんな姿に、頼もしさと同時に少しばかりの寂しさも感じていたのだった。
「周囲に敵の反応なし……これで終わり、かな?」
こうして駆けつけてきたということは、皆もそれぞれの敵を片付けたのだろう。確実に敵の全滅が確認できるまでは、決して気を緩めてはいけない。バイドとの戦いでは、一瞬の油断が死に直結することを痛いほどよくさやかは知っていた。
やがて現れたティー・パーティーから敵の全滅を告げられて、ようやく皆も緊張を解いたのだった。
地球のみならず、太陽系ありとあらゆる場所に存在するR戦闘機の開発、研究のための施設。今向かっていた場所は、その内の一つであった。
グローリアと呼ばれていたその場所は、恐らく先ほど襲撃してきたバイドによるものであろう損傷が無数に刻まれ、最早施設としての機能はほとんど残っていないようにも見えた。
「施設内部のスキャンが完了した。どうやらもう内部にはバイドの反応は無いようだね」
ティー・パーティーの会議室。戦闘を終えて戻った一同に、キュゥべえが告げた。
「なら、これでひとまずは安心ってことだな。でもどーするんだ?これじゃ、とても機体なんて持って帰れるような状況じゃあねーよな?」
グローリアの無残な有様をモニター越しに眺めながら、まずは杏子が切り出した。
「そうね、それに敵は倒したといっても、アレをあのまま放置しておいてもいいのかしら?」
不安げな表情でマミがそれに続く。
「……そうだね、施設の内部の状況は気になるし、調査してみることにしようか」
「しようか、って簡単に言うけどよ。結局調査するのはあたしらなんだろ?……ま、いいけどさ。敵も居ないんだ、さっさと済ませちまおうぜ」
相変わらず視線はモニターへ向けたまま杏子が言う。グローリアは崩壊も激しく、R戦闘機では内部へと進入することは難しい。つまりは、人の手で直接調査を行わなければならないということで。
「探査艇や工作機の一つも積んでりゃ話は違うんだけどねぇ」
と、杏子が愚痴るのも当然であった。
「そもそもこの船は装備試験艦なのだから、そこまで望むのは行きすぎね。けれど、これだけ色々させられるのだから、確かにそれくらいは欲しいと思うわ」
ほむらもそれに同意した。とはいえ、無い物ねだりをしたところでどうなるというものでもない。結局はグローリアの調査を行うしかないのだ。敵は居ないのだし、そこまで心配することは無いはずなのだが。
「じゃあ、さっさと行こうぜ。四人で手分けすればそうそう時間もかからないだろ」
すぐにでも出発しようとする杏子を、マミが呼び止めて。
「待って佐倉さん。いくら敵の反応が無いからって、皆で乗り込むのは危険だわ。……そうね、誰か一人がR戦闘機で待機。残りの皆で内部の調査をするっていうのはどうかしら?」
少し考えてから、マミはそう提案した。完全に実戦能力に特化してしまったさやかや、経験に基づく考え方をする杏子やほむらと異なり、マミは一歩引いた視点から状況を判断していた。
言い方を変えれば、大局的とも言えた。
まだ年若いマミである。断言できるほどのものではないが、もしやすると彼女には指揮官としての資質があるのかもしれない。純粋な戦力の増強に加え、マミというブレインを加えたことで、ティー・パーティーはその戦力を飛躍的に向上させていた。
「相手はバイド、どれだけ警戒しても過ぎることはないわね」
と、ほむらが賛同し。
「……と、なると。残るのはあたしだな。あたしの機体なら、詰め込めば何人かは乗せられるだろ」
そう杏子が続けた。他の機体は皆ソウルジェム搭載機、パイロットブロックの余剰スペースは限りなく削減されているのだから仕方がない。
「ってことは、あたしら三人で内部の調査だね。一体何があったんだろ、あそこで」
モニター越しの惨状を眺めて、さやかも言葉を放つ。後はもう、出撃の準備を整えるだけだった。
「ちょっと待ってくれないかな、さやか。キミにはここに残って欲しいんだ」
それを遮ったのはキュゥべえの声。
「え、あたしっ?……何かやらかしちゃったっけ、あたし?」
驚いたように、けれどちょっとおどけた様子で笑いながら、キュゥべえを、そして皆を見渡すさやか。
「……それは、キミが一番よく知っているんじゃないかい、さやか?」
そしてキュゥべえはいつも通り、揺るがない視線と口調でさやかを射抜く。いい加減付き合いも長いのだが、この目にだけはどうにも慣れないさやかだった。思い当たるところがあったのか、さやかの顔から笑みが消えて。
「なんだよさやか、今度は何やらかしたんだ?」
からかうような杏子の言葉にも、困った様子で微妙な表情を浮かべるしかないさやかであった。
「あー……ごめん、皆っ!向こうのこと、任せちゃってもいいかな?」
「……仕方ないわね。敵も居ないようだし、3人でもきっと大丈夫よね」
マミがそう言い、ほむらもそれに頷いて。
「ま、そーゆーことならこれは貸しにしといてやるよ」
今一つ納得は行かないものの、杏子もそれに頷いた。
「じゃあ決まりね、準備を済ませて出発しましょう」
パン、と一つマミが手を打った。作戦会議はこれにて終了。皆がそれぞれに準備を始める。マミとほむらは船外活動用のスーツを装着し、杏子は機体の発進準備を始める。コクピット内の機材を一部取り外し、何とか三人が入れる程度のスペースを確保して。
そしてティー・パーティーはグローリアに接舷、マミとほむらは内部への侵入を開始した。
杏子はティー・パーティー内にて待機。いつでも出撃できるように、ディザスター・レポートに乗り込んでいる。
「さて、さやか。話というのは他でもない」
残された一人と一匹、早速キュゥべえが切り出した。さやかも、覚悟を決めたような表情でそれを迎え撃つ。
「――キミは、魔法を使っているね、さやか」
ビクリと、一度大きく身を震わせて。さやかはキュゥべえを見据えて。
「……やっぱり、アレって魔法だったんだ」
まるで悪戯がばれた子供のような表情で、さやかは笑って見せた。これには流石のキュゥべえも、少なからず呆れるしかないようで。
「キミのソウルジェムを見て驚いたよ。一回の出撃では考えられないほどに多くの穢れが溜まっていた」
そのまま続けてキュゥべえが語る。たとえ魔法を使わずとも、ソウルジェムには少しずつ穢れが溜まっていく。戦闘の度に、もしくは日々の生活を経る中で。
とはいえそれは微々たるもの。機体にソウルジェムを移す際に取り除かれて、問題になることはまずなかった。だがしかし、そうして穢れを取り除く際に気付いてしまったのだ。
さやかのソウルジェムには、致命的な程ではないが非常に多くの穢れが溜まっていたことに。原因があるとすれば、魔法を使ってるとしか考えられなかった。
今回の戦闘の様子を見て、それを確信したのだとキュゥべえは話すのだった。
「キミは、損傷を受けた機体を魔法で修復したんだね。キミがそれを魔法と認識していなかったとしても、だ」
「あはは……流石はキュゥべえ。何でもお見通しだね。……そうなんだよね、うん。これは魔法だったんだ」
微かに笑って、確かめるようにさやかは呟いた。
その脳裏に蘇るのは、魔法を操る魔法少女の姿。かつて凶機を駆って襲撃してきた二人。織莉子とキリカ。その二人の姿、そして戦いの最中に見せたその末路までもが蘇ってきた。
「……ねえ、教えてキュゥべえ。魔法少女って何なの?何でソウルジェムがあると、こんな力が使えるようになるのよ」
そんな疑問を抱いてしまうのも当然で、切実なさやかのその声にキュゥべえは一度軽く目を伏せて、それから言葉を続けた。
「しかし、機内で待機ってのも随分と暇なもんだな」
いまだグローリア内部からは連絡が無い。二人の生命反応も健在。特に問題は無いのだろう。このまま待っているのが任務なのだから、それを投げ出すつもりは無いが、どうにも退屈だった。
「そういや、さやかの奴は一体何言われてやがるんだろうな。……へへ、ちょっと聞いてやるか」
にぃ、と笑って艦内の音声を受信するようにチャンネルを設定する。気付かれないようにこっそりと。この手の細工は、ロスのところに居た頃からの十八番であった。……どうやら、上手く行ったようだ。
さやかとキュゥべえの話す声が聞こえてきた。
「魔法少女が本来、魔法を使って戦う存在だったということは、以前に話したね」
「あー……確か、聞いた気がする」
「どうにも頼りないね、キミは。……話を続けるよ。魔法少女は本来魔法を使って戦う。その魔法は、魔法少女の願いから生まれたものなんだ」
「願いって……どういうことなわけ?」
「本来の魔法少女というのはね、ボクと契約する時に、一つだけどんな願いでも叶える事ができたんだ」
「どんな願いでもって、じゃあ億万長者とか、不老不死とかってのでもおっけーなわけ?」
「うん、ある程度はその人の素質も寄るけどね、そういう考え方でいいと思う」
「うわ、それは凄いな……っていうか、そういうのがあるんだったら、それでバイドをやっつけちゃえばよかったんじゃない?」
「……できないからこそ、こうやって魔法少女をバイドと戦うために作り変えたんだよ」
「……そっか、なんかごめん、キュゥべえ」
「いいさ、話を戻すよ。願いと引き換えに魔法少女は生み出される。そうして生まれた魔法少女はその願いに応じた魔法の力を手に入れるんだ。例えば傷や病気を治すことを願えば、癒しの魔法を扱うことができるようになる。キミが使っている魔法は、本来そうして生み出されるはずのものだったんだ」
「……じゃあ、なんであたしは魔法が使えちゃうわけ?願いなんて叶えてないよね、あたし」
「それはこっちが聞きたいよ。キミ達のソウルジェムはバイドと戦うために作り変えられている。願いと魔法はオミットされたはずなんだ。それなのにキミのソウルジェムは魔法の力を手に入れてしまっている。まったく、わけがわからないよ」
「ってことは、あたしがこのまま魔法を使い続けたら」
「ある程度の穢れは、ボクが何とかすることはできる。けれど限界を超えてしまえば、キミは死に至るだろうね、さやか」
「……なんて話だよ、こりゃあ」
コクピットの中で、二人の話に耳を傾けていた杏子は呆然と呟いた。
「さやかの奴、妙に調子がいいと思ったら……なんだよ、そういうことだったのかよ」
それはまさしく、命を削って戦っているようなものだ。このままにはしておけない。止めなければならない。だがどうすればいいのだろう。
やるせない思いが、胸中に渦巻いていた。
「どういうことかしらね、これは」
マミは静かに呟いた。グローリアに侵入し、まだ辛うじて生きていた予備電源を起動させ、その後はほむらと別れ、それぞれ施設内の探索に当たっていたのだが。
非常灯でぼんやりと赤く照らされた通路の中には、破壊されつくした施設の残骸が散らばっている。それに混ざって見えている、元は綺麗な色をしていたのであろう布の切れ端や、ひしゃげてしまった調理器具。
千切れて綿の飛び出たぬいぐるみ、ハートマークが表紙の本の切れ端。
「女の子でも住んでいたのかしら」
どうにも研究施設には似つかわしくない代物が、あちこちに散らばっていた。この辺りは損傷が特に激しいようで、部屋の内部はほとんど確認できなかった。
見取り図を見るに、この辺りは居住区だったようなのだが、この惨状を見るにこれ以上の情報を入手するのは困難だった。
研究区域に向かったほむらと合流するべきか。マミが考え始めたその矢先、なにやらプレートのようなものが奥から流れてきた。
「何か書いてあるわね……かすれていてよく読めないけど、これは……」
そのプレートを掴んで、表面に書かれた文字を見て。
「プレイ……アデス?」
辛うじて、そう読み取ることが出来た。
「――まさか、こんなことが」
研究区画。壊れた機器の中でどうにか生きているものを見つけて、残るデータを改修した。この手の仕事は専門外だが、キュゥべえから貸し与えられた端末と権限を駆使してどうにか主要な情報を回収することができた。
そうして示された、この施設で行われていた研究の正体。それはあまりにも衝撃的なものだった。
――ソウルジェムが持つ、バイドに対する強い抵抗力。それを利用して、ソウルジェムをコアとしたバイド機体の運用を行うバイデロイド計画。そして、その中でも特にバイドに対する抵抗力の強い者を選別し、ソウルジェムに直接バイドを配合。更なるインターフェーズの強化を図った、恐るべき、忌むべき計画。
――バイドジェム計画。
そう、この施設はソウルジェムを、つまりは魔法少女を運用し、バイドを用いた機体の開発を行う施設だったのだ。
真実を知り、戦慄に震える視線。全ては終わってしまったこと。……いや、違う。こうして今回収したデータによって恐らくまた、バイデロイド計画は続行されることだろう。
「この端末を破壊してしまえば……いえ、それでも結果は変わらないでしょうね」
この施設のデータがあろうと無かろうと、あの研究者達の狂気は止まらない。いずれ必ずこれと同じ。むしろそれ以上の悪夢を生み出し、おぞましい研究を続けるのだろう。
「そして、バイドを倒すためと言ってそれを容認している。……私も、あいつらと変わらないわ」
自重めいた言葉は、誰の耳にも届くことは無かった。
その手に握られた端末に映し出されたのは、さやか達とさほど歳も変わらぬであろう少女たちの姿。
「彼女達が……バイドジェム計画の被験体」
その数は、七人。
「私達が戦っていたのは……彼女達、だったのね」
胸の内に、嫌なものが込み上げてくる。ソウルジェム、つまりは魂そのものにバイドを植えつけられて、完全にそれに侵されてしまったのだろう。
そして施設を破壊し、そこに迫る敵に攻撃を仕掛けた。それがきっと、ここで起こった真実。それでも仲間を守るという意思だけは失わずに、最後まで戦い続けたのだろう。
「もしかしたら、私達の立場は逆だったのかもしれない」
彼らにその身体を、魂までも弄ばれて、戦いへと送り込まれて。何が違うものか、何かが一つ変わっていれば、ここにいたのは自分だったのかもしれないのだ。どうしようもなく、胸が締め付けられるような切なさを感じた。
「暁美さん、そっちは何かわかったかしら?」
悲嘆に暮れるほむらの元に、マミからの通信が入った。
「ええ、大体のことはわかったわ。そちらはどう、マミ?」
「こっちは全然ね、損傷が酷くて何も分からないわ。……そちらに合流してもいいかしら?」
「……了解よ。気をつけてね、マミ」
この事実は、自分の中に伏しておこう。ほむらはそう思う。
自分が倒した、否、殺してしまった相手が同じ魔法少女であると知れば、皆はきっとショックを受けるだろう。それはきっと、バイドと戦う上では負う必要などないはずの痛みなのだ。
特に、マミとさやかはバイドと戦う魔法少女としてしかR戦闘機に、そして軍というものに関わっていない。もしかしたら自分達がなっていたかもしれない結末を、悲しい末路を。
少なくとも今は、知らせるべきではないと思った。
けれど、ならばいつ知らせればいいというのか。
(……キュゥべえは彼女達を大切にしているはず。そこまで滅多なことはしない……はずよ)
その考えは、結局結論を放棄しているだけなのだ。知らせる必要は無いと。ただ、ほむらはそれを認められずにいた。
この施設に来た目的と、この施設で開発が進められていたモノ。それを考えれば、それはあまりにも甘い見通しだったのだが。
「暁美さん、待たせたわね」
一人、思索に耽るほむらの元へとマミがやってきた。
「問題ないわ。……目的のものは回収できたはずよ。戻りましょう」
「そう、わかったわ。……それで、敵の正体は分かったのかしら?」
そのマミの言葉に、表情一つ変えずにほむらは言う。
「これを解析してみないことには、なんとも言えないところね」
「……そっか、何だかちょっと拍子抜けね。それじゃ戻りましょう。暁美さん」
そして、二人はグローリアを脱出する。ほむらはその胸中に蠢く澱みを抱えて、マミもまた、言い知れぬ不安を抱えたままで。
「ねえ、暁美さん。ここは、一体どういう場所だったのかしらね」
脱出経路を辿りながら、マミは静かにほむらに問いかけた。
「……その答えもきっと、この端末の情報を見ればわかるはずよ」
内心の胸の痛みを堪えながら、ほむらはそう答えるのだった。そう、答えることしかできなかったのだ。
マミはふと立ち止まり。ほむらの背中をじっと見つめた。それに気づいて、訝しげに振り向いたほむらに、マミは。
「ここには、女の子が住んでいたわ。それも、一人や二人じゃない。不思議な話よね、研究施設のはずなのに、女の子が住んでいる、だなんて」
ほむらは何も答えない。けれど振り向いたその表情は、その唇は硬く噛み締められていて。
「もしかしたら、この施設は……彼女達は」
「……て」
か細い声が、二人の間に繋がれた通信回線を揺るがした。
「暁美さん?」
「やめて……お願い、それ以上……言わないで」
ほむらはその肩を震わせ、声を震わせようやく言葉を紡ぐのだった。
「……暁美さん、貴女は」
マミは、それ以上言葉を続けることができなかった。
手で顔を覆い、嘆くように言葉を漏らすほむらの様子はまるでかつての英雄の姿には見えなかった。それはむしろ、自分達と同じような少女のようにしか、見えなかったのだ。
「とにかく、これからはできる限り魔法は使わないほうがいいと思う。
さやか、キミにとっても危険なことだし、ボクの同僚の目に留まったら、きっと厄介なことになるからね」
「わかった。できるだけ気をつけるようにはするけど……でもさ、もし使っちゃったときには、よろしく頼むよっ!」
ひとしきりの話を終えて、一つ念を押すように言ったキュゥべえの言葉にさえ何時もの様に調子よく返すさやか。キュゥべえもこれには流石に呆れたようで。
「まあ、キミほどの戦力は貴重だからね。できる限りのサポートはするよ」
そう告げた側から、マミとほむらの帰還を告げる通信が送られてきたのだった。
「それじゃあ二人はそのまま帰還してくれ。杏子ももう戻ってきても大丈夫だよ」
簡単な経過報告のやり取りを済ませ、キュゥべえは三人に指示を出す。それを最後に通信は打ち切られ、それを確認してから杏子は、ヘルメットを外して放り投げた。
それはコクピットの壁に跳ね返って、奥のほうへと飛んでいく。頭の中には、先ほど聞いてしまったさやかとキュゥべえの話の内容が渦巻いていた。
キュゥべえは、それを進化と呼んだ。ソウルジェムは、人の意志や感情にとても左右されやすいものなのだという。そしてさやかのソウルジェムは、その強い意志を受けて、進化としか言いようの無いような変化を遂げたのではないか。
それが今現在推測し得る限りの、さやかが魔法を使えるようになった理由なのだ、と。
「道理でね、あんな自信たっぷりだったわけだよ。……さやかの奴、無茶しやがって」
死にたがりに生きろと言った張本人が、命を削るような戦いを進んでしているというのだ。
「許せねーな、そんなの。そんなに一人で無茶するほど、あたしらが信じられないってのか。こりゃあ、ちゃんと言ってやらなくちゃあな」
にぃ、と歯を見せて笑う。投げ飛ばしたヘルメットを引っつかみ、杏子はコクピットを飛び降りた。
「もっと頼れよ、ってさ!」
また一つ、戦いを越えて少女たちは時を重ねる。一人の少女は禁断の力に手を伸ばし、一人の少女は秘密を抱いた。闇は尚、深い。