最後の踊り手を決めんがために、真実を纏った陰謀が動き出す。
ついに彼女は、自らの存在の意味を知る。
「……では、定例会議を始めようか」
闇の中、男の声を受けていくつもの映像が円卓の上に現れた。
そのほとんどが人のそれ、この会議に出席する者のほとんどが軍や政府の高官、そして研究者達。皆一様に、纏う空気はどこか張り詰めていた。
「では最初の議題を。究極互換機の進捗状況はどうなっている?」:
言葉に応じて一つの映像が浮かび上がる。アロー・ヘッドやラグナロックに代表される、曲線で構成された機体の外観。現在開発されている数々の機体からすれば、一見貧弱とも取れるような機体であった。
「R-99、ラストダンサーは既に武装の試験運用段階に入っています。その工程も8割ほどは完了しており、平行して各種武装を運用するためのコンダクターユニットの開発も進んでおります」
主に高官達の間から感嘆の声が漏れる。
――究極互換機。バイドを根絶するための最終兵器。その完成の時が近づいていた。
「ただ、グローリアが開発中のバイド機の暴走により壊滅しました。これにより、バイド系列機の試験運用はしばらく停滞することになるでしょう」
「……計画に支障は?」
「問題はありません。現在のラストダンサーの性能でも、十分にオペレーション・ラストダンスは遂行可能です。それよりも、むしろ問題となるのはパイロットです。計画の遂行には、最高のパイロットが必要不可欠です」
そう切り返されて、今度は高官達が言葉に詰まる。
「……軍人、民間人を問わず素質のある人材を集めてはいる。だが……」
「過去の英雄たちに並び立つ実力の者はいない、と?」
言葉に対して帰ってきたのは沈黙。それはそのまま、研究者の言葉に対して肯定の意を唱えているようなもので。
オペレーション・ラストダンス。
人類がバイドに対して放つ最後の矢。その作戦を遂行するためには、今まで以上の実力を持ったまさしく英雄が必要だったのだ。
「だが、それを言うならあのM型とやらはどうなっている?そこから用意はできなかったのか?」
「ええ、やはりM型は年齢の問題もあり、精神的に未熟なものが多い。局所的な戦闘でなら問題はありませんがオペレーション・ラストダンスを遂行できるレベルのものとなると……」
重い沈黙が、再び場を閉ざす。
「ならばやはり、アレを実行するしかないか」
それまで押し黙っていた一人の研究者が、静かに口を開いた。
「私に一つ、優れたパイロットのあてがある。それを当たってみてもよろしいかな?」
その言葉に、期待の眼差しが静かに寄せられているのを研究者は感じて。
「……構わんとも。次の定例会議までに出せそうかね?」
「ええ、ですがその為には皆さんにいくつか協力してもらいたいことがあります。特にインキュベーター。貴方にも協力してもらいますよ」
インキュベーター。そう呼ばれて、映像に浮んでいたキュゥべえはその赤い瞳を輝かせた。彼もまた、この会議に参加していたのである。
逆流空間の航海を始めて、もうどれくらいになるだろうか。ここを抜ければ太陽系なのだと思うと、どうしようもなく待ちきれない気持ちが込み上げてくる。
かつてここを抜けて、バイドの本拠地へと向かう長い旅が始まった時、私は何を思っていたのだろう。きっと、不安と戦意を胸に燻らせていたのではないだろうか。
あの時も、逆流空間の中で幾度となくバイドと戦っていたものだと懐かしさを覚えてしまう。その私が、今は彼らと戦っている。何故彼らは襲い掛かってくるのか。理由はまったく分からない。けれど、黙ってやられるわけには行かない。
地球に帰るのだ。そして、地球に残してきてしまったあの子に会いに行こう。あの時は仕方ないとは言え、酷く彼女を突き放してしまった。
きっと悲しんでただろう、苦しんでいたことだろう。戦いは終わったのだ、きっとあの子も平和に暮らしているはずだ。だから今度こそ、あの子の元に帰って謝ろう。
あの子は……あの子の名前は。……なぜか記憶が曖昧だ。どこかに写真をしまってあったはずなのだが。
まさか、長く宇宙を漂う日々が、あまりに激しい戦いの日々が、そんな大切な記憶までもを奪ってしまったというのだろうか。必死に記憶の残滓をかき集める。あの子の顔を、名前を思い出そうとする。
赤く流れる髪が印象的だった。負けず嫌いで威勢がよくて、それでいてとても、寂しがりやだった。あの子は決してそれを認めなかったけれど。
必死になって、私達に喰らいついてきたのだ。戦い抜いてきたのだ。
思い出してきた。あの子は……あの子は、そう。
――サクラ キョーコ。
『杏子、ちゃん……?』
――っ!?
驚愕した。
まるで私の頭の中に直接語りかけてくるかのように、声が響いてきたのだから。
『どうして、杏子ちゃんが……』
あまりに疲れ果てて、とうとう幻聴が聞こえるようになってしまったのか。その声は、恐らくあの子とさほど歳も変わらないであろう少女の声で。あの子のそれよりも、随分と柔らかな印象を受けた。
そしてその声は、キョーコの名前を呼んでいる。それがどうにも気になった。幻聴と会話をするなんて、まるで狂人の真似事だ。だがそれがどうしたというのだ。今この場所には、私以外誰もいない。見ているものなどいないのだから。
――君は、キョーコのことを知っているのかい?
『ひぁっ!?』
できるだけ優しい声でそう呼びかけてみたのだが、どうやら酷く驚かせてしまったようだ。おかしな声を一つ上げたきり、返事は返ってこない。
『もしかして……聞こえてるの?』
随分と長い時間を空けて、そろそろ私も諦めが混じってきたころに。か細いそんな声が返ってきた。
――ああ、聞こえている。先ほどはいきなり話しかけてすまなかったね。
こうして誰かと話したことなど、随分と久しぶりな気がする。いつからだろう。もうここ最近ずっと、アーサーとも話をしていない。
戦闘が忙しいのだろう。仕方ない、敵は全て倒さなければいけないのだから。
逸れかかった思考をなんとか立て直し、私は少女の言葉を待った。
『わ、本当に話せちゃってる。……ええと、貴方は誰なんですか?私は、鹿目まどかって言います』
カナメマドカ。少女はそう名乗った。名乗られたからには、こちらも名乗らなければならないだろう。私は……そう、私は。
――私は地球連合軍少将、バイド討伐艦隊司令官のジェイド・ロス提督だ。
少女が息を呑むのが分かった。無理もないかもしれない。どういう理屈かは分からないが、こんなところで会話をしている相手がよもやこんな人物だとは思いもすまい。
『じゃあ……ロスさんで、いいですか?』
――構わないとも。私もマドカと呼ばせてもらっていいかね?
『はい、大丈夫です』
幾分かはっきりとした調子で、マドカが答えた。
『それで……その、ロスさんはバイドと戦っている……んですよね?』
マドカが恐る恐る尋ねてきた。やはりマドカのような少女でも、バイドのことは気になるのだろうか。だが心配することはない。バイドの中枢は既に打倒したのだ。
現に今までの旅の中で、我々の脅威になるようなバイドは存在しなかったのだから。
――ああ、だが心配することはない。バイドの中枢は我々が倒した。もう君たちがバイドに悩まされることはないだろう。
『……本当、なんですか?』
不安げなマドカを元気付けようと、我々の戦果を簡単に説明したのだが。マドカの声は更にどこか張り詰めたような調子だった。
――本当だ、今バイドの本星から地球へと帰還しているところだ。もうすぐだ、もうすぐ地球に帰ることができる。我々の故郷、地球に。
しかし、どれだけ待っても少女の返事が返ってくることはなかった。やはりこれは、私の人恋しさが生み出した幻聴だったのだろうか。
あまりいい傾向ではない。このままでは、指揮に影響を来たすかもしれない。
っ!その時、敵の接近を告げる警報が鳴った。考えるのは後にするしかないだろう。
今はまず、この逆流空間に潜む敵を撃破することを考えなければ。
攻撃態勢に入る。
→出撃する
「……夢、じゃないよね」
朝。ベッドの上で目覚めたまどかは、妙に脈打つ胸を押さえて頭の中に反響する声をずっと聞いていた。
バイドの中枢はもう倒れた。もう、バイドに悩まされることはない。
だとしたら、さやかもほむらも。もしかしたらマミや杏子も、帰ってくるかもしれない。
その事実がゆっくりと現実味を持ってまどかの中に染み入ってくると。まどかは、思わずベッドの上で飛び跳ねたくなってしまうような気分になってしまっていた。
眼下に海を眺めつつ、ラグナロック・ダッシュが駆け抜ける。今は共にあるべき仲間の姿はない。マミは機体との相性の良さが見出され、ガンナーズ・ブルームの運用試験に駆りだされている。
さやかと杏子はティー・パーティーにて待機中。ほむら一人がラグナロック・ダッシュを駆り、指定された座標へと向かっていた。そこに何があるのかは相変わらず知らされていない。
それでも機体前方にサイクロン・フォースを携え、臨戦態勢で備えていた。
「……今日は何が出てくるのかしら」
不可解なのはいつものこと。警戒は怠らない。指定された座標に辿りついた瞬間に、ラグナロック・ダッシュのセンサーがそれを捉えた。
「っ!!」
機体を急停止させる。するとその鼻先を掠めるように、強烈な光が駆け抜けていった。
その光はどこか懐かしく、見覚えのある光。それはメガ波動砲。それもチャージ容量の増加により、着弾部のみならず周囲にも余波によるダメージを与えることを可能にしたメガ波動砲Ⅱの光だった。
その余波は激しく機体を揺さぶる。必死に制動をかけ、機体を立て直しながらその射手を見る。
そこにあったのは、ほむらのそれと同様にサイクロン・フォースをその機首に据えた、黒いカラーリングのラグナロック・ダッシュの姿だった。
「何なのこれは、一体どういうこと」
今の一撃は威嚇でもなんでもない。明確な敵意を持って放たれたものだった。けれどあの機体からは、バイド反応は見られない。だとしたら、何故。
「そうね、それくらいはかわしてもらわなければ……面白くない」
通信が入る。それは少女の声。聞き覚えのある声。どこで聞いたのだったか、それは思い出せなかった。
「何のつもり?いきなり撃たれるような心当たりは無いはずだけど」
油断せずに問いかける。だが、返ってきたのは冷笑だけで。
「銃を突きつけた相手に戦意を問う。腕は確かでも……戦士としては、未熟ね」
そして黒のラグナロック・ダッシュは機首を向ける。同時に放たれたのは、着弾と同時に炸裂するスプラッシュレーザー。サイクロンフォースが放つレーザーの中でも、カプセルレーザーに次いで威力の高い攻撃である。
小刻みに機体を上下させ、放たれ続けるレーザーを避ける。着弾時に巻き起こる炸裂は脅威だが、それ以外は反射レーザーと変わらない。むしろ反射をしない分、回避は容易だった。
せめてここが閉所であるならば話は違ったのだろうけど。
向こうが本気というのなら、こちらも立ち向かうより他に術はない。相手の動きを見るに、やすやすと逃がしてくれそうな相手でもない。
「キュゥべえ、聞こえる?所属不明機から攻撃を受けているわ。状況が把握できない。出来れば増援をお願い」
海洋上で激しい戦いは続く。スルーレーザー同士がぶつかり合って、小規模な炸裂が次々に巻き起こる。スプラッシュレーザーが空を切り、海に落ちては炸裂し、海は激しい歓声を上げる。
カプセルレーザーによって相手を遠ざけ、稼いだ時間にチャージした波動の光が空間を薙ぐ。
赤青黄色のレーザーが、波動の光が交錯していく。海という名のキャンパスに、激しい波動の絵具がぶちまけられて、沸きあがる。
決着は未だ着かない。これほどの腕のパイロットがいたのかという驚きと、それほどのエースが襲ってくるという状況への困惑もあった。恐らくこのままでは、長期戦となるだろう。
とはいえ、今のほむらは一人で戦っているわけではない。一人ではすぐに決着が着かないというのら、仲間の力を借りるだけだ。
そう考えて送った通信は。
「残念だけどそれはできないよ、ほむら。あれにはキミが一人で立ち向かわなければならないんだ」
そんな、そっけない返事と共に打ち切られてしまった。
「誰にも出来ない。誰にもさせない。私達の戦いを邪魔することは」
そんな最中にも、黒の機体は迫り来る。
メガ波動砲が放たれる。更に情報へと逃げる道は、カプセルレーザーが塞いでいた。道は下しかない。ほむらは機体を海中へと躍らせた。
「……逃がさない」
貫通性の高いスルーレーザーは、海中でもその威力をそれほど損ねることは無い。続けざまに放たれたレーザーが、海中のほむらにも迫る。機動性を削がれる海中で、それを回避し続けるのは難しい。
「……まったく、嫌な相手」
そう呟きたくもなる。あそこまであの機体を熟知していることにも驚くが、それ以上にあの声がどうにも気になってしまう。別段不快な声という訳ではないのになんとなく、生理的な嫌悪感を感じてしまうほむらであった。
幸い、この辺りの海深はそこそこに深い。深く機体を沈めて、できる限りレーザーを減殺させる。威力を失ったスルーレーザーを、サイクロン・フォースで受け止める。
大丈夫、機体にまでは届いていない。
今の内に、波動砲のチャージを開始する。ハイパードライブで、一気に勝負をつける。
敵もスルーレーザーでは効果がないことに気付いたのだろう。攻撃が止んでいる。恐らく敵も波動砲のチャージを開始しているはずだ。だが、それならばこちらの方が早い。
チャージが溜まり切る直前で、海中から一気に浮上する。陽動に追尾ミサイルを放ち、機体が海中が飛び出そうとしたその瞬間に。
「させないっ!」
「何……っ、く!!」
海中から飛び出したその眼前に、サイクロン・フォースが迫っていた。反射的にフォースシュートで迎撃。フォース同士がぶつかり合って、エネルギーの火花を散らす。
これで一手、遅れた。
すぐさま敵の姿を捉えて、ハイパードライブの発射体勢に移る。過剰なエネルギーが機体前方へと放出され、再び機体へと逆流する。
だが、それは敵機も同様だった。僅かなチャージ開始の遅れを、サイクロン・フォースによる奇襲で稼ぎ、チャージの完了と同時にそれを撃ち放った。
ほぼ同時に放たれるハイパードライブ。ほむらも、その敵も。続けざまに波動砲を撃ち放ちながら一気に距離を詰める。放たれた波動の光は、互いにぶつかり合って相殺され、大気を揺るがしプラズマを煌かせて霧散していく。
このままでは、届かない。
まるで衝突するのではないかという勢いで迫った二機は、その直前で左右に分かれる。機首は常に相手に向け、波動の光をブチ撒きながら。相殺仕切れなかった攻撃が、互いに迫る。それをかわすように、機体を水平に移動させながら尚も撃つ。二機の動きはまるで対照。その機動はまさしく円を描いているようで。
その円の中心では、ひたすらに高レベルのエネルギーの衝突が巻き起こる。
回避と攻撃、その二つを同時に為そうとした結果に生み出された美しくもあるこの軌道。まさしくそれは、円環の理とも言えようか。
だが、それは永遠ではない。ハイパードライブの持続時間は約10秒。そう、この永遠とも思えるような円環の舞踊も、ほんの10秒に満たない時間に起こった出来事に過ぎないのだ。
けれど、それを永遠と感じてしまうほどに、二人の知覚は研ぎ澄まされていた。
「……強い」
「やはり、強い」
二人の声が交差する。
「「でもっ!」」
そして、重なる。
「「負けないっ!!」」
「……お前に、だけは」
黒い機体を揺るがしたのは、激しい怒りの感情だった。
「お前にだけは、お前にだけは負けない、負けられないんだっ!!」
サーチレーザーの連射の合間に、低チャージの波動砲が突っ込んでくる。サーチレーザー同士なら相殺もできるが、波動砲には蹴散らされてしまう。それを回避し、お返しとばかりにこちらからも波動砲をお見舞いしながら、ほむらはその激しい感情に向き合った。
何故、そこまで自分に拘るのかがわからなかった。
「何も知らずに、のうのうと戦っていられるお前にだけは……っ!!」
ほむらの機体が上を取る。カプセルレーザーで敵の上昇を抑え。さらに続けて波動砲でゴリ押しし、敵を海面近くまで押しやってスプラッシュレーザーを斉射、海面で炸裂する光に機体を煽られ、その余波で黒い機体が焼かれていく。
続けざまにスプラッシュレーザーを放ちながら接近する。海中に逃げたとしてもすぐに追いかけてみせる。しかし、敵は海中へは向かわない。
光に煽られ焼かれる機体を、必死にその体勢を保ち、スプラッシュレーザーの合間を縫って急旋回。今度は逆に、海面へと近づいていたほむらの機体が頭上を取られる結果となった。
ほむらはすぐさまカプセルレーザーで牽制しながら海中へと潜る。
「貴女は……何なの。一体」
敵の怒りは、間違いなくほむら自身に向いている。身に覚えなどあるはずも無い。だとしたら一体何故なのか。それが分からない。
「知りたいか、暁美ほむら……スゥ=スラスター」
「何故、その名前を……っ!?」
ますますもって疑問は深まるばかりだった。自分の名前を知っていたこともさておきながら、何よりもスゥ=スラスターの名と正体を知っていたことが、あまりにも気がかりで。
「ならば教えてやる、お前が死ぬ時にっ!」
そんな疑問を抱く余裕すらも与えまいと、海中にまで敵が追いかけてきた。
戦いの舞台は海中へと移る。
水中での戦闘を想定して調整されたのならばともかく、通常の状態で海中に潜ればレーザーの威力は激しく減殺される。射程も短くなり、必然的にその戦いはショートレンジでの打ち合いとなる。
互いに機首を突き合わせ、レーザーを打ち合っては離れ。交差しながらフォースを付け替え、後方への攻撃を行うと同時に向かってくる敵の攻撃を回避する。そして海中でもメガ波動砲の威力だけは変わらず、その光で海中を染めていく。
ハイパードライブは、発射後の急速冷却を海中で行うのは機体への負荷が大きすぎるために使えない。
機体の性能も、搭乗者の実力にもほとんど差は見られない。このままでは、決着は当分着きそうに無い。そもそもにして、そんな勝負に決着を着けうるものとは何なのか。
単に運の良し悪しなのか。こんな極限の域にまで達したドッグファイトの終着を、天に委ねてしまってもいいのか。
「お前は、本当に自分が英雄だと思っているの?」
再び戦場は空に移る。敵の少女は、激しい戦闘の最中に不意にそう呼びかけてきた。
「……随分と、事情を知っているのね」
英雄。それは間違いなくかつての自分のことだ。名前のことも合わせて、よく知っているものだと思う。
「お前が、仮に本物の英雄だったとして。……いつまでかつての英雄でいられると思う?」
そして、続けて放たれた言葉がほむらの胸を抉る。確かにそうだと考えていた。人類は、バイドに対して絶望的な戦いを続けることを強いられている。
文字通り、ありとあらゆる力を集結させなければ太刀打ちできない戦いだ。その最中で、一体いつまで自分はただのパイロットで、魔法少女でいられるのだろうと、そう考えたことは何度もあった。その度にきっと大丈夫だと不安な想像を振り切ってきたのだ。
「答えられない?ならいいことを教えてあげるわ。……私を倒せば、お前はまた英雄に逆戻りよ」
「っ……!」
ほむらが小さく息を呑む。まさか、そんな。そして更に、続けざまに放たれた一言。
「TEAM R-TYPEは、既にお前の存在に気付いている」
「な……っ、ふざけないでっ!!」
「むしろ、泳がされていたと言うべきかしら?」
落ち着け、冷静になれ。相手の言葉に流されるな。今にも弾け飛びそうなほどに張り詰めた心を必死で押し留めて飛ぶ。間違いなく、これはこちらの集中を乱すために言っているだけだ。
そう考えようとしても、どうしても先ほどの言葉が絡み付いてくる。
ここでこの敵を倒したとして、その先に待っているのは再びバイドとの戦いの最前線なのではないか。だとしたら、ここで勝っても負けても、行く先は地獄。そもそもにして、あいつは何なのか。一体どれだけの事情を知っているというのか。
考えが渦を巻き、どうしようもなく機体の動きを鈍らせる。
「見るからに動きが衰えた。こんなことではやはり、お前は英雄にはなれない」
スプラッシュレーザーが機体を掠める。そして炸裂。激しい衝撃に揺さぶられ、機体がそのまま海面に墜ちる。海中へと潜る間もなく、追撃のスプラッシュレーザーが海面で炸裂する。
最早、ほむらにそれを防ぐ術はない。
光線と炸裂の、破壊の雨が降り注いだその後には。機体を酷く破壊され、最早飛ぶことすらかなわず浮んでいるだけの、ほむらのラグナロック・ダッシュの姿があった。
「終わりよ。……だから、教えてあげるわ」
映像回線。サイバーコネクタが意思を読み取りそれを受信する。映し出されたのは、コクピットに座る少女の姿。その少女が装着していたヘルメットが、遮光から透過へとモードを切り替える。
映し出されていた、その顔は。
「………わた、し?」
暁美ほむらの、スゥ=スラスターの顔が、そこにあった。
「そんな……貴女、は」
呆然とした表情でそれを見つめて、掠れた様な声が零れた。
「スゥ=スラスターのクローン体。そういう存在なのよ、私も、お前もね」
その言葉は、まるでほむらから世界の全てを奪い去るように残酷に、響いた。
「終わりだ、暁美ほむら。いや……No.8ッ!!」
「……そんな、嘘、嘘だ」
絶望に震え、か細い声で呟くほむらへと、今、最後の一撃が放たれようとしていた。
「では、彼女は本物のスゥ=スラスターではなかったということかい?」
ティー・パーティー内司令室。司令室とは名ばかりで、キュゥべえの個室のようになっている場所で。モニター越しにその会話は行われていた。
「ああ、極秘裏に進めていたことだからね、どこで拾われたのかと思っていたがまさか君のところで拾われて、あまつさえM型の被験体になっていたとは驚いた」
「ボクも驚いたよ。まさかクローン体が、魔法少女になれるだけの自我を確立していたなんてね。……それで、一体何のために彼女は…いや、彼女達は作られたんだい?」
キュゥべえの言葉に、モニターの向こうの男は僅かに考え込むような仕草をしたが。それでもやがて、再び声を放ち。
「まあ、君には8号が世話になっていたようだし、そろそろ公表しようと思っていた頃だ。前回の定例会議で、優秀なパイロットのあてがある、と話しただろう?あれがそうさ」
「確かに、スゥ=スラスターのクローン体ならば優秀なパイロットだろうね。けれど、あまりにも回りくどいような気がするな」
優秀なパイロットを育てるだけなら、クローン体を作ってそのまま使えばいい。だというのに、わざわざ一度野に放つような真似をして、運よくこうして戦っているからいいものの。もしかしたら、あのまま戦うことなく普通の人間として過ごしていたかもしれないというのに。
そんな非合理さが、キュゥべえにはどうにも理解することができなかった。
「まあ、こちらが用意していたクローンはあれだけではないということだ。 8号、と言っただろう?少なくともあれの前に7体。そしてあれの後にも何体かのクローン体を作成している」
そこで、男の顔が僅かに曇る。
「とはいえ、あのスゥ=スラスターに並ぶほどの実力を発揮できたものは極少数でね。それに、バイドと戦うとなれば、ただの兵器のような人間では困るのだ。ある程度の人間性を確立させるために、試験的に8号には戦いからの逃亡の記憶を植え付け、野へと放った」
「理解できないな。優れた兵器に人間性なんて不要だと思うけど」
キュゥべえは呆れたようにそう言った。けれど、返ってきたのは冷笑で。
「……そんなことだから、君の文明はバイドに敗れたんだ。バイドをもってバイドを制し、人の意志をもってバイドを討つ。それが、対バイド作戦においてとても重要なことなんだよ」
「……まったく、キミ達のすることは訳が分からないよ。だとしても、何故彼女達を戦わせるんだい?それだけの手間をかけたのだから、そのまま回収してもよさそうなものだけどね」
もう一つのモニターには、二人のクローン体の戦いの様子が映し出されている。まさしく空戦の極地とも言うべき激しい戦い、見ごたえは十分だった。
「選別だよ。十分な研究と調整の結果、オリジナルに近い能力を持ったクローン体を複数作成することに成功した。だが、結局必要なのはたった一人の英雄なんだ。それ以外は不要だ。だから選別する」
「勿体無いことをするね、たとえ選ばれなかったにせよ、十分に実力はあるんだろう?有効に活用するべきじゃないか」
人間という生き物は随分と非効率的だ。それでもこのTEAM R-TYPEに属する者達は、かなり効率的な考え方をするものだと思っていた。それこそ、どちらかといえば人間というよりも我々の側に近い、と思うほどに。
ただ、その評価もやはり考え直す必要があるかと、キュゥべえは考えていた。
「もっとも、全部が全部ぶつけ合って壊してしまうわけじゃない。失敗作でも優秀なパイロットであることに変わりはない。……それこそ、有効に活用しているよ」
クローン体、何の人権も持たず、いくらでも作り出せる存在など、それこそ普通の人間と同じように扱う必要は無い、その末路は、容易に想像できた。
「だけど、あの2人は別というわけだね」
「ああ、あの2体、8号と13号は、今まで作った固体の中でも最高レベルの能力を持っている。それをぶつけ合い、もう1人の自分とでも言うべき存在に勝利したものだけが、英雄となる資格を得る。……そういうことだ、さあ、見守ろうじゃないか」
そして、再び1人と1匹の視線が戦いの様子を眺める。どうやら、とうとうその戦いも決着を迎えようとしていた。
ほむらの駆るラグナロック・ダッシュが攻撃を受け、海中に無力に漂った。13号と呼ばれたクローン体は、ついにほむらに止めの一撃のためのチャージを開始する。
メガ波動砲の光が、いよいよ放たれようとした瞬間に。
遥か高空より舞い降りた光が、黒いラグナロック・ダッシュの後部を貫いた。小規模な爆発が巻き起こり、一気に機体の高度が下がる。
「っ……何、今のはっ!一体、どこから……っ」
推進部の損傷が激しく、機体を立て直すことすらままならない。ふらふらと揺らめきながら高度を下げる、一体どこから撃たれたというのか。攻撃の来た方向をラグナロックのセンサーで探る。
だがしかし、敵の姿は見当たらない。遥か上空、一体どこに敵は潜んでいるというのか。
その一撃は、戦いの様子を眺めていた1人と1匹にとっても予想外だったようで。
「なんだこれは、どういうことだ」
「ボクにも分からないな。ただ、これで勝負どころじゃなくなったようだけど。……どうやら、通信が来たみたいだ」
ティー・パーティーへの直通通信。この回線を知っているものはそう多くない。一体誰からだろうか。
「キュゥべえ、聞こえるかしら?私よ」
「何だ、マミか。今宇宙に居るんじゃなかったのかい?」
聞こえてきたのはマミの声、どこか切羽詰った調子もあって。
「ええ、宇宙から通信衛星にリンクして通信を繋いでいるの。宇宙でのガンナーズ・ブルームの射撃試験中に、正体不明の敵と交戦している暁美さんの姿を見つけたわ。彼女は撃墜されてしまったみたい。その敵は、私が宇宙からの高高度射撃で撃墜したのだけど、暁美さんのことが気になるわ。キュゥべえ、救助に向かってくれないかしら」
どうやら、あの一撃の射手はマミだったようだ。まさか宇宙から海洋上のR戦闘機を狙撃するとは、最早人間離れした腕前と言ってもいいだろう。
「……どうやら、とんでもない物言いがついたようだな」
その通信を聞いていた男は、呆れ半分感心半分に呟いた。
「どうやら仕切りなおしにした方がよさそうだね。機体の修理が終わったら連絡をするよ」
「ああ、頼む。生命反応は消えていないことだし、私もアレを回収することにしよう」
「マミ、わかったよ。すぐにほむらを回収する。そちらも引き続き試験の方を頼んだよ」
戦闘は一時中断。すぐにティー・パーティーを走らせながらマミへと通信を繋いだ。
「ええ、何か分かったら後で教えてちょうだい。あの暁美さんがやられるような相手なんて、普通じゃ考えられないけれど……」
不安げな声を残して、マミとの通信は打ち切られた。それを確認してから、キュゥべえは艦内通信の回線を開いた。
「さやか、杏子、聞こえているかい?どうやら先ほど出撃したほむらが敵に撃墜されたらしい。出撃して、ほむらと機体を回収してくれ」
すぐさま、艦内は慌しく動き始めた。
「あたしらが行くまで、ちゃーんと死なずに待ってなさいよ、ほむらっ!」
「っ、さやかの奴また飛ばしやがって。あの機動性バカについていけるかっての。まあいいか、ったく、何がどうなってるんだかな」
青い光を棚引かせ、海を裂くような勢いで海上を駆け抜けるフォルセティⅡ。そのかなり後方、可能な限り速度を上げて喰らいつく、ディザスター・レポート。撃墜されたというほむらを救出するため、二機のRが海を駆けた。
二人とも、ほむらの実力はよく分かっていた。かつての英雄。その名に恥じない圧倒的な技量、そして操縦のセンス。それを兼ね備えたほむらが撃墜されたのだという。一体どんな相手が待ち構えているのか。
不安がじりじりと二人の胸を焦がす。それでも、急がなければならない。助けなければならない。思いを胸に、二人は機体を走らせた。
「ほむらぁぁぁーーっ!!」
海中に浮ぶラグナロック・ダッシュ。その姿を見つけて、半ば衝動的にさやかは機体を走らせ駆け寄った。
「ほむら、大丈夫?生きてる、返事しなさいよ、ほむらっ!」
機体を牽引しようにも、大気圏下では宇宙とは勝手が違う。機体の損傷も激しいこともあり、万全を期して二人がかりで牽引するしかない。おまけに随分と飛ばして来てしまった様で、杏子の機体はまだ遥か後方にあった。
「……さ、やか」
「っ、ほむら、大丈夫なの?聞こえる、助けに来てやったわよ!ちゃんとしなさいよっ!」
大丈夫、まだ通信は生きている。見たところ、キャノピー部分にそれほど派手な損傷は見られない。きっと、ソウルジェムも無事なはずだ。
「私は……わ、たしは」
震えるか細い声。それは、今までさやかが聞いたこともない、弱弱しい声で。
「私は――ダレ?」
「何があったんだよ、一体」
「……わかんないけど、ほむらは今、めちゃくちゃ落ち込んでる。まるで、マミさんがやられた時のあたしみたいだ」
閉ざされたほむらの部屋の前で、顔を突き合わせ、声を潜めてさやかと杏子の二人が話していた。
その後、さやかと杏子の二人でほむらの機体を牽引し、ティー・パーティーへと回収した。収容され、目を覚ましたほむらはそのまま虚ろな足取りで部屋へと戻っていった。
心配そうに話しかけたさやかにも、一切反応を見せぬまま。
「あそこで何かが起こったのは間違いないんだろうけど、あいつがあそこまでやられるなんて。本当に……訳わかんねぇよ」
「だからこそ、こうして聞きに来たんでしょーが」
「……素直に話してくれるかねぇ、あいつが」
「どーにかこーにか聞き出すの!あのまま放ってなんて、置けるわけないじゃない」
「バカっ、ほむらに聞こえちまうだろーが」
思わず声を荒げたさやかの口許を押さえて杏子が囁く。きっとさやかならそうするだろうな、とは分かっていた。まだ付き合いは短いが、それでもさやかはいろんな意味で分かりやすい相手であった。
そして、そういうところを好ましく思っている杏子であった。
「……じゃあ、ま。行ってみるとするか」
「……だね、どーにかこーにか聞き出してやりましょー」
そして、パネルの呼び出しボタンを押した。
「ほむらー、あー、えっと。中、入ってもいいか?」
杏子が尋ねるも、返事は無い。モニターのパネルは暗いまま、声は届いているはずなのに。
「開けてよ、ほむら。……そりゃ、きっと何か色々あってしんどいんだろうなってのは分かるけど。そんな状態のほむら、放っておけないんだよ。……だから、お願いっ」
さやかの声にも、ほむらの反応は返ってこない。どうする?とでも言うように、杏子がさやかに視線を向ける。
それに答えて、さやかはしっかりと一つ頷いた。当然答えは、押しの一手。
ダン、と扉に拳を打ち付けて。
「答えてよ、ほむら。あたしは仲間で、そして友達なんだ。だから、友達が辛そうにしてたら気になるし、心配する。でも、それだけじゃあたしには何も出来ないんだよ。ほむらが、あんた頼ってくれないと、あたしは何もしてあげられないんだっ」
何度も、何度も拳を打ち付けて、呼びかける。届いていないはずは無い、響いていないはずは無いと、信じて。
そして、扉が開かれた。
「ほむらっ。よかった、出てきてくれた……」
部屋の中は暗く、外から差し込む灯りに照らされぼんやりと、ほむらの姿が扉の前に映し出されていた。その姿はどこか儚げで、危うげで。目元が赤く、腫れているように見えた。
「あんた……泣いてたのか?」
そんな様子を見て取って、杏子がほむらに声をかけた、しかし。
「部屋の前で、あまり騒がないで。うるさくてかなわないわ」
二人の視線から逃れるように、俯きながら。ほむらは冷たくそう言い放った。
「あ……そりゃ、ごめんほむら。ちょっとあたしも無神経だった。でもさ、ほむらのこと心配して来たんだよ、そんな邪険にしなくてもいいじゃないの」
「だれも、心配してなんて頼んでない。……放っておいて。私の事は気にしないで」
本当に、一体何が起こったというのか。ほむらの声はどこまでも冷たくて、今までのほむらの様子とはまるで違っていた。
かちん、と来た。
そんな表現がまったく持って相応しい。そんな気持ちと同時に、さやかの胸中には何か懐かしさのようなものも込み上げてきていた。頑なにこちらの歩み寄りを拒むその態度は、まるで少し前の自分を見ているようだったから。
マミがバイドにやられ、その責任をほむらに押し付けて。どこまでも勝手に目の敵にして、反発して。何となく、それと似たような感じがしていた。だからこそ尚のこと、放っておけるわけが無かった。
「そんなこと言われて、気にしないで居られるわけないでしょうがっ!そのくらい、ほむらだって分かるでしょ。……あたしがそうだったんだから」
小さく、俯いたままのほむらの肩が震えた。
「そりゃそうだよな。こんなお人よしが人の皮被って歩いてるような奴が、あんな分かりやすい態度取られて、放っておける訳がねぇ。ほむらはほむらで、自分を隠すのが下手な奴だな」
杏子もどこかニヤつきながら、そんなほむらの様子を眺めて。
「だから、観念して話しちまえよ。……でないとこのお人よしは、いつまでたってもここに居座るぞ?」
「……なんかちょっと言い方酷くない?」
あんまりにもあんまりな言い草に、ちょっとジト目なさやかであった。
「…………」
ほむらは押し黙ったまま俯いて、小さく身体を震わせていた。何か溢れそうになるものを、必死に堪えているようにも見えた。
「分からないのよ、どうしたらいいのか……私が、何なのか」
「ほむら?……っ」
その場に崩れ落ちそうになるほむらの身体を二人で支えて、ベッドに横たわらせる。二人で抱えていることを差し引いても、ほむらの身体はとても軽かった。
「何があったのかわからないけどさ。やっぱり今のほむらは放っておけない。……話して、くれないかな」
枕元に座って、ほむらの手を握ってさやかが優しく言う。その手を弱弱しく握り返して、ほむらは、静かに話し始めた。
自分が英雄などではなく、ただの作られた人間でしかなかったこと。偽りの記憶を与えられて、偽りの名前と立場に縋って、何も知らずに今まで生き続けてきたこと。
そして、もう1人の自分が去り際に残した、最後の言葉。
――必ずもう一度、私達は戦うことになる。そして、生き残ったほうが……英雄としてバイドと戦うことになる。
怖いと言って、弱弱しく手を握って涙を流した。戦うのが怖い。死ぬのが怖い。そしてなにより、そう思う気持ち自体が自分のものではないのではないかということが、怖くて仕方なかった。
さやかも、杏子も。何も言えずに立ち竦む。あまりにも思い事実。今まで共に戦ってきた、仲間だと思ってきたほむらが英雄でもなんでもなく、ただの作られた命でしかなかったのだと、知らされて。
「とんでもない、胸糞の悪くなるような話だな」
胸の奥に蓄積されていく鬱屈とした感情。それを吐き出す術がわからなくて、杏子が小さく悪態を付いた。
「……それだけじゃない、私は、貴女達を信用していなかった。……信用できなかった」
「……どうして、ほむら?」
一度零れてしまった言葉は、もう自分の意志でも止められない。ぽろぽろと涙を零しながら、静かにほむらは言葉を紡いでいく。
R戦闘機の、その開発に携わるモノ達が抱えた闇を。明らかになってしまった、異端の実験の成果を。その犠牲となった、プレイアデスと呼ばれた魔法少女達の末路を。
全てを自分1人で抱え込んで、知らなくてもいいと思い込んで、隠していた事実を。
それはきっと、本当に皆のことを考えていたわけじゃない。受け止められないだろうと、耐えられないだろうと、勝手に仲間のことを判断してしまったのだ。
仲間のことを信じられなかった、信じようとすることが出来なかったから、だから。
「こんな私じゃ……仲間としても、失格よね。ごめんなさい。……本当に、ごめんなさい」
いつしかさやかの手に縋るように、両手でしっかりと握り締めて。ほむらは、胸の奥に澱んだ思いの全てを吐き出した。それは余りにも重く、辛く、衝撃的で。
戦士としてどれほど成長したといえ、魔法少女であるといえ。それを受け止めた二人は、その精神はまだ、年若い少女のものでしかなかった。受け止めきれないのは、致し方ないことなのだろう。
(それでも、受け止めてやらなくちゃならないじゃない。ここまで聞いて、打ち明けられて、今更投げ出せる訳がないじゃない)
衝撃的な事実に怯む心に鞭を入れ。理解の範疇を超えそうな出来事を何とか頭の中に叩き込んで。さやかは、力強くほむらの手を握った。
「ほむらは、さ。……きっと、自分が誰がか分からなくなっちゃったんだよね。今まで思ってた自分が偽者で、この名前だって、誰かの借り物だって言ってたっけ。……それでもさ、やっぱりあたし達にとっては、ほむらはほむらなんだよ」
「例え貴女達がそう思っていても、やっぱり私には、分からないの。私はスゥ=スラスターじゃない。暁美ほむらでもない。何でもないただの作り物。そんな私が、これからどうすればいいの?何のために、生きていたらいいの?」
力なく、ほむらは首を振るばかりで。
「少なくともあたしは……ほむらでいて欲しいって思うよ。あたし達の仲間で、友達で。そんな暁美ほむらでいて欲しいって思う」
「そんなこと……できるわけないじゃない。私は何も知らないのよ。暁美ほむらのことを。もしかしたら、スゥ=スラスターのことだって分からないのかも知れない。私はもう、誰であることもできない……どうにも、ならない」
どうしたらいいのだろう。今のほむらは全てを見失っている。生きる理由も戦う理由も、自分自身でさえも。取り戻させてあげたいと思うけれど、初めから無かったものは取り戻しようが無いのではないか。
そうとすらも思えてしまう。どうしたらいいのかわからずに、さやかは押し黙ってしまう。
「……なら、向き合ってみりゃいいんじゃないの」
その時、今まで口を閉ざしていた杏子が口を開いた。
「あたしも、ロスと別れたときはそんな感じだったよ。それまでの自分を全部否定されて、生きる理由も戦う理由もなくなっちまった。さやかと出会うまでは、あたしもそれをずっと引きずりながら生きてた」
生きて来られた分だけ、ほむらよりはマシかもしれないと小さく付け加えて。そして杏子は言葉を繋ぐ。
「でも、こうしてこいつらと出会って、もう一度戦う理由を取り戻せた。生きてる理由を取り戻せた。それでさ、ロスの事を色々と調べてみたんだ。あたしがずっと一緒に過ごしてきた奴は、一体どんな奴だったんだろうってさ。そうしたら、何か分かってきた。ロスが何を守ろうとしてたのか、何のために戦ってたのか」
バイドを討つための矢となって、人類全ての希望を載せて戦った男が居た。その男が戦い抜いた軌跡を、太陽系を飛び立ち消息を絶つまでの戦いの記録を、その目で確かめて。そうして分かったことがあった。
守ろうとしていたのだ。自分のことも、そしてどこかの誰かのことも。この星に息づく営み全てを、守るために戦い抜いていたのだ。
その気高さを、力強さを、少しでも受け継いで戦おう。
それが、今の自分がロスにできるせめてもの事だと、杏子は信じていた。
「だから、もしかしたらあんたも向き合ってみたら、見つかるんじゃないか?
自分が何なのかとか、生きる理由、戦う理由とか」
「……向き合う、何と向き合えばいいの。私は、私には……何も」
「スゥ=スラスター。暁美ほむら。あんたには二人分の名前がのっかかってるんだろ?だったら、両方向き合って来りゃぁいいじゃないか」
少しだけ考え込むようにしてから、それでも相変わらずの調子でほむらは呟いた。
「……生きているとは、思えないわ」
「ロスだって、あたしが向き合った時には地球にゃいなかった。……いくらでも手はあるさ。どうだ、一つ騙されたと思ってやってみないか?」
また、ほむらは静かに口を閉ざした。興味は無いわけではなかった。自分がなろうとしていた英雄が、一体どういう人物だったのか。そして、自分がなってしまった人間が、一体どのように生き、そして死んでいったのか。
ただ純粋に、知りたい。そう思えた。
「それも、いいかも知れないわね」
「よし、じゃあ決まりだ。……聞いてんだろ、キュゥべえ。さっさと手配しな」
にぃ、と八重歯を見せて杏子が笑う。そして呼びかける。返事はすぐさま返ってきた。
「……それが今のほむらに必要なことなら、ボクは構わないよ。どうするんだい、ほむら?」
ほむらは一度、静かに目を伏せて。それから静かに目を開くと、口を開いた。
「――頼むわ。キュゥべえ」