魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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夕暮れが世界を塗り潰していく。漆黒の死兵が、遍く生者を深淵へと引きずり込む。
そこは最早、人智を逸した魔なる死地。

そんな世界に在りて、少女は何を願うのか。


第15話 ―魔法少女とは……―①

「さやか……ちゃん。ねえ、杏子ちゃん、今何が起こったの?さやかちゃんは、どうなっちゃったの?ねえ、杏子ちゃんっ!?」

まどかの声が聞こえてきた。その声は、未だに目の前の現実を受け入れられていないようで。

「……あたしにだって、わからねぇよ。何がどうなってるんだよ、オイっ!!」

コンバイラベーラの消滅、それに続けて生じたさやかの変容。それはもはや、杏子にとっても理解の範疇を超えた出来事で、杏子もまた何も出来ず、ただその巨大な魔女の姿を呆然と眺めているだけだった。

そう、その魔女は余りにも巨大だった。コンバイラベーラに比肩するほどの巨躯を携え、無数の手に握った剣を、盾を掲げて。まるで周囲を見回すように、その異形の頭部を廻らせたまま、不気味な沈黙を保っていた。

「なんなんだよ、あれは。さやかはどうなっちまったんだよ。……誰か、答えろよ。なあ、誰かっ!答えやがれってんだよぉぉォォっ!!」

 

何もかもが不可解で、それでもただ、嫌な予感だけは拭えない。

 

 

 

「佐倉くん、一体そっちで何が起こったんだ?突然美樹くんの機体が消失した!状況が把握できない。美樹くんは無事なのか、佐倉くんっ!?」

驚愕と焦燥に駆られた、九条提督の声が聞こえてくる。

「状況?見りゃわかんだろ。さやかが、さやかが……あいつが!さやかの機体を食い破って、出てきやがったんだ」

衝撃が通り過ぎると、後に湧き出てきたのは憎悪。正体不明の化け物。バイド反応はない。それ一体何なのかなど分かりもしないが、とにかくそれがさやかの機体の中から出てきた事だけは確かだった。

さやかが生きているかどうかもわからない。けれども今は何よりも、その惨状を引き起こしたあの忌むべき異貌を、許すわけにはいかなかった。

 

「あいつ?何を言っているんだ、佐倉くん。我々には何もいるようには見えない。そちらには何かがいるのか?」

「何……あんたら、あんなデカブツが見えてないってのか?」

そう、それは本来は魔法少女の敵である、魔女。故にその姿は素質を持つ者にしか捉えることはできない。不幸なことに、その事実を知るものもこの場には存在していなかったのだ。

 

「まどか、杏子!聞こえるかい、すぐに戻るんだ!」

そう、唯一人キュゥべえを除いては。

 

「キュゥべえっ!?お前、何か知ってんのか!答えろ、さやかはどうなったんだっ!!」

「答えてキュゥべえ、さやかちゃんは、さやかちゃんはどうしちゃったの!」

たちまち二人分の追及の声が飛ぶ。けれど、そんなものは意にも介さずキュゥべえは、焦った様子で言葉を飛ばす。

「今は説明している場合じゃない。早く艦に戻るんだ!早くしないと、魔女が動き出してしまうよ!」

「魔女……だと?」

聞きなれない言葉、けれど魔法少女から連想はされるその言葉。どこかで聞いたような気がすると、杏子は思索を廻らせようとした。

しかし、魔女の行動はそれより更に先んじていて。

 

世界が、塗り替えられていく。破壊されたはずの都市部が別の空間へと変わっていく。

闇に染まったはずの空は、目に痛いほどの夕焼け色で。空かと思われたその空間は、頭上にドームのような形状をなして埋め尽くす何かだった。

それは、刃。触れるもの全てを傷つけるほどに鋭い無数の刃が、全天球を多い尽くして煌いている。

その世界の中心で、世界の全てを照らす光を放つ魔女。その光は夕暮れ色で、無数の刃に照り返し。世界を更に深い夕暮れに染めていた。

足元を見れば、そこに散らばっていたのは無数の残骸。古くは錆付き折れた刀剣の類から、そして先の戦闘で潰えた戦闘機まで。ありとあらゆる、武器と呼ばれたものの残骸が散らばっていた。

その、武器の亡骸の山の只中で美樹さやかの成れの果て。一人の魔女が佇んでいる。

 

「なんなんだよ、これは」

「どこなの、ここは……」

それが目の前の魔女の仕業だと推測はできても、驚愕を抑えることは出来ない二人だった。

 

「なんだこれは、突然辺りの風景が変わった……?ガザロフ中尉、周囲の状況を報告せよっ!」

「はい、提督……って、何なんですか、これはっ!?」

「何事だ、正確に報告してくれ!」

「わかりませんっ!バイド汚染反応なし、恐らく異層次元が発生したものと思われますが、原因は不明ですっ!」

その世界の中には、九条提督の部隊も含まれていた。突然の変貌、それが魔女の結界であるなどとは思いもよらず、ただただ戸惑うばかりだった。

「とにかく、何が起こるかわからん。動ける機体を全て臨戦態勢で待機させておけっ!」

更なる戦いの気配を肌で感じ、油断なくそれに備えていた。だが、その結界の範囲はそれだけに留まらない。

 

「まさか、この距離にまで結界を広げてくるなんてね。……R戦闘機を核とした、魔女。やはりその能力は恐ろしいね」

その魔女の異貌を遠目に捉えて、ティー・パーティーのブリッジでキュゥべえは呟いた。その口ぶりには、半ば諦めにも似た声が混ざり、キュゥべえはその言葉を続けた。

「魔法少女が魔女になり、その魔女を魔法少女が倒す。その関係が維持されるためには、魔女は魔法少女が倒し得る相手でなくてはならなかった。……だからこそ、人体という不完全なデバイスを元に、魔女の能力を制限していたんだ。そのデバイスが、人体とは比べ物にならない力を持つR戦闘機へと変わった。当然、そこから産まれてくる魔女の力も桁外れのものになるのは当然だよね」

かつてこの星で行われていた、魔法少女と魔女の戦い。それは、魔法少女が魔女となり、その魔女を魔法少女が討つという、終わりのない不毛なものだった。

そしてその戦いこそが、彼らインキュベーターの本来の目的、宇宙維持のためのエネルギー回収には必要だった。いまや魔女の誕生は、彼らにとってすら無意味なもので。更にその打倒は恐らく容易ではない。

人体に比べてはるかに強力なR戦闘機を、自身の身体のように扱っていたさやかである。それが魔女になった時、それはR戦闘機が持っていた力をもとにして生み出されてしまった。

その結果が、あのコンバイラベーラほどもある巨体。そしてこの広大な結界だった。

 

「こんな魔女が野放しにされていたら、バイドに滅ぼされる前に人類の危機が訪れるかもしれないね。美樹さやか。キミは本当にとんでもないことをしてくれたよ」

そう呟くキュゥべえの瞳には、ありありと落胆の色が見て取れたのだった。

 

「な、何なんですか……あれは、っ!?」

ロスを撃墜した、ニヴルヘイム級率いる第一方面軍もまた、その結界に取り込まれていた。随行する駆逐艦のブリッジで、オペレーターの女性が声を上げた。

彼女もまた、素質のある稀有な人間だったのだろう。第一方面軍の中で彼女だけが唯一人、魔女の存在を知覚していた。

「レーダーに反応なし?バイド反応もない、じゃあ、じゃああれは何なの!?」

戸惑い、必死にその正体を探ろうとする彼女の視線の先で、魔女は大きくその無数の手を振り上げた。

その手の先から、無数の黒い歯車が生じる。そして、放たれる。

「っ!正体不明の敵から、攻撃が……え、来ない?」

その歯車は、艦隊目掛けて飛んでくることはなく。その全てが地表へ向けて放たれた。その先に、あったものは。

「大破した機体に……攻撃をしている?何をしているの、あれは」

先の戦闘において大破した、人類の、そしてバイドの戦闘機群。黒い歯車が、その一つ一つに潜り込み、そして埋め込まれた。

 

「何を……しやがったんだ。今のは」

正体不明の存在からの、恐らく攻撃と見られるその歯車。回避行動を取ろうとしたキングス・マインドの横をすり抜け、地表に眠る機体へと潜り込んでいった。

その目的は、すぐに明らかになった。

 

「っ!?撃墜された機体が、動き出しやがった……だと?」

歯車を埋め込まれた機体が、ゆっくりと光を取り戻して宙に浮く。辛うじて機体の形を保っているものも、キャノピー部分が完全に吹き飛んでしまったものもいる。そしてついには、艦隊の半分を失った巡航艦さえもが浮かび上がる。

そして、その全ての機体の内側から黒い何かが噴き出した。機体を包み込む、黒い流体のような物質。それはまるで、エバーグリーンで遭遇した金属生命体のバイドを思い出させた。

そして宙に浮いた機体群は全て、その欠損部分を黒い流体で補うことで、機体としての能力を再び取り戻していたのだった。

モニター上に、友軍敵軍を問わず次々に出現する反応、熱源。その無機質かつ不気味な姿は、まさしく不死の兵。神話に語られるエインヘリヤルのようで。

それを見るものに、畏怖と同時に純粋な恐怖を与えるに、十分なものだった。

 

「これも、全部……あいつがやりやがった、ってのか」

そうして産まれた、異形なる死兵の連合軍。地球軍、バイド軍を問わず、死の淵より蘇った全ての機体が魔女の元へ集う。そして、あたかも忠誠を誓うかのようにその機首を下げ、地に伏した。

その姿はまさしく、主君の号令を待つ騎士団のようで。

魔女は剣を掲げた一本の腕を振り上げて、忠実なる、絶対正義を掲げる彼女の騎士団へと向けて、命を下した。

曰く、正義に至らぬ全てを……断罪せよ、と。

 

「正体不明の機体群、転進。こちらへ向かってきます」

ざわめきに満ちたニヴルヘイム級のブリッジ。一連の出来事は、あまりにも人智を、理解の範疇を超える出来事ばかりで。

「こちらの通信への反応は?」

「……ありません。というよりも、あの機体群には全て、生命反応が見られません」バイド反応も、ほとんど存在していません」

「どういうことだ。バイドによる攻撃ではないのか」

不可解な出来事に、艦長は部隊全体の行動を決めかねていた。そしてそれは、致命的な遅れへと繋がってしまった。

「機体群、接近してきます!」

「……っ、呼びかけを続けろ。波動砲の射程圏内まで反応がなければ、攻撃を開始する。全艦第一種戦闘体勢!R戦闘機部隊は、波動砲のチャージを続行しつつ待機を……っ!!?」

言葉を遮り、巨大な閃光が駆け抜けた。その閃光は、ニヴルヘイム級に随行していたテュール級戦艦を貫き、更に後方へと伸びる。進路上にある全てのものを飲み込み、破壊し、その光は駆け抜けた。それから一瞬遅れて、数珠状の爆発が連鎖する。

機関部を打ち抜かれたテュール級もまた、大きな爆発と共に墜落。そのまま、巻き上がる爆炎の中へと没した。

 

「一体何が、状況を報告せよっ!!」

直撃は免れたものの、その一撃の余波で各所に損傷を負ったニヴルヘイム級。その程度で沈みはしないとばかりに、どうにか艦のバランスを保ちながら、今の一撃の射手を探り、そして見つけ出した。

「発見しました!今の砲撃は……R戦闘機です!データ照合、出ましたっ!あの機体は……」

 

「嘘だろ、どういうことだよ……ありゃあ」

杏子が、呆然と呟いた。夕暮れの世界を貫いたその閃光、それはとても見覚えのある光。

「あれは、あの機体は……マミの」

 

「あの機体は、R-9DX2、超長距離射撃仕様機の、ババ・ヤガーですっ!!」

そう、マミがかつて操っていたその乗機すらも、死兵が織り成す葬列のその一翼を担っていたのである。

 

「どういうこと、杏子ちゃん。あれに……マミさんが乗ってるの!?」

「いや、それは……ねぇ、はずだ。マミは、あの時……死んだんだ。キュゥべえっ!一体どうなってんだ、これはっ!!」

まどかの戸惑い、杏子の怒り。二つの声が飛んでいく。

「ああ、あれはマミじゃない。恐らくさやかの魔法である機体の修復。それが魔女になったことで、他の機体にまでその範囲を広げたんだろうね。そして、恐らくあれを操縦しているのはあの魔女の使い魔だ」

「使い魔、だぁ?だから、そもそもアレはなんなんだよっ!!」

「さっきも言ったじゃないか。あれは魔女だ。美樹さやかは魔法の力を使いすぎたんだよ。ソウルジェムが完全に濁ってしまえば、魔法少女は魔女になる。……元々は、魔法少女はそういう存在だったのさ」

「それ、どういうことなの……キュゥべえ」

明かされた、魔法少女の真実。だが、それを詳しく説明している余裕は、当然のごとく存在しなかった。

 

「……まどか、一旦ティー・パーティーに戻るぞ。奴らがこっちにも近づいてきやがった。流石にあんな数は相手にできねぇ、一旦戻って、キュゥべえの奴から全部聞き出してやるぞ!」

「う、うんっ!気をつけてね、杏子ちゃんっ!」

迫り来る異形の群れ。杏子とまどかはそこから逃れるように機首を翻し、一目散に逃げ帰る。その背後では、死兵達と第一方面軍の戦いが始まっていた。

 

「キュゥべえっ!!戻ってきたぞ、とっとと何が起こったのか説明しやがれっ!!」

「キュゥべえ、さやかちゃんは、さやかちゃんはどうなっちゃったの!?」

無事にティー・パーティーに戻った二人を、すぐさまキュゥべえが迎えた。怒りの色を隠すことなく、そんなキュゥべえに詰め寄る杏子。まどかもまた、泣き出してしまいそうな表情でそれに迫っていた。

「随分といきなりだね。まあいい、改めて説明してあげるよ。魔女が、魔法少女の本来の敵であったことは前に説明したよね。そして、魔法少女はやがて魔女になる。魔法少女が魔女になるためには、そのソウルジェムに穢れを溜め込むことと、深い絶望に陥ること。その二つが必要なんだ」

杏子は、キュゥべえの言葉に目を見開いた。さやかが魔女になったということは、すなわちさやかが深く絶望したということで。

その引き金となったものがあるとすれば、それは……。

 

「なんだよ、そりゃあ。なんだってんだよっ!ロスは最後まで信じて疑わなかったはずなんだぜ。希望を、守りたいと思ったものを。なのに……なんでお前がそんなもんに負けてんだよ、絶望しちまったんだよ」

ロスの死、英雄として、皆を守ろうとした男の余りに悲しい末路。それはきっと、さやかの信じる正義を打ち砕いてしまったのだ。

皆のため、自分の信じる正義のために戦えば、いつか必ず報われる日が来るとそう信じて戦い抜いてきたさやかには、同じく仲間であるはずの人類に討たれるという最後はまるで自分の末路を暗示しているかのようで、許容できるものではなかったのだろう。

「じゃあ、そもそも魔法少女って何なの?どうして、魔女になんてなっちゃうの?どうしたらさやかちゃんを助けられるの?教えてよ、キュゥべえっ!」

まどかの問いに、キュゥべえは重々しく口を開く。魔法少女の正体。宇宙延命のためのシステム、その実態を。魔法少女が魔女と化し、その際に生じるエネルギーが、宇宙を永らえさせていたのだと。

「かつての魔法少女達が、その事実を知って怒るのもまあ、無理はないことだと思うよ。見解の相違、利益と代償の等価性。それを見誤った自分の判断の甘さを分かりやすい敵であるボクらにぶつけていたんだろうね。……今なら、少しは理解できるよ」

バイドと出会い、敵を憎む心を知ったキュゥべえがそう言うと、続けて最後にもう一つ付け加えた。

「だからこそ、今の魔法少女達はバイド戦うための力としてしか運用していない。願いを叶えることもなければ、魔法の力を使うこともない。だから、魔女になることもない。……はずだったんだけどね」

 

「……さやかが、魔法の力に目覚めちまった。そして、それを使いすぎちまったってことか」

「そういうことだね。そうならないように言い聞かせたつもりだったんだけど。こんなことになってしまったのも、全て彼女の責任さ」

そのキュゥべえの言葉は、暗にこれ以上何も打つ手がないということを示していた。

「そんな……さやかちゃんを助ける方法はないの、キュゥべえ?」

「ボクの知る限り、一度魔女になってしまった魔法少女を助ける方法はない。美樹さやかの魂はもう既に消滅し、魔女のそれとなってしまった。そしてボク達は、魔女の結界に捕らわれてしまった。ここから脱出するためには、魔女を倒すしかない」

 

「……なんてこった、さやか」

救う術はない。絶望的な事実に、杏子の身体が萎える。壁に背を預けたまま、ずるずるとその身体が崩れ落ちていく。床に腰を付き、そのままがっくりと項垂れた。

「さやか、ちゃん……嘘だよ、そんなの……そんな」

そんな杏子に手を貸すこともできずに、まどかも同じく崩れ落ち、項垂れて。まるで全ての力を失ってしまった二人を一瞥して、キュゥべえは外の戦場へと意識を向けた。

 

「第一方面軍が魔女の率いる軍勢と戦っている。勝ってくれればいいけど、望み薄だろうね」

「そんなに強いのかよ、あの魔女は」

虚ろな声で、杏子が尋ねた。

「それもある。あの魔女の能力は、ボクの予想を遥かに超えている。けれど問題はもっと別のところにあるんだ。……魔女は、魔法少女とその素質のあるものにしか知覚できない。通常のレーダーの類でも探知はできないだろうね。知覚できない敵が相手じゃ、戦いようがないだろう?」

「なんだよそれ、ますます滅茶苦茶じゃねぇか」

 

「見届けようじゃないか。普通の人間達が、魔女に何処まで立ち向かえるのかをね」

絶望に満ちた杏子の声を聞き流し、その横顔にどこか面白がっているような笑みを湛えて、キュゥべえはそう呟いくのだった。

 

ババ・ヤガーの形を模したどす黒い塊に、二筋の閃光が突き刺さる。それは第一方面軍のR戦闘機部隊から放たれた波動砲。違わずその閃光はババ・ヤガーを貫き、爆散させた。

「敵の超長距離射撃機を撃破、これで狙撃の心配はなくなりました。他方面でも、我々が敵を圧倒しています」

オペレーターからの通信に、ニヴルヘイム級の艦長は満足そうに頷いた。

「状況は不明だが、敵は恐れるに足らんな。恐らく敵はオートパイロットか何かなのだろう。そんなものでは、我々の敵ではないということだ。このまま敵部隊を掃討し、この空間からの脱出を図る」

最初の一撃、続く攻撃まではまだ浮き足立っていた第一方面軍だが、すぐに統率を取り戻し、バラバラに襲い掛かってくる敵に対して組織的な反撃を開始した。

敵は皆ただのオートパイロットであるのかと思い込むほどに、質はそれほど高くない。このまま行けば、直に敵の掃討は完了するはずであった。

 

その魔女は、その戦況を苦々しく見つめていた。敵を殲滅することが出来ない。正義を行うことが出来ない。ならばどうするか。自ら動くより、他に術はなかった。

 

駆逐艦のオペレーターは、異形の姿を為す魔女が近づいてくるのを見つめていた。

「正体不明の、巨大な敵性体が接近しています!接近しているのに……なんで、何で誰もわからないんですかっ!」

必死に呼ぶ声に応えるものは誰もなく。それどころか、彼女の方が正気を疑われ、ブリッジを追い出されてしまった。

「どうして、どうして誰にも見えていないの……どうして……よぉ」

閉じ込められた個室の中、窓から外を眺めて彼女は嘆く。その視線の先で、ついに魔女は艦隊のすぐ側へと近づいた。その剣を握る手を、高々と振り上げて。

「何を……するつもり?嫌、嫌……イヤぁぁぁッ!!」

その剣を、駆逐艦に深々と突き刺した。艦に激しい衝撃が走る。

艦の機関部を貫いた剣は、機関部に深刻な損傷を与えていた。剣が引き抜かれ、貫かれた機関部から波動粒子が流出していく。艦体の異常加熱、内側から膨れ上がる熱、その内圧で艦が膨れ上がった。

一瞬遅れて、内側から炎が吹き荒れる。それは一瞬で艦内部を火焔地獄へと変え、全てを焼き払っていった。

そして、巡航艦はゆっくりと墜落し。地表に触れると、大きな爆発を巻き起こした。

 

「っ!?被害報告急げっ」

「左翼に展開していた巡航艦が、突如として炎上、墜落後爆発しました。恐らく何らかの攻撃を受けたものと思われますが……正体が分かりません」

「何をやってるんだっ!解析急げ、これ以上敵に好き勝手を許させるなっ!!」

未だかつて遭遇したことのない、魔女という強敵。その正体を掴む事が出来ずに、再び艦隊が浮き足立つ。

「とにかく敵の迎撃を続けろ。敵の攻撃の正体が分かるまでは、艦を一所に留めるなっ!」

そして戦況は廻る。魔女は、更なる攻め手を用意していた。

かざした手に、再び無数の歯車が宿る。それが放たれ、撃墜された機体や艦体に喰らい付いていく。そして再び、魔女の尖兵となって人類に牙を剥く。

艦体を黒く染め上げられたテュール級が、その主砲をニヴルヘイム級へと向けていた。

魔女の剣を受けた駆逐艦もまた、頭上を飛び交う戦闘機群へ向けて、砲撃を開始した。

 

「倒しても倒しても、すぐに復活しちまう。それどころか、こっちの機体がやられても、それもあいつに操られっちまう。どうすりゃいいんだ、あんなの……」

 

そんな戦況を遠巻きに見つめて、更に深い絶望を目の当たりにして。呆然と杏子が呟く。未だ第一方面軍は、魔女の姿を認識できていない。その証拠に、何一つとして有効な打撃を魔女に与えられていないのだ。

「もう、何もかもお終いだね。ほむらちゃんもマミさんも、さやかちゃんも死んじゃった。私達も、もうすぐそうなっちゃうのかな」

すっかり気力が萎え果て、まどかもすっかり絶望にその身を染めている。

「やはり、魔法少女でなければ魔女を倒すことはできないのかな」

キュゥべえも、どこか諦め顔でそれを見つめていた。このままでは遠からず第一方面軍も、そして自分たちも全滅だろう。そうなればこの魔女は、この広大な結界の中で解き放たれることになる。

もしそれがそのまま広がっていけば、いずれそれは人類を脅かすことになるだろう。

 

「魔法少女なら、あれをどうにかできるのかよ」

静かに、けれど何かを決意したような面持ちで、不意に杏子が言葉を放った。

「本人の素質にもよるだろうし、やはりあれを打倒するにはR戦闘機クラスの力がいる。 R戦闘機と魔法。その双方を使いこなせる魔法少女がいれば……もしかしたら」

「それに、魔法を使える魔法少女として契約すれば……一つ、どんな願いでも叶えられるんだったよな」

「その通り。その願いをもっても、もしかしたらこの状況を打破できるかもしれないね」

その言葉に、まどかは俯いていた顔を上げる。その顔には、驚愕と何か希望を見つけたような色が浮んでいて。

 

「本当に、魔法少女になったらどんな願いでも叶えてくれるの?」

「あくまで本人の素質によるよ。余りにも大きすぎる願いや、漠然とした願いを叶えようとすると、何が起こるかはボクにもわからないな。それでも大抵の人が望む願いなら、何でも叶うはずだよ」

そんなキュゥべえの言葉を受け止めて、まどかは小さく頷くと。

「じゃあ、キュゥべえ。――私を、魔法少女にしてっ!」

ぎゅっと、その服の胸元を握り締めて。まどかは、キュゥべえの姿を真っ直ぐに見つめて、そう言葉を放った。

 

ゆっくりと、杏子は立ち上がった。

「……やめとけよ、まどか。お前じゃ無理だ」

そして、キュゥべえに迫るまどかの肩にそっと手を乗せた。

「そんなことないよ、杏子ちゃん。私が契約すれば、魔法少女になれば皆を助けられる。ほむらちゃんやマミさん、さやかちゃんだって生き返るかもしれないんだよ!」

杏子は、静かに首を振る。

「それで、お前はどうする?魔法少女になって、生身のままであれに立ち向かうのか?R戦闘機での戦いは、一朝一夕にできることじゃない。例えあいつらが生き返ったとして、戦うための機体がない。どうしようもないさ」

「じゃあ、それじゃあ私はどうしたらいいの?このままじゃ何も出来ないまま終わっちゃう。そんなの、私は嫌だよっ!」

必死に詰め寄るまどかを、杏子は軽く手で制して。そのままキュゥべえに向き直り、告げる。

 

「おい、キュゥべえ。そういうことだからさ……だから、あたしを魔法少女にしな」

「杏子ちゃん……」

「いいのかい、杏子?キミは魔法少女にならないんじゃなかったのかい?」

不思議そうにキュゥべえが問いかけた。その言葉に、杏子は答えて不敵に笑う。

「さあな、そんなこともあった気がするが、覚えてねーな。……それに、まだあたしには戦える機体がある。できることがあるんだ。よく考えりゃ、あのまま絶望してる暇なんざなかったのさ」

再び、杏子の瞳に強い光が宿った。真っ直ぐにキュゥべえを見据えて、不敵な笑みは消さぬまま。

「いいのかい?魔法を使いすぎれば、キミもさやかのようになるかもしれない」

「そうなる前に、生きて戻りゃあいいんだろ?……大丈夫さ、なんとかなる」

 

不安も恐怖も、全部纏めて笑い飛ばして虚勢を張って。そんな杏子にまどかが縋りつく。そして。

「杏子ちゃん。……やっぱり、私も」

「あたしがダメだったら、その時は頼む。ここまでとことん絶望見せられてるんだ、こうなりゃ徹底的に足掻いてやろうぜ、まどか。こんな絶望にも、バイドにも負けてやらねぇ人間様の意地って奴をさ、見せ付けてやろうぜ」

力強く言い切って、杏子はまどかの肩を叩いた。思いがけなく強い力で、まどかは軽く身体を揺らめかせ。

「契約だキュゥべえ。あたしの願いは……あたしの仲間を、大切な人を取り戻したい。さあ、叶えて見せろよ、インキュベーターっ!!」

声に応えて、キュゥべえの耳が杏子の胸元へと伸びる。激しい光が、視界一杯を埋め尽くし、広がっていく。

 

光が弾ける。そして、その後に立っていたものは。

 

魔法少女の衣装を纏った、佐倉杏子の姿だった。

 

 

 

「それが、キミの新しい力だ。杏子」

「杏子ちゃん……姿まで変わっちゃった」

二人の反応を受けて、改めてまじまじと自分の姿を見つめる杏子。赤を基調にした服は、無骨なパイロットスーツとは違い、機能性と同時に何処となく優雅ささえも感じさせる姿。それは少なくとも、魔法少女という言葉に似つかわしいものだった。

「……なるほど、確かに力が漲ってくるような感じだ。さやかの奴も、こんな感じだったのかね」

感触を確かめるかのように、杏子はぐ、と拳を握り締めた。その手にも、全身にも、まるで内側から溢れ出てくるような強い力を感じていた。今までにないほどの、どんなことでも出来てしまいそうなほどの全能感。

今はまだ、その力は確かな形をとっていない。けれどそうあることを望むなら、その力を振るうことを躊躇しないなら、きっとすぐにでもそれは発揮されるだろう。そう確信できるほどにその力は明確で、そして強大だった。

 

「それ以上さ、願いを引き換えにして得た力は、完全な魔法少女の力だ。間違いなく、さやかやほむらが得た以上の力になっているはずだ」

「なるほど、そりゃ頼もしいね。じゃあ、行ってくる」

それを確信して、すぐさま杏子は機体へ向かう。戦いは既に始まっている。一刻の猶予も惜しいといったところだが。

「確認していかないのかい、キミの願いがもたらしたものを」

「見ちまったら、戦えなくなる気がするから……さ。まどか、あんたが見といてくれよ」

「……うん。でも、必ず帰ってきてね、杏子ちゃん」

まどかは戸惑いながら頷いて。それを見届け、ひらひらと小さく手を振って。杏子は今度こそ歩き出した。去り往く背中を、まどかはじっと見つめていた。

 

その姿が見えなくなると、すぐに。

「確かめなきゃ」

そう言って、まどかは駆け出していくのだった。

 

 

 

 

「じゃあ……一暴れしてこようじゃねーか」

キングス・マインドのコクピット。換装するような余裕があるわけもなく、タンデム席は空席のまま、杏子は魔法少女の姿のままでシートに座っていた。

パイロットスーツは必要ない。今のこの身体は、それくらいの性能は持ち合わせているという確信があった。

急ピッチで発進の準備を進める。鋼の心臓が脈打ち始め、波動の血液が全身へと廻っていく。無数の機関が唸りを上げて、杏子のもう一つの身体に恐るべき破壊の力を漲らせていく。

「杏子、出撃の前にこれだけは聞いておいてくれ」

既に発進の準備を終えたキングス・マインドに、キュゥべえからの通信が届く。

「なんだ、手短にしろよ。すぐに出るんだからな」

「本来、魔法少女はソウルジェムを媒体に機体と接続している。それにより、機体を自分の身体のように扱うことができたし、魔法も機体に対して発動することができた。だけど、キミの場合は違う。調整をする余裕もなかったからね」

「それで、結局何が言いたいんだよ」

「端的に言えば……何時もと違うかもしれないけど、気にせずに自分の感覚を信じるんだ。そんなところだよ。頑張ってくれ、杏子」

まさかキュゥべえにそんな人間臭いことを言われるとは。随分とおかしなこともあるものだと、杏子は薄く笑った。

「言われるまでもないね。今のあたしは、間違いなく絶好調だ。……まあ、見てなって。出るぞ、ハッチを開けな」

返事の代わりに解放されるハッチ。外の冷たい風が流れ込んでくる。機体の肌に触れる。冷たさを感じる。

 

「さぁて……行っくぜぇぇぇっ!!!」

溢れる波動の粒子すら、彼女の赤に染まっていく。赤い尾を引き、キングス・マインドは戦場へと飛び立っていった。

 

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