魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

25 / 53
少女の願いは奇跡を起こす。されどその奇跡すらも届かぬほどに、運命の壁は厚く高い。
翼折れ、力尽き、朽ち果てんとしていた少女の御許に、最後の奇跡が舞い降りる。


第15話 ―魔法少女とは……―②

「みんなっ!!」

 

そう叫び、まどかは安置室の扉を開け放った。そこにはラウンドキャノピー型の生命維持装置がいくつも並んでいる。そこにはもはや魂のない、ただの亡骸となった三人が眠っていた。

部屋の中は、痛いほどの静寂が満ちていた。空調は変わらないはずなのに、部屋の中からはひんやりとした空気が流れ込んでくる。それがまた、まどかが中へと踏み入ることを躊躇させていた。

「大丈夫……みんな、無事だよ。絶対に」

足が震える。本当に願いが叶ったのかなんて分からない。もしかしたら、皆死んだままかも知れないのだ。かつてマミを助けたときとは違う、本当の死人となってしまっている。

その事実と直面するのが、とにかくまどかには恐ろしかった。

 

それでも恐怖を乗り越え一歩、まどかは部屋の中へと足を踏み入れた。

「さやかちゃん、ほむらちゃん、マミさん……聞こえる?」

震えそうになる歯の根を食いしばって、どうにか声を絞り出した。けれど返ってくる言葉はなくて。

「……返事、してよ。ねえ、みんな……お願い」

一歩、一歩と踏みしめるように部屋の中へと歩みを進めて。ついには、さやかの眠る装置の前に辿りついた。そこには眠っているかのようなさやかの姿があるだけで。

「さやか、ちゃん……どうして、どうして目が覚めないの、ねえ?」

こみ上げて来る感情を抑え切れなくて、瞳に涙を浮かべて、まどかは呼びかけた。

 

 

「それは、まだ彼女達がコールドスリープ中だからに決まってるじゃないか」

「うわっ!?きゅ、キュゥべえっ!」

嘆くまどかの眼前に、杏子との通信を終えたキュゥべえが現れた。咄嗟のことでまどかも随分慌ててしまったようで、そのまま尻餅をついて立ち上がれなくなってしまった。

「……何をしてるんだい、まどか?」

訝しげに問いかけるキュゥべえに。

「腰、抜けちゃったみたい……」

なんとも頼りない、泣きそうな様子でまどかはそう答えるしかなかった。立ち上がろうともがくけれど、どうにも腰が萎えてしまったようで。

「なんだか知らないけど、大変なようだね。まあいいさ。それじゃあコールドスリープを解除するよ。彼女達が生き返ったのなら、それで目が覚めるはずだ」

「う……うんっ」

それぞれの装置から、電子音が一つ鳴り響く。そして、静かにキャノピーが開かれていく。

目覚めて欲しい。けれど、本当に死んでしまっている姿も見たくはない。そんな相反する思いが、まどかの瞳を閉ざしていた。床に座り込んだまま、まどかは手を合わせて祈るように、彼女達の目覚めを待っていた。

 

 

「全く、今度の敵はどうなってるんだ。いくら落としても蘇ってくるぞ」

疲れと焦り、それをどうにか表面に出すのだけは堪えて。それでも随分とうんざりした調子で、九条提督は愚痴っていた。

押し寄せる死兵の葬列は、九条提督の部隊にも迫っていた。ここを通せば背後にあるのは損傷の激しい艦ばかり、第一方面軍も向こうの敵の相手にかかりきりで、こちらまでは来られない。

逃げるわけにも行かないと、踏みとどまって戦っていた。

幸いにして、敵の質は極端に低い。数とてそれほどではない。けれど、何度となく押し寄せる。倒したはずの敵ですら、いつの間には再び襲い掛かってくる。

戦いに戦いを重ねた九条提督の部隊もまた、既に疲弊しきっており、限界は近かった。

 

「提督、敵の増援です」

「まだ来るかっ!いい加減こっちも限界だぞ……とにかくR戦闘機部隊を向かわせろっ!」

勝算は薄い。仮にこの場を凌げたとしても、次はどうなるか。英雄との雌雄を決したというのに、なぜこんなことになっているのか。思わず九条提督は宙を仰いで手で目を覆った。それでも、どれだけ嘆いたところで戦うしかないのだ。

その時だった。艦を発進させようとした九条提督の下に、その通信が飛び込んできたのは。

「騎兵隊の……到着だぜっ!!」

その声の主は杏子。そしてその機体は、真紅に塗られたキングス・マインド。ただ違うところがあるとすれば、それは。

その数が、総勢七機であるということだけだろう。

 

「キングス・マインドの編隊?佐倉くんかっ!援軍は助かったが、一体どこにそんな戦力が?」

なんにせよ、これで少しは生き延びる目が出てきたかと僅かに安堵。それにしてもこれだけの戦力。いかにして揃えたのかは疑問だった。

「編隊は編隊だな。だが操縦してるのはあたし一人だ。……まあ、見てな。あいつらくらい、あたしが一人で蹴散らしてやるさ」

スキタリスの横を駆け抜ける、杏子率いるキングス・マインドの編隊。先頭の一機だけはフォースを携え、それに六機が続いていく。赤い光の尾を引いて、前方の戦場へと駆け抜ける。

「食い破るぜ……行っけぇぇぇッ!!」

散開。七機全てが散開し、戦場の中へとその身を躍らせていく。直後、あちこちで巻き起こる炸裂、爆炎。それはいずれも、真紅の機体が黒の死兵を打ち砕いたもので。

七機全てが、まるで熟練したパイロットのような機動を取り互いに自在に連携を取り、死兵の群れを翻弄し、瞬く間に追い詰めていく。やがて敵機の群れは追い詰められ、一所に押し込められた。

 

「こいつで、終わりだよっ!!」

杏子は、共に引き連れた六機に命じた。その命に従って、真紅の機体はその形状を失っていく。後に残されたのは、赤く煌く純然たる波動エネルギーの塊。

それはまさしく波動砲のそれに相違なく、そのまま六条の閃光となって敵軍に降り注ぐ。逃げ場を失った敵を撃ち抜き、徹底的に焼き払う。そしてその光は舞い戻り、杏子の機体の側へと並び立つ。

光が再び、真紅の機体の形状へと変わって行った。

 

「なんだって言うんだ、あれは。新兵器か何かなのか?」

その光景に、まさしく理解できないといった様子で九条提督は驚愕し、唸り声と共にその疑問を口にした。

 

そう、変幻自在の動きを見せた、波動エネルギーの塊たるあの六機。その正体はキングス・マインドの生み出したデコイに他ならない。ただ、魔法がその性質を変容させていただけで。

まさしく自分の複製のような技量を持ち、波動エネルギーへと自在にその身を変換できる。デコイと呼ぶには余りにも強力すぎる力を、それは宿していた。

「っはは、とんでもない力だね、こいつは」

そしてその力は、それを操る杏子をもってしても驚愕するほどの力だった。

「一人で七人分。やりようによっちゃあそれ以上だ。……待ってろよ、魔女だかなんだか知らねぇけど、あたしが速攻駆けつけて、この手でぶっ殺してやる!」

手に入れた力が、どんな力なのかを知った。その使い方も、戦いに行使する術も理解した。最早、躊躇うことなど何もない。後はただ駆けつけて、全ての元凶、あの魔女を倒すだけ。

 

「待つんだ、佐倉くん。一体今何が起こってるんだ、キミは、何か知っているのか?」

そんな杏子を、九条提督が呼び止めた。杏子はほんのわずかに、機首をスキタリスの方へ向けると。

「ヤバイことが起こってるのは事実だ。でも、あたしがなんとかする。絶対になんとかしてみせる。だから、それまでの間。後ろの艦を守ってやってくれ。頼む」

そう言い残し、デコイを率いて再度機体を走らせた。目指すは魔女の空域。夕暮れ色に染まりきった空を、一人で七人の杏子が駆け抜けた。

 

第一方面軍は、未だ魔女という未知なる敵、その正体を捕捉できずにいた。質は低いとは言え数で迫る敵、それもいくら叩き落しても蘇り、撃墜された味方さえ取り込む敵が相手

被害は、じわじわと増え始めていた。それはそのまま敵が増えていくということで。

どこかで一度でもパワーバランスが崩れてしまえば、そのまま総崩れになることは明白だった。

そうなる前に、どうにかしてこの異常事態を解決する必要があった。けれどそれをなし得る者は、第一方面軍には誰一人として存在していなかったのだ。無理もない。魔女の脅威に対抗できるのは、魔法少女のみなのだから。

魔法少女足りえるのはまさしく少女のみ、成人のみで構成されるであろう軍には、その素質者が居ないのも無理はない。魔女の存在を知覚し得た数少ない素質者でさえ、先だっての魔女の攻撃によって潰えたのだ。

絶体絶命。この状況を表すのに、それ以上に相応しい言葉は存在しなかった。

 

「どうしたちゃったのさ、立てる?まどか」

祈るように組み合わせていた手。力が篭りすぎて、血の気の失せた白い色の手に、暖かな手が重なった。

「ぁ……さやか、ちゃん?」

声が聞こえて、その手に暖かさが触れて。ゆっくりとまどかは目を開けた。そこに映っていたのは、とてもよく見慣れた、一番大切な友人の姿だった。

「ほんとに、どーしたってのよ。まどかは。そんな泣きそうな顔しちゃってさ」

「さやか……ちゃ、う………ぁ、ぁぁぁっ」

確かに生きている。暖かさを感じる。死んでしまったことなんて、まるで嘘のようにさやかは生きている。それだけで、ただそれだけで、まどかの心は一杯になってしまった。

とにかく嬉しくて、ずっと張り詰め続けていたものが、ぷつりと切れてしまったようで。感情の受け皿なんて一瞬で埋まってしまって、ひたすら零れて溢れ続けた。

「さやかちゃん、っ、ひくっ。さやっ、か、ちゃん……っ」

萎えた腰を、足を無理やり動かして。押し倒すように抱きついて、そして泣く。その暖かさが嬉しくて、涙は止まることなく流れ続けた。

 

「まど、か……本当に、なにがあったってのさ」

そのただならぬ様子、そして蘇り始める記憶。徐々にさやかの表情も曇っていく。それでもさやかは泣きじゃくり、縋るまどかの身体を受け止めて、まどかが泣き止むまでそっと抱きしめあっていたのだ。

 

「そろそろ落ち着いた、まどか?」

「うん……うんっ」

どれほど泣き続けていたのだろうか、ようやくまどかも落ち着いたようで。さやかは、まどかを抱き返していた手を解くと、間近でその顔をじっと見つめた。

「じゃあ聞かせて、まどか。あたしは一体どうなっちゃったの?どうして、あたしは今ここにいるの?」

「それは……っく」

思い出すと、また涙が零れて来そうになって、まどかはぎゅっと目を閉ざして。それでも、やがて意を決したように話し始めた。

ロスを説得した後、ロスはそのまま宇宙に出ようとしたこと。けれど、それは地球軍の攻撃によって阻まれ、彼らは撃墜されてしまったということ。そして、それに絶望したさやかが魔女となり、今尚地球軍に牙を剥いているということ。

そんなさやかを、そして同じく散っていった仲間を助けるために杏子が、魔法少女になってしまったということ。

 

その全てを話し終えて、ようやくまどかは気づいた。今この場で、目覚めていたのはさやかだけだということに。

「っ!そうだ、マミさん、ほむらちゃんはっ!!」

抱きしめあっていた手を振り払い、マミのキャノピーを覗き込む。そこには、変わらぬ姿で眠るマミの姿。装置に付属されたバイタルモニターは、残酷な事実を告げていた。

 

そこに眠る巴マミの体は、すでに死んでいる――と。

装置によってもたらされた仮死状態から目覚めることなく魂を手放し、抜け殻となった体がそこにあるだけだった。

「そんな……嘘だよ、マミさん……ほむらちゃんも……っ」

ほむらの装置もまた、同じ事実を告げていた。それを知り、再び力なく崩れ落ちるまどか。

「なんで……あたしだけなんだ」

自分だけが助けられて、マミもほむらも助けられなかった。杏子の願いは、なぜそんな結果をもたらしてしまったのだろう。その事実が、さやかの心をも打ちのめす。

けれど、今はただ悲しみに暮れている場合ではない。さやかは、それを知っている。

 

「まどか、立って。今は泣いてる場合じゃない。杏子が……戦ってるんでしょ。それなら、あたしだけがここで見ているわけには行かないっての」

残酷な事実。容赦なく立て続けに襲い来る悪夢。それでもまだ抗う術が力があるのなら、その膝を折るわけには行かない。血が滲むほどその唇を噛み締めて、さやかは立ち上がった。

「行こう、まどか。まだあたし達には出来ることがきっとある。杏子を、一人で戦わせていい訳がないじゃない。あいつは、あたし達の為に戦ってるんだ。あたし達だって、一緒に戦わなくちゃさぁっ!」

決意を新たに拳を握る。まどかの話によると、あの魔女は自分の絶望が生み出したのだと言う。なら、それを止めるのもきっと自分でなくてはならない。さやかはそう思う。

戦うための力、レオⅡは失われてしまったが、きっと何か術があるはずだ。決意を胸中に滾らせて、さやかはその名を呼んだ。

 

「出てきなさい、キュゥべえっ!!」

 

 

「ったく、よぉ。こいつは冗談きついぜ」

迫り来る敵を片っ端から叩き落して、ついに魔女の空域へと迫った杏子。その杏子を待ち構えていたのは。

「この数を相手にしろってのかよ。はは……百人斬りってのはこんな感じなのかね」

無数に浮かぶ漆黒の機体。そしてその後方にそびえる艦隊。そしてその無数の死兵に取り囲まれて、剣を掲げて佇む魔女の姿。そこにはもはや、黒に染まった死兵以外の影はない。

第一方面軍は、既に壊滅していたのだ。

「魔女さえ倒せばそれで終わる。いいぜ。突っ切ってやるよ。そして、てめぇのとこまで辿り着いてやる」

機体に力を、赤い光を携えて、杏子が死兵の葬列に飛び込んでいく。その、直前に。

 

「杏子、聞こえるっ!?聞こえてたら返事しなさいっ!」

「この声は……さやかかっ!?」

さやかの大きな声が、通信を介して飛び込んできた。

 

 

「ボクならずっとここにいたさ、さやか」

そんな通信よりも少し前、さやかがキュゥべえを呼んだ直後。キュゥべえはすぐ傍にいたようで、すぐに返事は返ってきた。

「ああ、そう。キュゥべえ。杏子が一人で戦ってるんだよね?だったら、あたしも一緒に戦わせてほしい。あんたの力でなんとかならないの?」

きっと何とかしてくれるはずだと、さやかはキュゥべえに頼む。それだけの権限や力を持ち合わせて、今までなんだかんだで力になってくれていた。だからこそ、表面上はともかく内心では、さやかもキュゥべえのことを信頼していたのだ。

けれど。

「……残念だけど、ボクにもどうする事も出来ない。後は杏子に任せるしかない」

静かに首を振り、キュゥべえはそう答えるだけだった。

「本当に、本当にどうにもならないの!?機体がないなら、どっかから持ってくればいいはずじゃない。普通の機体じゃソウルジェムは使えないけど、普通の機体を動かす練習だってしてたんだ」

そう言って、キュゥべえに食って掛かるさやか。けれど気付く。自分の言葉で思い出す。

「確かに、戦えないことはないかもしれないね。それでも無理だよ、さやか。もうキミは魔法少女じゃない。ただの人間だ。ちょっと訓練を受けただけのただの少女が、あの戦場で戦えると思うかい?折角生き返った命を、キミはむざむざ投げ捨てるつもりかい?」

そう、さやかの手にはソウルジェムがない。魔法少女の証でありその本体、R戦闘機を魔法少女の手足たらしめているデバイス、ソウルジェムは、忽然と姿を消してしまっていた。

 

「何で……どうしてソウルジェムが無くなってるの?」

今まで持っていた戦うための力の喪失。それは、ひどい喪失感をさやかにもたらした。

 

「杏子の願いがそうさせたんだ。さやか、キミの魂はキミが魔女と化した際にすでに消滅していた。杏子の願いは、そんなキミの魂を再構成し、キミの体に固定させたに過ぎないんだ。だからもうキミはソウルジェムを失い、魔法少女ではなくなった」

そんなさやかの状態を見て、キュゥべえはようやく何か納得が行ったように頷いた。

「そういうことだったんだね、杏子の願いは。魂の再構成。それが彼女の願いだとするならば、彼女が使う魔法は……」

その確信を、静かに言葉に変えていくキュゥべえ。その言葉を遮って、さやかはキュゥべえに詰め寄った。

「それなら、もう一度あたしを魔法少女にして!杏子と同じように、あたしの願いを叶えてよ、キュゥべえっ!!」

迷うことなく、さやかはそう言った。魔法少女の背負う戦いの宿命も、魔法を使い続けた末の末路さえも全て自分の身で知って、それでも尚。

不朽の正義は折れて砕けた。けれどまだ、それでも守りたい者がいる。だから戦えるのだと、さやかは信じていた。深く考え込んでしまえば、そこでまた絶望してしまいそうだったから。

さやかは、自分の思いの向くままに、ただそうしたいという純粋な思いだけで、再び戦いの運命に身を投じることを決めたのだ。

 

「それは、できないよ。さやか」

けれど――

帰ってきたのは、冷ややかなキュゥべえの言葉だけだった。

「キミの魂は、杏子の願いによってその体に固定されている、それ故に、その繋がりはとても強いものになってしまっている。もはやボクの手に負えないほどにね。つまり、キミの魂を取り出してソウルジェムに作り変えることが出来ない。だから、もうキミは魔法少女にはなれないんだ、さやか」

さやかの表情が驚愕と絶望の色に歪む。

一歩、二歩。押し下げられるようにその足が後退して。そのまま、壁にぶつかりずるりとさやかの体が崩れ落ちた。

それを、まどかはただ見ていることしか出来なかった。さやかがもう戦えないのだという事を、頭の中でだけは理解していた。そしてれは、もはやこの場に杏子を助ける事が出来るものが存在しないということで。

 

(じゃあ……さやかちゃんはもう、戦わなくて済むんだ。……っ!?)

そんな思いがまどかの脳裏をよぎる。それに安堵していた自分に、まどかは驚愕した。

 

「なによ、それ……なんで、なんでなのよっ!こんな事になったのは、全部あたしのせいなのに。なのに……なんで、あたしは何も出来ないのよ……っ」

自分が無力だという事実を突きつけられて、心が折れそうになる。一度折れてしまった心、再構成されたそれにもくっきりとその折れ目は残っていて。それは間違いなく、さやかの心の弱みとなっていた。

「今は信じるしかないね。杏子があの魔女を倒してくれることを」

「……キュゥべえ」

たとえどれだけ心の弱さを負ってでも、痛切なる状況が彼女の胸を貫いたとしても。それでも、さやかは再び立ち上がる。壁に手を突き、萎えそうになる足に喝を入れ。

それでもまだ、尚立ち上がるのだ。今立ち止まれば、本当に心が死んでしまう。絶望という、心を蝕む致死の毒。それに絡め取られる前に。

 

「杏子に、通信を飛ばして」

一歩でも、前へ進むために。

そして、さやかの言葉は杏子に届いた。

 

「さやか……助かったのか、よかった。本当に、よかった……」

聞こえたその声は、相変わらずの元気な声。それは確かな願いの成果で、その結果にまず、杏子は安堵し喜んだ。

「杏子、あんた……あたし達を助けるために、魔法少女になったんだってね。どうして、って思うけどさ、今はそんな事は聞かない。でも一つだけ言わせてよ」

「な、なんだよ……急に改まった風によ」

音声通信のみではあるが、どこか改まった調子の口調なのはわかる。思わず、ぎゅっと操縦桿を握る手に力が篭る。

「杏子。あんたには、山ほど言いたいことがあるんだ。お礼も文句も山ほどあるし、まだまだあんたと一緒にしたいことだってある。だから、だから……絶対に勝って、そして戻ってきなさいっ!!」

さやかはそう言い放つ。内心の弱音も、救われなかった二人のことも、全てを覆い隠して。伝えるのはただ、相変わらずな様子と一方的な約束だけ。重荷ではあるのかもしれない。それでも、伝えずにはいられなかったのだ。

 

「……ったく。目が覚めた側からうるさい奴だぜ。安心しな。必ず帰るからさ。今度こそ、こんな馬鹿げた悪夢は終わりにしようぜ」

「……あたし、待ってるから」

「ああ、待ってろ」

言葉は軽く、そして強く。通信は途切れ。死兵の葬列が杏子を飲み込もうと迫る。

「来やがれ――残らず灼いてやるよ」」

不敵に笑って、杏子はそれに立ち向かう。

 

 

「こいつら全員相手にする必要なんざねぇ。狙うは中枢、魔女を叩けばそれで終わるっ!」

殺到する死兵群、取り囲まれれば集中砲火で蜂の巣は免れない。既に射程の長い波動砲がいくつか接近している。けれど、狙いはあまりにも甘い。飄々とかわして、六機のデコイを敵陣へと突入させた。

たちまちそれに群がる敵群、全方位からの集中砲火、全神経を回避することに集中させる。考え無しに群がりすぎて、敵は自らの攻撃で誘爆を巻き起こす。互いが互いに傷つけあう混沌とした火線の中を、デコイ達はかろうじて掻い潜っていく。

だが、やはり数の上での差は圧倒的で。取り囲まれて潰されて、全方位からの波動砲で消失するもの。包囲されたその空間ごとを、戦艦の艦首砲で吹き飛ばされたもの。圧倒的な質量に空間を制され、そのまま押しつぶされていくもの。

黒い雲のようにも見える死兵の群れの中、次々にデコイが散っていく。

だが、それも杏子の狙い通り。少し離れた場所からデコイに群がる敵群を眺めて、唇の端を喜色に歪めて杏子が笑う。

「ちったぁ頭使えっての、馬鹿野郎ども」

直後、その黒い雲の中心で巨大な爆発が巻き起こった。

 

「杏子の願いは、魂の再構成という結果を生んだ。それによって生じた魔法は、それもまた魂を生み出すものだったんだね」

杏子の戦いぶりをはるか後方で眺めながら、キュゥべえは静かに呟いた。

「もっとわかりやすく言いなさいっての」

当然、そんな言葉一つで全てが理解できるわけがない。さやかはふてくされたような顔で、軽くキュゥべえの半透明な体に指を突き刺した。

「要するに、魂を複製してるんだよ。キングス・マインドの生み出したデコイに、杏子が魔法で複製した魂が宿っている。つまり今、あのデコイはただのデコイじゃない。杏子と同じ技量と同じ考えをもつ、もう一人の杏子そのものだ」

「……杏子が合計七人、ってこと?まあ、頼りになりそうと言えばなりそうだけどさ」

いまいち理解しかねる、といった感じだが、それでもどうにか把握した様子のさやか。

「でも、たった七人で戦ってるってことなんだよね。あんなに沢山敵がいるのに……大丈夫かな、杏子ちゃんは」

心配そうに、遥か彼方の戦いを見つめるまどか。直後、ここからでも見えるほどに巨大な爆発が巻き起こった。

 

「爆発!?杏子は、杏子は無事なのっ!?」

「反応は消えていないよ。でも、これは……」

巨大な爆発、湧き上がる炎が渦を巻く。その凄惨な状況を遠目に眺めながら、キュゥべえはその耳をぴくりと動かした。

「杏子は、本当に自分の魂の複製を作ったようだね。あの爆発は……恐らく、ソウルジェムに溜め込まれたエネルギーと、デコイの波動エネルギーの同時開放。杏子はソウルジェムそのものを複製して、あのデコイに搭載したんだろう」

それが一体どれだけの魔力を消耗する行為であるか、それを試算して、すぐにキュゥべえはその表情を顰めた。とてもではないが、二度と出来るような芸当ではない。恐らくあれは、一発勝負の切り札なのだろう。

「これで魔女を倒せればよし、もしもだめなら……」

果たしてどうなるのだろう。固唾を飲んで、さやかとまどかは戦いの趨勢を見つめていた。

 

「道は開けた。……さあ、行くぜ」

六つの爆発は、そこに群がっていた敵のほとんどを吹き飛ばした。たとえ修復できるにしても、一度に全てが修復されるわけではない。後ろからどれだけ敵が押し寄せようと、たった一つ、魔女を倒せればそれで終わる。

 

道は開かれた。今こそ、最後の好機。

 

「……っ、ぐ。流石に、無茶しすぎたかな」

だが、それは突然訪れた。体の節々に感じる、気だるさをこれ以上ないほどに重くしたような感覚。限界が近づいているのが分かる。

それが限界を超えた時、自分も同じ物になるのだろう。あの、魔女と。

「まあ、ここが無茶のしどころだよ、なぁ?」

唇の端を歪めて不敵に笑う。何故だろう、これほど困難な状況に追い込まれてしまったというのに、それでも次から次へと笑みが漏れてくる。

確実に自分の限界を超える力。それを行使することの愉悦、戦いの高揚。そして、たった一人で戦うという逆境。その背に負うものの重さ。全てが、杏子の精神を限界にまで引き絞らせていた。

赤い機体が、より赤い炎の渦を駆け抜ける。今尚荒れ狂い、収まらぬ破壊を振り撒く灼熱。太陽とも見紛うその紅に身を焦がし、一直線に駆け抜ける。

 

「見えたぜ、魔女っ!!」

炎の海を突き抜けて、機体のあちこちから未だ炎を噴き出しながら。杏子はついに、魔女の居城へと辿りついた。無数の死兵の屍を、やがて蘇るそれを踏み越えて。

「デコイ全機スタンバイ完了。さあ、今度こそ、今度こそこれで終わりだ」

再び蘇る七機の編隊。姿は先ほどと同じ、キングス・マインドその物の姿。けれど今回はただのデコイ。先ほどのような仕込みをする余裕はなかった。それでもそれは七門の砲門。一斉にそれを解き放ち、魔女を打ち抜く刃となる。

だが、その前に立ちはだかる二機。砲身をパージした姿のババ・ヤガー。そして、ラグナロックⅡ。それは、かつての仲間の機体。

対峙していたのは一瞬。杏子は、無言。無言のまま、互いに破壊の力を携えすれ違う。波動の光が飛び交い、一瞬だけ空を破壊の色に染めた。

デコイが二機、すれ違った直後に弾けて消える。その背後では漆黒の二機が、かつての僚機が砕けて割れて墜ちていった。

 

「……本物は、もっと強かったさ」

それからようやく、自嘲気味に杏子は笑った。最早邪魔するものは何もない。

ついに眼前に迫った魔女。剣を携え盾を構えるその姿はまさしく異貌の騎士だろう。その剣が届くより遠い距離で、杏子はその盾すらも容易く打ち破る波動の一撃を解き放った。

計五発、纏めて撃ち放たれた波動砲。明確な破壊の力と、絶望を払う人の意思をもってそれは放たれ、構えた盾ごと魔女の身体を貫いた。

その胴を、頭部に波動の光が突き刺さり、徹底的に破壊を振りまいていく。その一撃を受け、ついに絶望の化身たる魔女はその動きを止めた。

「それで、油断すると思うかよ。こっちは嫌って程バイドの相手をしてたんだぜ。今更、頭を吹き飛ばした位で安心するかよっ!!」

フォースシュート。更に波動砲のチャージを開始。フォースは魔女の体内に食い込み、青い体液を流すその身体を焼き払っていく。更にもう一撃、放たれた波動砲は――。

「な……っ!?」

直下より割り込んできた巨大な艦体に阻まれて、魔女へと届くことはなかった。

 

「地球軍の新造艦……?ったく、こんなもんまでポンポン落とされてんじゃねぇっ!!」

立ちはだかるは漆黒の巨艦。それがまだ人の手によって動かされていた頃は、ニヴルヘイム級と呼ばれていた艦だった。

恐らく魔女はまだ生きている。それでも深手は負わせたはずだ。後一撃。とどめの一撃を叩き込むことさえできれば。

だが魔女へと至るその道は、ニヴルヘイム級が塞いでいる。

「掻い潜ってやる。ここで死んだら無駄死にじゃねぇかっ!!」

ニヴルヘイム級に備えられた、無数の武装が唸りをあげる。レーザーにミサイル、立て続けに放たれるそれをギリギリで掻い潜り、最短コースでニヴルヘイム級の外壁に沿って回るように通過した。

けれど、そこで待ち構えていたものは。

 

十隻を越える、軍艦の姿だった。

 

「う……ぁ」

放たれる、隙間すら見えないほどの火線。圧倒的物量による飽和攻撃。明確な形を持って迫るその死に。

「な、める……なぁぁぁァッッ!!!」

杏子は、立ち向かった。退路を塞ぐように迫り、最早面を為すレーザーの群れ。そのほんの僅かな隙間を、機体に火花を散らしながらすり抜けた。

息もつかせぬほどに迫り、互いに誘爆しあいながらもその向こうに更に迫るミサイル群を、かわしてかわして掻い潜る。

背後で爆発。機体が煽られ、一瞬その動きが止まる。その一瞬が、全てを決してしまった。降り注ぐレーザーの雨が、キングス・マインドの全身を貫いていく。爆発の嵐が吹き荒れ、さらにその機体を焼いていく。

レールガンが、スラスターが、バーニアが、砕けて割れて吹き飛ばされて、全てが爆発の彼方に消えていく。杏子が最後に見たものは、キャノピーから見える視界一杯に広がる大型ミサイルの姿だった。

直撃、そして衝撃、そして、熱。そして、全てが真っ白になった。

 

火だるまになった機体が、やけにゆっくり地表へと墜落していった。

 

「……杏子の機体の反応が消えた。どうやら、だめだったようだね」

「嘘……でしょ。そんなの、嘘だっ!!」

ゆっくりと頭を振るキュゥべえ。さやかは、通信を開いて呼びかけた。何度も、何度も呼びかけた。まどかも、一緒に呼びかけた。

 

返事は、一つとして返ることはなかった。

 

 

 

「ぁ……ぅ、ぐ」

搾り出すように声を出すと、熱にまみれた喉が引き攣れて痛む。体中が焼き尽くされていて、身じろぎするだけでも全身に激痛が走る。それでもまだ、燃え盛る機体の中で杏子は生きていた。

ソウルジェムに本体を移し、本物の魔法少女となったことで、杏子の身体は強化されていた。それ故に、杏子はこれほど激しい炎に包まれ、尚生きていた。

 

(……だめ、か)

機体は完全に炎に没した。動かそうとしても、反応は何一つ返ってこない。けれど、それでも不思議と気分は落ち着いていた。

 

(やるだけやったもんな。……あたし一人で、よくあそこまでやったもんだよ)

達成感が胸中を満たす。確かに目的を達することは出来なかった。誰も救われない、皆このまま果てるだろう。それでも、自分のやり遂げたことはその瞬間を、一瞬とはいえ遅らせたのだろう。

 

(このまま死ねば、あたしだって魔女にならずに済むさ。それでいいだろう?)

それは十分に成果と言える。誰もそれを残すことも伝えることも出来ないが、せめて最後は誇らしげに逝ける。

 

(……仕方ないだろ。方面軍一個分の戦力だぞ?一体一人で何が出来たって言うんだよ)

じり、と胸の奥を嫌なものがよぎる。焼かれる痛みとは別に、締め付けられるように胸の奥が痛くなる。

 

(これが、あたしの限界だよ。……恨んでくれるなよ、まどか、さやか)

誰かが耳元で囁いているような違和感。煩い。喋るな。もういい、もう疲れた。もう沢山だ。

 

(……マミ、ほむら。すぐそっちに行くぜ。ロス、アーサー。案外早い再会になりそうだな)

仲間達の顔が、脳裏に浮んでいく。その生き様を、戦う様を、その心を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ・ざ・け・る・なぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 

激昂。そして絶叫。焼けた喉から血の蒸気が噴き出した。身体中を焼き尽くされる灼熱地獄の中で、杏子は全身全霊の叫び声を上げた。諦めを殴り飛ばし、弱気を蹴飛ばし、迫り来る死に舌を突き出した。

マミは、ほむらは、そしてロス達も、その命の最後の一片までもを燃やし尽くして戦い抜いたのだ。そんな命の炎を継いで今を戦うこの自分が、それを勝手に諦められるわけがない。そんなことをしてしまえば、向こうへ行っても合わせる顔があるはずがない。

戦うんだ、抗うんだ。その存在の最後の一片までも。

 

燃え上がる炎を吹き飛ばし、それより尚赤い光が吹き上がる。

何ができるのかなんて分からない。もしかしたら10秒後には生きていないのかもしれない。だとして、それがどうしたというのだ。ならばその10秒の間に、全ての敵を喰らい尽くせばいい。

「この力が魔法ってなら、それ位の奇跡は起こしてみせろってんだっ!」

迸る光が、魔力が何か形を成していく。それと同時に、何かがバキバキと砕けていく音が。ソウルジェムの変化した胸飾り、既に黒に染まったその宝玉がひび割れ始めた。

限界なのだ。最早これ以上、魔法を行使することもままならない。迸る光が、静かに収まっていく。

「限界……なんてのはなァ。越えるためにあるんだよ……ッ」

再び、今まで以上の勢いで迸る光。それは、夕暮れ色の世界を塗り替えていく。その存在に気付いた死兵が、その光を囲むように展開していく。まるで、これから産まれてくるものを迎えるように。

死兵達は、それが自らに敵するものではないことを知っていた。

 

世界が光に染め上げられていく。そして、世界は一変した。

 

「結界の中に、別の結界が発生している。……これは、恐らく杏子だろうね」

突如として出現した真紅のドーム。それは敵軍全てを飲み込んで、九条提督や他の地球軍、そしてティー・パーティーを飲み込む直前でその拡大を押し留めた。

「杏子?杏子は生きてるの?ねえ、キュゥべえっ!?」

「……杏子は、いや。杏子だったものは、結界を作って全てを閉じ込めた。結界を作り得たということは、彼女もまた、なってしまったのだろうね、魔女に」

「……そんな、そんなっ」

希望尽き。あとはいずれ訪れる死を待つしかないのだろうか。膝を突き、床に拳を突き立てて。自らの無力を嘆く。そんなさやかの姿を見つめて、まどかは一歩前に出た。

 

「キュゥべえ。私、契約するよ」

「まどか……本気、なの?」

まどかはさやかの顔を見て、それから小さく微笑んで。すぐにその表情を引き締めて、キュゥべえの姿をじっと見つめた。

「杏子ちゃんと約束したんだ。杏子ちゃんがだめだったら、次は私だって。さあ、キュゥべえ。私の願いを言うよ」

「そうだね、もしかしたらキミなら、まだ少しは望みがあるのかもしれない。さあ、願いを言ってごらん、まどか」

目を閉じて、小さく深呼吸をして。そしてその目を開く。

 

「私の、願いは――」

――その必要はないぜ、まどか。

 

「っ?!杏子……ちゃんっ!?」

声は、届けられた。まどかの心にその声は、確かに届いたのだ。

――あたしはまだ、大丈夫。だから任せろ。それと……さやかを、頼む。

「待ってよ杏子ちゃんっ!何するの、ねえ、杏子ちゃんっ!!」

それきりで、声は途切れた。もう、何も聞こえない。

「まどか……どうしちゃったの?」

そんな様子に、不可解なものを見るようにさやかが尋ねた。まどかは、そんなさやかに振り向いて。

「杏子ちゃん……まだ、生きてる。生きて、戦ってる」

「っ、まさか、声が聞こえたのかい?」

驚いたように、キュゥべえはまどかに声をかける。キュゥべえにすらそれを知覚することは出来ないが、まどかの反応からはそうとしか推測できない。事実、まどかもそれに小さく頷いた。

「杏子ちゃんは、まだ戦ってるんだ」

そして確信を篭めて、まどかはそう言った。

 

復元された、キングス・マインドのコクピットの中。赤く燃え上がるような、否。最早炎そのもので出来た衣を纏って、杏子はそこにいた。

その胸飾りは既に砕け散り、砕けた後には何か黒いものが覗いている。

「もう少しだけ、待ってくれるみたいだな。あたしの運命は」

その瞳にも炎を宿して、杏子は操縦桿を握り締めた。

今の杏子は最早ほとんど魔女になりかけている。それこそ、結界を作れるほどにそちら側に引きずり込まれていたのだ。最早、それを留める方法はない。

ならば、そうなる前に全てを終わらせるだけだ。

眼前に臨む死兵。全部纏めて結界の中に取り込んだ。一緒に潰して、ここで全てを終わらせる。死兵の群れもそこにいるのが敵だと気付いたようで、機首を向け、震える波動を蓄え始めた。

「正真正銘、これで最後の最後だ。……行くぜ」

そんな杏子の眼前を、巨大な影が覆いつくした。

 

「……おいおい、あんたまで来たのかよ。死に損ない」

それはかつての悪夢の象徴。英雄が振るった力。禍々しき赤を携え、その異貌をまざまざと見せ付けていた。

 

――コンバイラベーラ。

 

彼は、既にチャージを完了させていた艦首砲。フラガラッハ砲Ⅱを――迫る死兵の群れへと向けて、叩き込んだ。

 

「な……」

二股に分かれ、更に拡散するその一撃が、無数の敵を巻き込み蹴散らしていく。その成果に、彼は満足そうに頷いてから。

「――援軍の到着だ」

彼――ジェイド・ロスは、杏子にそう告げた。

 

「ロス、どうしてっ!?」

疑問が頭の中を支配する。だが、彼は考える余裕を与えない。

「ぼーっとしている場合か、キョーコ。敵が来る。君のやらなければならないことは何だ?」

「っ……そうだったな。ロス。あいつらを蹴散らす。盾になってくれ」

状況はさっぱり分からない。けれどその力強い声は、記憶の中のロスの姿そのもので。また共に戦える。その事実だけで、杏子は胸が一杯になっていた。

「ああ、このまま中央を突破するぞ。……皆も来ている。戦力的には、十分だ」

「皆……って、っ!?」

無数の機体の反応。

その正体を確かめて、杏子の顔にはこれ以上ないほどの驚愕が張り付いた。

 

「あまりもたもたしていると、置いていくわよ。杏子」

「周りの敵は任せてね。全て私が狙い打ってあげるわ。杏子」

 

嗚呼、その姿は。

「ま、やっぱりヒーローは遅れて、だが絶妙のタイミングでやってくる。そういうこった。行こうぜ、キョーコ」

 

「ほむら、マミっ。アーサーっ」

それだけではない。新たに表れた黒と赤、凶暴なシルエット。その機体は。

「それだけじゃないよっ、私も助けに来たんだ、キョーコっ!!」

「ゆま……お前まで、どうしてっ」

更に、その後ろに次々と現れる機影。それはどれも、かつて杏子と共に戦った仲間達。その誰もが、口々に杏子に声をかけ、戦う力を繋いでいく。

「なんで、どうして……こんな」

会いたかった人達が、もう会えなくなってしまった人達が。全てが一同に会し、戦う為に力を合わせている。

R戦闘機が、バイドの戦闘機が、それは余りに異様な光景。杏子には、それがこの世のものとは思えなかった。実は自分は、一足先にあの世とやらへ行ってしまったのではないかと、そう思ってしまうほどに。

 

「迷うのも無理はないわ。杏子。……でも、これは貴女の力が生み出した現実なのよ」

戸惑う杏子に、マミが声をかける。

「貴女の魔法が、貴女の記憶が、私達の魂を作り出した。そしてこの世界が、私達の魂に基づく形。戦う為の力を作り出したの」

「あたしの、魔法が……?」

その言葉を、ほむらが次いだ。

「そう、杏子が私達を覚えていてくれたから、私達の事を想っていてくれたから。だから貴女は、私達を作ることができた。だからこそ私達は、杏子と共に戦うことができる」

「要するに、お前が今まで必死に生き抜いてきた、戦い抜いてきた人生は無駄なんかじゃなかった。今こうして、お前の仲間を救うことができるってこった。キョーコ」

アーサーが。そして。

「ゆま達は、杏子の記憶から生み出された存在なんだ。でも、そんな形でも呼んでくれたから。ゆま達はもう一度杏子に会えた。例え今だけでも、キョーコと一緒に戦えるんだよ。だからありがとっ、キョーコ」

元気な声で、ゆまがその言葉を締めた。

 

「ぁぁ……ぁぁぁっ」

その両手で目を覆って、杏子は零れ落ちる涙を隠そうともせずに嗚咽を漏らした。

嬉しかった。会いたいと思っていた人に会えた。今までの人生の全てが、この事実を持って肯定された。それだけでも、今までの辛い戦いの日々が報われた。嬉しい。そんな気持ちが、胸いっぱいに溢れてくる。

「キョーコ。君がもうすぐ魔女になるなら……我々は差し詰めその使い魔といったところだ。我々に命を下すのは君だ。――さあ、命令を」

炎を宿した杏子の機体。それを先頭に並ぶ機体群。

その全てが、杏子の命を待っていた。

「っ……ぐずっ。あ、ああ。分かってるっ!全軍、敵を突破し魔女を討つっ!あたしに……続けぇぇぇっ!!!」

続くのは、怒号。赤い炎を旗印とし、杏子の騎士団は迫る敵へと立ち向かう。

 

真紅の世界の中で、杏子の最後の戦いが始まった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。