魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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英雄を失い、あまりにも多くの犠牲を払い、人類が勝ち得た僅かな休息。
けれどその行く手には、更なる悪夢が迫り来る。
その脅威に抗うために、彼らは更なる業に手を染める。嬉々として。

その最中、二人の少女は出会ってしまった。
光を無くした少女と心を無くした少女、二人の出会いは運命なのか。
その運命は、彼女達を何処へと導いていくのだろうか。


第16話 ―わたしの、初めての友達―①

「では……状況を整理しようか」

重々しい沈黙が垂れ込めた円卓の中、男が口火を切った。

そこで行われていたのは、対バイド戦における最高の意思決定機関である、地球連合軍最高機関会議。その会議は、開始早々に暗礁に乗り上げ、暗い沈黙に包まれてしまっていた。その沈黙を切り裂いたのが、その議長であり地球連合軍最高指揮官でもあるこの男だった。

 

「……では、私の方から説明をさせていただきます」

その声に答えたのは地球連合軍の参謀次官である男だった。前任者を蹴落とし、その地位を磐石の物としたのはいいものの、それからさほど間を置かずしてこの一大事である。元より政治の方面に明るかったこの男にとっては、叩き上げの軍人や狂気の科学者を相手取るこの会議は、主な胃痛の種となっているのだった。

故に彼は今日も胃腸薬を飲み下し、やや青白い顔で眼前の文章を読み上げるのだった。

「先のバイド艦隊襲撃により、太陽系内の対バイド防衛戦力は、その約60%を失いました。これだけならば、予備役の部隊やオペレーション・ラストダンス用に温存していた戦力を投入すれば、何とか太陽系内の防衛体制を整えることはできると予測されています」

その言葉に、並び立つものたちの間から次々に嘆息が漏れる。

ジェイド・ロス率いるバイド艦隊は、寡兵ながらも太陽系に多大なる被害をもたらしていた。勿論それがかつての英雄の所業であるということを彼らは知らない、知る由もない。だからこそ、その被害の大きさに純粋に驚愕と落胆を感じていたのである。

そして、続く言葉は更に深い絶望をもたらした。

「ですが、天文台からの報告がありました。あのバイド艦隊が開いた道を通って、バイドの大部隊が太陽系へと接近しています。概算ですが、早く見積もっても三ヶ月後には太陽系に到着するかと思われます」

余りの驚愕に、最早声を漏らす者すらもいなかった。

 

「……大部隊、とは。具体的にどの程度の数か把握はしているのかね」

将校の一人が、重々しく口を開いた。その表情には、驚愕と僅かな希望に縋るような色が映されていて。

「観測の結果によれば、今回襲撃してきた敵部隊と同程度の規模かと。その程度の部隊が、現在確認されているもので計7つ。現在も、続々と地球へ向けて近づいているとのことです」

「な……っ」

まさしく絶句。二の句を継げずに、その男は深く椅子に腰を落とした。会議の空気に諦めの色が濃く映し出されていく。戦力の大部分を失った人類に、かつてない規模を持ってバイドの大部隊が襲い掛かってくるのである。

絶望するには、十分すぎるほどの状況だった。

 

「っ!そうだ、オペレーション・ラストダンスはどうなった!?あれを今すぐ発令させて、敵が来る前にバイドの中枢を討てばっ!」

そんな絶望に陥りそうになる心を奮い立たせて、僅かな希望を探して政府高官が切り出した。けれど、そんな言葉も予想通りだったのだろう、参謀次官は首を小さく振って。

「先のバイド艦隊との戦いの最中、オペレーション・ラストダンスのパイロットとして選定されていた暁美ほむらが死亡しました。今すぐにオペレーション・ラストダンスを遂行することは不可能です」

「だ、だが優秀なパイロットなら他にいるはずだっ!究極互換機が完成しているなら、他のパイロットを乗せて……」

尚も、諦めきれずに詰め寄るその言葉を、一人の老人の声が遮った。

 

「無理だ。究極互換機はまさしく究極のワンオフ機。設計の段階からパイロットとなる人物の全生体データを参照し、常にその人物にとって最適なレスポンスを返すように作られておる。それをするためには、長期間に渡る機体とのマッチング作業が必要だ。既に完成した究極互換機は暁美ほむらとのマッチングを完了している。今から別の人物にするとなるとそれこそ、一から作り直すに等しい手間がかかるだろうな」

「ぐっ……なら、一体どうしろと言うのだっ!まさか、このまま座して人類の滅亡を待つわけでもあるまいっ!!」

激昂した男が、円卓にその手を叩き付ける。またしても、痛いほどの沈黙が場を支配する。そんな沈黙の中、また別の男が静かに口を開いた。

 

「本当に、アークに頼るより他無いと言うのか……」

「……そちらの作業は順調です。建造自体は一月後には完成するでしょう。人員の選定についても秘密裏に遂行中です。最短で二ヶ月後には全工程が完了することでしょう」

アーク。それはまさしくその名の通りの箱舟である。激化するバイドとの戦い。その中で万が一人類がその種の存亡に関わるような事態に陥った時、それでも尚その種を保つ為に作り出した最後の手段。それが、今語られているアークだった。

アテナイエと同程度のサイズの人口天体に、地球上に存在するありとあらゆる動植物の遺伝子データを保存。それと同時に、全人類200億人の中から10万人程度を選別し収容する。

それだけの人類を生存させ得る食料プラントや各種生産施設、コールドスリープ装置さえも搭載して、遂に人類の存亡の急となった場合には、バイドの難を逃れて太陽系を脱出し、人類が生存し得る新天地を求めて、果てない宇宙の旅を始める。

アークは、その為の巨大な宇宙船だった。その建造は、オペレーション・ラストダンスの片隅で極秘裏に行われている。当然、そんなものの存在が知れれば途方もないパニックが生じることが予測されたため、その存在は徹底的に秘匿されたまま現在まで経過していたのである。

 

「唯一の救いだな、アークが間に合いそうだというのは。とは言え、このまま手をこまねいているわけにも行かん。なんとか迫り来る敵を打破し、オペレーション・ラストダンスの遂行にこぎつけなければな」

いよいよ持って、人類には絶望的な状況が突きつけられていた。それでもこの男、地球連合軍最高指揮官の表情は揺るがない。絶望的な状況であろうとも、否、絶望的な状況だからこそ、それに打ちひしがれて足を止めるような余裕は、人類にはありはしないのだ。

「……策は、ないこともないがな」

先ほどの老人、TEAM R-TYPEの研究者が再び口を開いた。その言葉に、俄かに会議にざわめきが蘇る。

「聞かせてもらおう」

そのざわめきを制して司令が続きを促した。

「まあ、その為にはお前さん方の力も必要なんだがな。M型の適合者を集めてもらいたいのだよ。それこそ大量にな」

再び、ざわめきが大きくなった。

 

「M型、というと……確か、特殊な素質を持った少女のことだったな。それも、第二次性長期前後の」

「然り。ざっと3000人程度用意できれば、今地球に接近しているバイドの部隊を殲滅することも容易いだろうな」

「なっ……無茶を言うな、無茶をっ!今ですら、M型の調達は非常に手間がかかる仕事なんだぞ」

たちまち、一人の男が食って掛かる。軍内部の人事を統括するその男は、M型適合者、つまるところの魔法少女を集めることの大変さをよく知っていた。

 

「そもそも素質のある人間を探すのだって大仕事なんだぞ。それにそんな少女を戦わせるようなことが表沙汰になってみろ、それこそ大問題だ。おおっぴらに人を集められないからこそこんなに我々は苦労していると言うのに、随分と簡単に言ってくれるなっ!」

こんな戦時にあって尚、むしろこのような戦時だからこそ非道な実験というのは最早憚ることなく行われている。その急進こそがTEAM R-TYPEなのである。

しかしそれはいずれも秘密のベールの向こうに包まれ、余人の知る由もないところであった。大量の魔法少女を集めるということは、最早その存在を、年端も行かない少女を戦わせているという事実を公表するということに他ならない。間違いなく、激しい非難を受けることは避けられなかった。

「心中は察するがね。そうしなければ人類は滅ぶ。たかだか数千人の少女の命を取るか、それとも皆揃って仲良く滅亡するかだ。……選択の余地、迷う時間があると本当に思っているのかね?」

そんな怒りを浮かべる男の言葉に、さも愉快そうに老人は笑い、そして告げる。

「期限はギリギリで二月、といったところかな。用意できた側から送ってくれればいい。後はこちらで処理をするでな。くく……」

 

「……一応聞いておくが、今度はどんな悪趣味なことをするつもりだね?」

そんな愉悦を隠そうともしない老人。あからさまに見せ付けられる狂気に、円卓を囲む者たちは困惑や嫌悪感を隠しきれずにいた。その中で一人、司令が静かに問いかけた。

「リサイクル、という奴だ。魔法についての研究も進められるし、残りカスまで有効に活用できる。まったく、M型というのは本当に面白い玩具だよ。バイドとの戦争が終わったら、次はその研究をすることにしようか」

そう言って、老人は耳障りな声で笑った。最早円卓の中に、それを留められるものは誰もいない。

「……では、対バイドのことはそちらに一任することにしよう。経過報告だけは欠かさぬように。後はオペレーション・ラストダンスに関わる新たなパイロット候補の選定だが……」

 

かくして、尚も会議は踊るのであった。

 

 

 

「鹿目まどかさん、どうぞ」

名前を呼ばれて、まどかは立ち上がった。その手を誰かの手が取った。そして、ゆっくりと歩き出す。

 

――こんな歳の子なのに、可哀想に。

 

手を引かれてゆっくりと歩き、扉を一つくぐる。

「さあ、ここに座ってください」

促されるまま手探りに、まどかは椅子を探り当てた。そのまま、そこに腰を下ろした。

 

――一体、この子に何が起こっているのだろうな。

 

「それじゃあ診察しますよ、鹿目さん。目を開けてくださいね」

今まで目を閉じていたのかとまどかは気付く。そしてその目を静かに開いた。そこにある景色は、今までのものと何も変わりはしない。

病院の診察室。看護師に身体を支えられ、医師がまどかの目を診ている。その目は虚ろに開かれて、まるで何も映されていないようだった。

 

ティー・パーティーのブリッジで、工作機のアームによって重症を負ったまどかは戦闘が終わり、結界が消失してすぐに病院へと搬送された。幸いなことに命に別状はなく、脳などの重要器官にも目立った損傷は見られなかった。

だが唯一つ変わってしまったもの、それがまどかの視力だった。まどかは事故の後、視力を完全に失ってしまっていたのだった。すぐさま精密検査が行われたが、いずれも異常は見られなかった。

なぜ視力が失われてしまったのか、この時代の進んだ医療でさえもその原因を見つけることはできなかったのだ。かくしてまどかは今なお光の無い、暗闇の世界の中で生き続けている。

 

「……明るくなったような感じはするかい?」

「いいえ。……何も、見えません」

医師が開かれたその目にさっとライトを当てる。反射的な瞳孔の変化さえ見られず、まどかもその明るさを知覚することが出来なかった。

 

――相変わらず、か。やはり原因は精神的なものなの……か。

 

「それじゃあ、今日はこれでお終いだ。気をつけて部屋に戻るんだよ」

ひとしきり検査を行って得られた結果は、何も変わらない現状と、相変わらず暗闇の世界に囚われたままのまどかだけだった。それに内心の落胆を抱えつつも、医師は勤めて明るくまどかを送り出した。

 

再び、看護師に手を引かれてまどかは部屋への道を辿る。

「もう今日は夕方の検査まで何も予定がないから、お散歩でもしよっか、まどかちゃん」

 

――ずっと部屋の中に閉じこもってばかりだもの、少しは身体を動かしてあげないと。

 

「いいんです。迷惑になっちゃうし。……動きたくないから」

まどかは、静かに首を振った。

 

――そんな顔して言われちゃったら、無理に言えないじゃない。

 

「……そう、わかったわ。それじゃあもし何かあったら、すぐに呼んでちょうだいね」

自分にあてがわれた部屋に着く。誰かが用意してくれたのだろうか、広い個室にまどかが一人。呼べばすぐにでも人は来てくれるのだろうけれど、どうにも寂しい気分を感じていた。

ベッドの上に座ると、握っていた手の感触が遠のいていく。まどかには、それが少し心細くもあった。そして扉が閉まり、まどかはまた一人きりになった。

 

「どんな顔、してるんだろうな。私」

まどかは静かに呟いて、枕元のイヤホンに手を伸ばした。手探りで掴んだそれを耳につけると、ラジオの音が聞こえてくる。

特に聞きたくて聞いている訳ではない。けれど、そうしなければ静かさに、そして聞こえてくる声に耐えられなかった。

 

 

そう、まどかに起こったもう一つの変化、それは。

 

「やっぱり、これって……その人の思ってること……なんだよね」

遂に、まどかの能力が本格的に覚醒を遂げていた。周囲の人間の心の声、思考が、無作為にまどかの中へと流れ込んできたのだった。それはとても辛く、まどかの心に大きな枷として圧し掛かっていた。

目が覚めて、最初に感じたのは暗闇。暗闇の世界に戸惑う内に、いつしか聞こえ始めた心の声。そして、落ち着いて改めて振り返り感じる、余りにも大きすぎる喪失。

ほむらが、マミが、杏子が死んだ。そしてさやかはどうしているのだろう。それを問うてみても、病院の人間からは何一つ答えは得られなかった。今のまどかが答えを得られないということは、つまり、本当に知らないということなのだろう。

 

「どうなるんだろ、私、これから。……どう、したのかな。さやかちゃん」

ベッドの上で膝を抱えて、そのままころんと横になる。どうしようもなく悲しいはずなのに、どうしようもなく苦しいはずなのに、心はほとんど動かなかった。

胸にぽっかりと大きな穴が開いてしまったかのように、まどかの心は途方もないほどの虚無感によってからっぽにされてしまっていた。

 

 

されど日は、また廻る。

人類はその種の存亡を懸け、さらなる狂気へとその身を投げ出していく。

M型適合者、つまるところの魔法少女を確保するため、若年者に対する適性調査が行われることとなった。そしてその中で素質のあるものは、有無を言わさずTEAM R-TYPEの元へと連行されていった。

最早体裁を気にすることすらもなく、その狂気はありとあらゆる場所へと振りかざされている。当然のように民衆の中に膨れ上がる、軍やその研究機関への不信。それすらも無視を決め込んで、迫る決戦に、種の存亡に、人類は邁進しているのだった。

 

そして、それでもまどかの生活は変わることはなかった。近くにいればそれだけで、聞きたくもない人の心を聞いてしまう。だからこそまどかは常に孤独を好み、静かな日々を過ごしていた。

さやかの現状は杳として知れず、キュゥべえからの接触もなく何も変わらぬ現状に、何も分からぬ現状に、まどかの精神は少しずつ追い詰められていった。

「……もう、無理だよ」

自室のベッドの上で、呆然とまどかは呟いた。どうにもならない現状は、酷くその心を打ち砕いていた。

押し寄せる絶対の孤独。耐えかねて誰かに接触すれば、容赦なくその本音が流れ込んでくる。それが本音であることがよくわかるからこそ、自分が接することがほんの僅かでも相手の負担となることが、まどかにはどうしても耐えられなかった。

孤独に耐えかね誰かを求め、心の声に耐えかね距離を取る。それは決して埋められない針鼠のジレンマ。けれどまどかに針はなく、その周囲を取り囲む全てが無数の針で覆われていた。

触れようとすれば突き刺さり、心を痛め傷を深める。まどかの精神は日に日に疲弊していった。そして、限界を迎えた。

 

「キュゥべえが言ってたのは、こういうことだったんだね」

まどかは立ち上がった。手を突き出して、手探りしながら。

 

「確かにそうだよ。こんなんじゃ、生きていけるわけないよ」

部屋の扉を開く。病院内はそこそこに静かだけれど、そこには多くの人がいる。病に苦しみ、鬱屈とした感情を抱え続ける者。死の恐怖に怯え、どうにかそれを内心に押し込めている者。その心の声の全てが針となって、まどかの心に突き刺さっていた。

 

「……静かな場所に、行かなきゃ」

まどかは、ゆっくりと歩き出した。壁に手をつき手すりを伝い、ゆっくり、ゆっくりと。

最近ほとんど食事も摂れていない。余り動いてもいない。萎えた身体に、足に鞭打って、無理やりどうにか歩を進める。上へ、上へ。

 

「はぁ……っ、階段、上るだけなのに。こんなに……辛いなん、てっ」

このまま力尽きて座り込んでしまえたら、どれだけ楽だろうか。そうすれば、誰かが見つけて部屋へと連れ戻されることになるだろう。きっと、誰も嫌な顔はしないはず。けれどその心の内はどうだろう。

それまで思っていた以上に、人の心は素直だった。いいことがあれば喜ぶし、嫌な事や面倒事があれば、少なからず嫌な言葉が混ざる。そんな声を聞くのが、まどかには耐えられなかった。

 

重い扉を開くと、まだ少し肌寒い風が病衣の下の肌を撫でた。暦の上ではもうじき春。けれど、まだまだ空気は肌寒かった。

「ここは、静かだな。……よかった」

ここには、風の吹き込む音しか聞こえてこなかった。誰の心の声もない。誰もいないということだろう。少しだけ、心が落ち着いた。

「ずっとここにいられたら……あはは、風邪引いちゃうよね」

手探りに、壁伝いにゆっくりと歩く。かしゃん、とその手に金網の感触が触れた。手を伸ばしてみるけれど、やはりかなり高い。乗り越えられるだろうかと考えてみたけれど、萎えた手足ではとてもそんな事は叶わなかった。

 

「やっぱり、だめ……かな」

かしゃん、ともう一度金網を揺らしてまどかは呟いた。限界だと、これ以上は耐えられないと、そう思ってここに来た。

自ら命を絶つということを、半ば本気で考えてしまっていた。けれどこうしていざ事に及ぶとなると、この場所で静かに風の音に耳を傾けていると。そんな澱んだ感情が、少しだけ和らいだような気がした。

「……もうちょっとだけ、頑張ろう。頑張れるよね、私」

ぎゅっと胸元を押さえて深呼吸。冷たく澄んだ空気が肺の中一杯に広がった。

そして息を吐き出す。澱んだ雰囲気と一緒に、大きく大きく。

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしたの、貴女?」

 

 

 

 

 

その声は、突然横から投げかけられた。

女の子の、声だった。

 

「え……っ!?だ、誰っ!?」

誰もいないはずだった、声なんて何も聞こえてこなかった。けれどもその声は聞こえてきて、まどかは酷く困惑した。そして、声のするほうに必死に手を突き出した。

「……貴女、目が見えないの?」

そんな様子にまどかの現状を察したのだろうか、少女がそう尋ねた。そして突き出されたまどかの手をそっと握る。不意に手に触れた柔らかな感触、ぴくりとまどかは身を震わせた。

「落ち着いて。わたしは……ここにいる」

「ぁ……っ」

その手が、ぎゅっと両手で包まれた。暖かで柔らかな手が、ふんわりとまどかの手を包んでいた。それでも尚、まどかの心に声は響いてこない。

それが何を意味するのか、まどかにはわからない。ただ、その本心を気にすることなく共にいられる人がいる。

「ぁ……貴女、は。誰なの?」

その手に、更に自分の手を重ねて、震える声でまどかは尋ねた。

 

「……分からないの、自分が誰なのか。何も覚えていない。気がついたら、この病院にいたの」

帰ってきた言葉はどこか寂しげで、そんな声色から人の気持ちを推し測る、それ自体がまどかには新鮮なことだった。

「そう、なんだ。……えと、私、鹿目まどか。その、えっと……もう少し一緒に、お話しててもいいかな?」

「……いいけれど、何も覚えていない人間と話をして、楽しいの?」

どこか、その少女は困惑していたようだった。何も覚えていない状態でこんなところで一人で佇んでいるのだから、もしかしたら一人で居たいのかもしれないと、まどかは思う。

けれど、その本心を知ることはできないのだ。ならば今は、今だけは自分の判断を信じて話してみようと、まどかは考えた。

「楽しいよっ、こうやって一緒にお話できるだけで、私は楽しいんだ」

「ぁ……っ。変わってる、ね。まどかは」

その少女は笑ったのだろうか、まどかにはわからなかったけれど、それでもどこか少女の声の調子が柔らかくなるのはわかった。

「うん、そうなんだ。私、変わってるみたい」

人の心の声が聞こえるのだから、それは飛び切りおかしなことだろう。十分に変わり者だよね、なんて自分に言い聞かせたりして、まどかは答えた。

 

「……ほんと、不思議な人だね。まどかは。でも……話し相手になってくれたら、わたしも寂しくなくて済む、かな」

声に冗談っぽさが混ざったのを感じて、まどかもにっこりと笑った。繋いだ手を、もう一度強く結んだ。

「じゃあ、よろしくねっ!……えっと、なんて呼んだらいいんだろ」

少女は自分の名前を知らない。まどかは少女の名前を知らない。誰も、少女をどう呼ぶべきなのかは分からない。

「まどかが、考えてくれないかな」

少女の言葉にまどかは一瞬きょとんとした顔をして、それからすぐに考え込むように首を傾げた。

「私が、かぁ。……うーん、どうしようかなぁ」

まどかは何度も考える。まさか適当な名前なんて付けられない。

その少女の存在は、まるでまどかにとっては果ての見えない暗闇の中で見つけた一筋の光。見つけてしまえばそれに縋るより他なく、その光はまどかの心の支えとなる。まどかにとってその光は、暗闇を払ってくれたもの。言うならばそれはまどかにとっての英雄だろう。

英雄。その言葉を背負った名前を、まどかは知っていた。

可愛らしい名前だし、いいよね。と。

 

「……スゥちゃん、って。呼んでもいいかな?」

「スゥ……?うん、わかった。じゃあ、わたしはスゥ。よろしくね、まどか」

「うん、よろしくねっ、スゥちゃんっ!」

手を取り合って、まどかは明るくそう言った。光の差さない世界の中が、俄かに明るくなったような気がしていた。

 

「ほら、こっちだよまどかっ!」

「んー……どこだろ、こっちかなー?」

まどかの右後方、少し離れたところでスゥが声をかけた。まどかは耳を澄ませてその声を聞いて、きょろきょろと首を廻らせた。そして。

「そこだーっ!」

と、声のする方に向かって飛びついた。その身体をスゥは力強く受け止めて、そのまま抱きしめた。

 

そこは病院内のレクリエーションルーム。他に人影はなく、部屋の中には二人きりで。まだまだ日は高く、窓から差し込む日差しは柔らかだった。

「ふふ、正解だよ、まどか」

スゥに抱きしめられて、自分からも手を回して抱き返してまどかは笑った。確かに受け止められたのを感じて、嬉しそうに笑っていた。そしてそのままぺたぺたと、スゥの顔のあちこちに手のひらを這わせた。

「くすぐったいよ、もう。……まどかってば」

まどかは目が見えない。だからこうして触れて確かめている。それがよくわかっているからスゥは抵抗しようともしない。そんな風にじゃれあっていると、段々とその手が目から鼻、鼻から頬へ、頬から顎へと降りてきて、そのまま首筋にまでぺたぺたと手が迫る。

「ちょ、ちょっと、まどかっ!?」

背筋にぞくり、と妙な感覚が走って、スゥはその手を掴んで引き剥がした。

 

「あはは、やっぱりだめかな……私は、もっと一杯スゥちゃんのこと知りたいって思うんだけどな」

手を掴まれたまま、照れたようにまどかは笑った。触れることでしか形が分からない。それがどうにも寂しくて、ついつい手が伸びてしまう。まどかにとってスゥは、そうして確かめることの出来る唯一の人なのだから、確かめたくなってしまうのも当然と言えた。

「そう言われると……その、あぅ」

そしてスゥにとってのまどかもまた、たった一人の友達なのだ。何も知らない、覚えていない自分にそんなことなど意にも介さず接してくれる、たった一人の大切な友達。

だからこそスゥもまた、できるだけまどかと一緒に居たいと思った。確かめたいというのなら、そうさせてあげたい、と。

 

「だめ……かな?」

もう一押し、とばかりに小さく首を傾げて見るまどか。その仕草はどうにも可愛らしくて、主に恥ずかしさで築かれた牙城がぐらり、と揺らぐのをスゥは感じていた。

「………ま、まどかがそうしたいなら……いい」

「わーいっ!ありがとっ、スゥちゃんっ!」

ぴょん、と再びまどかが飛びついてきた。不意を突かれて、今度はスゥの体も揺らぐ。そのまま二人、折り重なるようにしてレクリエーションルームの床に倒れこんでしまった。

 

スゥとの出会いから数日。お互いがまるでお互いを求め合うようにして出会った二人は、すぐさま仲良くなった。

相変わらずまどかの世界は暗闇で、スゥの記憶は忘却に塗れている。けれど、どちらもそんなことは気にしなかった。ただ重く圧し掛かる絶望を忘れさせる術として、そしていつしか大切な、唯一無二の友達として。お互いが、そう思いあうようになっていた。

「それじゃっ、スゥちゃんはどんな子なのかなー、確かめてみようっと」

そして再び、押し倒したような姿勢のままでまどかの手がスゥに伸び、もう一度その鼻先から、顔立ちに沿ってすっと手のひらでなぞっていく。まだ少女の顔つき。艶のある頬の感触は、触れているだけですべすべぷにぷにと心地よかった。

「うぅ……なんだかくすぐったい」

もぞ、とスゥは小さく身を捩る。その間にもまどかの手はうなじをくすぐるように撫でて、そのまま短い髪をくしゃくしゃと弄り回した。スゥが言うには黒髪なのだという。もしかしたら日本人なのかもしれない。

 

「スゥちゃんの髪は、短いけどさらさらなんだよね。これはきっと、伸ばしたりしたらすっごく綺麗になると思うな」

満足げに髪を指で梳く。確かにその髪は短かったけれど、指の間をさらさらと流れていった。髪を梳くだけではちょっと物足りなくなって、今度は耳元に指を這わせて。

「ひゃっ!?ま……まどかぁ」

ぴく、と小さく身を震わせて、同じく震えた声を上げるスゥ。

「ふふ、逃げちゃだめだよスゥちゃ~ん」

耳たぶに指を添え、指先でくすぐるように軽く擦る。くすぐったくて逃げようとするスゥの体に圧し掛かって、逃げられないように押さえつけた。

指が這うたびに小さく震えるスゥの反応が可愛らしくて、きっと真っ赤に染まっているであろう顔を想像するだけで、まどかの頬は知らず知らずの内に緩んでいた。

「本当に、顔が見られないのが残念だな。きっと今のスゥちゃん、すごく可愛い顔してると思うんだけどなー♪」

「は……恥ずかしいよ、まどかっ」

やはりそんな反応が可愛くて、もっといじめてみたくなる。こんなに意地悪になっちゃうなんて、それがまたまどかには可笑しくてしかたがなかった。

 

「それじゃ、次は……っと」

再びまどかの手が首筋を這う。これがもし何らかの疚しい気持ちの下に行われていたのだとしたら、スゥもさっくりと抜け出すこともできたのだろうが、今回ばかりは状況が違う。

まどかは純粋にスゥの姿形を確かめようとしているだけで、どちらかといえばじゃれ付いているような雰囲気なのだ。それに、なにやらとても楽しそう。

そんなに楽しそうにされてしまうと、スゥとしてもあまり無碍にはできないもので。結局はくすぐったさに身悶えしながら、堪え切れずに笑い出してしまいながらひたすらに、まどかの指の餌食とされ続けるしかなかったのだ。

そしてその手は首筋を通り越して肩口へ。病衣はずいぶんゆったりとしていたから、まどかの手はするりと容易に肩口へと潜り込んだ。

 

「まど……か。まだ、続ける……の?」

「もちろん続けるよ、まだまだ始まったばかりじゃない」

躊躇いがちに問いかけるスゥに、まどかはにんまりと笑ってそう答えた。言葉と同時に潜り込んできたまどかの手は、少し冷たくて。ひんやりとした手がシャツ越しに肩に触れると、スゥは思わず飛び上がりそうになってしまった。

「う……ひぅっ!ま、まどか……やっぱり、くすぐったい…よぉ」

「ふふ、スゥちゃんってば本当に身体が細いんだねー。ちょっと羨ましいくらい……あ、でも結構がっしりしてるのかな」

ふにふに、と肩口から差し入れた手でスゥの二の腕を軽く揉む。

無駄な肉などは一切付いていない、細さと柔らかさを兼ね備えながらもしなやかな身体。それは肉体工学的な知識が皆無なまどかからしても、ちょっと惚れ惚れしてしまうような体付きだった。

「~っ!?ひぁ、ふゃぁっ?!ま、まどかぁ……」

そんな風に感嘆している間にも、スゥは恥ずかしいやらこそばゆいやらですっかり顔を紅潮させて、抵抗らしい抵抗も全く出来なくなっていて。ただただ小さく身を震わせるだけだった。

 

「っ、はぁ……ぁ、ふぁぁ~……ッ」

それでもまどかの手は止まらない。

なんだか怪しげな雰囲気に、半ば暴走しているのだろうか。さらには脇腹のあたりに指先を細かく這わせて、スゥをくすぐったさで悶絶させてみたり。

足の先から、股の付け根の際どいところにまでゆっくりと揉み解すように、感触を確かめるようにその手を這わせてみたり。

実にやりたい放題で、全く持ってけしからんことであった。

「ひゃひぃっ!?りゃ……りゃめぇ、まろかぁ~……っ」

くすぐったさの中に混じる奇妙な感触、それをじっくり考える間もなくまどかの手は這い回る。言葉さえ上手く出せなくなって、身体はどんどんと熱さを帯びてくる。

仰向けにされ、背筋がなぞられる。それは、ぴんと背筋からつま先までも伸びてしまうほどに強い刺激で。スゥの全身からすっかり力を奪ってしまった。

まあ、語弊の類を恐れない言い方をするならば……骨抜きにされてしまったと言うべきか。

 

「はぁぁ……スゥちゃんは、本当に可愛いなぁ。 どこを触っても、柔らかくてすべすべだし……可愛い声だし」

まどかも、すっかり雰囲気に流されてしまったのだろう。光を失ったはずの目を、なにやら違う光でぎらぎらと輝かせて、その指をわきわきと動かしながら、尚もスゥに迫る。

次の目的は、まだ一切触れてもいないお腹。きっと引き締まった身体をしているスゥのことだから、たるみなんて一切ないのだろう。その後はそのまま上に登って、そのささやかな膨らみを……。

 

 

「こほん。あー、そういう取っ組み合いは、余り感心したことではないね」

 

――なにこれエロい。

 

二つの声が、なにやら奇妙な愉悦に浸っていたまどかの精神を正気へと引き戻した。一つは実際に放たれた声。もう一つは心の声……要するに本音ということで。

声をかけた人物は、病院のスタッフらしい若い男だった。

 

――折角いいところだったのに、空気読めよな。

 

更に、別の誰かの声。

誰かに、見られている。その事実を認識した途端、まどかの顔は一気に朱に染まった。

 

――折角のお楽しみを邪魔するとは。拷問だ!とにかく拷問にかけろ!

――私はあの少女達に狂おしいほどの劣情を抱いている。

――そんなことよりおなかがすいたよ。

 

声、声、声。その声は口々にまどかの心に飛び込んでくる。今すぐにでもこの場を逃げ出したかった。けれど、暗闇の世界の中ではそこまで自由には動けない。

何よりも、見られていたという事実がまどかの足を竦ませていた。

 

そんなまどかの震える手を、力強く引く手があった。

「行こう、まどかっ!」

「ぁ……スゥ、ちゃん。……うんっ!」

くすぐりの余韻から即座に立ち直り、スゥはまどかの窮地を救うために立ち上がったのだった。そんなスゥに手を引かれ、逃げるようにまどかもその場を後にした。

手を引かれ、導かれるままに走る内に、いつしか手の震えは消えていて。自分の進むべき道をスゥが導いていてくれること、それがたまらなく嬉しかった。

(やっぱり、スゥちゃんは私の英雄なのかもしれないな。……ね、スゥちゃん)

静かに微笑み、手を引かれて走りながら。まどかは、幸せな想像を廻らせていた。

 

逃げ出し逃げ延び、たどり着いたのはまどかの病室。ベッドに二人で腰掛けて、ようやくまどかの息も落ち着いてきた頃に。

「……落ち着いた、まどか?」

「うん、ありがと、スゥちゃん。……でも、ちょっと惜しかったな。もうちょっとで、スゥちゃんを全部確かめられたのに」

恐怖の余波も、走った疲れもようやく幾分か抜けたようで、少しだけ冗談めかしてまどかは笑った。そんなまどかに、スゥは少しだけ躊躇ってから、やがて覚悟を決めたかの様に呟いた。

 

「……もっと、触って…みる?」

「いいの、スゥちゃんっ!」

ぱぁ、と途端にまどかの表情が明るくなった。その変わり身の早さに、スゥは驚き少しだけ苦笑して、それからまどかの手を取った。

「まどかがそうしたいなら、わたしは…構わないよ。それにここなら、きっとしばらく誰も来ないから」

「じゃ、遠慮なくっ!」

言うや否や、まどかはスゥに覆いかぶさるようにベッドに倒れこんだ。その勢いにひるむ間もなく、まどかの手が肌が、スゥの身体のあちこちを這い回るのだった。

 

優に一時間ほどの時間の後、すっかりくたくたになってしまったスゥが、よろよろとまどかの部屋を出て行くのだった。ほんのりと、その頬を朱に染めて。

 

そして夜。二人一緒の時間も終わり、まどかは部屋の中で一人佇んでいた。物音も、誰かの声も聞こえないほどの静寂。

スゥがいる間は周囲の雑踏や心の声も、そんな静寂さえも気にはならなかった。けれどスゥがいない今、完全なる静寂が訪れる夜が、まどかは逆に恐ろしいとさえ感じてしまっていた。

思い出してしまうからだ。失ってしまった多くのものを。マミを、ほむらを、杏子を。

考えてしまうからだ。これから先の自分のことを。果たしてこれから自分はどうなるのだろうか、と。果たして、さやかは今一体どうしているのだろうか、と。

果てない夜の静寂は、耳が痛くなってしまうほどで。夜毎、それはまどかを苦しめていた。

そんな、静かな苦痛の病室に。

 

「まどか、まだ……起きてる?」

救いの声が、飛び込んだ。その声の主を部屋の中へと招きいれて、まどかは。

「スゥちゃん。どうして、一体どうやってここに来たの?」

「……色々。でも大丈夫。何も問題はないから」

力強くそう言ったスゥの顔は、笑っているような気がした。

たとえ目が見えていたとしても、何も見えないような暗がりの部屋の中。孤独であることに、そして自分が背負った罪の重さに押しつぶされそうになっていたまどかには、その力強いスゥの言葉は、そしてその存在は何よりも救いとなるものだったのだろう。

「でも、どうして……」

「今朝、まどかの目が腫れてたから。……もしかしたら、夜に泣いていたんじゃないかな、って思ったの」

「スゥ……ちゃん」

そんなところまで見ていてくれたのか、とまどかの胸に暖かなものがこみ上げてきた。先ほどまでその胸中を埋めていた、孤独と苦痛はその暖かなものに押し流されて。

後に残されていたのは、とても幸せなものだけだった。

隣に、大切な友達がいてくれること。それが何よりも、今のまどかには嬉しかったのだ。

 

「一人が寂しいなら、わたしはずっとまどかの側にいる。まどかは、わたしが守るから」

暗闇の中でもまっすぐに手を伸ばして、スゥはまどかの手を取った。

まどかにとってスゥがかけがえのない友達であるのと同じようにスゥにとっても、まどかはとても大切な友達だった。何も覚えていない自分に、こんなにも優しくしてくれる、接してくれる、話してくれる。

けれどまどかはとてもか弱くて、孤独に震えて怯えている。ならばどうする。記憶を持たない体でも、心は答えを知っていた。

 

守りたい。いや、守る。

だからそのためにずっと、まどかの側にあり続ける。この先の事を考えると、それは果てしなくて不安になる。だからそんなことは何一つ考えようともせずに、ただ一番大切な人と共にあり続けることだけを、スゥは考え望んでいた。

「スゥちゃん……うん、私も、スゥちゃんとずっと一緒にいるよ」

そんなスゥの思いはただスゥの中を力強く渦巻くだけで、まどかの心に声となって届きはしない。けれどその触れる手が、交わす声が、強い思いを伝えてくれていた。だからこそまどかも、正直な気持ちを告げた。

ずっと一緒にいたい、と。

けれどもう一つ。もう二度と、友達を失いたくないとそう思う気持ちだけは、どうしても打ち明けることができなかった。

 

「……そんなに悲しそうな顔をしないで、まどか」

「もしかして、明かりをつけてるのかな?」

病室の中は、お互いの顔も見えないような暗がりのはず。なのにスゥはそう言った。間違いなく、こちらの顔が見えているのだ。

「ううん、暗いまま。でも、まどかの顔はちゃんと見えるから、大丈夫」

「……そっか、スゥちゃんは、いつも私を見ててくれるんだね」

「うん。わたしはずっとまどかを見てる。まどかの側にいる。まどかを……守る」

握り合う手に力が篭る。その手を握り返して、まどかはおそらく笑顔であろう表情を浮かべた。これでもう、一人じゃない。孤独に苛まれることもなくなる。

そんな幸せな感情が、まどかの胸を埋め尽くしていた。

「ありがとう、スゥちゃん。私、すっごい幸せだよ」

それでよかったのか、と。心の中で呼びかける、静かな声には耳を閉ざした。守られていれば、何もできない、無力で可哀想な子供でいればきっともう、これ以上辛い目にあうこともなくなる。

きっとこの先、ずっと平和でいられるはずだから。

 

一つのベッドを分け合って、スゥとまどかが横になる。眠気は、まだどうにもやってこないようだった。だから。

「ね、スゥちゃん。まだ起きてる?」

「うん、起きてるよ。まどか」

「なんだか、まだ眠れないんだ。……眠くなるまで、お話ししない?」

ベッドの中で囁く声。返る言葉もまた囁きで。

スゥは、少しだけ考えてから答えた。

「わたしは構わない、けど。わたしは話せることが何もない。だから、まどかのことを聞かせてくれたら、嬉しい」

「……うん。じゃあ聞いて、スゥちゃん。私の話を」

 

まどかは静かに話し始めた。

両親の事、優しくて、家の事は何でもこなしてくれる父のこと。どんな仕事もバリバリこなす、働き者で厳しいけれど、よくまどかのことを理解している母のこと。

小学校のころ、見滝原へと転校してきたこと。そこで出会った……初めての、友達。

「……さやか、ちゃん」

思い出してしまった。それだけで胸が締め付けられるように痛くなる。

思い出してしまった。こうして身を寄せ合って夜を過ごした事を。初めてバイドと出会ってしまった時。全ての始まりの時。マミがバイドによって撃墜されてしまったあの時。

あの時もこんな痛みを堪えるように、同じ痛みを共有しあうように身を寄せ合っていたのだ。今はもう、生きているのかすらも知れないさやかと共に。

考えまいとしてきた。考えれば、向き合ってしまえばきっと受け止めきれない。罪と自責と、一人残されてしまったことの重さ。それに押しつぶされてしまいそうだったから。

 

堪えきれずに、その瞳からぽろぽろと零れる涙。

「ごめんね、スゥちゃん……私。泣き虫で、弱い子で……ごめん、ね」

その姿はどこまでも儚くて。声はただか細くて、闇にぼんやりと移るまどかの輪郭は、今にも闇に溶けて消えてしまいそうだった。

行かせるわけにはいかないと、そちら側へ行かせてはならないと、スゥは気づけばその手を伸ばし、まどかを強く抱きしめていた。

「まどかは悪くない。まどかは何も悪くない。何があったのかなんて知らない。でも、まどかが悪いことなんてあるはずない。まどかは何も心配しなくてもいい。まどかの側には、いつもわたしがいるから」

耳元でぶつけるように投げかけられたその囁きは、無残にもまどかの心を打ち据えていた暴力を、より強力な力で打ち払った。

間近で見詰め合う顔と顔。ようやく、まどかはうっすらと笑みを浮かべた。

「私、本当にスゥちゃんに頼って、守られてばっかりだね。……私も、スゥちゃんを助けてあげられたらいいんだけどな」

「わたしは、まどかがいてくれるだけで救われてるんだよ。だから、まどかが元気で笑っていてくれるのが、わたしには一番の幸せ」

二人の関係。それは一見、スゥがまどかを助けてばかり。まどかはスゥに依存している。そんな風にも見て取れる。

けれど、それと同じようにスゥもまどかを必要としていた。ただそこにいてくれることが、笑ってくれることが、言葉を交わし他愛ない戯れに興じることが、スゥにとってはただただ尊いことだったのだ。

 

それからは、ただひたすらに他愛ないおしゃべりをして。もっぱらスゥは聞き役に回るばかりだったけれど、それでも楽しんでいたようだった。そして気づけば、まどかは静かな寝息を立てていた。

非常に不安定な精神と、不完全な肉体を抱えて、心身共に疲弊しきっていたのだろう。まどかはそのまま、深い深い眠りの底へと落ちていく。

「…………」

寝息を立てるまどかを、スゥはしばらく優しく見つめて、やがてまどかの隣で静かに眠りにつこうとした。けれど。

 

「……う、ぅぐ。っぁ」

突如として聞こえる嗚咽。当然、その声の主は腕の中のまどか。困惑するスゥを尻目に、まどかはその身を激しく捩り、嗚咽を漏らし続ける。

「ぅぁぁぁ……ぁぁ、うあああぁぁあっ」

「まど、か……まどか、まどかっ!?」

そしてスゥは気付く。

夜毎、まどかはこうして泣いているのだと。朝、目元が腫れていた理由はこれなのだと。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ……私、何も、何も……うぁぁぁっ」

嗚咽の声は大きく、謝罪の言葉も混じって響く。暴れるように、まるで駄々をこねる子供のように振り回される手足が、何度もスゥの体を打った。

一体何が、そこまでまどかを苦しめているというのか。スゥにはそれが分からない。故に苦しく、その原因となったものが憎くもあった。

「マミさん、ほむらちゃん、杏子ちゃん……ロスさん、さやかちゃん。みんな、みんな……ぁぁ、あぁぁァああぁッ!」

まどかの言葉に、びくりとスゥの腕が強張った。それがまどかを苦しめているものの名前なのだと、そう確認したのだろう。

けれどなぜかそれだけではない、頭の奥で何かがざわめくような、ひどくぼけた映像がちらつくような不思議な感覚だった。そしてその感覚は、すぐさまその顔も知らない者たちへの恨みへと取って代わった。

 

「……大丈夫だよ、まどか。まどかを苦しめる奴は、全部わたしがやっつける。誰一人だって、許したりなんかしないから……まどか」

暴れようとする手足を、ぎゅっと抱きしめ押しとどめた。間近に近づく顔と顔。いやいやというように、激しく首を振りながら嗚咽を漏らすまどか。そんな姿を見ても尚、身の内に湧き上がるこの感情は何だろう。

たった一人の友達で、今のところ唯一の心を許せる人。誰よりも、何よりも大切な人。

まどかの笑っている顔を見ると、それだけで心が温かくなる。まどかの悲しんでいる顔を見ると、それだけで胸が痛くなる。

ずっと一緒にいたいと思う。ずっと笑っていてほしいと思う。ずっと、幸せでいてほしいと思う。……その気持ちは、なんなのだろう。

ある仮説がスゥ自身の中で立てられた時、スゥは、ひどく赤面した。記憶はなくとも知識はある。そんな不思議な彼女の頭脳は、必死にそれを払拭できる解を求めた。

友人としての好意。まだ足りない。彼女の全人格の肯定。どうにも無機質だ。共にありたい、一緒に幸せになりたいという思い。それがどこまでも昇華し取りうる形は。

 

「……恋?」

口に出すと、その言葉は不思議なほどに甘美な響きをしていた。わけも分からず胸がどきどきとして、腕の中で嗚咽をもらし続けるまどかがたまらなく愛しく思えてしまった。

どう見てもおかしい。女性同士だ、馬鹿げている。スゥの中の理性が、ありったけの理性が必死に弁解の言葉を並べ立てる。

「好き、なんだ。私……まどかのことが、好き」

けれどそんなものは、口から零れる明確な真理によって打ち砕かれた。吸い寄せられるように、まどかの顔にスゥの顔が近づいていく。その身を強く、硬く抱きしめたまま。

そしてスゥは、尚首を振り続けるまどかの額に、自分の額を触れさせた。

 

 

 

びり、と。

 

身体の奥よりもっと奥、心と言えるような場所で何かが生まれたような、芽生えたようなそんな気がした。気がつけば、まどかの手足も動きを止めて、嗚咽の声も止まっていた。

安らかに寝息をたてるまどかの顔は、殊更に輝いて見えて。触れ合った額から伝わる熱で、スゥの身体は燃えるように熱かった。その心臓は、早鐘のように打ちなされていた。

その衝動に導かれるままに、触れ合う額同士が離されて。代わりに近づくのは、ピンク色した小さな唇。視線は、寝息の度に微かに動く、まどかの唇に釘付けで。

ゆっくりとその距離が詰められていく。5センチが3センチ、それが2センチになり、そして。

 

「……ぷしゅー」

ぷつり、と何かが切れた感触。緊張の糸なのやら、我慢の限界なのやら知れぬそれがぷつりと切れて。もう、スゥは何も分からなくなってしまった。

ただ、その意識が途切れるや否やの直前に少しだけ、柔らかな何かに触れるのを唇が伝えてきたような、そんな気がしただけで。

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