魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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甘き日々は終わりを告げ、ささやかな平穏は破られる。
世界を席巻する狂気は、遂に少女達にその牙を剥く。

ただ大切な人のため。少女は再び、運命の輪にその身を投じる。


第16話 ―わたしの、初めての友達―②

――成長段階、最終固定完了。

 

 

(何、これ……。夢?)

 

 

            ――全神経回路接続。インプリンティング、第五領域まで到達。

 

 

               (でも、誰の……?)

 

 

     ――精神領域に欠損、固体への影響は軽微。

 

 

       (何かを、創ってる)

 

 

 

     ――CS2 No.013、全精製工程完了。生体電流通電開始。……起動します。

 

 

             (あれは、あれは………っ)

 

 

 

「やあ、まどか。久しぶりだね」

そんな、どこか歪なおかしな、けれど平和で幸せな日々。やはり今回も、その終わりを告げるのはこの声だった。

戦場から遠のき、平和と呼べるような日々を過ごしていたまどかには、それはもはや懐かしいとすら言えるようなもので。珍しく一人、病室に佇んでいたまどかの元に、遂にその声が飛び込んできたのだ。

「……キュゥべえ」

そのキュゥべえの声は、まどかに新たな波乱の幕開けを予感させるに十分過ぎるものだった。

 

「すまなかったね、今まで顔を見せることが出来なくて。本当はもう少し早く来るつもりだったんだけど、ボクも何かと忙しかったんだよ」

「そっか、そうだったんだ……でも、いいの?こんなところに来て。誰かに見られたりとか、しないのかな」

視覚を失ったことで鋭敏化されたまどかの感覚は、確かにそこに何かがいることに気付いていた。けれど、それが本当にキュゥべえなのかは分からない。今までに感じたことがないような感覚を、そこにある何かに感じていた。

「問題はないよ。今日のボクは本体で来たからね。素質のある人間以外にはボクを知覚することはできない。魔女の時と同じようにね」

そっか、とまどかは小さく答えた。だとすれば、この妙な気配はキュゥべえ本体のものなのだろう。宇宙人だとか、そんな突拍子もない話を前にしていたのを覚えている。

もしかしたら目の前にいるはずのキュゥべえは、いつも見ているあの小さな姿ではないのかもしれないな、とそんな風に考えて、小さくまどかは笑った。

 

「……ねえ、キュゥべえ。聞かせて。さやかちゃんは、どうなったの?」

そんな小さな笑みもかき消して、どこか深刻そうな顔をして。それから小さな深呼吸をして、ようやくまどかは問いかけた。キュゥべえなら、その答えを知っているはずだから。

「キミならそれを聞いてくると思っていたよ。結論から言うと、美樹さやかは生きている。ただ、そうだね。敢えてキミ達の言葉に直すなら、さやかは心を病んでしまっている」

え、とまどかの口から小さな言葉が漏れた。

「どういうことなの、キュゥべえ。さやかちゃんは無事なんだよね?心を……って、一体、どういうことなのっ!?」

努めて考え込まないようにしてきたこと。けれど、その事実が告げられてしまえばまどかは考えざるを得ない。さやかの身を、その現状を案じてしまうのは、無理もないことだった。

「さやかは今は病院で療養中のようだ。とはいえ、あれからボクもさやかに会いに行ったわけではないからね。今どうなっているのかどうか、詳しくは分からないのだけどね」

そんな必死に言葉を繋ぐまどかにも、静かにキュゥべえは首を振るだけだった。

 

「……会わせて、キュゥべえ」

「ボクに頼まずとも、普通に面会を申し込むことはできるはずだ。でも、さやかがいるのは別の病院だからね。その為にはまず、キミがここを出る必要がある」

「っ……それ、は」

ただ淡々と事実を告げるキュゥべえの言葉に、まどかは言葉に詰まってしまう。そもそもここを退院できるのだろうかという疑問。スゥと、ここでの平和で安らかな日々と決別しなければならないことへの逡巡。

外に出るということは、もっと沢山の人の中に揉まれて行くということでそれだけの人の心の声を聞きながら生きていけるのだろうかという、恐怖。

 

胸中に渦巻く感情を整理できず、押し黙ってしまったまどか。そんなまどかを見かねて、キュゥべえが静かに声をかけた。

「一応、キミの現状も把握しているよ。視力の喪失。そして恐らくそれがきっかけなのか、それともこれがきっかけで視力が失われたのかは分からないけれど、キミは他者の精神を、その思念を読み取ることが出来るようになっている。そうだろう、まどか?」

「えっ……キュゥべえ。どうしてそれを……?」

誰にも打ち明けられない悩みの種を、いきなりキュゥべえは言い当てたのだ。これにはまどかも驚いて、けれど何かいい対処法が見つかるのではないかというほんの僅かな期待も同時に抱いていた。

「当然だよ、まどか。これは自覚してやっていることではないのかもしれないけどね、キミは常に、周囲に全ての知的生命体の精神領域に対して干渉を行っている状態なんだよ。勿論、この星の文明レベルではそれを知覚することはできないだろうけどね」

「それじゃわからないよっ!……本当に、すごく困ってるんだから。お願い、キュゥべえ。一体何が起こっているのか教えて」

相変わらずの分かりづらい説明。常にその心の声に悩まされ続けてきたまどかには、それはどうにも耐え難いもので。思わず声を荒げて、キュゥべえのいるであろう方へと詰め寄った。

「簡単に、というのは難しいな。前にキミの能力の話をしただろう?高度に発達した精神ネットワーク。それが遂に、キミの自我領域を超越したのだろうね。拡散する精神ネットワークは他者の精神に干渉し、そこに伝達する思考をキミに伝えるに至った。そしてそれを、どうやらキミはまったく制御できずにいる」

無理もない、とキュゥべえは続けた。そんな説明は、やはりまどかにはどうにも理解しがたいことではあった。それでも一番大切なことは理解できた。

以前説明された能力、ロスや杏子と言葉を繋ぐ事ができたあの能力が、今は自分を苦しめているのだ、と。

 

「そうして拡大と進化を始めたキミの精神は、遂に人間の身体というハードの限界を超えたんだ。それほど強大な、限界を超えるような負荷に耐えるために、キミの身体は他の機能を失うことを選んだ。もしくは、視力が失われたことで能力がそれを補うために進化したのかもしれない」

「それじゃあ、私はずっとこのままなのかな。キュゥべえ」

「それを解決する方法を、ボクは既に示しておいたはずだよ。まどか」

そう、確かにそれは既に示されていた。契約し、魔法少女となり、その本体をキュゥべえの言うところのより優れたハードである、ソウルジェムへと移すこと。

あの時はまだ、自分の身に降りかかる災禍は現実のものではなかったから、それを決めることはできなかった。けれど今、能力の拡大と視力の喪失。その二重苦がまどかの心身を蝕んでいる。

そこへ差し伸べられた希望。それは、ぐらりとまどかの心を揺さぶった。

 

「一応誤解のないように言っておくよ。もし仮にキミがボクと契約したとしても、ボクはキミを戦わせるつもりはない。今までどおりの暮らしができるようにも取り計らうつもりだ」

そんな迷いを、揺らぎをさらに助長するかのように、キュゥべえの静かな声が届く。けれど聞こえるのは実際に口に出された声だけで、その本心は伺い知ることはできなかった。スゥと同様に、キュゥべえの心の声は聞こえてこなかったのだ。

「……契約して、そうすれば治るのかもしれないんだよね。私も、キュゥべえの言ってる事、信じたいよ。でも……でも、私は見ちゃったんだよ」

そう、まどかは見てしまった。全てを見届けてしまったのだ。さやかの、杏子の、魔法少女となった者の末路。魔女と化して、そしてその身が潰えていく様を。

それはキュゥべえにとっても本意ではないのだと言うけれど、そうはならないようにはずだとキュゥべえは言うけれど、恐れずにいられるわけがなかった。

「キュゥべえの考えてることも聞こえてきたらよかったんだけどな。……どうして、キュゥべえのだけは聞こえないのかな」

確かめられたら、その本心が分かればどれだけまどかの悩みも晴れるだろう。そう願いながらも、まどかの持つ能力はなぜかキュゥべえにだけは届かない。思うようにならないその力が、今更にまた忌々しく思ってしまった。

 

「ボクの記憶の中には、秘匿するべき情報も多く詰まっているからね。一応の防衛策は取らせてもらっているんだ。ボクの精神ネットワークは、ボクと言う固体の中で完結している。だからまどか、キミの能力を持ってしても、ボクの精神を覗き見ることはできない」

やはり、キュゥべえの言っていることは難しい。十分に理解できたとは言えないけれど、それでもキュゥべえの本心を知ることはできない。その事実だけはよくわかった。

「ボクとしては、キミは契約するべきだと思う。けれど、これはボクの方から強要できることじゃない。まどか、キミが自分の意思で決めるしかないことなんだ」

「……そう、なんだよね」

結局、これ以上の判断材料は何も存在しない。後はただ、まどかが自分で心を決めるしかなかった。

「少しだけ、考えさせてくれないかな」

「ボクはそれでも構わない。けれどボクも今はなかなか忙しいんだ。恐らく、次にここに顔を出せるのは一週間は後のことになる。それでも大丈夫かい?」

「……うん、きっと待てると思う」

少なくとも、今ここにはスゥがいる。さやかが生きていることもわかった、助かる方法も示されている。希望は、潰えてはいない。

 

「それじゃあ、一週間後にまた返事を聞きにくるよ」

「……じゃあ、それまでに私も考えておくね。自分がどうしたいのかを」

それだけを言い残し、キュゥべえの気配が遠ざかっていく。その気配が遠ざかるにつれて、まどかの胸中に暗いものが立ち込めていった。

キュゥべえの言葉は、告げられた事実は、どうしてもまどかにそれを思い出させてしまう。ここでの幸せな記憶が忘れさせていた、辛い戦いと喪失の記憶。忘れられるものなら、そのまま忘れてしまいたかった。

「……違うよ、わかってるよ。忘れちゃだめなんだってことくらい」

心の内にこだまするのは、紛れもないまどかの本心。口をついて出たのもまた、偽らざるまどかの想い。

夜毎まどかを苛む辛い記憶。忘れられるものなら忘れてしまいたい。けれど、そうやすやすと忘れられるほどにその記憶は、思い出は軽いものではなかった。

今までさやかと共に過ごしてきた日々は、とても長くて楽しかった。ほむらや杏子、マミが駆け抜けた戦場の記憶は、そして彼女達の生き様はあまりにも鮮明にまどかの記憶に焼きついていた。故にそれは、今なおまどかを縛り、苦しめていた。

一人で抱えて生きていくには重過ぎる、けれど、それを分かち合える人などいるはずもない。今のまどかには、あの時さやかが死に急ぐように出撃しようとした理由があの時よりもさらに鮮明に、痛みすら感じるほどよく理解できた。理解できてしまっていた。

 

「一人ぼっちって、寂しいんだね。辛かったんだね。だから、さやかちゃんは……」

掠れた呟きが、一つ。ぽつりと小さく漏れたのだった。

 

「……あの様子を見る限り、まどかはもうすぐ契約するだろうね。まさか、この状況でまだ考えようとするとは思わなかったけど」

まどかの病室を出たキュゥべえは、我が物顔で廊下を歩く。普通の人間にはその姿は知覚できない。たとえそれを知覚できる人間がいたとして、特に問題があるとは思えなかった。

ここが病院であるならば、そのようなものが見える精神疾患に罹患したと、周囲の人間はそう考えることだろう。だからこそ何も心配することはなく、キュゥべえは悠然と廊下を歩いているのだった。

「まさかあそこで暁美ほむらを失うことになるとは思わなかった。魔女の存在も、まさかこんなところで露見するとはね」

思考を言語化するという行動。それ自体にはなんら意味はない。けれどその言葉は、まるで誰かに聞かせるようで。

「おかげで、魔法少女の運用そのものが見直されるかもしれないところだった。……けれど、彼らの狂気はそれすらも飲み込んだ。恐ろしいね、人間は」

その口調は驚愕というよりも、敬意すら見て取れるようなもので。静かにその耳を揺らしながら、歩みを言葉を進めていく。

 

「大量の魔法少女を使って、魔法という感情エネルギー転用技術の研究を進める。

そしてその副産物として生まれた魔女を、兵器として運用する。まったく、素晴らしい発想をするものだよ。人類は」

その姿を見るものは誰もいない。だから、その唇が邪悪に歪むのを知りえたものも、当然誰もいなかった。

 

「ついにここまで来てしまった。腹立たしいまでに彼らは優秀だ。でも、もっとも望ましい形に進んできているのはとても愉快だ。ボクの世界改変計画は、彼らの狂気を以ってついに完遂されることとなる」

そして、また、キュゥべえは笑う。嬉しそうに、とても楽しそうに。待ちきれないといった様子で。

そんなキュゥべえの横を、当然それを一顧だにせず足早に通り過ぎていく少女の姿。それはそのまま速度を落とさず、まどかの部屋へと向かっているようだった。その最中一瞬垣間見えた少女の顔に、キュゥべえの目が見開かれた。

「……まさか、あれは」

その顔に浮かぶのは、疑問。けれどそれは、すぐに愉悦に取って代わった。けれどもやはり、そんな姿を見ているものは、その場には誰一人としていなかったのだ。

 

 

 

――まどか。

 

――あ……スゥちゃん、いらっしゃい

 

――どうかしたの?なんだか、顔色がよくないよ

 

――ちょっと、ね。考え事してただけ

 

そして、また日は廻る。

 

 

 

 

 

スゥは走っていた。まどかの部屋へと走っていた。朝食を済ませてすぐのことである。

どうやらスゥと出会う前のまどかは、相当に塞ぎこみ落ち込んでいたようで、スゥと接触することでそれが解消されている。そしてスゥ自体も初めて他者に興味を持った。もしかしたらそれが、記憶を取り戻す手がかりになるかもしれない。

大体そんな理由で、スゥのその行動は容認されていた。

だから、今日もスゥは走る。まどかもそれを待っていてくれる。一緒にそこにいられる限り、二人は常に一緒だった。そうしていることがまどかにとっては安らぎで、スゥにとっては喜びだった。

記憶を失ったからなのか、それとも今までずっとそうだったのか。とにかく、誰にも興味を持つことが出来なかったスゥ自身。けれど、そんな彼女にとってまさしく初めての興味の対象。純粋な好意を、それ以上の感情を向け得る相手。それがまどかだった。

その胸に産まれた、ちょっと歪んだ恋心。それはまるで、産まれたばかりの木の芽のようにスゥの心のあちこちに根を張って、その心を外へ外へと押し広げていたのだった。

 

だからこそ、変化は多く訪れる。

何故だろう。差し込む朝日がこんなにも眩しいのは。春先の柔らかな日差しに包まれて、その息吹を芽生えさせる草木があんなに瑞々しく見えるのは。日の光の差さない影に、冬の名残のように溶け残るあの雪が、どこか寂しげなのは。

見る物すべてが何故か新鮮で、興味が絶えない。きっと今までも自分は、そんな些細な一つ一つの事に、まるで気付けていなかったのだと思う。

そんな世界が素晴らしい。そして、そんな世界に気付くきっかけを与えてくれたまどかが愛おしい。スゥの目に映る全てが、まどかを中心に広がっていく世界の全てが、まるで輝いているかのようだった。

 

それにしても、とスゥは思う。今日はやけに人がいない。いつもならば他の入院患者や病院のスタッフが少なからず行き来しているはず。だけどその姿は全く今は見られない。

静まり返った病棟の中、少しだけ嫌な予感がした。それでも、スゥはまどかの部屋へと走る。咎める者もいない様だから、速度を上げて尚走る。

辿りついたまどかの部屋の前。それでも尚、ここに至るまで誰一人として人影はなかった。何かあったのだろうか。けれど、そんな話は何も聞いていない。まどかも何も言ってはいなかった。訝しがりながらも、スゥはその部屋の扉を開けた。

「まどか……一体、どこに」

がらんどうの病室。綺麗に整えられたベッド。何一つ物の存在しない戸棚に床頭台。

そこに、つい昨日までまどかがいたとは信じられないほどにこの病室からは、生活感というものが一切排除されていた。

何かがあったことは、最早間違いない。それが何かは分からないが、自分がここまで来れたという事は、人の出入りを禁じるようなことではないはず。だとすればなんだろう。急に病棟ごと全ての人員を移動させるような事情とは。

兎にも角にも、誰かに事情を聞くことから始めた方がいいだろう。そう考えて、スゥはその部屋を出た。

 

「こんなところで何をしているの、そこの貴女?」

そんなスゥを見とめて、呼び止めた声が一つ。声に振り向いたスゥの視線の先にいたのは一人の女性。白衣を纏い、それに似合う知的な、けれどどこか危うげな雰囲気も湛えた女性の姿だった。

恐らくここの医師だろう。それにしては見慣れない顔ではあるけれど。

「友達に会いに来た。……でも、居なくなった」

やはりどうしても、まどか以外の人間には態度が冷たくなるスゥだった。それでも、こうして一応会話が成立している辺りは進歩の跡が見て取れる。

「ああ、なるほど。そういうことだったのね。知らなかったのかしら。この病棟は、電気設備の点検でしばらく電力が落とされることになったのよ。作業に二日くらいかかるから、その間は全ての患者は別の病棟に移されることになったの」

そうだったのか、と納得すると同時に一つ、スゥは安堵の吐息を漏らした。

確かに電子機器の類は一切稼動していない。非常灯すらついていないのだから、そういうことなのだろうと思う。

けれどそれはそれでおかしな話だった。少なくともスゥは、まどかからそんな話を一切聞いていない。まどかは知らなかったのだろうか。

「この部屋の患者なら、恐らく別棟に移されたはずよ。よければ案内するけど、どうかしら?」

軽く組んでいた腕を解いて、その女性はスゥに指先を向けた。

色々と気になることはあるが、まどかに会えると言うのならそれがまずは先決だ。気になることは、その後にでも調べてみればいい。

「お願いするわ」

だから、スゥは頷いた。

 

「こっちよ、付いて来て」

そう言うと、女性は思いがけないほどに足早に歩いていく。そしてすぐさま、その姿が曲がり角の向こうに消えた。

一瞬だけ呆けたようになっていたが、すぐにスゥは我に帰るとその女性の後を追い、曲がり角を曲がった。否、曲がろうとして、できなかった。

視界が曲がり角の向こうを捉えた瞬間に、その視界一面に先ほどの女性の姿が飛び込んできたからだ。

 

「うぁっ!?」

最初にやってきたのは衝撃。次にやってきたのは熱さ。それから痛みが、痺れが全身に広がって。意識はもやがかかったかのように、急速に遠ざかっていく。

 

がくりと、スゥの身体が崩れ落ちたのを確認してからその女性は、手に持っていた電気銃の安全装置を作動させた。

「……随分とあっけないわね。本当にこれが、あいつらの自信作なのかしら。こっちは完了よ、すぐに運び出して頂戴」

そしてどこかへと通信を取り、女性は倒れ伏すスゥへと近づいた。

「随分と整った顔してるわね。……出来損ないのくせに」

その髪をぐいと掴んで持ち上げて、値踏みするかのようにその顔を見つめる。どこか狂気を感じさせるその視線には、酷く嗜虐的な色が宿っていた。

「抵抗されたってことにして、鼻の骨を折ってやるくらいはしてもいいわよね。あいつらには、五体満足のこれを引き渡しさえすればいいんだもの」

ぐぐ、と更に髪を引っ張る力を強める。高々と、スゥの頭が持ち上げられていく。

「人を治すはずの病院で、人の顔をぐしゃぐしゃにしてあげる、だなんて。……すごく背徳的で、ゾクゾクするわね♪」

その声色は、本当に、本当に楽しそうで。それはその背徳的な行為こそを嗜好とし、それに酷く慣れ切っている者の声だった。

 

髪を無理やり引っ張られる痛み。幸いなことに、その傷みが沈みかけていたスゥの意識を目覚めさせた。至近距離で、更にかなり出力の電気銃である。

普通ならばそれだけで即昏倒。下手をすれば後遺症も懸念されるレベルである。それだけの攻撃を受けて、それでもスゥは目覚めたのだった。

不鮮明な意識。その奥底で何かが叫んでいる。敵が来る、と。

敵が来る。ならばどうしたらいい、敵はどうするべきだ。その問いに対する答えを、為すべき手段を、スゥの記憶は知っていた。霞む意識の向こうで、その答えは激しい衝動を伴いスゥの身体を衝き動かした。

 

「はーい、これで顔面潰れ饅頭の出来上がりぃ♪」

高々と持ち上げたスゥの頭を、そのまま顔面を下にして、全力で床に叩き付けた。床は硬質のタイル。間違いなくその顔面は悲惨なことになるだろう。

仮に視覚辺りに障害が出たとして、より高機能なな生体義眼に取り替えればいい。この程度では人は死なないということを、人は壊れないということをその女性は、実体験をもってよく知っていた。

 

「……え?」

けれど、その通りにはならない。叩き付けようとした勢いを、スゥは床に手を付いて殺しきっていた。女性が驚愕の表情を浮かべた一瞬の隙に、スゥはその衝撃を受け止めた両腕を解き放った。

ばねのように跳ね上がる身体。髪を掴んだ手が離れていく。ぶちぶちと、髪の束が引き抜かれて痛む。そんな痛みを意にも介さず、スゥはその身を跳ね上げた。

 

「っの……大人しく寝てろッ!!」

ワンタッチで電気銃の安全装置を解除。至近距離、照準を合わせる必要もない。即座に、迷いもなくトリガーを引き絞る。

「がぁぁッ!!」

けれどそれより一瞬早く、跳ね起きようとした体勢のまま放たれた、スゥの鋭い蹴りが電気銃を弾き飛ばしていた。

「っ……このっ、出来損ないの分際でッ!!」

弾き飛ばされからからと、遠くへ飛んでいく電気銃にちらと目をやる女性。拾いに行くには遠すぎる、そもそもそんな隙を与えれば、目の前の相手が何をしでかすかも分からない。

懐に手を差し入れ、取り出したのは手のひらサイズのレーザー銃。小型でも十分な威力を誇るそれは、電気銃とは違い十分な殺傷性を持ち合わせていた。

ほんの一瞬だけ、嗜虐意識と殺意に塗れた頭の中に本来の目的がよぎる。この少女の確保が目的なのだ、殺していいわけがない。だとしても、ここは幸いなことに病院だ。即死しなければいくらでも命を繋ぐ手はある。

そう考えて、女性は銃を向けた。けれど、その一瞬の隙は余りにも致命的で。

 

銃口と同時に視線を向けた、そのすぐ先には唸りを上げる拳と、それを放ったスゥの姿。

抉りこむようにして放たれた、とてもよく体重の乗った拳はそのまま女性の頬に突き刺さり、その頬骨にひびを入れ、小柄とは言えないようなその身体を吹き飛ばした。

女性の手から銃が落ちる。倒れ伏したまま、ヒクヒクと身体を痙攣させるのみの女性。スゥもまた、未だに電撃のショックは抜けず、そのままがくりと床に膝を付いた。

 

(敵は……倒し、た?)

 

起き上がってくるような様子はない。朦朧とする意識の中に、僅かな安堵が入り混じる。けれど、霞の向こうで彼女の記憶は叫び続ける。

あれは敵だ、敵は――なければならない。

 

(そうだ……敵だ。あれは…敵なんだ、だから)

 

ふらつく身体をどうにか立ち上がらせる。気絶しているのだろうか、地に伏したまま時折身じろぎするだけの女性。その元へ、ゆっくりと近づいていく。

 

(敵だ。あれは、敵だ……)

 

「敵は、確実に……殺す」

 

そして、スゥの身体が女性の身体に覆いかぶさった。

 

 

 

硬い何かを殴打するような、鈍い打撲音。

飛び散る赤い何か、混ざって流れ出る白い何か。

打撲音と共に、びちゃびちゃと、何か嫌な感じのする水音が。

何度も振り下ろす拳に、全身に、赤いものが纏わりついていく。

 

ぐちゃり、ぐちゃりと何かを押しつぶすような音が断続的に響く。

もう、既に彼女の生命活動は失われている。

けれど、未だ死にきらぬ身体が、その反射が女性の身体をひくひくと痙攣させていた。

故に、まだ動いている。生きていると、スゥが信じ込むには十分な理由で。

 

「死ね!死ねッ!死ねェェっ!!」

 

頭部と呼ばれていたその肉塊を、執拗に殴り続けるスゥ。

その拳は、どちらのものか分からないほどに血に塗れていた。

 

 

首筋に衝撃。

朦朧としていた意識は、一瞬で途切れた。

 

びしゃり、と。血の海に倒れ伏すスゥ。

 

 

「あー、こちら鳶。5階病棟にてターゲットを確保。死者一名有り。早急な搬送と後処理を要請する。以上」

そう言って通信を切った男は、同僚である女性の死にも、その凄惨な惨状にも一つも動じた風もなく、静かにその状況を眺めて。

「容赦ない奴だな、こいつは。……にしても、もうちっとくらいスマートにやれないもんかね」

と、誰にいう風でもなく呟いて。それから懐に手を差し込むと、この時代では珍しい煙草の箱を取り出した。

喫煙という行為自体が既に前時代的な物となりつつある中で、わざわざ個人輸入までしてそれを楽しんでいるこの男は、世間一般の価値観に比すればやはり、奇人変人の類としか言いようのない者だった。

静かにたなびく白煙。完全にこのエリアの電気系統は沈黙している。故に、普段なら即座に口うるさく怒鳴り込んでくる警報装置も今は就寝中だった。

静かに煙を楽しみながら、男は命令したスタッフの到着を優雅に待っていた。血の海に沈む女性と少女。その姿を眺めながら。何をするでもなく。

 

 

「……う、ぅん」

目を覚ましたスゥが最初に見たものは、白。

真っ白な天井。辺りを見渡せば、どこか無機質な部屋の中。

意識がゆっくりと覚醒していく。身体中に満ちる倦怠感、それに抗うようにスゥはゆっくりと身体を起こした。

「おはよう、スゥ。大した大暴れだったな」

起き抜けにかけられた、声。その声はどこか聞き覚えのある声で、それがいつの記憶だったかを思い出すよりも早く、スゥは自分の置かれている状況を理解していた。

突然の襲撃。連れ去られた場所がここ。そうなれば、ここにいるのは間違いなく――敵。

即座にベッドから飛び起き、四方に視界を廻らせようとした。脱出経路の有無は、もしくは何か武器になるものはないかどうか。けれど、その身体は動かなかった。

その四肢はベッドに拘束されて、動きようがなかったのだ。

「……そう、無駄にはしゃごうとするな。前のお前は、もう少し落ち着いていたぞ」

手にした本を傍らに置いて、拘束されながらももがくスゥに話しかけたのは、白髪交じりの壮年の男の姿だった。

「お前は……誰だ」

「うっかりショックで思い出すかと思ったが、そう都合よくも行かんか。まあいい、方法はいくらでもある。先に処置を済ませておくか」

傍らの本をぱたんと閉ざして、男はゆっくりと立ち上がる。

「しかし、スゥ。とはな……一部的に記憶の混濁が存在しているのか。一回その辺りも纏めて調べてやりたいところだが、そう時間もない。始めろ」

男の言葉に、その部屋の中に新たな人影が現れた。それはどれも皆、同じような白衣を着込んでいる姿で。

「一体、何を……ゃ、やめろぉっ!?」

「……すぐに思い出す。お前が何者であるのかを。その時、お前は我々に感謝することだろうさ。何せ、お前はお前がなりたがっていたものになることができるのだからな」

淡々と。ただ淡々と男は言う。そして、その作業が続けられるのをじっと見届けていた。

 

それは、まるで早回しに流れる映像のように。その映像が、記憶がまるで直接頭の中に流し込まれているようで。その映像に映し出されていたのは、髪の長い姿のスゥ自身。

彼女は、何かの映像を熱心に見つめているようだった。映し出されていたものは、どうやら、同じ姿をしているもので――。

目まぐるしく移り変わる映像。そしてそれ以上に、無数の情報が直接頭の中へと流し込まれていく。

それがスゥ自身の過去であるということを、スゥは理解し始めていた。けれど、その内容はやはり信じられないものだった。余りにも、信じがたいものだった。

「アップロード、完了しました。記憶領域への損傷はみられません」

「精神領域再固定。……おや、これは」

映像が途切れる。ベッドの上で、大きな機械を隣に携え、その頭に奇妙な装置を付けられたまま、スゥは昏々と眠り続けている。

そんなスゥを尻目に、記憶転送装置の最終行程を行っていた研究員の一人が、スゥの精神データに生じた変化に気付き、怪訝そうな声を放った。

「問題か?」

「いいえ、そうではありませんが……この固体の精神領域が、精製時と比べて拡大しています。……この値は、M型にも適合し得るラインですね」

装置を眺めて告げられた声に、ふむ、と男は一つ頷いて。

「なるほど、それは面白い。……成長したのかも知れないな、この固体も。前任者もM型だったと聞く、この固体もM型に加工した方が、アレへの搭載も楽かも知れん」

 

「ぁ……私は、わたし……は」

「目を覚ましたか。……思い出したろう。全てを」

再び目覚めたスゥの視界に広がっていたのは、先ほどと同じ景色だけ。先程と同じように、隣に座っている男がスゥに話しかけた。

スゥは、まだ整理のつかない頭の中をどうにか落ち着かせながら、ゆっくりと身を起こした。今度はもう、拘束はされていなかった。

「これでようやく、落ち着いて話が出来そうだな」

「………わたし、は」

新たに叩き込まれたそれは、記憶なのか、それともただの知識なのか。自分が本当に経験し、忘れてしまったことなのか。それとも、単に誰かの経験を受け継いでしまっただけなのか。

スゥは静かに首を振る。どうにもそれらは渾然一体となっていて、まだスゥの中で判別できずにいたのだった。

「本当に、これがわたしなのか」

呆然と、呆けたような顔で、静かにスゥは呟いた。

「……まだ、足りない。か」

そんな様子のスゥに、男は静かに首を横に振る。完全なる記憶を、過去の彼女の姿を取り戻すには、純粋な記憶の移植では無理だった。となれば、次はどうするか。

男の中で、さまざまな思考が渦巻き始めた。

 

スゥもまた考える。自分がもしそういう存在だとして、今の自分の為すべきことは何か。今の自分に、一番大切なことはなんなのか。

けれどそれは、尋ねるまでもないことだった。

 

 

「……来ないなぁ、スゥちゃん」

キュゥべえの訪れより数日。唐突に病棟が変わったあの日から、スゥはまどかの元へと姿を見せていなかった。

「ここが、わからなくなっちゃったのかな」

まどか自身、ようやく人に尋ねてここが別棟の8階であるということを知ったくらいである。もしかしたら迷っているのかもしれないと思い、待ち続けた。

それが一日、二日と経つ内に、まどかの中の不安はどんどんと大きくなっていくのだった。

 

「スゥ……ちゃん。どうして、どうして来てくれないの」

環境の変化。そして孤独。それは再び、まどかの心を蝕み始めた。元より、スゥの存在に完全に依存して精神の安定を保っていたまどかである。それが失われれば、再び不安定になってしまうのは当然と言えた。

それに、孤独と静寂はまた再びまどかの耳に声を届けてしまうのだ。周囲の人間の、心の奥底に秘めた本音を。優しく患者に接する看護師の、秘めて語らぬ悪態を。明るく元気に周囲の人々と話す患者の、内心の死の恐怖や寂寥感を。

そんな心の弱さや闇は、きっと誰もが持っているもの。それをその心の一番奥に押し込めて、誰もが日々を生きている。けれどまどかの能力は、そんな後ろ暗い感情さえ暴き出し、その知る所としてしまう。

中学生の少女が受け止めるには、それはあまりにも重過ぎる人の闇。

孤独と暗黒の世界に、再びまどかは囚われてしまっていた。もう、耐えられないとか投げてしまった。

 

 

「契約したら、魔法少女になったら、こんな風に苦しまなくて済むんだよね。……キュゥべえ」

だからこそ、日は流れ再び現れたキュゥべえに、まどかがそう言うのは無理からぬことだった。

「そうだね。ソウルジェムにその身を移し変えれば、キミの身体機能は正常に戻るだろう。そして、拡大し続けるキミの精神を十分に受け止め、コントロールできるようにもなるはずだ。今現在、キミが抱えている悩みは全て解消されるはずだよ」

「悩みが、全て……」

ぽつりと、まどかは呟いた。確かにそれならば、今抱えてるこの苦しみがどれほど楽になることだろう。

けれど、だけれども。今、一番苦しいことは何なのだろうと考えると、答えはすぐに出た。

「……じゃあ、私が契約したら、またスゥちゃんに会えるのかな」

暗黒の世界に生き続けることよりも、人の心の闇を暴き続けることよりもまどかには、それがただただ苦痛でならなかったのだ。

互いに互いを必要としあえる、求め合える存在の喪失。会えないというただそれだけで、そんな孤独を突きつけられることが何よりも、まどかには苦痛だったのだ。

 

「それは、キミが最近よく一緒にいるという少女のことかい?」

その言葉に、キュゥべえが僅かに視線を背けて。

「そうだよ。スゥちゃんは私の大切な友達なんだ。いつも私を助けてくれるんだ。……でも、最近は来てくれない。何か、あったのかな」

心配そうに、心細そうにまどかがか細く呟いた。その呟きを聞き届けて、尚揺るがないキュゥべえの視線がまどかを捉えていた。

「もしかしたら、退院してしまったのかも知れないね。ここを出られるようになったら、会いに行けばいいんじゃないかな。行方ならボクの方で調べておくことにするよ」

「……でも、会えなくなる日の前まで、スゥちゃんは何も言わなかった。それがいきなり退院だなんて、やっぱりおかしいよ。そんなの」

違う、と。まどかの頭の中をそんな言葉が埋め尽くしていた。いなくなる筈がない、自分を置いていくはずがないと信じていた。信じたかった。

けれど事実、スゥはまどかの元に訪れる事はなく。まどかの心は、そんな矛盾する感情でいっぱいになってしまいそうだった。

 

「それに、彼女は記憶喪失だったと言うじゃないか。しかしたら、記憶を取り戻してしまったのかもしれないね。そして、自分のいるべき場所に戻ったのかもしれない」

「どうして。どうしてキュゥべえが、そんなことを知ってるの」

「……彼女はキミと頻繁に接触を持っていた。彼女どういう人物であるのか、そういうことくらいは調べていたよ」

なんだか、言い知れない嫌な感じがした。けれど、それを明確にあらわす言葉を、まどかはまだ知らなくて。

 

「それじゃあまどか。結論を聞こう。……魔法少女に、なるつもりはあるかい?」

そして未だ迷いを抱え続けるまどかに、その声は告げられた。

 

「私……は」

ぐるぐると、まどかの脳裏に纏わりつく迷い。苦悩、恐怖、そして躊躇い。契約すると言うことは、魔法少女になるということは、あの恐ろしい魔女へとその身を変えてしまうかも知れないという事で。

キュゥべえはそれは有り得ないことだと言っていた。けれどさやかもそうだったはずなのだ。同じように契約して、魔法少女と化して。戦って、戦って。そして、その果てに彼女は尽きた。

その身は魔女と化し、人に仇為す異形となった。

戦うことはないと言われた。けれど、逆にそれが気になってしまう。なぜ自分だけがそうなのか。

本当に自分を救おうとして、助けようとしてくれているのかもしれない。けれど、だとしたらそれは何故なのだろうか。戦わせるつもりもない人間を、そこまで大事に保護する理由はなんなのだろう。

純粋な好意という線も考えられないわけではなかったけれど、キュゥべえのどこか無機質ささえ感じさせるような佇まいは、誰かに好意を寄せるだとか、そういった感情があるようには思えなかったのだ。

 

けれど、それでもやはり。そんな迷いを抱えながらも尚、この現状は秤にかけるまでもなく重く苦しいものだった。

差し伸べられた救いの手に、もはや縋るより他に術はないほどに。

「決めたよ、キュゥべえ」

まどかは、その救いの手を掴み――

 

 

 

――まどかっ!!

 

とてもとても大きく、そして強いその声が、まどかの心を揺るがした。その声は、ずっとまどかが待ち侘びていた声で。

 

「スゥ……ちゃん?」

今もまだ心の奥底で聞こえる、無数の心が放つ声。その中でも一際力強く聞こえるそれは、その思いがとにかく強いのか。それとも、まどかに伝えたいという意思が、それに指向性を与えていたのだろうか。

とにかく、その声は届けられたのだ。

 

「どうしたんだい、まどか?聞かせてくれるんだろう。キミの決断を」

突如として驚いたように、そして呆けたように動きを止めるまどか。そんな様子に、訝しげにキュゥべえが尋ねた。それでもまどかは答えずに、ベッドを降りるとそのままふらふらと歩き出した。

心の中に響く声。それに導かれるように。

扉を開くと、同時に飛び込んできた何か。それは、人の形をしていた。

「まどか、まどかっ!まどかぁっ!!」

――まどか、まどかっ!まどかぁっ!!

その声も、心の内より響く声もどちらも同じ声で、声色で。二重の声がまどかを揺らし、まどかはそれに酷く安堵した。そして、答えた。

「うん……うん。私はここにいるよ。スゥちゃん」

何事かと、部屋を覗き込む視線をいくつか受け止めて。それでも二人は固く強く、互いの身体を抱きしめあっていた。

 

「……何故、彼女がここにいるんだ」

何か、とても不可解なものを見るような目で、キュゥべえはスゥを見ていた。

「彼らが、彼女を解放するとは思えない……一体、どうして」

まどかと抱き合っていたスゥには、その呟きが届いていた。以前は聞こえなかった、見えなかったキュゥべえの声を、姿を知覚する事ができるようになっていた。

だからこそ、スゥは名残惜しそうにまどかの身体を離して。

「……お前が、インキュベーター」

その視線からは明確な敵意が滲ませて、棘のある声でそう言った。

「っ!ボクが見えるのかい。……そんな、ありえない。前にキミを見かけたときには、キミにはそんな素質はなかったはずだ。……まさか、彼らが?」

その事実に驚愕するキュゥべえに、スゥは更なる言葉を投げかけた。

「お前が……わたしを売ったんだな。インキュベーター!」

その言葉に、初めてキュゥべえの顔に焦りの色が浮んだ。その表情に、更にスゥは怒りの色を強めて詰め寄った。

 

「キュゥべえが……スゥちゃんを売った?一体、どういうことなの?」

「こいつが、わたしの存在をあの連中に報せたのよ、まどか。あのイカレ科学者共……TEAM R-TYPEにね!」

声を荒げるスゥ。それと同時に、強い怒りの感情がまどかに伝わってきた。

 

(でも……どうして急にスゥちゃんのことが分かるようになっちゃったんだろう)

そう、それはまどかにとっては不思議なことだった。そして、恐ろしいことだった。スゥの本心がわかったとして、これでもしその本心がまどかを拒んでいるのだとしたら。もしそうなってしまえばきっと、まどかの心は耐えられない。

魔法少女となっていれば、それはすぐさま魔女と化してもおかしくないほどの絶望となることだろう。

それでも、今は純粋に驚きが勝る。TEAM R-TYPE。それがR戦闘機を開発する狂気の科学者集団であることは、まどかも既に知っていた。だからこそ何故、と思う。

なぜそんな恐ろしい集団が、スゥに接触したのだろうか。

「でも、お陰でわたしは自分が何者かを知ることが出来たわ。……正直、信じられないことだけど」

「え……じゃあ、スゥちゃん。……記憶が、戻ったの?」

恐る恐る問いかけたまどかに、スゥは静かに首を横に振った。

「単に、過去のわたしがどういう存在だったかを知っただけ。今でも、それが自分の過去だなんて信じられない」

 

「それを知って尚、彼らがキミを手放すとは思えないな。……一体、どういう風の吹き回しだい?」

訝しげに問うキュゥべえの言葉に、スゥは軽く鼻を鳴らして。

「わたしの知ったことじゃない。知りたければあいつらに聞いてみればいい。ただ、わたしは言ってやっただけよ。お前たちの為に戦うつもりはない、とね」

「……彼らがそこまで甘いとは思えない。だけど、キミが解放されているのも事実。……ラストダンサーの代役に、これほどの適任はいないというのに」

「ラストダンサー?代役?それが、一体スゥちゃんと何の関係があるのっ!教えてよ、ねえ。訳が分からないよっ!!」

まるで自分の知らないところで、スゥとキュゥべえの話が続いていく。それがまどかには耐えられなかった。だからこそ、その言葉はすぐにまどかの心の中へと飛び込んできた。

 

――まどかには、知られたくない。

「まどかは……知らないほうがいいと思う」

「ボクもそれは同意見だ。ことこのことだけに関しては、余りにも機密レベルが高すぎる。迂闊に知ってしまえば、まどか。キミにとってもよくないことに繋がってしまうよ」

 

――わたしが、スゥ=スラスターのクローン体だということは。

「っ!?」

びくり、と。まどかの身体が大きく跳ねた。

 

「まどか、大丈夫?」

心配そうに近寄るスゥ。驚いたように強張った表情で、まどかはその顔を見つめて。

 

 

 

「スゥ……ちゃん。ううん。……スゥ=スラスター」

それは、奇しくもまどかの英雄として名づけられた名で。それはそのまま、本物の英雄の名で。彼女にとっては、自らのオリジナルの名であった。

その名前を、思いがけずまどかは口にしてしまった。

 

「っ……ま、どか。どうし、て?」

そんなまどかの言葉に、スゥは思わず後ずさる。

「そうか、彼女の心を読んだんだね。……迂闊だったな。そうなると、隠しても仕方ないのかもしれないね。確かに彼女はスゥ=スラスターのクローン体だ。優れたパイロットを作るという目的で生み出された、クローン体の内の一体だよ」

遂に明かされてしまった事実。その事実に、まどかはさらにその目を見開いて、驚愕する。

まどかは、ほむらが同じくスゥ=スラスターのクローンであることを知らずにいた。今も尚、ほむらは本物のスゥ=スラスターであると思い込んでいた。だから、スゥがほむらのクローンなのだと考えてしまった。

「じゃあ、スゥちゃんは……」

「まどかには、知られたくなかったな。……きっと、巻き込んじゃうから。でも、心を読むってどういうこと?」

「それは……」

途端に口を噤むまどか。まどかにとっても、それは知られたくないことだった。

知られたとしても信じられないだろう。もし仮に信じられとしても、こんな能力を持ってしまっている自分を、スゥはきっと疎むだろう。それが、まどかには恐ろしい。

スゥに拒絶されてしまうことが、ただただ恐ろしかった。

 

「まどかは、人の心の声を聞くことができるようになっていたのさ。つまり、スゥ。キミの考えていることも筒抜けだったというわけだ」

「……本当なの、まどか」

呆然と……というよりも、なぜかどこか恥ずかしそうにスゥは尋ねた。

 

――それじゃあ、わたしがまどかのことが好きだってこともばれちゃう……。

――って、こうやって考えてることもばれちゃうんじゃないの!?

――まずい、これは非常にまずいわ。考えるな、考えるな、考えるな、感じろ……。

 

「あ……えと。スゥちゃん。全部……筒抜け」

溢れるように流れ込んでくるスゥの思考に、思わず目をぱちくりとさせてから、はにかんだような表情でまどかは呟いた。

「ひゃわぁぁっ!!」

スゥもまた、酷く驚愕したのだった。

 

――どうしよう、どうしようどうしよう。これじゃまどかに嫌われちゃう。

――そうなったらわたし、わたし……うぅぅ。

 

「えと、ね。スゥちゃん。……違うんだよ」

「……」

耳まで顔を真っ赤にさせて、スゥは俯いていることしか出来ずにいる。

 

――違うってどういうこと、やっぱり、まどかはこんなわたしは迷惑なのかな。

 

「いや、そうじゃないんだってば。……その、そっちは、嬉しかったから」

軽く頬を朱に染めて、はにかんだような表情のまま、まどかはスゥの心の声に答えた。

純粋に嬉しかった。スゥが自分を好いていてくれたことが、こんな自分でも好いていてくれていたことが。

「……ほんとはね、ついさっき、スゥちゃんが部屋に来てくれるまで、私はスゥちゃんの心だけは読めなかったんだ。他の人は読めたのに。だからスゥちゃんとは安心して一緒にいられたんだ」

そして、まどかもそれを打ち明けた。そしてさらに言葉を続けた。

「でも、今はスゥちゃんの心の声が聞こえる。聞こえてよかったって思うんだ。……だって、本当にスゥちゃんが私の事、好きでいてくれるんだって、わかるから」

「まど、か……っ、あ、ぅ」

すっかり赤面し、感極まったように震えるスゥを、まどかはそっと抱きしめた。

 

そんなやり取りを尻目に、キュゥべえは何やら納得したように頷いて、そして言った。

「なるほど。確かスゥ、キミの精製時に精神領域に欠損が生じたという報告があった。その為に、一部の精神活動が抑制されている、ということもね。“他固体との精神的交流”それが……そうか」

「キュゥべえ。何度も私は言ってるよね。……分かりやすく、説明して欲しいんだけどな」

スゥを抱きしめたまま、まどかは少し厳しい声で言った。だがそんな言葉に耳を貸すことなく、キュゥべえは言葉を続けた。自分の中で生まれた仮定を証明させるように、つらつらと。

「その欠損した精神領域が、まどかの高度に発達した精神ネットワークに接触した。まどかにとっては、外へと溢れ出る精神干渉をスゥだけに注ぎ、外部への影響を軽減することができる。スゥにとっては、それを受けて損傷を負った精神領域を発達させ、修復することができる。……そしてその修復が十分になされた結果。キミは魔法少女になれるほどの素質を有することとなった」

「……それは、結局どういうことなのかしら」

相変わらず要領を得ないキュゥべえの言葉。苛立ちを隠しきれずに、スゥはキュゥべえに尋ねた。

「一言で言うとね、まどか、スゥ。キミ達二人は、出会うべくして出会ったんだ。お互いがお互いを必要とし、そして出会った。これはまるで運命と言ってもいい邂逅だよ」

そんなキュゥべえの言葉に、まどかとスゥはお互いを見やる。なんとなく、恥ずかしいような嬉しいような、不思議な気持ちだった。

 

「なるほど、そういうことだったのか」

もう一つ、声が飛び込んだ。いつからそこにいたのか。一体いつからその話を聞いていたのか。そこには、先立ってスゥが出会った壮年の男の姿があった。

「お前は……何故ここにっ!?」

その姿に、スゥは警戒を顕わにした。

「不思議はないさ。お前を監視していたら、面白い場面に出くわした。だからこうして、直接出向いてきたということだ」

少し、迂闊過ぎたのかもしれない。彼らは、スゥが戦う意思はないことを告げると、それでそのままスゥを開放してしまっていた。それは何故、と考える間もなく、スゥはまどかの元へと戻っていた。

自分の動向が監視されているなどとは、思いもしなかった。顔を歪めて、スゥは男を睨みつけていた。

「やはり、彼女を泳がせていたわけか。……抜け目がないね。キミ達は」

「そうでなければ、この仕事は続けていられんさ。おかげで、色々と面白い話を聞くことができたよ」

わずかばかりに顔を顰めたキュゥべえに、くく、と男はくぐもった笑みを漏らした。

 

「今度こそ、わたしを捕まえようというつもり?」

警戒心を隠そうともせず、今にも逃げ出しそうなスゥ。そんなスゥに一瞥をくれてやると、男はさもおかしそうに話し始めた。

「いらんよ、お前なんぞ。ことオペレーション・ラストダンスだけにはな。記憶も、戦う意思もない。そんな奴を連れて帰ったところで、何の役に立つものか」

そう言うと、男は大仰にその肩を竦めた。

「私が用があるのは君だ、鹿目まどか」

まどかが、スゥが、そしてキュゥべえまでもが、その言葉に身を震わせた。

「え……私?」

「まどかは関係ないっ!どういうつもりっ!」

驚いたように声を上げるまどか。その前に、まどかを守るようにして立ち塞がるスゥ。

「関係なくはないさ。彼女の持つ能力には、色々と使い手がありそうだ。少なくとも、研究してみる価値はある。……今はいい時代だ」

唇の端を引き攣ったように歪めて、男は言葉を続ける。

「人類のための研究、更なる技術の開発。そんなお題目が平気で罷り通る。どれほどの外道も横暴も、全てがその名の下に許される。つまり、それだけのことができるだけの権限が、私にはあるということだ」

この男の行動を、意思を止める術はない。そんな意味が、男の言葉からはありありと伝わってきた。まどかにとっては絶体絶命の危機。

もしこのまま連れ去られれば、まどかは凄惨な実験の餌食となってしまうことだろう。それを止める方法があるとすれば、それは……。

 

「彼女には、ボクが先に目を付けていたんだけどな」

キュゥべえが一歩、向かい合うスゥと男との間に割り込んで言った。

「にしては、随分と悠長なやり方をしているじゃないか、インキュベーター。それに、M型の運用方針が変わった時点で、君の持つ権限は大幅に削減されている。今更、君に私を邪魔する事はできないさ」

返す言葉もない、と言った風に押し黙るキュゥべえ。その表情には、明確な焦りの色が浮かんでいた。

「キュゥべえ……どういうこと、なの?」

「TEAM R-TYPEの中にも、色々と派閥というものがあってね。今まではM型、つまりは魔法少女を運用するノウハウは、そのほとんどをボクが一手に握っていた。だからこそ、彼らに対しても強気に出ることができたし、多くの権限を有していたんだ」

「だが、事情は変わった」

話を遮って告げられる男の声。それは、とても喜色に満ち満ちたもので。

「ちまちまとM型の適合者を集めるのはもう終わりだ。今は大々的に、そして強制的に適合者を徴用し、一切の容赦なく研究を推し進めている。もはや、このわけの分からん異星人の力を借りる必要は、まるでなくなったというわけだ」

やはり止められないのか、とスゥは密かに歯噛みする。となればもはやできることはただ一つ。この男を倒して、まどかを連れて逃げだすしか――。

「下手なことは考えるな。この病室の周囲には既に私の手の者が配備されている。お前一人ならともかく、目の見えない病人を連れて逃げおおせるものではない」

「……っ」

それすらも見通されていた。もはや、万策尽きてしまったのだろうか。

「そういうわけだ、さあ。行くぞ」

スゥとキュゥべえの間をすり抜けて、男はまどかに手を伸ばす。まどかは、とにかくそれが恐ろしい。何よりも、なぜかその男の心が読めないことが恐ろしかった。

 

まどかは知る由もないことだが、TEAM R-TYPEの構成員は皆、その精神や身体に特殊な処置を受けている。

敵性組織による情報の漏洩を防ぐため、精神への干渉に対しても、薬物に対しても強固な耐性を得ることができるように、既に処置が加えられていたのだ。それがまどかに心の声を伝えることを阻んでいた。

それは、恐らく幸いだったのだろう。もしも直接その男の意思を覗き込んでいたのなら、きっとそれはまどかの精神には耐えられないほどに重く、凄惨な狂気に満ちていただろうから。

 

「……待って」

それでも、スゥは男の前に立ち塞がった。

「退け。もうお前に用はないと言ったはずだ」

冷徹に言い放つその男に向かい、スゥは震える手で胸を押さえて、それから。

「……わたしが戦う。英雄にでも、なんでもなってやる。だから、お願い。……まどかには、手を出さないで」

痛切なる願いが、部屋の空気を振るわせた。

「本気で、言っているのかね」

まどかに伸ばした手を止めて、男はスゥに視線を向けた。その視線を受け止めて、身震いしてしまいそうになる身体を必死に抑えつけて。

「まどかのためなら、わたしは……戦える、だから」

「だめだよ、スゥちゃんっ!!」

まどかは叫び、手を伸ばした。けれど手探りに伸ばしたその手は、スゥを見つけることが出来なくて。

 

「……ま、いいだろう。お前が本気で我々の元で戦うというのなら、鹿目まどかの身の安全くらいは保障してもいい」

男は満足げに、そして予想通りとでも言うかのように笑って、そして頷いた。

けれど、それも何処まで信じられるのだろう。自らの身を挺してまで、まどかを守ろうとしたスゥの胸中には、まだ大きな不安が渦巻いていた。

それがありありと表情に見て取れて、またしてもおかしそうに男は笑って。

「確実に彼女を守りたいと思うのなら、精々力を尽くして戦い抜くことだ。腕が衰えていなければ、お前はラストダンサーとなるのだからな」

そう、告げた。

 

その言葉を受け止めたのかそうでないのか、探るように伸ばされたまどかの手を、スゥはそっと掴んだ。

「大丈夫、必ず戻ってくるから。待ってて。……心配なんていらない。わたし、実は強かったみたいなんだ。今度は、本当の英雄になるんだって。……だから、大丈夫」

 

――必ず生きて帰るんだ。そして、また必ずまどかのところに戻る。

――絶対死なない。死ねない。死にたく……ないっ。

 

言葉が、思いが。まどかには痛いほど伝わってきた。

「だめだよ……だって、みんなそう言って死んじゃうんだよ。ほむらちゃんも、マミさんも、さやかちゃんも杏子ちゃんも。……みんな、死にたくなんてなかった、死ねないって思ってたはずなんだよ」

ひとり取り残されて、余りにも多くの死を見続けてきたまどかには、その言葉はどうしようもなく危うくて、恐ろしくて。思わずスゥの手を掴んで、ぎゅっと握ってしまっていた・

「私なら、大丈夫だから。どんな酷い事されたって、頑張るから。……だから、言っちゃやだよ、スゥちゃん」

離さない、とばかりに強くその手を握る。そして、涙混じりに訴えた。

 

「……と、彼女は言っているようだが、どうするね?別に我々はそっちでも構わない。まずはどう弄ってみようか。そう簡単に使い潰しても困る。まずは脳髄を引き抜いて複製するところから始めるとするか……」

楽しげに、男の声はそう告げていた。まるで新しい玩具を前にしたような、ある意味無邪気で、それゆえに底知れない狂気を孕んだ声。まどかの手が震える。それは間違いなく、スゥにも伝わって。

「……わたしは、行くよ。まどか」

手を離し、スゥは男に向き直り。

「条件が三つある。それを聞いてくれるなら、わたしはどうなったって構わない」

その言葉に、男は興味深いと言った様子で笑みを深くする。

「聞こう」

そして、続く言葉に耳を傾けた。

 

「お前達の実験で、まどかに危害を加えないこと。そしてまどかの身の安全を守ること。そして……まどかの目を治してあげて。それが出来れば、わたしはそれでいい」

男は、スゥの言葉に少しだけ考え込むような仕草をして。それから、まどかに再び視線を移した。

「……大した献身ぶりだ。まったく。以前の姿からすると全く信じられん。だが、まあいいだろう。そういう風に取り計らっておく」

今のスゥには、その言葉を信じるより他に術はない。そのまま静かに頷いて。

「では行こうか。スゥ。……いや、13号」

その言葉は、ただの少女としてのスゥの終焉を告げた。そして再び、狂気の科学の産物となって。おぞましき敵に立ち向かっていく。そんな戦いの日々の再開を、告げていた。

 

「ちょっと、待ってくれないかな」

そうして行こうとする二人を遮ったのは今まで沈黙を保ち続けてきた、キュゥべえの声だった。

「まだ何か?もう既に、これは君の口出しできる領分ではないのだが」

「止める気はないさ。でも、ボクからも一つ提案があるんだ」

そう言うと、キュゥべえはスゥの元へと歩み寄り、そして。

「今のまどかの状況は、非常に厄介だ。この星の医療技術も大分進んではいるが、それでもそう易々と治りはしないだろうね」

「……何が言いたいの、お前は」

その声に、スゥはキュゥべえを睨みつける。まどかもまた、不安げにそれを見ているだけで。

「今すぐまどかを救う手段を、ボクならキミに提供できる。そういうことさ。ボクと契約して、魔法少女になればいいんだ。そうすれば、キミは願いを一つかなえることができる。まどかを助けるという願いなら、十分叶えられる願いのはずだよ」

「まあ、我々としても手間は省けるし、もとよりM型の処置は行うつもりだった。ソウルジェムの汚染の件についても、ある程度手は打ってある。問題はなさそうだが、何故今こいつにそこまで肩入れするのか、というのが気になるな」

「ボクはただ、彼女の意思を尊重しているだけさ。助けたいのなら、その方法を提供しているだけだ。キミ達にとっても悪い話じゃない」

言葉は回る。まるでお互いの腹の内を探り合うかのように。けれど、そんな頭上で飛び交う言葉が、まるで自分などいないかのように、大事なことが次々に決まっていってしまうことが、まどかには酷く耐え難い事だった。

もうこれ以上、この場所にはいたくなかった。このままスゥを連れて、逃げ出してしまいたかった。再び押しつぶされそうになるまどかの心に、声が響いた。

 

「いいわ。契約する。……私の願いはまどかを助けること。まどかが無事に暮らしてくれること。ただ、それだけよ」

「嫌……だめだよ、スゥちゃんっ!!」

 

「契約は……成立だ」

激しい光が、部屋の中に渦巻いた。

 

不意に、まどかの眼に激しい痛みが走った。

事実を言えば、それは痛みではない。突如として回復した視力。暗闇に閉ざされ、それに慣れきっていた眼には、今部屋の中に渦巻く光は余りにも眩しすぎ、強すぎた。

その光の中心から飛び出した一つの影、それはそのまま、まどかをぎゅっと抱きしめた。

 

「行ってくるね」

そして、優しい声が一つ。

だめだ、行かせちゃいけない。

必死に眼を開けて、眩しさに痛む視界が捉えたものは。

 

 

「……ほむら、ちゃん」

魔法少女の衣装に身を包み、短く揃えたはずの髪すらも長いものとなっていた、まさしくその姿は、まどかがよく知る少女の姿。

 

 

――暁美ほむらの姿だった。

 

 

おぼろげな視界の中で、スゥは小さくまどかに微笑んで。抱きしめる手を、離した。

 

 

「もう済んだのか」

「ああ、ボクに出来ることはここまでだ」

「なるほど、では行こうか。13号」

「……ええ」

 

 

 

まどかが全てを知ったのは、それから数日後のことだった。退院前夜、キュゥべえから告げられた。スゥが、かつてほむらと戦っていたということ。

そして撃墜された後、機体が流れ着き救助されたのだろうということ。

ほむらのために作られたラストダンサーは、同じ英雄を元にして作られたスゥならば、簡単な調整を行うだけで使用可能となる。だからこそ、スゥは選ばれてしまったということ。

恐らく初めから、まどかを連れ去る気などはなかったのだろう。それは全て、スゥを戦わせるためのことでしかなかった、と。

機密だけど、今更隠しても仕方がないと。そう言って、キュゥべえは全てを話したのだった。

そして、最後に尋ねた。

 

「彼女を助けたいかい、まどか?」

間髪置かずに頷くまどか。それを見て、満足そうにキュゥべえは頷くと。

「……じゃあ、ボクに協力して欲しいんだ、まどか」

そう、告げた。

 

 

 

人類は、再び英雄を、その力を手に入れた。

迫るバイドの大部隊。それに対抗するために

全ての力を集めて、ついに。

 

 

バイドに対する最終作戦。

オペレーション・ラストダンスが発令された。

 

 

魔法少女隊R-TYPEs 第16話

     『わたしの、初めての友達』

          ―終―




【次回予告】

長きに渡るバイドとの戦い。
その戦いに、遂に終止符が打たれるときが来た。
ありとあらゆる道理を撃ち捨てて、彼らは遂にここまで辿りついた。
人類の存亡を懸けた、最後の戦いが始まる。

最後の一矢。
最後の舞踊が、今。

「M式特殊弾、発射。――展開確認」

「……撃ち抜く」

「なんだこれは、空間が……歪むっ!?」

「敵艦内部に、巨大な熱源反応!……これは、巨大な機動兵器!?」

「……このまま出るわ、後をお願い」

「手こずってるようだね、手を貸そう」

次回、魔法少女隊R-TYPEs 第17話
      『オペレーション・ラストダンス(前編)』
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