そして今は、人類の狂気が生み出してしまったモノ。
運命という名の地獄の機械が、容赦なく少女達を押し潰す。
けれどそんな災禍の中心で、抗い、生き抜こうとする者たちがいた。
これは、そんな彼女達の物語。
戦乙女達の黄昏
「っ……は、ぁっ。どこから、どこから来るの……っ」
暗い宇宙を、一機のR戦闘機が飛んでいる。その声は恐怖と焦燥に塗れた声で、戦場には似つかわしくない少女の声だった。
「来るな……来ないで……っ」
編隊飛行の訓練をしていた彼女の部隊は、突如強襲を仕掛けてきた敵機により、彼女一人を除き既に全員が撃墜されていた。ファーストコンタクトで二機、さらにこちらが反撃の態勢に入るより前に続けて二機が撃墜され、残されたのは彼女だけだった。
辛うじて敵の強襲をやり過ごしたが、彼女には反撃など望むべくもなかった。恐怖に駆られ、ひたすらに逃げまわることしかできなかった。
レーダーに反応はない。振り切ったのだろうかと岩塊の影に身を隠し、正体不明の敵の様子を伺いながら彼女は一つ安堵の吐息を漏らした。
「どうして、どうして私が……こんなこと、しなきゃいけないのよっ」
その答えはわかりきっている。けれどそれは、当然納得できるような答えではない。
ある日突然、戦いの運命を強制させられた。拒めば即、死が待っていた。受け入れたところで、待っているのは遠からぬ死だった。
それでも生きたいと足掻くものだけが、未だこうして生きながらえる事が出来ていたのである。
「やってやる……私は生き残るんだ、絶対に」
心身を蝕む恐怖を、その臓腑の奥底へと押し込めて。一つ意気込み、鋼の身体に波動を満たし、戦うための力を充填していく。けれど。
「け、警報っ!?これは……きゃあぁぁぁっ!?」
彼女の機体が潜む岩塊ごと、無情な波動の光が薙ぎ払っていった。視界が暗転し、すぐさま赤いランプがそれを満たす。その中で一つ、『You Dead』という文字だけが煌々と照らされ、示されていた。
暗い視界に、光が満ちた。
「はぁ……また死んじゃったよ」
「ほんと、隊長は容赦なさすぎだよね」
「……いつまで、こんなことしなくちゃいけないのかな」
「あ、全部終わったみたい。……やっぱり全滅かぁ」
開けた視界の先、シミュレーションルームの中に設置されている、R戦闘機のパイロットブロックを模した装置の中で彼女が見たものは、先程までともに訓練を受けていた僚機のパイロット達。
いずれもまた、歳のほとんど変わらないような少女達だった。
「お疲れ様、マコト」
開けた視界の眩しさに目を細めていた彼女に、少女の一人がそう呼びかけた。マコトと呼ばれた少女はその声に曖昧に答えると、座席に座ったままヘルメットを脱ぎ捨てた。
ふらつく頭を押さえながら、ゆっくりと顔を上げる。そこには気の強そうな、けれどまだどこか幼さの残る顔つきで、小柄な身体に黒の短髪の、簡単に言えば典型的な日本人の顔つきの、そんな少女の姿があった。
彼女の名前はマカゼ・マコト。ゲルヒルデ中隊に所属する、R戦闘機のパイロット。
そして――魔法少女。
「襲撃から全滅まで僅か三分。これではとてもじゃないけれど、実戦には出せないわね」
訓練を終えて、少し張り詰めていた緊張の和らいだ少女達にかけられた声。その声もまた、同じく少女のものだった。けれどその声はどこか硬質で、冷酷とも取れるような響きを滲ませていた。
ゲルヒルデ中隊の指揮官であり、呼び名もそのままゲルヒルデ。そんな彼女が、訓練を終えた少女達へとスピーカーを通じて言葉を告げていた。
投げられる言葉は辛辣に、彼女達の不備や失策を告げていく。特に隊列の先頭を飛んでいたセラは、散開の判断が遅れたことについてみっちりと絞られていた。
彼女達とてほんの一月前まではただの少女だったのだ、これだけ色々言われれば反論の一つもしたくもなる。事実、そういうこともないわけではなかった。その時は即座にその倍近い正論という名の説教をもらって、閉口するより他になかったのではあるが。
「最後に、マコト。身を隠すなら熱源はできるだけ減らしておくことね。目のいい敵が相手だと、隠れることも出来ずに撃ちぬかれる羽目になるわ」
「………」
マコトは答えない。何も答えられない。まだ、自分が死んだという実感が身体の中に渦巻いていて、それがどうにも抜けてくれないのだ。身体が震える。口の中がやけに粘つく、呼吸が荒くなる。
コクピットブロックを模した装置の中で、マコトは座ったままで動けずにいた。
「マコト、返事をなさいっ!」
「っ!?……ぁ、はい」
「何を呆けているのかしら。体調が悪いのなら早いうちに医務室に行っておきなさい。次の訓練は二時間後よ。それまでに少しでも身体を休めておきなさい」
ぶっ続けで6時間近く飛び続け、その締めくくりに先ほどの奇襲染みた戦闘演習である。すっかり参ってしまっていた少女達には、その声はまさしく救いの声だった。
「それじゃあ、各自解散よ」
待ってましたというかのように、三々五々に少女達は散っていくのであった。
「ボク達、いつまでこんなことを続けるんだろうね」
シャワーを浴びて部屋に戻ったマコトに話しかけたのは、マコトよりも頭一つ背の高い、褐色の肌の少女だった。半ば呆けたようにベッドに腰掛け佇む彼女に、マコトは伏目がちに答えた。
「……死ぬまで、かしらね。休んでなくていいの?ファリーナ」
「休んでられないよ、こんな状況で」
こんなに疲れきっているのにね、と。ファリーナと呼ばれた少女は力無く笑みを浮かべた。マコトも、それに疲れた笑みを浮かべて答えた。
ここに来てしまった以上、最早逃れる術はない。その命が尽きる日まで、戦い続けることしかできないのだ。
残酷な運命が、人類の狂気が、少女達をこの場所に縛り付けていた。
ここは太陽系最外周部。準惑星冥王星宙域に浮ぶ軍事基地、グリトニル。
先のジェイド・ロスの帰還に際してバイドの襲撃を受け、一度は陥落したものの、想像していた以上に基地そのものへの被害や汚染は軽微であった。
それが、人類の施設を破壊したくないというロスの心情によるものだとは誰も知らない。だが、それでも目立った損傷のなかったグリトニルは、再び人類の基地として使われていた。
外宇宙より続々と殺到するバイド軍。それに対抗するための橋頭堡として。そして魔法少女を利用した悪夢の実験場として、魔法少女を戦場に送り込むための訓練場として。
「こちらヴァシュタール。ゲルヒルデ、状況を報告せよ」
「ゲルヒルデ。状況を報告するわ。機体の受領は予定通り完了。配備が完了次第、実機を用いた演習へと移行する予定よ。……それと、汚染限界に達した者が二名。指示通り彼らに引き渡したわ」
「なるほど、報告ご苦労。……実戦まであと一月だ。それまでに、なんとか彼女達を鍛え上げてやってくれ。以上だ」
地球からの通信が打ち切られ、ゲルヒルデは重々しく息を吐き出した。彼女の隊に預けられた魔法少女達は、誰も皆戦闘経験など無い一般人ばかり。いかにソウルジェムというデバイスが優れていたとしても、そんな少女達をほんの二月程度で、一端の兵士に仕立て上げることなど、とてもではないができるはずが無い。
それでも、やらなければならなかった。人類の存亡のため。そして何より、彼女達自身がこの地獄を生き延びることが出来るようにするために。
他の隊でも、これと同様のことが行われているのだという。茶番だ、と彼女は思う。
今日現在までに、この基地へと運ばれた魔法少女は3000人近くを数える。その半数以上が戦うことを拒み、そのまま処理されていった。生き延びるために戦うことを決意した少女達も、適性の無さや訓練についてこれずに脱落していった。
最後まで残り、実戦に耐え得るようになるものがどれだけいるだろうか。一割も残れば上出来だろう。実際は、その半分も残るまい。彼女はそう見立てを立てていた。
それでも構わないのだろう。少女を攫い人体実験紛いの、否。まさしく人体実験そのものとしか言えない、非道な実験を繰り返している。その事実を覆い隠すために、兵士としての運用を行っているという成果が欲しいだけなのだ。
そうでもなければ、これだけの犠牲を出しながらも突き進めるわけがない。これほどの数の少女を犠牲にして、尚もそれを続けられるはずが無い。
「……惨すぎるわ、こんなの」
声は震える。けれど、涙は零れなかった。彼女にはもう、涙を零すような身体もなかったのだ。
人類の生活圏を遠く離れて、逃げ場など無い太陽系の最果て。見えるのは深遠の宇宙と、間近に見える冥王星。それは人類にとっては橋頭堡。けれど少女達にとっては牢獄、もしくは地獄でしかなかった。
迫るはバイドの大部隊。激化していく演習の日々の中で戦い抜き、生き残ればまた帰れると、そんなか細い希望に縋り。少女達は、若い命を次々に散らせていった。
世界各地から集められた3000人の魔法少女達は、たった二月の間に、295人にまで減っていた。残された少女達は9つの中隊へと分けられた。そして。
――遂に、太陽系にバイドが襲来した。
それに対して配備された正規の地球軍と共に、魔法少女達はバイドへと立ち向かうこととなる。
「いよいよ実戦ね。貴女達は二ヶ月間、ここでの訓練に耐え抜いた。自信を持って言わせてもらうわ。今の貴女達なら、そんじょそこらのバイドになんて負けはしない。……みんなで太陽系を守って、そして生きて帰りましょう」
基地の格納庫に魔法少女達が並んでいる。出撃の時間までもう間はない。
そんな少女達に告げられた声は、何時もの厳しい声とは違い、どこか優しい声だった。
二ヶ月という短い間に、少女達は多くのものを失った。家族を、友人を、人生を。そして新たに得た仲間でさえも。多くのものを投げ捨てて、少女達は戦士と化す。この地獄で踊るための、衣装と業を身に纏う。ゲルヒルデの言葉を聞く彼女達も、思い思いにその声に頷いて。その一番先頭にマコトがいた。
あの時共に戦った少女達は、皆途中で脱落していった。戦うことに、この地獄に耐え切れず、施設の奥。底すら見えない暗黒の中へと消えていった。
マコトは思う。きっと自分は、そんな彼女達の命を喰らって生きてきたのだろうと。その命と引き換えに、この力を手にしたのだと。
その想いがマコトを変えたのだろうか、いつしかマコトは中隊の中でもトップの腕前を誇るようになっていた。五機編成の小隊を一つ、預かることができるほどに。
「出撃は30分後よ。それまでに各自装備を確認して、機内にて待機。マコト。貴女が先頭をお願い」
「了解」
「後は各自指示に従って出撃よ。初めての実戦が、こんな大規模戦闘だなんて滅多にあることじゃないわ。緊張するなって方が無理な話よ。……生きて帰ったら、飛び切り美味しい紅茶とケーキを用意するわ。各自解散!」
その言葉に、少女達は自分のもう一つの身体であるR戦闘機へ向かって歩いていく。格納庫の中は、機体が巻き上げる熱気混じりの風が吹き荒れている。その中を、吹き飛ばされないように必死に少女達は歩く。
けれどその中で、一人の少女がバランスを崩して倒れた。マコトはすぐさまその少女の下に駆け寄って、その身体を支えた。
「グエン?どうしたの。出撃前で足が竦んだの?」
からかうような、心配交じりの口調で問いかけた。グエンと呼ばれた少女は、どこか虚ろな調子で答える。
「変なのよ、マコト。風に煽られそうになったから、私は少し機首を下げただけなの。なのに、いきなり地面に接触するなんて……」
困惑気味に告げられる言葉に、驚いたようにマコトはグエンを見つめる。それは余りにも長期に、長時間に渡ってソウルジェムを介してR戦闘機に乗り続けたが故に起こった事だった。
「……何言ってるの、グエン。貴女はまだ地面に足をついて歩いてるじゃない。ほら、早く立って。出撃はこれからよ」
ソウルジェムを介して操るR戦闘機は、まさしく魔法少女の身体そのものとなる。それを余りにも長く続けるうちに、魂に機体の動かし方が染み付いてしまったのだろう。人の身体の動かし方を忘れてしまう者が出始めたのだ。
ある程度機体から離れて生活できれば、それはすぐに治るようなものだったのだろう。けれどこの状況は、そんな余裕を与えはしない。
それでも尚訓練を繰り返す内に、遂に人の身体に魂が戻らなくなる者が出始めた。そうなった者はみなそれに絶望し、遠からず脱落していく定めにあった。恐らく、このグエンという少女もまた、遠からず同じ定めを辿る事だろう。
マコトは、そんなグエンの手を引き立ち上がらせながらそんなことを考えていた。
そして恐らく、指揮官であり教官でもあるゲルヒルデもまた、そんな風にして自分の身体を失ってしまったのだろうとマコトは推測していた。それでも尚戦う理由は何なのだろう。何を願ってこんな事をしているのだろう。
無性に、それを尋ねてみたくなった。生きて帰ることが出来たら、尋ねてみようかと思った。
「ロセヴァイセからゲルヒルデまで、進路クリア、発進どうぞ!」
管制官より発進の許可が下りる。少女達の魂を乗せた機体が、次々に発進準備を済ませていく。
「各機手筈通りに!指定宙域到達までは編隊を維持!ゲルヒルデ中隊!出撃よっ!」
そして、ついに少女達は戦いの宇宙へと向かう。恐るべきバイドに、更なる狂気を以って立ち向かうために。その業の重さを、彼女達はまだ知らずにいた。
「いやぁ、思いがけなく結構な数が残りましたねぇ」
次々に基地を発っていく少女達。窓越しに遠ざかっていく青い光を眺めながら、この施設の研究員である若い男は妙に感慨深げにそう、呟いた。
「一割弱、といったところかね。すごいよねぇ、見てよ。あのドミニオンに乗ってる子なんてまだ小学生だよ。素質がある女の子はみんな連れて来いって言ったけどさまさかあんな子まで兵士に仕立て上げちゃうってんだから、あいつらの勤勉ぶりったらないね」
答えたのは女性。こちらもまだ若い。赤みがかった茶色の長髪は、随分手入れもしていなかったのだろう。ずいぶんとぼさぼさになってしまっていた。
目にはサングラス。その下の表情は窺い知れない。そんな女の声には、感心すると同時に嘲るような色も見て取れた。
「別に、兵士にするために連れてきたわけじゃないんだけどね。一応体裁ってのもあるし、使い物になりそうなら鍛えてもいいって言ったけどさ。これでうっかり戦果でもあげようもんだったら、うっかりほんとに徴兵されちゃったりしてね」
「かもしれませんがねぇ。上も相当人手不足に悩んでいるようですし。こんな人買いまがいのことをしているという痛手さえ気にしなければ、思いのほかM型ってのは優秀な兵士なのかもしれませんねぇ」
窓の外の宇宙を、次々に飛び立っていく光を眺めながら。男と女が面白そうに話に花を咲かせている。
「それで、弾頭処置の方はどの程度完了してるんです?」
「えーっとねぇ。凍結状態で搭載を完了したのは300発。後は汚染作業が完了してないのが2000発ってとこかな。残りは大分派手に実験に使っちゃったからねー。まあ、これだけ今回の襲撃くらいは十分でしょ。これで運用データが取れれば、あたしらもやりやすくなるし」
「そうですかぁ。早く見てみたいものですねー。M型兵器って奴を」
にこにこと、どうにも臨戦の場にはそぐわない笑みを浮かべる男に苦笑交じりに女は
「だーかーら、普通じゃ見えないんだってば。それ」
と、言葉を投げかけた。
「そうでした。いいですねぇ姐さんは。見れるようにしたんでしょ?僕も受けてみましょうかねぇ、移植手術って奴を」
「やってやってもいいんだけど、どうも女以外にゃ定着率が悪いんだよね男に移植したら、どいつも半月以内に拒絶反応起こしちゃってさ。ぐずぐずの肉の塊になっちゃうわけ。 そこんとこ承知で、やってみる?」
どうにも面白くなさそうな声色を隠そうともせずにそう言うと男は、それは残念といった様子で肩を竦めた。それから女は、ゆっくりとサングラスに手をかけ、それを外した。そこに映し出された瞳は、その強膜は、まるでルビーのような紅い色に染まっていた。
それは、魔女の姿を知覚できるようにするために施された処置。さまざまな物が考えられ、実行され、失敗し。唯一安定して魔女を知覚させることに成功した手段。それが、インキュベーターの体組織を人体に移植することだった。
今のところ、女性に移植したケースにおいて身体への影響は、強膜の変色を除いて見られていない。男性に移植したケースは、言うに及ばずである。
「まったくー、随分と破廉恥な遺伝子ですねぇ。とはいえ、何とかもっと安定した方法を探さなくては。姐さんも、実験の度に視神経に出力装置を繋げられるのは面倒でしょうしねぇ」
「まぁねー。今のところ、そうするしかないんだけどさ」
呟く女の紅に染まった瞳が映すのは、どこか赤みがかった宇宙だった。それがまるで、戦士たちの血で出来た海のようにも見えて、女は小さく鼻を鳴らす。何しろ、本当にこの宇宙が人とバイドの血潮に染まるのは、全てこれからなのだから。
自分の身体が鋼の鳥になるイメージ。そしてそのまま、イメージの赴くままに宇宙を往く。
マコトは、戦うのはやはり好きにはなれなかった。慣れることもできない。けれど、こうしてR戦闘機を駆って飛ぶのは好きだった。
波動を宿した鋼の翼を手足に換えて、優れたセンサーを目鼻に換えて。自由に飛び交うその時だけは、あらゆるしがらみから自分が開放されたような、そんな気がしていた。
編隊の先頭を飛びながら、浮遊感と万能感、そして拭い難い恐怖を抱えて。マコトの駆るOF-3、軌道戦闘機であるガルーダは、波動の尾を引きながら、編隊の先頭を指定された座標へと向けて飛んでいた。
「指定座標に到着。全機異常なしです、隊長」
移動を完了させ、まず一仕事終えたといった感じでマコトは通信を送った。
「それじゃあ作戦を第二段階に移すわ。中隊はその場に待機。 セクションブルーに進入する敵のみを迎撃。なるべく多くの敵を中央のセクションレッドへと向かわせて頂戴」
グリトニルを出撃し、太陽系を出てすぐの場所。まるで太陽系への侵入者を迎える道を作るかのように、小惑星帯が左右を塞いでいる。
敵がここを通る限り、一度に全てのバイドを相手にするような愚策を犯さずにすむ。太陽系に迫るバイドに対して、人類が見出しておいた合戦場の一つであった。
ゲルヒルデ中隊及び、他の魔法少女隊に課せられた任務は、小惑星帯外則部に部隊を展開させ、小惑星帯を迂回して地球に向かおうとするバイドを撃退する、というものだった。
ほとんどのバイドは中央を通るだろうと予測されているため、激戦区となる中央は、正規の地球軍がしっかりと守りを固めていた。けれど、それでも雲霞のごとく押し寄せるバイドの大軍団を相手にするのにはどうしても力不足なのではないかと、そう思われた。
「本当に大丈夫なんですか?……バイドは、もの凄い数だって聞きましたよ」
やはり少しでも、正面に戦力を回すべきなのではないか。マコトはそれを正直に告げた。
「……大丈夫よ。私たちはここで敵を撃退していればいいの」
「それは、私たちが未熟だからですか?正面きってバイドと戦う力が、私たちにはないから、ですか?」
通信に割り込んできたのはTL-2B、人型変形機能を持つ機体であるヘラクレスを駆る少女。ここにいる少女達の中では年上な方で、部隊のまとめ役のような役を担っている、ソーリャの声だった。
「そうは言ってないわ、ソーリャ。貴女達の腕は、正規の地球軍にも負けないくらいなのは保障する。……けれど、駄目よ。私たちは中央に行ってはいけない。これは命令よ」
隊長の命令は絶対。それが、この中隊に配属された彼女達が一番最初に学んだことだった。そしてそれと同時に、自分の意見を述べることも躊躇ってはいけない。
矛盾を抱えたその指示を、戸惑いながらも少女達は理解しつつあった。命令と言う言葉が線を引くまでは、各自がその最善を尽くせばいい。ただその言葉が出れば、その命令のために全力を尽くせばいい。難しく考えすぎれば潰れてしまうから。
機体の調整に手間取り、出撃の遅れたゲルヒルデの機体がようやく中隊に合流した。Wの文字を模した雷のパーソナルマークをつけ、巨大な砲身を掲げた機体、R-9DH3―コンサートマスターが中隊の最前列へと躍り出た。
それと時を同じくして、ついに広域レーダーにバイド反応が検出された。小惑星帯の左辺を任されていたゲルヒルデ中隊の元にも、ついにバイドが迫る。
「各機、波動砲のチャージを開始。一斉射撃でまずは敵の頭を叩くわ。その後、アサルトチームは前進。攻撃開始よ。敵を全滅させようなんて思わなくていいわ」
言葉に続いて、無数の波動砲のチャージ音が鳴り響く。甲高い音が機械の鼓膜を振るわせる。
「レンジャーチームは、前衛を抜けてくる敵の相手をお願い。もしここでも敵に抜かされてしまったら、その時はすぐに報告するのよ」
各々の機体に警報が走る。バイド反応の接近を告げ、それは本当の戦いの幕開けを告げる。
「ノーチェイサー部隊は私に続いて敵を遊撃よ。後方に抜けそうな敵、味方を攻撃している敵を優先的に狙って。訓練どおりにやれば、誤射なんてしないわ」
敵味方識別可能なロックオン波動砲は、乱戦においても十分に効果を発揮してくれる。それを備え、更に機動性に優れるノーチェイサー部隊に加えて自らを遊撃に据え、広域に攻撃可能な機体を前線に、後方には迎撃能力に優れた人型機を据えた。
できる限り、皆が生き残れるように策は練った。
後はもはや、生きて帰れるかどうかはどこまで自らの力を、そして仲間を信じられるかにかかっている。
敵機体郡が、後30秒ほどで射程距離内に接近する。それを告げると同時に、各機は機首を迫る敵へと向けて。
「各機、座標軸合わせ!合図と同時に発射、アサルトチームは突撃っ!」
唸りを上げる波動の光。中隊に並び立つ全機が、一斉にその震える波動を解き放つ。眩い光が宇宙を照らし、遥かより飛来する敵軍へと次々に突き刺さり、爆発を巻き起こした。
訓練でも演習でもない、これは本当の戦闘。今放った波動の光は、間違いなく本当に敵を殲滅するための力なのだと、少女達は知った。
けれど、何故だろう。
全ての物を、塵も残さず消滅させるその光は。その中で次々に巻き起こる爆発は、とても、とても美しく見えた。
(こんなに綺麗なのに、これは、敵を殺すための兵器だなんて……)
「アサルトチーム、行きなさいっ!」
「っ……アサルトチーム、攻撃開始(アタック)ッ!」
破壊の光に魅入られていたマコトは、ゲルヒルデの声にすぐさま我に返ると、味方の部隊に突撃の合図を告げ、同時に機体を発進させた。破壊の光の中からも、さらに這い出ようとするバイドの群れの只中へと。
それに一拍遅れて、彼女の僚機達が発進した。
太陽系絶対防衛艦隊として、グリトニルに配備された地球軍。ついにバイドとの大規模戦闘に突入した部隊を指揮しながら、旗艦のブリッジに立つ男の姿。傍らには女性の副官。
そう、それは九条提督であった。
ジェイド・ロスの帰還に端を発した事件。あの激しい戦闘で、彼の部隊のみがかろうじて戦力と言えるものを保有したまま戦闘を終えた。その成果からも、そしてその交戦記録からも、多くの人員を失った地球連合軍内において、彼に日の目が当たるのは無理からぬことだった。
彼には昇進と共に更なる重大な任務が課された。太陽系の絶対防衛艦隊を指揮し、オペレーション・ラストダンスの発令まで、太陽系を死守するという大任に。
そして九条は、もう一つ確信していることがあった。恐らくこのまま戦い抜けば、オペレーション・ラストダンスの実行部隊である第二次バイド討伐艦隊は、間違いなくこのグリトニルの長距離ワープ施設を使うことになる。
その時に恐らく、その艦隊の指揮権を譲渡されることになるだろう。そうでなければ、こんな辺境にいる者にわざわざ、第二次バイド討伐艦隊の全容を知らせはしない。
今までになく長く、苦しい戦いになりそうだ。それでもかつての英雄との誓いを思い出し、自らを奮い立たせる。そして九条は、戦場へと意識を移した。
「戦況は?」
「まだ始まったばかりですが、今のところは順調です。正面の部隊は敵の足止めに成功していますし、側面のM型部隊も回りこもうとする敵を、上手く撃退しています」
出だしはまずまず。だが、まともに当たれば間違いなく押し切られるレベルの物量差であることは言うまでもない。縦しんばここを乗り切ったとして、敵は途切れることなく続々と押しかけてくるのだ。
緒戦で躓いていては、この先とてもやっていけはしない。
「結構だ。それで、件の新兵器とやらはどうなっている?」
「既に特務機10機に搭載済みです。投下は、敵戦艦が宙域に侵入するまで待てとのことです」
「それまで持たせろ、ということか」
軽く目を伏せ、考える。今のところまだ敵の侵攻もそれほどではない。地の利もこちらにある。この場所で敵を食い止められる限り食い止め、十分に敵を引きつけた後に、新兵器とやらで敵を殲滅する。
そうする上で考えるべきことは、敵の侵攻を防ぐことと、味方の被害を防ぐこと。
「補給艦を前線近くまで押し出せ。そこを負傷した機体は無理せず戻るよう伝えろ。後は各機、孤立しないように連携を取り合え、決して敵に囲まれるな。とにかく近づいてくる敵を片っ端から叩き落し続けろ!耐え続ければどうにかなる!」
九条の声に、ブリッジが俄かに騒がしくなる。各方面での戦闘も、徐々にその激しさを増していく。その身の内に静かな闘志を昂ぶらせ、そして。
「さあ――バイド狩りの始まりだ」
静かに、けれどよく通る声で、そう宣言した。
「はははっ!はははははっ!そうだ、これだよっ!やはり“戦う”というのはこうでなくちゃぁっ!!」
戦場を、漆黒の刃が駆け抜ける。暗黒の宇宙より尚その刃は昏く鋭く、その進む先にあるありとあらゆるものを切り刻んでいく。
武装を変更し、ショートレンジでの白兵戦に特化したその機体はまさしく禍々しき異形。その全身から敵意と殺意、そしてそれが具体化した破壊をばら撒き、視界に映るバイドを片っ端から切り刻んでいく。
鉤爪の食い込んだ時計のパーソナルマークが、異貌なる機体の一際突き出た牙に刻み込まれていた。
B-5A――クロー・クローのカスタム機であり、ダンシング・エッジと名付けられたその刃は、遂にバイド機の制御を可能とした人類の手によって、そしてそれを駆るオルトリンデ中隊隊長、オルトリンデによって、恐るべき災禍をバイドにもたらしていた。
彼女の、人の名で呼ばれていた頃の名前は――呉キリカ。彼女もまた、魔法少女として長らく実戦を経験してきたものであり、この中隊を預かる隊長であった。
魔法少女のみで構成されたこの9つの中隊は、それぞれに戦乙女の名を冠し、その指揮官にして教官には、魔法少女としての実戦経験を長く積んだものが任命されていた。選ばれる条件はただそれだけで、そこに一切の適性や人間性を考慮した様子はなかったのである。
「すごい、すごいすごい!どれだけ殺しても終わりがないっ!尽きないっ!まるで私の愛のようだ。……これは、殺しつくして見せ付けなくちゃぁ。私の愛は、無限を越えて無限だって、ねぇ?」
その機首に掲げたフォースから、血の色の如く赤々と輝くレーザーの刃が飛び出した。左右に5対、それはまさしく死神の手と化して、道を阻む全ての物を切り裂いていった。
「恐ろしい戦果だが、あれではどちらが化け物なのだかわからないな。……とにかく、隊長が好き勝手に暴れてくれている。我々はその撃ち漏らしを仕留めればいい」
当然、そんな彼女に部隊の運営などがまともに勤まるわけもない。流石にそれで部隊が立ち行かないということで、この中隊には副長として、グリトニル所属の仕官が一人配置されていた。
気難しい思春期の少女達を纏め上げ、更に兵士としての訓練を施す。それはどちらにとっても過酷過ぎる任務である。当然上手くいくはずもなく、隊の士気はどうにも上がらなかった。
故に今の尚、彼女達はただただ前方で暴れるキリカを眺めていることしかできなかった。
「どうやら、キリカは上手くやっているみたいね。……そろそろ、こちらも動き出しましょうか」
そんな派手な騒ぎを後方に眺め、一の戦乙女の名を冠するロセヴァイセこと美国織莉子と、彼女の率いるロセヴァイセ中隊が戦闘を開始した。
謀略によって地位を追われるより以前は、彼女は英雄にも等しい活躍をしていた。当然、それに見合うだけの人望も、能力も持ち合わせていた。人々を統率し、指揮するに足る素質は、やはり父親譲りのものだったのかもしれない。
瞬く間に彼女は自らの中隊を統率し、高い指揮の下に効率的な訓練を実施した。結果、一の戦乙女の名に恥じぬ、最高の錬度を誇る魔法少女隊が完成していたのである。落伍者の数も、ロセヴァイセ中隊が飛びぬけて低かった。
「ロセヴァイセ中隊、全53名!総員所定の配置につきました!」
どこか熱に浮かされたような、戦いの狂気に駆り立てられたような声で、副官を任せていた少女が織莉子に告げた。
「結構ね。……それじゃあ、始めるわよ」
多くの魔法少女を擁するロセヴァイセ中隊は、中央に最も近い場所にて脇に逸れようとするバイド群の頭を叩くという、危険の多い任務に就いている。けれど、隊員である魔法少女達の表情に恐れはない。
その理由の半分は、美国織莉子の実力に裏付けられた信頼。そしてもう半分は、彼女の持つカリスマ性による狂信。
兎にも角にも、ロセヴァイセ中隊は始めての実戦に臆することなく、迫るバイドへと立ち向かっていくのだった。
(早く終わらせて戻らないと、きっとキリカは拗ねてしまうわね。だから、早く片付けてもらわなければならないわ)
それだけの信頼を受け、それだけの想いを寄せられて尚。彼女の頭の中を占めるのは、離れたエリアで戦うキリカのことだけだった。
同じような戦闘が、小惑星帯のあちこちで起こっている。とはいえ、今のところこちらに来ているのは小型のバイドばかり。少なくともそれは、その性能を十分に発揮したR戦闘機の敵となりうるものではなかった。
迂闊な操縦ミスや、戦場の狂気に駆られた誤射など、少々の不運な事故が初期に発生した以外は、ほとんどと言っていいほど魔法少女達に被害は見られなかった。
「……は、ははっ。こんなもの、なのね。……戦闘、実戦って言っても」
まばらに降り注ぐ敵弾を掻い潜り、時にフォースで受け止めて。マコトは未だ被弾することなく戦場にあり続けていた。小隊の僚機も、皆損傷は軽微もしくは皆無。十分に戦える。今までの訓練は決して無駄ではない。
確かな戦果に裏づけされた自信がマコトの中に、そして他の魔法少女達の間にも芽生え始めていた。
それは、戦士としての目覚めに他ならない。戦う能力を持っただけの少女から、一人の戦士へと。柔らかな肉の蛹を破り、鋼の翅を抱えた蝶へと羽化を遂げる。戦場に、色とりどりの鋼の蝶が舞っていく。波動の粒子を振り撒きながら。
けれど、彼女達は知らない。羽化したての蝶の翅は、脆く弱いものであることを。
「周辺の敵は征圧したね。次行くよっ!」
散開していた小隊を呼び戻し、更に敵陣深くへと突き進む。編隊飛行も手馴れたもので、5機の機体が綺麗にデルタの形を描く。編隊飛行の隊形の一つ一つを仕込むほどの時間はなく、習得できたのは基本となるデルタのみ。
それでも間違いなく、十分に合格点といえる編隊だった。
先頭を走るマコトの機体に警報が走る。熱源の接近警報。それもかなりの熱量を持っている。
「散開(ブレイク)ッ!!」
ソウルジェムを介した機体接続は、各種警報を目視や音による認識よりも遥かに早く乗り手へと伝達することができる。訓練で叩き込まれた危機回避のための行動が、すぐさま形となって現れた。
即座に小隊は散開し、その直後にマコトの機体が存在していた空間を、機体とほぼ同じ太さのレーザーが貫いていった。
「回避成功……このまま反撃を…っ!?」
無事に攻撃を回避し、そのまま反撃のための索敵を開始しようとした小隊の背後で。打ち抜かれ、ただ通り過ぎていくだけのはずだったレーザーが、大きく真上に薙ぎ払われた。
それは恐らく持続圧縮波動砲同様、照射時間の非常に長いレーザーだったのだろう。回避直後の隙を突かれた僚機が、薙ぎ払われたレーザーに直撃、機体は焼き払われ、分断され。そして、小さな爆発と共に潰えた。
「そん……な」
ここまで無事に戦い抜いてきたというのに。一瞬の油断が、判断ミスが、こうも容易く命を奪う。それは、彼女達にとって始めての、戦友を失うという体験だった。
こんな歳の少女が背負うには、余りにも重く辛い、体験だった。
「くそっ!ティナが食われたっ!誰だ、どこのどいつがやったってのよっ!!」
悲しみと同時に、マコトの胸中に湧き上がったのは激しい怒りだった。目の前が真っ赤に染め上がるほどに、それは激しくマコトの中を駆け巡った。その怒りに駆られるように、マコトのガルーダは速度を上げ、今の一撃の射手の下へと機体を走らせる。
恐らく僚機を駆る少女達も、心の内は同じだったのだろう。遅れぬように速度を上げて、マコトに続いていく。
「マコトっ!先行しすぎてるわ。下がりなさいっ!」
その突出を見咎めて、ゲルヒルデの声が飛ぶ。
「ティナがやられたんだ!その敵がこの先にいる。仇を取るんだ、私はっ!!」
語勢を荒げるマコトの言葉に、ゲルヒルデの脳裏に苦い記憶が蘇る。捨て去ろうとしても捨てきれない、苦くも懐かしい記憶が。そんな逡巡は一瞬。すぐに彼女も我に返る。
行かせてはならない。彼女達は戦いの狂気に駆られて、正常な判断が出来ずにいる。
随行していたノーチェイサー部隊に遊撃の続行を命じると、ゲルヒルデはコンサートマスターを駆り、敵陣へと突入していく。巨大な砲身を掲げた、比較的小回りの効かない部類のはずの機体が、滑るように敵陣に分け入っていった。
「危険すぎるわ。いいから戻りなさい。これは命令よっ!」
と、援護に向かいながらゲルヒルデが叫んだのと。
「見つけた。あいつだ、あいつがティナをやったんだ!」
射手を発見したマコト率いる小隊が、突撃をかけたのはほぼ同時だった。ゲルヒルデの声は、戦場の怒号に飲まれて届くことはなく。
(さっきの一撃、チャージもなしに撃てるものじゃない。このまま懐に潜り込めば、一気に片付けられる!)
遂に見えた敵の姿。それは緑色の人型兵器。その片手に巨大な銃のようなものを抱え、周囲にはなにかが浮遊している。
「散開して4方向からの同時攻撃を仕掛ける。一斉射撃で、確実に破壊するのよ!」
了解、と声が三つ重なって。直後、四つの光が分かれて迫る。
そのバイドの名はガイダッカー。複数の兵器が組み合わさって出来た、バイドの人型兵器。
確かにマコトの読みは当たっていた。驚異的な威力と照射時間を誇る粒子砲は、連射の効かない、チャージが必要な兵器だった。けれど、チャージ中はほぼ無防備となるゲインズと違い、ガイダッカーにはもう一つの武器があった。
「ティナの仇……っ!」
「逃げ場はないよっ!」
「終わりですわ!」
「ぶッ…潰れろぉ!」
四方向から取り囲んだ少女達の機体のすぐ眼前に、ガイダッカーの周囲に浮遊していた物体が迫っていた。それはアタックビット。粒子砲のチャージ中の隙を補うため、ガイダッカーが有するもう一つの武器だった。
半ば本能的に、マコトは機体を急旋回させた。機体限界に近い急な機動が、機体をみしりと軋ませた。
そして回避が遅れた三機のR戦闘機は、その威力を発揮することなくアタックビットの攻撃によって潰え、その命を巻き上がる炎の中に散らしていった。
「ぁ……ぁぁっ」
セラが、フィヨンが、リョウコが、ついさっきまで共に戦っていた戦友たちが、一瞬でその命を落としたのだ。その事実は、今度こそマコトの心を打ちのめした。ここに及んで初めて、彼女は自らの死と直面した。
身体は完全に死の恐怖に飲まれ、動けない。動かない。戦わなければならないのに、敵を討たなければならないのに。ただただ、敵が、死が恐ろしかった。
そうしてマコトが竦んでいる間に、ガイダッカーは悠々とチャージを完了させると、再びその粒子砲の銃口を、マコトのガルーダへと向けた。
(駄目だ、私。死……)
閃光が、駆け抜けた。
それは、ガイダッカーの粒子砲ではなかった。
マコトの背後から迫り来るその閃光は、持続式圧縮波動砲のそれ。激しい光を撒き散らしながら迫るそれは、まるで意志があるかのようにその身を曲げてマコトの機体の横を通り過ぎ、今にも粒子砲を放とうとしていたガイダッカーを貫いた。
尚も照射は続く。ガイダッカーの装甲が、照射され続ける波動の光に赤熱し、膨れ上がっていく。そして、一際大きな爆発ともに弾けて消えた。
「……運がよかったわね。それとも、死にそびれたというべきかしら?」
「隊……長」
その一撃。まさしく魔弾というべき閃光の射手は、ゲルヒルデの駆るコンサートマスターだった。
「覚えておきなさい。隊を預かる者が選択を誤れば、もっと多くの人が死ぬ。だからこそ、私達は慎重にならなくてはいけないの。間違ってはいけないのよ」
ゲルヒルデは戦場を一瞥し、マコト以外の機体が完全にロストしたことを確認すると。
「まだ戦いは終わっていないわ。ついてきなさい。貴女は自分の身勝手で四人の命を奪った。その分の働きをするまでは、死ぬことは許さないわ」
冷酷に告げられる声は、つけられたばかりのマコトの心の傷を容赦なく抉る。死の恐怖がゆっくりと引いていくと、後に残ったのは、途方もない程の後悔と自責。
自分のミスのせいで、今まで共に戦ってきた仲間を死なせてしまった。否、ゲルヒルデの言うとおり、この命は自分が奪ってしまったも同然ではないか。その後悔と罪悪感で、マコトの心は押し潰されそうになっていた。
「……もう、無理だよ。隊長。こんなの、耐えられない。お願いです……私を、殺してください」
機首を廻らせ、味方の元へ戻ろうとしたゲルヒルデに、マコトは涙交じりの声で訴えた。これ以上は耐えられなかった。戦うことも失うことも。それを背負い続けることも、全てが耐えられないほどに苦痛だった。
「死ぬことは許さないと言ったはずよ。戦いなさい。貴女にできるのはそれだけよ。……それに、貴女は本当に死にたいとは思っていないわ」
「っ……ぁ」
まるで心の奥を見透かされたような言葉に、マコトは返す言葉もなくなってしまった。確かに、死にたくないという思いもあるのだ。生きていたい。帰りたい。けれど、こんな重荷を背負ってまで、これから先の果てしない戦いの日々を生きていけというのか。
それは、死ぬよりも惨い仕打ちだと感じた。……だからこそ、自分に相応しいのだろうか、と。
「どうするの?死にたければここで寝ていれば、バイドが綺麗に片付けてくれるでしょうけど。そうしたら、貴女の亡骸が新たなバイドになって、もっと多くの犠牲を生むでしょうね」
沈黙は一瞬。掠れ震え、か細い声でマコトは答えた。
「……い、きます。戦い……ます」
「そう。なら遅れずについてきなさい」
まるで何の感情も見せずに、ゲルヒルデはそのまま機体を走らせた。その姿はまさに、戦士を死地へと誘う戦乙女のそれだった。
「偵察機からの報告です。敵の艦隊が指定されたエリアに侵入したとのことです」
戦端が開かれてより一時間余り。どうにか地球連合軍も、魔法少女隊も敵を食い止めることに成功している。今のところ、どちらにも大きな被害は出ていない。それは人類にも、バイドにも言えたことではあるのだが。
停滞した前線に、続々と敵が殺到している。今すぐ押し切られるものではないが、いつまでも耐えられるものでも勿論ない。
「連中に連絡だ。見せてもらおうじゃないか。TEAM R-TYPEの新兵器とやらの威力をね」
「……大丈夫なんでしょうか。得体の知れない新兵器頼みの作戦、だなんて」
オペレーターの一人が、不安げに言葉を漏らした。無理もない。もしもそれがしくじれば、後はじわじわと押し潰されるのを待つしかないのだから。
だが、不思議と九条は落ち着いていた。
「いくら連中でも、この状況下でそこまで酷い博打は打たんはずさ。……あの連中を信じろ、というのもおぞましい話だがね、ここまで来たんだ。一つ、悪魔に魂を売ってみることにしようじゃないか」
少なくとも九条は、既にそれを覚悟していた。これから何が起こるのかはわからないが、それでもそれはこの圧倒的な戦力差を覆しうる“何か”だ。
もしそうでなければ、どの道人類は滅亡なのだ。死ぬのが遅いか早いかの違いでしかない。
「……勿論、黙って死ぬつもりもないがね」
「提督、何かおっしゃいましたか?」
「いいや、ただの独り言さ。中尉」
こんな辺境の地にあっても、それでも副官として随行していたガザロフ中尉が、九条の言葉に小さな疑問を投げかけた。
「合図が出たぞ、ミッキー」
その男は、R戦闘機のコクピットの中で僚機に呼びかけた。
今回の作戦に備えて編成された、TEAM R-TYPE直属の特務部隊。フォー・ループと名づけられたその部隊は、総勢10機のR戦闘機によって構成されていた。彼らは皆あちこちから集められた、一騎当千の兵揃いだった。
「オッケーだ。それじゃあ一つ、地獄を届けに行くとしようか。……クソったれのバイドどもにな」
ペイロードを更に増加した、特務仕様のスレイプニル。
その機体には、バルムンクよりも遥かに大型のミサイルが一基、搭載されているだけだった。そんな機体が、小惑星帯の影に隠れて三機。同じように小惑星帯のあちこちで、機を伺って潜む者達がいる。
「ケン、ウォーレン!手はずどおりに行くぞ。このお姫様達を、敵陣までエスコートするぜ!」
「お姫様にしちゃ随分と寸胴じゃないかね、こいつらは?」
「違いねぇ。これならまだ酒瓶でも抱いてたほうがマシってもんだ」
男の声が三つ、冗談交じりに交差した。たった三機で敵陣へ突入するというのに、その声には一切の緊張も恐怖も見られない。それどころか、そんな戦いを楽しんでいる風にすらも見て取れた。
「よし、じゃあ行くぜ。こんなところで死ぬんじゃねぇぞっ!フォー・ループ。出撃だっ!」
小惑星帯の中、無数の岩塊の間を縫うように三つの機体が飛び出した。卓越した操縦技術を持って、複雑に行き交う宇宙の迷宮を突き抜ける。けれど、それを抜けるとすぐそこには、次の地獄が待っていた。
「――さあ、バイドとダンスだっ!」
新たな敵の接近に気付いたバイドが、すぐさま容赦ない攻撃を浴びせかけてくる。それをまるで舞うように掻い潜り、三機は敵陣に迫り、そして。
「よし、ここいらでいいだろう。M式特殊弾、発射だっ」
搭載していた大型ミサイル、M式特殊弾と呼ばれたそれを発射した。それと同時にすぐさま機体を反転。迫る敵陣から逃れ、再び小惑星帯へと身を躍らせた。追い縋ろうとするバイド達も、狭い小惑星帯の中では満足に動くことも出来ず、岩塊に、そして機体同士で接触し、次々に爆散していった。
「はっ、ヘタクソ共がっ!」
各方面からも通信が入る。どうやら、全機確かにやり遂げたようだ。
「……よし、全機無事だな。ここまで離れりゃ大丈夫だろ。さてどうなるやらね、開けてびっくり玉手箱、って奴だ」
敵陣に向け投下されたミサイルは、無人パウアーマーにも搭載されているものと同様のレーザークリスタルが内部に充填されている。これによりM式特殊弾は、無人パウアーマー同様バイドの攻撃対象となることなく、敵陣の奥深くへと投下されていった。
しかし、このミサイルには通常のミサイルに期待されている物理的な破壊力というものは存在していない。そう、これはただの運搬装置に過ぎないのだ。
敵陣の奥深くで、M式特殊弾はまるで内側から弾け飛んだかのように炸裂した。とはいえ規模は小さく、それが外のバイドに与える影響は極めて軽微。だが、すぐに異変は起こる。
その爆発を中心として、まるで空間そのものが削り取られたかのように、その場に存在していたバイド群が消滅した。傍から見れば、それは綺麗な球状だった。
「ヒューッ。ありゃぁすげぇや」
放たれた10の弾頭が全て、違うことなく球状にバイドの群れを抉り取っていた。限定された空間内に押し込められていただけに、それによってバイドが受けた被害は甚大で、展開した球同士の隙間に見える僅かな空間に、ほんの僅かな残党が残っているだけだった。
「とんでもねぇぜ……どん詰まりになってた敵の9割以上が壊滅だ」
この特務のために集められた精鋭達でさえ、手ずから運んだその兵器がもたらした、おぞましいほどの戦果に身震いしていた。何よりも、その正体が一切分からないということにである。
「敵後方に動きあり!こ、これは……っ」
「何があった。正確に報告しろ」
当然、敵に生じたその大きな動きは、九条率いる艦にもすぐに知るところとなる。
「わかりませんっ!わかりませんが……敵が、後方で待機していた敵が、消滅しました」
「何?……ああ、なるほど。そういうことか。恐らく、それが奴らの新兵器ということだ」
すぐさまそう自分を納得させた。後方の敵が一気に消滅したことで、前線の敵バイドも浮き足立っているようだった。突き崩すのならば、今しかない。
「総員に通達。このまま一気に攻勢に移る。前線を押し上げろ!両翼に展開している部隊は、そのまま回り込んで逃げる敵を挟撃しろ!一匹たりともバイドを生かして帰すなっ!!」
九条の言葉に、敢えて停滞させていた前線部隊が歓喜に沸いた。撃って出て、敵を押しつぶすのではなく。敵の侵攻を防ぎ押し留めるのみという作戦に、どうやら相当にフラストレーションだのエネルギーだのを溜め込んでいたのだろう。
撤退を始めたバイドの背中に立て続けに波動砲を浴びせかけ、それを追討するために無数のR戦闘機が、青い尾を背負って飛び出した。
「隊長っ!敵が……撤退していきます!」
随行していたノーチェイサーから、ゲルヒルデのホットコンダクターに通信が入った。
「どうやら、向こうが上手くやってくれたみたいね。……逃げる敵を追討するわ。後衛も一緒に突撃させて。あらかた追い散らしたら、そのまま周囲の警戒を続けなさい」
味方機の背後を取り、今にも波動砲を発射しようとしていたバイド戦闘機を持続式圧縮波動砲で焼き払いながら、ゲルヒルデは次なる指示を部隊に伝えた。
新兵器は間違いなくその威力を発揮し、戦いの趨勢は一気に地球軍の有利に傾いた。だというのに、ゲルヒルデの声はどこか沈んでいた。
「……ここはもう大丈夫ね。私は中央に向かうわ。被弾した機体は、まとめて護衛をつけて後退させなさい。しばらく通信を切るから、ここのことは任せるわね」
ノーチェイサー小隊の隊長にゲルヒルデはそう告げて、一人、機体を中央区画へと走らせた。
通信を切り、最早ほとんど敵のいない静かな宇宙を飛んでいく。
「成功してしまったわね。……もう、これで後戻りは出来ない。それでも私は……生き抜いてみせるわ。どれだけ、この手を血に染めてでも」
その呟きは、誰の耳にも届かない。
「やあ、君も来ていたんだね」
中央に突入したゲルヒルデを待っていたのは
「そちらも無事に手が空いたようで、何よりですね」
キリカの駆るダンシング・エッジと。織莉子の駆る純白の人型機。ヘラクレスよりも尚大きいそれはヘラクレスの後継機にして、人型機の最終系。
わずか二機のみが生産され、実際に運用されたのはこの一機のみと言われているTL-2B2――ヒュロスの姿だった。
「来ているのは貴女達だけなの?」
その二人の機体を見つけて、短距離通信を交わす。
「かも知れないね。だらしない奴らばっかりだ。まあ、私は織莉子に会いたかったからね。邪魔な敵を蹴散らして突き進んできただけなのだけどね」
「あらあら、キリカったら。それじゃあ、キリカの部下たちが困ったんじゃないかしら」
「構いやしないさ。君に会えるならね」
「……あまり、関心はしないわね」
どうにも二人の世界を築き上げてしまっている様子に軽く釘を刺してゲルヒルデは、中央へと視線を移す。追い散らされ、包み込まれ。次々にバイドが撃破されていく。そんな戦場の最中に、いくつも見えるちらつく影。
それを認識できるのは、魔法少女だけだった。なぜならそれは、魔女の結界だったのだから。
「まったく、魔女を兵器に使うだなんて、すごいこと考えるよねぇ」
その様を遠目に眺めながら、どこか楽しそうにキリカが言う。
「……貴女も、いつかああなるのかもしれないのよ。笑ってみていられるようなことじゃないと思うのだけど」
「私も織莉子も、そんなヘマをやりはしないさ。それに、どんな顔してみていればいいんだい?尊い犠牲に胸を打たれて泣き叫べばいいのかな?」
どこまでも自信過剰でおどけた調子のキリカの声に、ついにはゲルヒルデも閉口するより他になかった。
魔女の展開する結界。そして、結界内で発揮される魔女の恐ろしいほどの戦闘力。何よりも、それがすべて外部から完全に隔絶された空間で行われるという性質。その魔女の性質は、そのまま兵器として転用するに十分すぎるほどに強力だった。
TEAM R-TYPEは、無数の魔法少女の犠牲の上でついに、魔女を兵器として転用することに成功した。限界まで穢れを溜め込んだソウルジェムを凍結状態にし、エネルギー源たるレーザークリスタルと共に弾頭処理を行いミサイルに格納する。
後は敵陣の只中で凍結を解除、魔女の発生に伴い生じた結界にバイドを閉じ込める。後は結界の内部で、魔女が勝手にバイドを殲滅してくれる。シミュレーションの結果では、ほぼ100%魔女はバイドを殲滅すると予測されていた。
魔女の性質そのものにも手が加えられており、展開時以外には結界内に外部のものを取り込めないようにするのに加え、時限式で自壊するようにも加工されていた。
人類にとって未知の敵であるはずの魔女を、これほどの短期間で兵器として運用するまでに至る。それは、TEAM R-TYPEの抱える業の深さの証明であり、魔女がどこまでも人の成れの果てであるが故のことでもあったのだ。
その事実を知るのは、各魔法少女隊の隊長とそして、一部の研究者のみであった。そう、魔法少女隊を纏める戦乙女達は皆、その事実を知って尚魔法少女達を戦いへと駆り立て、必要なだけの落伍者を生み出し、実験台としてTEAM R-TYPEに提供していたのだ。
どれほどの狂気、年端も行かない少女が抱え込むには、あまりにも重過ぎる闇。それを抱えて尚翼の折れぬ戦士だけが、この地獄に魔法少女達を誘う戦乙女となることができたのだ。
バイドとの戦いが終結するまで生き延びることができれば、いかなる願いでも一つ、叶えられるという契約の元に。悪魔に魂を売り渡してでも、叶えたい願いのために。
「……やれやれ、終わったか」
各方面より、敵の掃討が完了したという報告が上がってくる。どんどんと色が塗り替えられていく戦局図を眺めながら、一仕事終えたといった風に九条は呟いた。
「この調子でずっと行けるなら、存外持たせられるかもしれないがね。いかんせん相手はバイドだ、次も油断せずに行こう。掃討を完了させた部隊から、撤収するように伝えてくれ」
ひとまずはどうにか、迫るバイドの軍勢を押し返すことができた。この調子で行けば、今後もしばらくは優位に事を進められるだろう。
その間に第二次バイド討伐艦隊の編成を完了させ、オペレーション・ラストダンスを遂行することができれば言うことはないのだが、果たしてそこまでうまくいくのだろうか。
とにかく、大一番であった初戦は無事越えたのだ。ひとまずは兵達を労うことにしよう。
九条は、ゆっくりと自分の思考が臨戦状態から、戦後の処理を行うための段階に切り替わっていくのを感じていた。
かくして、人類とバイドの最終決戦の火蓋は切って落とされた。英雄の帰還によって多大な被害をもたらされた人類が、第二次バイド討伐艦隊を再編するためには、少なく見積もっても半年以上の時間が必要とされた。
それはすなわち、魔法少女達の地獄は未だ4ヶ月以上は続くということで、その日々は、戦いは、そして起こるであろう死は確実に、彼女達の精神を蝕んでいくこととなる。
だがそれでも、今この時だけは勝利者達に祝福を。次なる戦いの時までの、ささやかな休息を。
「皆、ご苦労様。任務完了よ。さあ、帰ってお茶にしましょう」
中央区画で猛威を振るい続けた魔女兵器。その性能を見届け、後始末を終えて隊に戻ったゲルヒルデが、敵を蹴散らし周囲の警戒を続けていた中隊の魔法少女達に、そう告げた。
告げられるまま、ある者は意気揚々と。そしてある者は憔悴しきった様子で次々に、グリトニルへと帰投していく魔法少女達。そんな彼女達の姿が、ゲルヒルデには愛おしくもあり、悲しくもあった。
バイドと戦うことができるように、無事に生きて戻れるようにと手塩にかけて育ててきたのだ。そしてその甲斐あって、少女達はすくすくと腕を上げていった。一人でも多く生き残ってほしいから、誰にも死んで欲しくはないから。
だからこそ厳しく執拗に、戦う術を、生き残る術を教え込んできた。けれど、それでもどうしても死者が出る。落伍者も今後は増えていくことだろう。それが、とても悲しかったのだ。
そんな悲しみを、できる限り負わずにいられるように。少女達にその悲しみを、絶望を背負わせることのないように。訓練は、尚も厳しく続けられていく。戦う業だけでなく、その心までも鍛えるために。
撤収の指示を出し終え、帰投する機体達を見送って。それからゲルヒルデもまた、コンサートマスターをグリトニルへと向かわせる。その最中。プライベート通信の回線を一つ開いて呼びかける。
「マコト。今、少し話をしても大丈夫かしら?」
「隊長……はい」
返ってきた声は、すっかり暗く沈みこんでしまっている。無理もない。今回の戦闘で、一番多くの被害を出したのはマコトの小隊なのだから。そしてその責任は、マコトの判断ミスによるところが大きい。
マコト自身もそれをよく分かっている。それを背負ってしまっている。今回は生き延びることができたけれど、このままでは次はない。むしろ次の出撃までの間に、絶望に飲まれて潰れてしまうかもしれない。
それだけは避けたくて、ゲルヒルデは静かに言葉をかけた。
「……中隊全40名、被撃墜者5名。その内4名が、貴女の小隊からね」
交わされる通信波の中に、僅かに息を飲むような音が混じった。
「敵陣深くまで独断で先行した挙句、小隊はほぼ全滅。この損失は、とても大きなものよ。その責任もとても大きい」
「……こんなことを、ずっと続けなくちゃいけないんですか。こんな辛い戦いを、この先も、ずっと」
帰ってきたのは、まだ震えたままの声。その声はどこか虚ろに、問いを投げかけていた。
「そうね、少なくとも後四ヶ月。その間に、どれだけバイドの襲撃があるかはわからないけれど。 最低でもそれだけの期間は、ここで戦い続けなければならないわ」
ぎり、と。歯噛みするような音が聞こえてきた。そして一拍の間を置いて。
「もう嫌だ!こんなの、もう沢山だっ!自分一人生き残るのでさえ必死なのに、人の命まで預かってられないよっ!こんなの……もう、無理だよ」
無機質な喉から溢れ出す痛切な叫び。それはそのまま、鋼の鼓膜を振るわせた。
「……辛いでしょうね、残されてしまうというのも」
ゲルヒルデの言葉にはどこか悔いているような、何かを懐かしんでいるかのような、そんな色が混じっていた。その声色にマコトは思い出す。尋ねてみようと思ったことを。彼女の戦う理由、生き続けようとする理由を。
「そういう経験があるんですか……隊長は?」
ゲルヒルデは、マコトの言葉に少しだけ考え込むようにして、それから静かに口を開いた。
「私はむしろ逆ね。……遺してしまった、先に逝ってしまった側だもの。あまり面白い話じゃないわよ。それでも、聞きたいかしら?」
「聞かせてください。……じっとしてると、耐えられそうにないんです」
「聞くのはいいけど、うっかり他の機体とぶつからないようにね。……私はね、もう二回死んでいるのよ」
静かに耳を傾けるマコトに、一つ一つ思い出すようにしてゲルヒルデは言葉を繋いでいった。時間的にはそれほど前のことではないはずなのにここに来る前の日々は、どこか記憶の彼方にぼやけてしまっていたから。
「舞い上がって、油断して。そのまま撃墜されて。一緒に戦えるかもしれない仲間まで、そのまま危険に晒してしまったの。それでもまだ、その時はどうにか九死に一生を得ることができた。……そしてまた、戦い続けていたのだけどね」
一度言葉を切る。脳裏に浮かぶ記憶も、随分とおぼろげになってしまった。このまま戦い続けていたら、いつしかそれすらも忘れ去って、完全に戦うためだけの機械になってしまうのではないだろうか、と。そんな不安を胸の奥底に押し込めながら、人間であった自分を確かめるようにゲルヒルデは言葉を続けた。
「信頼できる仲間を得た。このまま、どこまでも戦っていけると思ったわ。けれどある時、かつてないほど強力なバイドが私達の前に立ち塞がったの。後にも先にも、あれほど恐ろしい敵と対峙することはもうないと思うわ」
思い出すだけで、胸の奥に苦いものが込み上げてくる。それをぐっと堪えて、ゲルヒルデは言葉を続けた。
「たった一機の敵に、完全に翻弄されて撃墜された。手も足も出なかったわ。それでもここで倒せなければ、他の仲間が死ぬ。だから、命をかけてでも倒そうとした。……それで、今度こそ死んでしまったと思ったのだけどね」
言葉の端に、どこか自重めいた笑みを浮かべて。
「気がついたら、奇妙な装置にソウルジェムだけが繋がれていたわ。そして知った、私が守ろうとした人は皆、死んでしまったということを」
いつの間にか、ずいぶんと接近していたのだろう。ガルーダとコンサートマスターが、並んで宇宙の闇を往く。その背に、青い光の尾を引きながら。
「嘆きもした、悔やみもした。世界がひっくり返ってしまうような、ひどい喪失感だったわ。けれど、それに浸る間も落ち込む間もなく、私はここで戦うことを命じられた。拒む事なんてできなかった。私にはもう、生身の身体なんてどこにも残っていなかったから」
「だから、その復讐のために戦っているんですか?」
問いかけた言葉に、ゲルヒルデは答える。その口ぶりには、どこか自嘲めいた笑みが見え隠れしていた。
「勿論、それもあるでしょうけどね。でも、今生きているからこそ分かるの。死んだ人間には、もう辛いも何もないけれど。きっと……残された人は、とても辛いんだろうな、って」
何も答えないマコトに、言い聞かせるように静かに言葉を続けた。
「だから、戦わなくちゃいけない。生き抜かなきゃいけない。そうしなければ、自分だけじゃなくてもっと沢山の人が死ぬ。そしてそれよりもっと沢山の人が、残された悲しみを背負うことになる。それがずっとずっと、世界中に広まってしまったらどうなるかしら」
深く考えるまでもない。悲しみの輪が広がって、それはそのまま絶望と破壊に変わる。人類が辿るのはそのまま滅びだけだ。でも、それを食い止める力はここにある。後は、それをどこまでも振るい抜ける意志があるかどうかというだけで。
「でも、それがなんだって言うのよ……。いまさら私が死んだところで、一体誰が、誰がが悲しむって言うんですかっ!」
「じゃあ貴女は、ティナを、セラを、フィヨンを、リョーコを。彼女達を失って今、まったく悲しくもないのかしら?」
静かに突きつけられたその言葉は、確かにマコトの胸を打つ。そう、何も感じないはずがない。激しい怒りを感じたその理由は何だ。
それはとても簡単だった。共に戦ってきた仲間を失ったことが、自分のミスが彼女達を死なせてしまったことが、とにかく悲しかったのだ。それこそその重さに、マコト自身が耐え切れないほどに。
「……違うわよね。きっと、貴女が死んでもそうなると思うわ。私も、折角育てた貴女に死なれるのは辛いわ。こんなことを言うのは不本意かもしれないけれど、こうして教えた戦う術はとても貴重な技術なのよ。誰にでも覚えられるものでも、ましてやお金なんかで代えられるものじゃない」
「でも……私にはもう、やっていける自信がないんです。本当に……背負って飛ぶには、仲間の命は重すぎるんです」
一つ、小さな吐息の音が漏れた。続けて叩き付けられたのは、ゲルヒルデの、いつも通りの強い声。
「自惚れないで頂戴。それは、貴女だけが背負っているものじゃないのよ。この隊の皆が、仲間の命を背中に乗せて飛んでいるの」
けれどそれから、すぐに声は優しい調子に変わる。
「……だからそれは貴女一人で背負うものでもない。重すぎるなら頼ってもいいの。一緒に背負って、それで戦って行けるならそれでいいのよ。だからこそ、私達はチームなんだもの」
それは、生き延びるためには必要なことなのだ。自分の力を知り、仲間の力を知り、依存することなく背負いすぎることなく共に背中を預けあい、常に生きるための最善策を探し続ける。
ここがどれほど地獄でも、生きて明日を見るのだという強い意志が、その命を、意思を預けて死地へと飛べる仲間の存在が、これほどの地獄で生き抜いていくためには、どうしても必要不可欠なのだ。
それはきっと、今までの訓練ではどうしても得られない。戦いの中で、死に直面する戦場で、それぞれが手に入れていくしかないものだった。
「もちろん、貴女にも頼られるに足る腕前のパイロットであってほしい。その素質はあると思うの。だから……また、貴女に仲間を預けてもいいかしら?私の、貴女の、皆の大切な仲間を、ね?」
前方に、グリトニルの姿が見えてきた。離れていたのは四半日ほどだというのに、マコトにはそれがやけに懐かしく見えた。無事に帰ってくることができたのだと、少なからぬ安堵が満ちた。そして。
「全部終わるまで生き延びれば、帰れるんですよね」
「……ええ、きっと帰れるわ」
残酷だけれど、その確証はなかった。もしやすると軍は、そしてTEAM R-TYPEは、魔法少女隊そのものの存在を消し去ろうとするかもしれない。
間違いなくこんな部隊が、これほど多くの犠牲が生まれたという事実は、明らかにできるものではない。バイドの戦いを生き延びることができたとしても、その先に待っているのは尚暗闇で。
胸中に広がるドス黒い何かを押し殺すように、ゲルヒルデはマコトに告げた。
「じゃあ、生き抜いてみます。それまで……みんなで」
「……そう、じゃあ帰りましょう。グリトニルへ」
そして、グリトニルの灯に導かれ、二人の機体が収容された。
バイドとの初戦はここに終わりを告げた。けれど、それはまだ長い戦いの始まりに過ぎない。人類がバイドに抗し得る牙を育てあげるその日まで、魔法少女隊の戦いは、この地獄は、果てしなく続いていくのだ。
宇宙という名の杯を、人とバイドの、そして魔女と魔法少女の血でひたひたと満たしながら。
幕間 戦乙女達の黄昏
―終―