魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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早すぎる離別。残酷な悪夢は更に少女達へと牙を剥く。立ち向かうは蘇る黄昏。
そして打ち砕かれた悪夢の向こう側で、少女達の運命は静かに廻り始めていた。


第3話 ―RAGNAROK―

「ひぃっ……ぁ、そ、んな……」

目の前の現実を受け入れられないとでも言うかのように、目を見開いたまま何度も首を振るさやか。

「……ぁ、ぁぁ、ぁぁぁっ」

掠れた声を漏らし続けるまどか。それは間もなく悲鳴に変わるだろう。だが、悪夢はそれさえ待ちはしない。

 

「嫌っ!イヤァぁぁぁぁぁァァっ!!」

絶望に染まったマミの悲鳴が、衝撃に震える二人を打ち据えた。

「どうして!――ッで!?ナんで!?誰――助―ッ……ぃ゛や゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」

音声さえも途切れてひび割れていく。それでもその叫びは留まることを知らず。飲み込まれなかったカメラビットは、マミの機体がドプケラドプスに喰らいつかれ、飲み込まれていく様を克明に映し出している。

「キュゥ――!!ほ―――さん!!誰か!誰カァっ!!――ヤダ、ワタシ……シニタく、ナ――」

ぐしゃりと何かが潰れるような、とてもとても嫌な音。バチバチと何かが爆ぜる音。

………もう、マミの声は聞こえない。

 

「いゃ……ああぁァっ!!マミさんっ!マミ……さんっ!」

さやかは必死に叫ぶ。届くはずもない、声を。

「マミさん!返事をしてよ、マミさんっ!!ウソだよ、こんなの絶対おかしいよっ!!」

まどかもまた、覆しようもない絶望を前に、叫ぶ。

「そんな……マミさん。マミ……っ」

一瞬の油断が招いた惨劇。その重さに、ほむらもまた戦慄に震えた。

 

「どうやら、絶望に暮れている暇もないようだ。……バイドがボクたちを探知したようだね。こちらに向かってくるよ」

そんな時でさえ、共に戦ってきた魔法少女の死を目の当たりにしてさえも、キュゥべえの声は揺らがない。そしてまだ辛うじて生きていたカメラ・ビットが、最後の映像を伝えた。

マミの機体を飲み込んだドプケラドプスがそのまま発光する。そしてその光は、再びファントム・セルの本来の姿である球状へと戻っていき、更なる変貌を遂げようとしていた。

けれどその全貌を伝えるより前に、カメラビットからの映像は途絶えてしまうのだった。

 

「この船には、バイドと戦えるような装備はない。……撤退して、近くの部隊に応援を頼めればいいんだけどな」

その様子を確認して、すぐさまティー・パーティーは転進した。戦う術がない以上、今は逃げるよりほかに術はない。

「……無理ね」

けれど、ほむらは冷たく言い放つ。

「なぜそう言い切れるんだい、暁美ほむら。キミはまるで、あのバイドのことを知っているようだ」

そんなキュゥべえの言葉に、僅かに押し黙り、やがて顔を上げると。

「ええ、知っているわ。あのバイドのことならば……きっと、誰よりもよく、ね」

どこか諦観を帯びた表情で、それでも何かを決意したような口ぶりでほむらは言った。

 

「じゃあどうするんだい、この船に他のR戦闘機は搭載されていない。例えあったとして、誰がそれでバイドと戦えるっていうんだい?」

確かにこのままでは状況は絶望的だ。ほむらは二人の泣き叫ぶ声が響く作戦室を、一度静かに見渡して。

「何の問題もないわ。――私が戦うから」

静かに、事も無げにほむらはそう言った。そして作戦室の扉を開き走り出そうとした。けれどその腕を掴む手があった。それはまどかの手で、まどかは涙をぽろぽろと零しながらほむらの手を掴んでいた。

「どこ……行くの、ほむらちゃん?ダメだよ、ほむらちゃんも……死んじゃうよっ」

その声はやはり涙混じりの声だった。きっと戦おうとするほむらの姿にマミの姿を重ねてしまったのだろう。ほむらはそんなまどかの手に自らの手を重ね、まっすぐまどかの瞳を見つめて。

 

「……大丈夫よ、もう誰も死なない。誰も死なせないから」

力強くそう言うと、眼を見開いたまどかの手から僅かに力が緩んだ隙に、扉の向こうへと駆けていくのだった。

 

 

「キュゥべえ、聞いているんでしょう」

船内を走りながら、ほむらは誰も居ない虚空に語りかける。応えるものなど居ないはずの声。だが、その声に応えるものがいた。

「ああ、聞いているよ。……気付いていたのかい?」

それは少し意外そうな調子の声。キュゥべえの姿は未だ作戦室にあるのだろうが、それでも声は届いていた。

「ええ、この規模の船を動かすのには、あまりにもこの船には人が居なさすぎる。そしてお前の存在。……お前がこの船を動かしているんでしょう?完全にプログラムに制御された船、だなんて。まるでSFね」

この時代においてすら、いかに小さな輸送艦とは言え、その航行にはやはりそれなりに多くの人手がいる。まさかマミが一人でそれを行っているとも思えなかった。

そしてこのキュゥべえという謎の生物の存在。実体を持たないその姿を見ては、それに思い至るのも無理からぬことだったのかも知れない。

 

「概ねキミの言っていることは正しい。ボクはこの船と魔法少女を運用するためのプログラムだ。……もっとも、プログラムという言い方は適切ではないけどね」

「今はそんなことを聞いている場合じゃないわ。急いでパイロットスーツを用意して、それから、格納庫のハッチを開けておいて頂戴」

事態は一刻を争う。ほむらは足早に格納庫を目指しながら告げる。

「一体何をするって言うんだい、キミは。だけどそうするより他に、この状況を乗り切る術もなさそうだ。……用意は済ませた、後は好きにするといいさ」

ほんの僅かに考えてその後、キュゥべえは艦内を操作する。

「ハッチは開放したよ。それとパイロットスーツはマミの予備を使ってくれ。サイズは少し大きいかもしれないけど、問題はないはずだよ」

「……ええ、それで十分よ」

 

 

そして、全ての用意は整った。

 

 

眼鏡を外して放り投げる。三つ編みに結んでいた髪飾りを解く。

ふんわりと、まるでその空間だけ重力が減じているかのようにその黒髪は広がって。その髪飾りを握って、囁く。

 

「ELIMINATE DEVICE……Wake Up!」

 

生体及び声紋認証によって、髪飾りから発せられた信号。その信号を辿って“それ”は現れた。主の呼び声を聞きつけ、異層次元を超えて。

パイロットスーツを着込み、格納庫の側に現れたそれをほむらは見つめ。

「もっと早く、私が決断していれば……ごめんなさい。マミ」

祈るように小さく呟いて、放たれた矢のように飛び出した。ハッチの外に覗いた宇宙空間、そこで待ち構える力を、黄昏を齎すものを目掛けて。

 

 

 

小惑星帯を無理やりこじ開けて、鋼の巨体が押し進む。かつて第2次バイドミッションにて遭遇した、高速起動戦車・ライオス。それがバイドの適応能力によって、宙間戦闘にも対応した形態。

『エアボーンアサルト』と呼ばれるそれが、小惑星の岩塊をものともせずに押し進み、ティー・パーティーへと迫っていた。

「まずいな、あれはボクの操縦じゃとてもじゃないけど振り切れない。ほむらが間に合ってくれればいいが……」

 

こんな状況下にあっても、一切キュゥべえの声にも表情にも焦りは見られない。もしやすると、端からそんなものは存在していないのかも知れない。

そしてそんな期待も空しく、エアボーンアサルトからの追尾ミサイルが放たれる。R戦闘機ならばともかく、輸送艦の機動性では回避など叶わない。

「まどか、さやか。急いでどこかに掴まるんだ!衝撃が来るよ!」

キュゥべえが告げる声にも、二人は動かないままだった。否、動けないのだ。絶望は未だ、二人の心と身体を縛り付けていた。

絶望は人の心を縛る。そしてそのまま時として、その命さえも奪ってしまう。だからこそ必要なのだ。その絶望を払うものが。

 

 

飛来したミサイルがレールガンに打ち抜かれて炸裂する。

更に続けて撃ち放たれたレールガンが、次々にエアボーンアサルトの装甲に直撃し、その動きを押し止めた。

そこに存在していたのは一機のR戦闘機。青いラウンドキャノピー、なだらかな曲線で構成されたその機体は、それは――。

 

「ラグナロック?……なぜ、そんなものがここに?」

――R-9Ø“RAGNAROK”――

それは第3次バイドミッションにおいて、バイド中枢の破壊という多大な戦果を挙げた機体。三種類のフォースに対応するコンダクターユニットを持ち、強力なメガ波動砲をも備えた、まさしくバイドを完全に排除するための除去装置とも言える機体であった。

現在でもデチューンを施されたものが一部量産されており、各所でバイドとの尚終わらざる戦いを繰り広げている。少なくともそれは、最前線に投入されているべき機体であったのだ。

 そしてラグナロックは、尚もエアボーンアサルトへと肉薄する。

「まさか…キミなのかい?暁美ほむら」

出現したその機体を見つめて、キュゥべえは小さく呟いた。

 

ラグナロックのキャノピーの下、迫る敵の巨体を睨みつけながら。暁美ほむらはそこにいた。

「ハイパードライブシステムが不安定ね。下手に撃ったら動けなくなるわ」

次々に放たれる迎撃用レーザーをこともなく掻い潜り、ラグナロックはエアボーンアサルトの唯一の弱点、装甲に包まれたコアの正面へと潜り込む。

波動砲ですらも防ぐその装甲の前では、攻撃するためにコアが開く瞬間を狙って攻撃を仕掛けるしかない。だが、ラグナロックの性能の前ではそれすらも無意味だった。

 

「メガ波動砲……食らいなさいっ!」

放たれた青白い波動の光、貫通力を極限まで強化されたメガ波動砲は、コアを守る装甲を貫きそのコアでさえも撃ち貫いて、焼き払う。

 エアボーンアサルトはその中枢を焼き払われ、活動を停止した。あれほどの巨体が、異形が、たったの一撃で沈黙したのである。

 

「あれに……ほむらちゃんが乗ってるの?でも、どうして?」

宇宙空間を舞うように飛び、光の矢を放つその姿。それを呆然と眺めながら、まどかが疑問の声を漏らす。

「それはボクにもわからない。そもそもあの機体は何なのか。暁美ほむらは何者なのか。わからないことだらけだよ」

それでも、少なくともこれで撃沈の憂き目は避けられそうだ、と。安堵の表情を浮かべてキュゥべえはそう答えた。

「何よ……それ。あいつは、最初から持ってたんじゃない。戦えたんじゃない。なのに、あんなこと……なんで」

けれど、さやかの心は穏やかではなかった。戦える力をほむらが持っていたこと、それを今まで隠していたこと。それは何故なのか、疑問と不信が降り積もっていた。

 

 

そして、エアボーンアサルトが再び発光し、ファントム・セルの姿に戻る。

「逃がしはしない。これで終わりよ」

再びメガ波動砲のチャージを開始する。このまま放てば、ファントム・セルがさらに姿を変える前に撃破することもできるだろう。

 

 

――ホムラ、サン?ドウシテ、ワタシヲウツノ?

「っ!?」

通信デバイスを介して、強制的に送り込まれた声。それは、まるで擦り切れかけたテープで再生したかのような、掠れてひび割れていて。

けれどもそれは、その声は……巴マミの、声だった。

 

ほむらの顔が驚愕で歪む。だがそれでも機体を操る手は止めない。止めてはいけないことを知っている。

だが、それでほんの僅かにタイミングがずれた。フルチャージの手前で放たれた波動砲はファントム・セルを貫通したが、その活動を停止させるには至らない。そして再び、ファントム・セルが姿を変えた。

 

 

ラグナロックとセンサーをリンクさせ、ティー・パーティーはようやく状況を知るための眼を得ることに成功していた。再び映像が映し出されたモニターには、対峙する二機のR戦闘機の姿が映し出されていた。

片やラグナロック。そして、もう片方は……。

「あれ……マミさんの」

愕然とした表情で、微かにまどかが声を漏らした。その視線の先に移っていたもの、それは――マミの乗機、ロマンチック・シンドロームの姿だった。

 

「まさか、R戦闘機にまで擬態を……っ!」

驚愕の連続、そして驚いている間もなくロマンチック・シンドロームがレールガンを放ちながら迫る。それをほむらは機体を翻して回避した。

フォースもミサイルもないR戦闘機同士の戦闘では、その武装はレールガンと波動砲に限られる。いずれも機首と直線上に並ばなければまず被弾しないようなもので、回避自体は容易ではあった。

 

――ホムラサン、アナタもワタシヲコろスノネ。ジャあアナたもワタシノてキ、タオスシカなイジゃナイ!

断ち切ることもできずに届く、聞こえるひび割れた声。耳を塞ごうにもそんな余裕すらもない。マミの声を放つその機体はバイドに心まで侵されたのか、攻撃本能を露に襲い掛かってくる。

「どうして……どうしてあの二人が戦ってるのさ!」

「キュゥべえ、どうにか止められないの?こんなのおかしいよ!マミさんが生きてたのに、なのに何で戦わなくちゃいけないのっ!」

さやかもまどかも、いずれも目の前で起こっていることが信じられなかった。自分たちを助けてくれたはずのマミが、なぜかほむらと戦っているという事実を、認めることができなかった。

「二人を止めるのはボクには無理だ。そもそもマミはもう、恐らく……」  

それに応えたキュゥべえの声は、多分に諦念交じりの声だった。

 

宇宙を切り裂き黄色の閃光が迫る。マミが放ったリボン波動砲、四方から囲い込むような軌道を取るそれを急減速でやり過ごす。そのまま錐揉み状に高度を下げて、レールガンの追撃を回避する。

その回避機動には、もはや余裕さえ見て取れた。

(狙いが甘い。反応も遅い。機動も雑そのもの。……コレはもう、巴マミじゃない)

ぎり、と歯を噛み締める。激しい感情が、怒りが胸の奥からこみ上げてくる。それは人の意思を弄ぶバイドに対するだけではなく、自分自身にも向いていた。

救えた筈なのに救わなかった、救えなかった自分自身に対しても。

 

「どこまで……どこまで人を弄べば気が済むの――バイドっ!!」

咆哮。そして回路を切り替え波動砲のチャージを開始する。メガ波動砲とは違う、もう一つの波動砲。この機体の最強の武装。

レールガンを掻い潜り、ぎりぎりまで機体を密着させてそれを放った。

ラグナロックから再び放たれる青白い光。それは機体周囲に展開し、ほぼ密着していたマミの機体を焼き払った。

爆発。吹き飛ばされて再びファントム・セルへと姿が戻る。

 

――ヤメて、ホムラさン。

「黙れ。喋るな。――ハイパードライブッ!」

機体周囲に展開した光が再び機体に吸い込まれていく。そして放たれる、数え切れないほどの波動の光。

ハイパードライブ。それは一撃必殺の威力を持つ波動砲に、連射という決して相容れるはずのない要素を付け加えた超兵器。

立て続けに叩き込まれる波動の光に飲み込まれて、ファントム・セルの姿が焼ききれていく。

 

――ヤ、め――た…ケテ。―――。

 

微かに聞こえるその声には、今は耳も心も閉ざして。そしてついに、“数多の影持つ悪夢”ファントム・セルは爆散、消滅した。

 

 

 

 

――ドウ、して?

「オヤスミ、ケダモノ」

 

二つの声が、交差した。

 

 

ハイパードライブは、既存の波動砲と比べても並ぶものがないほどの威力を誇る。だがそれは大きな代償も伴っていた。過剰なエネルギーの発生による熱暴走である。

これを回避するため、ラグナロックには緊急冷却を行うための機関が設けられている。だが、ラグナロックのそれは十分に作動していなかった。そんな機体でハイパードライブを使用すれば、どうなるか。

「オーバーヒート、機体内部の熱量が臨界点を突破。……動かなくなるくらいかと予想していたけど。このままではまずいわね」

機体内部に設置された計器の類はすべて、機体が異常加熱していることを示している。そして冷却を行うことも不可能。このままでは、辿る結果は唯一つ。内側からの熱に耐えかねて爆発。もちろん巻き込まれれば命はない。

 

「キュゥべえ、聞こえる?」

すぐさま回線を開き、ティー・パーティーへと通信を繋ぐ。

「ああ、見事な戦いぶりだったね、暁美ほむら。後でその機体のことだとか、いろいろと詳しく話を聞かせて欲しいな」

帰ってきた声にはまともに応えるつもりはない。こんな時ですらほとんど揺らぎを見せないその声は、どうにも不快だった。

「機体を破棄するわ。脱出するから回収して」

「えっ」

にべも無くそう告げて、ほむらは脱出の準備を始めた。

 

意外に思うことかも知れないが、R戦闘機には脱出機能が搭載されているものも存在する。

第2次バイドミッションにおいて、バイド帝星を破壊したウォー・ヘッドがそれを用いて地球に帰還したという例もある。

そんな脱出装置を使用して、ラウンドキャノピーを中心としたコクピットブロックが機体から分離した。

遠ざかっていくラグナロックを見つめるほむら。やがてその機体が、大きく膨らみ破裂した。

「……さようなら、ありがとう。ラグナロック」

静かに眼を伏せ、祈るように彼女は呟いた。

 

(結局、戦うことになってしまったわね。……どうしようかしら、これから)

思案に耽るほむら。その視界の端にちかちかと煌く何かが見えた。

「あれは……」

 

その後、ほむらはティー・パーティーに無事回収された。

悪夢を退けて、それでも尚船内に漂う雰囲気は、暗い。キャノピーを外してヘルメットを取り去り、束ねていた長い髪を揺らしてほむらが立ち上がる。その姿を、じっと見つめていた影があった。それは――。

「……さやか」

「気安く呼ばないでよ」

交わす言葉は冷たく、投げ掛けられたのは、拒絶。

「何よ、アレ。ほむら、あんた戦えたんじゃない。なのに、何で戦わなかったの?」

「それは……」

答えられず、口を噤んで俯くほむらに。

 

「あんたはマミさんを見捨てたんだ。あんたが戦っていればマミさんは死ななかった。あんたのせいだ。あんたのせいでマミさんはっ!」

続けざまに放たれる言葉の楔。それが次々にほむらの胸に突き刺さる。唇を噛み締めて、言葉の一つも返せずにただ、立ち尽くす。

「だめだよさやかちゃん。そんなこと言ったら……ほむらちゃん、私達を助けてくれたんだよ」

いつの間にやら追いついていたまどかが、さやかの手を取り制止する。けれどもさやかはそんな手すらも振り払って。

「……わかってる。わかってるんだよそんなこと。あいつがあたしたちを助けてくれた。あいつがいなかったらきっと、今頃あたしたちは死んでたってことくらい」

その手も、声も震えていた。さやかがどうしようもない葛藤を抱えているということが、まどかにもよく分かった。

 

「だったら、どうしてこんなひどいこと……」

「でも、だけど!それで納得できるわけないじゃない!マミさんは死んだんだ!助けられたかも知れないのに、あいつのせいで!!」

怒りに震える……否、それだけではない感情で、さやかの声も震えていた。分かっているのだ、何か事情があったのであろうことくらい。それでも納得できない。したくない。マミの命を奪ったバイドへの憎悪が何もできない自分へのふがいなさが、行き場所をなくして暴走しているだけで。

 

それに気づいて、ほむらも顔を上げる。噛み締めすぎた唇から滲んだ血を、ぐいと払って。

「ごめんなさい。本当に。本当に……っ。さやか。これを受け取って」

震えるさやかの手を取って、それを押し付けた。すぐにその手は払われたけれど、さやかの手にはそれが握られていて。

「なんだよ……え、これ、って」

それは――

 

「それ……マミさんの」

琥珀色の輝きを放つ、マミのソウルジェムだった。

「脱出したとき、漂っていたのを見つけたの。バイド汚染の反応もなかったわ。……私が持っているより、貴女たちが持っていたほうがいいと思うから。……本当に、ごめんなさい」

それだけを言い残し深く一度頭を下げて、ほむらは疲れた足取りで格納庫を後にした。後に残された、二人は。

 

「うぅ……本当に、本当にマミさんは……あぁ、ぁぁぁぁぁぁっ!!」

「さやかちゃん……マミさんは、あんなに優しくて、強くて。私たちに、いろんなことを教えてくれたのに……なのに、うぅ、うぁぁっ」

慟哭するさやか、そのさやかの肩を抱きながら、自らも嗚咽を漏らすまどか。その声はしばらく途絶えることはなく、ただ握り合った掌の中のソウルジェムだけが静かに、琥珀色の輝きを湛えていた。

 

 

 

「すごい活躍だったね、暁美ほむら」

格納庫を出て、パイロットスーツを脱ぎ捨てながら通路を歩くほむらの前にキュゥべえが現れた。

「……残念だけど、今はお前と話をしたい気分じゃないの。少し、休ませて」

それを無視して足早に通り過ぎようとしたほむらを、キュゥべえは呼び止めて。

「そうさせてあげたいのは山々なんだけど、ボクとしてもキミに話があるんだ。暁美ほむら。…………いいや、『スゥ=スラスター』」

その声に、ほむらの足は止まる。まるでさび付いたブリキ細工のように、軋むように緩慢に彼女――スゥと呼ばれた少女の首が巡る。

その視線の先では、相変わらず感情というものが一切見えないキュゥべえの顔があった。

 

「………なぜ、その名前を」

我ながら、愚かしいことを聞くものだとほむらは思う。Rに関わるものが、その秘密に触れるものが、その名前を知らないはずもないというのに。

「知っていて当然だろう?彼女は英雄だ。……まさか、こんなところで生き残っていたとは思わなかったけどね」

やはり迂闊だった、と。あの時戦ってしまったことをほむらは悔やむ。

だがどうすればよかったのだろうか、あそこで戦わなければ恐らく、自分は生きていなかっただろう。まどかやさやかもそうであっただろう。

「キミが乗っていたあのラグナロックは、正式に量産されていたものとは違う。あの波動砲を搭載していたのは、第3次バイドミッションに投入された一機だけだ」

初めから自分には、戦う運命しかなかったのだろうか。衝撃的な言葉は、まるで足元をぐらつかせるかのようで。スゥは壁に手をつき、もたれるように身を寄せた。

 

「それにあの情報が確かなら、キミのその姿にも納得がいく。ラグナロックのパイロットであるスゥ=スラスターは、幼体固定を受けてその身体を14歳の少女のそれに変えたというじゃないか」

フラッシュバック。

目が覚めてまず目に入った、やけに高い天井。手をかざすと見えた別人のそれ。やけにか細く小さくて。がやがやと騒ぎ立てる男たちの声がやけにうるさく感じられて。

そんな、今までに何度も味わってきた記憶の残滓を噛み締めて。胃の奥からせり上がってくるような苦い感触を飲み込んで。

「そこまで知っている。ということは、やはりお前は……」

 

「御察しの通り。ボクもまたTEAM R-TYPEの一員だ。ボクの場合はゲスト、という言い方の方が正しいけどね」

スゥの顔が苦々しく歪む。TEAM R-TYPE。それは、R戦闘機の開発全般に携わる研究チームのことである。人類最高峰の英知と狂気と遊び心が結集したそのチームは、数多くのR戦闘機を生み出し、今まで3度の対バイドミッションを成功に導いている。

それだけを聞けばまるで人類の救世主といったいでたちだが、その闇は底知れないほどに深い。

曰く、四肢切断やパッケージ化によるパイロットブロックの圧縮。

曰く、人命すら使い捨ての消耗品として扱うその設計思想。

曰く、ドリル、パイルバンカーを戦闘機に搭載しようとすらするその呆れ果てた思考回路

そしてついに近頃では、バイドそのものを素体とした機体すら生み出している、とも噂される。まさに、人類史上類を見ない、最強にして最凶、最悪のイカレ科学者集団である。

 

「……やはり、そうだったのね。お前は私をどうするつもり?」

「そうだね、妥当なところだと軍に引き渡すくらいだろうね。とは言え軍はキミの存在を公にはしていない。となるとその後はまた、彼らの管轄下ってところだろうね」

「なら、そうなるわけには行かない。もうあそこに戻るつもりはないわ」

そうなるのが嫌で逃げ出したのだ。戦いの終結を見届けて、自らの存在を無かったことにして。共に戦ってきたラグナロックも、異層次元の狭間に封印して。

 

「随分と嫌われたものだね、彼らも。……じゃあ提案だ」

感情のない笑みを浮かべて、キュゥべえは小さく飛び跳ねて。その拍子に、耳がふわりとスゥのほうを目掛けて揺れた。

「マミは優秀な魔法少女だった。キミが見殺しにしなければ、もっと沢山のデータをボクたちに齎してくれただろう。スゥ=スラスター。キミがマミの代わりに魔法少女になってくれるなら、ボクはキミを暁美ほむらとして扱おう」

それはつまり、軍に対してもTEAM R-TYPEに対しても、この生き残ってしまった英雄の存在を秘匿するということで。それだけの権限を、この目の前の生物は持っているということだった。

 

「結局どちらを選んでも、戦うことに変わりはないじゃない」

「そうだね、だが彼らの元で実験動物紛いの扱いを受けるのと、魔法少女として人間らしい生活を過ごすのでは随分と違うと思うけどな。これでもボクは、できる限り最大限の譲歩をしているつもりだよ」

   

どうにもならない状況、苛立ちを押さえきれず歯噛みすると、切れた唇から流れた血の味が口の中に広がって。

「……しかたない、か」

憧れていたもの、普通の人としてのささやかな暮らし。子供達の中に混ざるのは気がひけたけれど、それでもそれはきっと戦いの日々を忘れさせてくれるはずだった。

ほむらのそんな願いも、バイドと彼らの手によって敢え無く引き裂かれていった。

「やるわ。魔法少女だなんて、柄ではないけれど」

「それじゃあ契約は成立だ。キミは今日から、この船の魔法少女だ」

そして言葉と共に、キュゥべえの耳がスゥの胸元へと吸い込まれていった。

 

 

声も枯れよとばかりに泣いて、疲れ果て、一つのベッドで身を寄せ合うようにして眠るさやかとまどか。

一人部屋の中で俯いて。掌の中で煌くソウルジェムを眺め、眠れぬ夜をすごす……ほむら。

それぞれがその胸中に暗澹たる感情を抱えながら、夜と呼ばれる時間は過ぎて。そして、翌朝。

 

 

「決めたよ。あたし、魔法少女になる」

この船の食事は全て、マミが自分で用意していたらしく。しかたなく備え付けの携帯食料を齧りながら、さやかが唐突にそう切り出した。

「驚いたね。あれだけ戦えないと言っていたキミが、一体どういう心境の変化だい?」

そう尋ねたキュゥべえに、さやかは一瞬だけ躊躇うような顔をして。ぎゅっと、ポケットの中のマミソウルジェムを握り締めた。それからついに、覚悟を決めたような表情を浮かべて。

「マミさんは、ずっと一人で戦ってたんだ。みんなのために、バイドを倒すために。あたしは、そんなマミさんの想いを無駄にしたくない。あたしに戦うための力があるなら戦いたい。戦って、バイドを倒したい!」

キュゥべえの視線を受け止めて、その赤い瞳を真っ直ぐに見つめて、さやかは己が思いと決意を告げたのだった。

 

 

「……キミのその覚悟は本物かい?本当に、あのバイドと戦えるのかい?」

キュゥべえは、どこまでも無機質な顔でそう問いかけるだけで。

「………戦う。もう逃げないって決めたから」

さやかの覚悟は揺らがない。視線も同じ。そんなさやかの言葉に、まどかは隣で静かに耳を傾けながら。

「本当に戦うんだね。……さやかちゃんは」

「うん。ごめんまどか。あたしやっぱり、あいつらを放っておけない。それに悔しいんだ。このまま負けたまま、逃げたまま終わっちゃうのが」

そんな風に、迷い無く告げるさやかの姿は、今のまどかには眩しくも、けれどどこか遠い人であるかのように見えてしまった。

 

「さやかちゃん……私、ね。私も、戦えたらって思ってたんだ。マミさんみたいに、強く、格好良く戦うことが出来たら、皆を守れたらって」

ぎゅっと締め付けられるように痛む胸を押さえて、震える声でまどかの言葉は続いた。

「でも……だめだよ、できないよっ。あんな死に方なんて……私、いやだよ。怖くて怖くてどうしようもなくって。さやかちゃんが戦うって言ってるのに私、何の役にも立てないよ……ごめんね、さやかちゃん」

恐怖がまどかの心を支配していた。戦うことへの、死んでしまうことへの恐怖が。そして、それを拭い去れない自分自身へのふがいなさもまた、まどかを追い詰めていた。

 

「まどか……。ううん、まどかが気に病むようなことじゃないよ。それにさ、あたしだってそんな立派な理由だけで覚悟、決めたわけじゃないし」

色が白くなるほど強く、自分の手を握り締めて。

「憎いんだ。バイドも、力があるのにそれを使おうとしない奴も。だからあたしは戦う。そんな風には絶対にならない。バイドを倒してみんなも守る。そういう魔法少女にあたしはなってやるんだ、そして、見返してやるんだ」

ぎらぎらとさやかの目は輝いていた。

憎しみもまた、時としてとても強い力となり得る。さやかの中には、そんなドス黒い力もまた渦巻いていた。

 

 

「キミの覚悟はどうやら本物のようだね。……わかったよ」

そして再び、ほむらにそうしたようにキュゥべえの耳がさやかの胸元へと伸びて。光が、その中から零れ落ちるように生み出された。

「これがキミのソウルジェムだ。キミはこれを手にすると共に、戦いの宿命を受け入れることになる」

溢れ出る光は、青く煌く宝石の形となってさやかの手の中に納まった。その小さな宝石は見た目よりもずしりと重く、その手に圧し掛かる。

それはきっと、背負った定めの重さなのだ。さやかはこの瞬間、一人の少女が背負うには余りにも重い定めを、その身に背負うこととなるのだった。

 

 

そこへ、結局一睡もできず、疲れた表情を浮かべたほむらがやってきた。

「あ……おはよう、ほむらちゃん」

「おはよう、うわ、なんか酷い顔だね。でも、あれだけ戦ったら疲れもするよね」

まどかとさやかが声をかける。さやかも少しは落ち着いたのだろうか、随分と声は落ち着いているように見えたのだが。

ほむらは、さやかの掌に握られていたソウルジェムを見て、目を見開いた。自分のものともマミのものとも違うその色は、間違いなくさやかのものであることを示していた。

 

「さやか……貴女、まさかっ!」

「そう、そのまさかだよ。ほむら。あたしは魔法少女になった。――あたしはあんたみたいにはならない。全部守って、戦い抜いてみせる」

覚悟と、そして優越感のようなものを滲ませて。まるでほむらを見下すように、さやかは冷徹に言い放つのだった。

 

 

魔法少女隊R-TYPE 第3話

       『RAGNAROK』

         ―終―




【次回予告】
そして彼女たちは魔法少女となった。
辛い訓練や学習、時に補修に苦しめられながらも、魔法少女達は宇宙を往く。

「あたしはまだ、あんたのことを信用できない」
「それでも、私は貴女を信じる。貴女なら、やれる」

しかしまだ、彼女たちは魔法少女の持つ闇を、知らない。
その闇は、ついに形を為して襲い来る。

「愛は不滅だ。どれだけの距離も障害も、私たちを阻むことはできない」
「貴方方にもう未来はありません。さようなら、過去の魔法少女たち」

「――本物の、魔法少女?」

そして……奴らが、また。

「コロニー内部から、大量のバイド反応が!」
「うむっ、緊急連絡だ」

魔法少女隊R-TYPE 第4話
       『NO CHASER』
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