魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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オペレーション・ラストダンスの発令が迫っていた。
それを前に、今一度迫る恐るべき悪夢。英雄はそれをねじ伏せ、その力と存在を証明した。

そして、運命の歯車に踊らされ続けた少女達に今、決断の時が訪れようとしていた。


第5章 オペレーション・ラストダンス
第17話 ―オペレーション・ラストダンス(前編)―①


月日は巡る。

人類存亡の急を迎えた宇宙でも、それでも尚時の流れは変わらない。歩みを速めることも、緩めることも、留めることさえもなく続いていく。変わらず流れる時の河は、確実に人類を滅亡の坩堝へと誘っていく。それに抗うために、人類はもはやその狂気を隠そうともせず、けれど淡々と滅亡に抗う力を作り上げていく。

そして、その為の時間を作り出している最前線。グリトニルで、そしてそこから旅立つ太陽系の外で、少女達の戦いはまだ続いていた。

 

バイドの大部隊は、何度も何度も押し寄せてくる。

数え切れないほどの戦いがあった。その中で、多くの別れがあった。多くの魔法少女の、そして人の死があった。

三ヶ月。最前線における戦いは続き、三つの月が過ぎ去った後には、魔法少女達はその数を半減させていた。9人の戦乙女達も、その半数以上たる5人が戦いの最中に費え、残った4人の部隊に残る全ての魔法少女達が集められていた。

もはやそれでは、当初の通りに左右から迫るバイドを防ぎきることはできない。故に正規軍の部隊も交え、少女達の戦いは尚も続いていた……の、だが。

 

「まったく、こうも数が多いんじゃやってられないな」

ため息交じりに、ダンシング・エッジを駆るオルトリンデことキリカは呟いた。どうやら今度という今度は、バイドは本格的にこちらを叩き潰すつもりなのだろう。

第一波、第二波をいつも通りに退けていた。今頃中央の戦線では魔女が暴威を振るってくれていることだろう。改良を重ねられるたび、その威力はさらに禍々しく、精密になっていく。留まることのないその追求が、狂気が、彼女達と人類を、未だ生き永らえさせてた。

だが、今回ばかりは状況が違う。立て続けの第三波。おまけに左右に割り振られた数も相当に多い。これをどうにか受け止め、中央へとなだれ込ませるためにはどうしてもこの場所に踏みとどまり、死守する必要があった。

「この分だと、織莉子の方も大変だろうなぁ」

考えるのは織莉子のことで。士気も高く、その錬度もまた高い織莉子の部隊であれど、立て続けの敵襲を捌き切れるかどうかは危ういものだった。

「今すぐ駆けつけて、織莉子を助けるべきだ。私の心はそう言ってる。私の愛はそう言ってるね。分かってる。そうするべき、なんだけどな」

一直線に駆け抜け、その刃で立ちふさがる敵を切り伏せながらむしろ無謀とも思えるほどの勢いで、キリカのダンシング・エッジは突き進む。

当然のように、その背後を突いて敵が迫る。けれど、それはさらに背後より放たれたレーザーによって打ち抜かれ、爆炎の中に没した。

 

 

「後ろは任せてくださいね、隊長っ」

「隊長はいつも通り、ガンガン突っ込んでってくださいよっ!」

キリカの機体に伝わる通信が、二つ。今の攻撃の射手と、それと並んでもう一機。

「隊長が敵を分断したら、そのまま私達で各個撃破。いつも通り、しっかりやろうね、みんな」

「まっかせっなさーいっ!さぁ、悪いバイドは蹴散らしっちまうぜーっ!」

続く、いくつもの声。そう、繰り返す戦いの中で、キリカは生き延び続けた。そして戦い続け、その刃で立ちふさがる敵をねじ伏せ続けた。

この狂気の戦場では力こそが、生き残る術を持っていることこそが、何者にも勝る信頼を勝ち取るための手段だったのだ。そして、彼女は十分にそれに足るものを見せ付けた。

慣れぬ戦いに戸惑い。生きる術を必死に探し出そうとしていた彼女達にはそれは、十分に信頼と尊敬を寄せるに足るものだったのだ。

故に、いつしか彼女は少女達から隊長と呼ばれ、そして慕われるようになっていた。

 

「どうしてしまったのだろうね、私は。……見捨てておけないと思ってしまっているんだ。彼女達を。私の仲間達を、だ」

戦いの衝動に身を任せ、激しい破壊をばら撒きながら、キリカは思い出していた。自分が戦いに身を投じようと思った理由。魔法少女になろうとした理由を。

誰からも必要とされない自分。誰にも優しくされない自分。凡庸で、軽薄で、関わる価値の見出せない隣人達。自分を卑下する一方で、同時に自分の周囲の全てを見下していた。

それをどうにかして変えたくて、その為の何かを探し続けて、あてもない放浪の果てに出会ったのが織莉子だった。

才色に溢れ、戦う力を持ち、自らのためにそれを振るうことを躊躇しない。そんな強さを持った彼女は、常に人々の中心にいた。そんな彼女に惹かれた。彼女と一緒に居たいと思った。

そして、彼女との出会いは自分に教えてくれた。自分にも戦う力があることを、だからこそ彼女と共にあるために、キリカは戦いの運命にその身を投じたのだ。

 

けれど。

 

戦いの果てに流れ着いたこの場所で、キリカは。部下を、仲間と呼べる存在を得てしまったのだ。一度深淵に転げ落ち、織莉子という光に縋って生き延びたキリカは、長い、あまりに長い戦いの果てに、彼女が望んだ物を手に入れていたのだ。

誰かに必要とされる自分、誰かのために、その力を振るうことのできる自分。そしてそんな自分を認めてくれる、並び立って戦い得る仲間達。

皮肉なことに、明日さえ分からぬ戦いの日々が、戦火の果てに積み上げられた信頼が、キリカにとっては新たな安らぎとなっていたのだ。

だからこそ、迷う。自分にとって本当に大切なものは何なのか、と。

以前であれば、一も二もなく織莉子であると言っていただろう。けれどキリカは自覚していた。こうして得ることのできた仲間に対して抱いたもの、それもまた、彼女達を失いたくないという、共に戦っていきたいという気持ちだったのだと。

 

決断を下すのは今しかない。今ならば、新たな敵が殺到する前に織莉子の側へと飛ぶことができるだろう。けれどそうすれば、おそらくここで戦う少女達は敵の軍勢に飲み込まれてしまう。

けれど、織莉子に依存しきっていた心の中に目覚めた、新たな暖かな感情。それをこんなところで消し去ってしまってもいいのだろうかとも、迷う。

 

「……行ってくださいよ、隊長」

ひとまず敵の先触れを斬り捨て、鋼の羽を休めていたキリカに一人の少女が近づいて、そう言葉を告げた。

「行け、って。……私の戦場はここだよ、どこに行けって言うんだい?」

「恋人のとこッスよ。いるんでしょ、向こうに」

どきりと跳ねた心を抑えて、いつもの調子で告げたキリカにまた、別の少女が声をかけた。

「行ってよ。ここは、私達だけで十分なんだからさ」

そしてまた、声。

「………人の恋路に投げ捨てられるほど、キミ達の命は安っぽいものだったかい?」

その言葉に素直に頷けるほど、今のキリカは単純ではなかった。どう見ても強がりが見え見えの少女達の言葉に、そう言葉を返した。けれどもやはり、迷いは晴れない。

「別に安っぽくもないし、死ぬつもりもないッスよ。でも言ったじゃないスか、隊長は。愛はすべてだ、って。だったら、その為に生きればいいじゃないスか。……これが、最後かもしれないんだしさ」

少女達も、それを悟っていたのだ。恐らくこの波を、自分達は乗り切ることができないだろうと。

「隊長は、今までに何度も私達を救ってくれました。最後くらい、自分の心に素直になってもいいと思いますよ。迷っているんでしょう、隊長」

少女達の言葉を聞いて、キリカの口から参ったなぁ、という呟きが漏れた。

 

「まったく、そこまで心を見抜かれるような真似をしたつもりはないんだけどな」

「分かるよ。だって……あたしらだって、女の子だもん」

少しだけ寂しそうに投げかけられたその言葉は、とくんとキリカの胸を打った。もしも表情が見えていたのだとしたら、今の自分は笑っているのだろうとキリカは思う。

「そう、だね。私達はみんな、女の子なんだっけね」

微笑交じりにキリカは呟く。今の今まで、完全にそんなことは忘れてしまっていた。自分達は戦士なのだと、戦うことしかないのだと、そう思い込んではいたけれど。

「忘れてたんですか?ひっどいなぁ、もう」

「ほんとほんと、あんなに恋する乙女してるのに、いまさらそれを言いますかっての」

くすくすと、面白がっているような声が少女達から漏れる。それにつられて、キリカも小さな笑い声を立てた。

「……いいさ。私はここに残るよ。心配なんていらないよ。織莉子は、私よりもずっとずっと強いんだ。負けやしないさ。絶対にね」

心の中で、収まりきらない何かが声をあげている。バカなことを言うな、今すぐ織莉子のところへ行けと。その声を押し退け蹴り飛ばして、キリカはそう言った。

 

「いいんスか?ほんとに」

「ここを無事に生き延びればいいだけのことだよ。それとも、キミ達は私の力が信じられないのかい?」

一瞬、わずかな沈黙。まさか本当に信用されてなかったのか、なんてちょっと不安も覚えたころに。誰からともなく、笑い声が漏れてきた。

「それもそうですよね。本当に隊長は、信じられないくらい強いんですから」

「まったく、どっちが化け物なんだかわかりゃしないくらいに、ね」

「そういうことなら、さっさと敵を蹴散らすことにしましょうかっ」

こうでなくては、とキリカは心中の笑みを深める。これでこそ、自分の仲間達だ、と。

「それでこそ私の部下だ。そういうことなら……さっさと連中を蹴散らして、ばっちり生き延びて帰ろうじゃないかっ!」

時を同じくして、ついに迫る敵の反応をレーダーが捉えた。それへと向けて、無数の光が飛んでいく。黒の機体を先頭に、後に続いて飛んでいく。

 

 

 

 

愛は無限だ。

それを捧ぐに値する相手がいるならば、その愛はその全てに捧げられるだろう。

けれど、それでも愛は有限だ。

その愛を行使する自分は、どう足掻いても有限でしかない。

願う者全てに愛を注ぎ、その形を示すには、あまりにも自分はちっぽけ過ぎた。

だけど、だからこそ。その無限に注がれ、有限にしか示されぬ愛を、今の自分が差し伸べられる者に、差し伸べるべき者に捧げよう。

「だから、愛は無限に有限なんだ。……そうだろう、織莉子。そうだろう、私の愛しい仲間達」

 

目前に迫る敵。数は未だかつてないほど多い。対するこちらは連戦の疲れも抜けず、戦況はかなりの不利。それを知りつつ、それでも尚。愛と希望をその身に滾らせ、キリカは群れなす敵へと向かった。

運命の女神は彼女達に過酷な戦いの運命を押し付けた。その残酷な女神は、どうやら彼女達にまだ、死すべき定めを与えるつもりはないようだった。

 

「後方から機体が接近してくるね。……なんだい、この速さは」

接近するそれの反応に、キリカが気づいて声を上げた。それはあまりに速すぎた。カスタム機であるこのダンシング・エッジですら、その速度にははるか遠く及ばない程に。

敵陣へと向かう少女達を追い抜いたその機体は、そのフォルムからR-9系列の機体だと見て取れた。けれど、その細部は今までに見たことのない形状をしたもので。

「またもや驚き新兵器、ってとこかな?」

立った一機でも、増援が来たのはありがたい。足の速さは恐ろしいが、果たして腕はどれほどのものか。その機体は一気に距離を詰め、キリカの隣で停止した。通信が伝えた声は、驚く事に少女のそれだった。

「ここは私に任せなさい。あいつらは、私が始末するわ」

その声は、キリカにとっては忘れようもない声。ただ一度だけ、彼女に苦い敗北の味を刻み付けた敵。今はもう敵ではないのだろうが。それでもその声は忘れられないものだった。

「暁美ほむら……まさか、キミがこっちに来ていたとはね」

声が届くと、相手の少女は、キリカがほむらと呼んだその少女は、小さく息を飲んだ。

「私はそんな名前じゃない。……私はスゥ。スゥ=スラスターだ。右翼の敵は私が殲滅する。貴女達は左翼の敵に向かいなさい」

スゥと名乗った少女は、そう言い残して再び機体を走らせた。瞬く間に、その姿は宇宙の彼方へ消えていく。

 

 

「どうします、隊長?……さすがに、単騎駆けできるような数じゃないでしょ、アレ」

「……いや、大丈夫さ。私達は左翼に回ろうじゃないか」

確信を持ってそう言うと、キリカは機首を巡らせる。色々悩む手間が省けた。この様子なら、仲間も織莉子も、どちらも救うことができそうだ。

「そんなに凄い奴なんスか?あの機体」

「そうだとも、古今無双の英雄様だよ。……ということは、恐らくあの機体は噂の究極互換機。完成していたんだね。ということはいよいよ、オペレーション・ラストダンスも開幕という訳だ」

少なからずの事情を知るキリカは、困惑したままの仲間に一つ声をかけ。そのまま、未だ敵の殺到している左翼へと機体を走らせるのだった。

 

R-99――ラストダンサー。

全てはバイドを打ち滅ぼさんが為、人類が積み重ねてきた狂気の結晶。

すべてのR戦闘機のデータが集約されたそれは、状況に応じて、ありとあらゆる武装を選択することができる。それゆえに、それは究極互換機と呼ばれた。

そして既存の機体を完全に凌駕する機体性能と、R-9直系機が積み上げてきた安定性をも兼ね備え、ついに今、最後の舞い手が目を覚ましたのだった。

 

「……小型機300、中型機が20。後は、戦艦クラスの大型バイドが2ってところね」

ラストダンサーのコクピット内、そこに自らの魂を宿し、スゥは今まさに本物の英雄の名を借りて戦っている。

表向きは、本物のスゥ=スラスターが出撃したということにされているらしい。名実共に、今の彼女は英雄なのだ。

ラストダンサーがもたらした敵の情報を頭に叩き込み、スゥは僅かに考える。数は多い。けれどやることはたった一つでいい。

――殲滅だ。

明確な破壊の意思と、その為の力を携えてラストダンサーは今、迫る敵へと突入していくのだった。

 

限界まで力を蓄えられたギガ波動砲が、敵陣の中央を薙ぎ払う。更に同時に放たれたサイビット改が、横から回り込もうとする敵を打ち砕く。

波動砲の光が収まるよりも早く、打ち放たれたフォースが高速回転を始める。そして、同時に全方位に放たれ始める弾幕の嵐。最早職人技の域にまで達したフォースコントロール技術が生み出した、分離攻撃の能力に特化したフォース。全身に無数のコントロールロッドを持つニードルフォース改が、その性能を如何なく発揮していた。

敵の中型機は、無数に降り注ぐ弾幕に動きを遮られ、その足が止まる。それでも抜けてきた小型機は、半壊したものまでもを引き連れて次々に粒子弾を打ち込んでくる。だが、その狙いは甘く、弾幕と呼ぶにはあまりにも密度の薄いものだった。

こともなく、ラストダンサーはその隙間を抜けていく。そして再び、低チャージで放たれたギガ波動砲が敵陣を貫き、サイビット改が敵を打ち砕いていった。

最早戦いにすらもなりはしない。そう言わしめるほどに、ラストダンサーの性能は圧倒的だった。その機動性と操作性は完全にバイドの軍団を翻弄し、圧倒的な攻撃力で、瞬く間に敵を殲滅していった。

業を煮やして現れた、戦艦級の大型バイド。それでさえもギガ波動砲の一撃と、艦内部に叩き込まれたニードル・フォース改の弾幕によって瞬く間に火達磨となり、宇宙の海に潰えたのだった。

 

いかなバイドであれど、これほどまでに絶望的な力を見せ付けられて恐れをなしたのか、残ったバイドの群れが撤退を始めた。とはいえ、それをただ黙ってみている理由はない。

「教えてやる。今までお前達が与えてきた痛みを、絶望をっ!!」

ラストダンサーは再び駆ける、逃げる敵には波動の光を。立ち向かう敵には、超高速のサイビット・サイファを。

横合いから割り込んできたタブロックが、追尾性の高いミサイルを放ち進路を塞ぐ。

「邪魔よっ!!」

応じてミサイルを発射。六発のミサイルが同時に打ち込まれ、迫る敵のミサイルを迎撃。

更にそのままタブロックを打ち抜き、いくつも爆発を巻き起こす。その爆発の中で、ニードルフォース改から放たれた心電図状のレーザーがタブロックを貫き、その身体を微塵に引き裂いた。

 

そしてそれからほぼ間を置かずして、わずか十数分の交戦で数百を数えるバイドの、そのすべてが宇宙の藻屑と消えたのだった。

 

「……まだ敵が居る。叩き潰しにいかないと」

中央はまだ正規軍がしっかりと抑えてくれているようだが戦力の少ない左翼部分は未だ苦戦も続いているようだ。

「それに、あそこには貴女の知り合いも居るらしいから。……さっさと助けに行きましょう」

誰かに伝えるようにそう言うと、それに答えるかのようにラストダンサーは、小さな唸りを上げた。そして光の尾を引いて、未だ敵の殺到する左翼部分へとラストダンサーは駆け出すのだった。

 

 

「ついに来たか」

そんなラストダンサーの戦闘経過をモニターさせ、その恐ろしい程の戦果を目の当たりにして。九条提督は感慨深げに呟いた。

もうじき四ヶ月になろうか、随分と長い時間をバイドとの最前線で過ごし続けてきた。数多の敵を、数多の苦境を、数多の死を。そのすべてを乗り越えて今、尚も九条はこの場にありて、太陽系絶対防衛艦隊の指揮を執り続けていた。

「じゃあ、あの機体が……」

「そうだとも、中尉。あれが究極互換機、という奴だろう」

その存在は、すでに軍内部でもまことしやかに噂されていた。その実情はともかくとして、すべてのバイドを殲滅するための、究極のR戦闘機が開発されている、と。

そして今、瞬く間にバイドの大部隊を殲滅したこの機体。これこそが、噂の究極のR戦闘機なのだということを、九条の隣に立つガザロフ中尉も実感していた。

「これからはもっと忙しくなるぞ。アレが来たということは、第二次バイド討伐艦隊の本隊もそう遠からずここへとやってくることだろう。部隊の再編と指揮系統の再構築、その後は実戦で慣らしつつ、だな」

九条はこの先の戦いに思いを馳せる。第二次バイド討伐艦隊を率いて、バイドの中枢を討つ。その為の切り札である、究極互換機をその元へと届ける。とにかく方法などはどうでもいい、とにかくバイドの中枢を討つことができれば、それでいい。

だが、その前には課題が山積みであることもまた事実だった。

第二次バイド討伐艦隊の指揮権を譲渡されたとして、まずは部隊の戦力と人員を把握する必要がある。その上で、バイド中枢へ向かう侵攻方法を確認し、最適な部隊の振り分けを考えなければならない。

その間のグリトニルの防衛も必要となるだろうし、そんなところで無駄に戦力を失うわけにも行かない。

やはり、どうにも課題は多い。

「……まあ、案じてばかりでもどうにもなるまい。ひとまずは、目の前のバイドを倒すことに集中することにしよう」

一つ、小さく息を吐き出してから。九条は、左翼へと向かうラストダンサーを一瞥し、こちらは問題ないだろうと確信する。そして残るは中央、相変わらず暴威を振るう魔女兵器と、その間を縫って迫る敵を迎撃する地球軍の部隊へと、その視線と思考を移していった。

 

「……周辺に敵の気配はなし、どうやら凌いだようね」

完全に敵の反応が消滅したのを確認して、スゥは戦うことで一色になっていた思考を切り替えた。

「こちらも概ね片付いたようだ。協力感謝するよ」

そんなスゥの元へ、九条からの通信が届いた。

「見たところ、オペレーション・ラストダンスに関連する機体と推測するが……間違いないかな?」

「私はスゥ=スラスター。そしてこの機体はラストダンサー。察しの通り、オペレーション・ラストダンス遂行の為に、そして貴方達を援護するためにここに来た。一人で先行してきたけれど、第二次バイド討伐艦隊も一両日中には到着するはずよ」

スゥは、九条に手短に事情を説明した。その説明に、九条は一つなるほど、と頷いて。

「それは結構。我々もここで耐え凌いできた甲斐があったというものだ。来て貰ってすぐで悪いが、どうやら正面の部隊も少なからず押されてきているようだ。新兵器に頼りすぎて、手勢を少なくしたのが仇となったな。……手を借りてもいいかな?」

「……ええ、すぐに向かうわ」

「期待しているよ」

そして通信は打ち切られ、スゥは一人中央へと向かう。魔女の暴れる宙域をすり抜け、前線に襲い掛かるバイドの群れを背後から強襲した。

 

「乱戦状態ね。ギガ波動砲は危なっかしくて使えたものじゃない。……パターンチェンジ、広域殲滅形態から乱戦形態へ」

その言葉に応じて、ラストダンサーが光を放つ。機体の内部では急速にその武装が作り変えられていく。

今まで開発されたすべてのR戦闘機の武装を使用可能な究極互換機、ラストダンサー。積み上げられてきた人類の狂気と力、その結晶たるこの機体は、更に魔法の力すらもその身に取り込んでいた。

機体の根幹部に仕組まれた魔法の力は、機体の武装を自在に作り変えることに成功した。武装データの中にある、その状況に即した武装へと。

人の生み出した兵器と、異星人よりもたらされた魔法。その二つが今ついに完全に一つとなり、ラストダンサーを究極の機体として完成させたのである。

 

一瞬の発光の後、ラストダンサーは姿こそ変わらぬものの、その武装はまるで異なるものとなっていた。

乱戦においても敵を的確に撃つことのできるロックオン波動砲を携え、そのフォースもまた接近戦用に特化した、ビームサーベル・フォースへと変化を遂げていた。

そして、新たな力を携えラストダンサーが戦場へと飛び込んだ。その後に続いて、無数の爆発が巻き起こり、多くのバイドの存在が消滅していく。

この広大な戦場において、ラストダンサーはその力を十二分に発揮していた。初陣としては、この上ないほどの成果であった。

かくしてまた今日も、グリトニルと魔法少女隊は大きな危機を乗り越えた。翌日にはグリトニルに、第二次バイド討伐艦隊の本隊が到着した。

今やこの場所には、今現在人類が保有するほぼすべての戦力が存在している。まさしくそのすべてが、人類がバイドに放つ最後の矢であり、人類をバイドから守る最後の盾であった。

 

「……では、本時刻を持って、第二次バイド討伐艦隊の指揮権を、貴官に譲渡します。人類を、頼みます。……九条提督」

ここまで第二次バイド討伐艦隊を指揮してきた将校が、九条にその指揮権を預けた。やはり九条の読み通り、この大任は彼の手に任されることとなったようだ。

ずしりと、とても重たいものが圧し掛かってくる。それは、全人類の存亡に他ならない。

「……謹んで拝命しよう。今後の作戦経過は、先に渡されたデータの通りでいいのだね」

「はい、ですが遂行に際しては全権を提督に一任します。それが地球連合軍総司令部の決定です。太陽系の、人類の未来を貴官に託すとのことです」

みしり、とまたその身に心にかかる重さが増す。気を緩めれば、すぐにも押しつぶされてしまいそうだけれど、それに立ち向かう力は、心はすでに彼の身の内にある。

ジェイド・ロスの遺した遺志を、散っていった多くの者達の無念を、それを力に変えて。

「この身を、力を尽くし。必ず勝利すると誓おう。……そして、必ず戻ってくるさ」

 

そして、九条は英雄となった。

 

俄かにグリトニルは慌しくなった。ジェイド・ロスの遠征、以来一度も使われることのなかったグリトニルの長距離ワープ装置の再起動や、グリトニル駐留部隊と、第二次バイド討伐艦隊との混成による再編成。

この地獄を戦い抜き、生き延びたのならば間違いなくそれは一流のR戦闘機の乗り手であることの証明である。だからこそその力を持つ者に、共に往かんと望む者に、第二次バイド討伐艦隊への志願を募ったのだった。

 

「……やあ、織莉子。なんだかここも急に騒がしくなったね」

そして、そんな騒がしい日々のある夜。敵襲もなく、隊を預かる隊長としての簡単な事務仕事を済ませて部屋で休んでいた織莉子の元へ、キリカがいつもの調子で現れたのだった。

「あら、キリカ。来るなら知らせてくれればよかったのに。困ったわ。今日は何も用意していなかったもの」

突然の来客に、出迎える用意もできず。口元に手を当てて、少し困ったような表情の織莉子。

「そんな表情をしないでくれ、織莉子。それに私はそんなことは気にはしないよ。……今日は、織莉子に話があってきたんだ」

いつも通りに部屋の中、いつも通りに椅子に腰掛けキリカは、織莉子の顔を真正面から見つめて言った。けれどその表情はどこかいつもとは違う。落ち着いた感じのする様子だった。

「何かしら、キリカ。……そんなに思いつめた顔をしているなんて」

その表情に、織莉子の胸がちくりと痛んだ。キリカはその通りに、どこか思いつめたような表情で一つ、小さく息を吐き出した。

そして、織莉子を見つめる視線は逸らさぬまま、静かに問いかけた。

 

「織莉子は、どうするのかな、と思ってさ。……行くのかい。第二次バイド討伐艦隊へ。」

「………そう、そのことだったのね、キリカ」

魔法少女隊の中でも、正規の地球軍の中でも、その話題で持ちきりだった。第二次バイド討伐艦隊へ参加するにしても、ここに留まるにしても、どちらにせよ危険であることに変わりはない。

守るためにここに踏みとどまるか。それとも、敵を殲滅せんがため、帰り道すら定かではない旅へと出るか。織莉子もまた、そのことを考えていたのだった。

 

辛い決断を強いられていた。けれど、そうすることがお互いの為だと思った。そして、それは偽らざる自分の気持ちだった。故に織莉子は静かに口を開いた。

「私は、行くつもりよ。……私も、思い出してしまったの。私の戦う理由。私が、魔法少女になった理由を、ね」

ぽつり、ぽつりと零すように呟いて、そして。

「でも、キリカ。貴女はここに残っていて」

「っ!?何を言い出すんだ、織莉子は!私がきみから離れられるわけがないだろうっ!」

当然のように食って掛かるキリカ。その反応も、織莉子にとっては予想通りのものだった。

「お願い、言うことを聞いて。キリカ。きっとこの戦いはかつてないほど辛いものになるわ。私は、キリカに生きていて欲しい」

「なら尚更残れるわけがないじゃないかっ!織莉子にだって、私の力が必要なはずだっ!絶対に嫌だ、織莉子と離れるなんて、私は、絶対にそんなことは認めないっ!私だって、織莉子に生きていて欲しいっ!どうせ死ぬなら、同じ場所で死ねなきゃぁ、ダメだっ!!」

駄々をこねるように、いやだいやだと首を振るキリカ。そう、分かっているのだ。織莉子には。きっとキリカならばそういうだろうということが。魔法の力をもってするまでもなく、彼女の洞察力は非常に優れたものだった。

もっとも、キリカが分かりやすいからというのも多分にあったのだろうが。

 

「聞いて、キリカ。……これは私の我侭なの。私は守りたかったの。私の世界を、私の正義を、その為に幼い頃から父の教えを受けて来たわ。そして、戦う力を得るために私は魔法少女になった。……その結果どうなったかは、キリカもよく知っているわね」

キリカは頷いた。

もちろん知らないはずがない。その裏に潜む真相を知る由もないが、それでも織莉子の父の死を発端として起こったその事件は、魔法少女とR戦闘機に関わる深い闇へと、織莉子とキリカを誘うこととなったその事件は、今でも忘れることのできない記憶だった。

それは、織莉子にとっても当然同じはずだったのだが。

「あの時、私の正義は完全に折れて潰えてしまったわ。後はただ、生きているだけだった。だけどここで戦っている内に、彼女達を率いて共に戦っている内に、あの時の思いが蘇ってきたの。……もう一度、私の正義の為に戦ってみたい、って。その場所が、きっとあの討伐艦隊の行く先にあるはずだから」

「……でも、だけど。それなら私が一緒に行ったっていいはずじゃないか!何の問題があるっていうんだ。織莉子は、織莉子は私が助けるんだっ!きみは私の全てだっ!……きみと離れ離れになりたくない」

声は高鳴る。いやいやと何度も頭を振りながら、キリカは必死に訴えた。そして身を乗り出して、織莉子の身体を抱きしめた。

「違うわ、キリカ。貴女はもう、私に依存しなくても生きていける。貴女はこの地獄のような場所で、それでも共に戦う仲間を見つけることができたじゃない」

織莉子は変わらず、優しげな表情で笑う。そして、抱きしめたキリカの髪を優しく撫でながら。

「大丈夫。貴女はもう、一人じゃない。私に頼らなくても、きっと生きていけるわ。私もきっと、貴女に頼ることなく生きていける。戦っていける。……別れは辛いわ。でも、私達はもう二人きりじゃないもの。お願いよキリカ。私を行かせて。そして貴女は、貴女の仲間を守って」

 

「それは……。でも、それでも私は、織莉子に側に居て欲しい。織莉子の側に、居たいんだ」

織莉子の言葉は、キリカの心に染みていく。その言葉は間違いなく、キリカの本心を言い当てていた。けれど、だけど、それでもどうしても納得できない。

愛は無限で、それを行使する自分は有限。そしてキリカを突き動かすのはいつも愛。それが全てで、今まではただそれを捧ぐ相手が唯一、織莉子だけだったから迷わなかった。

けれど今、キリカには織莉子以外にもその愛を捧ぐべき相手が居た。戦場で、死と隣り合わせの状況が作り上げた信頼と、絆。それもまたキリカが愛を捧ぐに足る、そして彼女の生きる意味となりうるものだったのだ。

言葉の端には、隠しきれない迷いが見て取れる。迷うということは、選択肢があるということだ。以前のキリカであれば決して迷わなかった。それは織莉子以外に選ぶものがなかったからだ。

それがよく分かっていたから、迷いを見せたキリカの様子が織莉子には嬉しかった。きっと、もう自分がいなくとも大丈夫だろうと、そう思うには十分すぎるほどだった。

例え今、自分がキリカの側からいなくなったとしても、きっとキリカは絶望に沈む事はないだろうと、確信した。

 

「必ず帰ってくるとは言わない。でも、できる限り帰ってこられるように力を尽くすわ。……お願いよ、キリカ。貴女はここで、私達の帰る場所を守っていて」

「………いや、だ」

「キリカ……」

どんなに説得しても、願っても、キリカは首を縦に振ろうとはしない。どれほど選択肢が用意されていたとしても、やはり選ぶのはキリカなのだ。そしてキリカはどうしても、織莉子と離れることができなかった。

その理由を、キリカ自身が気づけずにいた。

 

「いや、そりゃ行かないでしょうよー」

声は、扉の外から聞こえてきた。

「っ!?誰かいるの!?」

それに気づいて、織莉子が声を飛ばす。

「やばっ!?気づかれたっ!」

「だから、アンタは喋る声がでかいんスよっ。あれで気づかれないわけないっスよ!」

「とにかく逃げましょうっ!……ぁ」

そんな算段をしている間に、織莉子は手元の装置を動かしていた。すぐさま扉が開かれると、そこに立っていたのは少女達。キリカには見覚えのあるその姿は、まさしく彼女の部下であり仲間である少女達だった。

 

「……何を、しているんだい。君達は」

そんな少女達を、キリカは呆れたような顔で睨み付けていた。

「あはは……いや、その。そ、そんな怖い顔しないでくださいよ、隊長」

その剣幕に、思わずたじろぐ少女達。

「ほら、なんだか昨日から隊長、元気なかったじゃないスか。だから何かあったのかなーって」

「そ、そうですよっ!決して隊長の彼女が気になったとかそういうわけじゃなくってですね……」

慌てふためき、語るに落ちると言う様な状況で。そんな様子を見ていた織莉子も、思わず目を丸くしていた。そして、それからすぐにその表情は柔らかに笑みに変わった。

「ととっ、とにかくそういうわけなので、失礼しましたぁーっ!」

「ずらかれーぃっ!」

「後はごゆっくりどうぞッスーっ!」

まさしく脱兎、とでも言うかのような勢いで駆けていく少女達。が、しかし。その機先を制して一つ、言葉が飛び出した。

 

「待ちなさい」

声を放ったのは、織莉子だった。

「見たところ……キリカの部下。いいえ、仲間のようだけど、違ったかしら。……もしそうなら、キリカの仲間は私の仲間よ。お茶でも飲んでいかないかしら」

ぴた、と音でも立てるかのように、三人の少女の動きが止まった。きり、と踵を返すとそのまま部屋の中へと入ってきた。

何せ娯楽の少ないこの場所である。こういう浮ついた話だとか、美味しいお茶はまさしく少女達にとって、数少ない楽しみの一つであった。

それが同時に頂けるとなれば、当然断る理由はない。こんな場所だからこそ、そこに適応して生きることのできた少女達はとても力強く、そしてしたたかだった。

「そゆわけなんで、お邪魔しますね、隊長っ♪」

少女の一人がにぃ、っと口元を歪めてキリカにそう言った。

「むぅ……ぅ、勝手にしたまえ」

ちょっと拗ねたような口調で、キリカはそう答えた。

 

「皆さん、紅茶にお砂糖は入れますか?」

部屋の中にはなんともいえないいい香りが漂っている。血と死の匂いがこびりついた少女達も、今ばかりは年相応にそんなお茶会を楽しんでいた。

「じゃあ、一つだけ」

「あたしはいらないです。ぁ……でも、ジャムを一杯だけ入れてもらおうかな」

「お砂糖二つにジャム一杯。へへ、私は甘党なんでスよね~」

思い思いに希望を告げて、その通りにてきぱきと用意を進めていく織莉子。その後ろ姿を見ながら、なにやら少女達は囁きあっていた。

「他所の隊長なんて見ることなかったけど……凄いキレイな人ですね」

「ほんとほんと、その上隊長ってんだから、めちゃくちゃ強いんでしょ?はぁ……天は二物を与えちゃってるよね、思いっきり」

「そして、うちの隊長とちょっとイイ仲、って訳でスもんねぇ。こりゃまた、なんとも面白くなってきたッスねぇ。こういう話は大好物ッスよ~♪」

 

「……丸聞こえなんだよ、君達」

どうにもいたたまれない様子で、ひそひそと聞こえてくる声に耳を傾けて。というよりは、否が応にも耳に飛び込んでくるその声に思い切り顔をしかめながら、キリカは少女達に釘を刺そうとしたのだけど、けれど。

「キリカは、お砂糖は何個にする?」

振り向いた織莉子がそう尋ねたものだから、続く言葉は言えないままで。

 

「っ、さん……」

言葉を途中で止めて。一度、じろりと少女達の方を眺めてから。そして、キリカは唇をまるでへの字のように捻じ曲げて。

「……いらない。そんなものを入れなきゃいけないほど、私はもう子供じゃないんだ」

「え、キリカ……?」

戸惑うように目を瞬かせる織莉子。キリカはとても甘党で、いつもであれば紅茶をまるでシロップか何かになるまで甘くしてから飲んでいた。だからこそ、今日のキリカの様子はどうにもおかしい。

数秒考えてから、先ほどのキリカの視線の意味を察して、織莉子は突然くすりと小さく笑みを漏らしたのだった。

「なっ、何がおかしいんだい、織莉子っ!私だって、いつまでも子供じゃないんだ!」

どうにもやり取りの意図が掴めず、少女達は不思議そうにそんなやり取りを見守っている。

「いえ、だって……ふふ。本当にキリカは貴女達の前では隊長をしているのね。いつもはとっても甘えんぼで甘党なキリカが、大人ぶって見せるくらいに……ね?」

面白がっているような視線を送る織莉子。当然その視線の先には、うろたえてどこか引きつったような顔のキリカの姿。言葉につられて、少女達の視線もキリカに注がれる。

にんまり。そんな言葉がしっくり来るかのように、少女達の表情が歪んだ。

 

「な、ななっ……何がおかしいんだぁーっ!!」

顔を真っ赤にさせて、手をぶんぶんと振り回して。必死にそれを否定しようとするキリカ。

その姿は、なんと言うか。

 

(……可愛いなぁ、隊長)

(慌てるところも可愛いのだから、キリカ)

 

そんなわけで、どうにも生暖かな視線がキリカに注がれ続けていた。それがどうにも落ち着かなくて、むずがゆくて。すっかりキリカは大人しくなってしまった。

 

そんな微笑ましい時も過ぎ、お茶会もいよいよ終わるかという頃に。

「……で、えっと。ここまでご馳走になっといて何なんですけど、織莉子さん、だよね。あたしら、織莉子さんに言わなきゃいけないことがあるんだ」

かちりと、飲み干した紅茶のカップを下ろして少女が言う。同じく、二人の少女も頷いて。

「聞かせてもらうわ。……何かしら」

お茶会のほのぼのとした雰囲気が一瞬で消え去ったことを悟り、織莉子もまた、凛然とした光をその眼差しに宿らせて少女達の視線を受け止める。

「色々と、言いたいことはあるんです。でもあんまり沢山すぎると、ちゃんと伝わらない気がして」

「そういうわけだから、簡潔に一言だけ言わせてもらうッスよ」

三人が、すぅ、と大きく息を吸い込んで、そして。

 

「「「ふざけんなっ!!!」」」

 

同時に放った大声が、部屋を揺らした。その声を叩き付けられた織莉子は、驚いたように目を見開いた。

少女達三人は、ひとまず顔を見合わせて。

「じゃあ、まずはあたしから。織莉子さん。あんたとかうちの隊長とかはさ、きっとあたしらよりずっと長いこと戦ってたんだろうね。そこにゃ色々と事情はあるだろうし、そこまで詮索するつもりはないけどさ」

まずは一人が、驚いたままの織莉子に向けて話し始めた。

「でも、あたしらだって今までずっと戦い抜いてきた。もう、無理やりつれてこられて戦ってるだけの子供じゃないんだ。多分今帰っていいって言われたって、あたしらは戦うと思う。戦う理由も、その意味もよく分かったからさ」

うんうん、と頷く残りの二人。一体何が言いたいのだろう、と不思議顔のキリカ。

それはさておき言葉は続いた。

「だから、あたしらはもう隊長が居なくちゃ何もできない訳じゃないんだ。まあ……そりゃあ、やっぱり隊長の強さは化け物染みてるけどさ、でもそれがなくたって戦える。 あんたが言ったみたいに、この人に守って貰わなくちゃ行けない、なんて風に言われるのは心外だね」

その言葉からは、自惚れているような様子は見て取れなかった。彼女達もまた命がけで恐ろしいバイドと対峙し、その生と死の行き交う宇宙の中で生きるための術を、戦うための力を勝ち得てきたのだ。

その力は、決して軽んじられていいものではない。

 

「……でも、分かっているのでしょう?貴女達だけでは、今までのようにバイドの軍勢を退けるのはとても厳しいということは」

そんな少女達に、織莉子は面持ちを正し、静かにそう告げた。分からないわけではもちろんない。つい先日の襲撃の時でさえ、英雄の助けがなければどうなっていたか。

だからこそ隊長として彼女達をまとめ、その力でひっぱっていくことのできるキリカの存在は、必要でないはずがない。

 

織莉子の言葉を受けて、もう一人の少女が顔を上げた。まっすぐに、織莉子に視線を向けたまま言葉を告げる。

「確かにそうですね。でも、それは結局隊長が居たって変わらないことなんです。言ってしまえば、この人がここにいようがいまいが、ここに残ろうが討伐艦隊へ行こうが結局、私達は明日の命も知れぬ立場であることには、何の変わりもないんです」

そして、たとえ自分達が敗れたとしてもそれで終わりではない事も知っている。思いがけずグリトニルの防衛部隊が敵の侵攻を食い止め続けたおかげで、地球軍も余裕を持ってこの事態に対応することができていた

討伐艦隊に混じって、防衛部隊への援軍もまたこのグリトニルへと送り込まれていたのだ。少なくともそれで、彼女達が敗れれば即、人類の危機となることはなくなった。

「もちろん、だからって死にたいわけでもわざわざ死にに行くわけでもありません。でも、明日をも知れぬ命なら、尚のことその身の振り方はちゃんと選ぶべきだと思うんです。選択肢があるなら尚更です。その選択肢を、私達をだしにして奪うような真似は……許せません、絶対に」

どちらかといえば、この三人の中では気弱そうな方だと、織莉子はその少女を見抜いていた。けれどその時向けられた言葉と眼差しは思いがけないほどに力強く、そしてまっすぐに織莉子に向けられていた。

それこそ、ほんのわずかに言葉に詰まってしまうほどに。

 

「帰る場所がちゃんとあるかどうか、それが定かじゃないのは……ここにいたって一緒なんです。……もしもバイドを倒すことができたって、帰れる保障なんてないじゃないですか」

「……どうして、そう思うのかしら」

流れていたのは、どこか冷ややかな空気。織莉子の口調もまた冷たさを帯びていた。

「少し考えれば、分かることだと思いますよ。だって、私達は無理やりここに拉致されてきたわけですし。そんな人達を、バイドとの戦いが終わったからって素直に帰してくれるでしょうか。無事に帰ってみんながそれを誰かに話したりしたら……まずいことになる人が、いますよね」

少女の言葉に、織莉子は僅かに目を見開いた

 

確かにこの地獄たるグリトニルにおいて、終戦後の待遇が保障されているのは隊長格の9名のみ。願いを叶える権利と、身分の保証。そんなものと引き換えに、何百人という少女達を地獄に叩き落していた。

人類が生き残るためとはいえ、それはあまりに重い業。以前ならば、キリカと生きるためという名目でそんな業の重さも誤魔化してしまえたのだろうが、自分の中に残った正義の燃え殻に気がついた今の織莉子には、そうすることはできなかった。

だからこそ、その業は重く圧し掛かる。逃れられはしない。贖えるとしたら、それこそ世界を救って見せるしかない。英雄ならぬこの身でも、その為にこの命を、捧げるしかない、と。

そんな葛藤をおくびにも出さず、織莉子は静かな表情で言葉を受け止めた。キリカもそれを察していたのだろうか、どこか沈みがちな視線で少女達を見ていた。

キリカは仲間である少女達の先行きが不安で、そして気になってしまっていた。だからこそ、キリカはここに残るべきだと織莉子は考えていた。バイドに共に立ち向かうというだけではなく、キリカの存在は少女達の身柄を保証することにもなるだろう――と。

 

「だから、私達のことを案じてくれるのは嬉しいです。だけど……。その為に、隊長をここに縛り付ける必要は……無いと思うんです。私達は私達で、何とか生き延びる方法を考えてみますから」

「そう簡単に逃げられるほど、甘くは無いと思うわ」

「ま、何とかなるッスよ。最悪機体を奪って逃げるとか、さ。……ぁ、これ内緒なんで、チクったりとかは勘弁スよ」

織莉子の言葉を遮って、最後の少女が口を挟んできた。

始終おどけたような口調の彼女は、これほどの戦場においてもその調子は変わらない。そんな少女に、織莉子はどこかキリカに近しいものを感じていた。恐らくその源は、性格だとか強さだとか、そういうものによるところではない。

――壊れているのだろう、きっとどこかが。

 

「好きにさせてやりゃあいいじゃないスか。全人類が生きるか死ぬかって時くらい好きな人の側で最後まで戦えたほうが、どーなったって本望だと思うッスよ、きっと」

「……好き、だとかそういう言葉で愛を表すのは嫌いだ。私にとっては、愛はすべてなのだから言葉で表しきれるようなものじゃないんだ」

ぶす、と小さく頬を膨らませて、キリカが横から口を挟んだ。そんなキリカに、少女はびしっと視線を向けて。

「隊長も隊長ッスよ。そうやって気取った言葉で飾ってないで、ちゃんと想いは伝えたらいいじゃないスか。好きなんでしょ。大事なんでしょ。それこそ、自分の命よりも大事にしちゃうほど」

「だから、私の愛は……」

詰め寄られると、キリカも言葉に詰まってしまう。迷いは生まれ始めているのだ、彼女自身の心の中で。愛を注ぐべき、大事な相手が一人だけならば迷うことは無かったのだろう。

けれど今、キリカにとって大事な相手はただ一人ではない。仲間も織莉子も大切だった。だからこそ迷ってしまう。

愛がすべてと言うのなら、それを捧ぐべき相手が複数であるのなら捧げられるその愛は、すべてをいくつかに分割してしまったものなのだろうか。それは本当に、綺麗に分割されるのだろうか。

 

「いい加減、観念しなさいよ。どう見たって今の隊長は恋する乙女なんだから。好きで好きでたまらなくて、だから一緒に居たくて仕方が無い、一人で行かせたくない。……そんなとこでしょ、一緒に行きたいって理由は」

見るに見かねて、横から更に言葉が飛んできた。

「うぐ……ぅ」

たじたじにじりじりと、壁際に追い詰められて。そのまま少女達と織莉子を交互に見やる。それは確かに偽らざる本心。でも愛すべきものに愛を捧ぐなら、それをたった一人に捧げうるのか。

彼女達を守りたいという気持ちも、やはりキリカの中では渦巻いていた。二つの思いがぶつかり合って、答えはなかなか出てはくれない。困った、本当に困った。

「隊長が、私達のことを気にかけていてくれているのはよく分かります。……でも、やっぱり好きな人を優先するべきだと思いますよ。ほら、私たちは大丈夫ですから」

ずい、と追い詰められたキリカに更に詰め寄る少女。どちらかといえば好色そうな色をその目に宿して、じっとうろたえるキリカを覗き込み、そして。

「だから、観念して認めちゃってください。好きなんでしょう、一緒に行きたいんでしょう?私達よりも、織莉子さんと一緒に居たい、そうでしょう?」

一際大きく、キリカの瞳が見開かれた。うぅ、と小さな呻きが漏れる。潤んだ瞳からは、ともすれば涙まで零れてしまいそうで。さすがにそれはまずいとばかりに、ごしごしと目元を拭って、それから。

 

「……ああ、そうだね。どうして、こんな簡単なことに気づけなかったのかなぁ」

と、静かに呟いた。

ここまでお膳立てして貰って、気づけなければどうかしている。結局、愛はすべてというけれど、その中でもやはり順位のようなものはある。大事にしたいと思うものが一つだから、今までそれに気づけなかっただけで。

大事なものが沢山ある中、その中でも本当に大事なものを選ばなければならないということ、その為に、それ以外のものを捨てる決断をしなければならないということ。

それに、ようやくこの段に至って気付くことができたのだ。それに伴う痛みを、知ることができたのだ。

「うん、そうだ。やっぱり私の気持ちはそうなんだ」

そうと分かれば、もう何かを偽る必要も隠す必要も無い。自分の望むことを、望む相手に伝えるだけだ。

 

「織莉子」

呼びかけ、見つめる。織莉子も応じて視線を返す。それだけで、とくんと胸が高鳴る。

そうだ、それがきっと恋をしてるっていうことなんだ。

「私は、織莉子と一緒に行く。誰がなんと言おうときみの側に居る、離れたくない。……織莉子、きみが――好きだ」

言った。言ってしまった。言葉を終えると、急に顔が熱くなってきた。きっと真っ赤になっていることだろう、だけど隠す必要なんて無いはずだ。

まっすぐ視線と言葉と思い、すべてまとめて叩き付けられて、織莉子は。

「……本当に、困った子ね。キリカ」

困ったような顔をして、けれどその表情には、どこか嬉しそうな笑みが隠しきれなくて。

「私からもお願いするわ。お願いキリカ、私についてきて。一緒にバイドを倒して、帰ってきましょう。――好きよ、キリカ」

観念したように、ちょっとだけ困ったように笑いながら、織莉子は思いを告げた。思いっきりニヤニヤとしながら眺めていた少女達の間から、歓声があがった。

 

「……と、それじゃ後は恋人同士でごゆっくり。邪魔者は早々に退散しましょうかねー」

「ふふ、そうですね。隊長、今までありがとうございました」

「ごちそうさまでした、ッス」

とてもとても楽しそうに、口元には笑みを絶やさずに。けれど静かに速やかに、少女達は立ち去って行った。

 

 

「……ふぅ、一仕事終えたって感じだね。でも、これでオルトリンデ小隊もお開きかぁ。なんか、やっぱりちょっと残念って感じだな」

遠ざかっていく背中。少女達は思いを語り。最早中隊ではなく、小隊という規模しか保つことができなかった、織莉子率いるオルトリンデ小隊。

隊長を失えば、最早隊としての形は保てまい。

「恐らく、別の隊に編入されることになるでしょうね。しばらくは、肩身の狭い日々が続きそうです」

それまで仲間としてしっかりやっていたところに、今更飛び込んでいくのである。状況はあまりいいとは言えない。それを覆すことができるとすればやはり、実力を見せ付けるしかない。

「……まあいいじゃないスか。これであの二人はうまくいってくれそうだし。っていうか、ロセヴァイセ中隊まで離散したら、それどころじゃなくなりそうッスよ?」

「ああ、そういやそれもそっか。二人まとめて行っちまうんだもんな。となるの、残ってるのは二人だっけ」

実際は、討伐艦隊や増援との編成のゴタゴタで、恐らくそれどころではないだろう。そこまで心配をしているわけではなかった。

「ええ、残りの二人が残るかどうかは微妙なとこですけれど、そればかりは知る由もありませんからね」

「結局、あたしらのやることは変わらないんスよ。気にしたってしょうがないスね」

「それもそうか。……さて、それじゃどうしようか。何か食べてく」

その提案に、賛成、と声が二つ続いて。そのまま少女達は並び立って、食堂へと向かっていった。

 

その中で一人が、途中で足を止めて。

「ま、これでよかったッスよね。……大事なものを持ってるのに、それをちゃんと抱えてられない奴なんて、そんなの見てられなかったッスからね。大事なものが無い人間には、目に毒だったんだよねぇ」

言葉の端に、どこか冷ややかな響きを乗せて。その眼差しには、どこまでも冷たい色を移して。不思議そうに少女達が振り返ったときには、そこにはいつも通りのおどけた色が映っていた。

彼女がいかにしてこの地獄へと誘われ、いかにして戦い、生き延び。そして何が彼女の心を凍て付かせていたのか、それはきっと、語られるまでも無い些事に過ぎないことなのだろう――。

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